その日の夕食時、ゆりは子供達にガーベラが翼がある女の子を産んだという事を話していた。
「目が虹の色なんだよ。いろんな色混じってるの。すごいかわいかった」
「へー」
３人とも感心して聞いていた。
「私次は翼がある女の子欲しいなあ。母様産んでよ」
とアナスターシャが言い出した。
「え・・・翼があるって時点で、すでに王様の子供じゃないじゃない」
とゆり。
「なんだか母様ならそういうこともありえるような気がするなあ」
とシス。
「いくらなんでも無理よ」
「僕もありえる気がする」
とラギまで言い出した。
「そんな無茶な・・・そういえば、プリモって飛べるようになった？」
ゆりは話題を変えた。
「まだよー。歩いてばっかりよ。まあ飛べなくてもかわいいからいいけどね」
アナスターシャがサラダを食べつつ言った。
「鳥の国ではプリモみたいなのが飛びまくってるのかなあ」
シスがラギを見た。
「さあねえ。天馬は最近少ないらしいからね。」
「仲間を見たら飛ぶかもしれないけどね。鳥の国まで連れていけないしね」
ゆりが言うと、アナスターシャがすかさず「だめよ。帰ってこなくなっちゃうでしょ」と
言ったのだった。
「母さんもう一頭もらってきてよ。今度はオスがいいな。プリモと子供できるから」
「何にも聞こえません」
ゆりはラギの言葉は無視してご飯を食べたのだった。
第62話
夕食後、ハインリヒの部屋にぱっと現れた蛇目のゆりは、奥の寝室の方をのぞいてみた。するとベッドの上に
ハインリヒが寝ていた。胸の上には開かれた本が置かれている。普段着で寝ているのでうたた寝しているようだった。
ゆりはそろっと近づいてぱっと本をとった。するとハインリヒが目を覚ました。
「おや、夜這いに来てくれたんですか？」
「まだ夕方よ。ご飯食べたの？」
「まだですよ。ふああああ」
ハインリヒは身体を起こしてあくびをした。そして部屋の灯りを力でぱっとつけた。
「これ、女王様がくれた本？」
ゆりはぱらぱらと本をめくってみた。魔法のことがいろいろ書かれているようだ。
「そうですよ。近々ある戦のためいろいろ考えてるんですよ」
ハインリヒがベッドの端に座り、ゆりはその横に腰を降ろした。
「何か良い呪文ある？」
「良い呪文はいろいろあるんですがね、使えるかどうかってのがまた別でしてね。」
過去の世界なら呪文も使い放題なのだが、この世界では一族の質が低いのでハインリヒの力も大きく下がっていて、
そういうわけにはいかなかった。過去の世界では戦は攻撃優先だったが、こちらではどうしても護りにも気を
くばらねばならない。それは力が強い者があまりいないせいだ。なるべく味方を死なせずに敵を撤退させる、と
いうのは難しいことだ。
「ディランやフークスらがいれば、とないものねだりをしてしまったりするんですよね・・・」
「呼ぶのは無理だもんねえ。ロイが早く大きくなればいいのにね」
「ああ王妃、私も子供が欲しいです」
ハインリヒは横からゆりを抱きしめた。
「大きな戦があると切実にそう思うんですよ」
もしかしたら、という不安がそうさせていた。
なんとか自分の強い力を持つ子供を残しておきたい。そう思わずにはいられないのだ。
「ハインリヒ、戦は次の一回で終わりじゃないんだから、死ぬなんて考えないで。」
「わかってますよ。でも人生何があるかわからないですからね」
「弱気にならないで。弱気のハインリヒなんてらしくなーい」
ゆりはハインリヒの頬を軽く引っ張った。
「せめていろいろして慰めてください」
「はい、いろいろ」
ゆりはハインリヒの両方の頬をつまんで引っ張ったり押さえたりした。
「王妃ってば・・・」
ゆりは顔を寄せてハインリヒに口付けた。ハインリヒは何気にゆりの胸に手を当てている。
ゆりがその手の甲を思いっきりつねった。
「いてててて」
「それじゃ続きはまた今度ね」
ゆりは手を振ってそのまま消えてしまった。
「もう終わり？冷たいなあ・・・」
ハインリヒはぼそりと言って自分の手の甲をなでたのだった。
戦がその内に起こる・・・
普段のゆりも、ガーベラがまた来て戦が10年延びるのなら土下座してでも頼むつもりだったのだが、
