あなたが去って行き、あれからどれほどの時間が経ってしまったのだろう。
どれほどの時が過ぎ去ろうと、二人のあなたへの思いはいまだ、心の奥底に。
どの女性にもないあなたの不思議な魅力は、今なお私をひきつけてやまないのです。
目の前にふっと黒髪の女性が現れてディランは目を見開いた。
「会いたかったディラン・・・」
そう女性は言った。
「私も会いたかったですよ。」
ディランは目の前にいる黒髪の女性の頬をなでた。なめらかな肌の感触は昔と変わらない。
「ゆり様・・・」
「ディラン・・・」
「ゆり様・・」
ディランは目の前にいるゆりを力いっぱい抱きしめて口付けた。
第28話
「ぎゃー！！！！」
寝室に大きな悲鳴が響いた。その声でディランははっと目を覚ました。横にはなぜか強張った顔のフークスがいた。
そう、ここは同じ蛇の国でもヴィラルージュという女王の時代なのだ。
「フークス、なぜ私のベッドに？」
「なぜじゃないよ！君、今、口付けしたろ！しかも、し、舌入れただろ！」
「え・・・おや・・・間違えた」
ディランは身体を起こして頭をかいた。どうやら甘い夢を見てしまったようだ。
「まったく何するんだ。ぺっぺ」
フークスはシャツで口元を拭いていた。
「失礼な。そんなに汚くないですよ、」
とディラン。
「汚いとか汚くないとかの問題じゃないだろ。全く・・・」
食堂でディランとフークスが食事を食べていると、レイアスがやってきた。ここはディランの屋敷なのだ。
「あ、どうでした？うまくいきました？」
レイアスは二人の顔を見るなり聞いた。
「ディランに襲われそうになった」
「ええ！？」
パンを食べていたディランはごほっとむせた。
「ただ間違えただけですよ。人聞きが悪いなあ・・・未来には行けなかったけどゆり様が夢に出てきてそれで・・・」
「それで私にぶちゅっとしたわけだ」
「クス・・・」
レイアスは笑いながら席についた。
ゆりが過去の時代から去り7年ほどの歳月が流れていた。あれから3人共外見にさほど変化はない。が、それなりに変わった事は
起こっていた。まずトーナメントではれてディランは一番騎士の座を獲得していたし、レイアスは彼女が妊娠中だった。フークスは
二番騎士でもっかの楽しみは女王が産んだ王子様と話をすることだった。
この前アナスターシャとナナミに出会ったフークスは、こちらからもどうにかして未来にいけないかと思案し、誰かと一緒ならばどうだろうと
思い、ディランと一緒のベッドで寝ていたのだった。さすがに手はつないで寝なかったが。
「あー僕断ってよかったー男同士で寝るなんてやだもんなー」
レイアスも一応誘われたのだが断ったのだった。
「でもまあ、.未来に行けなかったけどゆり様の夢を見たから私としてはよかったけど・・・」
ディランが夢のことをちょっと思い出して言った。夢に見たくとも、なかなかそう簡単に見ることはできないものだ。
「それでフークス様にぶちゅっとしちゃったんですか？ふふふ。」
「しゃれにならないよ。全く・・・それにしても・・・」
フークスが部屋の中を見回した。
「この屋敷はどこもかしこも緑だな。ちょっとは違う色使ったらどうなんだい？ほら皿まで緑だ」
フークスがパンが乗っていた皿を手に持った。窓にかかっているカーテンも緑なら床のじゅうたんまで緑系だ。寝室のベッドの布団も
薄い緑色だったし、ディランの寝間着まで緑だった。この屋敷はどこを見ても緑色ばっかりなのだ。レイアスとディランが着ているシャツも
ズボンも当然緑系だ。
「落ち着くじゃないですか。森の中みたいで」
とレイアス。
「緑はうちの家系の幸運の色だからなあ。」
ディランとレイアスにはこの上なく落ち着く空間のようだ。
「食べ物まで緑だ」
フークスは緑の豆のスープをすすって言った。
とにかく、こうしてフークスの考えたことは失敗に終わったのだった。まあ二人で一緒に寝たくらいで未来にいけたら苦労はしない。
この前ハインリヒがこっちに来た時のように全員で寝てみたらどうだろうか。
あの時、フークスらはそんな話を聞いてはいなかったのだが、ハインリヒが女王に会ったときに話したことだった。おかげで、なぜそういう
