朝の日差しを感じてルティアナは目を覚ました。
「ん？」
頭がなぜか枕にめり込んでいる。
あらら・・・またやっちゃった・・・・
ルティアナはそろそろと体を起こした。枕とシーツの上は黒くなっていた。枕にいたっては頭の形に穴も開いている。
「あちゃー・・・」
ルティアナは頭をかいた。どうも寝ていると知らない内に熱を発してしまうらしい。力の調整がまだまだできては
いないのだ。火の神殿が火事になったら笑い種だ。
「でもまあこれくらいですんでよかったよね。うん」
とルティアナは自分に言い聞かせて、証拠隠滅とばかりにシーツと枕をベッドから下ろして部屋を出て行き、新しい
のをもってきて元通りにした。別に妖精達にばれてもいいのだが、父親のサラディンにまたかと思われるのも悔しい。
「これでよしっと。後はこれを焼いてしまえばばれないばれない」
ルティアナは焼けたシーツと枕を丸めて腕に抱き、だれもいないのを見計らって裏の方から神殿を出て行った。そし
て少し離れた所まで走って行き、そこで燃やしだした。
「ふん〜ふんふん〜♪」
鼻歌を歌いながら燃やしていると「何をしてるんだ？」と声をかけられた。
ルティアナがぎくりとして後ろを振り返ると、やはりそこには父親であるサラディンが立っていたのだった。
「お父様、おはようございます」
「いつもお父さんなのになんで今日はお父様なんだ？」
サラディンが面白そうに言いながらケシズミになっている物体を見た。
「またやったのか。」
「はあ・・・その・・・」
「これじゃ布団の予備がいくらあっても足りないな」
「ごめんなさい」
ルティアナはしょんぼりうなだれていた。
「まあいい、来い、お前も今日から一緒に朝の祈りをするんだ」
「はーい」
ルティアナはサラディンと一緒に神殿の中に移動した。意外にもサラディンは怒ってる感じもなかったのでルティア
ナはほっとした。
今日は機嫌が良いのかも？
そう思いルティアナはにこにこしてサラディンの手を握り締めた。
一方サラディンは、子供ってのは面白いものだなあとしみじみ感じていたのだった。
第66話
暦は８の月を回っていた。
人間界ではぽかぽか陽気のその日、ゆりはシャナーンにくっついて気をもらっていた。久しぶりの二人っきりなのでゆりも
何かあるかもしれないとその前に身体を洗っていたりと準備万端だ。別にその気があってしょうがないってわけ
でもないのだが、もしものためにそうしたのだ。
「シャナーンはユリウスに会ったりする？妊娠がわかってどうしてるのかなあと思って」
とゆりが聞いた。シャナーンもユリウスも北の方勤務なので顔をあわせることもあるだろうと思ったのだ。
「お元気そうですよ。相変わらず仕事をされてたんですが、ジェナサイト様が頼み込んで仕方なく楽な仕事の方に
回ってるようですよ」
「そうなの。」
その様子が思わず目の前に浮かんだゆりだった。
「ユリウスも仕事好きそうだもんね。ジュメも仕事ができないのがストレスっぽかったし、でもまあ妊娠中くらいは
お休みしてもいいよね。めったにあることじゃないし」
「そうですね」
ゆりはしょっちゅう妊娠しているが、他の女性は一生の内に一度か二度しかこんな機会もないのだ。
神様がくれた休憩だと思ってゆっくりしてほしい。
「王妃」
シャナーンがおもむろにゆりの頬に触れてきた。
ああ、シャナーンっていつ見ても王子様みたいでいいなあ。綺麗な白馬とか馬車とかが似合いそう。
頬に軽くキスされてゆりの頬がちょっとピンク色になった。
今日、あっち行っちゃうのかな。行ってもいいかな。よかった。身体洗っておいて・・・
シャナーンが顔を近づけてきて、ゆりがそんなことを思いつつ目を閉じていると、
「マー」
という声が聞こえてきた。二人がはっと顔を離して前を見ると、ロイが部屋の中に入っていた。瞬間移動できた
のだろう。
「ロイ、遊んでたの？ん？何持ってるの？」
ゆりはロイが左手に持っていた茶色い布袋を凝視した。それは15センチほどの大きさのものだが、なんだかもぞもぞ
動いている。
「マーにあげる」
といいつつロイが近づいてきた。
