虎の一族のタロウが蛇の国に行った翌朝、虎の国ではガット、アヤコ、その娘ルルが朝食を食べておりました。
「タロウがいないとなんだか部屋が広く感じるわね」
アヤコがちょっと寂しそうに部屋を見回して言った。
「おにいちゃまはいつ帰ってくるんですか？」
幼いルルがアヤコに聞いた。金髪のおかっぱの女の子だ。瞳もガット譲りの金色。虎の一族の子供は見た目大きく
なるのが早いのでゆりの子供のナナミよりもかなりでかい。蛇の一族では10歳でもおかしくないがこれでもまだ
5歳弱だ。
「さあねえ、案外寂しくなって今日にでも帰ってきたら笑っちゃうけどね」
とアヤコ。なにせタロウは国外に出るのは初めての経験だった。図体はでかいがまだ子供。そういう事もありえる
だろう。
2人の前ではガットがむしゃむしゃと鳥の丸焼きを食べていた。時々ぼりぼりと骨を噛み砕く音が聞こえる。
一方アヤコとルルは鳥肉が入ったスープと丸いパンを食べている。
「おばかさんのままでもいいから早く会いたいです」
とルルが言った。
「うーん。ちょっとはましになって帰ってきて欲しいけどねえ。私としては」
「ボリボリボリボリ」（ガットが鳥の骨をかじっている音）
「ラギ君に刺激されればいいけど」
「ボリボリ」
最近では勉強の事になるとすぐアヤコの怒りがＭＡＸになってしまうため、しばらくは離れて暮らすのもお互いのた
めにいいかもしれないと思っていた。
アヤコとて別にタロウを学者にしたいわけではない。ただ、もう少しだけまともになってほしいだけだ。
この国にいると友人らも似たような者が多いのでなかなか勉強する気にもなれない。他の国に行けば少しは
やる気になるかもしれないというひそかな願望もあった。
全く騙されちゃったわよ。虎族の子供は勉強は10歳くらいからなんていわれて間に受けてたら、いざその年齢に
なっても勉強なんて全然しやしないんだから・・・・
この世界の者は寿命も長く、子供時代も40年以上あるためにそういうものかとアヤコは思っていたが、ゆりとの
文通でどうも違うらしい、という事がわかっていた。10歳になっていざ勉強となっても、勉強の歩みはやけにのん
びりで、学校ではのんきに昼寝の時間まである。しかも授業の半分以上は体育のようなものだった。
子供は強くたくましく、が虎の一族のモットーだが、身長が180センチにもなる息子が数もろくにわからないんじゃ
アヤコとしても将来が心配だ。いくら王族だから将来生活に困らないとはいっても、物には限度ってものがある。
「王族だからこそ、ちょっとは頭も使えるようにならないといけないと思うわけよ。私としては」
アヤコは独り言のようにいった。この国では力が一番というようなところがあり、力が強い者ほど尊敬されるような
傾向がある。赤の他人ならともかく、自分の息子が力だけなのはどうにもほっておけない。
目の前のガットはアヤコの言葉は全然聞いていない。食べる事に100パーセント集中しているようだ。
大体ガット自体、頭使ってるの見たことないからなあ・・・・
アヤコはため息をつきつつ目の前にいる自分の夫を見た。
これだから他の一族の者に脳みそも筋肉でできている、なんてばかにされるのよねー。全く。
全ての食べ物を平らげたガットは満足そうにぺろりと舌で口の周りをなめてアヤコを見た。
「ん？どうしたんだ？そんなに熱く見つめて・・・」
「全然熱くないわよ」
「またまたー朝から熱烈に愛し合いたいわ、とか思ってるくせに」
ガットがにまにま笑って言った。
「全然思ってないわよ」
「もーアヤコちゃんたら・・・」
「ルル、今日はお父様にお勉強教えてあげたら？」
