その日神の国はまだ夜明け前だった。空にはまだ星がちかちか瞬いていたが、薄暗い程度で真っ暗ではなかった。
もうすぐ太陽が顔を出しそうだ。東の空が白じんできている。
そうだ。今日こそはジェイクに会いにいこう。この時間ならハロルドもぐっすり寝てるだろうし。
神の国でガーベラの身体に入ったゆりはそう思い立ち、ハロルドの元へと移動したのだった。
ハロルドの神殿にぱっと移動したゆりは、部屋をうろうろ探して子供達の元へと行った。真っ暗ではなかったので
容易に探すことができた。ジェイクは大きなベッドでぐっすり寝ていた。部屋には子供用の鎧や大きな楯がおかれている。
かわゆーい。
ゆりはジェイクの寝顔を見下ろした。ジェイクはハロルドによく似ている。大きくなったら精悍な男になりそうだ。
女神泣かせのいい男になっちゃうかもねー
ゆりは隙間があったので布団の中に入ってしばらくジェイクを眺めていた。
ジェイクは鼻をくすぐるようないい匂いをかいで目を覚ました。すると目の前にガーベラの美しい顔があり、
うわっとのけぞった。
「お、お母さん！いつ来たの？！」
「ついさっきよ」
「な、なんで？？」
ジェイクは真っ赤な顔をしていた。
「まあジェイクったら照れちゃってかわいい。顔見に来たのよー」
ゆりはジェイクを胸に抱きしめた。すると、柔らかい胸に顔を押し付けられたジェイクの顔は更に真っ赤になった。
「お母さんったら！」
「だってかわいいんだもん」
二人で広い部屋のほうに移動すると、キュリアとハロルドがいたのだが、ゆりはキュリアを見て目を見開いた。
前よりちょっと大きくなっていたからだ。
「あら、母様いらしてたの？」
「うん」
「いつ来たんだ？」
ハロルドが聞いた。
「さっきよ。」
そっか。弟に合わせて大きくなったんだ。
ゆりは単純にそう納得した。ちょっとガーベラの面影が見える。大人になったらすごい美女になりそうだ。
「ジェイク顔真っ赤だよー」
キュリアがからかうように言った。
「だって母さんが・・・」
「皆は今日何するの？」
ゆりが聞いた。
「僕は剣の稽古」
「私はね、今日は兄様に竪琴教えてもらうのー」
キュリアがうれしそうに言った。
「そうなのー」
「私は空の神殿に用があるからもう行く。ではまたなガーベラ」
ハロルドは女神の頬に軽くキスして出て行った。
「いってらっしゃい。じゃあ私はひとっ風呂浴びてこようかな。じゃあね子供達」
ゆりは二人の頬をなでて消えた。
「ひとっぷろあびるって？」
キュリアは首をかしげてジェイクに聞いた。
「さあ、なんだろうね」
ジェイクも意味がわからなかったので首をかしげたのだった。
第60話
ああ、朝から温泉なんてなんて贅沢なのかしら・・・
サラディンはガーベラの恋人になったようなので、もういつ来ようが自由だろうと思っているゆりだった。
人間界では聖なる火の守り神として崇められているサラディンだったが、ゆりはすっかりサラディンの神殿を温泉だと
思っている。入り口に温泉ののれんでもつけたいくらいだ。
神殿の廊下に移動してきたゆりは、広間に行こうとして男の妖精に止められた。
「只今朝の祈りの最中ですので」
「あらそうなの。私湯に入りたいんだけど勝手に入っていいかしら？」
「どうぞ」
妖精の了承を取ったので、ゆりはすっかり覚えた場所に歩いて行った。すると脱衣所に入ろうとした所で女の妖精が
声をかけてきた。
「湯浴みをされるんですか？ぬるくなってるでしょうから暖めてあげましょうか？」
「あら本当？じゃあお願いするね」
ゆりは裸になって岩風呂の中に入った。確かにぬるくなっている。女の妖精は水の中に右手をいれた。するとじょじょに
温度が上がってくる。
火の妖精さんって便利ねー。
「火の妖精なのに水に触れても平気なのね」
「これくらいなら。私達は身体ごと水の中に入ると死んでしまいますから」
「あら、そうなの。サラディンは神様だから別なのね」
「そうですよ」
「あ、そろそろいいかな」
ゆりが言うと妖精はお湯から手を出した。
「どうもありがとう」
「いいえ。それでは」
妖精は去って行った。
「あー気持ちいい。本当の温泉みたいに直接ここにお湯が流れてくるのは無理かあ。源泉は熱湯だって言ってたもん
ね。いやー極楽極楽・・・この湯ざわりがたまらないなあ・・・」
