「うーん」

ゆりは空を見上げて大きく伸びをした。ここは城の側面部分の一番上、平たい石の部分にゆりは座っていた。ゆりの左目は黄色と

黒に変わっていた。足をぶらぶらさせて、空を見上げている。こうして出てくるのは久しぶりだった。

あー気分爽快！


「王妃」

伸びをしていると目の前にジュノーが現れた。ジュノーは宙に浮いている。

「あら、ジュノー」

「お久しぶりですね。会いたかったですよ」

ジュノーはゆりの横に腰を下ろした。

「ふふーん。そんなにさびしかった？」

「ええ。記憶がない間、あなたはどうしてたんですか？」

「さあ、私も記憶がないからわからない。なんだかへんてこな言葉しゃべったんだってね。番兵さんが言ってた。」

「随分切ない思いをしたんですよ」

ジュノーが目を細めて言った。

「そうなの？」

その時、ゆりは青い空に赤い染みのようなものが広がっていくのをみた。

「あれ何？」

ジュノーも空を見上げた。

「ああ、気にしないでください。敵が死んだんでしょう」

「へー」

「攻撃したのはミカエル殿ですね。」

「たまにはミカエルもそういうことしてるんだあ」

ゆりは感心するように言った。

「たまにはって・・・あの人は一応、力強いですから、いっつもそういうことしてるんですよ。別にヨイショするわけじゃ

ないですけどね」

「そうなんだ。敵一杯いるの？」

「小競り合いは相変わらずですのでねえ」

「大きな戦いは起こる気配はあるの？」

「今の所はないですよ。龍の国も、かなり警戒してますからね。あなたのお子様のおかげで」

ゆりは微笑んで自分のおなかをなでた。

「今度はどの子が産まれるのかしら。楽しみねえ」

「はい。儀式が何度あるかも楽しみです」

「ジュノーったら」

二人はふふふと笑った。こっちのゆりはのんきに笑っていたが、普段のゆりは、本気であることを考えていたのだった。

第15話

7の月の末の日、外はザーザー振りで、雷もぴかぴか鳴っていた。朝、フレイがゆりの体を診察にきた。どうやら子供は無事大きく

なっているようで、生命力が感じられるようになったとフレイはゆりに告げた。

わ〜い。もうメメントはお〜わり！

ゆりはるんるん気分で城の図書室に行った。ちょっとした探し物があるからだ。

扉を開けて中に入ると、ミカエルがいすに座って何か書いていた。

「おや、王妃」

ミカエルがゆりを見て微笑んだ。

「何してるの？」

ゆりが近づいていくと、机の上には何枚もの書類が置かれていた。

「お仕事ですよ。」

「そうなの。がんばってね」

ゆりはさっさと奥の本棚の方に移動した。

「王妃が好きな絵本はあまりないでしょう。後でもってきてあげますよ？」

ミカエルがゆりの背中に声をかけた。

「今日は絵本じゃないの。真面目な調べ物」

「なんです？」

「内緒」

この図書館は、普段は人気もあまりない。他に大きな図書館があるので、みなそちらにいってるのだ。

収められている本も、ほとんどは歴史や国関係の本で、ゆりが好きな絵本や童話などはそんなにはない。

部屋の奥の方は、結構かびっぽい匂いがした。

ゆりは歴史関係の所の本を眺めて、古い重そうな本を出した。両手に持ってもずっしりと重い。ぺらぺらとめくってみた。

びっしり文字が書かれている。

・・・細かいなあ・・・字が・・・・まあいいや。ちょっと見てみよう。

ゆりはその本を持って、椅子に腰かけた。




ミカエルは、自分と離れた所に座ったゆりに目を向けた。ゆりは大きな本をぱらぱらめくっていたが、眉はひそまっているし、

時々うつらうつらと眠りかけている。そしてはっと気づいてまた本をぱらぱらめくっていた。

うーん。王妃は、見てるだけで面白いなあ・・・ほんと飽きないなあ・・・

ミカエルは時々ゆりを見ては密かに笑っていた。

再びうとうとしだした時、ミカエルはゆりの横に移動した。そして横に座った。ゆりがはっとミカエルを見た。

「何読んでるんですか？王妃」

「本」

「それはわかりますよ。なんでこんな難しい本読んでるんです？」

