その夜各街の酒場ではこんな話題で持ちきりだった。
「王妃様がまた御懐妊されたらしい」
「え？またなのか？本当なのか？」
「まだそうと決まったわけじゃないがその兆候があるらしいぞ」
「すごいなあ・・・もうすでに５人もお産みになったのに・・・」
「明日の新聞ではでかでかと出るらしい」
「これは乾杯しなきゃなあ」
「王妃様に乾杯！」
「次も元気な御子様が御産まれになりますように！」
続けざまに子供を妊娠している王妃に皆感嘆の声をあげていたのだった。
その頃お城のゆりはというと、この晩も男達に挟まれて寝転んでいた。
男達と一緒に寝るようになって４晩目になる。最初がミカエルとジュノー、次の晩がフリットとミルキダス、
その次がイシュタールとシャナーン、そして今晩がヴィラとハインリヒだった。
３晩ともゆりは無意識の内に男達の気を奪っていた。そのせいか昼間は気が欲しいこともなく普通の生活を送っている。
「ねえ、ヴィラちゃんと今年は興奮できた？」
そう聞いたのは蛇目のゆりだった。
「まあなんとかかんとか・・・10日びっしりとはいきませんでしたが・・」
ゆりの横に寝転んでいたヴィラが答えた。
「ハインリヒは毎年ばっちりなんでしょ？」
ゆりは右のハインリヒを見て聞いた。
「赤い月ではばっちりですよ。まあ子供ができるかどうかはともかくとしてね」
「昔の人は性欲強かったんですかねえ？」
ヴィラがぼそりと言った。確かに、７千年以上の過去からやってきたハインリヒはかなり昔の人ではある。
「今の人達の方がなさすぎるような気がしますけどね。まあこればっかりは個人差がありますからね」
「ヴィラも儀式になると興奮するのにね」
「あれは別物なんですよ。きっと。本格的な儀式は久しぶりですねえ。今回は初回はいつあるんでしょうね」
ヴィラがちょっと楽しそうに聞いた。
「私も楽しみだなあ。王妃の蛇紋にも久々に会えるし」
とハインリヒ。
「そうだね。蛇紋も久々ねー」
前回は双子だったために金色の蛇が２匹肌に浮かんだが、今回はどうなるだろう。それも楽しみだった。
「それじゃあおやすみー」
「おやすみなさい」
赤い月直後の事もあり、ゆりは男達といちゃいちゃすることもなくただ並んで眠っていた。そしてその晩も、ゆりは
無意識の内に２人にひっついてやっぱり気をもらったのだった。
第２話
朝、食堂ではアナスターシャ、シス、ラギの３人が新聞を回し読みしながらくすくす笑っていた。この国にも
ちゃんと新聞のようなものが存在している。東西南北の街にはそれぞれ新聞社のようなものがあるが、毎日
発行はしていない。南の大きな街が発行している新聞社が一番規模が大きく、毎度号外を出しているのもそこだった。
子供達もいつもはご飯を食べながら新聞を読んだりはしないのだが、今日の新聞があまりに面白かったのでラギ
がもってきたのだった。
３人があんまりおかしそうに笑っているので、向い側でパンを食べていたロイとナナミが興味津々でいった。
「何が書いてあるの？」
「ネー読んで」
「んー？いいよー。『なんと王妃様またまた御懐妊か！？ 我らが仕入れた情報によれば、我らが敬愛する王妃様
に再び御懐妊の兆候があるようだ。王妃様は赤い月の前に私は王様の子供を10人でも20人でも産んでみせる！と
意気込んでおられたが、このたび目出度く御懐妊の兆候があるらしい。王妃様は日々一族の数が少ないことを憂いて
おられて子供を産む事が御自分の使命である、と思われているようだ。毎年赤い月に注がれる王妃様の熱意には
並々ならぬものがある。我々も王妃様を見習い、赤い月を望むべきである。』
その後もいろいろ王妃様を賛美する言葉が書かれてるの」
アナスターシャが笑いつつもいった。
「ふーん・・・マーは２０人も子供産むの？」
