「大きな虎がこちらに２頭、ここにも２頭、こっちにも２頭いるとします。足し算にすると、２＋２＋２で６頭だけど、掛け算にすると、２頭が３箇所にいるから、２×３で６頭というふうになるわけですよ」
朝のお勉強の時間、ラギがおなじみ虎のイラストを用いて分かりやすくタロウに説明をしていた。
タロウは真面目にラギの説明を聞いてみる。
「ふーん、それが掛け算かあ。これでもうばっちりわかった。掛け算もマスターした！」
タロウが自信満々に言った。
「え・・・マスターって、まだ２×３やっただけだよ。」
「え？まだ一杯あるの？」
とタロウ。
「あるよ。いっぱいいっぱい」
そういうとタロウは口を尖らせた。
「でもここにきてかなり賢くなったような気がする。そう思うだろう？」
タロウは後ろの椅子に座っている猫族の侍女の顔を見た。
「はい、本当にかなり賢くなられましたよ。」
侍女はニコニコ顔で告げた。
「きっとアヤコ様もお喜びになられますわ」
アヤコさん、これくらいで喜ぶのかなあ。
ラギはちょっと首をひねったが口には出さなかった。「かなり賢くなったことだしもうそろそろ帰ろうかな・・・」
タロウがちょっと遠い目をして言い出した。どうやら国が恋しくなってきたようだ、とラギは感じた。
タロウが蛇の国に来て２０日が経過していた。図体はでかくてもまだまだ子供だ。親や仲間が恋しくなっても
仕方がない。
「そうなの？タロウさんがいなくなるとちょっと寂しくなるなあ・・・」
お世辞でもなくラギが言った。タロウは基本的にとってもいい人なのでラギとしてもタロウを好ましく思っている。
「そうだろ？だから近いうちにうちにまた来てくれ、な、な、な、勉強教えに」
「え・・・・」
「ラギの教え方が一番分かりやすい。先生の言うことはよくわからないんだ。」
タロウは真面目な顔で言った。
「母さんは教えてもらうとすぐ目を吊り上げるし、父さんはあてにならないし・・・・」
「そうだね、またその内に虎の国にも行きたいな。争いが終わって落ち着いたら・・・」
「争い？龍の国が攻めてくるのか？」
タロウもさすがにそこらの国事情は知っていた。
「多分ね。その内に」
「そっか。それは心配だな。ラギはよわっちいから出るんじゃないぞ」
「でないよー」
「ならいいけどな。でも残念だったなあ。この国ってかわいい女の子いっぱいいるって聞いてきたんだけど
男ばっかりだった。女の子ほんと少ないんだな」
「・・・うん・・・」
面倒なことになったら困るという理由で、タロウが出会った女の子はみんな男だと紹介されていた。
実は半分は女の子だった、という事実に気づくのはいつの日か。
とりあえず、タロウが帰るまでは内緒にしておこう、と思ったラギだった。
第13話タロウとラギがお勉強している頃、ゆりは部屋でイシュタールに引っ付いて気をもらっていた。
「最近は夜はどうですか？」「夜は落ち着いてるみたいよ。王様にはたまにへばりついてるけどね。」
イシュタールに聞かれてゆりが答えた。最近では昼間に気が欲しいなという状態になっているので夜は王の
寝室でずっと寝ていた。夜もラクシュミが困るほど気をもらってるわけでもなさそうだ。
「今思えば刺激的な夜だったね。あれは」「そうですね。」
イシュタールが微笑みつつ言った。今日のイシュタールはとても機嫌がよさそうだ。
「今日の午後だっけ？タロウ君とやりあうの」
「はい」
イシュタールがうれしそうにうなずいた。虎族はかなり体術に優れているので、今日の午後、タロウに相手を
してもらうらしい。
「昔は虎の国で修行をしたいと思ったこともあったくらいなんですよ。国の情勢が危うかったので無理でしたが」
