白・茶ペガサスの名前はプリモに決まった。アナスターシャが命名したのだ。プリモは女の子だった。子供達は
もう夢中になって毎日時間を見つけてはプリモと遊んでいる。飛ばせる練習をしているのだが本人は飛べるという
事が分からないのかとことこ歩いてばかりだった。
「王妃には毎度驚かされますね」
ゆりが王の間に行くとフリットがいた。
「フリットも見た？」
「見ましたよ。翼がある馬を見るのは初めてです。なんていうか、面白い模様ですね」
「あれがかわいいんじゃない。鳥の国には結構いるの？ペガサス。」
「最近では少ないようだぞ。昔は結構いたらしいがな」
ラクシュミが言った。鳥の一族には背中に翼がある人々が多くいるらしく、鳥以外で翼がある動物も尊重されて
いるらしい。
「その内学校にも連れて行ってみんなに見せてあげようね」
「ありがとうございます。皆喜びますよ」
フリットが微笑んだ。
「私はどっちかというと酒の方がうれしいなあ・・」
ラクシュミは小声でボソッと言っていた。
庭園に行くと子供らがプリモと遊んでいた。ロイとナナミは侍女と一緒にいる。
「おいでー。おいでー」
アナスターシャとシスが宙に浮かんで呼んでいるが、プリモはとことこ歩くだけだ。翼を開く気配すらない。
「プリモがんばれー」
ナナミがかわいらしく叫んでいた。
「プリモちゃんと餌食べてるって言ってた？」
ゆりが少し離れた所にいたラギに聞いた。
「うん。問題ないみたいだよ。他の馬と一緒でも。ねえ、お母さん、生粋のペガサスって何食べるの？」
「さあ」
ゆりは首をかしげた。
「違いって翼があるかないかだけ？」
「さあねえ」
「プリモ普通の馬の子供産んだら翼生えてるかなあ？」
「さあ。どうだろうね。あんたさあ、そんな疑問はどうでもいいからもっと子供らしくプリモと遊んだら？」
ラギには子供らしい無邪気さが欠けていると思わざるを得ないゆりだった。
「だってさー気になるんだもん」
その時ヴィラがやってきた。
「そろそろ勉強の時間ですよ」
シスはすんなり降りてきたがアナスターシャは見るからに嫌そうな顔をしている。
「もうちょっとー」
「だめです」
「アナスターシャ、だめよ。皆貴重な時間を割いてくれてるんだから。」
ゆりが言うとアナスターシャはしぶしぶ降りてきた。
「はーい」
「僕が厩舎に連れて行くよ」
ラギがプリモの手綱を引いて連れて行った。
「マー、その内プリモに乗って飛べるの？」
ナナミが聞いてきた。
「飛べるといいねえ。」
「うん」
「僕は自分で飛ぶもーん」
ロイは自分でふわふわ飛んでいた。どうやら飛べるようになったようだ。
「ナナミはまだ飛べないもん」
「まだ飛べなくってもいいのよ」
ゆりがしょんぼりしたナナミをだっこして慰めるように言った。
「あの、王妃様、折り入ってお話があるのですが・・・」
双子の侍女の一人がゆりに声をかけてきた。
「なあに？」
「お部屋の方でよろしいでしょうか」
侍女は神妙な顔つきをしていたので、ゆりはナナミを違う侍女に渡してその侍女と一緒に部屋に戻ったのだった。
第49話
うーん、まさかロイが手に負えなくて侍女をやめたいとかそういうことかな？
そう思いつつ、ゆりは侍女と向かい合って腰を下ろした。その侍女はまだ若い女性だったが、一族の女性だ。
青い、少しウエーブがかった髪をしていた。
「このようなこと、王妃様のお耳に入れるべきではないと分かっているのですが・・・どうしても言わずにはおれま
せん。どうかお許しください」
侍女は申し訳なさそうに言った。
「どうしたの？何か子供達とあった？」
「いいえ、御子様方とは関係ないのです。実は、梅雨の半ばほどから子供達の間に流行り病が流行したんです。
