第50話
ガーベラが空の神殿に行くと、豪華な椅子に座っていたアシュランはニコニコ顔でガーベラを出迎えた。
「ガーベラ、良く来てくれた」
「・・・」
ますます嫌な予感がする・・・
アシュランの笑顔にガーベラは警戒心を募らせた。グレンは後ろの方に下がっている。
「それで、何の用かしら？」
「火の神サラディンは知っているだろう？」
「知ってるわよ」
アシュランは足を組み変えた。
「実は前々からサラディンに妻を世話してやってるんだが・・・どの女と会わせてもなかなかうまくいかないんだ。
もう世話する女がいなくなってしまった。ガーベラどうだ？」
思いもかけない申し出にガーベラはきょとんとした。
「え？どうだと言われても・・・私誰かの妻にはなれないし・・・サラディンってまだ相手いないの？そんなこと
ないでしょ。隠れているんじゃないの？」
火の神は結構初期に産まれた神である。今まで全然女がいなかったとは考えられない。ガーベラはサラディンのことは
もちろん知っているし神々の集まりなどで顔を見たことはあったが、あまり話をしたことはなかった。サラディンは
友好的で明るい性格の神ではなく、プライドが高くちょっと近寄りがたい所がありそうな神なのだ。
「そう思うだろう？普通は女の一人や二人いてもおかしくないんだが・・・いないんだ。これが」
アシュランはガーベラを見つめつつ言った。
「世話する女神がいないことないでしょ。誰かいるでしょ。サラディンは神格も高いし・・・」
「それがうまくいかないのだ。誰も」
「だからって何で私なのよ。」
ガーベラがちょっと口を尖らせて言った。
「ついこの間はダーナの娘を会わせてみたんだが、やっぱりうまくいかなかった。まさかその直後にダーナを行かせる
わけにもいかないだろう？お前なら案外意気投合するかもしれないし」
「無理でしょ。どう考えても」
それだけ女神に会ってうまくいっていないのなら、自分がうまくいくはずもない。
「会ってみなきゃわからないじゃないか」
アシュランは立ち上がり、ガーベラに近づいてきた。
「第一、サラディンって結構プライドが高そうだし、私の恋人の一人になりたがるとは思えないわ。もしかして
女嫌いじゃないの？」
「そういうわけではない。第一妻を世話しろと言ってきてるのは本人なんだ。」
「はあ・・・」
「とりあえず会って話くらいしてみてもいいだろう？な、ガーベラ」
アシュランはおもむろにガーベラの右手を握り締めて言った。
「でも、これ以上神格の高い神を恋人にすると皆から反感買うかもしれないし・・・」
「そんなことはない。むしろお前の評価が上がるってもんだ」
「でも・・・」
「今日も綺麗だな。ガーベラ。やはりお前以上に美しい女神はいないぞ」
アシュランは微笑みつつ言った。どうにも引きそうにない。
「よく言うわよ・・・・」
有無を言わせない感じね。嫌だって言ったら愚痴愚痴言われそう。それくらいなら会ってだめだった方がいいかも。
「まあ、私サラディンのこと良く知らないし、会って話すくらいなら・・・」
ガーベラがそういうとアシュランがにこりと微笑んだ。
「そうか。そう言ってくれると思っていたぞ。グレン、さっそく連れて行ってくれ」
アシュランが後ろの方にいたグレンにいい、ガーベラの顔が引きつった。
「ちょ、ちょっと今から？日を改めてでいいでしょ？」
「いや、その気になってる時にすぐ行った方がいい。」
「えー！！！」
ガーベラはサラディンの情報をどこかから仕入れようと思っていたのだった。
「何でそんなに急いでるのよ！」
「明日になったら嫌になるかもしれないだろ？ほら、グレン」
アシュランがグレンをせかしてグレンがガーベラに近づいてきた。
「美しいぞ。ガーベラ、きっとサラディンも気に入るに違いない」
アシュランはガーベラの両頬を手で包んで言った。
「私はただ話をしに行くだけよ。恋人とかいう話はまた別・・・」
「グレン」
「行きましょう」
グレンがガーベラの手を引いた。
「ちょっとお！！」
ガーベラは部屋の外に出されて神殿の外に出た。
「あからさまに怪しいわね。なんでこんなに急いでるの？」
ガーベラはグレンを睨んで言った。
「さあ、私は知りません」
グレンはいつもの冷静な表情だ。
