第17話
新たな年が明けて、アナスターシャは２歳になった。
銀色の髪は肩くらいまで伸びている。もう結構なんでもしゃべるし走り回る。
瞬間移動もできるので、侍女たちは後を追いかけるのが大変だ。そのかわいらしい風貌もさることながら、きらきらした瞳に見つめられると、誰もが幸せな気分になり、ぼんやりした表情になってしまうのだった。
「母様、大好き♪」
アナスターシャはゆりを慕い、毎日ひざに乗ってくる。もうすでにいろいろ勉強を始めてるらしくて、ゆりはいつでも
アナスターシャと遊べるわけではなかった。王の子供は小さなころから大変のようだ。もうすでに家庭教師が１０人もついて
いるとか。一般人であるゆりには到底想像できない世界だ。こんなに小さいのにそこまでしなくても・・・
そうゆりがラクシュミに言うと、教育に関しては口を出すな、ときっぱり言われてしまったのだった。
「母様、いいにおいね。父様とおんなじね」アナスターシャはうれしそうにゆりに抱きついてくる。言葉もだいぶうまくなってきた。ゆりもそんなアナスターシャが可愛くて、
ぎゅっと抱きしめてあげる。
しかし、時折鏡を見ると、黒髪、黒い瞳の普通の顔立ちの自分のひざに、銀色の髪で、きらきら光る瞳の、すごくかわいい
女の子が乗っている。どう考えても親子って感じじゃないな、と思ってしまうゆりだった。
誕生日のお祝い気分がちょっと抜けた１月１５日、蛇の国の南にある羊の国の使者がラクシュミにアナスターシャが誕生日を無事過ごした祝辞を延べに来た。羊の国は、蛇の国とは大河を挟んでいて、そこが国境になっている。
その後、ミカエルが別室で使者の一人とあった。男は羊の国でも結構身分が高い男でミカエルよりも年齢もかなり上だ。
ミカエルはもう何度もこの男と会っていて顔なじみだった。髪は羊の毛のように白でもこもこしていて肩まであり、頭には見事な角が生えていた。顔の後ろ側にぐるりと丸まっている角だ。
羊の一族は、たいてい皆角がある。使者は体格もよく、緑系統の色を織り交ぜた正装着を着ていた。腰からは何本もの緑の紐が
垂れ下がっている。草原が多い羊の国では、緑の色が最も好まれている。
「ラーイ殿、相変わらず見事な角ですね」
ミカエルが男の角を見て言った。茶色っぽい角は磨かれたように輝いている。
「恐れ入ります」
男が少しうれしそうに言った。角がある人種は、たいてい角をほめられると喜ぶものなのだ。
「こちらの王は変わらずお美しいですね。我らもお会いする度に、うっとりしてしまいますよ」「そうですか」
蛇の一族が異性の肌の蛇に心引かれるように、羊の一族は、異性の角を見て心引かれるのだった。それでも、
美しいものは美しいと思う美的感覚はもっている。
「姫君もだいぶ大きくなられましたね。とてもかわいらしい」
「ええ。我らにとっては今ではなくてはならない存在ですよ」
妙な沈黙があり、使者が口を開いた。「最近、あちらはおとなしいようですね」
「そうですね。でも、雑魚は大勢送り込んできてますけど」
「そうですか・・・」
あちら、とは龍の国のことを指していた。羊の国は、龍の国との間に蛇の国があるために、龍の国の脅威には直接さらされてはいない。長年にわたって、同盟を結べとの催促はあるのだが、のらりくらりとかわしていた。
羊の一族は、割合のんびりした気質で、好戦的な龍の一族はあまり好きではないのだ。蛇の国がずっとあった方がありがたいので、
蛇の国と羊の国は長年同盟関係にある。といっても、蛇の国で戦いがあれば国をあげて助太刀する、ということはない。
他国では、自分の力が発揮できないというのも理由のひとつとしてあるが、同盟とは、あなたたちを攻めませんよという意味あいがあった。自分達の国での戦いは、自分達でなんとかするしかないのだ。
