第67話


ゆりが楽しそうに話をしていた桃の妖精は、神話の本では生後間も無く矢が刺さり、死んでしまう事になっていた。
それを知ったラギは、これをゆりに知らせるかどうか迷っていた。そしてどうにも決断できなかったので
アナスターシャとシスに相談する事にしたのだった。思念で呼ばれた二人はラギの部屋にやってきた。
「どうしたの？」
にこにこしている二人にラギは「ここを読んで」と開いた本を見せたのだった。
「ここの場所」
ラギが指で示した場所を二人は目で追った。
「え、これって、さっき母様が言ってた桃の妖精のこと？」
アナスターシャが驚いて聞いた。
「死んじゃうの？」
とシス。
「妖精って死んだりするの？」
「神話の本にはたまにそういう話もあるよ。神様はあんまり死なないけど、妖精はたまに死んじゃう事があるみたい」
アナスターシャの問いにラギが答えた。
「そうなんだ・・」
３人の顔は一様にしょんぼりした。桃の妖精に思いいれがあるわけではないが、ゆりが悲しむことは分かりきってい
る。
「でも、本の通り行くとは限らないんだろう？本当に死んじゃうとは限らないんじゃないかな？」
シスが言った。
「それはそうだよ。お母さんが行ってる神の国が過去か現在か謎だけど・・・本の内容はたまに変わることもあるし
、神話の本ってのは神様の宣伝のようなものだから当然都合の悪い事はあんまり書かれてないだろうしね」
桃の妖精の話も全ての本に書かれているわけではない。そのため神話の本を読んだことがあるアナスターシャと
シスは知らなかったのだ。
「それなら死なない可能性もあるんじゃない？」
アナスターシャがちょっとほっとして言った。
「問題はこれをお母さんに言うかどうかなんだけど・・・言った方がいいのかなあ・・・」
「それは・・・うーん・・」
シスは頭をかいた。
「言ってあげた方がいいんじゃない？もし桃の妖精さんが亡くなって、私たちが黙ってたの知ったら、きっと怒るよ。

もしかしたら、母様が死ぬのを防ぐこともできるかもしれないじゃない。」
「そうだね。そういう可能性もあるかもしれないよね。よし、僕行ってくるよ」
ラギはうなずいて言った。
「一人で大丈夫かい？」
「うん」
ラギは部屋を出て行った。



その頃ゆりは、綺麗に洗った桃の種を小さい箱に収めて棚に置いていた。神の国の物をこっちで植えるのは少々
まずいかもしれないので子供が産まれた記念にとっておこうと思ったのだ。
そんな時ラギが部屋に入ってきて神話の本の話をしたのだった。


「え？ネルが死んじゃう？妖精って死ぬの？」
なんとなく神の国の生き物は不老不死のような気がしていたのでゆりは驚いた。
「一応神話の本ではそう・・・なってる・・・」
ゆりの顔がみるみる暗くなっていき、目には涙が浮かんできていた。
「お母さん泣かないで。もしかしたら死なないかもしれないし」
「私今から寝る！」
ゆりはあわてて寝室の方に向った。
「お母さん！」
「今から神の国に行く！」
ゆりはベッドに上がって布団の中に入った。だが、不吉な想像が頭の中をぐるぐるしてとても眠れない。その上
さっき起きた所だ。
「うう・・・・」
ゆりは手で涙を拭いていた。
「お母さん、睡眠薬もってこようか？」
「うん」
「待ってて」
こうなったらゆりが気の済むようにさせるしかないと思い、ラギは睡眠薬と水を持ってきてゆりに飲ませたのだった。



さてそんな頃神の国ではー


空の神殿にいたヒルデリアはなぜか落ち着かず広間をうろうろ歩き回っていた。
「お呼びでしょうか？」
そこへ伝令神グレンがやってきた。
「ああ、グレン、なぜか胸騒ぎがする。下で何か起こっているのではないだろうか。ちょっと様子を見てきておくれ」
「かしこまりました」
グレンは広間を出て行った。

「気のせいならばよいのだが・・・」
ヒルデリアはぽつんとつぶやいた。


その頃ガーベラは、空の神殿にある女神らが集まるサロンにいた。ダーナのほかに５人ほどの女神がいて歓談
したり何か飲んだりしていたが、話がガーベラが産んだ桃の精のことになると、「皆から単純すぎる」と
からかわれていた。


