今年もはや最後の月に入っていた。月日が過ぎるのは早い。ゆり自身、自分でもそう変わってはいないのだが、子供達はどんどん
成長している。といってもアナスターシャやシスはここ５年ほどさほど外見も変わらず、ラギも微妙に背が伸びた程度、ロイとナナミだけが
大きくなっているような感じである。
夕方、食堂に行こうとしたゆりは廊下に大きな蛇がいるのを見た。蛇はゆりを見るとするっと近づいてきてなでてくれ、とばかりに
頭を摺り寄せてきた。
「よしよし」
頭をなでてやると口をあけてオレンジ色の球体を下に落とした。
「あら」
ゆりはかがんでそれを拾った。大きなオレンジだった。
「くれるの？ありがとう」
ゆりがうれしそうに言うと、蛇はそのままするすると通り過ぎてしまった。
ひさびさにもらったなあ。蛇の贈り物。
ゆりはオレンジを持って食堂に向かったのだった。
第27話
食堂で蛇にオレンジをもらったことを話すと、ラギは手にとってしげしげとオレンジを見つめていた。
「これ、普通のオレンジでしょ？」
「そうだね。普通に店で売ってるやつだよ」
ラギが答えてゆりにオレンジを返した。
「店で盗んできたのかな？」
「さあねえ、城の中でもらったのかもよ」
「なんでオレンジなんだろうね」
シスが聞いた。
「さあねえ、母さんがよく果物食べてるからじゃない？知ってる？オレンジは太陽の神様に捧げる果物なんだよ。ほら、なんとなく太陽っぽい
じゃない。オレンジは縁起がよい果物だから他の国では恋人に贈ったりするんだよ」
「へーそうなんだ」
ゆりもシスもなるほどと思いつつ聞いていた。まさかそれを蛇が知っていたわけではないだろうが、そういえば最近よく柑橘系果物を部屋で
食べてたなあ、とゆりは思った。いろんな蛇が行ったりきたりしているのであの蛇が部屋にいたのかは忘れたが。
侍女たちがテーブルに食事を用意していった。食事は子供達とゆりのほかにもうひとつある。
「ラクシュミ様もいらっしゃるようです」
そう侍女が説明した。
「そうなんだ。じゃあ待ってなきゃ」
久々の家族団らんね、とゆりが喜んでいたら、ほどなくラクシュミがやってきて食事が始まった。
「ねえ父様、赤ちゃんの名前は誰が考えるの？」
アナスターシャがラクシュミに聞いた。
「もう性別はわかったのか？」
とラクシュミ。
「ううん。まだわからないけど」
「性別がはっきりしてからでいいんじゃないのか？」
「そうだけどー・・・」
ラクシュミは料理はそこそこにお酒ばかり飲んでいた。
どうも顔色が優れないかも？
ゆりはラクシュミを眺めつつそう思った。なんとなく今日は暗い感じがする。もっともいつも笑顔というわけではないが。
「なんだ？」
ゆりがじーっと顔を見ていたのでラクシュミが聞いた。
「え？別に王様に見惚れてただけ」
ゆりはそう適当に言った。
会話をしながら和やかに夕食の時間は過ぎた。
ラクシュミが食堂から休憩室の方に移動すると、部屋にはヴィクターが待っていた。
「王、あちらが宣戦布告をしてきたというのは本当ですか？」
ヴィクターはラクシュミの顔を見るなり聞いた。今日はいつになく真剣な表情をしていた。
「ああ、昼間商人が書状を持ってきた」
ラクシュミは長いすに腰を下ろした。
来年そちらの国を攻める。今回はかなりの軍勢が国を越えることになるだろう。
そちらの負けは明白である。今の内に降伏すれば悪いようにはしない。降伏の条件として、葡萄農園の権利の半分をこちらに譲ること。
王の子供の一人を人質として差し出す事。
書状の内容は大雑把に言えばこのようなものだった。書状はすでにラクシュミが燃やしてしまっていた。書状を持ってきた商人は、たまに
この国にやってくる者でラクシュミも顔見知りだった。
「来年の何月ごろになるかは書かれてましたか？」
ヴィクターが聞いた。
「いいや。まあ４の月以降のいずれかだろうな。ハロルドの祭りが毎年５の月にあるからその後かもな」
ラクシュミが答えた。
「ガーベラが現れてもう10年になりますか・・・」
「あっという間だな・・・」
正確にいえば来年の11の月で丸10年だが、あちらにすればここまで伸ばせばもう文句もないだろう、といったところなのかもしれない。
