その日、机に向って白い画用紙に絵を描いているナナミをゆりは横でじっと眺めていた。画用紙一杯に描かれている
のは胴体がうねった一匹の大きな蛇である。ナナミは夢中になってその蛇に黄色いクレヨンで色を塗っていた。
肩につくくらいの黒髪は二つに結ばれて、かわいいゴムでくくられていた。黒髪はゆり譲りだが、そのかわいらしい
顔はやはりラクシュミの血だろう。アナスターシャはどっからどうみてもラクシュミの遺伝子がかなり勝っているが
ナナミはそうでもない。肌の色などはゆりと似ていた。
「分かった。この蛇ハザーク様なんだ」
ゆりが指摘するとナナミはうれしそうな顔をした。
「うん。パパ」
「ナナミは絵が上手ねー」
ナナミはハザークのことがかなり好きだ。実の父親であるラクシュミには昼間遊んでもらえないせいもあるだろう。
今でも時々ハザークと一緒にお昼寝している。
「今度お父様も描いてあげたら？喜ぶよ」
ゆりが言うとナナミが「うん」とうなずいた。
そういえばアナスターシャやシスは絵を描いたりってあんまりなかったなあ・・・
ゆりは２人が小さいころを懐かしく思い出しながら思った。二人はかなりの英才教育で小さい頃からいろんな勉強
をさせられていた。はたで見ていてかわいそうなほどだったが、ナナミやロイはあの二人ほど勉強も詰め込まれて
いないようだ。ロイにいたっては勉強の時間になるとすぐに逃げ出してしまうので教師も半分あきらめている。
その時ロイが部屋に入ってきた。見ると顔も服も泥だらけだ。
「あらまあ」
ロイの後ろにはイシュタールもいた。今日はイシュタールがロイのお守りをしていたようだ。
ロイは両手を後ろに回して何か袋を持っていたので、ゆりは猛烈に嫌な予感がした。床につくほど大きい袋だ。
「ウニャ、ギュワ」とかいう変な鳴き声も聴こえてくる。
「今日は何を捕ってきたのかな？」
ゆりが恐る恐る聞くとロイが「えへへ」と微笑んだ。
「えーと・・・えーと・・・なんだっけ？」
ロイがイシュタールを見上げた。
「実は・・・メメントなんですよ。王妃が食べるという話を聞いたロイ様が、どうしても自分で捕りたいと
おっしゃって・・・」
とイシュタール。
「メメント？」
「うん。はい。」
ロイは近づいてきてゆりに皮袋を渡した。皮袋はかなり激しく動いていた。
「わーすごーい。ロイ、自分で捕まえたの？すごいねー」
ゆりの顔はちょっと引きつっていたが、それでもこれはほめなければと思い、笑みを作ってロイをほめた。
「えへへへ。ちょっと難しかった。ねえ、見て、見て！」
ロイは目を輝かせている。
やっぱり見なきゃだめ？
ゆりはメメントを最近また食べだしてはいたが、最初の時以来生きている姿を見てはいなかった。あまり食欲をそそ
る姿をしていないからだ。子供のためでなければ、絶対に食べることはなかっただろう。
正直見たくなかったが、ここで見ないとロイが傷ついてしまうかもしれない、そう思い、ゆりは恐る恐る袋をあけ
て、すぐに閉めた。
中には丸っこい顔の黒っぽい生き物がいた。
「わーすごい大きいね。後でじっくり見るからね」
「うん。今晩赤ちゃんと食べてね」
「楽しみねー。ははは」
「ロイ様、身体を洗いましょう」
侍女に言われてロイは部屋を出て行った。
「大丈夫ですか？王妃」
イシュタールが伺うように聞いた。
「うん・・・久しぶりに見ちゃったよ・・・」
「ロイ様は優しいところがありますね。王妃と赤ちゃんのためになんて・・・」
イシュタールはロイの優しさに感じ入ったようだ。
「優しいのはいいけどね・・・」