ご存知でしょうか？」
「ああそういえば、子供らがしばらく結界から出れなかった時があったわ。ぶーぶー言っていた。」
ゆりは思い出しつつも言った。流行り病があると当然子供らは城の外に行くことは禁じられる。
「病というのは水疱瘡なんですが、子供の女子が感染しやすい病気なんです」
「水疱瘡・・・」
「命に別状はないのですが・・・時々水ぶくれの痕が残り、大人になっても消えない事があるんです。それが
かわいそうで・・・」
「へーそんなことがあるの」
誰もわざわざ町で流行ってる病の事などゆりに言わないので、ゆりは全然知らないことだった。思えば子供らも
病気らしい病気には今までなったことがない。
「女の子にとって身体に醜い痕があるというのは辛いことです」
「そりゃそうだよね」
「どうか王妃様に皆を救っていただきたいんです」
侍女は少し顔を寄せて真剣な表情で言った。
「私？」
ゆりはぎょっと目を見開いた。
「王妃様は前に私を助けてくださいました。どうか、他の女の子達も助けてあげてください。お願いします」
「何の事？私あなたに何かしたっけ？」
ゆりは首をかしげるばかりだった。
「ある晩、一輪の綺麗なお花をいただきました。花びらを水に浸してその水を肌につけると良いといわれて、
その通りにしたら肌が綺麗になったんです。」
「え？」
「私も胸に醜い痕があったんですわ。それがすっかり綺麗に。王妃様はその時誰にも言わないようにとおっしゃら
れましたが・・・みんながかわいそうで黙っていられません」
何のこっちゃ。それは私じゃないよ。
いくら記憶を遡っても、そんな覚えはない。
「噂ではフリット様の御子様も病にかかったようですが・・」
「ソフィアが？全然知らなかった」
その時ゆりの脳裏にフリットと同じ髪色の利発そうな女の子の顔が浮かんできた。
ゆりは侍女から一通り話を聞いたあと、テーブルに両肘をついて顔を支え、眉間に皺を寄せて考え込んだ。
一体どういうこと？私がそんな魔法のようなことできるわけないし・・・でも彼女は私がやったって言ってたし
なあ・・・うーん・・・
その時ゆりの侍女が部屋に入ってきた。
「王妃様、お茶でもお持ちしましょうか？」
「ううん。いい、ちょっとラギ呼んできてくれる？」
「かしこまりました」
しばらくしてラギがやってきて、ゆりは先ほどの侍女の話をラギにしたのだった。
「これどう思う？」
「お母さんに記憶がないんなら、別のお母さんがした事だと思うけど」
「別のって？」
「ガーベラとか」
「ガーベラ？」
ゆりは瞬いた。
「ほら、木像をもってきたりしてたじゃんガーベラ。その時知らない間にちょっとお母さんの身体借りて侍女に
接触したんじゃない？」
「・・・・」
ゆりは首をかしげた。
「そんなことあったのかなあ」
「お母さんが神の国に行くよりも簡単そうだけど？」
「そりゃそうだけど・・・ガーベラが・・」
そういえば魔法の水をくれた事もあったなあとゆりは思い出した。その効果はまだ継続している。
確かに、ガーベラが侍女に何かをしたと考えるのが一番妥当なようだ。
いつの間に身体に入っていたのか、ゆりにはさっぱり分からない。
「なるほど・・・それで、その水疱瘡はどれくらい流行ったの？あんた聞いた？」
「学校でも結構流行ったらしいよ。ソフィアがなったのは知らなかったけど・・・」
「そう・・・」
「西の聖域のガーベラの神殿には肌が綺麗になる水があるらしいよ。巡礼者達がもらいに行くんだって。だからガー
ベラにはそういう力があるんじゃないのかな？」
「じゃあそのお水もってこれないの？」
