真夜中から降り続いた雨は、早朝にはすっかりあがっていた。太陽はようやく昇ったばかり。辺りは雨のしずく
できらきら輝いていた。小鳥の鳴き声も聞こえてくる。


その日も早起きしたアナスターシャは着替えて部屋から出るとまっすぐに厩舎の方に向った。
「ヒヒーン！」
「おはよう。プリモ」
厩舎の中にいた白と茶色の天馬はアナスターシャの顔を見るとうれしそうにいなないた。プリモの体つきはすっかり大人
の馬と変わりないくらいに大きくなっている。白と茶色が混じった翼も立派に大きくなっているが、時々低空飛行をする
くらいで大空を翔るというところまではいってない。それでもアナスターシャはこのちょっととぼけた顔の天馬がかわい
くて仕方ないようだ。プリモも一番アナスターシャになついている。
「今日も走ろうねー」
アナスターシャはプリモに手綱をつけて外に出して、そのまま闘技場へと移動した。最近では闘技場で早朝プリモに
乗って駆けるのがアナスターシャの日課になっていた。闘技場には朝からトレーニングしてる戦士達もいる。みなアナ
スターシャを見ると笑顔で挨拶してくれた。


「あ・・・・」
戦士の１人が東の空を見て指をさした。他の戦士達も動きを止めて東の空を眺めだし、アナスターシャも空を見上げて
「あっ」と声をあげた。



ーみんなー起きなよーいい物が見れるよー


アナスターシャは城にいる兄弟達に思念を飛ばした。


やがて起きて来たラギとナナミをだっこしたシスは城の外に出て同様に東の空を見上げた。ロイは起きなかったのでまだ
ベッドの上だ。
「見てごらん。ナナミ」
シスに言われてナナミは眠そうに目をこすりながら空を見上げた。
「わあ、おっきいにじ！」
ナナミが空を見てうれしそうに言った。一瞬で眠気が吹っ飛んだようだ。
東の空には巨大な虹がかかっていた。
「本当だね。大きいねー」
「きれいだね。虹の上を歩いて行けそうなくらいだね」
シスに続けてラギが言った。大きな虹はかなり鮮明で、まるでその上を歩いて行けそうなくらいだ。まさに自然の芸術
といえるだろう。
「タロウさんも呼んだ方がよかったかな」
シスがラギに聞くと、
「一応起こしに行ったけど、起きなかったんだよ」とラギが言った。


「にじきれー・・・」
「きれいだねえ」
「朝からいいものが見れたねえ」
３人は微笑んだまましばらく虹を眺めていた。



「そろそろ違う国に行こうか」
空高く、巨大な虹の辺りには、派手な７色の髪をした虹の神ラーズがいた。ラーズの腕の中には小さな虹の女神サーラ
もいる。
サーラは城があるあたりをしきりに指さしていた。
「誰か知り合いでもいるのかい？」
ラーズが聞くとサーラはにこっと微笑んだ。


「さあ。行こう」
ラーズは白い翼をはためかせ、サーラを連れて飛んで行った。


巨大な虹はじょじょに薄まっていき、やがて消えてしまった。早朝虹が見れた者達は、まるで素敵な贈り物をもらった
かのような気分になったのだった。


第12話


タロウが蛇の国にやってきて10日ほどが経過していた。ラギは毎日お勉強をタロウに教えている日々だが、タロウがきて
一番喜んでいるのはロイなのかもしれない。タロウは子供の面倒見がよく、ロイが遊んでというと嫌な顔一つせずに
遊びに付き合ってくれるのだった。ただラギの勉強から逃げているだけなのかもしれないが。


「最近毎朝獣の雄たけびのようなものが聞こえるんだが・・・」
ハザークが部屋で不思議そうにゆりに聞いた。ゆりはこの日ハザークにひっついて気をもらっていたのだ。
「ああ、タロウ君がほえてるんですよ。発声練習みたいです」
とゆりが説明した。ハザークもタロウがこっちに来てることは聞いている。
「発声練習？」
「がおーって。たまに虎の気分になるんでしょうね」
「そうなのか？」
ハザークはてっきり城に獣でもいると思ったようだ。



タロウが蛇の国にきて３日後、ゆりはアヤコと魔法の鏡で話をしていた。迷惑をかけてごめんねーとアヤコは何度も
言っていたがゆり自身が世話をしているわけでもないので別に迷惑でもない。一番大変なのはラギだったが、ラギのこ
とだから勉強を教えながらも虎族の生態について研究でもしているのではないだろうかとゆりは思っていた。


「タロウ君って優しいんですよ。ロイが遊んでもらって喜んでるし。本当にいい子だし」
「ふうん・・・時に王妃、向こう行かないか？」
ハザークは突然話題を変えた。タロウについてはあんまり興味もないようだ。
「向こう？・・・い、いいですよ」
ゆりは突然でびっくりしたが、今日は素直に応じた。
「そうか」
ハザークはゆりと共に寝室の方に移動して、しばしの間２人で仲良くしたのだった。



