城の外にある門の内側に、ぱっとゆりとミルキダスが現れて、そこにいた門番が一瞬ぎょっとした。「今日はありがとうね。ミルキダス」
ゆりが言う。ゆりの左目は黄色と黒に変わっている。
「いえ」
ミルキダスの頬は赤く染まっていた。
「じゃあまたね」
ゆりが手を振ると、ミルキダスは「はい」と言って消えた。ゆりはついでに門番にも手を振った。門番はにっこり微笑んで
手を振り返してくれた。ゆりは姿を消して移動した。
今日は天気がよかったので結界の外に出て、湖のほとりでぼんやりすごしてきたのだった。ミルキダスと一緒だったのだが、見えないように他に３人ほどいたということもゆりは気づいている。
こちらのゆりは瞬間移動もできるし、敵の気配も察知できる。最初のころよりも力は増していて、ちょっとした力も使える
のだが、あまりするとラクシュミの機嫌が悪くなるので、敵と戦ったりはしてはいない。絶対一人では出るなといわれているので
外に出たいといえば、だれかが付き添うことになっている。アナスターシャの時はザクート王の魔法陣が守ってくれて、普段のゆりも
外に出れたのだが、二人目を孕んだ今はその儀式が起こる気配もなく、普段のゆりはお城の結界の中でおとなしくしている。
代わりにこちらのゆりがいろいろ出ておなかの中の赤ん坊にいろいろ見せているのだ。
ただ、外に出て楽しみたいというのもあるが。
ゆりは南の庭園の東屋の近くに飛んだ。そして、東屋のところに座っている男を見た。そこにいたのはイシュタールだった。イシュタールはゆりに気づいて微笑んだ。
「久しぶりですね。王妃」
「そうね。イシュタール」
ゆりはイシュタールの前に腰を下ろした。
「その色似合ってますね」
「どうもありがとう」
ゆりは今日は薄紫色のドレスを着ていた。ドレスといってもウエストがしまってすそがひらひらしたようなものではなく、
上下つづきのワンピースのようなものを着ていた。首元には銀の蛇のネックレス、ウエストのベルトにも、蛇の刺繍がある。
王妃様といっても、そんなに派手な格好はしていない。
イシュタールは伺うようにゆりを見つめた。「なあに？」
「しばらく呼んでくださらなかったですね」
「さびしかった？」
ゆりが笑って聞く。
「はあ・・あの時のことが原因かと思ったんですが・・・・」
普段のゆりはあの失敗した儀式以来、気まずくてイシュタールは呼んでいない。今のゆりは、気まずいということはなかったのだが、
まあなんとなく、呼ばなかっただけだ。男は他にもいろいろいるし、向こうが気まずがってるからまあいいやと思ったのだ。
「なんだか恥ずかしいみたいよ。あなたに会うのが。」
「そうですか・・」
ゆりは庭に咲いている花を眺めた。このあたりは、季節の移り変わりというのはそんなにはないのだが、毎年同じ時期に咲く
花はある。今こちらの庭にはゆりの背丈の半分くらいの高さの花木に黄色い小さなぼんぼりのような花が咲き乱れていた。
「あの・・・・あの時の儀式は失敗だったと聞いたんですが・・」「ああ、まあね」
「私、行ったほうがよかったんでしょうか」
イシュタールはどうも気にしているようだった。
「気が乗らなかったんでしょ？それなら行ってもしょうがなかったと思うよ」
「・・・」
「あれは感情が乗らないとなかなかできないよ。愛してるなら来てって言われても、困るよね」
「別に愛してないわけじゃないんですが・・・王妃として愛してますし・・・・」
「まあ、気にしないでいいよ」
「はあ・・・」
ゆりは花を見つめていた。イシュタールも同じように花を見ている。
といっても、これからどうなるのかしらねえ。儀式をやるには、やっぱりイシュタールをその気にさせないといけないのかしら。