ミカエルは本の背表紙を見た。蛇の国の歴史の本である。

「・・・実はね、蛇霊神について調べてるの」

「蛇霊神ですか」

「うん。どっかにその記述ないかなって思って」

「・・・蛇霊神の何を調べてるんですか？」

「何って、どうしてああいう儀式で蛇が来るのか、とか知りたくて」

「そういう記述はないですよ。私これ読みましたから」

「そうなの？じゃあどの本にあるの？」

「読んだことないですよ。そういうのは」

ゆりは口を尖らせた。

「調べてどうするんですか？」

「・・・ミカエル、協力してくれないかな」

ゆりは、ちょっと甘えるように言った。

「いいですよ。なんですか？」

ミカエルはうれしそうに微笑んだ。

「儀式をとばして、蛇呼ぶ方法を探そうと思って」

「儀式をとばして？」

「そう」

「儀式やりたくないんですか？」

「うん」

ゆりはうなずいた。

やりたいもやりたくないも、あんなのやりたがったら、私ただの変態じゃん

ゆりは思わず思った。

「そんなにやりたくないんですか？」

「うん。だから協力して、恋人でしょ？」

ゆりがきらきらした目を向けて言った。

「ミカエルだってさあ、二人っきりでいちゃいちゃする方がいいでしょ？男一杯いるより」

「それはそうですけどね・・・」

「だからさ、儀式なしで蛇呼ぶ方法一緒に探そうよ」

「・・・王妃は本当に儀式いやなんですか？」

「うん」

「じゃあ、なぜやるんです？」

「え、なぜって、子供のために・・・」

「子供のために嫌々やってたんですか？」

「・・・・それは・・・」

なんだか雲行きが怪しくなってきた、とゆりは感じた。

ミカエルは何か言いたげにゆりを見つめている。えらく真面目な顔だった。

「・・・そりゃ、儀式に入っちゃうと、もうやじゃないよ。みんなに愛されて幸せも感じてるし、だから、終わった後も

別に普通でいられるし・・・だけどさ。私はもう一人の子持ちだし、いつまでもああいうことを他の男とやるのもなんだしさ、

儀式やらないですむなら、それにこしたことはないでしょ？」

「つまり恥だと思ってるわけですね？」

「・・・だって・・・一族の女の子だって、複数の男とあんなことしないでしょ？ミカエルだって、私が他の男とあんなことするの

やでしょ？」

「そうでもないですよ。あの時のあなたは、とてもきれいですからね。本当に妖艶で、変化した5人の男を手玉にとるなんて

本当にすごいですよ？」

「・・・・」

「私は別にあなたを独占しようとは思ってませんから、ただ男たちの中で一番でいたいだけです」

「中途半端な人ね・・・」

ゆりはにらんでいった。

「この国の男に独占欲ってのはないの？」

「そりゃ多少はありますけどねえ、あまり過ぎると王に怒られる。他の男ににらまれすぎるのも困るんですよ」

「ふうん・・・この国では、恋愛のもつれで人殺したりしないの？」

「同族殺しは禁忌ですよ。我らのような少ない一族ではね。そんなに儀式がしたくないのなら、ひとつ方法がありますよ」

「え？」

ゆりの目が見開いた。

「昔は巫女というのがいて、巫女が儀式をやってたんですよ。ですから、巫女が復活すれば、あなたがそんなこと

する必要はない」

「それいいじゃない！」

ゆりは立ち上がった。

「ありがとう。王様に相談してみる」

ミカエルはにこっと微笑み、ゆりはうれしそうに出て行った。

まあ無理でしょうけどね・・・

巫女がいなくなったのはもう３千年以上も前のこと、簡単に復活できるくらいなら復活してるだろうし・・・

王妃以上に巫女にふさわしい女は、この国にはいないだろうな。きっと

ミカエルは苦笑して、元のいすに戻った。

ゆりはるんるん気分で王の間のラクシュミに会いに行った。

そして、新しく巫女を作ろうという話をしたのだった。

「私もう、絶対あの儀式したくないの。だから巫女作ろうよ」

ゆりは真面目に訴えた。

「・・・作るといっても、どうやって作るのやらわからん」

ラクシュミが言った。

「誰か知らないの？」

「ハザークなら知ってるかもな。」