「そうなんだ。剣で戦う所しか見たことないからよくわからないけど、素手で戦ったりもするの？」
「敵相手にはあまりないですね。仲間内じゃあんまりみんな相手してくれないんで」
「そうだろうね」
イシュタールと取っ組み合いの喧嘩をしたがる者もそうはいないだろう。
「・・・あーあ・・・私も見たいなあ・・・」
ゆりが引っ付いたままつぶやくとイシュタールがくすっと笑った。
「この前王様にがっつり怒られちゃったからなあ」
知らない内に結界の外に出てしまいラクシュミに散々睨まれたのはついこの間の事だった。それなのに外に出
たいともいいにくい。
「おっと行きたいって言ってたらまた移動しちゃうかも。気をつけなくちゃ」
ゆりは両手で頬を挟んで言った。
「しばらくは我慢してくださいね」「うん」
「ところで・・・あれからダーリンって言わないんですね」
イシュタールが突然言い出してゆりは目を瞬いた。
「ダーリン？」
「ダーリン」
「・・・・」
ダーリン？？？
あれからって？？？
以前ガーベラがゆりに入った時にイシュタールに言ったことだったので、ゆりにはちんぷんかんぷんだった。「ダーリンって言ってほしい？」
ゆりはおずおずと聞いてみた。
「別にそういうわけではないんですが・・・ちょっと聞いてみただけです」
イシュタールはちょっと恥ずかしげに頭をかいた。
イシュタールがこんなこと言うなんて意外だなあ・・・一時ほど誘われなくなったからあれだったけど・・・
まだ男女の関係は続行中なんだもんね。
「ダーリン」ゆりはちょっと言ってみた。するとイシュタールはちょっと目を見開いてゆりを見た。ゆりの頬はちょっと
赤くなっていた。自分で言って恥ずかしくなったようだ。
「うれしい？」「はい。ですがちょっと恥ずかしいですね」
いい年した２人が何をやってるんだか、と思いつつ、しばらく無言で引っ付いていた２人だった。
昼食後、子供達は５人共一緒に出かけてしまった。闘技場でイシュタールとタロウが組合いをするので見物に行くためだ。子供達は気を遣って食事の時もその話題には触れなかったが、１人置いてけぼりのゆりは
当然面白くない。
「ねえ、アナスターシャとシスがいるんだから私が一緒でもいいんじゃないの？結界張ってもらえばいいんだし他に何人か見学に行くんでしょ？」
部屋に戻ったゆりは侍女のミラに文句を言った。
「王妃の自制心を養うために今回は我慢しろ、というのが王のお言葉でしたが・・・」
とミラ。
「何それ、王様この前の事絶対根に持ってるに違いない」
「今回は辛抱ですわ」
「ちぇ・・・」
ゆりは仕方なく廊下にいた大蛇を部屋に入れて蛇とバラクをして気を紛らわしたのだった。
その頃闘技場では、タロウとイシュタールで素手同士でやりあっていた。「お兄ちゃんがんばれ！」
「タロウさんがんばれー」
ロイやシスらが客席から声援を送る中、タロウとイシュタールは真剣な表情で素早い蹴りや拳を繰り出している。
子供達と一緒に噂を聞いた戦士達も数人見物に来ていた。
「ねえ、ラギ、タロウ君って本当に子供なの？」アナスターシャがラギに聞いた。体格はイシュタールの方がいいとはいっても、たいして差もなく、はたから
見ていても、イシュタールに全然負けてはいない。
全身バネのような筋肉で時折タロウは駒のように回転しながら蹴りを繰り出していた。イシュタールもたくみに
それをかわしている。
「やっぱり虎族の体術は脚技がすごいなあ・・・」ラギはアナスターシャの問いには無視して一人ぶつぶつとつぶやいていた。イシュタールの方は拳を使う方が多
く、タロウは脚技の方が多い。しかもかなりの速さだった。