「桃のお酒飲んで桃の精産んじゃうなんてねーあはははは」
特にダーナは大受けで笑いまくっている。
「いいじゃない。別に。かわいいし、サントスがすっかりお父さんになってて面白いし」
ガーベラは自分の目で桃の妖精を見ていた。本当に桃みたいで可愛い子だ。口付けしただけでサントスが父親になる
のかどうか謎だが、自分よりはサントスよりの妖精ともいえる。土の神に桃の妖精ならおかしくはない。
「でもあのサントスに子供ができるなんて一生ないと思っていたから、よかったわねえ」
と他の女神が言った。
奥手すぎて一生無理だと皆思っていたようだ。
「他にもいろんなお酒飲んでためしてみたら？果物の妖精が一杯できて楽しいじゃない」
とダーナがのんきに言った。その時、ガーベラの後ろを一人の女神が通り過ぎた。豊穣の女神イサドラだ。腕には
彼女のシンボルである麦の穂を持っている。頭にも麦の穂をかたどった輪をはめていた。金色の長い髪の美しい
女神だが、すでに夫も子供もいる。
「あら、ガーベラ、桃のお酒を飲んで桃の妖精産んだんですってね。ほほほほ。ふふふふふ」
イサドラはおかしそうに言った。
「あら、もうご存知？」
ガーベラは少し唇を尖らせた。
「あんまりおかしかったので夫と一緒に笑い転げてしまいましたわ。ふふふ。楽しい話題をありがとう」
と言ってイサドラは去って行った。

「笑い転げるほど面白いかしら？」
ガーベラは首をかしげた。
「あの二人は笑い上戸だから。まああの二人が明るく笑ってる間は農作物は安泰みたいだからいんじゃない？」
とダーナ。
「あ、そう」
ガーベラは口を尖らせた。


そんな時ガーベラはゆりがやってくるのを感じた。



あら？様子がちょっと変ねえ。何かあったのかしら？



いつものような穏やかな様子ではなかったので、ガーベラは起きたまま身体を提供する事にした。ガーベラの
体に入ったゆりは周りを見て「それじゃ！」と言って驚く女神達を無視してあわててサロンを出て行った。


そして神殿から出ようとしてうまい具合にラーズの姿を発見したのだった。
「ラーズお願い！カサンドラの神殿に連れて行って！」
ゆりはラーズの顔を見るなり言った。
「あ。ああいいぞ」
なにやら切羽詰まった様子だったので、ラーズはすぐに女神の体を抱き上げて飛んで行ったのだった




一方、神殿から外に出たカサンドラは、外の桃の木が枯れ果てているのを見てぎょっと目を見開いた。
「これは・・・ネル？！」
これはネルに何かあったに違いない。そう思いカサンドラはあわててあたりを探した。その少し前に、サントスが
ネルを探しに行った所だったのだが・・・
やがて森の中から泣き声が聴こえてそちらに行ってみると、わんわん泣いているパティウスと、ネルを抱いて
泣いているサントスに遭遇したのだった。
「ネル！」
カサンドラはあわててサントスに駆け寄った。だが、すでにネルの顔には生気はなかった。
横で泣いているパティウスを見てカサンドラはすぐに、これはパティウスが何かしてしまったに違いないと悟ったの
だった。
「なんということじゃ・・・」
カサンドラは悲痛な表情を浮かべた。
せっかく産まれた桃の妖精ネルは、たった一日生きただけで去って行ってしまったのだった。




ラーズに抱かれて移動していたゆりは、空の上から神殿の横の桃の木が枯れているのに気づいたのだった。
「そんな・・・」
大人の背丈ほどあったこぶりな木は、茶色く変色していた。地上に降ろしてもらったゆりはその木に駆け寄って
触った。昨日みた青々とした葉や実の面影はまるでない。

