「決闘！？」
庭園にゆりのでかい声が響き渡った。目も口も、大きく見開かれている。ここは東屋で、ゆりの前には女戦士のジュメとユリウスがいた。
「決闘といっても、血なまぐさいもんじゃないんですよ。ただ、一時間ほど武器でやりあっただけで」
ジュメが言った。
「そうですよ。二人とも楽しそうにやってたらしいですよ」
ユリウスが言う。二人の雰囲気は、穏やかで、笑みさえ浮かべていた。
「・・・」
ゆりはあきれてものも言えない。真ん中の木のテーブルの上には、お茶とお菓子がおかれていた。二人はお茶を飲んだり
お菓子を食べたりしているが、ゆりだけぼんやり口を開けたままだ。
昨日、城の南東にある闘技場で、ミカエルとイシュタールが決闘した、と聞いたのだ。驚くのも無理はない。
「それで、怪我とかしてないの？二人とも」
「大丈夫ですよ。二人ともそうばかじゃないですから、まあせいぜい擦り傷くらいですよ」
ジュメが言った。
「ミカエル殿のほうが魔力は強いんですが、武器での戦いになると、イシュタール殿のほうが上だし、持久戦になったら
ミカエル殿は勝てなかったですねえ。」
「私は見に行けなかったんですが、イシュタール殿に賭けたんですよ」
ユリウスがうれしそうに言った。
「私はミカエル殿に賭けたんですけどね、残念です」
とジュメ。
「・・・・二人とも、なんか楽しそうだね」
ゆりは引きつった顔で言った。
「だって、普段そういうことってあまりないですから、ほんと盛り上がりましたよ。周りは」
ジュメが心底うれしそうに言った。
「でも・・・決闘なんてまずいんじゃ・・・」
「大丈夫ですよ。二人とも仕事さぼってやったわけじゃないですから」
とユリウス。
「そういうことじゃなくて・・・王様に知れたら・・・」
「王はご存知ですよ。見たかったっておっしゃってたみたいですよ」
ユリウスがさらっと言った。
「・・・・」
「王妃のおかげで楽しい思いをさせていただきました。ありがとうございます」
ジュメが楽しそうに言った。
なぜ感謝されるのかわからない・・・
ゆりの顔は引きつりっぱなしだ。「それで・・・決闘の原因って・・・・」
「それは王妃ですよ♪負けた方は３月の間王妃に会えないとかなんとか」
「なんだそりゃ・・・」
「王妃はどっちに勝ってほしかったですか？」
ユリウスが聞いた。
「え？別にどっちでも・・・」
「イシュタール殿がかなりその気になったので、周りは大喜びですよ」
ジュメが真顔で言った。
だからなぜそこで喜ぶ。
ゆりにすればさっぱりわからない。
「他の男たちはそこまでミカエル殿と張り合わなかったですからね。もっと張り合えばいいのに」「張り合えばいいのにって・・・他人事だと想って・・・私は大変なんだよ。第一、私取り合わなくてももっときれいな人でも
取り合えばいいのに、ユリウスみたいな」
「何をおっしゃってるんです。王妃はとてもきれいですよ」ユリウスは真顔で言っている。
「この際どっちかいらない？ユリウス」
「私はどっちも嫌いですから」
ユリウスはにこやかに言った。男嫌いは相変わらずだった。
はあ・・・・
ゆりが脱力していると、アナスターシャがぱっとやってきて、ジュメとユリウスの顔が輝いた。「姫君、大きくなりましたねえ」
「本当にかわいらしい」
「こんにちは」
アナスターシャが笑顔で言うと、二人はとてもうれしそうに微笑んだ。
「お勉強終わったの？」
ゆりが聞いた。
「休憩よ。」
アナスターシャはゆりの横に座っておなかをなでた。
「いい子いい子」
「アナスターシャはね、男の子だって言うんだよ」
ゆりが二人に言った。
「そうですか。楽しみですねえ。りりしい若君」
ジュメが両手の指を絡めて言った。
「姫君のようにまだ出られてはいないんですか？」
「まだなの。まあ、別に出てこなくてもいいみたいだけど」
アナスターシャはゆりのおなかに耳をあてている。
「何か言ってる？」
ゆりが冗談交じりに聞いてみた。
「うん。もっと蛇ほしいっていってるよ」
「え・・・」
「母様がんばれっていってるけど、何をどうがんばるの？」
「・・・・」
まさか説明するわけにもいかず、ゆりはしばらく硬直していた。
第１９話
その夜、ミカエルはフリットの屋敷で一緒に酒を飲んでいた。「全く腹立たしい・・・」
ミカエルは一人ぶつぶつ言っている。
「まあいいじゃないか。３月なんてすぐだ」
フリットが言ってから酒を飲んだ。テーブルの上には１０本もの酒瓶が並べられているが、二人にとってはこれくらい
たいしたことはない。
「お前、イシュタールの休みにあわせて王妃の部屋に行け」
ミカエルが言い出して、フリットはぶっと酒を出した。
「そんな嫌がらせができるか」