ナナミが聞いた。
「２０人も兄弟がいたら名前間違いそうね」
「いろいろ母様の言葉入ってるけど、直接聞いたのかな？」
とシス。他にもゆりが答えたセリフのようなものがあちこちに入り混じっていた。私はこの国のためにがんばる、
というような一族の者が読んだら涙を誘うような言葉が並んでいた。
「いいや。僕が変わりに答えておいたよ。記者の人はなんだか涙ぐんでいたよ。ははは」
ラギが笑っていった。赤い月前にゆりが１０人でも２０人でも王様の子供を産むといったのは本当なので、それは
そのまま言って、他は王妃様らしい返答をしておいたのだった。
ゆりとしてはただラクシュミを愛してるから子供が欲しいだけだが、記者には一族の将来のために必死でがんばっ
ていると映ったようだ。感動的な話に変わっている。
「この似顔絵は結構かわいいね」
シスが一面にでかでかと載っている絵を見ていった。この世界にもちろん写真なんてものはないので、絵描きが
描いたのだろうが、優しく微笑んだゆりは３割増しかわいく描かれている。後ろには後光もさしていた。しかも
いかにも気品がありそうな感じだ。絵描きも本人を見て描いたわけではなく、話を聞いて想像で描いたのだろう。
「これだあれ？」
ロイが聞いた。
「母様だよ」
とシス。
「これマーじゃないよ」
とロイが絵を見つめつついった。
「違うよー」
とナナミ。
「これ見たらお母さんのファンが一杯増えるだろうね」
ラギがいった。王妃様の実物を見たことがない人達の方が圧倒的に多い。街の人達はきっとこの通りなのだろうと
信じてしまうだろう。
その時、話題の王妃様はあくびをしつつ食堂に入ってきた。
「おはよー」
「おはよう〜」
と子供達が挨拶した。
「どうしたの？朝から皆楽しそうね」
ゆりが眠そうな目で聞くと、シスがゆりに新聞を見せた。
「ほら、母様の似顔絵」
「ん？」
ゆりは新聞を受け取ってその絵をまじまじと見つめて、
「あら、私にそっくり♪」
そう言って子供達を沈黙させたのだった。
朝、身支度を整えて王の間に入ったばかりのラクシュミの元にミカエルがやってきた。ミカエルの顔は朝っぱらから
にこやかだ。
「王、新聞お読みになりました？」
ミカエルの手には子供達が持っていたのと同じ新聞があった。
「いいや」
「王妃の事が書かれてるんですよ」
ミカエルはゆりの似顔絵が載っている一面をラクシュミに見せた。ラクシュミは新聞を受け取って近くで眺め、
少し離して眺めた。そして冷静な表情でいったのだった。
「この絵はかなり修正されてるな」
「修正って・・・普通にすましていたらこんな感じに見えなくもないですよ」
とミカエル。
「それよりも王妃は２０人も子供を産む気のようですよ。王も当分はがんばらなきゃならないですね」
ミカエルはにんまり笑っていった。
「犬族じゃあるまいに・・・・」
まさか真面目にそう思っているわけもないだろうとは思ったが、相手がもうすでに５人も産んでるゆりなだけに、
ラクシュミもまるっきり冗談に聴こえないのが怖い所だった。
ゆりならそのくらい産みかねない。
子供が２０人もいたら、さすがにこの城だけじゃ狭くなるなあ・・とラクシュミはついそんなことを考えた。
その時、シャナーンが王の間に入ってきた。
「おはようございます。」
シャナーンはラクシュミの近くまでやってきて礼をした。
「おはよう」
シャナーンが来ると王の間の中に爽やかな風が吹き抜けたようだった。
「シャナーン、この新聞見たか？」
ミカエルがラクシュミから受け取った新聞を見せると、シャナーンが微笑んだ。
「見ましたよ。ですが、この似顔絵はあんまり似てないですね」
シャナーンがはっきりいったのでラクシュミもミカエルも意外そうな顔をした。２人ともシャナーンはゆりを最高の