「南の方は最近平和ですか？」ミカエルが聞いた。
「ええ、こちらも小競り合い程度はありますが、わが国の南の国々は、北とは違い、どこものんびりしてますから」
「そうですか。それはよかったです」
「・・・・」
二人はその後世間話をした。使者の話し方はやけにのんびりしていたが、普段からこうなので、ミカエルは気にせずに
話を続けたのだった。
第１７話
ゆりはその日、部屋でヴィラにバラクの相手をしてもらっていた。アナスターシャは勉強中で、部屋にも入れさせてもらえない。
「王様の子供って大変ねえ。ヴィラもあんな小さいころから勉強したの？」ゆりは駒を進めて聞いた。
「いいえ。まあ、女王様になるかもしれないのだから、仕方ないですよ」
「そうかもしれないけど・・・」
ゆりの手は駒とゲーム盤の横においてある木の実を行ったりきたりしていた。くるみのような味のどんぐりっぽい実を、ずっと
食べている。
「あれから儀式ないですね」
ヴィラがぼそっと言った。
「ないねえ。ザクート王の儀式もないのかな。外に出たいよう」
「もしかしたらあれは、第一子だけかもしれないですね」
「うう、ザクート王のケチ」
アナスターシャの時にはあれだけ感謝しておきながら、再び悪態をついているゆりだった。
アナスターシャが生まれてからゆりは全然結界の外には出ていない。その代わりもう一人のゆりはたまにちらほら
外に出ている。
「ねえ、王妃、なんであの時儀式にならなかったんですか？」ヴィラが聞いた。
「さあねえ・・・」
ゆりはイシュタールのことは誰にも言ってなかった。言えば、イシュタールが悪者にされるかもしれないと思ったからだ。
その時、扉がノックされてミカエルが入ってきた。「はい、王妃」
ミカエルは両手に隠してもっていたものをゆりに渡した。
「わあ！かわゆい！」
それは両手の平に乗るくらいの子羊っぽいぬいぐるみだった。子羊はべたっと座っていた。つぶらな瞳をしている。
「かわいいー！」
体にさわるともこもこしている。本当の羊毛でできているようだ。
「どうしたの？これ、」
「さっき羊の国の使者と会ってもらったんです。一杯くれたんですよ。王妃好きでしょ？こういうの」
「好きーかわいい〜」
ゆりはうれしそうにぬいぐるみを抱きしめて、はっとした。
羊？羊といえば・・・・ラム肉・・・・ラムチョップ・・・ジンギスカン・・・・
その時、脳裏に、昔食べたジンギスカンの図が浮かんだ。
ジ・・・ジンギスカンが食べたい・・・・鉄板でジュージュー焼いて食べたい。
想像していると、匂いと味の感覚までよみがえってきた。
ミカエルとヴィラはゆりが突然ぼんやりしだしたので、首をかしげた。すると、ゆりがぎろりとミカエルを見た。ミカエルが一瞬びくりとした。
「ねえ、ミカエル、お願いがあるんだけど・・・」
「なんですか？」
「羊一頭さらってきて」
ミカエルの顔が引きつった。「さらってどうするんです？」
「どうするって、食べるに決まってるじゃない。子羊でもいいからさあ」
「王妃・・・さっきあれだけかわいいって言ったのに・・・」
ヴィラがあきれていった。
「だって、食べたいんだもん。羊！」
ゆりの目はまじだった。目の色が違っている。
今は妊娠中で、強烈に食欲が増している時期だった。向こうの料理も食べたくてしょうがない。
「王妃、無理なんですよ。同盟国の動物は、食べない決まりなんですよ。」
ミカエルが優しく言った。
「えーじゃあ敵になったらいいの？」
「物騒な事言わないでください。彼らが蛇食べたら王妃だっていやでしょ？」
「そりゃそうだけど・・・・ジンギスカン・・・ラムチョップ・・・」ゆりはあきらめ切れなかったのか、ぶつぶつ言っていた。
