６の月の一日、北の砦にいたジュメはユリウスの姿を見つけて近づいて行った。
「ユリウス様、もう検査に行かれたんですか？」
ユリウスはジュメを見て「いいや」と言った。ここ数日はたいていの大人の女性は妊娠したかどうかの検査を受けに
病院に行く検査期間だった。今日は北の砦の女戦士の日だったので、ジュメが聞いたのだ。ジュメは子供を産んでから
まだそういう気にはなっていない。
「今年はなかったんですか？」
「今年はあんまりしなかった」
ユリウスは気にとめない様子で言った。ジェナサイトが聞けば今年もだろ？と突っ込みが入るかもしれない。
ユリウスの相手はずっとジェナサイトだけだ。なぜか赤い月になるととたんに恥ずかしくなり、あんまり交われないの
は相変わらずだった。赤い月の間のジェナサイトは不完全燃焼で終わっているようだ。だがその間のユリウスは
いつもよりも乙女チックなので、それだけは楽しいらしく、たいして文句も言ってない。
「そうですか。まあそのうちですよ。次の休みにメリッサを連れて王妃に会いに行こうと思うんですが、休みだったら
一緒にどうですか？」
ジュメが話題を変えて言った。
「ああ、行きたい」
「メリッサもユリウス様に会いたがってますよ」
「そうか」
ユリウスが微笑んだ。
第59話
ようやくラクシュミからのお呼びがかかり、ゆりは赤い月以来久しぶりに王の寝室でラクシュミが来るのを寝転んで
待っていた。夜半すぎ、ラクシュミがやってきた。
「王様」
ゆりが寝転んだラクシュミに寄り添うと、ラクシュミは「もう歌わないのか？」と聞いてきた。
「歌？ああ。なんだかいろいろ歌ったらしいね。いろんな人に」
ゆり自身全然記憶はない。ただ会う人みんなにもう歌わないんですか？と聞かれる。
「王様にも歌った？」
「ああ」
「全然覚えてない。なんでそうなったんだろう・・・？」
首をかしげるばかりのゆりだった。まあ男を見て歌うくらいなら、今までのことを考えればまだましかもしれない。
「歌はいいが神の国で歌うんじゃないぞ。すぐばれるぞ」
「わかってるよ。歌ったり竪琴奏でたりは絶対しないよ」
ゆりは言い切ったが、グレンに歌った記憶ももちろんなかった。
「神の国ではおしとやかにしてるから全然ばれてないよ」
「そうか？お前おしとやかにできるのか？」
「いつもおしとやかだよ」
「・・・それが心配なんだ」
おしとやかどころか神様をぶん殴ったりもしているが、それはすでにゆりの記憶には残ってない。
ラクシュミの手がゆりの腰をなでた。
「王様、もしかしてちょっとその気？」
「ちょっとその気だ」
「やった」
ゆりはうれしそうに言った。
歌といえばガーベラに歌ってもらったのが懐かしいな・・・
以前ゆりにやってきたガーベラを懐かしく思い出したラクシュミだった。
ゆりはいそいそと服を脱いでいる。
「しかし・・・よく飽きずにお前を抱き続けてるものだと我ながら感心するな・・・」
ラクシュミはぼそりと言った。
「愛があるからだよ」
「愛か・・・」
「異論ある？」
「いいや」
ラクシュミは身体を寄せてきたゆりの髪をなでた。
美しい女よりも面白い女の方が飽きなくていいかもな・・・
なんといっても面白さではゆりの上を行く女はいないからな。
そう思ったラクシュミだったが口には出さずに、ゆりを抱いたのだった。
「デュラエ〜クルラレ〜ラー」
その日、城の塔の上で風を感じながら歌っていたミルキダスは、後ろに気配を感じて歌をやめた。
「続けて続けて」
後ろにいたのは左目が蛇の目のゆりだった。
「王妃」
「古代叙事詩歌ってたの？」
「そうですよ。」
「ミルキダスもだいぶ覚えた？」
ゆりはミルキダスの横に並んで聞いた。
「8割方は。」
「そうなの。すごいわね」
「古代叙事詩を歌ってると、いろんな事が想像できるんです。その頃は今よりももっと様々な一族がいて、争いや
小競り合いも行われて、一族の存続のために必死だったんだなと」
「なくなった一族もたくさんあるんだよね。国がなくなっちゃうって切ないだろうね」
「そうですね」
ミルキダスはゆりを見つめて微笑んだ。
「キャシーはどう？順調？」
ゆりが微笑んで聞いた。キャシーはミルキダスの子供を妊娠中だ。