ラーズもその木を眺めている。枯れた木はこの風景にそぐわないものだった。
「ガーベラ、一体何があったんだ？」
「うう・・・」
涙がこぼれてきた。


間に合わなかったんだわ・・・ネルは・・・



その時、サントスとカサンドラがやってくるのが見えた。サントスは両腕にネルを抱いていた。
「サントス・・・ネルは・・・」
「すいません。ちょっと目を離したすきにこんなことになってしまって・・・」
サントスは泣きながら言った。
ゆりは駆け寄ってネルの頭をなでた。
「かわいそうに・・・」
「どうしてこんなことになったんだ？」
ラーズが驚いてカサンドラに聞いた。
「パティウスが動物と間違えて射ってしまったのじゃ」
「ばかな。ここら一体は禁猟区じゃないか」
「ごめんなさい！僕アシュランに頼んでくる！」
少し離れた所にいたパティウスは泣きながら飛んで行った。


「アシュランなら生き返らせられる？」
ゆりが聞いた。
「いくらアシュランでも死んだ妖精を生き返らせることはできないだろう・・」
カサンドラが目を閉じて言った。
「神々の長なのに・・・」
サントスはその場に座り込み、泣き出してしまった。
「うう・・・ごめんよ・・・ネル・・・」
ゆりもぼろぼろと涙を流して、ラーズがその背中をなでたのだった。



地上をうろうろしていたグレンは、泣きながら飛んでいくパティウスを見て後を追って行き、アシュランの謁見の間
で事情を知ったのだった。


「妖精を殺してしまっただと？なんてばかなことをしたんだ！」
アシュランが驚いてパティウスに言った。
「お願いだよ。あの子を生き返らせてよ！」
パティウスは泣きながらアシュランに訴えた。
「いくら私でも死んでしまった妖精を生き返らせる事はできない。殺してしまったのはどの妖精なんだ？」
「小さい女の子だったよ。ピンクの髪で」
「ああ、もしや昨日産まれたばかりの桃の妖精では？」
とグレンが聞いた。
「昨日会った子か？それはサントスが悲しむだろうに・・」
アシュランは瞳を曇らせた。
昨日サントスが桃を持ってきた時にサントスの後ろに隠れてネルも一緒についてきていたのだった。そこでも
ネル誕生のいきさつはかなりの笑い話になったのだ。


グレンは広間を出てヒルデリアに会いに行き、報告したのだった。
「なんということじゃ・・・昨日はうれしそうにしておったのにのう・・・かわいそうに・・・」
ヒルデリアも同様に悲しみの表情を見せた。サントスは自分の息子でもあり、もちろん愛も感じている。


「地上に降りよう」
ヒルデリアが空の神殿の外に出ると、霧雨のような細かい雨が降っていた。
「おや、これは・・・」
「もしやサントス様が降らしているのでしょうか？」
グレンが聞いた。
「そうかもしれぬのう。グレン、サントスの元まで連れて行っておくれ」
「はい」
グレンはヒルデリアの手を取り、地上に降りて行った。



地上でも霧雨は降っていた。ネルの姿はだんだん薄くなっていた。亡くなった妖精は無に返るのだ。

「お別れなんですね・・・」
サントスが寂しそうに言った。
「ごめんよ。守ってあげられなくて」
「サントス、自分を責めないで。あなたのせいじゃないんだから」
ゆりが言った。ネルが亡くなったのはもちろん悲しかったが、サントスがかわいそうでならなかった。
「そうじゃ。自分を責めてはいけない。」
カサンドラも涙ぐんで言った。
やがてネルの姿はあとかたもなく消えてしまった。
「ネル・・・・ネル！」
サントスはわーと激しく泣き出した。つられてゆりも泣き出してしまった。そんなゆりをラーズが慰めるように
抱きしめた。


「ああ、サントスかわいそうに・・・」
地上に降りたヒルデリアは優しくサントスの背中をさすった。
「たった一日しか生きられなかったなんて・・・かわいそうなネル・・・」
サントスはぼろぼろ涙をこぼしていた。



