第１３話
ゆりが全く近づいてくる気配がなかったのでしょうがなくラクシュミは椅子から立ち上がり、ゆりに近づいた。「大丈夫か？」
目の前に立ち、聞いても、ゆりはぼんやりした顔のままだ。なにやら涙ぐんでいる。
やはり言葉もわからないのだな、と思ったラクシュミは、ゆりの左目を見た。
「ゆり、ゆり、出て来い」
しかし、ゆりはきょとんとしたまま、もう一人のゆりが出てくる気配もない。
「やはりこっちのゆりが正常じゃないと、出てこれないようだ」
「そのようですね。おいたわしい」
フリットが答えた。
ラクシュミは、ゆりの肩に触れた。
ーねえ、何たくらんでるの？
ゆりがラクシュミに聞いた。
ーたくらむ？ラクシュミが首をかしげて聞く。
ー地球侵略とか企んでるの？無駄だよ。私ただの平民だし、誘拐しても無駄だから、元の世界に返して！
「何かえらく誤解してるぞ」ラクシュミがフリットに言った。
「え？」
「ちゃんと説明したんだろう？」
「そのはずですがね」
「まあいい」
ラクシュミは、ゆりの背中に手を当てて歩かせた。壁にある鏡の所まで行き、鏡の上の被いを取る。
ゆりははっとした。そこには、自分と同じ日本人の女性がいたからだ。
「ゆりちゃん！大丈夫？アヤコよ！」アヤコは必死にいろいろゆりに訴えた。
だが、ゆりには意味がわからなかった。
「アヤコ、向こうの言葉を話せ」ラクシュミがアヤコに言った。
「話せって言われても、話せないわよ。出てこないんだもの」
「役に立たない女だ」
ラクシュミがボソッと言った。
「何か言った！？にょろの王様」
ゆりはなにやら言っていた。だが、アヤコにはもう向こうの言葉は理解できなかった。頭の中は、すっかりこの世界の文字と
言葉しか理解できなくなっている。
ラクシュミはゆりの肩に手をあてた。
ーゆり、この女はお前と同じ世界の女だ。アヤコだ。ー私と同じように誘拐されたの？
ー誰も誘拐してないぞ。アヤコは違う国で気楽に暮らしてる。お前もそうだった。ここで楽しくやってた。
ー嘘よ
ー何が嘘だ。
「ゆりちゃん！いやになったらいつでもこっちにいらっしゃい！」アヤコがいい、ラクシュミは鏡を閉じた。
ゆりはさらにわけがわからなくなっていた。
ーゆり、お前は本当に幸せにここで暮らしてきたんだ。ラクシュミが優しく言った。
ー本当？
ーああ
ーじゃあ、あなたが私に一目ぼれしたって本当なの？
ラクシュミは一瞬身をそらせた。
誰だそんな馬鹿な事言ったのは・・・
ゆりは真面目な瞳でじっとラクシュミを見ている。ここで違うというわけにもいかなかった。。
ーそうだぞ。私は可愛いお前がすっかり好きになったんだ。
ラクシュミは、笑みさえ浮かべて言った。
ー本当？ーああ。だから結婚したんだ
ー・・・・
ー子供見たろ？お前が産んだんだぞ。去年。
ー去年？それにしては大きい子供のような気がしたけど・・・
ーお前の世界の子供とじゃ、成長の早さが違うようだ。お前のおなかには、二人目がいるんだぞ
ーえ・・・
ーお前は何も心配せずに、ここで生活していたらいいからな
ー・・・はい・・・
ゆりはフリットに連れられて王の間を出て行った。
二人目の子供がいる、って事は、あの人の言うとおり、本当に楽しくやってたのかもしれない。
ー大丈夫ですか？
フリットがゆりの腕に触れて聞いた。
ーあの人と私、本当に恋愛関係にあったの？
ゆりはフリットに聞いた。
ーええ、あなたはとても王を愛されてましたよ。あなたもそうですよーどうしてこの世界に来たの？
ー運命ではないんでしょうか。あなたは王と出会う運命にあったんですよ
運命・・・？本当なのかな。よくわからないけど・・・
部屋に戻ると猫耳の女の子がいた。ゆりは、その女の子の手を握り締めて話しかけたが、話せなかった。
ー誰でも話せるわけではないんですよ。ゆり様。
フリットがゆりに触れて言った。
ーそうなの？ー彼女はあなたの侍女のミラ、ずっとあなたの侍女として側にいたんですよ