女神様のように思っていると思っていたのだ。
「そうなのか？お前ならそっくりと言うと思ったんだが・・・」
「実物の方がずっとずっとかわいいです」
シャナーンが真面目な顔で言い出したので２人ともしばしあっけに取られたのだった。
「それで、王、あの・・・御用件は」
「ああ。ちょっと待ってろまだ来るから」
王の間にヴィラとフリットが入ってきた所でラクシュミは話を始めた。
「ヴィラ昨晩はどうだった？」
ラクシュミはヴィラに視線を向けた。
「王妃に気を奪われましたよ。半分ほどは」
「そうか。まだ当分続けた方がいいな・・・」
ラクシュミはヴィラのちょっとだるそうな顔を見つめつついった。どう見ても半分以上はとられているようだ。
「実は、若い中級戦士もちらほら育ってきた所だし、ゆりに気をやる男を増やそうかどうしようかという話なんだが
・・・」
「反対です」
「どう思う？フリット」
ラクシュミはミカエルの言葉を無視してフリットに聞いた。
「私は反対です」
「お前には聞いてないだろう。ミカエル」
ラクシュミがうるさそうに視線を向けた。
「そういう事は王妃の一番の恋人である私に聞いてくださらないと・・・」
「お前の意見は聞かなくても分かってるから聞いてないんだ。夜の話じゃない。昼間の話だ。気をやれる者が大勢
いた方がお前達も楽じゃないのか？」
フリットはヴィラと目を合わせた。
「別に辛いと思ったことはないですが・・・戦士達に頼まれたんですか？」
フリットがもしやと思って聞いた。
この国で王妃様の人気はそれはもう凄まじいものがある。儀式に参加できないまでも王妃に気をあげてみたいと
思う者だっているだろう。戦士達にとっては神聖な行為のように思えてならないのだ。
「気をあげてる最中に儀式の兆候が起こったらどうするんです？シャナーンの時のようになりかねないじゃないです
か」
ミカエルがぶつくさいった。
「うーん・・・シャナーンはどう思う？」
ラクシュミはシャナーンに聞いてみた。
「私は意見できる立場ではないですが・・・王妃に近づいてしまうと王妃の魅力の虜になって
しまう者が増えてしまうので、それは心配です・・・」
シャナーンは憂いを含んだ表情でいった。
今のところ、恋人ではなく気をあげてる男はジェナサイトぐらいのものだ。
「王妃は情にほだされやすいですからねー、恋人が増える可能性はあるかもしれないですね」
ヴィラが同意するようにいった。王妃の魅力についてはラクシュミは反論する気はなさそうだった。
「お前達としては恋人が増やされるのが嫌なわけだな。まあ辛くないのならこのままでもいいが・・・無理してゆり
に気をやるんじゃないぞ。他の者にもそう言っておいてくれ」
「はい」
話はそれで終わり、男たちは出ていった。
そうか、問題はゆりが情にほだされやすいという事なんだろうな・・・困ったものだ・・・
現在ゆりの恋人はハザークをのぞいて８人いる。純粋に気をもらうだけの男が他に何人かいればいいのだろうが、
気をもらうにはどうしても身体を密着させなければならないし、他人に気を与えるとういう行為は、男たちには
結構愛を感じる行為のようだった。何度も気をあげていれば、自然に愛情を感じてしまうというわけだ。
ゆりがそこではっきり一線を引いておけばよいようなものだが、優しい性格が災いして相手に強く愛情を訴えられる
とどうにも断れなくなりそうだった。逆にゆりの方から気に入ってしまうという事もあるだろう。
また若い連中からやいのやいの言われそうだな・・・かといって新しい恋人を作って古いのをぽいと捨てられても
困るが・・・
まあいいか。しばらくほっておこう。ゆりが毎日気が欲しくなってどうしようもなくなったらまた考えよう。