アヤコが横にちょこんと座っているルルに言った。
「いいですよ。一緒におべんきょするです」
ルルがかわいらしく言った。
「やだなあ。ルルに教えてもらうほど俺はおばかさんじゃないぞ」
ガットははははと笑っている。
「ルルはもう文字だって全部書けるし一桁の掛け算だって勉強してるのよ」
「え・・・・か・・・掛け算って・・・30歳くらいで習うやつじゃなかったっけ・・・」
ガットの顔が引きつった。
「あーよかった。ルルの賢いのは私に似たのよねー。」
アヤコはルルの頭をなでた。タロウのような間違いはしないようにと、妹のルルにはアヤコが自分でお勉強を
教えていた。
勉強になると集中力がまるでないタロウと違い、ルルは小さくてもかなり集中力があり、お勉強にも興味を
示していた。覚えもいいし、賢い。将来はかなり有望だ。
「ににんがしーにさんがろくー・・・・」
「すごい！さすがアヤコの娘だ！それじゃ俺はこれで」
ガットは逃げるように部屋を出て行ってしまった。
「王族がこれで国が傾かないのが不思議だわ」
アヤコは心底疑問に思い首をかしげたのだった。
第11話
「え？タロウ様がいらっしゃったんですか？」
その日、シスとアナスターシャの剣術の指南役としてやってきていたイシュタールが驚きの表情と共に聞いた。
「そうだよ。すっごい食欲だね。僕びっくりしたよ」
シスが上体を前に曲げながら言った。シスもアナスターシャも稽古前の準備運動をしている。3人がいたのは
戦士達が訓練する建物の中の一部屋だった。
「私はなぜか男にされるし」
とアナスターシャ。
「鏡では会ったことあるけど、実際に会うとすごいね。僕らとそんなに年変わらないのにさ」
「本当にねー。」
「それで何をしにいらしたのですか？」
イシュタールが聞いた。
「お勉強だってさ」
「お勉強？」
「ラギが頭悩ませてたよ。ふふふ。」
シスがおかしそうに言った。虎の国では何人もの教師がさじを投げてしまったらしい。それなのにラギにお勉強を
教える事ができるのか、シスとしても気になる所だ。
「虎の国では勉強できないんですか？」
「侍女さんのお話では、虎の国だとすぐ仲間と遊びに行っちゃうからだって。最近アヤコさんの機嫌が悪いんだって
さ」
シスが上体を横に曲げながら説明した。
「ルルちゃんがかなり知能高いみたいだから、余計タロウさんにがみがみ言いたくなるみたい」
「そうなんですか・・・滞在中にお暇があればお相手していただきたいんですがねー」
イシュタールの目が少年のように輝いていた。
「相手って、剣？」
アナスターシャが聞いた。
「虎の一族は体術が発達してるんですよ。魔力はなくても戦いとなるとすごい力を発揮しますからね。子供といえど
も王族ですし、是非お相手していただきたいですね」
「しばらくいるみたいだから大丈夫じゃない？」
「そうですか。楽しみですね」
イシュタールは心底うれしそうだった。
一方、城の中では全く勉強に集中しようとしないタロウにラギは頭を悩ませていた。
全く困った人だなーと思いつつ、ラギはタロウのことが別に嫌いではないしばかにしてもいない。虎の国に行った
時はかなりお世話になったし（何度か危ない目にもあったが）普段は優しくて年下の者達にも慕われていた。
それに勉強はできなくてもタロウには稀に見る力がある。
天は二物を与えず、というのならば、少々勉強はできなくてもいいんじゃないかとラギでさえ感じていた。
「なあ、勉強ってなんで必要なんだ？」
タロウが真面目な顔でラギに聞いた。
「こういう事聞くとお母さんはすぐ怒るんだよなー。日常生活に別にいらないと思うんだけどなー」