ーそうなんだ・・
ミラはにこりと微笑んだ。
ゆりはフリットからこの国のことを聞いた。蛇の国だから蛇が一杯いることを。そしてフリットはゆりがむこうの世界で出会った男のことも、かいつまんで話したのだった。しばらく話しているとロアンナが青い蛇を持って部屋に入ってきた。ゆりがぎょっとし
ていると、フリットは優しく言った。
ーあの蛇は、あなたが一番かわいがっていた蛇ですよ。ルーとあなたが名前をつけたんですよ
かわいがっていた？私が？
蛇はなんだかさびしそうな顔でゆりを見ていた。「・・・・」
ー嫌なら連れて行きますが、どうしますか？
フリットが聞く。
ーここにおいておいて、蛇に慣れなくちゃ。
ゆりが言うと、ロアンナは床の上に蛇を置いた。
不思議な事もあるものね・・・なんですっぽり記憶なくしちゃったのかな。
ゆりはまだ蛇に触れるのは怖かったが、ちょっと遠くでルーが動いたりご飯を食べたりするのを見ていた。
そして次の日、心は昨日よりは穏やかに目覚めたのだが、なんだか気分が悪かった。体がちょっと重い。
朝出会った医師のフレイに言うと、それは気が不足してるんですよといわれた。
子供を産むためには誰かから気というものをもらわなきゃならないようだ。
朝、ユリウスが部屋にやってきて、ゆりはユリウスから気をもらった。ゆりはこちらの言葉を教えてほしいとユリウスにいい、ユリウスは優しくいろいろ教えてくれた。ゆりは何度も言葉を繰り返して、こちらの言葉を
覚えようとしたのだった。
その次の日の朝、王の間に入ったばかりのラクシュミに、番兵が言った。「王、王妃が朝のご挨拶をなさりたいそうですよ」
「そうか。入れろ。」
だいぶ落ち着いたようだ・・よかったよかった。
そうラクシュミが思っていると、ゆりがにこにこして中に入ってきた。機嫌がよさそうなのでラクシュミはほっとした。
ゆりは何かメモのような小さな紙を見ながら言った。
「おはようごぜえます。ご機嫌いかがでござんすか。愛しいあなた」
ラクシュミの顔が引きつった。門の近くにいた二人の番兵は、両手を口にあてていた。肩は震えている。
ゆりは何か期待しているかのように待っていたので、ラクシュミはゆりに近づいてゆりの肩に手をあてた。
ー言葉教えてもらったの。どう？ーそ、そうか・・・お前は勉強熱心だな。えらいぞ。
ラクシュミがそう伝えると、ゆりがうれしそうな顔をしてまた何か言った。「あなたとじっくり濡れたい」
「・・・・」
ー今なんていったのだ？
思わずラクシュミは聞いた。
ーゆっくり話がしたいっていったの。そう聞こえなかったの？
ーちょっと違ってたぞ。ほんのちょっとだけな。
ーそうなの？発音難しいね。
ー今はちょっと忙しいのでまたな。
ーうん。
ゆりは機嫌よく出て行った。その後、こらえきれなくなった番兵たちは、ぎゃははと笑い出した。「王妃かわいい・・・かわいすぎますう・・・」
「ああ、面白すぎる・・・ひー・・・ひー」
「お前達、笑いすぎだ！ゆりに失礼だぞ」
ラクシュミがたしなめたものの、番兵たちはまだ笑っていた。
やれやれ・・・だれだ。あんなおかしな言葉教えたのは！
ユリウスが教えた言葉は普通の言葉だったのだが、ただゆりの発音がすこぶる悪いために、変な言葉になってしまったのだった。
その後、ゆりはミラと庭園にいた。ミラがいろいろ指さして単語をいい、ゆりはそれを紙に書いていた。
その時、フリットが近づいてきた。そしてゆりが持っている紙を見て、言葉を教わっている事に気づいた。「おはよ、ござんす」
ゆりはフリットを見て言った。フリットはきょとんとしたが、やがて微笑んだ。
ーもう言葉を覚えられてるんですか。えらいですよ
ゆりの腕にそっと触れて言った。
ーでも発音が難しくてなかなか覚えられないの。ゆりが言う。
ーそのうちにうまく話せますよ。
「素敵な殿方ラブリー」ゆりが言った言葉に、ミラとフリットは目が点になった。
