火の神が生まれる前兆があってから神の国では１０日ほどが経過していた。サラディンも毎日ではないが子作りに
がんばっていたが子供はできなかった。大体神の子供というのはできない時はさっぱりできないものだ。
人間界の時間で一万年という時が経過してもできない時はできない。かと思えば何かの弾みにぽっと生まれる
こともある。神の国で一番の子沢山といえば神々の長アシュランだが、ここしばらくはヒルデリアに子供はできて
いない。主な神はすでに生まれてしまっているせいでもあるだろうが、しょっしゅう女を孕ませていると思われてい
るアシュランでも、産まれるのは大半は妖精だったし、神の出産率はさほど高くはなかった。
その日サラディンは気分転換に空の神殿にあるサロンを訪れていた。丸いテーブルと椅子が幾つか並べられて
長椅子なども置かれている。壁際には酒樽と杯、陶器に入った飲み物や果物が並べられていた。
いわば神々の歓談場所のようなものだ。サロンは男女別になっていて、もう一つ女性用のサロンもあった。
長椅子に座った男の神がリュートを奏でていて、サラディンはぼんやり酒を飲みながら演奏を聴いていた。
他のテーブルでも数人の神が歓談している。
できる事なら子供が欲しいとは思っていたが、こんな切羽詰った状況になろうとは予想だにしていなかった
サラディンだった。元々そう性欲もすごい方ではなく、しょっちゅう女を抱きたいという衝動にかられることは
ない。相手が愛欲の女神なので性欲が高まって助かっている部分もあるかもしれない。
だが子供がいつ産まれるかなどサラディン自身にも見当がつかない。もし他で火の神が生まれてしまったら、
という不安もあり落ち着かないのだ。
「やあ」
同じテーブルに座った人物にサラディンは目を向けた。
「ジンラ・・・」
向い側に座ったのは酒の神ジンラだった。ジンラは相変わらず穏やかな表情を浮かべている。
「その・・・・す、すまない・・・」
サラディンはちょっと気まずそうに言った。
「何がだ？」
「ガーベラの事だ・・・」
「ああ、なにやら大変そうだな」
ジンラは杯を持って酒を飲んだ。
ガーベラに事情を聞いたようだ、とサラディンは気づいた。
しかも同情気味だ。
「怒ってないのか？」
「私は別に。ガーベラを愛してるんだろ？」
「・・ああ・・・」
まさかただ子作りのためと言うわけにもいかないサラディンだったが、あれだけ一緒に過ごしてしまうと、
ガーベラに愛着を感じるのも無理からぬことだ。ガーベラの匂いに包まれて眠るのもすっかり好きになってしまって
いた。時々むにゃむにゃという寝言を聞くのも、可愛いと思ってしまう。愛とはそういうものなのだろう。
「子供ってのはいいもんだ。自分の仕事の事で一緒に話ができるからな。早めにできるといいな」
「ああ」
それだけは切実に願うサラディンだった。
第61話
神の国での子作り問題も人間社会にいるゆりには全く関係なく、その日暇だったのでハザークの元を訪れていた
ゆりは、ひっさびさにハザークの侍女に妖しい薬をもられてかなりの興奮状態になり、ハザークとひっついていた
のだった。
ああ・・・私ったら昼間からこんなに興奮しちゃって・・・
身体は完全にハザークにゆだねていたが、心の内では客観的に見ている自分がいて、困ったもんだ、とか
まあたまにはしょうがない、とか心の内でぶつぶつ言っていた。こっちのゆりは何か盛られているとは全然
気づいていない。自分は巫女体質らしいのでこういうこともたまにあるだろうと思っている。
「相変わらずすごい匂いだな。王妃」
ハザークはゆりを抱きながら言った。