「あーあ、なんでこの世界って牛いないのかな。ひどいよ・・・」
この世界には牛に似た生き物はいたが、味も牛とはちょっと違っていた。
「他の肉で我慢してください。王妃」
「ちぇ」
ゆりは口を尖らせた。
ああ、さようならジンギスカン・・・・
ゆりの脳裏では、ジンギスカンの肉と野菜が乗った丸い鉄板が空のかなたへと飛んで行った。
「王妃、それよりも儀式のお話ですよ」ヴィラが話を振り、ミカエルはいすに座った。
「・・・まあ、そのうちにその気になるんじゃないのかな」
ゆりが気楽に言った。ようは子供がおなかにいる内に、すればいいわけだ。
「でも姫君の時は、失敗なんてなかったのに。なんで失敗したんですか？どうして教えてくれないんです？」
「・・・・」
「もしかして、イシュタールのこと関係あります？」
ミカエルが言って、ゆりはぎくりとした。
「なんで？イシュタールなんて関係ないよ」
「では、なぜあれからイシュタールと会わないですか？気も彼からはもらってないし、あなた彼のこと気に入ってたのに」
「・・・そうだっけ？たまたまじゃない？」
ゆりは上を向いてはぐらかすように言った。ミカエルが言う通り、ゆりはあれ以来イシュタールにあってない。
もともとイシュタールは自分から進んでここに来るタイプでもないから、ゆりが呼ばない限り、城の中で偶然会わない限りは
会うことはない。
ーもう一人の王妃はどうなんです？ヴィラがミカエルに思念で聞いた。
ー会ってないようだぞ
ーそうなんですか・・・両方会わないのは変だな・・・
「実はイシュタールがちょっと気にしてたので」「何か言ってたの？」
「あれから王妃のお呼びがないな、って言ってただけですよ」
「ふーん。別に他意はないよ。ただ、ちょっと醜態を見られちゃったから、会うの恥ずかしいだけで」
ゆりはうつむいて言った。「儀式の前兆ですか？」
ヴィラが聞いた。
「うん。イシュタールには変な女だと思われただろうなあ・・・」
「迫ったんですか？」
ヴィラがずばり聞いた。
「う・・・・」
「ミルキダスのように強制参加させる気はなかったんですか？」
「・・・いや、別にそこまでは・・・」
話はそこで終わった。ゆりは結局３度やって３度ともヴィラにバラクで負けた。
何年たっても上達しないなあ・・・
ゆりはがっくりきてゲーム盤をしまったのだった。
儀式の事は確かに気になったのだが、今はそんな事ばかり気にしてられない。年が明けたら、待望のあれがまっているのだから。
その時ゆりの侍女が部屋に入ってきた。「王妃様、今年は３月３日からだそうですよ。あれ」
侍女が意味ありげに言った。
「去年より早いね。楽しみだなあ〜」
ゆりの頬がぼっと赤くなる。
「ふふふ、王妃様ったら♪」
侍女もにこにこしていた。
去年は直前に顔にぶつぶつができてぎょっとしたゆりだったが、今年は顔のパックくらいで、新しい化粧品は仕入れてない。どうも肌が合わない場合があるので、直前にまたおかしくなったら困ると思ったからだ。
ハザーク様、またあれやってくれないかな・・・
ゆりは去年の事を思い出して思った。かなり恥ずかしかったが、あれのおかげで結構肌の調子がよくなったからだ。
・・・ちょっとご機嫌伺いに行ってみようかな・・・
ゆりはその夜、ベッドに入ってきたラクシュミに聞いてみた。「ねえ、王様、ハザーク様の好きな食べ物って何？」
「・・・さあな、蛇が食べる物はたいてい好きなんじゃないのか？」
「・・・・」
だからって卵と肉はいどうぞって持ってくのもおかしいな。
「お菓子とか食べるの？」「さあ。なんでだ？」
「明日ご機嫌伺いに行こうかと思って」