「僕なんか一発蹴られたら死んじゃうだろうな」
とシスが２人を眺めつつ言った。死なないまでも数メートル吹っ飛ばされる事は間違いない。ロイはシスの膝
の上に、ナナミはアナスターシャの膝の上にいた。
「怪我しないの？」
ナナミがアナスターシャに聞いた。
「２人とも頑丈だから大丈夫よ」
とアナスターシャ。
しばらく１人の世界に入っていたラギがアナスターシャとシスの方を見た。
「知ってる？虎族は戦いで興奮すると変化するんだよ。そうなると力もかなり増すんだってさ」「へー。やっぱり虎みたいになるの？」
シスが聞いた。
「虎じまが肌に浮かんで瞳ももっと虎みたいに変わるんだって。タロウさんはまだ子供だから変化しないだろうけど」
「へーあれ以上強くなるんだ」
アナスターシャとシスが同時に同じことを言った。
「やってますねー。さすがタロウ様は王族ですね」子供達の横にぱっとヴィラが現れた。
「他国でもあれだけの速さで動けるとは素晴らしい」
「タロウさんは剣術も習いはじめてるそうだからそのうちもっとすごくなるね」
とラギ。
「ところで、王妃はお留守番なんですか？」
ヴィラが子供達に聞いた。
「そうだよー。外出禁止令が出ちゃってるからね」
シスが答えた。
「案外瞬間移動でもう一人の母様が来ちゃうかも。赤ちゃんの力でまた移動したら驚くけどね」
「我慢できるかなあ」
アナスターシャに続いてラギがいい、ヴィラが「無理かも」と微笑んだ。
観客席からおーという声があがった。
「おっと、イシュタールに蹴りが入ったぞ」ヴィラが闘技場の２人に目を戻した。
２発続けて蹴りがイシュタールのおなかにあたったようだ。
「わー痛そう！」
ロイが思わず顔をしかめた。イシュタールの拳も何度かあたってはいるのだが、タロウがまいる様子はない。
蹴りが入ったイシュタールだったが、さほどダメージは受けていないようだ。
「子供でもあんなにすごいんだー。タロウさん別に勉強できなくてもいんじゃない？」アナスターシャが言うと、シスが「僕もそう思う」と同意した。
勉強するよりもあの力をもっと鍛えた方が将来的にはいいような気がしていた。
「まあその代わり、虎族は魔法はあんまり使えませんからねえ・・・ですがあの体力は確かにうらやましいですね」ヴィラがしみじみとつぶやいた。
一方、大蛇とのバラクで気を紛らわしていたゆりだったが、しばらくたつとそわそわしてきて落ち着かなかった。
考えちゃだめ、そう思ってもつい考えちゃうなあ。頭から追い出さなくちゃ。別に行きたくない。行きたくない。
大蛇の前で苦悶の表情を浮かべていたゆりだったが、「でもやっぱり見たい〜！！！」
つい根負けして声に出していた。すると、ゆりの姿がぱっと消えてしまい、向い側に座っていた大蛇は「あれ
？」と首をかしげたのだった。
闘技場に今度は「あー！」という奇声が飛んだ。「母さん！」
「母様！」
「王妃！」
その次には様々なゆりの呼び名が飛び交った。そのゆりはというと、ちょうど２人が戦っていた横にぱっと現
れてきていたのだった。
「わっ近っ！」
目の前の２人を見てゆりがぎょっとした時、
「王妃！」
イシュタールが横にいたゆりに気をとられて声をあげ、動きを止めた。
「あ」
その時、タロウの蹴りがまともにイシュタールのみぞおちにヒットしてしまい、イシュタールは
「げほっ！」とおなかを押さえたのだった。
「あちゃ、すいません！」
とタロウ。
「イシュタール！ごめーん！！！」
ゆりはあわててイシュタールに近づいた。
「大丈夫？」
「はい・・・げほ・・・」
「ごめんねー」
ゆりは申し訳なさそうに言った。
「やっぱり来ちゃったねー」「赤ちゃんすごいね。こんな所まで移動するなんて」