がんばれ、向こうのわ・た・し
こちらのゆりは完全な傍観者として、もう一人の自分を応援していた。
第１８話
交わりの月から３０日ほどたったころ、儀式が起こる気配がまるっきりなかったゆりは、仕方なくヴィラに事の次第を話していた。ハザークに相談しても、全くらちがあかなかったからだ。
「やっぱりイシュタール殿が関係あったんですね」「まあ、そうなるけど・・・・」
二人は長椅子の方に並んで座っている。
「ミルキダスのように強制参加させればよかったのに」
「そう言われても・・・」
「まあ、イシュタール殿が好きそうなものでもないですからねえ・・・」
ゆりは無言だった。
「ですが、ハザーク様の言葉を総合すると、イシュタール殿をとりあえずその気にさせるしか方法ないみたいですけど」
「・・・・」
「この際イシュタール殿を誘惑して、めろめろにするしかないですね」
ヴィラがきっぱり言った。ゆりは大体予想はついたのでそう驚かなかったが、面白くなさそうな顔をしている。
「他に何かない〜？」
「それか、みんなで儀式の真似事やってたら、もしかしてくるって可能性もあるかもしれないですけどねえ」
「誰も降りてないのにみんなとあんなことできないよ」
ゆりは眉をひそめて言った。
「とりあえず、魅力的な巫女は、どんな男でもとりこにするんでしょ？イシュタール殿が原因なら、やっぱり避けては
通れないですよ？」
ゆりは口を尖らせていた。
「ちょっと練習しましょうか。誘惑の」
「えー？」
「王妃・・・・私はあなたの相談にのってるんですよ？」
ヴィラに鋭い目でにらまれた。
「わかってるけどさあ・・・」
「そうですね、フリット殿呼びましょうか。練習に」
「なんでフリット？」
「一番その気になりにくい人だからですよ。さあ、あっちいきましょう」
ヴィラは真顔で言って席を立ち、ゆりの腕に触れた。
やがてフリットがやってきて、ゆりはフリットと並んでベッドに座っていたが、ゆりは真っ赤な顔をしているし、フリットはちょっと困った様子で、ゆりとしては恥ずかしいことこの上なかった。
「・・・私から手出してもいいか？」
フリットがヴィラに聞いた。ヴィラはベッドの反対側に座っている。
「誘惑の練習なんだから王妃からいろいろしないと」
「今の私は無理だよ・・・自分からなんて」
交わりの月が終わってまだ間もない。あの時のラクシュミへの愛情があるので、他の男とどうにかなりたい気にもなれなかった。
「じゃああきらめるんですか？儀式」
ゆりが頬を膨らませた。
「イシュタールをその気にさせて、本当に儀式おこるのか？」
フリットが聞く。
「わからないですが・・・あの人が原因で失敗したんですから・・・」
「・・・」
もう逃げたくなってきた・・・
「王妃、この時期、我々はその気になりにくいですから、それでもがんばってその気にさせてください」「がんばりたくない」
フリットは泣きそうになっているゆりの髪をなでた。
「かわいそうに、王妃・・・」
「・・おにいちゃん・・」
ゆりはぴとっとフリットに抱きついた。
「よしよし・・・」
フリットはゆりの背中をなでている。恋人っていうよりは、仲のいい兄妹になっている。
「話になりません」ヴィラはあきれて言った。
結局その場は何もすることなく、３人は部屋を出た。ミカエルに強引にされるならともかく、自分から誘惑するとなると普段は難しい。
困ったもんだ、と思っていたら、次の日の午後、部屋にイシュタールがやってきた。ゆりがぎょっとしていると、イシュタールは、「久しぶりに呼んでいただいてうれしいですよ」と
微笑んでいってきた。
なんだか私が呼んだことになってる！？もしかしてヴィラの仕業かも・・・