「ちょ、ちょっと待って！中何入ってるの。まさかカエルとかヤモリとかじゃないよね？」
ゆりはあわてて言った。
「違うよーかわいいよ。ゲムリム」
「ゲムリム？何それ」
ゆりがシャナーンを見た。
「えー・・・王妃は見ないほうがいいかもしれないです・・」
とシャナーンはちょっと引きつった笑いを浮かべて言った。
「だめだめ！私いらない。ラギ兄さんにあげなさい。ラギそういうの好きだから」
ゆりは両手を横に振りつつ言った。中身は見ていないが、きっとやばいものに違いない。第一名前からしてかわいく
ない。
「マーにあげようと思ったのに・・・」
ロイが唇を尖らせた。そしてしょんぼりうなだれた。
ぐ・・・・
ロイは泣きそうな顔をしている。
「・・・しょうがないな。じゃあちょっとだけ見せて。」
「うん」
ロイが近づいてきて袋を開けた。すると中から何かがもぞもぞとでてきて、それを見た瞬間、
ゆりは「ぎゃー！！！」と悲鳴をあげた。
「王妃・・・」
シャナーンは心配するようにゆりを見ていた。
「わーい。またマーがぎゃーって言った。あはははは」
ロイは喜んでいる。先ほどのはどうやら芝居だったようだ。
「あ、あのね・・・」
ゆりはシャナーンの後ろに強引に隠れていた。袋から出てきたものは昆虫で、しかも、でかいムカデの
ような茶色いものだった。
「だめですよ。王子、王妃はそういうの弱いんですから。しまってくださいね」
シャナーンは優しく言った。
「うん。わかってる」
ロイはそういいつつ袋の中に虫を押し込んだ。
「わかってる？わかっててやってんの。悪い子ね！」
ゆりがシャナーンの後ろで言った。
「えへへへ。次はネーの所行こうっと」
そういいつつロイは消えた。
「くそー今日もお尻ぺんぺんできなかった・・・これだからなめられるんだよねえ・・」
「もう大丈夫ですよ」
シャナーンが言うとゆりはため息をつきつつ横に座った。
「まったくもう・・・あの子ってばなんでああいたずら好きなのかしらねー」
シャナーンはゆりの乱れた髪を直していた。ゆりは興奮したせいか顔が真っ赤になっている。
「子供はああいうものですよ。私も小さい頃、虫をポケットに入れて母に怒られた記憶があります」
「えーシャナーンが？へー」
その時、ゆりは寝室の方からルーがにょろにょろやってくるのが見えた。
「あら、ルー寝室にいたの？」
ルーの後ろから３匹ほど小さい蛇が続いているのを見てゆりは「ん？」と目を見開いた。
シャナーンも顔を向けた。
「おや、ルー子供ができたんですね」
シャナーンが微笑んでいった。
「え？こ、子供？私知らないよ？」
「知らないうちに卵産んだんじゃないんですか？」
「えー？！」
ゆりはあわててルーに近づいた。３匹の内、一匹はルーと同じ青い蛇で後の二匹は青と赤の縞蛇だった。
実はルーはメスだった、という事実を知ったのは、ゆりがこの世界に来てだいぶ経ってからのことだった。だが
今まで卵を産んだことはなかったのだ。
「もしや・・・・父親はラギのところによくたむろしてる毒蛇じゃ・・・」
ゆりが引きつった顔で言った。
「その可能性は高いですね」
シャナーンはしゃがんでルーをなでている。
「それにしてもいつの間に卵産んだの？私に言ってくれなきゃだめでしょ」
ゆりは寝室に行き卵の殻を捜した。あたりにはそれらしきものは見えず、もしやと思ってベッドの下をのぞくと
それらしきものがあった。いつの間にやらベッドの下で卵を産んでいたようだ。
だから最近よく寝室にこもってたのか、とゆりは今更気づいた。
「もールーったらひどい。卵が孵る所見たかったなあ・・・・」
自分がかわいがってる蛇の決定的瞬間を見逃したのはかなりショックだった。
「私ラギ様に知らせてきますね」
そういいつつシャナーンは部屋を出て行った。
ゆりは青い子蛇を手にとった。本当に細くて小さい蛇だ。
後の２匹はもしかして毒もってるのかなあ・・・なぜよりによって毒蛇と・・・
「他にいい男一杯いたでしょ？ルー」
ゆりがしゃがんでそういうとルーは首をかしげていた。
しばらくして、ラギがシャナーンとやってきた。
「産まれたんだねー」
子蛇を見て言っている。