「本当だね。」
子供達が客席から降りて近づいてきた。
「お願い、王様には内緒にしておいて」ゆりは拝むように両手を合わせた。すると子供達は顔を見あわせた。
「それはちょっと・・・」
「父様に秘密は・・・」
アナスターシャとシスは言葉を濁している。
「今からすぐ帰ればばれやしないわよ」
とゆり。
「あきらめて怒られてください」
子供達の後ろに来たヴィラが微笑みつつ言った。
「えー！！オニー！！！」
「しょうがないですよ。王妃が結界を抜けたら報告する義務があるんですからね。それじゃ帰りましょう」
「わたしゃいったい何しに来たんだ。ほんとごめんね、イシュタール」
ゆりはヴィラに連れられて城に戻されてしまった。
「イシュタール大丈夫？」アナスターシャが心配げに聞いた。
「大丈夫ですよ。それにしても、タロウ様には参りました。大人だったら絶対かなわないですよ」
イシュタールはタロウを見て笑みを浮かべたが、どこか苦しそうだった。
「いやー僕はこれだけがとりえだから」
タロウが照れたように言った。
「本当にすごいよ。タロウさん」
「うん。すごかったね」
「すごいすごい」
「そ、そうかな？」
皆にほめられて、ちょっとご満悦のタロウだった。
「・・・・・」「ゆり、お前の頭の中には自制心って言葉はないのか？」
王の間では、ラクシュミが微笑みつつゆりに聞いた。口元は笑みを浮かべているが、こめかみの辺りは引きつっ
ている。笑っていたのは赤ちゃんに泣かれたくなかったからだろう。
「どうもすいません」
ゆりは素直に謝った。
「お前もいつまでも子供じゃないんだぞ。王妃たるもの・・・・」
ラクシュミの笑みをたたえたお説教は長々と続き、そんな顔で怒られても・・・とゆりにはかえって不気味だ
った。ゆりの横ではヴィラがそんなラクシュミに笑うのを必死に堪えていたのだった。
その二日後、タロウは皆に別れを告げて笑顔で魔法陣から去って行った。タロウ自身はかなり勉強を覚えた気になっていたが、実際には簡単な足し算や引き算ができただけだったので、ラギとしてはやり遂げたって気には
なれなかった。
「なんだか不完全燃焼だなあ・・・もっといろいろ教えてあげたかったけど」タロウと侍女を見送り部屋から出た後、ラギがつぶやいた。
「まあ、今度にしたらいいじゃない。二度と会えないわけじゃないんだし」
ゆりがラギの背中をなでながら言った。
「まあそうだね」
「楽しい人だったね。タロウさん」
シスが言った。
「虎の国ってタロウさんみたいな人が一杯いるのかなあ。のどかそうでいいなあ」
アナスターシャがちょっとうらやましそうに言ったのだった。
タロウがいなくなり、毎朝聞こえていた獣のおたけびのような声も聞こえなくなった。ラギの生活も元に戻っていたのだが、ほっとしたような寂しいようなそんなあいまいな気分に陥っていた。
そうだ。タロウさん用に簡単な問題でも作って送ってあげようかなあ・・・
ラギはそう思いたち、机に向って紙を取り出した。イラスト付きの分かりやすい問題は時々虎の国に配達されて、タロウがそれを解いては送り返してくるということになったのだった。
たまに机に向っているタロウを見てアヤコはおおいに喜び、ラギは御褒美として虎の国に生えている珍しい
植物を大量に送ってもらったのだった。
「にートラの絵かいてー」ある日ナナミにせがまれてラギが紙にトラの絵をささっと描いてあげた。
「わーい、トラトラ。ネコもかいて」
「いいよー」
トラの横にささっとネコの絵も描いた。
「ラギ様、すっかり絵がうまくなりましたねえ」
それを見たミラがちょっと笑って言った。
「うん。いつの間にかにさ」