「順調ですよ」
「ジェシカの方はどう？」
「今年もだめでしたが、そんなに落ち込んではいないようですよ。まあどっちが産んでも二人の子どものようなもの
ですし・・・」
「そうだね。3人目かあ。男の子だといいねえ」
「はい」
ゆりはミルキダスそっくりの男の子を想像してうれしくなった。３人子供ができると、蛇の一族では子沢山の部類に入る
「王妃、少し時間ありますか？王妃に触れたいです」
ミルキダスが珍しく自分から言ってきた。
「いいよ、いこう」
ゆりが手を出してミルキダスはその手を軽く握り締めて移動した。
「愛してます。王妃」
「ミルキダス・・・」
ミルキダスはしばらくゆりを抱きしめて口付けた。
王妃に出会わなければ、私はずっとあのままだったでしょう・・・
愛も、喜びも感じることはなく、子供達の笑顔にも会えなかった。
「あ、ああ・・・なんだか今日はすごい・・・！」
ベッドの上で熱烈に愛撫されてゆりは身体を奮わせた。
「もういってしまったんですか？」
「だって・・・」
「王妃のそういう身体がかわいくて大好きです」
ミルキダスはゆりの片足を持ち上げて下半身の方に顔をうずめた。
「あ・・・き・・・気持ちいい・・・」
ゆりは思わずうめくように言った。
「ねえ、ミルキダスって、今はキャシーとしか赤い月過ごしてないの？」
「ジェシカとも過ごしてますよ」
「妊娠中なのに？」
「あの二人はどっちもその気がないかどっちもその気があるかどっちかなんですよ。」
「そうなんだ・・・ミルキダスって女を喜ばせるのがうまいから恋人が少ないとなんだかもったいない気がして・・・」
「私は情がかなりわかないとこういうことはしたくないので二人でいいんです」
「そうよね。その方がミルキダスらしいもんね」
「私女を喜ばせるのがうまいですか？」
ミルキダスはゆりに顔をむけた。
「うん・・うまいよ」
「王妃が喜んでくださるのが一番うれしいですよ」
ミルキダスは目を細めて微笑んだのだった。
「ミルキダスったら、そういう事言われると、いろいろしてあげたくなっちゃう」
ゆりは身体を下にずらしてミルキダスに抱きついた。
その数日後、ユリウス、ジュメ、ジュメの子供のメリッサがゆりの部屋にやってきた。
「おうひちゃまこんにちは」
メリッサがゆりに挨拶した。
「まあかわいい。大きくなったわねー」
ゆりはしゃがんでメリッサの頬をなでた。濃い緑色の髪は肩までのおかっぱだった。メリッサは4歳ほど。
ナナミよりも一回り以上は大きい。さすがイシュタールの子供だが、この前王の間の鏡で見せてもらったアヤコの
長女ルルはもっと大きかった。虎族の子供は小さい頃から成長も凄まじいようだ。上のタロウなどは子供でも大人と
背は変わらず、蛇の一族の男よりも体格が良いのだからびっくりだ。
「ジュメにも似てるけど、イシュタールの面影もあるね。かわいい。双子の部屋に行きましょ」
一同は双子の部屋に移動した。
「ナナミ、メリッサと遊びなさい」
ゆりがそういうとナナミはとことこメリッサの側によってきた。
「あそぼ」
「はい」
二人は大きな木のパズルで遊びだした。ロイは一人で輪投げをして遊んでいる。輪投げといっても自分の手でほおる
のではなく、力で輪っかを投げてぽいぽい入れていた。
「すごいですねー」
ユリウスがそれを見て感心して言った。
「なんでもしゃべるから楽しいでしょ？」
ゆりが聞くと、ジュメが「はい」とうなずいた。3人共椅子に腰掛けている。
「娘と会話できるってのはいいですね。イシュタール様も同じこと言ってますが」
「イシュタール、仕事終わると飛んで帰ってるんじゃない？」
「そうでしょうね」
二人はふふふと笑った。侍女がお茶とお菓子を運んでくれて、3人は子供達を眺めながら和やかムードで歓談した。
「ユリウスはジェナサイトと仲良くやってる？」
「ええ、まあ」
突然話をふられたユリウスはちょっと間を空けて言った。
「そう。よかった。まだ子蛇移動しまくってるの？」
「はい、最初の時よりかなり大きくなってますよ。成長してるから面白いです」
「そうだね。」
ゆりもたまに男達からも子蛇を見せてもらっている。子蛇を見ると、それぞれの親蛇をもった男達のことを思い出し、