「産まれたんだねーじゃないよ。あんた知ってたの？」
ゆりがむっとして聞いた。
「ん？だいぶ前に部屋に来た時に、ルーと僕が連れてきた蛇が仲良くしてたから・・・もしかしたらと思って・・・あはは」
「ルーちゃんは箱入り娘なのに・・・ひどい。しかもよりによって毒蛇と・・・」
「別にいいじゃないか毒もってたって」
「私がこっちの子に触れないでしょ。危なくて。私は皆みたいに毒の耐性ないんだからね」
「大丈夫だと思うけどなあ。まあこっちの子は僕が連れていこう」
ラギは２匹の蛇を手に取った。
「お母さんそっちの青いの、外に出たがったら出してあげなきゃだめだよ」
「えー・・・外出たら帰ってこないんじゃない？」
「自由にさせてあげないとだめだよ。蛇は親と住む習性はあんまりないからね」
「はーい・・・」
ラギは部屋を出て行き、シャナーンも「それでは私も」といって出て行った。結局ラブラブタイムには
ならずじまいだった。
「それにしても、いっぺんに３匹産んじゃうなんてすごいよ、ルー。よくがんばったね」
ゆりはしゃがんでルーにねぎらいの言葉をかけたのだった。
その夜、寝室で一人ぶつぶつ言っているとラクシュミがやってきた。
「ねえ、王様、ルーが子供産んだんだよ」
「そうか。よかったな」
ラクシュミはあっさり言った。
「よかったなって・・・もっとなんかないの？」
「ただ子供産んだだけだろ？子供産んだってのはおかしいな。産んだのは卵だ」
「もしかしたらあの子蛇が過去の私の所に行って、それでルーになるかもしれないじゃない」
ゆりはそのことを考えていたのだった。
となるとどうなるんだろう？子蛇が親蛇とくっついちゃうってことになっちゃうのかな？？？
ゆりは首をかしげた。
「んーどうだろうな。子供らが大人になってからのことだろう？だいぶ後で産まれる子蛇かもな」
とラクシュミ。
「そうかな」
「そうだろ。まだ3.40年は先のことだろう。それでお前を助けた男というのは結局ラギなのか？」
「そうだと思うけど、よくわからないなあ。そのうち私の世界に行く魔法とか開発するのかな」
「さあなあ・・・それはすごく難しそうだが」
「そうだよねえ」
今の所過去に行く魔法すら使えないのだから異世界に移動する魔法なんて更に難しそうだ。
こちらの世界に来てからすぐに話をした謎の息子は、今思えばラギっぽい口調だったような気がしないでもない。
かなり強引だったもんね。王様と結婚しなきゃ困るよってな感じで・・・
「向こうにいける魔法を開発したら・・・牛肉と味噌と梅干もってきてほしい・・・」
ゆりはぼそりと言った。
その二日後、青い子蛇は部屋から出て行ってしまった。城の中を探したものの見当たらなかった。早々と
ひとり立ちしてしまったようだ。ラギが連れて行った二匹の子蛇も同様だったらしい。
「気が向けば帰ってくるかもね」
とラギはゆりは慰めるように言ったが、ゆりは少々寂しい気分でルーをひざの上に乗せていた。ルーは別に
しょんぼりした様子もない。蛇にとってはまあそれも普通の事なのだろう。
思えばルーは私のためにずっと側にいてくれたんだなあ・・・
ブレスレットに変えられても文句も言わずに。
「ありがとね。ルー」
ゆりはルーの頭をなでてしばらくしんみりしていたのだった。
その夜、夢の中でゆりは神の国に移動していた。神殿の前のお花畑にいた。昼間のようだ。
そうだ。サラディンの子供はどうなったんだろう。
ゆりはおなかを触ってみた。さすがにもういないような気がする。
ゆりはサラディンの元に移動して、移動先の神殿の廊下から広間の方に入って行った。するとサラディンの横に
座っていた女の子がぱっとこちらを向いた。
「あ、おかあさーん！」
あれ？女の子だ。
女の子は自分に抱きついてきた。
「会いに来てくれたの？」
「うん。様子見に来たのよ」
ゆりはガーベラの顔でにこにこして言いつつ子供をじっくり眺めた。どっからどうみても女の子になっている。
あれれ？男の子だったけど、変わったのかな？あの子いなくなったってことじゃないよね・・・
「何してたの？」
ゆりはサラディンに聞いた。
「ルティアナの修行だ。まだ力の調節が全然できないんでな」