その後、人間界で目覚めたゆりは、ぼろぼろ泣き出してしまった。ベッドの横には心配そうな顔の子供達がいたのだ
が、ゆりの涙を見て何があったか悟ったのだった。


朝は晴れていたのだが、午後になり、雨が降り出した。
ゆりは桃の種を机の上においてぼんやり眺めていた。


脳裏にはネルのかわいい笑顔が浮かんでいた。



結局本の通りに話は進んでしまった。もう少し早ければ救えたのかもしれない。そう思うとやりきれない思いが
つのる。


そうだ、この種、もう一度神の国にもって行ってサントスに植えてもらおうかな。
ちゃんと生えてくれればいいんだけど・・・・



ゆりは桃の種を手に乗せて優しくなでた。サントスにとってせめてもの慰めになればいいのだが。


その夜は桃の種を握り締めて寝たものの、神の国にはいけなかった。

その次の日も。外は雨が降り続き、各地で局地的な豪雨が起こっていた。


それは蛇の国の話だけではなく、他の国でも同じように雨が振り続いていたのだった。


氾濫する川まで出始めてきて、戦士達は水害防止の作業にかかりきりだった。



そして神の国でも、霧雨が降ったと思ったら雨がザーザー降ったりという日が繰り返されていた。
神の国では雨はめったに降らない。そのため神々達もしばらく神殿にこもりきりになっていた。



「ああ、こう雨が降ったんじゃどこにもいけやしないなあ・・・」
ガーベラの神殿でぶつぶつ言っていたのはクーリーフンだった。クーリーフンは雨の中飛ぶことはできない。
だからしばらくガーベラの神殿にいたのだった。
「やっぱりこの雨はサントスの影響なのかな？」
長椅子で寝そべっていたガーベラは全く反応しなかったので、クーリーフンは「お母さん！」と声を
荒げた。
「何か言った？」
「お母さんまでずっと悲しんでいたらだめだよ。サントスを慰めてあげたら？」
「そういってもねえ、慰めようがないじゃない。私だって悲しいもん」
実際なんといっていいやらガーベラにもわかりはしなかった。


たった一日だったが、それでもサントスは娘だと認めていた。



ガーベラが大きくため息をついた時、布をかぶったグレンが部屋に入ってきた。
「失礼します。ちょっと空の神殿まで来ていただきたいのですが・・・」
「雨降ってるからいや」
そう言ってガーベラはそっぷを向いた。
「サントス様のことなんですが、今は雨もまばらですから」
「サントスのこと？」



空の神殿のアシュランの間には豊穣の女神イサドラがいた。
「このまま人間界に雨が振り続ければ、今年は大凶作になるでしょう」
イサドラが持っていた麦の穂は元気なくしんなりしていた。これはただの麦の穂ではなく、いわば彼女の神器で、
麦の穂が枯れはてれば、その年人間界では大凶作が必ず起こるというものだった。
「そんなに長い間降らないと思うが・・・」
「それは確実な予知ですか？」
「いいや、ただの想像だ」
「自然災害ではないのですから、人間達も気の毒ですよ。なんとかしてください」
イサドラが言った。



神の国の雨も、人間界の豪雨も自然に起こったものではなかった。どうやらサントスが悲しんでいる事に原因が
あるようだ。サントスは土の神といってもアシュランとヒルデリアの息子。アシュランの天候を操るという力を
わずかでも継いでいたようだ。それならばアシュランの力で雨を何とかすればよいようなものなのだが、そう
しようとしたもののうまくいかなかった。どうやらアシュランが思っている以上にサントスは深く悲しんでいる
ようだ。意図的にしているものではないので止めようがないのだ。


神々だとて人間同様に感情を持っている。まさか悲しむなというわけにもいかない。

たかが妖精とはいってもサントスにとっては初めてのわが子だったのだから。



ガーベラがアシュランの間に入ってきた。
「サントスのことで話って、何？」
「ああ、こうなったらもう一人サントスの子供を産んでくれ」
「は？」
ガーベラの顔が引きつった。イサドラの顔も同様である。
「何言ってるの！たとえ産まれてもネルの代わりにはならないわよ！」
「そうですよ！何てこと言うんです！」
女二人に非難されてアシュランがたじろいだ。
「すまない。失言だったな」
「全く・・・」
「じゃあなんとかサントスを慰めてくれ。このままでは・・・」
「私だって・・・私だって悲しいんだから・・」
ガーベラは涙ぐみ、しくしく泣き出してしまった。
「ガーベラ・・・」
イサドラがガーベラの髪をなでた。