「知らないことを学ぶって面白いと思うけどなあ」
「全然面白くない」
「虎の国の歴史とか、興味ない？」
「歴史？父さんはいつも過去は振り返るな。前を見て生きろって言ってるけど」
「・・・・（ちょっと意味違うような・・・）地理とかも面白いんだけどねえ。たとえば、虎の国でも北と南じゃ
かなり温度差があるでしょ。それがなぜかとか。農作物はどうやって実っているのか、とか、花はどうやって咲く
のか、とか考えたらきりがないよ」
「農作物は神様が実らしてるんじゃないの？」
タロウは真面目な顔で聞いた。
「そりゃ、まあ神様も関係してるけど・・・」
「父さんが、難しい事は全部神様の仕業だって言ってたよ」
「まあ、あながち間違いでもないけど・・・（それじゃあ勉強にならないじゃん）じゃあタロウさんが一番興味
あることって何？」
「そりゃあ、体を鍛えることさ。大人になったら絶対父さんよりすごくなってやる」
タロウは金色の瞳を輝かせて拳を握り締めた。
「そうなんだ・・・がんばってね」
としかラギもいいようがない。
「あ、そうだ。一つ大きな疑問があった」
タロウが手をたたいて言った。
「何？」
「子供ってどうやってできる？」
「え・・・」
ラギの顔が引きつった。
「誰に聞いても詳しく教えてくれないんだよな。ルルが産まれた時から疑問だったんだ。オスの虎とメスの虎が
引っ付いてるのは見た事あるけど、あれで子供ってできるのか？人間も同じことするのか？」
タロウは真面目な顔で聞いていた。
「さあ・・・・そういう事は大人の人に聞いた方がいいんじゃないのかな。」
「大人に聞いたら皆まだ知らなくていいっていうんだよなあ・・・」
「・・・僕もそれについてはよく知らないし・・・」
「そうなのか。ラギにも知らないことあんのか」
「そりゃあるさ。一杯あるよう。ははは」
多少の知識はあったものの、まさかそんなことを真面目に自分の口からべらべら教えるわけにもいかず、
引きつった顔で笑ってごまかしたラギだった。
午後、ゆりが「ラギ、ちゃんとお勉強教えてるのかしらん」とナナミをだっこして様子を見に行った。
丸いテーブルに両肘をついたタロウと、向い側にラギが座り、少し離れた所にタロウの侍女がいて勉強の様子を
眺めている。侍女はゆりを見ると頭を下げたので、ゆりは侍女に近づいて行った。
「真面目にやってるのねえ」
ゆりが小声で猫族の侍女に言った。
「はい、こんなに長時間椅子に座っているタロウ様を見るのは初めてです」
侍女はうれしそうだった。
一体何の勉強をしてるんだろう？
ゆりはこっそりとタロウの横の方からテーブルをのぞいた。テーブルには虎の形をした紙が一杯置かれていた。
「こっちの草むらには虎が８頭います。そしてこっちの草むらには虎が１６頭います。合わせて何頭いるでしょう」
ラギは真面目な顔でタロウに言っていた。タロウは指で紙をさしながら数を数えている。
え？お勉強って・・・・まだこのレベル？！
ゆりは思わず唖然とした。
「１６、１７、１８、」
ゆりにだっこされているナナミが数を数えだしたので、ゆりはあわててナナミの口を手でふさいだ。
「うにゅ、うにゅ、うにゅ・・・」
「わかった！24頭だ！」
タロウが目を輝かせて言うと、ラギが「正解だよ」と言った。
侍女がぱちぱちと両手をたたいている。
「すごいです。タロウ様！」
「やった。あってた！というわけで今日のお勉強はこれで・・・」
「だめだめ。まだまだまだまだ」
逃げようとしたタロウにラギがすかさず言った。
「えー・・・・」