「そんなことはないよ。気を緩めるとできなくなるだけだよー」
とルティアナ。
「どれだけ布団を焼いたかガーベラに教えてやれ」
サラディンがそういうとルティアナは口を尖らせた。
「なんだか楽しそうにやってるみたいね」
ゆりが笑っていった。子供が女の子になっているのは謎だが心配していた親子関係はうまくいってるようだ。
「ねえ、お母さん竪琴聴かせて」
ルティアナは微笑んで言った。
「ごめんね。ちょっとこの後行く所あるから、またね」
ゆりは動揺しているのがばれないように笑顔を作り言った。
「えーもういっちゃうの？」
「ちょっと寄っただけだから。それじゃあね。二人とも。またね」
「さよなら〜」
ゆりはそそくさと火の神殿を後にした。
あー危なかったわ。よくわからないけど幸せそうだからいいか。そうだ。久々にジンラのところにいってみようっと。
ゆりはジンラを思い浮かべて移動した。ついた先は農園ではなく、森の中だった。
珍しいな、と思いつつ移動すると、にぎやかな声が聞こえてきた。どうやら森の中の開けた場所で昼間から
宴会をしていたようだ。行くとジンラやダーナ、他の神々や妖精らしきメンバーが輪になり酒を飲みあっていた。
真ん中で楽しそうに笛を吹いている者もいる。
「楽しそうね。混ざってもいい？」
ゆりはそういいつつジンラの横に行った。貫禄のある老人らしき神がいる。この世界で老人を見たのは初めてだった。
妖精が杯に入ったお酒を渡してくれた。
「昼間っから宴会なの？」
ゆりがジンラに聞いた。
「ああ、酒を提供ついでに出席してるんだ」
「そうなの」
ゆりはダーナのほうを見た。見慣れない神が横にいてダーナの手を握っている。
「新しい恋人？」
ゆりはこっそりジンラに聞いてみた。
「ああ、狩りの神ジョルン、最近ひっついたらしいぞ。」
「あらまあ」
ゆりがにやにやしてダーナを見るとダーナはこちらにぶすっとした顔を向けた。ダーナに熱烈アタックしていた
狩りの神だったが、とうとう愛が実ったようだ。
ゆりはダーナの横に移動して「かわいい恋人ができたわね」と言った。
「さあ。すぐ別れるかもね」
とダーナ。
「またまたダーナったら心にもないことを・・・なんならあの愛の一夜をここで詩にして語ってもー」
「わー！そんなことしたら即効で別れるからね！」
ダーナがあわててジョルンの口をふさいだ。
「うふふふ、ご馳走様〜」
ゆりはにやにやしながらジンラの元に戻った。
そしてさりげなくジンラの手を握り、ほろ酔いになった所で輪から抜け出したのだった。
あーいい気分〜久々にお酒飲んじゃった♪
森の中の道をぶらぶら歩いていると、後ろから白馬にひかれた白い馬車がやってきて少し前で止まった。みると
カサンドラが馬車に乗り、手綱を引いている。
「ガーベラ、乗っていくか？」
「はーい」
ゆりはカサンドラの横に乗せてもらい馬車で移動した。
あーなんだかカサンドラの顔見るの久しぶりだなあ・・・
ゆりはまじまじとカサンドラの知性あふれる顔を見つめてしまった。
「最近立て続けに子供を産んでおるの。目出度いことじゃ」
「そうね。」
「サントスの子供も産んでほしいものじゃが・・・」
「え？何か言いました？」
カサンドラのつぶやきは馬車が走る音で聞こえなかった。
「なんでもない。私の神殿によっていかぬか？」
「いいですよ〜」
んー向こうに帰るまでにまだ時間あるかな？
ゆりは久しぶりにカサンドラの神殿に行き、カサンドラが織ったタペストリーをいろいろ見せてもらった。
そしてその後、広い部屋に移動して桃の飲み物をご馳走になったのだった。
「あーすごいおいしいですねーこのジュース」
ゆりはあんまりおいしかったのでおかわりして飲んだ。ネクターのようだがおいしい桃でつくられているのだろう。
その上体がなんだか熱くなってきた。
「あれ？おかしいなあ。体がぽっぽする・・・」
ゆりの頬は赤くなっていた。
「ああ、これにはお酒が入っておるからのう」
「え？これってお酒？」
「桃のお酒じゃ。そんなに強くはないが・・・」
「そうなんら〜きゃははは〜」
ゆりはご機嫌で笑っていた。