ラクシュミはこの件に関しては成り行きに任せることにした。
その日の午後、ゆりはあんまり眠かったので長椅子でクッションを枕にごろりと横になっていた。別に寝不足で眠い
わけではない。
ああ、いつまで皆と寝るのかなあ。その内変な雰囲気になっちゃいそうだよ・・・
男二人に挟まれて眠れるわけはない、と言いたい所だが、実際にはぐっすり眠っているようなので、自分の神経の
図太さに感心するゆりだった。男達もそう思っているに違いない。
まあいいや。ちょっとお昼寝しようっと。
ゆりはそのまま目を閉じて眠りについた。
しばらくしてゆりはむくりと起き上がり、きょろきょろと辺りを見回した。
「昼間みたい。遊びにいこうっと」
ゆりは昼寝で神の国に行ってしまい、久しぶりに遊びたくなったガーベラがこっちにやってきたのだった。
王様は元気かなあ。会いに行ってみよう。
ゆりに入ったガーベラは廊下を軽やかに歩いていった。そして通りすがりの侍女に「王様はどこ？」と聞いたの
だった。瞬間移動でも行けないことはないのだが、あくまでゆりになりすましているので歩いて行こうと思ったのだ。
「王の間にいらっしゃると思いますよ」
と侍女がいった。
「王の間・・・下？」
「はい」
「ありがとう」
ガーベラは奇妙な顔をした侍女を置いて廊下を曲がった所にあった階段を一番下まで下りて行き、大きな扉の前に
２人の男が立っているのを見た。
「王様に会いたいな」
「今ちょうどお客様が出たところですから、いいですよ。どうぞ」
王の間の番兵はにこやかにいって扉を開けてくれた。
「ありがとう」
ガーベラは王の間の中に入って行き、奥にいたラクシュミに近づいていった。ラクシュミは何かの書類に目を
通している所だった。
「王様」
「ん？ああ、ゆり、どうしたんだ？」
ラクシュミは視線を向けて聞いた。ゆりに入ったガーベラはラクシュミの近くでじっとラクシュミを見つめている。
「・・・なんだ？」
「ううん。なんでもない。顔が見たかっただけなの。それじゃあね」
ガーベラはにこっと笑ってラクシュミから離れていった。ラクシュミが元気そうなので満足したようだ。
「ゆり」
「なあに？」
ラクシュミは振り向いたゆりの姿にどこか違和感を感じたが、まさかまたガーベラがきているとは思わなかったの
で、「いや、なんでもない」と言ってガーベラと別れたのだった。
この建物の中をいろいろ見てみようっと。
王の間から出たガーベラは、そのまま一階の廊下を歩いていった。たまには人間になりきるというのも楽しいもんだ
とのんきに思っている。廊下を遮っていたでかい蛇の上を「失礼」といって軽くジャンプして通り過ぎた時、
「王妃様！」
「王妃様！」
という男達の声が聞こえてきた。振り向くと５人ほどの男達が足早に近づいてきた。
「何か御用？」
「王妃様、私達も、王妃様に気をあげたいんです。」
「王はいつもその内その内としか言ってくださらないんです」
「私達じゃだめなんでしょうか・・・」
その男達はシャナーンと同じか下くらいの若い連中だった。いずれもかろうじて中級戦士といった所だ。後２０年も
するうちに力はもっと伸びるかもしれない。
ガーベラは瞬いた。どうも意味がわからなかったのだ。
「私達も王妃様のお役に立ちたいんです！」
「まあどうもありがとう」
ガーベラは意味はわからなかったがとりあえずにこやかに微笑んで、男たちの両手をそれぞれ握り締めてあげた。
「皆かわいいわね」
若いがそれなりに整った顔立ちの男達だったので、ガーベラは両手を握り締めた後男達の頬もなでなでしてあげた。す
ると男達の目つきがぼんやりしてきた。なんといっても中に入っていたのは神の気を完全に抑えていとはいっ