ことが可能なのか、という話になり、女王に子蛇のことまで白状させられたのだった。そんな重要なことを黙っていたとは、と女王に
睨まれたほどだ。
全員で並んで眠る・・・考えただけで暑苦しいしむさくるしいな・・・
フークスとしても遠慮したい所だった。
だが、できるものならばどうにかして未来に行ってみたい。
戦が近いという今、ハインリヒに出会って励ましてやりたいものだ。
本心としては、実際に未来の世界に行き、共に戦いたいという気持ちがあるのだが、そうすることはできなかった。
女王は子供を産んでから10年も経っていない。それなのにそんな大きな魔法を唱えさせるわけにもいかなかったし、過去に行くよりも
未来に行く方がはるかに難しい魔法とされていた。それに一人や二人が未来に行ったところで、戦いの大局まで左右することができるとも
思えない。だからなんとかして夢で行きたかったのだ。未来から過去にこれるのだから、過去から未来へもいけるはずだ。というのが
フークスの意見だった。
夕闇が迫るころ、時を告げる時計台の鐘が鳴り響いた。城の右にある大きな噴水のある庭園では、数人の騎士達がのんびり休息中だった。
噴水の水に浸かっている数匹の大きな蛇もいる。
噴水から少し離れたところでは、円を描くように10体の女神像が配置されていたが、今では11体に増えていた。
11体目は最近置かれたものだ。
他の女神像のように美しすぎる像ではなかったし、足もさほど長くはなかった。という意味で他の像とはどこか違っていた。
背中の上の方までのまっすぐな髪の女性の像だった。優しく微笑んで優雅に左手をあげ、右足は少し後ろにずらしていた。
黒髪の騎士がふっとその像の前に現れて、手に持っていたピンク色の花束を石像の前においた。
そして懐かしげに石像を見つめたのだった。石像は等身大なのだが石の台座の上に乗っているので騎士と同じくらいの高さだった。
その騎士の後ろにディランが現れた。
「ドルイド、花を供えるな！縁起でもない！」
ディランはむっとした口調で言っていた。花を持ってきた黒髪の騎士はドルイドだった。そしてドルイドの前にある石像はー
「供えてって・・・ただ飾ってるだけだ」
ドルイドはディランに顔を向けて言った。
「飾ってって・・・」
ディランは石像を見つめた。石像の女性はゆりだったのだ。ドルイドがあんまりしょんぼりしていたので、女王が気をきかせてゆりの石像
を作らせて置いてくれたのだった。自身は出産でそれどころではないのに、そういうところが騎士達に愛されまくる所以であろう。
今ではドルイドはゆりの石像掃除が朝の日課だった。毎朝タオルと小さなほうきを持ってきてはせっせと掃除している。
おかげでこの像だけはいつもぴかぴかだ。
ゆりが聞けばびっくり仰天するに違いない。
ドルイドは前にゆりが鏡で見たとおり、髪が伸びていた。今は後ろにまとめてひとつに結んでいる。ゆりが6人目を妊娠した、という話は
ドルイドらもフークスを通して聞いていた。
「実は・・・昨日フークスと一緒に寝たんだ」
ディランが石像を眺めつつ言った。
「・・・・え？」
ドルイドは眉をひそめて聞いた。ちなみにこの時代男色はそんなに珍しくはない。きらびやかな騎士が男同士でくっついても周りもそんなに
気にしない。一族の数が多いからだ。
「そういうのじゃなくて、一緒に寝たら肌の蛇の子供に会いにいけないかと思ったんだが、だめだった」
「そう簡単にはいけないだろう。私だって何度も念じて寝てみたが無理だった」
ドルイドはちょっとほっとして言った。
「フークスが、この際全員で一緒に寝てみないかというんだが、ドルイドはどうする？」
「・・・・そんなことで未来にいけるならやってもいいが・・・」
「そうか。未来には行かなかったが久々にゆり様の夢を見てしまったよ。未来でもあの明るさで恋人達や王と明るく過ごしていらっしゃるん
だろうなあ・・・」
「そうだろうな・・・」
ゆりの印象が強烈過ぎたのか、ゆりがいなくなった今でも時々思い出してはしんみりしている二人だった。
「・・・というわけなんだけどルークはどう？」
城の中の休憩室にて、フークスが向かい側にいるルークに聞いた。ディランがドルイドに言ったことと同じことをフークスはルークに