湯の中に浸かってまったりしていたら、ジャボンという音がした。見ると今回はサラディンではなく、小さい物体が
お湯に浮いていた。
「あら？」
それは赤ん坊のようだったのだが、ひどくぼんやりして見えた。
赤ん坊の短い髪は赤く、目も真っ赤だった。裸でぷかぷか浮いている。
「おいでおいで」
ゆりはそっと赤ん坊を抱き上げて腕に抱いた。
感触はある。だが、身体の回りがぼやけているようだった。男の子か女の子かよくわからない。
なんなの？この子は・・・お湯に入ったから妖精じゃないだろうし・・・
まさかサラディンの子供？ガーベラが産んだのかなあ？？？
なんでこんなぼやけてるんだろう？？？
ゆりが首をかしげると、赤ん坊も首をかしげた。
足をじたばた動かしているのでお湯の中にいれるとしばらくじっと浮いていた。
「お湯好きなの？」
しばらくお湯に浸かっていた赤ん坊はぱっと消えてしまった。
「なんなんだ・・・」
ゆりは腑に落ちない表情でお湯から出た。そして身支度をして広間の方に行ってみた。
今度はサラディンに会うことができた。
「ガーベラ、朝っぱらから湯浴みにきたのか？」
長椅子に座っていたサラディンがゆりを見て言った。
「そうなんだけど・・・お湯に入ってたら赤ん坊がきたの」
「赤ん坊？」
「このくらいの小さい赤ちゃん。赤い髪で瞳も赤かったの」
もしかしたらガーベラが産んだかもしれないので、あれは誰の子？とは聞かなかった。
「この神殿に赤ん坊なんぞいないぞ。寝ぼけてるんじゃないのか？」
とサラディンは冷たく言った。
「寝ぼけてないわよ。失礼ねえ。ちゃんと赤ちゃんだったんだから。だっこしたもん」
「？？」
サラディンは首をかしげている。
その時、広間の真ん中にあるつぼの炎がぼっと燃え上がり、炎の中に赤ん坊の姿が見えたのだった。
「？！」
「わっ！ほらいる。・・・・燃えないの？」
ゆりが疑問に思ってサラディンを見ると、サラディンは驚愕した様子で椅子から立ち上がり、炎に近づいた。
サラディンは炎の中に手を入れて赤ん坊を手繰り寄せた。すると、先ほどと同じ赤ん坊がサラディンの腕に
おさまっている。
「ほらね、寝ぼけてないでしょ？」
「・・・・母親はだれだ？」
サラディンは赤ん坊に聞いていた。
母親はだれって・・・分からないほど女がいるわけ？意外とプレイボーイね。
とゆりは思った。
だけどさっきは赤ん坊なんていないと言ったのに・・・
だが赤ん坊は質問には答えずに、そのまま消えてしまった。つぼの炎は元の大きさに戻っている。
「・・・・あの子サラディンの子供？」
サラディンは考え込むように少し上を向いていた。
「あのーもしもし？」
反応がないので伺うように顔を見ると、サラディンがゆりを見た。
「ガーベラ、私の子供産みたいか？」
サラディンは真剣な表情でゆりを見つめて聞いた。
「え？突然そんなこと聞かれても・・・まあ産みたいかも・・・」
ゆりは戸惑いつつ言った。するとサラディンは微笑んだ。
「そうか。なら今晩から毎晩神殿に来てくれ」
「・・・・え？」
ゆりはきょとんとした顔をした。
「ど、どういうこと？」
「さっきのは火の神が産まれる前兆に違いない。近々産まれるんだ」
「そうなの？おめでとう」
「おめでとうじゃない。お前が産むんだ」
「私が？」
「だから毎晩来い」
「いや・・・そんな・・・急に言われても・・・」
ゆりはたじろいだ。いきなりな展開にびっくりだ。
「私の子供を産みたいんだろ？」
「そうだけど毎晩来いって言われても・・・それにあれが本当に子供が産まれる前兆かどうかわからないじゃない。」
「前兆でなければなんだ。他に理由が思いつかない」
「・・・」
「頼むガーベラ・・・」
サラディンは近づいてきてゆりの手を握り締めた。
そう言われてもなあ・・・私が勝手にいいよって言うわけにもいかないし・・・
「とりあえず保留にしてくれない？」
「保留？」
サラディンの眉がひそまった。
「いきなりそういわれても・・・赤ちゃんなんていつ産まれるかわからないでしょ？近々って本当に近いの？」
「さあ・・・多分な」
「多分・・・」
「とりあえず今晩来い。何なら今から寝室にこもってもー」
「さようなら」
ゆりはすぐさま言い、さっさと広間を出て行った。
サラディンはしばらく考え込むようにつぼの炎を見つめてあごに手を当てていた。
神殿から出たゆりはきょろきょろと外を見回した。