ー・・・今なんておっしゃいました？ーあなたって優しい人だねって言ったの。そう聞こえなかったの？
ー少し、発音が違ってましたよ
ーそうなんだ・・・じゃあこれは？
「あなたの蛇をなめまわしたい」
フリットの顔がさすがに引きつった。ミラはガーンと口を開けている。
ーあれ？何かおかしいかな？
ゆりは二人を交互に見て言った。
ー今は、なんておっしゃったんですか？フリットはなにやら冷や汗が出てくるのを感じていた。一族の者は、汗はかきにくい体質なのだが。
ーあの蛇可愛いねって言った。ーそ、そうですか・・・王妃、お願いですから、その言葉、この前あった黒髪の男にだけは言わないでくださいね
フリットはゆりの手を握り締めて言った。「？」
ゆりは意味がわからずに首をかしげた。
そして次の日の朝、また番兵がラクシュミに告げた。「王、王妃が朝のご挨拶を・・・・」
番兵は、言うそばから笑いそうな顔をしている。
「・・・笑うんじゃないぞ。」
やがてゆりが入ってきた。「おはよござんす」
ゆりが言った。
「おはよう」
ラクシュミが答える。
「いちゃいちゃデートでどっきどき」
ゆりの言葉にラクシュミは首をかしげた。
ー今なんて言った？ラクシュミがゆりの肩に触れて聞いた。
ーあなたと散歩がしたいって言ったの
それがなぜああいう言葉になるのだ？
ラクシュミは不思議だった。
ー私は昼はお前とゆっくりすごせない。ラクシュミがそういうと、ゆりの表情がしょんぼりしてきた。
ー夜、私のほうの寝室に来るか？
ラクシュミがそういうと、ゆりの頬が赤くなった。
ー恥ずかしいから・・・
ゆりがうつむいて言うと、ラクシュミはあっさりそうかと言った。
・・・もう少し押してくれてもいいのに・・・
ゆりはちょっとそう思った。
ーまあ気が向いたらこい。別に何もしないからーはあ・・
ゆりは出て行った。
「いちゃいちゃデートでどっきどき♪」「かわいい・・・」
番兵達は、ゆりの言葉を繰り返して喜んでいた。
ゆりが部屋に戻るとロアンナが待っていた。ゆりはようやく一人で王の間と部屋を行き来できるようになっていた。
ーどうですか？何か思い出しましたか？ロアンナがゆりの手を握り締めて聞いた。
ー何も。
ーそうですか。
ーねえ、私とあの王様、本当に愛し合ってた？
ゆりは疑問に思って聞いた。
ーはい。そうですよ
ーなんか想像できなくて。だって、王様って忙しそうで、私とそうなる暇なさそうだし
ー夜は毎晩のように愛し合われていたようですよ
ーえ・・・・毎晩？
ゆりは妄想して、赤面してしまった。
ーですからお子様ができたのですよ。ー・・・そうかな・・・
なんか・・・そういう感じじゃないような気がするけど・・・
愛されている場面を想像して、ゆりは赤面してしまった。
その時目の前に何かがべったりくっついた。よく見たら、赤ん坊だった。「マーアチョボ。ネ、チャンポチャンポチャンポ」
赤ん坊はゆりの腕に降りていった。
「チャンポ？」
ゆりがそういったとき、また瞬間移動した。
「あらら・・・」とロアンナ。
ゆりは気づいたら宙に浮いていた。「ええええ！？」
横を見たら城のてっぺんが見える。
「ちょ・・ちょっと・・・ねえ、」
アナスターシャはきゃっきゃと笑っていた。足がぶらぶらする。下を見て血の気が引いた。地面が遠い。
ところでなんで浮いてるの？
この子の力？
「マー・・・たのしい？たのしい？たのしい？」「え？どういう意味？」
その時赤ん坊がゆりの手から消えた。
「ええええ？」
少し離れたところに浮いている。
「マー、こっちこっち」
私は飛べません。
ゆりの体は急速に落下した。「ぎゃああああああ！」
その時、ぱっと体が抱きとめられた。見ると、黒い短い髪の男が自分を抱いていた。
ー大丈夫ですか？王妃ー大丈夫、ありがとう
ゆりは必死にその男にしがみついた。
「姫君、いけませんよ。王妃は飛べないんですよ」ゆりを抱いていたのはミルキダスだった。