ゆりの引きつった顔を見て、イシュタールは首をかしげた。「どうしました？王妃」
「ううん。なんでもないよ。じゃあそこ座って」
「はい」
イシュタールは長椅子の方に座り、ゆりは横に座った。
「元気だった？イシュタール」
「ええ、元気でしたよ」
「・・・・・」
しばらくの沈黙があった。
「外は最近どうかな？平和かな？」
「ええ、わりと平和ですよ。」
またしばらくの沈黙があった。
ゆりは引っ付くでもなくただ横に座っているだけだ。「今日は気はいらないんですか？」
「気？ああ・・」
「？」
「・・・ねえ、ベッドで寝転んでもらってもいいかな？」
「いいですよ」
寝室の方に行き、イシュタールにベッドで寝転んでもらって、横から寄り添った。「上着脱ぎましょうか？」
「うん。ちょっとごわごわする」
イシュタールは上着を脱いだ。
シャツの上からでも、胸や腕の筋肉がわかる。
「ねえ、蛇見たいな。」
ゆりが言うと、イシュタールは微笑んでいいですよといって、上半身裸になった。そしてゆりに背中をむけた。
ゆりは背中にある緑の蛇に触れた。
面白いなあ・・・刺青みたい・・・
「どうもありがとう・・・」「いえ」
「せっかくだから、このままひっついていいかな？」
「いいですよ」
ゆりはイシュタールに寝転んでもらってひっついた。胸の方に大きな傷があるのが見える。
さあ、これからどうしよう・・・どうすりゃめろめろにできるんだか・・・
ゆりは真面目にいろいろ考えていた。
イシュタールはじっとしている。
男を誘惑するようなキャラじゃないのに、なぜこんなことになってるのか、ゆりは自分でも謎だ。
「ねえ、イシュタールの蛇紋って、背中の蛇が濃くなるの？」
ゆりはそうだと思い出して聞いてみた。蛇の一族の男女にとっては蛇紋の話は結構刺激的なはずだ。
「どうだと思いますか？」
「うーん・・・もう一匹でる？」
「そうですよ。胸に出ますよ」
「そうなんだ・・・」
「見たいですか？」
イシュタールが微笑んで聞いた。ミカエルと違い、顔にはまったく性的な誘惑要素がない。
単なる王妃に対する好意だけで言ってるみたいだなあ・・・
そうゆりは感じた。
「・・・・実は私にも蛇紋出るんだよ」ゆりがイシュタールを見つめていった。
「え？本当ですか？」
「うん」
「・・・・」
イシュタールはちょっと興味を引かれたようだった。
イシュタールはもう一人のゆりとは肌を触れ合ったことはあったが、その時、蛇の目を持ったゆりの肌には、蛇紋はでなかった。ゆりに子供ができてからは、肌に触れ合ってはいない。
「完全な蛇だよ」
「何色ですか？」イシュタールが聞いた。
「秘密」
「そうですか・・・」
イシュタールはあっさり言った。
そこでもう一声押してくれればいいのに・・・
「きっと見たことない色だよ」仕方なくゆりの方から言った。
「・・・」
イシュタールは考えるように首をかしげている。
「じゃあ宿題ね。明日まで考えてきて」
「明日？」
「また明日来て」
「明日はちょっと仕事が・・・」
「そんなものミカエルにやらせたらいいから」
「はあ」
「明日の午後来てね」
「わかりました」
ゆりはこの日はこれでイシュタールから離れた。
気もそんなにとられなかったイシュタールはわけがわからなかったが、とりあえず、ゆりの蛇紋が気になっていた。普段見ることのできないもの、というのは、やはり見たくなってしまうものだ。
そして次の日の午後、城の中にいたミカエルの元に二人の下級戦士が近づいてきた。「ミカエル様、これから訓練所で兵士達の訓練講師お願いします」
「え？それってイシュタールの仕事だろ？」
「そうなんですが、イシュタール様は王妃様のお呼ばれで」