「おや、もしかして酔っ払ったのか？」
カサンドラが目をぱちくりさせた。
「酔っ払いました。くすくすくすくす」
ゆりはそのまま机に伏してしまった。
「おやおや・・・」
その時サントスがやってきて、机に付した女神を見て目を見開いた。
「ガーベラ・・・どうしたんです？」
「桃のお酒で酔っ払ってしまったのじゃ」
「あらら・・・かわゆい。桃のお酒で酔うなんて・・・」
サントスは女神の姿を眺めながら頬を赤らめた。
「サントス、ほら、今じゃ」
カサンドラが言った。
「何がです？」
「寝室に運んでそのままくどいてしまえばいいではないか」
「何言ってるんです。そんなことできませんよ！」
サントスは真っ赤な顔で言った。
「全くつまらん・・・」
「あなた男嫌いのくせによくそういう事言いますね」
サントスが呆れて言った時、ゆりがむくりと顔をあげた。
「あら〜チャントスおひさしぶりね〜」
ゆりはニコニコして言った。
「ガーベラ、すっかり酔ってしまって、なんてかわいいんでしょう」
サントスはぼんやりしている。
「うふふふ。チャントスってかわゆーい・・・ちゅーしてあげよーか」
「え？ちゅーって？」
ゆりは椅子から立ち上がってサントスの首に両手を回し、ぶちゅっと口付けた。
「おっ！」
横で見ていたカサンドラが思わず声をあげた。
「んー！！！」
ゆりは目一杯唇を押し付けて離した。すると、サントスの体はそのまま後ろにばたんと倒れてしまった。
「あれ？あらら・・・うふふふふ。ふふ・・・」
ゆりはすっかり酔っ払っていたので笑っている。
「おい、サントス」
カサンドラがサントスの頬をぺちぺちとたたいた。サントスはなんともいえない幸せそうな顔で失神していた。
「あーきもちいいなーはあ〜」
ゆりは深呼吸して息を吐き出した。するとピンク色のもやが口からでてきた。
「あれ？」
それは見る見るうちにでかくなり、やがて、女の子の姿になって軽やかに地上に足をつけた。
「え？あれ？子供ができた。嘘！」
ゆりは驚きのあまり酔いの半分が冷めてしまった。女の子はピンク色の瞳でピンク色のふわふわした髪をしていた。
人間で言えば５歳くらいの大きさだ。大きな目の可愛い子だ。
「おお、妖精じゃな」
カサンドラが女の子を見つめて言った。
「え？妖精？」
「わたし桃の妖精よ」
と女の子が言った。
「桃の妖精？」
「ほほほ、桃のお酒を飲んで桃の妖精を産んでしまったようじゃのう。ほほほ」
カサンドラはおかしそうに笑った。
「おいで、服を着せてあげようね」
そして女の子の手を引いて違う部屋に行ってしまった。
桃の妖精・・・初妖精産んじゃった・・・ってことは、父親はサントスになるのかな？
ゆりはしゃがんでサントスの肩をゆすった。
「サントス起きて、妖精が産まれちゃったよ」
「うーん。」
「サントスったら！」
ぺちんと軽くサントスの頬をたたいても起きない。
「起きろー！！！」
両方の頬をぺちぺちとたたくとサントスが目を開けた。
「うーん。なぜか頭が・・・」
「ひどく打ったからだよ。それよりも妖精が生まれたんだよ。妖精！」
「妖精？」
サントスが頭をなでながら上体を起こすと、ピンク色の髪の女の子がちょこちょこやってきて
「お父様」と言った。
「お父様？どうして私がお父様なんです？」
「お父様、お父様」
女の子はサントスの腕をくいくい引っ張っている。
「やっぱりこの子私とサントスの子供なんだね」
とゆりが言った。
「え？」
「まあ口付けでできた子供であるからのう・・・ほほほ、サントス名前を決めておあげ」
カサンドラが笑っていった。サントスはぽかんとしている。
「妖精は空の神殿にはいかないんだっけ？」
とゆりが聞いた。
「妖精は親か近しい者が名前を決める決まりじゃ。妖精にしてはこれだけ小さく産まれるのは珍しいが・・・すぐ
大きくなるのかもしれんな」
「お名前決めて」
女の子がサントスを見つめて言った。
「じゃあネル」
「わーい」
ネルはそのまま外に飛び出して行った。
「あ！」
サントスは立ち上がりあわてて追いかけた。
「何にせよ。楽しい事になったの。ほほほ」
カサンドラはおかしそうに笑っていた。