今日は子供の力をあげてやろう・・・



ハザークはそう思いたち、事が終わった後、横に寄り添うように寝転んでいるゆりのおなかに手をあてた。
「なんだかあったかい・・・」
「そうか」
ゆりは気持ちよくなってそのまま眠ってしまった。
「・・・・」


ハザークが、女のおなかの子供の力をあげることができる、という力に気づいたのは、もうかなり昔の事だった。
なぜそういう力に気づいたのか今となればもう思い出せないが、多分、その時出合った王妃に何かしてやりたいという
思いがあったからだろう。その王妃の顔も名前も覚えてはいない。


こうして産まれた子供には、やはり、何かしらの情を感じるようだ。
大人になったラクシュミでさえいまだに愛し子だと思っているし、ゆりが産んだ双子も可愛いと感じている。
今ゆりが宿している子供にも同じように情を感じることになるのだろう。



ハザークはゆりのおなかから手を離して手を上にあげた。そしてぎょっと目を見開いたのだった。
ハザークの右腕に一匹の蛇が巻きついていたからだ。その蛇は、先ほどゆりの肌に浮かんだ蛇紋と同じ、全長１メートル
ほどの色とりどりのうろこのあるメス蛇だった。
「・・・・」
ハザークは目を見開いたままその蛇をじっと見つめた。蛇はハザークの肩の方に頭を向けて、胴体をぐるりと腕に巻きつ
けていた。そして視線をハザークに向けたのだった。瞳は金色だった。



スキhaat3.gif



「！？」
なにやら好意を示す思念のようなものを感じ取り、ハザークは口をぽかんと開けたまま絶句した。
蛇はするりと腕から離れて、布団の中に入ってしまった。ゆりの肌に戻ったのかもしれない。
「・・・・・」
ハザークはあまりの事に右腕を見つめたまま固まっていた。



しばらくしてゆりが目覚めると、横には金色の大きな蛇が寄り添っていた。
「あらら、いつの間にか寝ちゃった」
ゆりがあくびをしつつ横を見ると、ハザークは、蛇の姿のままじっとゆりを見つめていた。
「？」
その顔の表情があまりに不思議そうだったのでゆりは首をかしげた。
「どうかしたんですか？」
ゆりが聞くと、ハザークは少し首をかしげて、それでもじっとゆりを見つめていた。
「変なハザーク様」
ゆりは体を起こして、「それじゃ失礼しますねー」と言って服を着て寝室を出て行った。



「・・・・」



蛇紋の蛇があのように肌から離れて動くとは・・・・
だが考えてみれば、王妃の蛇は他の男の蛇紋の蛇の子供を産んだほどだし、まあそれを考えれば
たいしたことはないのかも？？？


それにしても・・・器用な女だ・・・



そう思いつつも、しばらくは蛇のまま首をかしげていたハザークだった。



城に戻ったゆりは、双子の部屋に行ってみたが、ロイもナナミも部屋にはいなかったので、そのまま自分の部屋に戻り、
侍女が用意してくれたりんごを食べていた。侍女は果物を置いて出て行ったので部屋にはゆりだけだった。


「前に蛇が持ってきてくれた果物が食べたいなあ・・・・あれどこからもってきたのかなあ」
今晩の食後のデザートにでも用意してもらおうかな・・・・ゆりはそう思いつつリンゴをかじっていたのだが、突然
体がふっと浮いたかと思うとお尻からどさっと落ちた。


「え？」
周りの景色が変わっている。ゆりの右手からリンゴの欠片がついたフォークがぽろりと落ちた。
先ほどまで自分の部屋にいたはずなのだが、なぜか周りには大木が生えているし、地面には濡れた落ち葉がしきつめ
られている。上を見ると葉の間から真っ青な空も見える。
「ここ・・・どこ？」
ゆりは立ち上がったが、後ろのスカートは濡れた落ち葉と土で汚れてしまっていた。



どっからどう見ても外のような気がする・・・・なんで突然来ちゃったんだろう？？？
もしかして私、いつの間にか寝ちゃってて夢見てるのかも？



ゆりはそんな事を思いつつきょろきょろあたりを見回した。森の中といっても辺りに見覚えはない。城の近くでは
ないのかもしれない。ゆりは一本の木に目を留めた。ゆりよりもちょっと背が高い木だが、緑色の松ぼっくりのような
実が木から一杯垂れ下がっている。葉は丸い葉っぱだった。
「へーこの実ってこんな木に生ってるんだー・・・」
ゆりは実を一個取り、しげしげと木を眺めた。実は長い緑の茎のような物に一個ずつついていた。
「なるほど・・・」
がさがさと葉を踏みしめる音が聞こえてゆりが顔を向けた。
５メートルほどの距離の所に誰かが立っている。
ゆりの手から今度は緑の実がぼろりと落ちた。



「極上の獲物、みっけた」
男はそう言ってにっと笑った。頭の上に肌色の耳がついた小男だった。鼻もぶたのように上を向いている。どう見ても
蛇族の男ではないようだ。
「これって・・・夢だよね？」
ゆりは引きつりつつ言った。