ちょっとしんみりするゆりだった。
その時ラギが部屋に入ってきた。
「ロイ、遊びに行こうか」
「うん。行く！」
ロイが喜んでラギによってきた。ラギはユリウスとジュメを見て「こんにちは」と返事をした。
二人が返事を返す。
ラギはユリウスを見て「おめでとう」と言って微笑んだ。
3人共きょとんとした顔をした。
「何が？」
とゆりが聞いた。
「え・・・あれ？違うのかな？てっきり妊娠したのかと思ったけど・・・」
「え？？？」
3人が同時に聞いた。そしてゆりとジュメがユリウスを見た。
「いえいえしてないですよ」
ユリウスが手を横に振って言った。
「そうなの？微妙に違う気が混じってるように見えるんだけどなあ・・・この前の検査の時病院で女の人眺めてきたんだ
よ。妊娠してる人結構当たったんだけどなあ」
「・・・」
3人共沈黙した。
「ユリウス検査はしたの？」
ゆりが聞くとユリウスは「いいえ」と言った。
「じゃあわからないじゃない。もしかして妊娠してるかも」
「でも、今回はそんなにしなかったので・・・」
「全然しなかったんですか？」
ジュメが聞いた。
「いや、2回だけ」
「2回？やだユリウスったら、たとえ一回でもヒットすることもあるよ」
ゆりが笑って言う。
「それは・・・そうでしょうけど・・・え？妊娠？」
ユリウスはようやく事の重大さに気づいて声を荒げた。
「本当に私妊娠してるんですか？」
「してるの？」
ゆりがラギに聞く。
「100パーセントそうとは言い切れないけど・・・いや、そんな真剣に問われると・・」
3人に真剣に見つめられてラギが戸惑ったように言った。
「と、と、とりあえず・・・検査よ。検査！病院にいかなきゃ！」
ゆりがばっと立ち上がって言った。
「そ、そ、そうですね。病院に行ってきます！」
ユリウスもあわてて立ち上がり、ジュメが「私も付いていきます！」と言った。
「そ、それでは王妃、これで」
「うん。がんばって！」
今更なにをがんばるでもないがとりあえずゆりは言い、ユリウスとジュメは消えた。
「ああ、とうとうユリウスが・・・できちゃったかも・・・」
ゆりはそわそわ部屋の中を歩き回っている。
「にー行かないの？」
ロイがラギの手を引っ張った。
「ああ、いこう」
ロイを外に連れて行きながら、違っていたらどうしよう・・・・と冷や汗が出てきたラギだった。
「ああ、どうしよう！私が緊張してきた！」
ゆりは一人興奮している。
「ママがいなくなった・・・」
横の方で遊んでいたメリッサが言ってゆりがはっとした。
「あらら、後で迎えに来るからね」
ああ、ジェナサイトにも知らせたい！でも違ってたらあれだし・・・
「ねえ、妊娠したかどうかって調べてどのくらいでわかるの？」
ゆりが部屋にいた侍女に聞いた。
「そうですね。５日ほどでしょうか」
「え？そんなにかかるの？」
こっちの妊娠検査薬って進んでないのね。ちぇっ。
苦々しく思ったがこればっかりはどうにもならない。それからゆりのそわそわ生活がはじまり、もちろん、当の本人
ユリウスもそわそわ、ジュメも落ち着かなかった。ゆりはしまいには病院に結果が分かったらすぐ城にも知らせるよう
にと命令までだした。
ああ、落ち着かない！落ち着かないー！！！
その日ハザークの部屋で竪琴を弾いていたゆりだったが、間違えだらけでハザークの眉間に皺が酔っていた。
「どうしたんだ？だいぶ下手になってるぞ」
「すいません。ちょっと心が落ち着かなくて・・・」
「何かあったのか？」
「妊娠結果待ってるんです」
「妊娠？お前は妊娠してないぞ」
「いや、私じゃなくて・・・ん？ハザーク様ってそういうのわかるの？」
ゆりがぎょっとして聞くと、「分かるぞ」とハザークはあっさり言った。
「本当に？」
「妊娠すると気が違うからな」
「でも、他の人にはわからないですよ？」
「我は目がいいから分かる」
「ちょ、ちょっと待っててください！」
ゆりはそういうなり部屋を出て行った。こういう時は瞬間移動できない自分が恨めしい。
ぜいぜい言いながら城に入ると、なんとフリットが廊下を歩いてくるのが見えてゆりはあわててフリットに詰め寄った。
「フリット！ユリウス呼んで早く早く！」
「え？ユリウス？」