ゆりが外に出ると、ネルは神殿の横の土の上で飛び跳ねていた。
「何してるの？」
「桃の種植えたの」
「へー」
「どいてどいてー」
ネルはゆりの手を引いて横にどいた。すると土の中から双葉がびよんとでてきて、それは上に伸びていき、やがて
人間の大人ほどの背丈の木になったのだった。
「わっ」
ゆりは思わずその場にしりもちをついた。
「さすが桃の精だねえ」
サントスは感心して見ている。その木には一杯桃がぶら下がっていた。
「お父様とってー」
「うん」
サントスは桃を採ってネルに渡した。
「はいお母様」
ネルはゆりに桃を渡して、ゆりはピンク色の綺麗な桃を手に取り、皮をむいてかじりついた。
「おいしい〜！！！」
その桃は、今まで食べた中でも最高のものだった。
「ああ、幸せ〜」
「どれ僕も、本当だ、すごくおいしい」
サントスも桃にかじりついていった。
ネルはにこにこしている。
するとペガサスが飛翔してきて地上に降りたった。ペガサスからハロルドとジェイクが降りてきた。
ネルはさっとサントスの後ろに隠れてしまった。
「おや？こんな所に木あったかな？」
ハロルドが桃の木を見て首をかしげた。
「ハロルド、さっき桃の妖精産んだのーサントスの子供よー」
とゆりが言った。
「え？サントス・・・よくガーベラを抱けたな」
ジェイクの前だったが、思わずハロルドは言ってしまった。嫉妬よりも驚きの方が強い。
「そんなことしてないよ。なんだかよくわからないけど、妖精が産まれたんだよ」
サントスは真っ赤な顔で言っている。ゆりは木から桃を一つとってジェイクに渡した。
「ガーベラが桃のお酒を飲んでサントスと口付けをしたら桃の精が産まれたのじゃ」
いつの間にやら外に来ていたカサンドラが説明し、ハロルドがはははと笑い出した。
「なんて単純な女だ。桃のお酒を飲んでいて桃の精が産まれるなんて」
「うるさいわねーいいでしょ」
とゆりが頬を膨らませて言った。
「お父さん、すごくおいしいよ。桃」
ジェイクが桃を食べながら言った。
「どうしたの？ネル、隠れちゃって」
ゆりがネルの顔をのぞいた。
「ハロルドが怖いんだよね。顔がね」
サントスが言った。
「おいしいよ。桃」
ジェイクがネルの顔を見ていうと、ネルはにこりと微笑んだ。
「桃みたいで可愛い子だね」
「本当だ。うまい桃だな。空の神殿にもって行ったら喜ぶぞ」
ハロルドも桃にかぶりついていた。
「そうだね。後でもっていこうかな」
サントスがネルを見て微笑んだ。
和やかな時を過ごして、ゆりは現実世界へと帰ってきた。右手には自分が食べた桃の種が握られていた。
桃の汁でべたべたする。
ゆりはあんまりおかしかったので、朝子供達に桃の妖精が産まれた話を聞かせたのだった。
「へー桃のお酒飲んで桃の妖精が産まれるなんておかしいねえ」
シスとアナスターシャはあははと笑っていたが、なぜかラギは笑っていなかった。
「じゃあリンゴの妖精とかミカンの妖精とかもいるのかな？」
アナスターシャが言った。
「さあねえ。どうしたの？ラギ、おかしくないの？」
ゆりが笑って一人真面目な顔をしているラギに聞いた。
「おかしいよ。それじゃご馳走様」
そう言ってラギはさっさと食堂を出て行った。
「変な子ねーそれでね。その子本当に桃みたいにピンク色の髪しててかわいかったんだよ」
「ふーん・・・」
アナスターシャとシスは笑って聞いていた。
一方食堂から出たラギは自分の部屋に戻り、本棚から神話の本を出して開いていた。そして何かを探すように
ページをめくりだした。
「ああやっぱり！」
ラギは見つけたページを食い入るように見つめて読んでいた。
桃の妖精が誕生する話は本に載っていたのだ。しかしそれは決して面白い話ではなかった。
ある日いたずら好きの神が森の中で狩りをしていた時、動物だと思って弓矢を射ったら、妖精にあたって
死んでしまった。それは産まれたばかりの桃の妖精で、可愛がっていた土の神は大変悲しんだ。
本にはそのような事が書かれていた。
「ああどうしよう・・・お母さんがこれを知ったら・・・」
ラギは本を見つめたまま悲痛な表情を浮かべたのだった。
すすむ