「一人や二人のためならともかく、皆の分となれば無理じゃないのかなあ。何人くらいそうなったかもわからないけ
ど・・・」
「うーん・・・」
ゆりは低い声でうなった。
「お母さん神の国に行った時ガーベラなんでしょ？なんとかならないの？」
「なんとかしたいけど、私自身がガーベラなんだから、どうやってガーベラに頼むの？」
「うーん。それもそうだね・・・」
「とりあえず状況が知りたいなあ。ヴィラに授業終わったらくるように言ってくれない？」
「いいよ」
ラギは部屋を出て行った。
そうかあ。ガーベラってただ綺麗で歌や竪琴がうまいだけの女神じゃないのね。
改めてゆりはガーベラが神だという事を認識していた。自分がガーベラの時はつい忘れがちだが、相手は神様
なのだ。
今更だけど私が好き勝手しちゃっていいのかしら？
ほんと今更だけどね。
しばらく待っているとヴィラがやってきた。
「全く参りますよ。アナスターシャ様ったら気がそぞろで」
「ごめんごめん。プリモに夢中になっちゃってて」
ゆりが苦笑して言った。
「それで話とはなんですか？」
ヴィラが椅子に座りつつ聞いた。
「学校で水疱瘡が流行ったんだって？」
「ええ、ちょっと前に流行りましたよ」
「ヴィンセントは大丈夫だったの？」
「大丈夫でしたよ。あれはなぜか女の子にかかりやすいんですよね。この国では」
「ソフィアもなったんでしょ？すっかり元に戻ったの？」
ゆりがそう聞くと、ヴィラは微妙な顔をした。
「ソフィアは元気になってからも学校には来ていないようですよ。見える所に痕が残ってしまったようで・・・」
「かわいそうに・・・フリットったら全然言ってくれないんだから・・・」
ゆりは唇を尖らせた。
「王妃の気を煩わせるのが嫌だったんでしょう。」
「それってずっと治らないものなの？」
「子供の頃にできた痕はその内薄くはなりますよ。大人になるまで綺麗に治ることもありますし、ただ子供ですし、
それを言い聞かせても本人は辛いでしょうね。」
「なんとかしてあげたいなあ・・・」
ゆりはつぶやくように言った。
儀式の男達の子供は自分の子供のように愛着がある。困っていればなんとかしてあげたい。
「王妃ならなんとかしてしまいそうだから不思議ですよ」
ヴィラが苦笑交じりに言った。
「ソフィアだけじゃなく、他の女の子のためにもなんとかしてあげたい。クララやリリーは大丈夫だったの？」
クララとリリーはミルキダスの子供である。
「大丈夫だったみたいですよ」
「そう、とりあえずソフィアにお手紙を書こう。ヴィラ届けてね」
ゆりは便箋とペンを持ってきて手紙を書き出した。
「最近は王妃のたのもしさに惚れ直す事が多いですよ」
ヴィラはそんなゆりを見ながら言ったのだった。
夜、屋敷に戻ったフリットはソフィアがいる部屋をノックして扉を開けた。ソフィアはベッドの上に座っていた。
「今日はちゃんとご飯食べたのか？ソフィア」
フリットは優しく言いつつソフィアに近づいて言った。
「うん・・・」
「そうか・・・」
ソフィアは病気が治ってからも10日ばかり部屋から外に出てはいなかった。左の頬に赤い水疱瘡の痕がちょっと
残ってしまったからだ。そんなにすごい痕ではなく息子ならばそれくらい気にするなというだろうが相手が女の子
だとさすがにそうはいえない。活発な娘が部屋に閉じこもりっきりなのもかわいそうでならなかった。
肌を綺麗にする魔法があればいいのだが、そういう魔法はこの国にはない。
「お父さんが勉強を見てやろう」
フリットは優しく言った。
「いいよ。明日から学校行くから」
ソフィアが言い出してフリットは驚いた。
「そうか。」