ラクシュミにそれは無理だろうと言われてしまっていた。
いくらなんでも二度も戦を伸ばすほど龍の一族はのんき者ではない。
戦を延期したのもガーベラのため、というよりも、西の聖域の神官の顔を立ててのことだろう、とラクシュミ
は言っていた。どの国も、神官達にはそれなりに気を遣っているのだ。
こっちに小さいロイがいるんじゃ、大きなロイはやっぱり来てくれないかしらねえ。
それにしても、どこでもかしこでも子作りが大きな問題ねえ。
こればっかりは神様にもどうにもならないなんてね・・・
蛇目のゆりはそんなことを考えつつ自分の部屋に戻って行った。
一方神の国ではー
ああ、全くみんなして子供子供と・・・
ガーベラはその日神殿から出て一人ふらふらと歩いていた。
サラディンにやいのやいの言われるは、ラクアにまで「僕も子供がほしい」と言われるはで少々お疲れの
ガーベラだった。ラクアの場合は子供というよりは僕にもかまってくれという感じだが。
歩いていたら髪にべたりと何かがひっついた。
もぞもぞと肩の方に移動してきたのはサーラだった。
「あら、サーラ」
サーラはにこにこしている。クーリーフンも飛んできた。
「皆に挨拶終わったの？」
「大体終わったよ。みんなにこにこしてたよ」
クーリーフンが言った。
「そうよねえ。こんな可愛い子みたらにこにこしちゃうよね」
「母さんどこいくの？」
「ダーナの所。サーラも行く？」
サーラはガーベラにひっついたまま微笑んでいた。
「この子全然しゃべらないね」
「そうだね。まあその内しゃべるんじゃないかなあ。それじゃ僕行くね。」
クーリーフンは飛んで行き、ガーベラはサーラと一緒にダーナの神殿へ向った。
神殿の中に入ると部屋の中には竪琴を弾いていたダーナの他にアリアスまでいた。
「あら、いたの」
ガーベラはアリアスの顔を見て言った。
「いたのはないだろう。」
サーラはふわふわとアリアスの元に飛んで行き、膝の上にちょこんと乗ったのだった。
「ほんとかわいいもんだなあ・・・」
アリアスがサーラの髪をなでた。
「ガーベラって結構小さい子供産めていいわねー。私はたいてい大きい子ばっかりだからたまには小さい子も産んで
みたいわ」
竪琴の手を止めてダーナが言った。
「私もこういう小さい女の子ほしいなあ・・・」
とアリアス。
「男は欲しくないの？」
とガーベラが聞いた。アリアスの子供は結構いるが全員女の子だ。男は一人もいない。
「女の子の方がかわいくていい。それはそうと、ガーベラはとうとうサラディンを恋人にしたんだってな。」
アリアスがにやにやしてガーベラを見た。
「なんだかすごくのめり込んでるみたいじゃない。サラディン。本気でくどいたのね」
ダーナもにんまりした。
「別にそういうわけじゃないんだけど・・・・」
ガーベラはちょっと口を尖らせた。
神々の噂話はどっからともなく広まるものだ。きっと噂好きの風の妖精達が巻きちらしているに違いない。
「あの男は一生あのまんまかと思ってたからちょっとびっくりした。アシュランに嫌がらせしてたのが面白かった
んだが・・・」
「アリアスはサラディンの好きな女神知ってたの？」
ガーベラが驚いて聞いた。
「ああ、知ってたぞ。ヒルデリアだろ？」
「ヒルデリア？」
ダーナが目を見開いた。
「神々の集まりなんかがあるとちらちら見てたからな。だからずっと物好きな男だと思ってた」
アリアスはさらりと言った。
「こらこら・・・」
アリアスとヒルデリアの仲はそんなによくはない。アリアスはアシュランが他の女に産ませた子供だからだ。
「まあよかったじゃないか。不毛の愛から脱出できて。」
「そりゃ不毛ねえ・・・まあヒルデリアは美人だし、普通の時は優しいから好きになる神がいても不思議は
ないわよ・・・」
ダーナがしみじみ言った時、
「我が、愛しのダーナ〜♪」
という変な歌が聴こえてきて、一同ぎょっとした。いつの間にかアリアスの膝の上で寝ていたサーラもびくっと
起きてしまった。
「うげっ！また来た！」
ダーナがあわてて立ち上がり、「追っ払ってアリアス！」と言いつつ奥の部屋に逃げ込んでしまった。
「我が麗しの女神よ〜今日もその姿を見せておくれ〜♪」
