赤い月が終わってしばらく、他の国と同様に蛇の国でも出産ラッシュが続いていた。各街の病院では出産間近の妊婦
があふれて、産まれたばかりの赤ん坊が元気な産声をあげていた。妊娠率がすこぶる悪いという蛇の一族だが、戦士達
の出産の報告を受ける度に、王であるラクシュミの顔もこの時ばかりは笑みをたたえている。
５の月の５日早朝、南の街にある大きな病院で、一つの命が誕生した。
「男の子ですよ」
看護婦が廊下で待っていた一同に顔を向けつついった。
「男の子・・・」
それを聞いたミルキダスの顔が輝き、側にいたクララとリリーもやったあと飛び跳ねた。
「弟ができた！」
「わーい」
３人はやがて赤ん坊に対面した。両親と同じ黒髪の男の子は泣き声も大きかった。出産を終えたキャシーはベッドの
上で横になっている。疲れているようだが元気そうだった。赤ん坊はその横に付き添っていたジェシカがだっこしていた。
「かわいいねえ」
「ほんと」
ミルキダスは無言だったが、ちょっと涙ぐみ、感無量という顔をしていた。
「ミルキダス様、ここをごらんになって」
ジェシカが赤ん坊を包んでいたタオルをちょっとはがして体を見せた。
「あ・・・」
赤ん坊の肩には小さな小さな赤い蛇がべったりくっついていたのだった。
第３話
「ミルキダスに男の子が産まれた」
朝、王の間にいたラクシュミは思念を受け取りうれしそうにいった。
「そうですか。男の子でしたか」
王の間にいたフリットも祝福するように微笑んだ。
「しかも幸運の蛇がくっついていたらしい」
「それはそれは・・・」
一族の者の中で強い力を持った者は肌に完全な蛇がいることが多いが、その蛇は赤ん坊の時からくっついていることも
あれば、産まれて数年して現れる場合もある。産まれた時に蛇がくっついていると、その子供は力が強いと保障された
ようなものなので幸運の蛇と呼ばれていた。
「あのミルキダスが今では３人の父親とはなあ・・・」
一時は女嫌いで有名だったミルキダスである。ラクシュミは、よくミルキダスが３人も子供を作ってくれたものだと
しみじみ感じていた。
「ところで・・・ゆりがだいぶ落ち着いてきたようだな。もう皆と一緒に寝なくてもいいかな？」
毎晩男から気をもらっていたゆりだったが、一月過ぎるとさすがに落ち着いたようだった。ラクシュミと寝る時も普通に
寝ていた。
「はあ、どうでしょうか。我々としてはしばらく続けても良いですが」
とフリット。
「それは続けたいって事なのか？」
「はあ・・・まあ・・・」
フリットは言葉を濁した。
「まあ私はどっちでもいいけどな。お前達も元気だな」
ラクシュミはなにやら深読みしていった。
「別にそういう意味ではないですが・・・」
フリットはちょっと困ったようにいったのだった。
ミルキダスの朗報は部屋にいたゆりの元にも届いた。
「やったあ男の子が産まれた！」
ゆりは子供達と喜びを分かち合おうと部屋に行ってみたが、だれもいなかった。上の３人は城の外に出て行ったらしい。
「何よう。ちぇっ」
仕方ないのでゆりは侍女らと喜んだ。恋人達の子供が無事産まれるという事はゆりとしてはうれしい事だった。そのこと
に関しては嫉妬の欠片も感じることはない。こちらの価値観に慣れてしまった事もあるだろうが、みんながいかに子作り
に必死になっているかよくわかっているせいだろう。
昼食の時間になると子供達は帰ってきた。
「ミルキダスの子供が産まれたよ」
ゆりがそう子供らに言うと、
「知ってるよ。今見てきた」
とラギが言った。
「今見てきた？見てきたって・・・見てきたの？」
「うん」
「・・・・ひどい・・・私だって見たいのに１人だけのけものにしてー・・・」
ゆりは１人いじけてぶつくさいった。
「ごめんね。父様が母様は当分城から出しちゃだめだって」
シスが申し訳なさそうにいった。
「えー・・・」
「ミルキダスに似てたよ。赤い蛇が肌にいたの」
アナスターシャが微笑んでいった。
「ぐすん・・・ぐすんぐすん・・・」
「もう少し大きくなったら連れてきてもらうからさー機嫌直してよ」
とラギ。
「ちぇー・・・・」
最近ゆりは結界から外には出ていなかった。以前は子供らが作った特別結界で外に行ったりもしたのだが、今は２人とも
ラクシュミの結界をずっと助けているので、それもない。
ゆりは全く知らされていなかったが、敵方がゆりを殺したくてやっきになってるという情報が入っていたからだった。