「いいじゃないか別に。三人で仲良く話をすればいいだろ」
「・・・・」
「私がいけない間はお前が張り合え」
「いやなこった。」
「情けないやつめ・・・」
「私は普段の王妃にはお兄さんと慕われる仲だからそれでいいんだ。他の男との仲を邪魔する気なんてないな」
「兄妹なら、もう儀式はやめた方がいいんじゃないのか？」
ミカエルが横目で見て言った。
「それとこれは別だ。」
「なーにが別だ」
「私はもう一人の王妃とは仲良くしてるし」
「全く・・・」
その時、ミカエルの元に思念が届いた。ーミカエル、ちょっと緊急な用だ、北の砦に来てくれ
「ヴィクター将軍から思念だ。北の砦に行ってくる」ミカエルは立ち上がり言った。顔つきはさっと変わっている。
「私も行こうか？」
「そうだな。」
二人は同時に瞬間移動した。
８回ほど瞬間移動して、砦の中に入ったミカエルとフリットは、ぎょっとした。床に５人の死体があったからだった。「とてもすばしっこい敵なんだ。今も6人ほどで追ってるんだが・・・」
ヴィクターが真面目な表情で二人に言った。フリットはしゃがんで死体を眺めた。
「全員下級戦士、みんな首をやられてる」
首筋に皆大きな傷があった。それ以外傷はなさそうだ。４人は若い男、一人は女戦士だった。
「思念もないままやられてるんだ。」
「そんなに強い敵なんですか？」
フリットが聞く。ミカエルは瞳をきょろきょろ右や左にと動かしていた。敵の動きを探っていたのだ。
一族の者以外で、瞬間移動している者の気配を探る。味方に追われて逃げている者が一人いた。
「確かに素早いが・・・そんなに強い敵ではないような気もするが・・・」
ミカエルが言った。
「王も強い敵の気配はないとおっしゃられてる。念のためお前達も追ってくれ」
「わかりました」
二人は同時に返事をした。ミカエルはそのまま消えて、フリットは壁に立てかけてある剣を一本とって消えた。
敵を追っていた６人は３人が下級戦士、２人が中級戦士、もう一人はミルキダスだった。それぞれ思念を交わしながら森の中を追い込むようにおっていたのだが、なかなか敵の姿を見ることもできない。それほどすばしっこかった。
不意に、敵が向きを変えた。そして、数分後ー
ー王妃
ヴィクターは、そういう思念を戦士から受け取った。思念を送った相手は思念には答えなかった。「王妃？」
ヴィクターはすぐにラクシュミに思念を飛ばした。
ー王妃はちゃんと城にいらっしゃいますか？
ラクシュミは王の間から寝室へと飛んだ。ゆりは王の寝室のベッドで眠っていた。
ーちゃんといるぞーならいいのですが・・・
月明かりもない暗い森の中だった。広い森の中、風もなく、人が動く気配だけがしていた。味方は一人減り、フリットとミカエルも敵の姿を探していた。敵はすばしっこく細かい移動を繰り返して、移動先の予想もつきにくかった。だが、遠くに逃げていく様子も
なかった。
ようやく、ミカエルが敵をすぐ近くに感じて移動した。
敵は宙にとどまっていた。背中を向けている。黒い上下の服を着ていた。スカートのようにすそは広がっている。髪も黒い。闇にまぎれるような姿だが
ミカエルは暗闇でも見る事ができる。しめた、と思い、ミカエルは味方に思念を送って敵のすぐ近くに移動した。右手の先は銀色に輝いている。ミカエルは魔力で
敵に攻撃することができるのだ。攻撃しようとした瞬間、敵がこちらに顔を向けた。
「え・・・・」
敵は微笑んでいた。
その顔は、ミカエルがよく知った女の顔をしていた。
「王妃・・」
ミカエルの手の輝きが消えた。女はまだ微笑んでいる。
女の手には小さな刀が握られていた。
近くに移動してきたフリットは、宙に浮かぶ二人を見た。「よけろ！ミカエル！」
フリットの言葉と女が刀を振りあげるのはほぼ同時だった。
「ゆりの顔をしていた？」深夜、まだ王の間にいたラクシュミはフリットから報告を受けていた。
「はい、耳も小さくて、顔はそのまま王妃の顔で、髪も黒かったんです。」
「・・・」
ラクシュミは顔に手をあてた。
「だから弱い敵なのに誰も攻撃できなかったのか」
「申し訳ありません」
敵の追跡はもうやめていた。フリットが追うな、とみなに思念を飛ばしたからだ。敵はどこかに消えてしまった。
「全く・・・それでミカエルはどうなった？」「幸い傷を顔におっただけですんだんですが、毒がぬってあったようで、今治療受けています」
「そうか・・・・」
フリットが声をかけた瞬間、ミカエルははっと我に帰り、とっさに女の手首をつかんだものの、女の刀が顔にあたったのだった。
女はその後逃げたのだ。
「また来るかもな。話は明日にしよう」
「はい」
寝室に行ったラクシュミは、眠っているゆりを見てはあとため息をついた。