「だからお願いします。」
「え・・・・」
午後ちょっと時間が空いていたミカエルは、ゆりに会いに行くつもりだったのだが、下級戦士達に連れられて、仕方なく
訓練場に行ったのだった。
そのころ、ゆりはイシュタールを別室に誘っていた。ベッドの上に二人乗っていたが、服は着たままで、横に座っているだけでひっついてもいない。
「考えてきた？」
「はい・・・」
「何色でしょ？」
「ピンク色」
「ピンク？」
「王妃にぴったりだから」
ピンクの蛇かあ、かわいいかも。
ゆりはちょっと想像した。
「残念でした。はずれ」「そうなんですか？」
「うん」
イシュタールは首をかしげてゆりを見ている。イシュタールは、なぜゆりがこんな事を言い出したのかさっぱりわかってない。
なにやらかわいらしい謎賭けだと思ったが、まさか、一族の女でもないゆりにこんな謎賭けをされるとは思ってもいなかった。
つい気になって一晩考えてしまった。
「では、紫ですか？」「違うよ」
「・・・・銀色ですか？」
「違うよー」
「教えてください。王妃」
「・・・そんなに知りたい？」
ゆりは楽しそうに聞いた。
「・・・・」
イシュタールはぱちぱち目を瞬いている。どういっていいやらわからなかったようだ。
二人はしばらく無言だった。
うーん。ミカエルなら間違いなく押し倒される所だけどなあ・・・
「もしかして二色ですか？」イシュタールが聞いた。
「違うよ。金色だよ」
「金色？」
イシュタールが驚いた顔をした。金色の蛇紋というのは今まで聞いたことがない。
「そうなんですか？初めて聞きましたよ」
「・・・」
ゆりは様子を見るようにイシュタールを眺めている。イシュタールはちらりとゆりの体を見た。
「どこに出るんですか？」「その時によって違うよ」
「・・・そうなんですか？珍しいですね」
「そうみたいだね」
「・・・」
ゆりはちょっとイシュタールの様子が変わったかも、と感じた。緑の瞳がじっとゆりを見ている。いつものように表情もニコニコ顔じゃない。
「どうして教えてくれるんですか？恋人以外には、あまり言わないものなんですよ。そういうことは」「知ってるよ。私だって、いろんな人に言ってないよ」
「じゃあどうしてです？」
「あなたに恋人になってほしいから」
「・・・・私はうれしいですが・・・口でそう言ってくだされば・・・」
「あなたにその気になってほしかったから。私から言うんじゃなくて」
「はあ・・・」
「私のこと、愛してほしいの」
ゆりはずばり言った。
「愛・・・私は王妃のこと、愛してますよ。この前行かなかったのは、その・・・」
「あれはもういいの。あなたにお気に入りになってほしいの」
「お気に入り？」
イシュタールは目を見開いた。
「そう。一番のお気に入り」
「・・・ミカエルじゃなかったんですか？」
「あなたになってほしいな」
「・・・」
イシュタールはあきらかに戸惑っていた。視線がきょろきょろ動いている。
「いや？」
「光栄ですが・・・なぜ私なんです？」
「なぜでも」
「はあ・・・」
「私の金色の蛇見たくない？」
ゆりがちょっと頬を染めて聞いた。
「見たいですよ。とても・・・見てもいいですか？」
「うん・・・」
イシュタールはそっとゆりの髪に触れた。
次の日、城の北東にある戦士たちの訓練所の建物内を歩いていたイシュタールは、下級戦士たちがやけにににこ顔で自分を見ているのに気づいた。若い女の子達は、なにやら頬を染めて自分を見ている。
イシュタールは不思議に思いつつ、建物の外にある広場に行った。そこで大人になっていない戦士たちや、下級戦士たちが戦いの訓練をしているのだ。
その時、大人になっていない少年たちがイシュタールに近づいてきた。