そういう情報は以前からあったのだが、最近は頻繁にいろんなことが起こっていた。
実際にアヤコからの贈り物の中身がすりかえられていたり、いつも城にやってくるゆりとなじみの商人の荷物の中に
知らないうちに怪しげな物が入っていたりという事件があり、ゆりが使う物などにも周りの者は神経を尖らせている。
「その内にまた外に出してあげるからね」
アナスターシャが子供を諭すようにいい、ゆりが素直に「うん」と返事した。
「あれ？アナスターシャちょっと口開けて」
「ん？」
ゆりは瞬きつつアナスターシャの口の中をのぞいた。上の前歯が一本抜けている。
「どうしたのそれ」
朝食の時は全然気づかなかったので歯はちゃんとあったはずだ。
「抜けたの。さっき」
アナスターシャは気に留めない様子でいった。
「えー？？？」
「あれ？母さん知らなかったっけ？子供は２０歳前後で歯が生え変わるんだよ？」
ラギが説明するように教えてくれた。
「え？そうなの？随分大きくなってから変わるんだね。びっくりしたー」
「奥の方はもう生え変わったよ」
「全然知らなかった・・・」
「僕もね、ほら、奥の歯は取れたよー」
シスが口を開けて中を見せてくれた。
下の歯の左右の奥の歯が抜けている。
「本当だ・・・・痛くなかった？」
「うん。ぽろりと取れたよ」
「へー・・・」
びっくりしたなあ・・・こんなにでかくなってから（向こうの子供ほど大きくはないが）歯が生え変わるものとは・・・
ちなみに次の歯は結構すぐに生えてくるものらしい。
食後ゆりは１人部屋に戻ろうとして扉を開けた。だが、部屋の中に何かがつっかえて扉が開かない。
「あれ？」
やがて隙間ができてゆりは半開きの扉から中に入った。侍女が「すいません」といいつつ大きな蛇の胴体を動かそうとし
ていた。
つっかえていたのは大きな蛇の胴体だったのだ。
「あらら、またでかい子が遊びにきたのねー」
大蛇の中でもかなり大きい蛇だった。胴体は人の体ほどありそうだ。まっすぐ伸びたら20メートルはあるかもしれない。
茶色い模様の蛇だった。これだけ巨大だと人が動かそうとしても重くて動かせるものではない。
「王妃様これを・・・」
侍女が木の枝をゆりに差し出した。枝には２０個ほど紫色の小さな実がついていた。
「どうしたの？」
「この蛇が咥えてきたんですわ」
「そうなの。私にくれるの？」
ゆりが枝を受け取りつつ蛇に聞くと、蛇はうなずきはしなかったがゆりの顔を見上げていた。
「どうもありがとう」
ゆりがにこりと笑って言うと、蛇はずるずると這いながら部屋を出て行った。どうやら目的は果たしたようだ。
「最近よく蛇が贈り物をしてくれますねえ」
侍女が扉を大きく開けてやりながらいった。
「そうだね。これで５回目かな？」
最初の一回目は１０日ほど前、大蛇が鼠の死骸をもってきたのだった。その時ばかりはゆりはぎゃーぎゃー言っていたが
２回目からは植物になった。松ぼっくりのような形をした緑の果肉のものやら木の実やら、どれもここらにはないもの
で、どうも蛇は好意で持ってきてくれてるようだ。ちなみに毎回違う蛇が来る。
「これは何かなあ。ラギに聞いてこようっと」
ゆりは枝を持ったまま部屋を出て行った。ラギはちょうど部屋で本を読んでいた。
「ねえラギ、これなんていう実？」
ゆりが枝を差し出すと、ラギは手にとって枝をくるくる回した。
「ラサカの実だよ。市場で見たことあるよ。どうしたの？」
「また蛇がくれたの」
「へーまたくれたの？母さんに食べてほしいのかな？」
ラギはゆりに枝を返した。
「食べてもいいの？」
「いいよ。野生のは最近じゃあんまりないらしいけどね。時々ジャムでみかけるでしょ。あれだよ。」
「ああ、あれかあ。実を見るのは初めて」
一つ実をもいで口に入れてみると、甘酸っぱい味がした。
「ブルーベリーみたいだなあ。目によさそう」
「これで５回目だねえ。蛇の贈り物」
ラギは不思議な事には目がないたちなので、贈り物は全部記憶していた。
「今回もオスだった？」
「うん。男の子だった」
「最近じゃ蛇にももてるんだね」
ラギが冗談交じりに言うとゆりがはははと笑った。
「蛇にも私の魅力がわかるのかな？ふふ」
ゆりは笑いつつ部屋を出て行った。
蛇の贈り物かあ・・・
たいしたことでもないといえばたいしたことでもないけど・・・蛇達にも何か心境の変化でもあるのかな？