夢だよね。夢のはず。だって夢じゃなかったら大変じゃない！！！



男が腰の剣を抜いて走ってくるのを見て、ゆりは「ぎゃあ！」と悲鳴をあげて反対方向に走って行った。




その頃城の王の間では、ラクシュミが敵が同じ方向に移動する異変を感じて思念を飛ばしていた。だがまさかそこに
ゆりがいるとは夢にも思ってはいない。



ゆりは走ろうにも木の根などに足をとられて思うように走れなかった。そうこうする間にも男は間合いを縮めて
きている。男が持っている剣がきらりと輝いた。



誰か助けてー！！！


ゆりの横の落ち葉が何かが通り過ぎるようにざざざと音を立てながら盛り上がり、中から巨大な蛇の頭が顔を出して男
の足に巻きついた。

それと同時に木の枝から数匹の蛇が男目がけて落ちてきた。
「うわっ！」
男が悲鳴をあげて蛇を手で振り払った。
「毒蛇・・・」
そういったゆりの左目は蛇の目に変わっていた。どうやら蛇達が助けてくれたようだ。男の顔が見る間に紫色に変色
してきている。毒が回ったのだろう。



おっと見てる場合じゃないわ。他にも敵が来るみたい。逃げなきゃ。



ゆりが瞬間移動で逃げようとした時、近くに数人の敵と、味方の気配を感じた。
「王妃！？」
「フリット、イシュタール！」
目の前にフリットとイシュタールが現れた。フリットはすぐにゆりを連れて移動した。


３度の移動で城の中に入り、フリットはようやく安堵してゆりに聞いた。
「一体どうしてあんな所にいたんですか？」
「いやーそれが・・・赤ちゃんが勝手に移動しちゃったみたいで・・・」
ゆりは頭をかきつつ言った。
「とにかく王に御報告しましょう」
「え・・・・王様私が外出たこと知ってるの？」
「移動しながら報告しましたから」
「・・・・変わろうっと」
蛇目のゆりはさっさと消えてしまい、ゆりの目は両方黒目に戻った。
黒目のゆりは目の前にいるフリットを見てほっと胸をなでおろした。
「あーよかった。私ったらなんだか怖い夢見ちゃったみたい・・・しかも立ったまま？？？」
いつの間に王の間の前にいたのかゆりは不思議だった。
「夢ではないんですよ。赤ちゃんが勝手に瞬間移動してしまったようですよ」
フリットが苦笑ぎみに言った。
「え・・・・嘘！本当に？」
「とにかく王に元気なお顔を見せてあげてください」
「はあ・・・」


王の間の中に入ると、ラクシュミはやっぱり不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。
「ゆり・・・・」
「・・・・」
ゆりは思わずフリットの後ろにそっと隠れた。
「なんで外に出たんだ？」
「そのー・・・私にもよくわからないんですけど・・・赤ちゃんが外出たかったのかなー多分・・・」
「お前が出たかったんじゃないのか？」
「え・・・・そーいうわけでは・・・あ、そうだ。果物が食べたいなーと思ったらその果物の所に移動してたから、
赤ちゃんが私のために移動したのかなあ」
「・・・・」



げ・・・ますます皺が深くなってる・・・



「まあ・・・王もこの辺で・・・」
フリットがとりなすように言った時、



おぎゃー！！！



という泣き声があたり一面に響き渡り、皆びっくり仰天した。


ーおぎゃーおぎゃー！！！！



「ゆり！なんとかしろ！」
ラクシュミが耳をふさぎつつ言う。
「なんとかって・・・泣かないのー赤ちゃん」
ゆりはおなかをなでなでしたが赤ちゃんの泣き声は治まらない。

「おーよしよし」


ーおぎゃーおぎゃーおぎゃー！



「王様が怒るから赤ちゃん泣いちゃったんだよう」
「怒るのは当然だろう！」
ーおぎゃー！！！


「ちょ、ちょっと失礼します」
あまりの泣き声にフリットはゆりを抱き上げてゆらゆらゆらしだした。
「誰も怒ってないですよー」
「そうよー王様も笑って笑って」
「ははは」
「もっと心の底から笑ってよ」
「怒ってないぞーははは」
ラクシュミは無理に笑っている。
「ほら、だれも怒ってないよー」
「怒ってないですよー」
フリットもゆりを抱き上げたままいい、ようやく大音量の泣き声は止まったのだった。


「やれやれ・・・部屋に戻っていいぞ」
ラクシュミが疲れたようにいい、ゆりはそのままフリットに連れられて部屋に戻ったのだった。



「あーびっくりした」
「びっくりしたのはこちらですよ」
「そうだよね。やれやれ」


ゆりは額に浮かんだ汗を手でぬぐった。



まさか赤ちゃんがそんなことをしちゃうとは・・・これからは何かを考える時も気をつけなくちゃ・・・



そう思ったものの、そこまでするのは無理のような気も・・・・と思ったゆりだった。




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