ソフィアはずっと部屋にこもって泣いていただけにどういう心境の変化があったのかフリットは不思議でならない。
フリットはソフィアが手紙を持っているのに気づいた。
「お友達がくれたのか？」
「ううん。王妃様」
「王妃が？」
「私も王妃様みたいに強くなるんだ。だからこのくらいでくじけちゃだめなの」
「・・・手紙何が書いてあったんだ？見てもいいか？」
「だめ！」
ソフィアに強く拒まれて、フリットは手紙を読むことができなかった。
なぜ王妃がソフィアに手紙を？
フリットはソフィアのことはゆりには言っていなかったために疑問に思ったが、ソフィアがなぜかやる気になって
いるので深く聞かなかった。
手紙には、ソフィアの肌を治してあげる、と書いていたわけではなかった。
私も皆のためにできる限りがんばるから、ソフィアもくじけないでね、というようなことが書かれていたのだった。
王妃様が自分のことを心配してくれている、というのがソフィアはうれしかった。
「これくらいなんて事ないもん。ね、お父さん」
「ソフィア・・・お前は私の自慢の娘だよ」
フリットはソフィアの頭を優しくなでたのだった。
その夜ラクシュミが寝室に行くと、ゆりは座って額に白い布を巻いていたのでラクシュミはびっくりした。
「何してるんだ？」
「気合入れてるの」
「気合？これから何するんだ？」
ラクシュミはちょっとどきどきして聞いた。
「何って寝るんだよ？お休みなさい」
そういうとゆりは本当に寝転んで目を閉じた。
「？？？？」
時々分けがわからないな・・・
ラクシュミは首をかしげつつゆりを見下ろしたのだった。
よし、今夜は神の国にいけたらどうにかしてガーベラと直談判するぞ。おー！
ゆりは自らに気合を入れて眠りにつこうとした。だが興奮している時というのは中々眠れないものだ。
「うーん眠れない」
ゆりががばっと起きたので横で寝ていたラクシュミが目を開けた。
「そうだ、ちょっと疲れたらぐっすりいけるかも。というわけで、王様いちゃいちゃしよ」
ゆりは身体を寄せながら言った。
「何なんだいきなり」
「お願い。抱いて王様」
「今日はその気が・・・」
「王様、これは国民のためなんだよ？」
「は？」
「王様が今抱いてくれる事によって、泣いている女の子が笑顔になるかもしれないんだよ？」
「わけがわからん」
「お願い。このままじゃ眠れないの。ほどよく疲れたいの」
「そこらでも走ってきたらどうだ？」
「嫌」
「全く・・」
ゆりが全然引き下がりそうになかったので、ラクシュミはされるがままにゆりに裸にされた。
「第一王である私に疲れたいから抱いてくれってのはひどい言い草だと思うが・・・」
出会った頃のラクシュミならば怒り爆発だろうが、今はちょっと呆れるくらいだ。随分丸くなったものだと自分
でも感心していた。
「もちろん愛が前提ですよ。愛する王様♪」
ゆりはラクシュミに抱きついた。
そしてほどよく疲れたゆりはその後ぐっすり眠ることができたのだった。
相変わらず変な女だ・・・行動が全く読めない。
ラクシュミはそんなゆりを眺めつつ思ったのだった。
その夜はうまい具合に神の国にいけたようだった。気づくと一面のお花畑にいた。頭の上に花の冠が乗っている。
周りに妖精らしき女性達もいた。
よし、とりあえず一人になろう。
ゆりは妖精達と別れて歩いて行った。
ガーベラ様ガーベラ様私の呼びかけに答えてくださいな。
ゆりは心の内で何度も問いかけてみたが、返答は全くなかった。
うーん。どうやって話をすればよいのやら？
ゆりは小川が流れているのが見えたのでそちらに寄って行き、しゃがんで水面に映る自分の顔を眺めた。
「ガーベラ、ガーベラ、聞いて欲しい事があるの。お願い返答して」