てもガーベラだったし、男達はゆりにまるっきり免疫もなかった。
「それじゃあね、またね」
ガーベラは一通り頬をなでて男達から去って行った。男達はぼんやりしたまま頬を紅潮させている。
「王妃様・・・」
「素敵だ・・・」
「なんというか・・・底知れない魅力を感じる・・・」
「・・・・」
「ふう・・・」
こうしてゆりも恋人達も知らない間に王妃様ファンが増える事になったのだった。
ガーベラは通りすがる人達に律儀に挨拶しながらさっき降りたのとは違う階段を上に上っていった。
すると、ちょうど横の部屋の扉が開いて中からイシュタールがでてきた。
「王妃、こんにちは」
イシュタールはゆりの姿を見て微笑んだ。
「こんにちは、ダーリン。今日も素敵よ」
「ダーリン？？」
イシュタールが奇妙そうな顔をしていると、その後ろにヴィクターら４人の将軍達がでてきた。将軍達の後ろには
ハインリヒもいる。６人で会議をしていたのだ。
「ああ、王妃、再び御懐妊おめでとうございます」
ヴィクターが微笑んでいい、他の将軍達も同様に祝福の言葉を述べた。
「どうもありがとう」
ガーベラは微笑んでいったが、「ゴカイニン」という文字の意味がわからなかった。
ただ皆うれしそうに微笑んでいたので、なにやら目出度いことのようだと見当がついた。
「そうだ、王妃様の竪琴もかなり上達したのでしょうね。たまには我々にも聴かせていただけませんか？」
せっかく４人そろっていることだし、とナザニエルが切り出した。４人ともゆりの竪琴をじっくり聴いたことは
今までない。
「竪琴？いいよ。じゃあダーリン竪琴もってきて」
ガーベラはイシュタールにいった。
「はい」
イシュタールはそのまま瞬間移動で消えていき、一同は再び部屋の中に戻った。そんなに広くはない部屋で、部屋
の壁には大きな地図が掲げられていた。部屋の真ん中に長い机が縦に並べて置かれ、周りに椅子が置かれている。
ガーベラはハインリヒの顔を見て、
「ダーリンも相変わらずいい男ね」
といった。
「？？？はあ・・・」
ハインリヒが目をぱちくりさせているとイシュタールが竪琴を手に戻ってきた。
「ありがとう。それじゃあさっそく」
４人の将軍達は楽しそうに椅子に座り、ハインリヒとイシュタールも腰を下ろした。
そうだ、人間だからちょっと下手に弾いた方がいいのかな？所々間違えよう。
ガーベラは椅子に座り、軽く竪琴をつまびいて音程を確かめて後、曲を奏で出した。
その鮮やかな指の動きに将軍達がおっと目を見開き、ハインリヒはあんぐりと口を開けた。イシュタールだけは
竪琴の事は良く分からなかったので普通の顔をしている。
途中からのってきたガーベラは歌も歌っていた。
愛欲の女神だけに歌の内容は結構官能的だった。
私の心を捉えて離さないあなた
今宵こそは私の思いを受け入れて
月の光の中あなたに愛されたい
あなたのたくましい腕で抱きしめて
そして朝まで愛をささやいて
よ・・・夜這いがしたい・・・
ハインリヒは思わずそんな衝動にかられてしまった。
曲が終わった後、一同はシーンとしていた。
あれ？下手すぎたのかな？
ガーベラは首をかしげた。自分では所々間違えてちょっと下手に弾いたつもりだったのだが、元々竪琴の腕前、
音楽的センスからしてゆりとガーベラでは段違いなために、その間違いにすら聴いている者達は気づくことも
なかった。やがてイシュタールが拍手をして、将軍達もつられて拍手をした。
「驚きました。こんなにもお上手とは・・・」
緑の短髪、たくましい体格のロナウドが感嘆の声をあげた。
「本当ですよ。びっくりしました」
ヴィクターも意外そうな顔でいった。
「そうかな。それじゃ私はこれでね。さようなら」
ガーベラは竪琴を机の上において、そのまま部屋を出て行った。長居は危険だと思ったのだ。