「・・・お前しょっちゅうハザークに会ってるのか？」
ラクシュミはゆりの顔を見て聞いた。
「たまにだよ。たまに」
「そうか・・・」
「一族の人はあんまり会いにいかないの？いつ行っても侍女がいるだけだね」
「私が会うくらいだ。他の者は恐れて近寄らない。お前は怖くないのか？」
「ハザーク様って口は悪いけど、今の所はそんなに怖くないけど・・・ハザーク様って一体何歳なの？」
「予想では一万年くらい生きてるんじゃないか？詳しくは知らないが」
「すごいね・・・なんだか想像できない・・」
「だからみんな恐れてるんだ。まあ世間話をしに行ってもハザークはむっとするだけだろうがな」
「ふうん・・・」
一万年かあ・・・鶴は千年、亀は万年というけど・・一万年生きる蛇もいるのね・・・
次の日の午後、ゆりは花壇の花を切って花束を作り、ハザークの塔に行った。ハザークはやっぱり長椅子に寝そべっていた。
「これどうぞ」
ゆりは白い髪の侍女に花を渡した。
「まあ、ありがとうございます」
侍女は微笑んでくれた。
「こんにちは、ハザーク様」ゆりは長椅子に近づいた。
「何か用か？」
ハザークが視線だけ向けて聞く。
「別に用ってほどのこともないんですけど・・・」
そういうと、ハザークは目を閉じた。
「・・・・」
侍女は花を持って部屋を出て行った。
整体をやってくれ、という雰囲気にはとてもなりそうになかったので、ゆりはあきらめた。
「それじゃあねハザーク様」ハザークはどうやら迷惑そうだったので、ゆりはそのまま部屋を出て行った。
そうこうしていると、２の月になった。ゆりは昼も夜もうきうきしてきている。ある晩、早めに寝室に来たラクシュミが、ちょっといいにくそうに言った。
「お前には非常に悪いんだが・・・」
ゆりが首をかしげてラクシュミを見た。
「今年からは交わりの月は、お前と夜しか過ごせない」
「・・・」
ゆりはぼんやりした顔をしていた。
「どうして？」
「アナスターシャと一緒にいたいからだ。いろいろ教えたいことがあるが、普段は時間が取れないんでな」
「そうなんだ」
ゆりはひどくしょんぼりしてしまったので、ラクシュミが困ったように上を向いた。
「夜は毎晩お前と過ごすから、それでいいだろ？別に他の女と過ごすわけじゃない」
「うん。いいよ」
ゆりはそういったものの、かなりしょげてしまった。
次の日、ゆりはぼんやりしていたのでミラが不思議そうに聞いた。「どうかなさったのですか？」
「王様今年から交わりの月、昼間はアナスターシャと過ごすんだってさ」
「そうですか。」
「しょうがないといえばしょうがないけど・・・ちょっとショックでさー」
ゆりはテーブルにべたーと伏した。
「王も、普段は姫君とじっくり会えませんから、しょうがないですわ」
「わかってるよ。自分でも大人気ないって思ってるんだけどさ・・・」
「でも夜は毎晩過ごせるのですから、ね」
「うん」
わかっているけど・・・・私ってほんっと大人げないな。
ゆりは自分でも呆れていた。
そしてとうとう交わりの月、ゆりは現れたラクシュミに泣いてすがってしまった。「なんで泣いてるんだ？」
ラクシュミがいつもの３倍ほど優しい声で聞いた。
「だって、久しぶりだから・・・」
「毎日会ってるじゃないか。」
「だけど・・・」
「泣くな。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ。」
「王様・・・」
花の匂いと快楽に包まれて、幸せなひと時を過ごしたゆりだったが、朝起きたらもうラクシュミはいなかった。
すでにアナスターシャのところに行ってしまったようだ。
