チッチ・・・チッチ・・・チュンチュン・・・


鳥のさえずりで目を覚ましたフークスは上体を起こしてふわああと大きなあくびをした。

何の夢も見なかった。未来へ行く作戦は失敗に終わったようだ。

頭をぼりぼりかきながら眠そうな目でベッドで眠る４人を見た。


ディランに引っ付かれているレイアスはなにやら苦悶の表情を浮かべていたし、ドルイドとルークはなぜかしっかりと抱き合って眠っていた。


「・・・・まあいいか」



時代を超えるには他になんらかの要素が必要なのだろうか。


それとも何かの偶然か、はたまた肌の蛇が肉親に会いたがっただけなのか？


まあ一度失敗したくらいで無理だと決め付けることもない。


時を置いて何度か挑戦してみよう。




フークスはそう思いつつ、あまりに眠かったのでまた寝転んだのだった。



第29話


新たな年が始まった。

ゆりがいる未来の世界では、大火事があった街は大急ぎで復旧作業が進められていたが、年明けには間に合わなかった。

だが今回の火事に関しては、復旧費用はすべて国が負担してくれることになり、街の人たちは喜んでいるようだ。


「アナスターシャ様がもう21歳とは・・・月日が経つのは早いですねえ・・・」

「・・・」

感慨深げに言ったヴィラの横では、ゆりはひっきりなしに食べ物を口に入れていた。テーブルには皿にもられた大量のサンドイッチやら果物

やらケーキまである。紅茶をぐびぐび飲んでは、ケーキを口に入れていた。お世辞にもお上品な食べ方とは言いがたい。



うーむ・・・100年の恋も冷めそうだ。



「ヴィラちょっとりんごむいてくれる？」

「はあ」

ヴィラはぬれたタオルで手を拭いて小さなナイフとりんごを手に取り、りんごを切って皮をむき始めた。

「今日は朝からおなかがすいてすいて・・・いくら食べても足りないくらいなの。所でさっき何か言った？」

「いえ、別に・・・もうちょっと落ち着いて食べたらどうですか？」

「うん」


ヴィラも今更ゆりのこんな所を見ても驚きもしない。30年近くも一緒にいれば、熟年の夫婦のような感覚に陥ってしまうのだろう。




最初のころのようなどきどきが味わいたいものだが・・・

最近は王妃のたのもしさに愛を感じるからなあ・・・どっからそうなったんだろう。




ヴィラは皮をむいたりんごを皿に乗せた。りんごには半分くらい皮がついている。なんとすべてうさちゃんリンゴになっていた。

「ありがとう。わーきれいにできたね。上手上手」

ゆりはりんごを手にとってしゃりしゃり食べ始めた。うさちゃんリンゴは前にゆりがむいていたのをヴィラがまねしたものだった。


「王妃、最近神の国に行ってます？」

ヴィラは自分でもりんごを食べながら聞いた。

「たまに行ってるよ」

「神の国ではおしとやかにしてるんでしょうね。それだけが心配ですよ」

「大丈夫だよ。ぜんぜん誰にもばれてないし、最近は神様とどうこうよりも自分の趣味に走っちゃってるけど・・・」

「趣味？」

「お風呂で熱唱」

「は？」

「これが気分爽快なんだー自分のお風呂でも最近歌ってるけど、向こうのお風呂の方が声が響いて楽しいの」

「シャリ・・・」

ヴィラがリンゴをかじった音がした。



ぜんぜんばれないなんて・・・神様、鈍いにもほどがあるんじゃないか？



ヴィラはこの前であった火の神を思い出しつつ思った。その火の神がゆりのせいで変な歌まで覚えていると知ったらヴィラも驚くに

違いない。



「そうだ、去年の大火事の時、井戸や噴水の水が突然わーって雨みたいに降り注いだって聞いたよ。ヴィラは見た？」

「ああ、見てないですよ。私が街に戻ったのは鎮火した後だったので。すごかったみたいですよ。明らかに不自然だったんで、

もしかしたら神様が助けてくれたのかもしれませんね」

「神様？」

「火事の後、街では水の神ラクアを祭る祭壇も作ってましたよ。」

「へー神様が助けてくれることなんてあるの？」

「たまにあるんじゃないですか？神様も気まぐれですからね。ところで今日は気はいらないんですか？」

ヴィラは一応気をあげに来ていたのだった。

「いるよ。ようやくお腹が落ち着いた。んじゃそっち行こう」

ゆりはタオルで手を拭いて長椅子の方に移動した。


引っ付いているとヴィラと目が合ったのでゆりはにこっと笑った。