自分のために必死になって捕まえてくれたと思うとゆりもうれしかったが、思いはちょっと複雑だった。
これを夜食べる気にはあんまりなれないんだけどなあ・・・
ゆりは元気にわさわさ動いている皮袋を眺めつつ思ったのだった。
第４話
「ねえマー、おいしい？おいしい？」
夕食の時間、ゆりの横でロイが目を輝かせて聞いていた。
「おいしいよ。ロイ」
今日のゆりの夕食のおかずのメインは、愛息が捕って来たメメントのから揚げである。他の子供達は普通の鳥の
ソテーだった。王族とはいっても毎日毎日大御馳走ばかり食べてはいない。
「ちょっと食べてみる？」
ゆりがロイに聞くと、ロイは「いらない」と即答した。
こいつは・・・・
ゆりは頬を引きつらせつつメメントにかじりついた。上の３人の子供達はくすくす笑っている。
「マー本当においちいの？」
ナナミがゆりに聞いた。ナナミは昼間メメントを見たがったので見せてあげたのだ。かなりぎょっとしていた。
「うん。おいしいよ。」
「ふーん・・・」
ナナミも食べたいとまでは思わないようだ。
実際メメントはあんまりおいしいものではないのだが、料理人も結構研究してくれてるようで、普通に食べるには
嫌でもない。ただ鳥の方がやはりおいしいのだが。
「私はあれを食べるのはやだなあ・・・」
アナスターシャがぼそりといった。
「姉様も大人になって妊娠したら食べなきゃいけないんじゃない？」
シスが指摘するとアナスターシャがガーンと口を開けた。
「その時にはお母さんが料理してあげるね」
ゆりがにんまり笑っていった。
「ラギ、その時までにメメントに変わる食べ物を研究しておいてよ」
アナスターシャがラギにいった。
「メメントに変わるものかあ・・・・」
侍女がテーブルの上に果物のかごを置いていった。
ゆりは緑の松ぼっくりのような形をした果物をとって一枚一枚果肉をはいでいき、口に入れた。前に蛇がくれた
贈り物の中にあったものだが、意外においしくてはまっていたのだ。サジルの実という。
果肉はアロエのような感じだが、甘みがあっておいしい。だけどちょっと苦味もあるので子供よりも大人向けの
果物だろう。
「それって前に蛇がくれた果物だね」
とラギが指摘した。
「うん。これ結構好きなの」
「調べたらさ、結構体にいいようだよ。胃腸の調子を整える働きがあるんだって」
「ふーん・・・」
「妊婦の栄養にもいいとかあるのかな？」
シスが聞いた。
「どうかなあ？最近はいろんなものがあるからあえて栽培もしてないみたいだけどね。田舎の方で食べるくらい
なんだって」
「母様の胃腸を心配した蛇がくれたとか？」
とアナスターシャ。
「食べ過ぎた時にいいのかもね」
シスはサジルの実を一個取り、果肉を一枚口に入れてみた。
「ちょっと苦いね」
シスが顔をしかめつついった。
「この苦味が大人の味なの」
とゆり。
「ふーん・・・」
「あーおいしかった。御馳走様でした」
ゆりは果物も食べ終わるとみんなに「じゃあね」と言って食堂を出て行った。
「ねえラギ、赤ちゃんいる気配感じる？」
ゆりがいなくなった所でアナスターシャが聞いた。
「ん？うーん、微妙にだけど・・・妙に弱いのが気になる所だなあ・・」
ラギがちょっと心配げにいった。
「そう・・・」
「まだまだ油断はならないってことなのかな？」
「元気に育つといいなあ・・・」
アナスターシャの言葉にシスとラギがうなずいた。
その夜はゆりはハザークと一緒に寝る予定の日だった。毎晩男達と寝ているが、気をもらったりもらわなかったりで
毎晩もらいまくってるわけでもないようだ。それでも男達と引っ付いて寝ていると、無意識の内に多少なりとも気