「んー・・・はあ・・・」
ゆりは両足はしっかりとハザークの腰に回している。
「ハザーク様、好き・・・」
「ん？そうか」
「あ・・・」
ハザークは絶頂の瞬間に気も注いだのでゆりは気持ちよさのあまりすっかり腰砕けになった。
「ああ・・・気持ちいい・・・・」
ハザークはゆりの頬をなでて身体を離した。
「今日は久しぶりにすごかったな」
「んー・・・・う・・・」
「かわいらしかったぞ」
いつもはこちらのゆりはあまり感じてはいけない、という思考が働くのかセーブ気味なのだが、たまに積極的に
なるとハザークとしてもうれしいようだ。
ゆりはそのままハザークに抱きついた。
「このまま寝ていい？」
「ああ」
「おやすみなさい・・・」
ゆりはハザークの胸にもたれたまま目を閉じて、眠りに落ちたのだった。
しばらくして、胸をまさぐられる感触でゆりは意識を戻した。胸に舌がはう感触がする。
あら、ハザーク様ったら元気ね・・・
ゆりは目を覚まして、目の前に青や赤や紫の髪が見えてぎょっとした。
「うわっ！」
思わず声をあげると、上に乗っていた人物は驚いて顔をあげた。
「どうしたんだ？ガーベラ」
「ラーズ！？」
ゆりは身体を離してきょろきょろとあたりを見た。ゆりはガーベラ姿で裸だった。ラーズも同様だ。そしてここは
ベッドの上。
うわっ昼寝の最中に神の国に来ちゃった・・・
「ガーベラ？」
ラーズは不思議そうな顔をしている。
「ごめんなさい。あんまり気持ちよかったもんで一瞬変な夢見ちゃった」
「は？」
「うふふふふ」
ゆりは笑ってごまかそうとした。
「？？？？」
やばい、どう見てもあれの最中じゃない。どうしましょ。
ゆりがきょろきょろしていたらラーズはゆりの手を引いて抱き寄せた。あたりは明るいからこちらも昼間のようだ。
「なんなんだ？変だぞ？」
「ごめんなさい」
ラーズは頬にキスして唇を寄せてきた。
ああどうしよう。いくらなんでもハザーク様とあんなにした後に他の男とってのもなあ・・・
全くこれからなのかな。それとも何度かした後？
「ラーズ、さっきのすごく気持ちよかった」
とゆりは言ってみた。
「私もよかったぞ。今度は後ろからしよう」
ってことは一度したのね、あーよかった。
「いやん。このまま抱きしめて」
ゆりは身体を離そうとしたラーズにぎゅっと抱きついた。
「大好き。ラーズ」
このまま何とかごまかそう・・・よし、そうしよう。
「じゃあ膝の上に乗ってするか？」
「え・・・もうラーズったら・・・うふふふふ」
ゆりは抱きしめる腕の力を込めたのでラーズが「いてて」と言った。
「意外にすごい力だな」
「愛の力♪ラーズとこうしてると幸せ。すっごい幸せで歌いたくなる」
「歌ってみてくれ」
「・・・ラーズ、愛してる」
ゆりは潤んだ瞳で見つめてごまかした。
「・・・面白い女・・」
ああ、何かうまくごまかせる話題はないものかなあ・・・
ゆりはラーズの翼に目を留めて、ふと、何かに気づいて手を伸ばした。
「ねえラーズ、一枚だけすごいきれいな羽があるよ」
「ん？」
ラーズは首を右にひねってみたが、一緒に翼も移動したので見えなかった
右の翼の肩より少し上の部分の翼に一枚だけキラキラ輝く羽が見えたのだった。
「一枚だけ輝いてるよ。なんで？」
「さあ、ちょっと抜いてみてくれ」
「いいの？」
「ああ」
ゆりは手を伸ばして羽を一枚引っこ抜いた。
「いてっ」
「ほらね」
ゆりは微笑んで羽を見せた。確かにキラキラ輝いている。
「本当だ」
ラーズも不思議そうに羽を見つめた。
「・・・食べたい」
「え？」
ゆりは突然何かの衝動にかられて羽を口に入れた。