「ミルミル〜」「さあ、帰りますよ。姫」
「あい」
ミルキダスはアナスターシャを捕まえて、そのまま瞬間移動した。
ゆりは自分の部屋に戻されたが、怖かったので目を閉じたままぎゅっと抱きついていた。
ー王妃、もう大丈夫ですよそういわれて体を離すと、ミルキダスは真っ赤な顔をしていた。
部屋の中にはミラもロアンナもいなかった。
ーあなただあれ？ゆりは男に触れて聞いた。
ーミルキダスですよ。王妃
ミルキダスは、ちょっとはにかむように微笑んでいった。頬が赤くなっている。
なんだか可愛い人。
ー言葉教えてくれないかな。ミルキダスーいいですよ、姫を置いてきますからね
ミルキダスは去っていき、すぐ部屋に戻ってきた。ゆりはミルキダスと並んで座り、言葉を教えてもらった。
ゆりの部屋に戻ろうとしていたミラは、反対側から歩いてくるミカエルを見て足を速めた。「ミカエル様、入っちゃだめですよ」
「なんでだ？」
「フリット様に、ミカエル様だけは絶対王妃に合わせないようにって言われたんですからね」
「なんでだ？私は何もしてないのに。」
ミカエルが不思議そうな顔で聞いた。
「とにかくだめです」
「まあまあ、そういわずに」
ミカエルの手がすっとミラの耳に触れた。ミラがびくんとする。
「どうせもうフリットは今日はこないから。赤ちゃん生まれそうで」
「はあ・・・」
ミカエルは何気に顔を寄せていたので、ミラは思わずうっとりしてしまった。
「ミラも、私が王妃と仲いい方がうれしいだろ？」
「はあ・・・」
ミラが耳をさわられてぞくぞくしている間に、ミカエルはさっとゆりの部屋をノックして扉を開けた。すると、中で
ゆりがミルキダスと手をつないで並んで座っていたので、ミカエルの眉が寄った。
「随分仲良さげに何してるんですか？」ミカエルはにこやかに近づいた。
ーねえ、ミルキダス、私があの人振ったって本当？ゆりはミルキダスに聞いた。
ー本当ですよ
ミルキダスは即座に答えた。
ー本当に？私があんなに素敵な人振ったの？
ーええ、あの人、すごくやらしいんです。それで王妃がかんかんになったんですよ。すぐ触るから
ーええー・・・
ゆりが微妙な目つきでミカエルを見た。
「何話してる」二人の会話は、もちろんミカエルには聞こえていなかった。
「何も話してません。」
ミルキダスが答えた。
「嘘つけ。なんで王妃が変な目つきで私を見てるんだ」
「知りません」
ミルキダスは視線をそらせていった。
「お前な・・・」
ミルキダスはどうやら日ごろゆりに急接近しているミカエルにむっとしていたようだ。
ミカエルがそっと触れようとすると、ゆりがさっとよけた。
「お前やっぱり何か言ったろ」「いいえ。」
「どすけべ」
ゆりがミカエルに向かって言った言葉に、ミカエルはぎょっとした。ミルキダスは思わず横を向いて、声をかみ殺して笑っている。
「お前が教えたのか？何教えてるんだ」
「私は別に・・・」
と言いながらもひそかに笑っている。
お前ってやつは・・・最近まで笑わない男だったくせに・・・
ミカエルのこめかみの辺りは引きつっていた。
ーねえ、今の発音あってた？ゆりが聞いた。
ー最高にあってましたよ。王妃。
ミルキダスが答えた。
「ひどい・・・」ゆりはにこにことミルキダスと引っ付いているし、どうも今日は分が悪いと、ミカエルはさっさと退散した。
ーねえ、ミルキダス、私と王様が愛し合ってたって本当？
ゆりはミルキダスに聞いた。ー本当ですよ
ミルキダスが答える。
だが、だれに肯定されても、どうもしっくりこない。
どうもよくわからない。あの不思議な人と愛し合っていたというのが想像できかねるのだ。
あの人には、もっと女神のように美しい女の人が似合うだろうに、なぜ私なのだろう？
ー王様って優しい人だよね？ー優しいですよ
今夜寝室に行ってみようかな・・・朝はあんまり話できないし・・・昼も無理じゃ夜しかないもん。
ゆりは興味を引かれて、そう決意したのだった。進む