「イシュタール様、聞きましたよ。やりますね♪」
「ミカエル様より上を行くなんですごいですね」
「？何言ってるんだ？」
イシュタールがぽかんとして聞いた。少年達はみんな目をきらきらさせて、やけに興奮ぎみだった。
「何って、イシュタール様が王妃のお気に入りの座をミカエル様から奪ったんでしょ？」
「朝からその噂で持ちきりですよ」
「すごいなあ。僕たち尊敬してしまいますう」
「え・・・」
イシュタールの目は点だった。
いつの間にそんな話になっているのか、わけがわからない。
「僕も大人になったらイシュタール様のようになりたいなあ」「王妃様の一番の寵愛を受けるなんて、すごいなあ・・・」
少年たちは、やけにうらやましがっていた。
この国では王妃のお気に入りの男にはみんな一目置く。白い目で見る者はだれもいなかった。むしろ、少年たちは羨望のまなざしを向けているし、女たちも、「すごい人」というような目でイシュタールを
見ている。
そのころ、ヴィラがゆりの部屋を訪れていた。ゆりの左目は、黄色と黒に変わっている。二人はテーブルを挟んで向かい合わせて座っている。
「王妃とイシュタール殿の噂が広まってますよ？」
ヴィラが言った。
「そうだよ。私が広めたもん」
ゆりはテーブルにおいてあるお菓子をつまんでいった。
「自分で広めたんですか？」
「そうよ。昨日の夕方に、ばらまかせたの。これでもうイシュタールは逃げられないでしょ？」
ゆりはふふふと笑ってクッキーを食べた。
「結局誘惑しなかったんですか？あっちの王妃は」
「してたよ。かわいらしく。それでイシュタールはもうかなりその気になってたよ。昨日なんて、抱き合ったまま、結局
何もしなかったんだよ。胸がどきどきしてできなかったみたいだよ。あれはもう落ちたも同然だよ」
ゆりが楽しそうに言った。
イシュタールはずっとゆりを抱きしめて髪をなでていただけで、他には何もしなかった。
愛情がわいてきたから何もできなかったのだと、こちらのゆりは思っているのだ。
「はあ・・・でも、それで儀式はちょっときついんじゃないんですか？」「まあ、大丈夫じゃない？私とイシュタールは仲良くしたし、ちゃんと誰かが降りてくればいいねえ」
「そうですね」
その５日後、イシュタールが恥ずかしげにゆりの部屋にきていた。ゆりが呼んだのだ。今のゆりの瞳は両方黒い。「こんにちは。イシュタール」
ゆりが微笑んで言うと、イシュタールは、頭をかいて、「こんにちは」と言った。
「あの・・・私と王妃の事が、かなり噂になってるんですが・・・」
「え？そうなの？なんで？」
ゆりが驚いて聞いた。
「なんででしょうか・・・・」
「まあいいや。ここきて」
ゆりは長椅子に座り、自分の横をたたいた。
「はい・・・」
ゆりがにこにこしているので、イシュタールも微笑んだ。この前から、イシュタールの心も、ちょっと微妙に
変化しているようだ。前のような愛想笑いとは少し違っていた。
「ねえ、噂って、どんな噂なの？」
ゆりが無邪気に聞いた。
「・・・私が王妃のお気に入りになったって噂ですよ」
「そうなんだ・・・」
ゆりはじーっとイシュタールを見ていた。
「・・・王妃にじっと見つめられると照れるんですが・・・」
「・・・」
ゆりはなんだか胸がどきどきしてくるのを感じた。
もしかしたら・・・誰か来るかも・・・
ゆりはそう感じた。「ねえ、イシュタール、ベッドいこうよ」
もう今しかない、と思い、ゆりは誘った。
「・・・・」
「ごめんね。イシュタール、私は本当はすごく嫌な女なんだよ。儀式をやるためには、あなたの愛が必要なの。子供のためだと
言えば、あなたは参加しただろうけど、それじゃいやなの。あなたに想ってほしいの。私のこと」