とりあえず、クーリーフンに会ってガーベラに伝言頼まなきゃ。
ああ、神殿に伝言板でも設置してほしい。でも神の国の文字は私には書けないんだっけ・・・
とりあえず、ラーズのところに行ってみよう。もしかしたらいるかも。
ゆりはラーズの元に移動した。
「うわっうわっと！」
目の前が泉で、ゆりは思わず飛び込みそうになるのを必死でのけぞって止めた。
「あー危なかった・・・」
「ガーベラ」
飛んでいたラーズが近づいてきた。
「会いたかったラーズ」
ゆりはとりあえずラーズの両手を握り締めた。
「肌が赤いぞ」
「今お湯に入ってたから」
「サラディンの所に行ってたのか？最近お気に入りだな」
ラーズはちょっと咎めるように横目で見つめてきた。
「お湯に入るのが気持ちよくて・・・」
「そうじゃなくてサラディンが気に入ったんだろ？」
ラーズはゆりの耳をくいくい引っ張っている。
「ラーズのことだって気に入ってるよ」
「本当かあ？」
「本当。ところでクーリーフン今日どこにいるか知らない？」
ゆりはラーズの腕に自分の腕をからめて聞いた。
「クーリーフン？そういえばキュリアに楽器を教えるとか言ってたぞ」
「あ・・・そういえば・・・」
とゆりはようやく朝のキュリアの言葉を思い出した。
「どこかなあ。ハロルドの宮殿かな？」
「多分そうだろ」
「お願いぃ連れて行ってぇ」
ゆりはいつもは使えない甘え攻撃でかわいくねだってみた。
「しょうがないな」
「ありがとう」
ゆりはラーズにだっこされて飛んで行った。
「ガーベラ、今晩神殿に来てくれないか？」
ラーズは飛びながら言ってきた。
「ちょっと今晩は・・・」
サラディンに来いといわれていたのでゆりは口を濁した。
「このまま落とそうかな・・」
ラーズが寂しげにいい、ゆりは「えー！」と必死にラーズにしがみついた。
「ははは、冗談だ。近いうちにな」
「うん」
ラーズはハロルドの神殿の前でゆりを下ろして軽くキスして去って行った。
うーん。毎晩サラディンといちゃいちゃしてると他の恋人達から苦情がきそうだなあ・・・
そう思いつつ神殿に入っていくと、楽器の音色が聴こえてきた。広い部屋で大きいクーリーフンとキュリアがいて、
キュリアが竪琴を教えてもらっている。
「やあ、母さん」
「こんにちは」
横に座って聴いていると、小さくてもキュリアは結構な腕前だった。
簡単な曲を奏でていたが小さな手をスムーズに動かしている。
うーん。やはり才能があると違うわねー。私なんて最初はずたぼろだったのに・・・
キュリアは一曲終わるとゆりを見て言った。
「母様の竪琴が聴きたいな」
「え？わ、わたし？」
ゆりはぎょっとした。
竪琴がうまくなったといっても人間レベル。しかも名人の域では全然ない。
「ごめんね。今ちょっと指の調子が悪くて・・・今度ね」
ゆりは指をなでながら申し訳なさそうに言った。
「そうなの？じゃあおうー」
「あ！」
ゆりは突然声を発してばっと立ち上がった。
「ごめんね。キュリア、ちょっとクーリーフンと話があって・・・違う部屋借りるね」
「うん」
キュリアはびっくりした顔で言った。
「ちょっとクーリーフン来て」
ゆりはクーリーフンを引っ張って違う部屋に連れて行った。
「あー危なかった。今お歌って言おうとしたよね・・・」
ゆりはどきどきしながら言った。あれだけ話してて声の調子が悪いともいえない。
「ぷっ・・・」
クーリーフンはなにやら笑っていた。
「何がおかしいの？」
「別に・・・」
「実はね、今の私はいつものガーベラじゃないの」
ゆりはひそひそ声で言った。
そんなこととっくに分かってるよと言いたいクーリーフンは笑っていた。
「それでね」
ゆりはサラディンのことを話してガーベラに伝言を頼んだのだった。
「ふーん。わかった」
「じゃあお願いね」
二人は広い部屋のほうに戻り、ゆりはしばらくキュリアが竪琴を教えてもらうのを見ていた。
そして気づくと現実世界へと戻っていたのだった。
ぱっと目覚めたガーベラはクーリーフンとキュリアがいるのを見た。
「キュリアだいぶ上手になったわね」
ガーベラが感心して言うと、キュリアは照れたように笑った。
「どれ、私が一曲・・・」
「母さん指の調子が悪いんじゃなかったっけ？」
とクーリーフンが笑って言った。
「ん？ああ、ちょっと休んでたら治っちゃった。もう大丈夫よ」
「そう」