「今年はあれ大丈夫そう？」

「大丈夫ですよ。あれの前に一度あっち行きましょう」

「む・・・」

「あんな姿を見てもこう思えるとは・・・愛って摩訶不思議ですね・・・」

「どういうこと？」

「不思議だ・・・」

ヴィラはしみじみとつぶやいた。




年が明ければあっという間に３の月がやってくる。戦のことも心配だが、とりあえずそちらが先だった。相手が決まっている者はともかくとして、

そうでない者達は相手を誰にするか、どうやって自分よりも強い相手と過ごすか、で火花を散らしていた。


夕方北の砦に帰ってきたエルバートは、大きなため息をつきつつよろよろと休憩室の椅子に腰を下ろした。離れた所にいたシャナーンが

それに気づいて近づいてきた。

「どうしたんだい？お疲れだね。強い敵でもいたの？」

「そうじゃないよ。敵じゃないんだ・・・敵じゃなくて・・・」

「？」

「あっ見つけた！エルバート！」

若い女戦士が休憩所に入るなり言った。

「わっ！すいません。今年も無理です！」

エルバートは女の子の顔を見るなり言っていた。

「だめでもいいから試してみようよー案外できちゃうかもしれないじゃない」

「すいません。ごめんなさい。」

エルバートは平謝りで消えた。

「もー」

女戦士は横にいるシャナーンを見た。そしてきらきらした瞳で「シャナーン様・・・」と言った。

「無理です」

シャナーンは即効で返した。

「もーいけずっ！」

女戦士は消えた。



エルは今年も誰とも過ごさないのかな？この前は悪いことしちゃったなあ・・・

それにしても女の子にあんなに謝らなくても・・・



この前とは掲示板に女性募集の張り紙をしたことだ。自分が犯人だとはエルバートには言ってない。



「シャナーン様！」

「シャナーン様好きです！」

「愛してます！」

女の子達がわらわらとやってきてシャナーンも消えてしまった。



夜の酒場でもエルバートはため息をついていた。

「エルバート、元気出せ！きっとそのうちその気になるさ！」

「そうだよ。あせるなあせるな！」

同じテーブルについていた仲間が酒を飲みつつエルバートを慰めていた。

外見が繊細でかわいらしいだけに、仲間達もついエルバートのことを心配してしまう傾向にあるようだ。


「どうも最近胃の調子が・・・・なんだかみんなに悪くて・・・」

「別に悪くないさ。女はどうしたって足りないんだから、他の男は喜んでるさ。気にするな」

「それ自分のことだろ？」

他の戦士に指摘され、「うるせーな」と言って戦士は返した。

「所でエルバートの好みのタイプっていないのか？」

「そうだよ。髪の色とか、同じ水色がいいのか？やっぱり」

「好み・・・別にないですねえ。皆さんそれぞれ素敵ですし・・・」

「気になる女は全くいないのか？」

「一番気になってる女は誰だ？」

エルバートはちょっと考えるように上を向き、みんなの方を向いた。

「王妃ですかね」

「王妃？」

みな同時に声をあげた。

「はい、楽しい方ですから」

エルバートは微笑んで言った。

「それって、王妃の恋人目指したいとか？」

「まさか。そんなことは考えてないです。ただ王妃とはお話するだけで楽しいですから」



あのカーライル様にも物怖じしない所はすごい・・・二重人格というだけで変わっているし、もっといろいろお話してみたいものだ・・・




エルバートは本当にそれだけしか思っていなかったのだが、話は回りに回って、「エルバートの好みは王妃」という噂が広まってしまった。


そしてそれはシャナーンの元にも届いたのだった。

「え！？エルが王妃を愛しているから 赤い月に誰とも過ごさないって！？」

話はいつの間にかそうなっていた。

「まさか・・・そんな・・・」

「女の子達がみんな噂してたんです」

「そうなんです。王妃様に告げた方がよいのではないですか？」


とシャナーンの彼女達がシャナーンに言った。王妃を愛しているというのはいいが、そのせいで赤い月を誰とも過ごさないというのは問題だ。




そんな・・・私だって！いや、私の方が王妃を愛してるのに・・・！あんな涼しい顔でそこまで想っていたなんて！



その日、エルバートを見かけたシャナーンはすれ違いざま、「君はずるい」と言って去って行った。



え？ずるい？何が？