やっぱり返答はない。
「お願いだからさーお願い。この通り」
拝むように両手を合わせるがやっぱり返答はない。
「お願い・・・ガーベラちゃん。ガーベラ〜」
「何やってるの？」
「うわっ！」
背後から突然声をかけられてゆりはびっくりした。見ると後ろにクーリーフンがいる。今日は小さかった。
「びっくりしたー」
「びっくりするのはこっちだよ。水見て何ぶつぶつ言ってるの？」
「うーんと・・・」
ゆりはこの際クーリーフンに言ってしまおうかと悩んだ。だが他に相談できそうな人もいない。
「ちょっと神殿で話聞いてくれる？」
「いいよ」
クーリーフンはぱたぱた飛んで行き、ゆりはその後ろからついていった。自分の神殿はわりと近いところに
あったようだ。
部屋に入り二人きりになったところでゆりはおもむろに言った。
「驚かないで聞いてほしいんだけど、今の私はガーベラじゃないの」
ずばり言うとクーリーフンは二度ほど瞬いた。
「ガーベラじゃなかったら何なの？」
「何なのって聞かれても困るんだけど・・・実は、本物のガーベラと話がしたくて・・」
「どうして？」
「ちょっと頼みがあるの」
「ふーん。いいよ。じゃあちょっとそこに寝転んで」
クーリーフンはあんまり動じてない様子だ。
「ここに？わかった」
ゆりは長椅子に寝転んだ。クーリーフンは左手にきらきらした花のようなものをふっとだして、ゆりの胸元に
おいた。
「おやすみ」
「・・・・」
ゆりは催眠術にかかったかのようにそのまま眠ってしまった。
気が付くと、きらきらした光の世界にいた。真っ白いベッドに誰か寝ているのが見える。寄っていくと、ガーベラ
だった。
「うわー・・・綺麗・・・」
ゆりは初めてまじまじとガーベラの姿を見つめてしまった。
いやはや見事なプロポーションね。
こうやって客観的に眺めると感動してしまう。
「あれ？今の私は・・・いつもの私になってる」
服装は眠った時のままだった。
ゆりはちょんちょんとガーベラの肩をつついてみた。
「ガーベラ、起きて。ガーベラ」
そういうと、青い瞳が開いてゆりを見たのだった。
「あら？どうしたの？」
ガーベラは起き上がってゆりを見た。
うわー見つめられると・・・なんか・・・
ゆりの頬は赤くなっていた。
ガーベラは首をかしげている。
「あの・・・私ゆり、あの・・・なんていっていいのかわからないけど・・・たまにあなたの身体になぜか・・・」
ガーベラからは花か何かのすごくいい匂いがした。
「知ってるわよ」
ガーベラは微笑んでいた。
「それで今日はどうしたの？」
「実はお願いがあって・・・」
ゆりは肌が綺麗になる水が欲しいことをガーベラに説明した。
「そうなの。かわいそうにね。いいわよ。化粧水あげる」
ガーベラは意外にもあっさり言ったのでゆりは目を見開いた。
「本当？」
「ええ。」
やったあ。こんなにうまく行くなんて・・・
「どうもありがとう。ガーベラ」
「ふふふ、ただし、条件があるわ」
「条件？」
ゆりはどきりとした。ガーベラはにんまり笑った。
「あなた今まで私になっていたとき、何人の恋人と交わった？」
「え・・・」
ゆりの顔が引きつった。
「誰ともそんなことしてませんが・・」
「本当？」
ガーベラが顔を寄せてきたので、ゆりは「すいません。ジンラと一度だけ・・」と小声で言った。
「え？それだけ？」
「はあ・・」
「ハロルドの子供二人産んだのに交わってないの？」
「はい・・・」
ガーベラにじーと見つめられたのでゆりは居心地悪そうにうつむいた。
「じゃあどうやって子供できたの？」
「え・・・その・・・どうしてできたのかさっぱりわかりません。」