「この２４頭の虎の中でオスは１１頭いました。メスは何頭でしょう？」
「この紙でオスとメスあったのか？」
タロウはまじまじと紙を眺めていた。どれも同じ紙だ。
「仮にだよ。仮に。メスは何頭だ」
「うーんと・・・」
こりゃ大変だ・・・・
ゆりは邪魔にならないようにそっと出て行った。
「うにゅにゅにゅ」
「あ、ごめんごめん」
扉の外にでてゆりがようやくナナミの口から手を離した。
「ナナミも一緒にお勉強したいなあ」
「お兄ちゃんの邪魔しちゃだめなの。」
「ちぇー・・・」
「お勉強ならお母さんが一緒にしてあげるから。」
「楽しそうだったなあ。虎」
ゆりはナナミを下ろして一緒にナナミの部屋に向った。
まあ、外見で判断しちゃいけないんだろうな。タロウ君はまだ子供だし、虎の国はあんまり早いうちから勉強
しないようだし・・・・アヤコさんがふがいなく思うのもわかるけど・・・
外見が完全に大人に見えるからえっと思ってしまうが、虎の一族ではそんなに変な事でもないのかもしれないと
ゆりは思い直した。
「それじゃね、この13頭のメスがそれぞれ一頭ずつ子供を産みました。全部で何頭になるでしょう」
お勉強は続いていた。
「え？虎って２頭以上子供産むことが多いんだけどなあ・・・」
とタロウ。
「じゃあそれぞれ２頭づつ産んでもいいけど」
そうラギが言うとタロウはぎょっと顔をしかめて、「やっぱり一頭でもいいか」と言った。
「えーと・・・えーと・・・うーん・・・」
タロウが頭を悩ませていると、ぱっと部屋の中に黒髪の男の子がやってきた。
「お兄ちゃん、あそぼー！」
やってきたのはロイだった。ロイはタロウの横に移動した。
「お、遊ぼう遊ぼう。それじゃな。お世話になってるから子守しないと！」
タロウはやったとばかりに言ってロイを連れて部屋から出て行った。
「あーあ、いい所だったのにー」
ラギは口を尖らせている。
「でも今日一日でだいぶ賢くなられましたわ。さすがラギ様ですねー」
侍女は尊敬の眼差しでラギを見つめていた。
「虎とか敵とか食べ物で問題出すと集中するみたいだねえ・・・」
勉強も実用的でないと実が入らないという事に気づいたラギは、虎に置き換えて算数を教えていたのだった。
「今の内に鳥の丸焼きの絵でも描くか・・・」
ラギはいそいそと画用紙を取り出した。
「お手伝いしますね」
侍女がいい、ラギは二人で算数用のイラストを描きだしたのだった。
一方、タロウはロイを肩車してさっさと城の正門の方から結界の外に出て行ってしまっている。正門にいた門番達は
えっ？と思ったが、一応城の方に報告して引き止めなかった。ロイの場合は引き止めても無駄だという事はすでに
分かっている。
「何して遊ぶんだ？」
タロウがロイに聞いた。
「んー鬼ごっこ」
「オニごっこって？」
「1人が逃げて一人が追いかけるんだよ。それでつかまったら交代するの」
とロイが説明した。
「ああ、虎追いみたいなものかあ。逃げるって瞬間移動で逃げるのか？」
「うん。僕まだそんなに走れないもん」
「瞬間移動かあ・・・ここではそんなに移動できないんだよな。それじゃ僕は走って追いかけるからお前は
瞬間移動で逃げてもいいぞ。でもあんまり遠くに行っちゃだめだからな。姿が見える範囲で移動するんだぞ」
「わかったよーじゃあこっちこっち」
ロイはタロウの肩から離れてふわふわ横手の森の方に飛んで行った。
「こういうのもなんだか楽しいですね」
言ったのはゆりの侍女ミラだった。タロウの侍女ラミアの横に並び、ラギと3人で紙に絵を描いて切り取っている。
2人はラギが虎の国に行った時に知り合った仲だった。年はミラの方がずっと上なのだが、猫の一族はあんまり
