「あ〜あ気持ちよかった」

眠りから目覚めたゆりは、ちょっと悩ましげな声をあげた。



まさか神の国であんな体験ができるなんて・・・お湯の肌触りも気持ちよかったなあ。

あの自然な岩風呂も。

城のお風呂とはやっぱり一味違うよね。


火の神様の印象よりも、温泉に入れた事があまりにうれしかったために、温泉の印象しか残っていないゆりだった。

結局あそこに何をしに行ったと考えると、お風呂に入りに行っただけだ。



ああ、また入りたいなあ・・・でもあの神様嫌そうだったな。

ガーベラとくっついてくれたら気軽に行けるのに・・・



ガーベラが移動できるのは恋人の元にだけらしいので、恋人でもない男の元に一瞬で移動する事はできない。

火の神の神殿に行こうと思ったら、だれかに連れて行ってもらわないといけないのだ。


「は〜」

ため息をつきつつごろごろしていたら、

「お前朝っぱらから何もだえてんだ」

とラクシュミに言われてしまった。

「もだえてって・・・別にもだえてないよ」

ラクシュミを見ると何やら白い目を向けている。

「誤解だよー。別に変な事してないから。ただ夢の中ですごいお風呂に入っただけ」

「すごいお風呂？」

「すごく熱くって気持ちよかった」

ゆりは幸せそうな顔で頬を紅潮させていた。

「お前は夢の中でも幸せでいいな」

ラクシュミは嫌味のように言ってベッドから去って行ったのだった。



第52話

「ん〜・・・」

横たわったまま目を開けたガーベラは横にそっくり同じ顔の黒髪の男の子がいるのが見えた。

「あら、可愛い子供達、あれ？ここは・・・」

ガーベラは体を起こして周りを見た。自分の部屋ではない。

「オルガの所？」

「そうだよ。お母さん。もう夜だよ」

「お母さんって寝顔も可愛いね」

双子が微笑んで言った。二人とも額には淡く輝く丸い飾りがある。オルガとガーベラの子供の星の神達だ。

「ありがと。ところでどうしたのかしら。私身体が異常に熱いんだけど・・・」

ガーベラが自分の頬に触れつつ言った。

「からだの中からじわっと熱い感じ・・・」

ガーベラはゆりが入っていた時の記憶はもっていない。サラディンに会っていたことも、当然知らなかった。

双子は首をかしげた。

「所でオルガは？」

「でかけたよ。」

「そうなの。このまま寝てしまうわ」

そう言ってガーベラは再び寝転んだ。

「そう、おやすみ〜」

「おやすみ〜」

星の神達は部屋を出て行き、ガーベラは再び眠りへと落ちたのだった。




その神殿の入り口には左右にかがり火が灯されていた。メラメラと燃える炎は昼間よりも、やはり夜の闇の中の方が

美しい。人々の生活に欠かすことはできない火であるが、使い方を間違えれば火は瞬く間に全ての物を奪い去る。

そのためサラディンはどちらかというと火の守り神として人々には信仰され、大きな炉がある場所では、たいてい

火の神が祭られていた。それには火が暴走しないように、という願いが込められているのだ。


神殿の中に入っていく黒衣の神に火の妖精達は気づいたが咎めることはなかった。無言で部屋に入ってきた神に

サラディンは顔を向けた。

「オルガ・・・」

「やはり起きていたな。サラディン」

オルガはそういうと、勝手にサラディンが座っている長椅子とは別の椅子に腰を下ろした。丸いテーブルの上には

小さなつぼが置かれて、そこに火が灯されていた。この部屋のあちこちに同じようなつぼがあり、それが灯りとなっ

て部屋を明るくしている。サラディンは酒を飲んでいたようだった。

テーブルには酒の瓶と杯が置いてある。

「何か用か？」

「今日ガーベラが来たろう」

「ああ。おかしな女だな。ちょっと抜けてるとしか思えない」

サラディンは酒を飲みつつ言った。

「失礼だな。私の恋人に向って」

「お前本当に愛してるのか？」