を奪っていることになっているのだが。
ハザークの寝室で、普通に横に寝転んでいたゆりだったが、真夜中になると、やはりハザークの体の上にべったり
覆いかぶさっていた。
やっぱりこうなるのか・・・
ハザークもすでにあきらめムードだ。蛇に変化してしまいたかったが、蛇のままだと気をやれないので、しばらくは
我慢しなければならない。体重がそのまま体にかかっているのでかなり重かった。
「ドクリ」
何かの音が聞こえてきてハザークは「ん？」と耳をすませた。
「ドクリ、ドクリ、ドクドクドク・・・ドクリ・・・」
その音はゆりの体の中から聞こえてくるようだった。ハザークはゆりの身体を横によけて耳を澄ませてみた。
「ドクリ・・・ドクドク・・・・ドクリ・・・」
音はおなかの辺りから聞こえてくる。鼓動のようだったが、ひどく不規則だった。
ー王、ちょっとこっちに来てくれないか？
ハザークはラクシュミに思念を送った。すると寝間着姿のラクシュミが寝室の方に飛んできた。
「どうしたんだ？」
「王妃のおなかからすごく大きな音が聞こえる」
「ん？」
ラクシュミはゆりのおなかに耳を寄せてみた。
「ドクリ・・・・・ドクドク・・・・ドクドク・・・・・」
「本当だ。」
しばらく耳を澄ませていたら、その音は弱くなってきた。どうにも嫌な感じがする。
「む・・・気を与えてみようか」
ラクシュミはゆりのおなかに手をあてて気を送ってみた。
「ドクドク・・・・ドクドク・・・」
すると音がちょっと大きくなってきた。
「うーん・・・気が欲しいのかな？」
「そうなのか？我もやってみよう」
２人でおなかに手をあてて気を送ってみると、やがて鼓動は規則正しい音に変わってきた。
「ドクドクドクドク・・・」
「安定したようだな」
「そうか・・・」
「今回の子供は今までとちょっと違うようだな」
ラクシュミがそう言ってゆりのおなかをなでた時、ゆりの肌にぱっと一匹の蛇が浮かび、二人ともぎょっと目を
見開いた。
どちらも肌にいる蛇なら服を通して見ることができるのだ。
「これは・・・」
ラクシュミはあわててゆりの服をめくって肌を見た。おなかから胸にかけて浮かんでいる蛇の鱗は、宝石のように
いろんな色にきらきら輝いていた。
「・・・・虹の蛇・・・」
ハザークがそれを見てつぶやいた。やがて蛇は薄れて消えてしまった。
ラクシュミはゆりの服を元に戻した。
「前にゆりがこっちの人間に変化した時に見た蛇紋に似てるな」
ラクシュミがいった。厳格にいえば虹の色ではない。金、赤、青、緑、紫、黒、その色は、男達の気の色に違いない。
「どうしてあんな蛇が浮かんだんだ？」
ハザークが不思議そうに聞いた。
「さあ・・・赤ん坊の王族の力が強い証拠ではないのか？」
王が変化する時には体に様々な色の鱗が浮かぶが、それを蛇にしたような感じでもあった。
「・・・・」
「赤ん坊の力が少し強くなってきたようだな。」
おなかの鼓動も今は聞こえない。だが、ゆりのおなかの中に生命が宿っているのを今ははっきりと感じる。
安定期まではまだ早いが、第一段階は突破したということなのだろうか。
「あれが今回の蛇紋なのか？」
ハザークが聞いた。
「蛇紋はまだ見えないな。」
「そうか・・・・美しい蛇だった。」
「そうだな・・・」
２人はしみじみと言いつつゆりの顔を眺めた。
ゆりは安堵した表情ですやすや眠っていた。
朝、目覚めたゆりは不思議な光景を見た。右を見るとラクシュミが眠っていた。そして左を見るとハザークが
眠っている。
え？あれ？なんでこんなことに？？？？
ゆりは大きく首をかしげつつ、何度も何度も２人を交互に見たのだった。