「真面目に驚いた。楽師になれるほどの腕前じゃないか。」
ナザニエルが驚いていった。かなり前に、王妃の竪琴は下手だ下手だと噂で聞いていただけにびっくりしている。
「王はなぜ王妃の竪琴をお聴きにならないのだろう？？？侍女らよりよっぽどうまいような気がするが・・・」
ナザニエルが首をかしげていると、
「そうだな。王妃が下手だとずっと思いこんでいるのかな」
とロナウドも首をかしげた。
「そんなことはないだろう。きっと夜にでもに王妃の竪琴を聴いて心を癒されてるんじゃないのか？内緒にしてる
だけで」
とキースが微笑んでいった。
「きっとそうですよ。王が恥ずかしがって言わないだけですよ」
とイシュタールも続けたので、将軍達はきっとそうなのだろうとうなずいた。
「あんな歌を歌われてしまった夜には、そりゃ王も張り切りざるを得ないだろうな」
ヴィクターがはははと笑いつついった。
最近ゆりが竪琴の練習をしているのを偶然聴いたハインリヒだけははかなり腑に落ちない様子でずっと首をかしげ
ていたのだった。
部屋を出たガーベラは廊下に誰もいなかったのでそのまま元の階段を３階へと上がっていった。廊下を歩いていると
子供を片腕に抱いたジュノーが部屋に入っていく所が見えた。
「全くもう・・・どうしてロイ様はこういたずらばっかりするんですか」
腕に抱いていた子供はロイだった。ジュノーはロイを椅子の上に座らせて、同じ視線で眉を吊り上げていたが、
元々優しい顔立ちのためあんまり迫力もなかった。
「えへへ」
ロイは笑っている。
「もう二度とあんなことしちゃいけません！」
「はーい」
「その顔は全然反省してないですね。おしりぺんぺんされたいんですか？」
「いいよー別にジュノーにぺんぺんされても痛くないもーん」
ロイが生意気な顔で言い出した。
「・・・・」
完全になめられている・・・
シス様はあんまりいたずらなんてしなかったのになあ・・・同じ両親の子供でなんでこう性格が違うのだろう。
ジュノーは不思議でならなかった。自分の息子のお尻なら赤くなるまでひっぱたく所だが、王の子供になかなか
そこまではできない、と思っているのをロイは気づいているのだ。
「そーいうこというんですか。ならフリット殿におしりぺんぺんしてもらいましょうかね」
ジュノーがお返しとばかりに言うと、さすがのロイも神妙な顔で黙り込んでしまった。
ロイの世話役の中では、意外にもフリットが一番容赦がない。ロイはラクシュミ以上にフリットを恐れていると
いってもよかった。
「一体何したの？」
部屋にこっそり入ってきたガーベラが聞いた。
「ああ、王妃、ロイ様ったら蛇の胴体と頭を結んで遊んでいたんですよ。」
ジュノーが顔を向けていった。
結ばれた蛇は10匹以上もいた。それでジュノーが怒っていたのだ。
「あらまあ」
「どの蛇が一番早くほどけるか見てたんだよ」
とロイ。成長して手が器用になってくるとそれだけいたずらも多様になっていた。
「だめよ。そんなことしちゃ。いたずらっこは夜怪物にさらわれてしまうんですよ。」
ガーベラはロイを見つめつついった。
「・・・」
ロイは、ジュノーの後ろに身を隠してじっとゆりの姿を見つめた。
まさか怪物という言葉にこんな効果が？とジュノーは不思議そうにロイを見た。
「なーんてね。あんまりいたずらしちゃだめよ。じゃあね」
とゆりに入ったガーベラは部屋を出て行った。
ロイはまだジュノーの後ろでじっとしている。
「さすがのロイ様も怪物が怖いんですか？」
ジュノーが笑って聞いた。ロイの弱点を発見したと思ったのだ。
「違うよ。あのマーは変だ」
「はい？」
「なんか変だ」
「いつもの王妃ですよ？いつもよりも優しかったからじゃないんですか？」