外見が変わらないため、大差なく見える。
絵には鳥の丸焼きやら豚っぽい動物の丸焼きやら、猫までいた。
「長老様お元気です？」
ミラがラミアに聞いた。長老というのは虎の国の猫の街に住んでいる齢500を超える老人の事だ。
「お元気ですよ。まだまだ目も耳も口も達者ですよ」
ラミアが言った。
「あのでかい老猫も元気？」
ラギが聞いた。猫の街には当然猫が一杯いる。虎の半分ほどの大きさの猫だっているのだ。虎は猫を仲間だと認識
しているので猫を食べたり攻撃する事はない。ラギは猫の街で１０００歳になるという真っ白な猫に出合ったのだ
った。
猫もそれくらい生きると魔力を持つようだ。人に変化したりはしないのだが、たまにふいっと瞬間移動するらしい。
ちなみに蛇の国に虎は一頭もいないのだが、街の方には猫は結構いる。
「元気ですよ。」
「よかった」
その時部屋の扉がノックされてジュノーがやってきた。
「失礼します。ロイ様を迎えに来たんですがいらっしゃらないんですよ。御存知ですか？」
ジュノーがラギに聞いた。
「ロイならタロウさんと遊びに行ったよ」
「え？どちらにですか？」
「さあ、どっかそこらの森でも行ったんじゃないのかなあ・・・」
ラギは気楽にいいつつはさみで紙を切っていた。
「お２人でですか？大丈夫ですか？」
「大丈夫だよ。」
とラギ。
「はあ・・・・」
ミラもラミアも心配する様子もない。
ジュノーが他の者に思念を飛ばしてみると、だれか２人を見つけた者がいたようだった。追いかけっこをして遊ん
でいるらしい。見張りがいるなら大丈夫だろうとジュノーもほっとした。
ジュノーは三人で何をしているんだろうとテーブルに近づいた。
「おやおや、ラギ様ったらこういう子供っぽい事もするんですねえ・・・」
一杯切り取られたイラストを眺めつつジュノーが微笑んだのだった。
夕方になるとロイとタロウは無事城に帰ってきた。
どこか怪我をした様子もない。
夕食後、食堂で御馳走を平らげてまったりしているタロウの肩をラギがぽんとたたいた。
「ちょっと休んだらお勉強しようね」
「えーまた！？昼間あんなにしたのに！」
「せっかくだからしようよ。絵も一杯描いたし」
「僕もう眠いし・・・」
ご飯を食べていたロイも眠そうな顔をしていた。二人でどれだけ遊んだんだろうとラギは思った。
「タロウ君、力が強い上にお勉強までできると、女の子にもってもてよ」
蛇目のゆりが言った。
「もってもて？」
「キャータロウ様素敵って女の子達に言われまくるわよ〜」
「はあ」
「ルルちゃんにもお兄様素敵って言われるわよ」
「はあ・・・」
「アヤコさんだってご機嫌よ」
「はあ・・・」
最後の「はあ」にはため息が混じっていた。
「そんじゃ行こうか」
ラギが笑顔で言った。
「え？！もう！ラギって学校の先生より容赦ないな！」
タロウが非難の声をあげた。
「だって、僕はずっと教えてあげられるわけじゃないしお勉強は日々の積み重ねだよ。忘れない内にやらないとね」
「はあ・・・・」
「勉強してるタロウ君かっこいいわよ。がんばって」
ゆりも励ますようにいい、タロウは渋い顔で食堂を出て行った。
「なんだかタロウさんってかわいいね」
シスが笑みを浮かべつつ言った。図体はでかくてもちゃんとラギの言うことを聞いているところがかわいらしい。
「本人だってもうちょっとどうにかしたいと思ってるんじゃない？だから素直に授業受けてるんだと思うけど。ルル
ちゃんに先越されるんじゃさすがにお兄ちゃんとして立場ないし」
もうすでに越されるほどルルの頭がいいとはゆりも知らなかった。