「10年近くもよく待ったな。」
「そうですね。」
「それから商人が気になることを言っていた。強力な古代魔法の解読に成功したようだと。」
「古代魔法？」
「向こうではその噂でもちきりらしい。だから簡単に教えてくれたんだが・・・ここのところあちらでも魔術力の強化に励んでいたようだ。」
「どのような魔法なんでしょうかね。ハインリヒなら知っているのかもしれません」
「そうだな」
「明日聞いてみましょう。では私はこれで」
「ああ」
ヴィクターは部屋を出て行った。
とうとう戦がおきるのか・・・しばらく平和だったからな・・・このままずっと平和なのかもしれない、というのはやはり甘い考えのようだ・・・
巨大な身体に巨大な翼を持ち大空を翔る龍はこの世界ではもっとも強い生き物であるだろう。そのせいもあり、龍の一族は自らを
もっとも優れた強い一族だと自負していた。魔力も強く、一族の数もそこそこ多い。龍の一族と蛇の一族の古いいざこざはともかく、
今戦を仕掛けてくるのはそんな理由からではないだろう。
力があればあるほど人は多くを望んでしまうもの。弱い国があれば戦を仕掛けたくなるのも無理はない。
未来への道は閉ざされてはいない。
大きくなったアナスターシャやロイ。あの二人の姿が今のラクシュミを勇気づけていた。
夜、ベッドに入ったアナスターシャの元にナナミがぱっとやってきた。
「ねー一緒に寝ようよ」
「いいけど、おなかの上に乗らないでね」
「ねーこそ蹴飛ばさないでね」
ナナミはそういってアナスターシャの横に一緒に寝転んだ。
「いやならこなきゃいいのにー」
「だってねーが好きなんだもん」
「まあいいけどね」
好き、といわれるとまんざらでもない。やはり姉妹ってのはいいものだ。
「ももたろうの話して」
「いいよーむかーしむかし・・・」
アナスターシャは眠いながらも桃太郎の話を始めた。
「・・・おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へ洗濯に」
「ぐー」
「はやっもう寝たの？」
横を見るとナナミはすっかり寝ていたのでアナスターシャもとっとと眠ったのだった。
空には満点の星空だった。本当に降ってくるような星空だ。
「ねーオオヘビ座はどれ？」
と横にいたナナミが聞いた。
「えーと・・・・」
アナスターシャは空を見上げてオオヘビ座を探した。いつの間にやら二人で小高い丘にいたようだ。そんな覚えはないのでどうやら夢らしいと
アナスターシャは思った。丘の上からは街並みが見えた。所々に光が見える。
「あれかな？いやあれ？」
アナスターシャが首をかしげつつ空を指差していると、ナナミは勝手に丘を下っていった。
「あっちょっと気をつけてよ！」
アナスターシャもあわててついていく。するとどこからともなく笛の音が聞こえてきた。
「あそこ誰かいるよ」
「ん？」
草の上に座り笛を吹いている人物がいる。その人物は声が聞こえたのか笛を吹くのをやめて後ろを振り向いた。
「あ！」
「あ！」
肩にかかる銀色の髪、紫色の瞳の男が驚くように二人を見つめていた。
「強力な古代魔法ですか・・・・」
つぶやいたのはハインリヒだった。場所はヴィクターの屋敷である。どうにも落ち着かなかったヴィクターはハインリヒを呼び、酒を飲みながら
話をしていたのだった。一緒にシャナーンもいる。
「攻撃魔法でしょうかね。いろいろ思い当たる物はありますが、あちらはそれを唱えることができる魔力の強い者がいるんですかね」
ハインリヒが聞いた。
「まあいなきゃ魔法の解読をしたところでどうしようもないが・・・あちらは王族も多いからな。魔法専門の魔術師、なんてのもいるし」
どれほど魔力が強い者でも、その力を完璧に発揮できるのは自国の中だけだ。他国では力も軽減されてしまう。
一族の力が強かった昔の時代では、ハインリヒも簡単な古代魔法などは使うことはできたし、仲間と一緒に唱える魔法などもいろいろ
あったのだが、この時代のハインリヒは昔よりもかなり魔力も減っている。強力な魔法をばんばん使うことはできないのだ。
「あちらが魔法を唱えてもすべて女王様が抑えてましたからね。実は強力な魔法を食らったことはないんですよ」