「愛してるぞ。」

「あんなおかしな女を？」

サラディンはいぶかしげな表情をしている。

「あのな・・・この場合、おかしいのはお前の方だ。アシュランに嫌がらせをするのはいいが、ガーベラを巻きこま

なくてもいいだろう」

オルガは眉をひそめて言った。するとサラディンは横を向いた。

「アシュランに嫌がらせというよりも別の事を待ってるんじゃないのか？馬鹿な男だな。お前は・・・」

オルガは椅子の背にもたれて言った。

「いい加減新しい女を好きになれ。抱けない女をいつまでも愛してどうするんだ」

「余計なお世話だ。私には愛する女を共有しているお前達の方が理解できない。それは本当に愛なのかと疑いたく

なるな」

サラディンが持っている杯に火が灯り、その火は蝶のような形をしてひらひら飛んで消えた。

オルガはその蝶を目で追い、言った。

「少なくとも二人きりでいる時は一対一だ」

「馬鹿らしい。」

「私といるガーベラと、他の男といるガーベラはまた別だ。お前の方が馬鹿らしい。相手はお前が恋焦がれている

事を知っているのか？」

「・・・」

「他の女に目を向けてみろ。愛し合うのはいいものだぞ」

オルガがふっと左手の平を上に向けた。そこに黒い塊が浮かび、それはサラディンが持っていた杯へと吸い込まれた。

「たまには何も考えずにぐっすり眠るんだな。じゃあな」

そう言ってオルガは席を立ち、部屋を出て行った。


「あいにく・・・私はそう器用じゃない」

サラディンは杯の中の闇を見つめ、つぶやいたのだった。



「ガーベラ、朝だぞ」

頬をなでられてガーベラが目を開けると、横にオルガがいた。

「オルガ、おはよ〜」

ガーベラはオルガの首に両手を回してちゅっと頬にキスした。

「さっきサラディンに会ってきた」

「サラディン？どうして？」

「お前が会ったと言うからちょっと気になったんだ。」

「・・・・」

あれ？あっちの時にもサラディンに会ったのかしら？



とガーベラは首をかしげた。

「オルガってサラディンと親しいの？」

「親しい事はないが、たまーに会いに行くことはあるぞ。夜も結構起きてるからな。あいつは」

「理由それだけ？」

「ああ」

オルガはきっぱり答えた。

「・・・・サラディンって、ディアメラのことが好きなの？」

「ディアメラ？なんでだ？」

ガーベラはベッドの横の方に移動して、オルガがベッドに上がった。

「ディアメラを妻にしたいってアシュランに言ったみたいだから」

「ふーん・・・」

「サラディンって良く分からない人ね」

「ああいう男には押しかけ妻がいればいいんだがな」

「押しかけ妻？」

「ああ、そういう女でもいなきゃあの男はあのまんまだな。きっと」

「よくわからないけど・・・」

「サラディンがああだから火の妖精ってのは皆どこか暗い。」

確かに明るくはないけどね・・・



オルガは寝転んで目を閉じていたのでガーベラはもう話しかけなかった。

押しかけ妻かあ・・・その前にサラディンが誰を好きなのか、真面目に気になってきた。

今度話をしに行ってみようかな。

中途半端なままじゃ後味が悪いのよねえ。

でもすんなり教えてくれるわけもなさそうだし、この際クーリーフンを連れて行っちゃおうかな。



その後自分の神殿に戻ったガーベラは、クーリーフンに、自分がサラディンの神殿で楽しそうに湯に浸かっていた

という話を聞き、身体をのけぞらせたのだった。


「なんでサラディンの所に行ったの？」

「さあ、僕は聞かなかったよ。グレンが知ってるんじゃない？」


何で湯に入ったのかしら。まさかサラディンと何かあったとか？

でも楽しそうにってのは・・・どういうこと？

サラディンと仲良くなったとか？



あの男と・・・どうやって？？？



変な妄想が頭の中を巡り、胸のどきどきが治まらないガーベラだった。



すすむ