「僕も何か手伝おう」
シスも食堂を出て行った。
「いいなあ、虎の国には古代語の授業とかなくってさ」
アナスターシャがうらやましげにつぶやいた。
客間では、ラギがテーブルの上に猫の紙を一杯並べ、それをしげしげと見つめたタロウが言った。
「あ、この猫はメスだ」
「オスでもメスでもどっちでもいいから。それじゃはじめるよー」
「うー・・・」
こうしてラギの授業は今夜も続いたのだった。
その頃、王の休憩室には北の将軍ヴィクターが訪れてラクシュミと一緒に酒を飲んでいた。
「とにかくすごかったですよ。拳のめり込み方が・・・」
「想像するだけで痛そうだな・・・」
話題は今日の敵のことだ。タロウとロイが遊んでいた付近に伸びていた敵の顔には拳がめり込んだ痕が残っていた
のだった。明らかにやったのはタロウしかいない。敵は５人もいたが、いずれも歯は折れていたし、顔の骨も折れて
いそうだった。しかも一瞬でやられたようだ。
「さすが子供でもすごいな。虎の一族は・・・」
ラクシュミが感心するように言った。
「本当ですね・・・まあタロウ様は王族ですから、普通の子供よりもさらにすごいのでしょうが・・・」
やっぱり敵に回したくないな、と二人は思った。あのバカ力は正直怖い。虎の一族が好戦的な一族でなくてよかった
と思う二人だった。
その時扉がノックされてミカエルが入ってきた。
「将軍いらしてたんですか」
「ああ」
ミカエルは部屋に入ってきて、なにやらうらめしげにラクシュミを見ていた。
「なんだ？」
「王はひどい。エルバートを王妃の恋人にする気ですね」
「ん？」
「あれほど言ったのに・・・」
ミカエルは渋い顔で勝手に棚から杯を取り、酒を注いで飲んだ。
「私は知らんぞ。ゆりが勝手に気もらっただけで。それに別室にはまだ行ってないようだぞ」
ラクシュミが言った。
「そんなの時間の問題じゃないんですか？」
とミカエル。
「エルバートがまだ赤い月に反応しないから王妃に刺激させようと思って・・・」
「何もしてないというに」
「ははは、お前自分に自信がないんだな。そりゃ面白くないよなー王妃のお気に入りの座はシャナーンに
取られ、その上エルバートにまで抜かれたんじゃ・・・」
ヴィクターが笑いつつ言った。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。私はまだシャナーンに抜かれてないですよ」
ミカエルがあわてて言った。
「え？とっくに抜かれたんじゃないのか？」
「抜かれてないですよ」
ミカエルは力を込めて反論した。
「巷の噂ではそうなってるぞ」
「嘘！将軍がばらまいたんでしょ！」
「私が？そんなことするもんか。ははは」
といいつつどこか怪しい笑みだった。
「そうなのか？」
とラクシュミ。
「違います。王まで変な事言わないでくださいよ。何で私があんな小僧に負けなきゃならないんです」
「内心やばいと思ってるくせに」
ヴィクターがぼそりと言った。
「思ってないです！」
「ならいいじゃないか。王妃がどれだけ恋人増やそうが」
「ぐ・・・」
「シャナーンもエルバートもお前にはない爽やかさがあるからな。そこが王妃には受けるかもな」
「私だってまだまだ爽やかですよ」
ミカエルが真顔で言うと、ラクシュミがぷっと笑った。
「ひどい・・・」
その時、「王様〜」といいつつ黒目のゆりが部屋に入ってきた。ゆりは中にいた３人を見てなにやら不穏な空気を
感じ取った。
「ねえ王妃、王妃の今のお気に入りは私ですよね」
ミカエルが命一杯爽やかそうに微笑んで聞いた。