聞いていたのだ。
「いいですよ」
ルークはあっさり言った。
「ごくごくごく」
小さくのどを鳴らす音が聞こえる。ルークは腕に赤ん坊を抱いてミルクをあげていた。赤ん坊の髪は赤と黒が混じっていた。ルークの
子供だ。子供はほっぺも手も足も丸々していた。
「アダムーかわゆーい！」
通りすがりの女騎士達が赤ん坊を見て声をあげた。赤ん坊の名前はアダムだった。
「ほっぺぷにぷにしてるー」
「抱かせてー」
ミルクを飲み終わったアダムはげっぷをしてから女騎士達の腕の中に移動した。
「ミルクあげるのも手馴れたもんだね」
フークスが感心したように言った。
「毎日あげてますからね」
アダムはきゃははと笑っていた。産まれたのは半年前になる。ルークは最近子供連れで仕事をすることが多かった。背中におんぶして
いるのもしょっちゅうだ。別にアダムを産んだ母親が育児放棄したわけではなく、アダムがなぜかルークの姿が見えないと泣き叫ぶので
そうしているのだった。アダムが寝るとどこかに預けたり家に連れ帰ったりしている。こうして城の中でミルクをあげることも珍しくはない。
「母親より父親になつくって珍しいよね」
フークスが言った。
「全くですよ。まあ彼女はまだ部屋にこもってますから。私と一緒にあちこち行けるのが楽しいようで」
ルークがいる間は誰の腕の中でもいいのだが、いなくなると泣くのだから困ったものだ。
「私も会えるものならばまたゆり様にお会いしたいです」
ルークが懐かしそうに言った。
「子蛇をもらった男達にも会ってみたいですね」
「そうだね」
「三日後の夜フークス様のお屋敷に行けばいいんですね」
「うん」
「わかりました。では私はこれで。」
ルークは女騎士からアダムを受け取り、おんぶ紐でおんぶして移動した。
「がんばれ、子連れ騎士」
フークスが笑って見送った。
こうしてみんなで一緒に寝てみようという計画は実行に移された。３日後の夜、男達がフークスの屋敷に集まってきた。
中にはレイアスもいた。
「あれ？レイアスはいやだったんじゃないの？」
フークスがレイアスの顔を見て聞いた。
「いやですが一人だけ仲間外れはいやです。もしみんなが未来にいけたら悔しいですからね」
「アダム置いてきたのか？」
ディランがルークの背中を見て聞いた。今日は赤ん坊は引っ付いていない。
「はい、寝かせてきました」
「じゃあまあ、ちょっと酒を引っ掛けてから寝ようか」
フークスはみなを酒飲の間に案内して酒を出した。
そしていい気分になったところで客間に行ったのだった。客間にはでかいベッドがドーンと二つ並べられていた。
「どういう順番で寝るんだ？」
ディランの問いに、「ディランの横はいやだよ」とフークスが言った。
「なんだか変な気分だなー・・・やっぱりパスしたい気分・・・」
レイアスはベッドを見つめつつ言っている。
「この状態で寝れるかどうか心配なんですが・・・」
ルークがちょっと不安げに言った。
「大丈夫。眠り香たいておくからね。じゃあ順番は、左から、ディラン、レイアス、ルーク、ドルイド、それで私ね」
フークスが言うと、レイアスは「えー！」と抗議の声をあげた。
「僕真ん中は嫌ですー！」
「うるさい。上の騎士の命令には従うこと！」
「そんな殺生な！」
「はい、寝た寝た。あんまり離れちゃ意味ないからね。引っ付いて引っ付いて」
「ええー！！！」
抗議しているのはほとんどレイアスだけだった。ルークもドルイドも素直に従っている。
「じゃあ眠り香たくよー」
フークスはベッドの脇の台の香に火をつけた。煙があがると、少し甘い香りが漂ってきた。
フークスもベッドにあがった。いい年をした男が５人引っ付いて寝ている姿は、はたからみればかなり奇妙だった。
「じゃあおやすみー」
「兄さん、僕に口付けなんてしないでくださいね」
レイアスはまじめな顔でディランに言った。
「するか。ばか」
「ゆり様に会えますように」
つぶやいたのはドルイドだった。
香が部屋の中に充満して、５人は眠りに落ちたのだった。
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