「そりゃそうだろうな。大きな魔法はラクシュミ様だって防ぐことはできるし、じゃあ自分達にかける守護の魔法なのかもしれないな」
「攻撃力をあげるとか守備力をあげるとかですか。そういう魔法は今の時代もありますから、それの強力な物ですかね」
「そうなるなあ・・・」
ハインリヒとヴィクターが話し、シャナーンはほとんど無言で二人の話を聞いていた。
「あ！フークスさん！」
「アナスターシャ様！それにナナミ様！」
アナスターシャとナナミが出会ったのは、ゆりが昔連れて行かれた過去の時代の男、フークスだった。
「ってことは過去なんだ。夢で過去きちゃったんだ・・・」
アナスターシャは驚いてつぶやいた。
「今回はどっちも夜なんだ・・・・」
最初にフークスに出会ったときは昼間だったのでアナスターシャはそんなことを思った。
「そうですね。出会えてうれしいですよ」
フークスがにこりと微笑んだ。相変わらずの童顔だ。大人の男なのだがそう感じさせないところは変わらない。
「この人ねーと一緒の髪だけど目の色は違うね」
ナナミがフークスを見つめて言った。アナスターシャもナナミも夜目がきくので、夜でもちゃんとフークスのことが見えていた。
「ナナミ様も元気そうですね」
フークスはナナミをひざの上に乗せた。
「ますますかわいらしくなって・・・皆様お元気ですか？」
「元気よ。母様は6人目妊娠中なの」
アナスターシャはフークスの横に腰を下ろして言った。
「そうなんですか！すごいですねー」
フークスは驚いて目を見開いた。
「この時代でも6人はなかなかないですよ。ハインリヒも元気ですか？」
「元気よー近々戦が起こりそうなので頭を悩ませてるみたいだけど」
「戦？」
「そろそろ起きるみたい」
「そうなんですか・・・」
「あっ！ちょうちょ！」
鈍い銀色の光を放つ蝶が飛んでいた。ナナミはフークスのひざから降りて蝶を追っていった。
「無事を祈っていると伝えてください」
「はい。こらナナミ遠く行かないでよ！」
アナスターシャは蝶を追いかけているナナミの方に歩いて行った。
「ねーこの蝶きれいね」
「本当ね。こんな蝶初めて見た」
蝶は高い所を飛んで行ってしまった。
「あ・・・・」
フークスの目の前で、蝶を見上げていた二人の姿は消えていた。
「戦・・・・」
大丈夫なのだろうか。一族の数はかなり減っていると聞いたけど・・・
ああ・・・なんとかこちらからも未来に行ければいいのになあ・・・
フークスは二人が消えた場所をしばらく見つめていた。
朝、ラクシュミが目覚めると、横にはなんだからとてもうれしそうな顔のゆりが座っていた。
「どうしたんだ？」
「はい、贈り物」
ゆりは布団の中からかごを取り出してラクシュミに見せた。かごにはオレンジが山盛り入っていた。
「・・・・どうしたんだ？」
ラクシュミはオレンジに視線を落として聞いた。オレンジはきれいに輝いている。
「えへへ、アリアスの宮殿からもらってきちゃった。オレンジは縁起がいいんだって。どうせなら神様の所のオレンジの方が効果てき面
だと思って」
「・・・お前そんなかっぱらいのようなまねして大丈夫か？そのうち罰を受けても知らないぞ」
ラクシュミがあきれて言った。
「大丈夫だよ。ちゃんとこれ頂戴って言っていいぞって言われたから」
「言ったのはガーベラに対してでお前にじゃないだろ・・・それにどうせならオレンジより酒の方がよかったな・・・」
「ふっふっふ・・・」
ゆりはオレンジをどけて中から一本の酒瓶を取り出して見せた。
「おおっ！」
ラクシュミの目が輝いた。
「ちゃんとわかってるって。その前にアマンザから一本もらったんだよー」
「でかした！」
ラクシュミはうれしそうに酒瓶を受け取った。
「せっかくだからオレンジも食べてね」
「ああ。朝飲もうか。いや、夜のお楽しみにするか・・・迷うな・・・」
ラクシュミは酒瓶を眺めつつぶつぶつ言っていた。
よかった。王様が元気になって・・・
ラクシュミが喜んでくれてゆりもうれしかった。
まあこのくらいは神様も大目に見てくれるに違いない。多分。
勝手に言い訳しているゆりだった。
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