ゆりは気が咎めていたのでその時のいきさつを詳しく話すことはできなかった。
「普通に話をしていてできたわけじゃないんでしょ？」
「それは・・・まあ・・・ごめんなさい。ジンラとの事は、全然悪気はなかったんです」
「私って女神は恋人の愛と快楽で美しくなっていく女神なのよね。だから、私になったときはもっとじゃんじゃん
引っ付いてほしな」
「・・・・え？」
ゆりは引きつった顔で聞いた。
「そうしたらもっと子供できるかもしれないし・・・」
「え、でもあなたの恋人とそういう事するのは・・・抵抗が・・・」
いきなり何を言い出すのかとゆりの心臓はばくばく音を立てている。
「あなたは私になっている時はガーベラでしょ？遠慮しなくていいから」
「そう言われても・・・」
「皆のこと好きなんでしょ？」
「そりゃ好きだけど・・・」
「それともこの話なしにする？」
「え・・・」
「それでもいいわよ？」
ガーベラは微笑んで言った。
「あの・・あなた自身が恋人と引っ付いたらいいと思うんですけど・・・」
「恋人が多いと、皆と引っ付くの大変なの。私だってしょっちゅうそういう気にはならないし。」
「はあ・・・」
「だからたまに来るあなたが新鮮な気持ちで男達の愛を高めてくれると、非常にありがたいのよね」
「・・・でも・・・皆を騙すことになるんじゃ・・・」
「そんなことないわよ。愛には違う刺激も必要なの。」
「はあ・・・？？？」
ガーベラって変な女神・・・
ゆりは思わず思ってしまった。
どうもよくわからない。恋人が別の女と寝てもいいのだろうか？
それ以前に私が入ってることに関しては、なんとも思ってないみたい。
「とにかく、あなたはもっと私になりきって恋人達と愛し合ってくれたらうれしいなってことよ。別にひどい条件
でもないでしょ？皆良い男だし」
「はあ・・・」
ゆりは頬をかいた。
「それって、毎回絶対ってこと？」
「ううん。別に強制じゃないわよ。正気な話、あなたが全然誰とも接触しなくても、別に何も言わないし・・」
「・・・」
「どうする？」
「・・・つまり、恋人達とそれなりに仲良くすればいいってこと？」
「まあそう。別に無理に交わる必要はないし。ああいうのはお互いに十分その気になってやらなきゃ意味ないから」
「わかりました」
どっちみち毎晩神の国に行くわけではないのでゆりは了承した。
「そう。じゃあクーリーフンに化粧水をもらってちょうだい。あれは人間には濃い過ぎるから、このくらいの
コップ一杯の水に小さなスプーン一杯の化粧水を混ぜて、それを朝晩肌につけるのよ」
ガーベラは指で大きさを示しつつ言った。
「わかったわ。どうもありがとう」
「どういたしまして。それじゃあね」
ガーベラが手を振り、ゆりはっと目を覚ました。横にクーリーフンがいる。今度は自分自身がガーベラになっていた。
「どうだった？」
「ガーベラと話をしたの。化粧水クーリーフンにもらっていいって」
「そう」
クーリーフンが微笑んだ。
「・・・ねえガーベラってちょっと変な性格ね」
ゆりが言うとクーリーフンは「あなたも十分変だよ」と言ったのだった。
「私変かな？」
「変だよ。」
「そうかなあ・・・」
「変だから何度も神の国に来てるんだよ。きっと」
「変だから？」
ゆりは首をかしげた。
クーリーフンが言った変は無欲で人間らしくないという事だったのだが、ゆりにはさっぱりわからなかった。
私ってこれ以上はないほどまともだと思うけどなあ。どこが変なんだろう？？？
「化粧水だっけ。一杯ほしいの？」
「できれば」
クーリーフンは部屋の隅においてあった大きめの青い水瓶の蓋をはずして、大きめの瓶にひしゃくで注ぎ、