ラギは首をかしげたのだった。
紫の実を全部食べたゆりは王の間に行きラクシュミに会いにいった。
「王様と一緒にいたいな」
「今からちょうど瞑想に入る所なんだ」
ラクシュミがそういうとゆりはちょっと寂しそうな顔をした。
「最近あんまり一緒にいないから一緒にいたい」
「夕方になら」
「今がいい！」
「ゆり・・・」
ラクシュミが驚いて瞬いた。
「うう・・・」
なぜかゆりは泣き出してしまった。
「ゆり・・・どうしたんだ？何かあったのか？」
「別に何も・・・」
瞬いたゆりの左目は蛇の目に変わっていた。
「ただ王様といたかったの・・・」
「・・・そうか・・・今から瞑想だから後でな」
「うん・・・」
ゆりはそのままぱっと消えてしまった。
ラクシュミは首をかしげたが後にしようと思い、そのまま瞑想に入った。
一方消えたゆりはというと、そのままハザークの部屋に飛んでいた。突然泣きながら現れたゆりにハザークは驚いて
長椅子で体を起こした。
「どうしたんだ？」
ゆりはしくしく泣きながらハザークの横に座った。今左目は普通の黒い目に戻っている。
「王様が・・・王様が・・・」
「王と何かあったのか？」
「何か・・・」
ん？あれ？
そこでゆりははっと上を向いた。別に泣くようなことはなかったはずだが、何でこんなに悲しんで泣いているのか自分で
もよくわからない。
ゆりが首をかしげだし、ハザークも首をかしげた。
「別に何もなかったです」
「じゃあなんで泣いたんだ？」
「なんで泣いたんでしょう？？？」
「我がお前に聞いてるんだが？？？」
「その前に私どうやってここにきたんでしょう？？？」
さらに首をかしげてゆりは聞いた。
「さあ？？？？」
「変だなあ・・・・」
ゆりは涙をふいた。
妊娠のせいで情緒不安定になってるのかも？？？
夕方、ゆりが食堂で食事を食べた後、子供達としゃべっていたらラクシュミが現れた。
「ゆり、ちょっと来い」
「はい」
ラクシュミはゆりに触れて休憩室まで移動した。
「王様、さっきはごめんなさい。私、わけもわからないままに泣いちゃって・・・」
ゆりが申し訳なさそうにいった。
「何か理由があったわけじゃないんならいいんだが・・・」
ラクシュミもゆりの侍女を呼んでゆりの状態を聞いたりしたのだが、部屋では機嫌がよさそうにしていたというし、
何かあったわけでもなさそうだった。ラクシュミはゆりの左目の辺りに触れて、「ゆり」と呼びかけた。
すると左目が蛇の目にぱっと変わった。
「お前もさっき変だったぞ」
「ごめんなさい。私もよくわかんないんだけど・・・つられちゃって・・・」
「何か思ってることでもあるんじゃないのか？」
「ううん。別に・・・」
こちらのゆりも今は正常のようだ。
「そうか。ならいいが」
ゆりの左目は黒い目に戻った。
「ゆり、今夜から元通り私と寝るか？」
ラクシュミが少し考えていうと、ゆりは目を見開いて、やがてうれしそうにうなずいた。
他の男達にまかせっきりってのもゆりは内心不満なのかもしれない、そう思ったからだった。
夜になり、ゆりは王の寝室でラクシュミの横で寝転んだ。
やっぱり王様の横が一番良いな。王様今日は疲れているだろうから、あんまり気を奪わないようにしなきゃね。
ゆりはそんなことを思いつつ眠りについた。
そして朝になり、目覚めたラクシュミは何気に横にいるゆりを見てぎょっと目を見開いた。ゆりの顔がひどく真っ青に
なっていたからだった。
「ゆり！おいゆり！」
ラクシュミがあわててゆりの身体をゆすると、ゆりはうっすらと目を開けた。
「どうしたんだ。一体！？」
「あれ？」
ラクシュミはゆりの身体を抱き寄せた。体温も低くなっているし気も弱くなっていた。
「私から気を奪え」
「うん・・・」
ラクシュミはしばらくゆりを抱きしめて、気を与え続けた。するとゆりの顔色も少しづつよくなってきた。
「全く驚くじゃないか。お前夜は全然気を奪わなかったな。」
「え・・・そうなの？」
ゆりは夜は無意識に気を奪っているのでそういう自覚はなかった。
「あ・・・もしかして・・・」
「なんだ？」
「・・・なんでもないです・・・」
「なんだ？思いつくことがあるんなら言ってみろ」
「・・・昨日、王様疲れてるからあんまり気を奪わないようにしなきゃって思ったから、そのせいかも」
ゆりがおずおずと言い出すと
「何？」
ラクシュミが眉をひそめた。
「ごめんなさい・・・」