エルバートはわけがわからなかった。噂は回っていたが、エルバートの元には届いてなかったのだ。



そしてその噂はラクシュミの耳にまで届き、ラクシュミは休憩室にゆりを呼び出したのだった。


「話ってなあに？」

ゆりが椅子に座って聞いた。

「ゆり、エルバートがどうやらお前を愛してるようだぞ」

「・・・・え？」

ゆりは思わず身を乗り出した。

「エルバートが？」

「お前を愛してるから赤い月を誰とも過ごさないと言ったそうだ」

「えー！！！？」

ゆりにとっては、まさに寝耳に水だった。

「でも・・・ぜんぜんそんな風じゃないよ」

「きっと胸に秘めてる想いでもあったんじゃないのか？お前を愛するのはいいがそのせいで赤い月を誰とも過ごさないというのは問題だぞ。

お前からちょっと話してくれ」

「えー！私が？！」

「お前が言ってきかなかったら私からも言おう。すでにエルバートを部屋に呼んであるからな」

「いー！！！嫌よそんなの」

「王妃の務めだ！」

問答無用で言われてしまった。




エルバートが私を愛してるって？何でいきなりそうなってるんだろう。そのせいで赤い月を誰とも過ごさないなんて・・・

本当ならかわいいけど、まじめにそうなのかな？




シャナーンは最初から愛光線が出ていたが、エルバートは全然そんな風じゃなかったためにゆりとしても意外だった。




普通を装っていたけど実は私のことを愛してるとか？胸に秘めてたって本当かな？


私を愛してるから赤い月を誰とも過ごさないなんて・・・本当だったらうれしい言葉よねえ・・・




誰にも言われたことがなかったので、ゆりはついうれしく思ってしまった。



どうしたものかと思いつつ、部屋に戻ると、すでにエルバートは部屋にいた。

「王妃、お呼びと伺いました」

エルバートはにっこり笑って言った。まさに乙女を悩殺する微笑みだ。



うっ・・・かわいい・・・あの目が私を愛してる目・・・かな？




ゆりは水色のきれいな瞳の奥にその想いとやらを探してみた。がよくわからない。


エルバートはニコニコ微笑んでいる。



この微笑の奥にひめたる想いが？本当に？




ゆりの顔は真っ赤だった。

「王妃、お顔が赤いですよ。どうかなさったんですか？」

「えーと・・・そのお・・・・」

ゆりはもじもじしている。すっかり乙女になっている。



エルバート実は恋人になりたいのかなあ・・・でも・・・ああ、はっきり聞いた方がいいのか。



「と、とりあえず座って」

「はい」

二人はテーブルを挟んで向かい合って座った。


「エルバート、ずばり聞くけど、私の事愛してるって本当？」

ゆりは真っ赤な顔で聞いた。

「はい、愛してます」

エルバートは即座に答えた。ゆりの顔がますます赤くなっていった。

「王妃を愛さない一族の男はおりませんよ」

エルバートとすれば、それは当然の答えだったのだが、ゆりは誤解していた。


「じゃあ、そのお、私を愛してるから赤い月を誰とも過ごさないって本当？」

ゆりは恥ずかしげに聞いた。

「え？」

「本当なの？」

「いえ・・・そのようなことはありませんが・・・」

エルバートはきょとんとしていた。

「そうなんだって聞いたんだけど」

「ええ！？いえ、違います」

エルバートの頬は赤くなっていた。

「本当に違うの？」

「私自身その気にならないからで・・・王妃のことは全く関係ありません・・・」

「私を愛してるってのは？」

「愛してます」

「じゃあ恋人になりたいの？」

「異性として、という意味ではないです。あくまで王を愛するように王妃を愛してるという意味で・・・」



なんなんだ？話が全く違うじゃないの。それとも照れてるだけ？



「あのう・・・誰がそのようなことを・・・」

「王様が。エルバートが私を愛してるから赤い月を過ごさないようだって」

「そのようなこと全くありません」


ガーン


「すいません。なにやら誤解があったようで」

エルバートが申し訳なさそうに言った。エルバートとしても、なぜラクシュミがそのような誤解をしたのか謎だった。

「いや、違うならいいのよ。違うなら。はははは」


ゆりの笑いは乾いていた。顔は引きつっている。



穴があったら入りたい・・・・



その時、エルバートの目がすっと細まった。