ああ、どうしたものか・・・とアシュランが思っていた時、広間に一人の神がやってきた。前髪は両方に分け、
長い白髪を後ろで束ねた男で、涼しげな風貌をした神である。目は異様に細く、開けていても閉じていてもたいして
わからないほどだった。
「おや、お取り込み中ですか？」
男は泣いているガーベラに顔を向けて言った。
「別にいい。何か用か？バスティアン」
バスティアンという神は神の国にとっては重要な役割をになっていたが、人間界ではあまり知られていない神だった。
神々の世界の記憶係り、それが彼の役割だった。神々の世界が興った時からの重要な事柄を全て細かく記憶して
いるのだ。
「サントス様のことですが・・・亡くなった妖精を生き返らせる方法が一つだけありますよ。お忘れのようなので
一応言った方が良いかと思いやってきました」
とバスティアンが言った。
「え？」
「え？」
「え？」
アシュラン、ガーベラ、イサドラは順に反応した。
「なんだと？どんな方法だ？」
アシュランが瞬きして聞いた。
「復活の玉を使うんです。妖精でも生きていた時の何かがあれば復活するのではないでしょうか」
「復活の玉？どこにあるんだそんなもん」
アシュランが真顔で聞き、バスティアンはしばし沈黙した。これだから神の世界に記憶係りも必要なのだなと
バスティアンは思った。
「キュリア様が誕生の際、もっておいででした。それはガーベラ様がお持ちのはずでは？」
「え？！」
とガーベラが驚いた。
「復活の玉？？？」


キュリアが産まれた時はゆりの時だったのでガーベラは知らなかったが、後にクーリーフンに「これキュリアが
くれたんだって」と言って見せてもらったのをガーベラは思い出した。しかし何かはわからず、たいして気にも
止めなかった。その玉はそのまま棚の中にいれてある。
「そんなものがあるんならなんで早く言わないんだガーベラ」
とアシュランが咎めるように言った。
「そんなこと言ったって、随分前のことだし、第一そんなにすごいものだなんて思わなかったんだもの」
「キュリア様がお産まれになったのは最近のことですよ。それにこの話を聞いたのはアシュラン様からです」
バスティアンの言葉に二人は沈黙した。神々は産まれる時神器を手にしている事が多い。アシュランはそれを

いつもバスティアンに伝えていた。

「そんな事もあったっけな。すっかり忘れてた。キュリアは二つも神器を持っていたんだっけな」

「復活の玉だなんて全然聞いてないし。アシュランも玉見てないのによくわかったわね」

「ハロルドがキュリアが何かガーベラに渡したと言った時にみえたんだ」
「その玉があれば妖精は生き返るんですの？」
とイサドラが聞いた。
「桃の妖精が生きていた頃の名残、何か残っているならばもしやと・・・・」
「名残・・・」
「名残・・・」
アシュランとガーベラは首をかしげて考えた。
「桃の木は枯れて処分されてしまったし、そーだ、桃は？空の神殿に持ってきたでしょ。桃」
「ああ、その桃なら腐ってしまったと言っていた。腐った物はおいておけないので処分したようだ」
とアシュラン。
「私サントスに聞いてくる」
そう言ってガーベラは消えた。



すでに恋人のようなものだ。恋人だと思っていたらカサンドラの神殿まで移動できた。


サントスは椅子に座り背中を丸めてうなだれていた。
「サントス！」
「ガ、ガーベラ！」
サントスが顔をあげた。サントスの目は泣き腫らしたのか真っ赤だった。
「ねえ、ネルの名残って何かない？」
「名残？」
「髪の毛とか残ってない？」
「髪の毛？どうしてです？」
「何か残ってたらもしかしたら生き返るかもしれないって」
「え？」
サントスはあわてて布団の中やらを探したが、ピンクの髪の毛は一本も落ちていなかった。
「他に何かないかしら。桃はもうないんでしょ？」
「ないです。ネルが死んだ後、もいでいた桃も腐ってしまったし・・・何も・・・」
サントスの顔がしょんぼりしてきた。
「泣かないで。私まで悲しくなっちゃう」
「すいません・・・あなただって悲しいのに・・」
サントスは目元を拭いた。


そーだ。もしかして、あの子が人間界に桃もって行ってる可能性ないかな。一応聞いてみよう。


こうなったら思いつくことはなんでもしてみるに限る。

「サントスちょっとベッド借りるから」
「え？」
ガーベラはベッドに乗って布団の中に入り、寝転んで目を閉じた。
「？？？？」
サントスは不思議そうに首をかしげていた。