心ではしょうがないと思いつつも、なんだか少しさびしくなり、ゆりは寝室にある長椅子にしばらくぼんやり座っていた。侍女がもってきてくれた食事にも手をつけてない。
この時期だけはゆりは自分の部屋に戻らずに、王の寝室にテーブルと椅子が置かれてそこに食事が運ばれてくるのだ。いつもならば二人並んでひっついて一緒に朝食を食べるのだが、今回は違う。
ゆりがぼんやりしていると、部屋にラクシュミが現れた。ラクシュミはテーブルの上を見た。「どうしたんだ？何か食べないとだめだぞ？」
「うん・・・」
ゆりはテーブルに手を出してパンを取った。そして口に運んだ。
「・・・お前、ずっと私の側にいたいか？」
「え？」
「ひっついてるくらいならいいぞ」
「・・・・」
ゆりは瞬いた。
「後で侍女をこさせてやるから、一緒にこい」
「いいの？」
ゆりの目が輝いた。
「ああ。だが、一人で城の中を出歩くんじゃないぞ？侍女が来るまで出歩くなよ？」
「はい」
「絶対だぞ？」
「どうしてそんなに念押すの？」
「城の中は数人男がいる。お前が会うのは困る。もし他の男と目を合わせたら、お前の目をつぶしてしまうからな。
わかったな？」
「はい」
ラクシュミは消えた。
あれ？なんか今、さらっと怖い事言われたような・・・・聞き間違いかな？
ゆりは首をかしげた。だが、昼間も一緒にいれる、そう思うと元気が出てきた。
やっぱり今の王様って優しいな。私のこと気にしてくれたのね。
ゆりは先ほどとはまるで逆の表情でうきうきとご飯を食べ始めた。
ご飯を食べてくつろいでいたら、ゆりの侍女が二人やってきた。「ねえ、お風呂行きたいんだけど」
「いいですよ」
侍女達は、ゆりの頭にすっぱりと布でできた袋をかぶせた。
「え？なんで？」
ゆりが布をめくって聞いた。
「赤い月の間は、王妃はこれをかぶらないと廊下は歩けないんですよ。」
「そうなの？」
「絶対一人で出歩かないでくださいね。もし王妃が一人で男の人にあったら、私たち、殺されてしまいます」
「え・・・まさかあ・・・」
ゆりは冗談だろうと思ったが、侍女の顔は真剣だった。
今まではどこに行くにもラクシュミが瞬間移動で連れて行ったし、ゆりは一人になったことはあまりなかった。
「じゃあ、さっきの男にあったら目をつぶすってのも真面目に言ったのかな」「真面目ですわよ。赤い月の間は王妃は王以外の男を見てはいけません。そういう決まりですからね」
「わかったわ」
ゆりはすっぽり布をかぶされて浴室に行き、身支度を整えて、また布をかぶった。布をとられると、目の前にラクシュミと
アナスターシャが見えた。
「母様」
アナスターシャがゆりの足にひっついてきた。
ゆりは部屋の中を見回した。王の間の横にある広間のようだ。
「アナスターシャ、戻れ」
「はーい」
アナスターシャはラクシュミの前のじゅうたんの上に座った。
「こっちにこい、ゆり」
「はーい」
ゆりもアナスターシャのように喜んで、ラクシュミの横にぴったりくっついた。ラクシュミはゆりの頭をなでた。
「お前は黙っていろよ？」
「はい」
ゆりはラクシュミにぴったりくっついて黙っていた。
ラクシュミはアナスターシャにいろいろ難しいことをいっていた。アナスターシャはじっとラクシュミを見上げて聞いている。
そして時折首をかしげていた。
「難しくてわかんない」
アナスターシャが言った。
「今はわからなくていい。」
「もっともっと簡単に言ってくれないと・・・」
「そうか？」
ラクシュミは簡単な言葉でいろいろ話していたが、それでもアナスターシャは首をかしげていた。
ゆりは二人のやり取りはちっとも聞いていない。ただ、ひっついてぼんやりラクシュミを見ていた。
そんな生活が８日ほど続き、休憩時間になり、アナスターシャがゆりのおなかをなでた。ラクシュミはゆりからはなれてお茶を飲んでいる。