「王妃・・・」
イシュタールの目が見開いた。
「ごめんね。私は交わりの月、あなたと過ごせないのに」
ゆりは泣きそうな顔をしていた。
「・・いいんですよ。王妃、私はあなたに選ばれて、本当にうれしいですよ」
イシュタールはゆりの髪をなでて、体を抱き上げた。
ベッドの上で，裸で抱き合って、口付けをしていると、ゆりの顔つきが微妙に変わってきた。目つきがちょっと鋭くなっている。「ねえ、私のこと愛してる？」
ゆりはじっとイシュタールを見て聞いた。
「愛してますよ。王妃」
イシュタールが目を細めて言うと、ゆりは微笑んだ。
この想いが本当に愛情なのかどうなのか、イシュタールにはわからなかったが、ただ、この腕の中にいる存在が、可愛くて仕方がなかった。
やがて、部屋に５人の男たちがやってきたのだが、なにやらえらく二人の世界に入っていたので、ミカエルの顔は極限まで引きつっていた。
「な・・・」
ーあなた黙っててくださいよヴィラがミカエルをにらんで思念を飛ばした。
ーお前余計な事いうんじゃないぞ
フリットも思念を飛ばしている。
ーいつの間にこんなに仲良くなってるんだ！
ミカエルは無言で、二人に思念だけ送った。
ー嫉妬は後にしてください
ーそうだ。儀式が先だ
ミルキダスとジュノーは、二人の様子を見て、「イシュタール殿をあんなにその気にさせるとは、さすが我らが王妃」と逆に感心していた。
ゆりはイシュタールに抱きついたまま、他の男達を見た。「みんな何してるの？きてきて。イシュタールはまた後でね」
「はい・・・」
イシュタールがぼんやりして体を離した。
一番近くにいたジュノーがゆりの頬をなでた。「なんだか前降りてきた人とは違う気がしますが・・・」
ジュノーがゆりの表情を見てなんとなくそう思って聞いた。
するとゆりがにっと笑った。
「私？この体初めてよ。久しぶりだから、一杯かわいがってね。来て、ジュノー」
「はい」
ジュノーはゆりに抱きついてキスした。
５人の男たちがそれぞれゆりの体を愛撫すると、ゆりの体から匂うような淫気が放たれた。ゆりのおなかから胸にかけて金色の蛇が浮かび上がり、男たちは嬉々としてそれを見つめた。
「美しい・・・」
「本当に美しい・・」
「愛してます。王妃」
男達の瞳は、すでに蛇の瞳に変わっている。
ゆりはイシュタールの腕を引いた。
「一杯快楽を感じてね。」
「王妃・・・・」
長い間、ゆりは男達と肌を寄せていた。ゆりの瞳は、時折きらきらと輝き、黄色い眼球に黒い縦線が入ったような瞳に変わっていた。互いの体を愛撫しあう行為だけで、男達は皆、交わってはいないものの、濃密に愛し合ったかのような錯覚にとらわれた。
誰もが目の前にいる女が愛しくてならなかったのだ。
やがて、ゆりが謎の言葉を吐くと、部屋の中に何匹もの蛇霊神が入ってきて、ゆりの体に入った。ゆりは意識をなくし、男たちは長い夢からようやく覚めたのだった。
そのころには、もうすでに夜だった。
フリットはゆりの肩に歯型がくっきりと残っているのを見てぎょっとした。「これ誰噛んだ？」
「ジュノー・・・・」
ミルキダスがぼそっと言った。
「え？私が？覚えてないな・・・」
とジュノー。
「充血してるぞ・・・」
歯型はちょっと赤くなっている。
「フリット殿は王妃のおしりにかじりついてました」
ミルキダスの言葉にフリットはぎょっとした。そして、そろりとゆりのおしりを持ち上げてみると、確かに歯型がついていた。
「とにかく、お風呂につれていきますよ」
ヴィラが服を着て、ゆりの体を抱き上げて消えた。フリットも一緒に消える。
「・・・イシュタール殿、どうでした？」ジュノーがぼんやりしているイシュタールに聞いてみた。