「一体どういう事なのかわけがわからないわよ」
ガーベラが文句を言ってる間に身体は浮き上がり、グレンに連れられて飛んで行った。
「今までアシュランが世話した女神って何人？」
ガーベラは不機嫌そうに聞いた。
「20人以上は」
「なんでうまくいかなかったの？」
「私には分かりません」
「サラディンってどんな性格？」
「それは、ご自分の目で確かめられた方がよいと思います」
「・・・・」
むかつく・・・
グレンはアシュランの命令をただ実行しているに過ぎないが、今横にグレンしかいないので、ガーベラは仕方なく
不機嫌そうにグレンを見ていた。グレンはガーベラを見てはいない。ただ、ガーベラの手に触れて前を向いていた。
「恋人もいないって本当なの？」
「私にはなんとも・・・」
はあ・・・一体なんなのよ・・・
何を聞いてもグレンははぐらかすだけで、ガーベラもしまいにはあきらめモードだった。
私はサラディンがどんな神かほとんど知らないってのに・・・
しばらく飛ばされて、ついた先は草も生えていない岩肌の上に建てられた神殿だった。中をのぞいてみると、
壁にはいくつもの火の灯りが灯されている。かなり大きな神殿だ。
「サラディン様の神殿はこちらです」
「行かなきゃだめ？」
「はい」
ガーベラはここに来るのは初めてだった。
「ではお気をつけて」
何をどう気をつけるのよ。もう！
ガーベラはしぶしぶ中に入って行った。入るとすぐに火の妖精が現れて、奥に案内してくれた。
うーん・・・ちょっと熱いな・・・
火の妖精がいるせいか神殿の中は熱い。奥の広い部屋の奥に、サラディンがいた。謁見の間のような長細い部屋で
四方の壁には赤い布が垂れ下がっている。中央にある真っ赤なガーベラの背丈の半分ほどの大きなつぼからは炎が燃え
上がっていた。
顔見たの久しぶりかも・・・
赤い衣を身にまとったサラディンは髪も赤く、長い髪をまとめて首の横に垂らしていた。
多少きつい顔立ちだが整った顔立ちだといっていいだろう。サラディンに憧れる女神が数人いてもよさそうなものだ。
独り身なのはかえって不思議だ。
「サラディン様、ガーベラ様がいらっしゃいましたが・・・」
妖精がそいうと長椅子でくつろいで横を向いていたサラディンが顔をむけた。
燃えるような赤い瞳、額には火の模様がついた飾りをつけている。威厳を感じる神だ。目の両脇はこめかみまで
化粧をしたように赤くなっていた。
「ガーベラ？」
サラディンがガーベラを見た。眉をひそめていて喜んでいる風にはとても見えない。
ガーベラがしばし無言でいると、サラディンは「何か用か」と聞いてきた。
「アシュランにここに来るように言われたんだけど・・・」
としかガーベラにも答えようがない。
「アシュランが？」
そういうとサラディンの唇の左端が皮肉げに少し上に上がった。
「私が望んだのはディアメラだったはずだが・・・」
「ディアメラ？」
ガーベラは目を見開いた。
ディアメラとは月の女神の事だ。美しいが大の男嫌いで有名なアシュランの娘。
ア・・アシュランのやつ・・・ディアメラの代わりに私を・・・
ガーベラの眉間に皺がよった。理由はどうであれ、だれかの代わりに越さされたというのは面白くはない。
ふざけすぎよ！！！
怒りが混みあげてきたがとりあえず押さえることにした。
「あなたはディアメラが好きなの？ディアメラは誰の妻にはならないと誓っているから無理よ。」
「・・・」
「それにそんなに好きならあなたがくどいた方がいいわよ？」
サラディンはじっとガーベラを見ている。
「それじゃ私はそういうことで」
ガーベラはさっさと去って行こうとサラディンに背中を向けた。
すると、入り口にぼっと炎が燃え上がった。
「せっかく来たんだ。ゆっくりしていったらどうだ？」
声がすぐ後ろで聞こえてガーベラはどきりとした。振り向くと真後ろにサラディンが立っていた。
「私に用はないでしょう？」
「お前はディアメラの代わりなんだろ？」
「代わりって私は・・・」
ガーベラはサラディンに恐怖を感じた。すぐ側で感じる威圧感は相当なものだ。サラディンの考えが全く読めない。
それほど感情のない瞳を向けていた。
恋人の元に移動しようと思ってもできなかった。
「ガーベラ、この神殿内では、私と火の妖精以外は飛ぶことはできないぞ」