『おーい・・・おーい・・・』
外は嵐だったので部屋でぼんやりしていたゆりは、幻のような声を聞いて周りを見た。部屋の中には蛇が数匹
いるだけだ。
『おーい。こっちよ。こっち』
壁にかかっている鏡を見たゆりはぎょっとのけぞった。自分が鏡の中で手を振っている。
「お化け！」
『私よ。私ガーベラ』
「えー！！！？」
ゆりは鏡に近づいた。そこに映っている自分の顔は目が青くなっている。
『緊急の要件なの。ネルが産まれてから、ネルに関係ある物こっちに持って来てないかなって思って』
「え、ネルに関係あるもの？たとえば？」
『桃とか』
「桃の種なら持ってるけど桃はないよ」
とゆりは言った。
『種？桃の種持ってるの？』
「うん」
ゆりは引き出しの箱から桃の種を出して鏡のガーベラ見せた。それは腐ってもいないようだ。
『やったあ。それがあればどうにかなるかもしれない。ネル生き返るかも』
ガーベラは喜んで言った。
「え？本当？じゃあ次に行く時持って行ったら生き返る？」
ゆりの目が輝いた。
『うん。あ、ちょっと待った。そのまま持ってきたら腐っちゃうかもなあ。こっちの桃は全部腐っちゃったし・・・
ジェラルドに何か作ってもらったらあるいは・・・そのうちクーリーフン行かすからそれまで持ってこないで』
「うん。わかった」
『それじゃあね』
といってゆりの姿をしたガーベラは手を振り消えてしまい、鏡にはゆり自身の姿が映っていた。
「生き返る？本当にこれで？」
ゆりは種をまじまじと眺めた。



不思議そうにずっとガーベラを見ていたサントスは、ガーベラがいきなり起き上がったのでびっくりした。
「やった！あったあった桃の種！」
ガーベラはサントスの両手を握り締めて横に振った。
「え？ど、どこにあったんです？」
「それは、ちょっと言えないけど・・・ジェラルドのところに行かなくちゃ。サントス、ネルが生き返るように
がんばりましょ。もう悲しんじゃだめ」
「は・・・はあ・・・」
「それじゃ馬車でジェラルドのところまで連れて行って」
「はい」
サントスはガーベラの勢いに押されて返事をした。なんだか良く分からないが何かが起こりそうな感じだ。
サントスは霧雨の中馬車を走らせた。


ガーベラは神々の力を遮断する小さい皮袋をジェラルドからもらってきた。この中に人間界の空気を入れておけば
桃の種を入れてもそのままの状態を保てるに違いない。
ガーベラはその後自分の神殿まで馬車で送ってもらい、サントスと別れたのだった。



部屋の中ではクーリーフンが暇そうに竪琴を弾いていた。
ガーベラは部屋に入るなり棚の中を探して前にキュリアからもらった玉を取り出したのだった。
「これこれ」
ガーベラは透明な玉にちゅっと口付けをしてジェラルドからもらった袋に入れた。
「クーリーフン、これ持って人間界行ってきて」
ガーベラが明るくいうとクーリーフンが手を止めた。
「え？人間界？」
「そう、人間界。あっちの私にこれ渡して来て」
ガーベラは小さい皮袋を見せた。
「今外出たくないなあ・・・人間界も嵐だっていうし・・・」
クーリーフンがぐちぐち言った。
「ちょっとましになったら行ってきてよ。もしかしたらネルが生き返るかもしれないんだから」
「え？どうして？」
「キュリアがくれたのって復活の玉って言うんだって。あっちの私が持ってる桃の種があれば生き返るかもしれない
のよ」
「はあ？よくわからないけど・・・わかったよ。雨がもっとましになったらね」
「うん」


その次の日、ようやく雨は上がった。サントスの気分もガーベラのパワーに押されてちょっとましになったようだ。
空は曇り空だったが、クーリーフンはガーベラにせかされて人間界に降りて言った。


人間界でもようやく雨が上がったので人々はほっとしていた。かなりの土砂降りの日もあったので、結構被害が出て
いる町もあるようだ。
ゆりは久しぶりに庭に出た。庭園も結構荒れている。木は所々折れているしあたりに葉っぱが飛び散っていた。
後ろの方では庭師の人たちがせっせと掃除をしていた。
そんな時、大きいクーリーフンが飛んでくるのが見えてゆりは目を輝かせた。
「お待たせ。はいこれ」
クーリーフンはゆりに小さな皮袋を渡した。
「これに桃の種を入れてもってきてね。神の国では絶対開けないように」
「今桃の種を持って行ったら？持ってこようか？」
とゆりが聞いた。
「ううん。次にあなたが来た時にしようって母さんが。やっぱり立ち会いたいでしょ？」
「うん」
ゆりが微笑んで言った。どうやらガーベラが気をきかせてくれたようだ。