といいつつ部屋に入ってきたのは一人の男だった。金髪で結構たくましい体つきをしているが顔立ちは大人になり
きれていない少年のような所があった。背中に金色の矢を背負っていることから狩りの神だろう。
男は部屋の中を見回して「あれ？」と言った。
「ダーナがいない。どこに隠したんです。アリアス様」
男はアリアスをじろりと睨んだ。
「別に隠しちゃいないが、お前の歌を聴いてすぐ逃げたぞ」
とアリアスは言った。
「ふふ、恥ずかしがって・・・どこだい？小鳥ちゃん♪恥ずかしがってないで出ておいで〜♪」
男は歌いつつ部屋の奥のほうに行ってしまった。
「・・・あれって狩りの神ジョルンよね？」
ガーベラはぽかんとした顔で聞いた。サーラは大きな目を見開いている。
「ああ、最近大人になったんだが、なったとたんにダーナに言い寄ってるんだ。」
「そうなの・・・行っちゃったけどよかったの？」
「裏から逃げただろう。」
アリアスはあまり気にしてない様子だった。
実は先ほどの男は前に花の女神の一件で、森の神がダーナの恋人にと連れてきた男達の中の一人だった。
その時はまだ子供だったのだが目出度く大人になり、ダーナの恋人になろうとがんばっていたのだ。
「歌はともかく見かけは悪くないわね。かわいい感じだし」
「歌がひどいことに自分で気づいてないのが救われないな・・・」
その時ダーナが奥の部屋から出てきた。
「あら、逃げてなかったの？」
「あいつ裏手から出て行ったわ。ふふふ」
ダーナはやれやれと椅子に座った。
「まあそんなに邪険にしなくてもいいじゃない。」
ガーベラが言うとダーナがきっと睨んできた。
「歌がひどい男は嫌いなの！」
「でもかわいい男好きじゃない。ダーナ」
「中身がかわいくない！」
「ふふ、みーつけた。僕の小鳥ちゃん♪」
部屋にぬっと男が入ってきてダーナの身体がぴょんと５センチばかり浮いた。
「ダーナったらかくれんぼが好きなんだから！」
「そんなわけないでしょ！逃げてるのよ！」
ダーナはさっさと部屋を出て行った。
「君が逃げるなら僕は追うだけさ。あ、アリアス様は好きなだけ浮気してください。それじゃ」
と言って男も部屋から出て行った。
「ああ、あの手の恋人は二人もいるのになあ・・・」
アリアスがぼそりと言った。どうやらダーナの恋人の双子の神の事を言ってるようだ。
恋人になるのも時間の問題かも？
ガーベラは他人事ながら思わず笑ってしまったのだった。ダーナは熱烈に言い寄られると結構弱い、
という事をガーベラは良く知っていた。
ガーベラはサーラと一緒にダーナの神殿から出て行った。
するとサーラはガーベラの腕を引いて東の方を指差している。
「ああ、ラーズのところ戻りたいの？」
ガーベラが聞くとサーラがうなずいた。
「じゃあ行こうね」
移動するとラーズは神殿にいた。サーラはラーズを見ると喜んで飛んで行き、ラーズの腕に収まったのだった。
ラーズは微笑んでいる。クーリーフンは息子といえども自分よりの子供ではなかったので、サーラが産まれた
事がよっぽどうれしかったのだろう。
「あ、さっき火の妖精がガーベラを探してたぞ」
ラーズが思い出したように言った。
「え？」
「なんだか切羽詰ったような様子だったなあ・・・」
「えー・・・しょうがないな。行ってみる」
「ん」
ガーベラはそのままサラディンの元に移動した。
するとサラディンはガーベラを見てはっと立ち上がり近づいてきた。
「どうしたの？」
「また子供が現れたんだ」
サラディンは真剣な表情で言った。
「そうなの・・・」
「今回は前よりちょっと大きかったんだ」
「ふーん・・・」
「・・・・」
サラディンは訴えるようにガーベラを見つめている。
「わかったわよ。今から愛の時間になるわけでしょ？」
「とりあえず、一緒に湯浴みしよう。」
「湯浴み？」
「ガーベラ好きだろ？熱いお湯に入るのが」
サラディンが微笑んで言った。
「湯であったまったお前の体が抱きたいな」
「はあ・・・」
ガーベラはサラディンに促されて広間を出て行った。そして服を脱いで湯気でもわもわしている湯浴み場に
やってきたのだった。
熱そう・・・