コルクの蓋をしてゆりに渡した。
「どうもありがとう」
「これどうするの？あなたが使うの？」
「ううん。肌で困ってる女の子達にあげるの」
「そう・・・毎日これを肌につけると、本当に肌が綺麗になるんだよ？」
「私十分肌綺麗だから」
ゆりがそういうと、クーリーフンは微笑んだ。
「昔は聖域以外にもガーベラの泉ってのがあったんだけどね。悪い人間が営利目的でそれを使うようになっちゃって
・・・なくなったんだよね」
「そうだったの・・・」
「女の子達が喜ぶといいね」
「うん」
ゆりは大きくうなずいた。
ほどなくしてゆりは人間の世界に戻って行き、ガーベラ自身が目を覚ました。
「化粧水あげた？」
ガーベラは目の前にいるクーリーフンに聞いた。
「あげたよ。」
「そう。条件出したのよ。もっと恋人達と愛し合う事って。どうなるかしら。ちょっとどきどき。うふふ」
ガーベラは両手を合わせて楽しそうに言った。
「お母さんってば・・・その内誰かにばれても知らないよ」
「ばれるほど違いはないと思うけど？別人って言うよりは私の分身って感じだし。あれだけ子供産んでて別人は
ないでしょう？」
「のんきなんだから・・・」
「たまにのことじゃない」
確かにアマンザは別のガーベラに会うのも楽しみにしているようだった。別とはいってもアマンザにすれば母親
だし、それはキュリアやジェイクにとってもそうだろう。
実はグレンにはばれかかってるけどなあ・・・まあ大丈夫だと思うけど。
それともあっちが来た時に、ちょっといたずらしちゃおうかなあ。
クーリーフンの無邪気な青い瞳がきらりと輝いたのだった。
人間界に戻ったゆりは、両手の中に白い瓶があったのでにんまり微笑んだ。
よかった。皆が綺麗な肌になりますように。
「今度は何もらってきたんだ？」
目を覚ましたラクシュミが、ゆりが両手に持っている物を見て聞いた。
「ガーベラに肌が綺麗になる化粧水もらったの」
「そうか。よかったな」
「うん。王様、後でフリット部屋に呼んでよ」
「朝っぱらから元気だな」
ラクシュミは誤解しているかのように言った。
「何勘違いしてるの？これ私が使うんじゃないよ。他の女の子のためにもらってきたんだよ」
「ん？」
「ソフィアが水疱瘡の痕が残ったんだって。だから・・・」
「そうだったのか・・・」
「後は大量の小瓶に化粧水を作りまくろう。これくらいの瓶が欲しいんだけど。一杯」
ゆりが指で大きさを示した。
「わかった」
ゆりは朝食を食べて後、侍女らと瓶に薄めた化粧水を詰めていった。
フリットがやってきた時にはテーブルの上に大量の瓶が置かれていた。
「何をやってるんですか？」
「ああ、これ？はい、ソフィアの分」
ゆりはフリットに小瓶を一つ渡した。
フリットは小瓶を眺めた。ラクシュミからもただゆりの部屋に行けとしか言われていない。
「これは？」
「ガーベラから肌が綺麗になる化粧水をもらってきたんだよ。肌に病気の痕が残った子がいたら配ってあげてよ」
「王妃・・・」
フリットはぽかんとしていた。
「朝と晩、肌につけるといいみたい」
「・・・王妃にはことあるごとにお世話になってしまって・・・我々はいくら王妃に感謝してもしきれません」
フリットが目を細めて言った。
「まあ、フリットったら。一族の女の子じゃなくても、困ってる子がいたらあげてほしいな」
「わかりました。ちょっと箱もってきますね」
フリットは姿を消した。
フリットが手ごろな箱を持ってきてくれて、ゆりは侍女と一緒に小瓶を箱に詰めていた。その時ラギがやってきて、
何やら言おうとしたので、間髪いれずにゆりが「だめ」と言った。
「まだ何も言ってないよ」
ラギが口を尖らせた。