「え・・・」
「王妃、いいんですよ。シャナーンだってはっきり言ったほうがミカエルのためですよ」
とヴィクター。
「え・・・」
「どっちなんだ？」
とラクシュミまで聞き出した。
「それじゃさようなら」
ゆりは逃げるように部屋を出て行った。
「あ、王妃！何で逃げるんです！」
とミカエルも出て行った。
「なんで私だって言ってくれないんですー」
ミカエルははぶてるようにゆりの後ろをついていっている。
「皆平等なの！」
「えー・・・私が一番王妃の事愛してるのに。明日休みなんで部屋にいてくださいね」
「明日はだめ」
「なぜです？」
「なぜって・・・・もう約束が・・・」
ゆりはちょっと困った顔をした。
「誰です」
「・・・・」
「シャナーンですね。あいつには何か仕事を与えておこう」
ミカエルが苦い顔で言った。
「えーそんな嫌がらせしちゃかわいそうでしょ」
「私だって可愛そうですよ。王妃にそっけなくされて」
「全然かわいそうじゃないよ」
「何廊下で言い合ってるんですか？」
呆れたような顔で現れたのはハインリヒだった。
「王妃、私明日休みなんですよ。午後部屋にいてくださいね」
ハインリヒがゆりに言った。
「え・・・」
「だめだ。王妃は私と過ごすんだ」
とミカエル。
「いや・・・私はシャナーンと・・・」
「なら３人仲良く王妃と過ごしましょう」
ハインリヒが笑顔で言った。
「はー？？？嫌よ！なんで！２人は今度にしてよ」
「明日がいいんですもん」
「私だって明日がいい」
「いい年した大人がわがまま言わないで」
「それなら譲歩して今からでもいいですよ」
ハインリヒが言った。
「え・・・今？もう夜だし・・・」
廊下から見える窓の外はもう暗い。
「王と寝るまでにはまだだいぶあるでしょ」
「じゃあ私も今からでいいです」
ミカエルまで言い出してゆりはぎょっとした。
シャナーンと２人きりもいやだがハインリヒと二人きりも見逃したくないミカエルだった。
「それじゃとっとといきましょう」
「えー！！！なんで毎度こうなるの！？」
絶叫は全く無視されて、夜なのに別室に連れ込まれてしまったゆりだった。
「かっわいい蛇ちゃん出ておいで♪」
「やっぱりシャナーンの方がお気に入り」
ゆりがむくれて言うと、
「いいですよ。私の事嫌いになってくれても。その代わり抱いちゃうから」
とミカエルが笑顔で言った。
「うげ」
「そういう理屈？ミカエルが抱くんなら私だって抱きたいなあ」
とハインリヒ。なんだか２人の顔つきが怪しくなっている。
「・・・・やっぱりミカエルが一番。口で言わなくても分かってるくせにい」
ゆりは引きつった笑いを浮かべて肘でミカエルの胸をこづいた。
「やっぱりそうですよね」
「うん。ハインリヒは二番目に大好き」
「つまらないなあ・・・」
「つまんなくないの」
ゆりはハインリヒを睨み、「それじゃかるーくいちゃいちゃしましょ」と仕方なくミカエルに言ったのだった。
ああもう、ラギとタロウ君はお勉強してるのに・・・私は何やってるんだか・・・
ゆりは自分でも呆れて思ったが、その頃勉強を始めたタロウは机に付したままぐーぐーいびきをかいて眠ってしま
い、ラギはタロウが全く起きないので仕方なく遊びにきたナナミに算数を教えていたのだった。
横ではシスが眺めている。
「ここに猫さんが３匹います。こっちには４匹の猫さんがいます。あわせたら何匹になるでしょう？」
「７匹ー！」
「正解、ナナミはえらいねー」
「こんなの簡単だもーん」
「じゃあ次はねー・・・」
「グーガーグーガー・・・むにゃむにゃ」
蛇の国は今宵も平和に更けていきました。
すすむ