サラディンがガーベラの思いを読んだように言った。
「来い、ガーベラ」
サラディンはガーベラに背中を向けて歩いて行った。
「・・・」
何なの？この状況は・・・
後ろを見ると、まだ入り口には炎があがっている。ガーベラは神だが、炎では肌が傷つくし、髪だって燃えてしまう
だろう。
「早くしろ」
サラディンにせかされてガーベラは仕方なく後をついて行った。部屋の別の出口から出て廊下を歩いて行き、
一番奥らしい部屋の布をかきあげてサラディンはその中に入って行った。
ガーベラは部屋の中を見てぎょっとした。
部屋の中にはでかいベッドがどんと置かれていた。いわゆる寝室らしい。ベッドの布団も暖色系統の色が使われていた。
この展開は一体・・・
「あの・・・サラディン・・・」
「お前アシュランの女なんだろ？」
「え？違うわよ」
「なら一時遊ばれただけか」
「違うってば！」
「まあどうでもいい。この際お前でもいい。」
「お前でもって・・・どういうこと？一体あなたの望みは何なの？」
「聞いてなかったのか？私の望みは子供だ」
「子供？」
ガーベラは一オクターブ高い声をあげた。
「ああ。お前はさぞかしいい身体をしているだろうな」
そういうとサラディンは笑ってガーベラの身体を下から上まで見上げた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。何でいきなりそうなるの。私今日はただ話をしに来ただけだし・・・」
ガーベラが後ずさると手首をつかまれた。
「サ、サラディン・・・」
「せいぜい楽しませてくれ。ガーベラ」
サラディンはガーベラの手首をつかんでベッドに引き寄せた。
「やめて！嫌よ！好きでもない男とそんなことはできない！」
「お前が自分できたんだろう」
「こんなつもりじゃ・・・」
身体をベッドの上に突き飛ばされて、ガーベラの体がベッドの上に倒れた。
「あまり抵抗すると自慢の髪を燃やしてしまうぞ」
サラディンはベッドの横に立ったまま冷たくガーベラを見下ろしていた。
「どうしてこんなことするの？」
「言っただろう。目的は子供だと」
「子供って・・・一度したくらいじゃ子供なんて・・・」
「ならがんばって早めに孕むんだな」
「何言って・・」
ガーベラの表情が蒼白になった時、サラディンが逃げようとしたガーベラの身体の上に乗ってきた。
「やめて、やめてやめて」
ガーベラは手足をばたつかせていたが、全く逃げられそうにない。
「サラディン！」
「静かにしていろ。」
頬をなでられて赤い瞳が近づいてきた。その感情のない冷たい瞳に凝視されて、ガーベラはそのまま意識を失って
しまったのだった。
ガーベラがはっと気づいた時、部屋には一人きりだった。一人ベッドに寝かされていたようだった。
「？？？」
ガーベラは体を起こして頭を振るった。そして身体に触れた。衣服はちゃんと着ている。
身体に何かされた感触もなかった。
一体・・・・どういうつもりなの？
疑問に思ったが、ガーベラは早くここから離れたかったので、急いでベッドから降りて部屋の入り口から廊下を伺った。
だれもいない。
ガーベラはこそこそと廊下を移動して、神殿の入り口ではない別の出入り口を見つけてそこから外に出ることができた。
ああよかった。これで移動できる。
神殿から少し離れて移動しようとした時グレンが近づいてくるのが見えた。
「ガーベラ様・・・」
「サラディンがああいう男だってよくも黙ってたわね」
ガーベラはグレンを睨んで言った。
「ああいう男とは？」
「もういいわよ！」
ガーベラはそのまま恋人の元へと移動した。
「・・・・」
グレンは神殿の入り口から中に入って行った。サラディンは長細い大広間の奥の長椅子に座っていた。
「サラディン様・・」
「アシュランに、ガーベラの身体が気に入ったと言っておけ」
「！」
グレンの目が見開き、やがて細まった。
「ガーベラ様に何を・・・」
「望んだ事をしただけだ。そろそろ帰れ、アシュランの腰巾着」
「サラディン様・・・」
咎めるように言ったグレンの横に火の妖精が現れて、グレンは神殿の外に出された。
「・・・・」
グレンは悲哀に満ちた表情で空を飛んで行ったのだった。
すすむ