クーリーフンがガーベラに竪琴を渡してガーベラは竪琴を奏でだしたのだった。
その夜、サラディンの話を聞いたガーベラだったが、サラディンの神殿には行かず自分の神殿で眠っていた。
すると夜中にサラディンが現れてガーベラの身体を揺り動かした。
「うーん・・・あらサラディン」
ガーベラは目を開けて真っ赤な髪の男を見上げた。
「あらじゃない。来いと言ったじゃないか」
「だってー子供のためにそういうことするのもねえ・・・」
ガーベラは不服そうだった。
「そんなにあわてなくても産まれる時には産まれるんじゃない？」
「そんな悠長な事は言ってられない」
「どうして？」
「私の子でないと困る」
「ん？どういう事？」
ガーベラは身体を起こして聞いた。
「火の神が自然に生まれたら困ると言ってるんだ。私は唯一神だからな。私の子供ではなく自然に生まれてしまうと、
将来私より力を持つ可能性が出てくるだろう」
「そうなの？」
風の神や花の女神は多数いるが、水と火の神は一人だけだ。唯一神の場合は、妖精達はその一人に従っている。
同じ神でも自分の子供の場合は、自分の力の強化にもなるのだが、全く別で生まれてしまうとちょっと都合が悪く
なるのだろう。
「そうなんだ。今更他人の下になるのはごめんだ」
サラディンは眉を寄せて言った。
「だから私の子供が産まれる努力はしたいんだ」
「そういわれても、子供のためって言って抱かれたんじゃ燃えないわ。他の恋人の手前毎晩あなたとべったりってわけ
にもいかないし・・・」
「別に毎晩じゃなくてもいい。たまに昼でも」
「いつ産まれるかなんてわからないわよ。本当に近々なの？」
「多分な・・・私だって子供のためとはいえいろんな女とそういう事をする気はない。お前が協力しないというのなら
別の女を捜す。どっちかにしてくれ」
「そう言われても・・・・サラディンって私のこと好き？」
「・・・可愛いとは思っている。」
サラディンは言いにくそうに目をそらせて言った。
「ヒルデリアより愛してるって言ってくれたら協力する」
「ん？」
「言って。」
「・・・・」
サラディンが沈黙したのでガーベラはふてくされたようにサラディンに背中を向けて寝転んだ。
「あのなガーベラ・・・」
「協力しない」
「お前の事を全くなんとも思ってなかったら、私だってこんな事は言いやしないんだぞ」
「嘘でも言ってくれればいいのにい・・・」
「神が嘘などつくもんじゃない」
「じゃあ愛してるって言って」
「・・・愛してる」
ガーベラはちらりとサラディンを見た。
「本当？」
「ん・・・ああ・・・多分」
「多分？」
ガーベラがじろりと睨んだ。
「お前を抱けば抱くほど、そういう感情が大きくなっていくと思う」
サラディンはガーベラの髪をなでながら言った。
「うーん・・・じゃあ協力してもいい」
ガーベラはサラディンに身体を寄せた。
「そうか。」
サラディンはガーベラを抱きしめた。
まあ本当に他の女に行かれても面白くないしね・・・
産まれるのかなあ。サラディンの子供。オルガの子供なんてえらい時間かかったけど・・・
サラディンはそのままベッドの上でガーベラを抱き、これでもかってほど交わったものの、子供はできなかった。
「・・・毎晩こんなにするの？体力持つの？」
ガーベラは思わず聞いてしまったほどだった。
「・・・無理かもな・・・」
サラディンはぼそっと言った。かなりへとへとになっている。
「そうよね。やっぱり」
「次は・・・あさってあたりに・・・」
急に弱気になってきたサラディンに、
「がんばって、サラディン」
ガーベラはついついサラディンを励ますように言ったのだった。
サラディンとこうなるのはいいけど・・・他の男達ともその分愛し合わなきゃいけないなあ・・・
こりゃ大変だ。サラディンより私のほうが大変じゃない。
ガーベラははっとそのことに気づいたのだった。
「ああ・・・・つ・・・疲れた・・・」
サラディンは横に寝転びながらぼそっと小声で言った。
「あのね・・・私の美しい体をあれだけ堪能して疲れたはないでしょ？」
「そうだな。楽しかった」
とサラディンは無理に微笑みを作って言った。
「もう」
とりあえず他の恋人達に頻繁に会いに行かなきゃ。ああ。身体がもう一つほしい。
あっちがもっとこっちに来て変わってくんないかなー・・・
ついそんなことを思ったガーベラだった。
すすむ