「ラギのことだから研究したいとか言う気だったでしょ。だめよ。」
「なんでさ」
「神様が下さった物は研究しても無駄なの。魔法みたいなものなんだから。それに全部女の子達にあげるんだから
だめ」
「へーい・・・」
「さすがのラギ様も王妃にはかないませんね」
フリットが苦笑して言った。
ガーベラの化粧水は皆に配られて、女の子達の肌のトラブルは一月ほどで解消されたようだった。
１の月の末ごろ、ヴィラが部屋にやってきた。
「王妃、ソフィアの顔が綺麗になったようですよ」
「知ってるよ。ソフィアからお手紙もらったから」
ゆりがにこにこして言った。
手紙は他の女の子達からも来た。皆肌が元に戻って大喜びだった。
ヴィラがやたらゆりをじっと見つめているのでゆりは不気味そうに眉を寄せた。
「何？」
「王妃に何かしてあげたいなあ。」
「え、いいよ。別に」
「まあそう言わずに。あっち行きましょうよ」
「え・・・それって、ただヴィラがその気になってるだけなんじゃないの？」
「まあそうともいえるかも。行きましょう」
ヴィラが近づいてにこにこしながら手を出した。ゆりは口を尖らせていたのだが、やがて手を出した。
まあいいか。ヴィラと二人っきりってのも久しぶりだし。
ゆりは別室でヴィラとしばらく仲良くしたのだった。
「ねえ王妃、神の国に行った時、男の神様と仲良くしました？」
ヴィラに聞かれてゆりはどきりとした。
「しないよ。そんなこと」
「本当ですかあ？」
ヴィラは疑いの眼差しを向けている。
いえないよ。子供まで産んじゃったなんて。
「王妃の嘘つき」
ヴィラはゆりの肩をなでながら言った。
「・・・・」
「だめですよ。神様にはまっちゃ。皆良い男なんでしょうからね」
「別に・・・」
そういえばもっと神様といちゃいちゃしてくれってガーベラに言われたんだっけ。
あれから神の国に行ってないけど、やっぱり化粧水もらった以上はそれなりに仲良くしなきゃだめだよねー
ゆりはヴィラを横目でじーと眺めた。
「なんですか？」
「別に」
ゆりは微笑んだ。
この際ヴィラで練習しちゃえ。
ゆりはヴィラに抱きついてヴィラの胸をなでた。
「ねえ男の人って胸触られて気持ちいい？」
「下の方が気持ちいいですけど」
「そこ以外でどっか気持ちいいところは？」
「口付けされるのは気持ちいいですよ」
「うーん」
ゆりは顔を寄せて唇を合わせた。ヴィラの両手がゆりの背中をなでた。
しばらく舌を絡ませた後、ゆりは唇を離して聞いた。
「ねえ、どういうキスが一番感じる？」
「どうでも気持ちいいですよ」
「うーん」
「何ですか今更」
「ちょっとした研究・・・」
「研究ねえ・・・下の研究もしてください」
「ミカエルみたいな事言わないの」
ゆりはぺちっとヴィラの太ももを軽くたたいた。
ああ、なんとか口付けで神様を満足させるってのは無理かな。
無理よねそりゃ。人間の男も無理だし。
ゆりは何か考えるように上を向いている。
ヴィラは王妃はまた何を考え出したんだろうと面白そうにゆりを見つめていたのだった。
さて神の国では、それなりに平和な時を過ごしていたガーベラの元にある日グレンがやってきたのだった。
「ガーベラ様、アシュラン様がお呼びですよ」
「・・・」
自分の神殿の部屋にいたガーベラはじっとグレンを見た。こころなしか暗い表情をしている。グレンのこういう
顔は珍しい。
「何なの？何か嫌な用事？」
「別にそういうことでは・・・」
「嫌な予感」
「とにかくいらしてください」
「何の用事？」
「私からは申し上げられません」
「ちぇ」
ガーベラはしぶしぶグレンに連れられて空の神殿へと向ったのだった。
すすむ