「うーん？？？」
ロイは首をかしげた。確かに、いつもなら目を吊り上げて怒るのに、今日は優しい顔で怒っていた。
「とにかく、もう蛇にいたずらしちゃだめですよ」
「はーい」
ロイは変だなあと思いつつ返事をしたのだった。
「あー気持ちよかったあ・・・」
王妃の部屋では、眠りから覚めたゆりが気分爽快で首をごきごきならしていた。
眠りながら旅行気分。こりゃいいわあ・・・
どうやら夢の中で結構遊んできたらしい。のどが渇いたから飲み物でも持ってきてもらおうとゆりは部屋から外に
出た。
「あ、王妃！」
廊下の向こうからハインリヒがやってきた。
「もー我慢できません！」
「はい？」
ゆりはきょとんとした顔をしてる間にさっと移動させられた。周りを見れば別室である。
「ちょ、ちょっと！」
「王妃ー！」
ハインリヒはゆりごとベッドに倒れこみ、ゆりが「ぐえっ」とかわいくない声をあげた。
「ちょっと何なのよ！いきなり！」
「あの歌ですっかり興奮してしまいました」
「はあ？」
なんのこっちゃー？？？？
ゆりはまさかガーベラがこっちにきていろいろしたなんて夢にも思ってない。
ハインリヒは先ほどのガーベラの誘惑の歌ですっかりその気になってしまっていたのだった。
一体なんなんだ・・・・
ハインリヒに迫られまくったゆりは疲れた様子で夕方食堂に入っていった。
すると、ゆりの姿を見たロイは椅子から飛び降りてゆりにべったりくっついた。
「マーだ」
「ん？どうしたの？ロイ」
「マー・・・」
「まあ珍しい甘えちゃって」
ゆりは微笑んだ。ナナミはともかく、ロイがこんな風に引っ付いてくる事は最近ではあんまりない。
「今日は誰と寝るのー？」
アナスターシャが聞いた。
子供達もゆりが男達と一緒に寝ていることを知っている。子供らはなんとも思ってないようだが、ゆりとしては
微妙な感じだ。
「今夜は・・・ハザーク様」
「そうなんだ。ハザーク様って夜寝る時も人の姿なのかなあ」
「どっちでもいいみたいよ」
「ふーん」
ああ、そうだ、今夜はハザーク様だっけ・・・
考えてみればハザーク様と夜一緒に寝るなんて初めてだわ・・・
夜、お風呂に入って寝間着に着替えたゆりはシスにハザークの元まで送ってもらった。
「すいません。ハザーク様にまで迷惑かけちゃって」
「別にいいぞ」
ハザークはなんとも思ってないようだった。
「それじゃおやすみなさい」
「ああ」
その夜はハザークもその気はあんまりなさそうだったのでゆりはそのまま眠りについた。
そして真夜中、ゆりはまた無意識の内に引っ付いて、今夜はべったりハザークの上に覆いかぶさった。
「・・・・」
王が大変だといってたのはこの事か・・・確かに重くて大変だ・・・
ゆりの体重がそのまま上に乗っていたのでハザークは重くて仕方がなかった。
これはこのままじっとしていなければいけないのだろうか？
ある程度気を奪われたハザークは、あんまり重かったので蛇の姿に化けてとぐろを巻いた胴体の上にゆりをずっと
乗せていたのだった。
さて神の国では、夕方、火の神サラディンが娘のルティアナと一緒に湯浴みをしていた。
するとルティアナは歌を歌いだした。
「い〜い湯だな〜あはは〜い〜い湯だな〜あはは〜♪」
サラディンはどっかで聴いた歌だと思い、ルティアナを見た。
「なんだその歌」
「お母さんが教えてくれたの。湯に入ってる時に歌う歌なんだって」
「はあ・・・・」
そういえば以前ガーベラが歌っていた、とサラディンは思い出した。
「い〜い湯だな〜あはは〜い〜い湯だな〜あはは〜ここは神国〜火の神殿の湯〜♪」
「変な歌だな・・・」
「そうかなあ。面白い歌だと思うけど」
今日昼寝でここにきたゆりはちゃっかり替え歌でルティアナに歌を教えていたのだった。
すすむ