「おい、ガーベラ・・・」
ラーズが驚いた顔をしたが、ゆりはかまわずに羽を上の方からかじっていった。
「・・・」
当然こんなものは食べる物ではない。ラーズは女神の不気味な行動に首をかしげていた。
ゆりは羽の固い部分は手で折って強引に口に入れた。
「いたた。首にささった・・・」
「そりゃ痛いだろう・・・大丈夫か？」
「み・・・水・・・」
「やれやれ・・」
ラーズはベッドから降りて行き、水を持ってきて渡してくれた。ゆりは顔をしかめつつ水をごくごく飲み干した。
「・・・流れた」
「・・・」
「ありがとう」
ゆりは杯を返してごろりと寝転んだ。
「ガーベラ・・・どうしたんだ？」
ラーズが不安げに聞いた。
「何が？」
「ちょっとおかしいぞ？」
「うーん・・・・うーん・・・うーん・・・」
ゆりは今度は横になったままうなりだした。
「ガーベラ・・・」
「うーん・・・」
ゆりが上を向いた瞬間、おなかの上に何かがぽんと飛び出たのだった。
「うわっ！」
ラーズが驚いてのけぞった時、それはぱたぱた飛んで行った。
「・・・・」
「わっ赤ちゃんが産まれた！」
ゆりが声をあげた。それは白い翼が生えた子供だった。金髪の女の子だ。ふんわりした金色の髪は首くらいまであった。
産まれたての赤ちゃんよりは少し大きいようだ。
女の子は起き上がったゆりの腕の中に降りてきた。
「うわっ見てラーズ。すごい目してるよ」
ゆりが女の子の顔を見せた。瞳はオパールのようにいろんな色が入っていた。ラーズはぽかーんと口を開けている。
「ラーズどうしたの？」
「子供・・・」
「はい、お父さんにだっこ」
ゆりが女の子をラーズに渡した。
「・・・この子は私よりの子供だ・・・」
「瞳は虹の瞳なんだね」
ゆりが納得したように言った。虹のようにいろんな色が入っているようだ。
「そうか。さっきの奇妙な行動は子供が産まれるためだったのか。私はまた、ガーベラがちょっとおかしくなった
のかと思って心配したぞ」
「ひどい・・」
「そうか・・・」
ラーズは女の子を見て微笑んだ。
「空の神殿に行かなきゃな。」
ラーズは服を着て子供を連れて出て行った。
ガーベラとラーズが一度した時の子供になるのかな？
よくわからないけど・・・あの羽が必要だったんだ・・・
子供ができたのかあ。よかったよかった。
何度もこういうことがあるとびっくり仰天とまではいかない。
ゆりはそのまま横になり、眠りについて現実の方に戻ったのだった。
そして目覚めたガーベラは、ラーズがいつの間にやらいなかったのでぼんやりしていた。
するとラーズが翼がはえた子供と共に戻ってきたのだった。ガーベラはぎょっと目を見開いた。
明らかにクーリーフンではない。
「虹の女神サーラに決まったぞ」
「・・・・」
あれ？いつ産まれたんだろう？？？？
あっちが来るという感触があったのだが、そんなに長い間ではなかったようだ。
サーラはぱたぱた部屋の中を飛んだ。すると飛んだ後にうっすらと虹のような物が見えた。
「かわいいなあ」
ラーズはにこにこだ。サーラはガーベラの頭の上に降りてきて首に腕を回した。
「ほんとかわいいわね」
疑問は多々あったが、まあいいやと思い、ガーベラは手を伸ばしてサーラの頬をつついた。
ぷにぷにしている。顔もかわいらしい。
「クーリーフンが喜ぶだろうね。一緒に飛べるもんね」
「そうだな」
「ほんとかわゆーい」
「かわいいなあ」
かわいい女神様にラーズもガーベラもでれでれだった。
サーラが産まれたのはよかったが、数日後それを知ったサラディンに「私の子供を先に産め！」と
やいのやいの言われて少々困ったガーベラだった。