「それじゃあね」
「うん。ありがとう」
クーリーフンは再び飛んで行った。



その日いつになくゆりがご機嫌だったので、上の子供達は母さんが悲しみから立ち直ったとほっとしていた。
その夜、ゆりは桃の種と透明な玉が入った袋を両手に握り締めて眠りについた。


これをもったまま神の国にいけますように・・・



そう願いながら眠ったら、神の国に行くことができた。手にはしっかりと皮袋を持っている。部屋の中には
クーリーフンがいた。
「あ、来たね。サントスの所に行こう」
「うん。行きましょ」
ゆりは笑顔で言ってクーリーフンにだっこされて飛んで行った。
神の国は曇り空だった。
「ねえ、これを植えたらネルが産まれるの？」
ゆりは空を飛びながら聞いた。
「よくわからないんだけどね、アシュラン様や他の神にも協力してもらおうって母さんが言ってたよ」
「そうなんだ。大掛かりな事になりそうだね」
「そうだね。僕も何が起こるかわくわくするよ」
ゆりはカサンドラの神殿の前で下ろしてもらった。
「空の神殿に行ってくるから」
クーリーフンはそう言って飛んで行った。ゆりは神殿の中に入って行き、サントスやカサンドラと会った。
「サントス、桃の種持って来たよ」
ゆりが笑顔で言うとサントスの目が輝いた。
「本当にあったんですね。どこにあったんです？」
サントスがゆりに近づいてきて聞いた。
「えっとそれは・・・秘密。外にでましょ」
「はい」
サントスはゆりが渡した皮袋を大事そうに両手で挟んだ。
「無事生き返るとよいのう・・・」
カサンドラも祈るように告げた。
「はい・・・」
しばらくして、カサンドラの神殿の外にはいろんな神が集まってきた。サーラを連れたラーズやハロルド、
キュリアやジェイクもいる。豊穣の女神イサドラもいた。
クーリーフンが戻ってきて雲に乗ったアシュランとヒルデリアもやってきた。後ろの方には神妙な面持ちの
パティウスがいる。
サントスは土の中に皮の袋を埋めた。
「ではこの桃の種を大きくしよう。サントス、ガーベラ、ネルのことをしっかり思い浮かべるんだぞ」
とアシュランが言った。
「はい」
「では、始めましょう」
イサドラが言って、種に力を送った。アシュランやヒルデリアも力を送り、他の神々は祈るような気持ちで土を
見つめていた。



ネル、帰っておいで・・・



ゆりも一心に祈った。



やがて土の中からにょきっと双葉が出てきて、それは大きくなり一本の桃の木になった。その桃の木には一つだけ
桃の果実がぶらさがっていたのだった。
「あ・・・」
子供達が声をあげた。その果実は見る見るうちに大きくなり、小さい子供が入りそうなほど大きくなると、どさっと
下に落ちたのだった。そして、皮を蹴破るように女の子がでてきたのだった。
皆目を真ん丸くしてその女の子を見た。その女の子の肌も髪も土のように褐色だった。
「わーべたべた・・・」
女の子は気持ち悪そうに桃の果実を肌からぬぐっている。
「これは・・・」
ヒルデリアが驚きの声をあげた。
「驚いた。神が産まれたようだ」
アシュランも驚いて言った。
「ネ・・・ネル？」
サントスがぽかんとして聞くと、女の子は顔を向けて「お父様」と言った。
「ネル、ネルなのかい？」
「そうみたい。私どうしてこんな肌になったのかなあ」
ネルは自分の土色の肌を見て言った。
「ネルー！」
サントスが抱きつこうとしてネルが逃げた。
「なんで逃げるんだい？」
「体洗ってからー！！」
「ああ、おいで。ネル」
カサンドラがネルを神殿に連れて行った。