「ハザーク様？なんで？」

「巫女について詳しそうだったぞ。ちょっと聞いてみたらどうだ？」

「わかった。行ってみる」

ゆりはすぐにハザークの塔に向かった。こうなったら何がなんでも巫女を作って、その人に儀式をやってもらう気だ。


大体私は王妃様なんだから、あんなことするのがおかしいのよね。

ゆりはハザークの塔に入り、階段を上って扉をノックした。白い長い髪の女がでてきた。

「ハザーク様にあいたいんですが」

「どうぞ」

ゆりが部屋に入ると、やっぱりハザークは大きな長椅子に寝そべっていた。人の姿で。


「こんにちは。ハザーク様」

ゆりが挨拶すると、ハザークはちらりとゆりに視線だけむけた。

「何か用か？」

「聞きたいことがあるんです。巫女のことなんですけど」

ゆりが近づいて言った。ハザークは起き上がる気はなさそうだったので、ゆりは下のじゅうたんに直接座った。

「誰かに巫女をやってもらいたいんです。それで、どういう風に巫女を選んだらいいんですか？」

「・・・」

「お願いします。教えてください」

ゆりは拝むように言った。

「なんでだ？」

「え」

「お前、儀式がいやなのか？」

「はい」

「本当か？」

ハザークは金色の瞳をゆりに向けた。

「別の人にやってもらいたいんです」

「心底嫌がってたら、儀式がそう何度もできるはずないと思うがな」

ぐ・・・

ゆりの顔が引きつった。

「お前は楽しんでいろんな男に抱かれてるんじゃないのか」

「わ、わたしは抱かれてはいません」

ゆりは真っ赤な顔で言った。

「じゃあ何してるんだ？」

「え・・・」

「男と交わらずにどうやって儀式してる」

「・・・」

ゆりの目が横を見た。頬が引きつっている。

そんなこと・・・口が裂けても言えません。

ハザークは体の向きを変えて上を向いた。

「巫女ってのは位は王妃の次だ。しかも王の側室だ。お前本当に巫女がいてもいいのか？」

ゆりの口は極限まで開かれていた。

「お・・・王のそ、側室？」

側室ってことは・・・王様が巫女を抱くってこと？

「儀式の前には王が巫女を抱く決まりもあるしな、」

「却下。その話はもういいです」

「・・・」

「じゃあ別の話、儀式なしで蛇呼べないですか？」

ゆりはさっさと話題を変えた。

「・・・さあな、それをできるのはすごい巫女だけだ。お前には無理だな」

「そうですか・・・」

「儀式ができるってのはありがたいことなんだぞ。だれでもできるわけじゃない。もっと誇りに思ったらどうだ？」

誇りに・・・あれを？

「いい巫女になる方法なら教えてやれるぞ」

「いい巫女？」

「いろんな男と交わっておくことだ。」

「もういいです」

ゆりはすたこらさっさと部屋を出て行った。

目には涙がにじんでいる。

「・・・なんで泣いた？」

ハザークが侍女に聞いた。

「さあ、今日はそうひどい事も言ってないと思いますが・・・」

「そうだろ？」

ハザークは不思議そうに首をかしげた。

その夜、ラクシュミがゆりに、あれはどうだった？と聞いた。

「あれって？」

「巫女だ。巫女を選ぶとかいってたろ？」

「そんな事言ってないし、思ったこともないよ」

ゆりは力一杯言った。

「？お前儀式やりたくないんだろう？」

「そうでもないよ。考えたら、結構好きかも。だって子供のためだしね」

「・・・・・？」

ラクシュミは奇妙に思い、首をかしげつづけていた。

「だから、王様ももうそんなこと、ちらっとでも考えちゃだめだよ」

「私は別に・・・お前が嫌だと言ったんだろ？かわいそうだと思って私は・・・」

「言ってない」

ゆりがそう言い張ったので、ラクシュミは、まあいいかと思って寝転んだ。

冗談じゃないわよ。

王様が側室持つくらいなら、私が100回儀式した方がましよ！

絶対巫女作るもんか。

「本当に巫女は・・」

「いらない」

ゆりが即座に言い放ち、ラクシュミはもう何も言わなかったのだった。

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