そんなにそっくりに顔を作りかえるとは・・・
ゆりは今まで城にこもりきりだったわけではない。敵の目に留まったこともあったのだろう。
その時、ゆりの目が開いた。ゆりの左目は黄色と黒に変わっていた。「どうしたの？何かあったの？」
沈痛な表情のラクシュミにゆりが聞いた。「ああ、嫌な敵が現れて、6人も戦士が死んでしまった。」
ラクシュミはベッドに上がりながら言った。
「強いの？」
「いや、弱い敵なんだが、お前の顔をしていたそうだ。みんな大好きなお前を殺すことなんてできなかったんだ。」
「ひどい・・・人の弱みに付け込むなんて・・・」
ゆりが悲しそうに言った。
「・・・しばらく外には出るんじゃないぞ」
「わかったわ」
ゆりは素直に言った。
それからしばらく、ゆりの部屋を、男たちがあまり来ることがなくなった。ゆりが気がほしいと言ったら誰かは来たのだが、フリット、ミカエル、イシュタールはしばらく現れなかった。「どうやら忙しいようです」とミラはゆりに告げた。
敵は一人だし、力はどうということはなかったのだが、その姿がゆりの姿というのが、戦士たちにとって、憂鬱なことだった。だれもゆりを傷つけたくないし、傷つけるくらいなら、自分が死んだ方がいいと思っていたからだ。敵だと思っていても、
人の心はそう割り切れるものではなかった。みんなそれだけ、ゆりのことが好きになっていた。
再び同じ敵が現れたのは、それから５ヶ月も後の夜のことだった。北東の森で発見した下級戦士はすぐに逃げた。そうしろと命令されていたからだ。
北の砦に、フリット、ミカエル、イシュタールが現れた。
「なんとしても我らの手で殺そう。」
フリットが言った。
「ああ、今度こそは」
ミカエルが言う、イシュタールは無言だった。
森の外側には、ミルキダスら、中級戦士たちが待機して、敵の様子を探っていた。敵の狙いは、強い者を倒すこと、ならば、自分のほうから接触してくるはず、と、ミカエルらはそう激しく移動はしなかった。
森の中を歩いていたイシュタールの前に、ふっと黒いドレスを着た女が現れた。女は微笑んでいた。ゆりそっくりの顔で。イシュタールは表情も変えずに即座に腰にあった剣をふるって女の首を切り落とした。それはとてつもない速さで、女は驚く間も
なかった。
笑ったまま、女の首は草の上にどさりと落ちたのだった。
それから数日後、ミカエルの顔を久しぶりにみたゆりは絶叫した。「ぎゃあああ！ど、どうしたの、その顔！」
ミカエルの左頬には、あごにかけて刃物でできたような傷があった。傷跡はちょっと紫色になっていた。
「わ・・・・私の顔が・・・・」
ゆりはあまりのショックに目に涙さえにじんでいた。
「すいません。王妃の大好きな顔に傷つけて」
ミカエルがすまなそうに言った。
「でも、きっと治りますから、ね、」
「うう・・・しばらくこなかったね。そんなに忙しかったの？」
「はあ、忙しいことはなかったんですが、のんきに笑える状況になかったので・・・ところでイシュタールきました？」
「ううん。ミカエルと同じくらい見てないよ。イシュタールは元気？まさか傷増えてるとか」
「いいえ。体は元気ですよ」
「そう・・・」
決闘だなんだとあったわりには、イシュタールは全然こなかったので、ゆりはおかしいなと思ったのだが、仕事が忙しくなった
のだろうと思っていた。
ゆりと別れた後、ミカエルは戦士の訓練場に移動した。イシュタールは建物内の休憩室でぼんやり座っていた。「やあ、イシュタール」
ミカエルが声をかけると、イシュタールは瞳を向けた。
「・・・まだ落ち込んでるのか？」
ミカエルが伺うように聞く。イシュタールが渋い表情をした。
「毎晩王妃の首が落ちる夢を見る」
ミカエルの顔が引きつった。
「すまない。お前には本当に悪いと思ってるんだ。心の底から」
ミカエルはすまなそうに言った。
「最初に私が殺していれば・・・」
「全くだ」
イシュタールは顔をしかめて言った。
「当分王妃の顔が見れない。申し訳なくて」
「別に王妃に何かしたわけじゃないからいいんじゃないのか？」
ミカエルがそういうと、イシュタールがじろりとにらんだ。
「すまない。本当に。私が殺したかったんだが」
「はあ・・・」
その時、ラクシュミから二人に思念が届いた。ゆりに儀式の前兆があったというものだった。
「・・・私は行くぞ？」ミカエルが言った。
「・・・」
「お前は一生王妃に会わないんだったな。じゃあそうしろ」
「誰も一生とは言ってない」
そうイシュタールが言い終わる間にも、ミカエルは消えていた。
しばらくむっとしてたたずんでいたイシュタールだったが、
こうなったら王妃に慰めてもらおう。
そう思い、結局ゆりに会いに行ったのだった。
おしまい