「・・・なんだかすごかった。」
イシュタールは率直な感想を述べた。
「お前いつの間にあんなに王妃と仲良くしてたんだ」
ミカエルが服を着ながらぶつぶつ言った。
「なんか変な噂も出てるし」
イシュタールの噂は、当然ミカエルの耳にも入っている。フリットがミカエルに何もしないように釘をさしていた。
「王妃のお気に入りになったんだ」
イシュタールがにっと笑ってミカエルを見た。
「王妃がそういった」
「何・・・」
ミカエルの瞳が鋭くなった。
「まあまあ、いいじゃないですか。もうどうでも」
ジュノーが言う。
「よくない！」
「大人気ないな」
ミルキダスがぼそっとつぶやき、ミカエルににらまれたので横をむいた。
ゆりがはっと目覚めた時、そこは王の寝室だった。横を見るとラクシュミがいた。部屋の中は明るくなっている。どうやら朝のようだとゆりは感じた。
「大丈夫か？ゆり」
「うん」
体を起こすと、まためちゃくちゃ髪がのびていた。ゆりの肌は、昨晩の跡のひとつもない、きれいに再生されている。
いつもの通り、記憶は結構あったが、罪悪感のようなものはなかった。心の中はわりとすっきりしている。
「蛇何匹きたんだろう」
「５匹きたらしいぞ」
「そんなに？」
「前よりもお前がきれいだったって言ってたぞ。いい女蛇が降りてきたようだな」
「そうなんだ。それって、私の巫女レベルがあがったっていうことかな」
「まあそうだろうな」
わーい、レベルアップ！
と素直に喜んでばかりもいられない。
「恋人が一人増えたな」「・・・・」
「みんな喧嘩しないように平等にかまってやらないとだめだぞ」
ラクシュミが言った。
もしかして・・・レベルが上がるたびに男が増えていくんじゃないよね・・・まさかね。
ゆりの顔は引きつっていた。
イシュタールめちゃくちゃその気にさせたんだっけ。怒ってないかな・・・
儀式のために利用したような気がして、ゆりは後ろめたかった。
それから１０日ほどして、ゆりは城の中の廊下でばったりイシュタールに出くわした。ゆりはちょっと気まずかったが、イシュタールは優しく微笑んでくれた。そしてゆりの耳元に顔をよせてぼそっと言った。ゆりがうなずくと、イシュタールは
微笑んで去って行った。
夕方、一人で部屋にいたらイシュタールがやってきた。夕方部屋に行ってもいいですか？とさっき聞かれたのだ。「王妃、あいたかったですよ」
イシュタールは扉を閉めるとゆりに近づいて、ゆりの頬をなでた。
「あれの後だから、なんだか恥ずかしくて・・・」
ゆりが頬を染めてうなだれた。
「あの時、私をお気に入りにしたいといった言葉も、儀式のためだったんですか？」
イシュタールがせつなげに聞いた。
「え？違うよ・・・」
「本当に？」
「うん」
まさか、そうよ、ともいえずに、ゆりはうなずいた。
「じゃあ、私、真面目にミカエルに対抗しますよ」
イシュタールに言われてゆりはぽかんとした。
「真面目に、た、対抗？別にミカエルはほっとけば」
「そういうわけにも、だってうるさいし」
「はあ・・・」
イシュタールはゆりの髪をなでた。
「あっちにいってもいいですか？」
「え？あっち？」
「王妃の肌に触れたいんです」
「・・・・いいよ」
ゆりは後ろめたい気分だったので、ついそういって、イシュタールと裸でひっついた。
そして、激しく愛撫されて、イシュタールもミカエル並に刺激的だということに気づいたのだった。
うーん。儀式の時にはそうは思わなかったんだけどな・・・なんだかイシュタールの目がえらくまじになってるし・・・
「愛してますよ。王妃」耳元でささやかれ、硬直したゆりは、つい「ありがとう、うれしいよ」と言ってしまったのだった。
おしまい