「王妃よ、そなた・・・自意識過剰にもほどがあるのではないのか？」


性悪蛇！



カーライルにばかにするように言われてゆりの顔は極限まで引きつったのだった。




バーンと派手に王の間の扉が開いてゆりが中に入って行った。そしてラクシュミの元まで走って行った。扉から椅子まで結構な距離がある

のでラクシュミの前に来た時にはゆりはぜいぜい言っていた。


「王妃、だめですよ。走ったら」

ラクシュミの横にいたミカエルが言った。

「ひどい！王様！エルバート全然そんなことないって言ってたよ！」

ゆりはぜいぜい言いながらラクシュミを睨んだ。

「え？嘘ついたんじゃないのか？」

とラクシュミ。

「全然違うって言ってたもん！」

ゆりは涙目になっていた。なんでわざわざかかなくてもいい恥をかかねばならないのか。

「どういうことなんだ、ミカエル。エルバートがゆりのせいで赤い月を過ごさないって話違うようだぞ」

ラクシュミがミカエルを見た。

「え・・・」


ゆりがじろりとミカエルを睨んだ。


「ルシェルがそう言ってたんですが・・・ルシェルはミルガから聞いて、ミルガはヴィクター将軍から聞いてヴィクター将軍はー」

「もういいわよ！」

ゆりはミカエルの言葉を遮った。

「本当に違うのか？」

「エルバートは全然私を愛してないよ。本人に聞いたら？」

ゆりはぷんと膨れて言った。

「すいません。王妃、」

「違うのか。そうか。よかった」

ラクシュミはほっとしていた。


何にもよくないよ！



くそー！あの蛇にばかにされたのが腹立たしい。


ぶんぶんしながら部屋に戻ると、中には泣きそうな顔のシャナーンが立っていた。

「王妃！」

突然大声で言われてゆりはぎょっとのけぞった。


「わっ私だって王妃を愛してるんです！

赤い月だって王妃のことだけ考えて過ごしたいほどなんです。本当なんです！」

「シャ・・・シャナーン！？」

「本当なんです・・・」

「・・・シャナーンわかってるよ」

ゆりは優しく言ってシャナーンの手を握り締めた。

「本当にわかってますか？」

「うん。もしかしてエルバートのこと気にしてるの？あれはデマだったんだよ。エルバートは別に私のことなんとも思ってないってさ」

「え？」

「だから気にしなくていいんだよ」

「本当ですか？」

「うん」

「王妃・・・」

「シャナーン・・・」

二人は抱き合っていた。


「所で王妃の方は、エルバートのことなんとも思ってないんですか？」

抱きしめられたまま聞かれてゆりはちょっとどきっとした。さっきはかなりときめいてしまったからだ。

「思ってないよ。私はああいう女の子みたいなかわいい子は苦手だなあ・・・ははは」

「本当ですかあ？」

どうやら疑われているようだ。

「シャナーンの方がずっと好きよ」

そういうとシャナーンの頬がちょっと赤くなった。




「なんだかよくわからないけどよかったね。シャナーン」

「恋愛劇見てるみたいだなあ・・・」

シスとラギが小声で言った。

部屋の扉は開いたままだったので、部屋の外では偶然通りがかった二人がこっそりのぞいていたし、侍女達は壁にはりついて

聞いていたのだった。



一方エルバートは、その後ラクシュミに会いに行き仕方なく弁明したのだった。ラクシュミはあっさり誤解だと理解したようで

エルバートはほっとした。




ーそなたも情けない。気になる女の一人もいないとは・・・

カーライルの声が聞こえてきた。

「戦いのことを考えたらとてもそのような気分にはなれないんですよ」

とエルバート。

ー戦いがあるからこそ、燃え上がるものだと思うがなあ・・・


「はあ・・・まあいいです。今年は・・・」




ためしに一人と過ごしてみる、といっても、一人だけ選ぶなんてできないし・・・



今のエルバートには女性の好み、というものがまだなかったので、誰か一人を選ぶこともできなかった。そういう内はまだ赤い月にも

反応できないような気がする。



一体どうしてあんな噂が流れたんだろう。

もしかしてシャナーンはこのことで怒っていたのか。やれやれ・・・


ああ、なんだかまた胃が・・・薬でももらって来よう・・・




エルバートはその後病院に行ったのだった。



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