「あの子・・・神様になったの？」
ゆりが驚いて聞いた。
「どっから見ても土の神だな。サントスの強い思いでそうなったんだろうなあ。こんなことがあるとはなあ・・
父の力は偉大だ」
アシュランがしみじみと言った。
「私だって祈ってたわよ」
とゆり。
「何にせよ。よかったな。サントス、ガーベラ」
ラーズが微笑んで言った。
「うん」
「本当によかったね。」
ジェイクとキュリアも喜んでいる。サントスはうれし涙でわんわん泣いていた。後ろの方にいたパティウスは
ほっとした表情をしていた。やがてきれいになったネルは服を着せてもらってやってきた。
「ヒルデリア、名前はどうするんだ？」
アシュランが聞いた。
「ネルでよいでしょう。小さな土の神の誕生に祝福を」
ヒルデリアが微笑んでいい、サントスはネルを抱きしめてわんわん泣いたのだった。

ゆりは思わずもらい泣きしてしまい、その後ネルを抱きしめたのだった。



桃の中からは桃太郎ならぬかわいい女の子が・・・



人間界に戻ったゆりは笑顔でその話を子供達に聞かせたのだった。



神の国ではその夜、無事土の神へと復活したネルは、少々不機嫌そうに手鏡で自分の顔を見ていたのだった。
「私前の方がよかったなあ。ふわふわした髪が好きだったのに・・・」
今は茶色の首のあたりまでのストレートにかわってしまっていた。
「桃色がかわいかったのになー」
「今だってかわいいよ」
サントスがにこにこして言っている。
「さて、そろそろ寝ようかね」
とカサンドラが言った。
「じゃあ父さんと一緒に寝ようね」
サントスが言うと、ネルは「嫌」と言った。
「なんでだい？」
「今日はカサンドラ様と寝るんだもん」
「ふーん・・・寂しいなあ・・・」
「明日は一緒に寝てあげるからね」
娘に言われてサントスは一人寝室の方に行ったのだった。



生き返ってすぐなのにつれないなあ・・・



ぶつぶつ言いながら部屋に行き、サントスは寝室に入ってぎょっと目を見開いた。口も目一杯開いている。
ベッドにはガーベラが横たわっていたのだった。
「ガ・・・ガーベラ・・・な・・・何してるんです？」
サントスは驚きのあまり上ずった声で聞いた。
「あなたを待ってたの」
「なんで？」
「だってね、子供ができたのにそういう関係じゃないなんておかしいでしょ？だから」
ガーベラはにこりと微笑んだ。サントスは、すぐに反応できなかった。頭が良く働いてないのだ。
「いらっしゃい。サントス」
ガーベラが手招きをした。
「え・・・ええええ！」
ようやく意味を理解したサントスは壁にへばりついた。
「む・・・無理です！」
「無理だと思うから無理なの。サントスは私を抱きたくないの？」
「それはその・・・想像したことは何度か・・・」
サントスの頬が真っ赤になった。
「それを実演すればいいだけだから。いらっしゃ〜い」
ガーベラは布団をぱたぱたしている。
「いえ、無理です。実演なんて無理ですう！！！」
サントスは真っ赤な顔で言った。
「しょうがないわね。いらっしゃいったら」
ガーベラはベッドから降りてサントスの手を握り引っ張った。
「私にはそんなこと無理ですよ。ガーベラ！」
「大丈夫大丈夫。初めてでも気にしないから」
「そんな！無理！無理ですう！！！！！」


違う寝室では、カサンドラが笑いを堪えるのに必死だった。サントスの声があまりにでかいので丸聞こえだったのだ。

事が成るのか成らないのか、カサンドラもどきどきしながら行く末を見守っていた。
その横ではネルが寝ていたが、もちろん耳には綿が挟まれて聴こえないようにしてあった。



しばらくすると声は聞こえなくなった。ようやくサントスも観念したようだ、とカサンドラは思ったのだが、
実際には、ガーベラの豊満な胸を見てサントスが失神してしまっただけだった。


「ああ、もうサントスったら・・・しょうがないわねえ・・・」
ガーベラはサントスの頬をぺちぺちたたいたものの、サントスは目を覚ますことはなかった。
ガーベラもまさか寝込みの男を襲うわけにもいかないのでそのままサントスを抱きしめて寝たのだった。


そして朝、柔らかい感触といい匂いで目を覚ましたサントスは、目の前にどんとガーベラの胸があるのを見て、
再び失神してしまったのだった。




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