ガーベラはしばし湯気を凝視した。ゆりは熱いお風呂が大好きだが、ガーベラは今まで熱い湯に浸かった
ことはない。
「どうしたんだ？ガーベラ」
サラディンは湯の中に入り聞いた。
「な、なんでもない」
ガーベラは恐る恐る右足を湯の中にいれた。
あ・・・・あつっ・・・・熱いったらありゃしない。
ガーベラは胸の辺りまでお湯に浸かったのだが熱くてたまらない。なんとか平気を装っていた。
「そういえば、最初ここで変な歌歌ってたな。女神らしからぬ歌だったんでぎょっとしたが・・・今となれば
もう一度聴いてみたいな。歌ってみてくれ」
「え・・・」
ここでガーベラが「いい湯だな〜♪」と歌いだしたら面白かったが、もちろんガーベラはその時の記憶はないので
歌えなかった。
「そんなの忘れちゃったわよ。」
「そうか」
「そろそろ出ない？」
「もうか？」
なんか頭くらくらしてきたし・・・
「十分身体あったまった。我慢大会はまた今度ということで」
「我慢大会？」
「なんちゃってね」
「？？？まあいい。出るか」
ガーベラはやれやれと湯から上がった。そして服を着ると寝室に直行したのだった。
「ねえサラディン、私を抱くのって好き？」
ガーベラはサラディンに肌を寄せたまま聞いた。ベッドの上で再び裸になっている。
「好きだぞ」
サラディンはガーベラの髪をなでていた。
「本当に？子供ができたらもうそんな気なくなるんじゃない？」
ガーベラはサラディンの赤い瞳を見つめて聞いた。
子供のためとやっきになってへとへとになっているサラディンを見ているとどうもそんな気がしてくる。
「まあしばらくはこうやって横で添い寝するだけでもいいんじゃないか？何も交わるだけが愛ではないし」
とサラディンは真面目な顔で言った。
「・・・・」
ガーベラが横目で睨んだ。
「別にいいわよ。添い寝してくれなくても」
「そうじゃない。私はお前の匂いが好きなんだ。こうやって横に寝るのが結構好きだ」
「ふーん」
「本当だ」
サラディンはガーベラに口付けた。
そして身体を抱きしめた。
湯上りのせいかサラディンの体温はいつもより上昇していた。
抱かれると体の中まで熱くなってくる。
「身体・・・熱い・・・」
「ん・・・私はいい感じだぞ。とても」
その日は３度ほどがんばったサラディンだったが、終わったあと、しばらくガーベラの様子を見ていたが
別段変わったことはなかった。
「・・・だめだったみたい」
サラディンがはあとため息をついた。
「ため息つかないで」
「すまない。つい・・・それにしても・・・お前は本当に美しい女だ・・・」
サラディンはガーベラを見つめて言った。
「とってつけたように言ったわね」
ガーベラが頬を膨らませた。
「そんなことはない。お前とこうなるまではお前に興味すらなかったが・・・今は
お前の恋人達の気持ちもわかるような気がする」
「・・・・」
「知り合ってお前がかわいらしい女だという事がよくわかった」
「愛してる？」
「ああ、愛してる・・・」
「ヒルデリアよりも？」
「・・・まだ若干ヒルデリアの方が上かな・・・」
「・・・・」
「若干な」
サラディンって嘘が付けない所がいいんだけど・・・・こういう時くらいついてよ。嘘！
そう思わずにはいられないガーベラだった。
「ちなみにその若干ってのはどこらなの？」
「一途さ。お前が他の恋人から離れて私だけにしてくれると私としても・・・」
「はいはい、すいませんね。一途じゃなくて・・・」
「今の言い方は可愛げがないぞ」
サラディンがむっとして言った。
「今は私の心はあなたのものなのよ〜♪」
とガーベラは歌いだした。
「だからそんなこと言わないで愛しいあなた〜♪」
と歌ってガーベラはサラディンにちゅっとキスした。
ガーベラはその後自分の神殿に戻り、その夜はもう他の恋人に会う気にもなれなかったのでそのまま
眠ったのだった。
真夜中ー
ガーベラの上に一つの小さな炎がゆらゆらと浮かんでいた。
ガーベラはすっかり寝入っていたので全くそれには気づかなかった。
炎はやがて消えてしまい、朝まで現れることはなかったのだった。
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