「男の子と、女の子、どっちがほしい？」
ゆりがアナスターシャに聞くと、アナスターシャが目をまん丸に見開いた。
「男の子だよ」
「え？」
「この子男だよ。」
「そうなの？」
ゆりがラクシュミを見た。
「さあ、私は知らんが・・・」
「男だよー」
アナスターシャはゆりのおなかに頬を寄せた。
「・・・・王様にわからなくてもこの子にはわかるのかな？」
「さあなあ、わかるのかもしれないな」
「・・・・母様蛇いれないの？」
「え？」
「まだ一匹もいないよ」
「・・・」
「蛇霊神のこといってるのか？」
ラクシュミがアナスターシャに聞いた。
「うん。この子蛇ほしいって言ってるよ」
「言ってる？」
「うん。強くなりたいんだよね」
「・・・・」
ゆりはラクシュミと目を合わせた。
「兄弟には何か通じるものがあるのかもな」
「そうなの？よくわからないけど」
交わりの月はあっという間に過ぎていった。昼間はラクシュミといちゃいちゃできなかったが、ゆりはアナスターシャと３人で親子水入らずのひと時を過ごせたし、夜は濃厚な時間を過ごせたしで大満足だった。
ゆりは次の日からは自分の部屋のほうのベッドで寝た。これからしばらくは、ラクシュミは女とくっつきたくない時期に入るので一人で過ごすのだ。アナスターシャはとっくに一人で眠っていて、たまにゆりの所にやってきて一緒に寝た。
そして、ゆりのおなかを見て時折奇妙な事を言うのだった。「蛇早くほしいっていってるよ」
「本当に言ってるの？」
「うん」
「・・・」
早く儀式をした方がいいのかもしれない。そう思うが、だれかが降りてこないと儀式になりようがないのだ。困ったゆりは、再びハザークの元を訪れたのだった。
「ねえ、ハザーク様、昔の巫女って、望んだらすぐ儀式できたんですか？」ゆりが聞くと、ハザークは目を開けてゆりを見た。
「私この前失敗しちゃって・・・あれ以来全然だめなんですよね」
「失敗？」
「誰かがちょっと降りてきたんですけど、帰っちゃったんです」
「・・・男が気に入らなかったんじゃないのか？」
「え・・・それで帰ったりするんですか？」
「男は何人いるんだ」
「５人です」
「昔はたいてい１０人以上はいたぞ。降りてくる女蛇の好みにそった男がいるようにな。といっても、最近は女蛇が気に入る
ような力の強い男も少ないがな。お前が魅力的な巫女でないから帰ったんじゃないのか？」
「でも、前の時は何度もできたのに」
ゆりはちょっとむっとして言った。
「降りてくる女蛇もいろいろでな、いつも同じとは限らないぞ。お前に素質があるから何度かできたのだろうが、
お前を見限ったらもう降りてこないかもな」
「え・・・」
ゆりはガーンとショックを受けた。
「それは困ります。蛇こないとこの子困るし」
「我に言われてもしらん」
そっけなく言われて、ゆりはしょんぼりした。そして、恨めしげにハザークを見ている。
「・・・・」
二人はしばらく沈黙した。ハザークはため息をついた。
「その時の状況はどうだったんだ。詳しく話してみろ」
「実は・・・・一人男の人誘ったら、その人儀式に来なくて・・・それで帰っちゃったみたい」
「ならその男をその気にさせるしかないんじゃないのか？」
「はあ・・・」
「いい巫女っていうのは、外見でも体でも男をとりこにできる女のことだ。お前は外見がいまいちだから体で
がんばれ」
「・・・」
ゆりの頬が引きつった。
何気にすごくひどいことを言われたような気がする。
「王はお前の体が好きだって言ってたぞ。どっちもいまいちじゃなくてよかったな。」ハザークは慰めるように言ったのだが、ゆりにはちっとも慰めにはなってなかった。