突然だったのでフリットはちょっとのけぞって聞いた。
「早く！今すぐ！呼んで呼んで！」
「は？はい・・・」
フリットは思念を使ってユリウスを呼び寄せて、ほどなくユリウスがやってきた。
「何かー」
「ハザーク様の部屋に移動！」
ゆりはユリウスの顔を見るなり言った。
「え？」
「早く！早く！」
「は、はい」
ユリウスとゆりは一緒に移動して、残されたフリットは理由も知らされずぽかんとしていた。
「・・・妊娠してる」
ハザークはユリウスのおなかを見て言った。
「ほ、本当ですか？」
ゆりが言うとハザークは「今は間違いない」と言った。
「今はって？」
「まだ初期だからそのまま育つかどうかまでは知らないということだ」
「とにかく妊娠してるんだ・・・」
ゆりの顔がぱーと明るくなった。ユリウスは不思議そうに自分のおなかを眺めている。
「全然実感がないですが・・」
「その内でるよ。ジェナサイトにも知らせてあげて」
「わかりました。ありがとうございます。ハザーク様、ではこれで」
ユリウスは消えた。
「やったー！ユリウスに子供が・・・・」
ゆりは両手を挙げて踊りださんばかりに喜んでいる。
「あ、そうだ、王様にも知らせなきゃ。ハザーク様またね〜」
ゆりは部屋を出て行った。
「せわしない女だ・・・」
ハザークは呆れるように言った。
一方子供ができたと知らされたジェナサイトは、一番不思議そうな顔でユリウスのおなかを見た。
「まさか、気のせいじゃないのか？」
「本当のようだ。多分」
「多分って・・・たった２回しかしなかったのに？？？」
「ばか。あれは回数じゃないんだ。一回でもできる時はできる」
とユリウスは言った。
「そりゃそうだが・・・本当にできたのか？病院の結果見せろ」
ジェナサイトが手を出した。
「いや、それはまだ明日じゃないとない。ハザーク様ができてると言った」
「ハザーク様が？それならそうなのか？うーん・・・」
どうにも実感がないジェナサイトだったが、次の日の午後には病院の検査結果が届いた。それにはちゃんと妊娠の文字が
あり、ジェナサイトは不思議ながらも認めざるをえなかった。
「たった２回しかしてないのになあ・・・」
「だから回数じゃないと言ってるじゃないか」
「それはそうだが・・・」
二人はユリウスの屋敷で祝杯をあげていた。だが、やったーうれしーというようなものではなく、二人とも全く実感が
ないのでただちびちび酒を飲んでいるだけだった。
「不思議な事もあるもんだ。まだ子供ができたって気がしないが・・・うれしいな」
ジェナサイトがしみじみ言った。
「そうだな」
ユリウスも冷静な顔で言っている。
「だがたった２回しかしてないとやったぞ！って気になれないなあ・・・」
ジェナサイトがぼそりと言った。
「わーい子供だ。かんぱーい！」
王の寝室ではラクシュミが来るなり、ゆりはラクシュミと乾杯していた。昨晩もやったので二度目だ。昨晩はゆりと共に
喜んだラクシュミだったが、さすがに次の夜も一緒に盛り上がる気にはなってなかった。
「よっぽどうれしかったんだな」
「うれしい。あのユリウスがお母さんになるんだもん」
「そうだな」
今年はゆりの恋人連中は子供はできなかった。貴重な中級戦士の子供だが、ゆりにとっては、ユリウスとジェナサイトの
子供ができたってのがうれしくてたまらない。
「私も一緒に妊娠したくなってきた。来年こそは絶対妊娠するぞー！」
「そうか。まあがんばってくれ」
ラクシュミは酒を飲み干して杯を横の台に置くとごろりと寝転んだ。
「ねえ、王様は男の子と女の子どっちがいい？」
「どっちでも」
「もーつれないわねーでも私もどっちでもいいなあ。女の子がもう一人できると３、３になっていいかも。ふふふ」
「早く寝ろ」
「でもまあ男の子でもいいけどねーどっちもかわいいから、どっちでも・・・ああユリウスの子供はどっちなのかなあ。
楽しみだなあ・・・３年後だねえ。そういえばミルキダスの子供もその内産まれるなあ・・・どっちかなあ。」
ラクシュミはもうゆりをほっておき、ゆりは一人で興奮してしゃべり続けていたのだった。
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