「ばか！私は無理そうなら子供らを呼ぶなり誰か呼ぶなりしたものを・・・」
「ごめんなさーい・・・」
ゆりは子供のように上目遣いの目で謝ったがラクシュミの目は釣りあがったままだった。
「やっぱり元通り男達と寝ろ」
「ええー・・・」
「そして安心して気を奪え」
「ぐす・・・」
「全くもう・・・驚かせおって・・・」
「ごめんなさい」
ゆりは朝食後念のため部屋でシスにべったりくっついて気をもらったのだった。体はちょっとだるかったが、だいぶ普通
の状態に戻っていた。
「あーあ、王様怒っちゃった・・・」
「それは怒るよう。だめだよ。変な遠慮しちゃ」
シスがいった。
「まさか赤ちゃんも遠慮しちゃうなんて思わなかったからさあ・・・」
私が変な事思ったばかりに・・・ごめんね赤ちゃん・・・
ゆりはおなかの中にいるであろう赤ん坊に謝った。
「これで王様と寝れると思ったのになあ・・・」
ゆりはため息をつきつつつぶやいた。
「他の人と寝るのいやなの？」
シスが無邪気な顔で聞いた。
「いやってことはないんだけど・・・いいってことも・・・」
「ふーん？」
最近男達といると変な事になっちゃうんだよなあ・・・
王様にはとても言えやしないけど・・・
その夜、自分の部屋の寝室でミカエルとジュノーを見たゆりははあと大きなため息をついた。
「なんですか？顔を見るなり」
ミカエルがいった。
「だってさあ・・・今日は朝気もらったから大丈夫だと思うんだけどなあ」
「念のためですよ。」
とジュノー。
「さあ、寝ましょう寝ましょう」
ミカエルに促されてゆりは寝転んだ。
寝室がしんと静まり返った頃、ゆりはもぞもぞ動き出してジュノーのシャツをはぐりだし、腰にじかにひっついた。
するとジュノーの両手がゆりの体の方に回ってきた。その上３つ目の手に頭をなでられた。ミカエルもいつの間にやら
ひっついてきている。
「あのー・・・言っておくけど・・・私別にそういう気分になってるわけじゃなくて・・・」
ゆりは引っ付いたままいった。
「じゃあどういう気分なんです？」
ジュノーが聞いた。
「うーん・・・なんというか・・・肌にじかにくっつきたいだけ？いや、くっつきたいのは肌の蛇になのかなあ・・・」
ゆりはちょうどジュノーの腰にいる蛇にくっついていたのでそう感じた。
どうも最近変な衝動にかられてしまうのだ。夜側にいると男の肌にじかにくっつきたくてしょうがない。
この衝動はラクシュミやハザークといる時には起きなかった。ラクシュミは肌に蛇はいないし、ハザークは存在自体が蛇
のせいかもしれないが。
「だからね、決して変な気分になってるわけじゃないんだよ？」
といっても裸に引っ付いている以上あんまり説得力もなかった。男達のほうもそういう気分になってしまうのも無理は
ない。
「まあいいじゃないですか」
「そうですよ。仲良くしましょう」
「うう・・・なんでなんだろ。一晩ごとにそういう気分になっちゃうんだよねえ・・・」
「毎晩じゃないならいいじゃないですか」
ミカエルは言ったが、一晩づつゆりが交代しているのだろうと２人には見当がついていた。
「きっと赤ちゃんがトーと仲良くなりたがってるんですよ」
そういいつつミカエルはゆりのスカートをたくしあげて寝間着を脱がしていた。
「えーなんでもかんでも赤ちゃんのせいにするのもねえ・・・」
それに仲良くするのなら本物のトーと仲良くすればよいようなものだ。
ゆりはぶつくさ言いながらもやっぱり肌にひっつきたくてしょうがなかったのでそのまま引っ付いて、その気になった
男達にいろいろ可愛がられたのだった。
「気持ちいいでしょ？王妃」
「うう・・・」
「いいんですよ。その気になりまくっても」
「うーん・・・」
決してその気になったわけじゃないんだけどなあ・・・
だからといって何もしないで、と拒絶するほど嫌でもなかった。
ゆりはミカエルの身体を回転させて背中にひっついた。
「でもこうやってると安心する」
「胸にひっつかれる方がいいんですが・・・」
「だって蛇ちゃん背中にいるもん」
我ながら変な衝動だと思いつつ、ゆりはその夜ミカエルの背中にくっついて眠りについたのだった。
ああ、こんな日がいつまで続くのかなあ。安定期に入れば落ち着くのかな？
もうしばらくは男達との奇妙な夜が続いていきそうだった。
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