「し・・・しまった！」
元の身体に戻ったゆりはエルバートのことに気づいて両手を口にあてた。
「ど・・・・どうしよう・・・」
「お母さんどうしたの？」
ラギが巻貝を耳に当てたまま聞いた。
「昨日王様と一緒に寝たのよ」
「そうなの。じゃあエルバートびっくりだね」
「さらに・・・」
「さらに？」
「いやなんでも・・・・」
ゆりは口を閉じた。言ったらラギにバカにされるに決まっている。その時寝室にぱっとエルバートが現れてゆりはぎょっとした。
「あ、王妃！ひどいですよー」
エルバートは情けない声で言い、ゆりを見た。瞳には涙がにじんでいる。
ラギの手からは巻貝がぽとりと落ちていた。
「エ・・・エルバート・・・どうしたの。その格好・・・」
ラギは唖然とした顔で聞いた。エルバートは女性が着るであろうピンクのフリルのついたネグリジェを着ていた。
「ご、ごめん！服もってくるから！」
ゆりはだっと寝室を走って出て行った。ラギはようやくゆりが着たのだということに気づいた。
エルバートは涙ぐんだ顔でネグリジェを脱いでいた。
「ああ。こんな格好を王に見られてしまったなんて・・・・私は今後どんな顔で王に会ったら・・・」
かなりがっくり落ち込んでいるようだ。無理もない。一番見られたくない人物に見られてしまったのだから。
「だ、大丈夫だよ。エルバート、似合ってるから」
ラギは励ますように言った。
「ラギ様・・・」
エルバートはかなりショックを受けているのか、ラギにもつい恨めしげな目を向けていた。
「ご、ごめん・・・ごめんね。お母さんのせいで迷惑かけて」
「はあ・・・・」
エルバートは大きくため息をついた。
ゆりがエルバートの服を手に戻ってきた。走ってきたのだろう、肩で息をしている。
「ごめんなさい。ほんっとうにごめんなさい。この通り、許してー」
ゆりはぺこぺこ頭を下げて謝っていた。
「あの、王妃、そこまでなさらなくても」
エルバートはさすがに恐縮している。
「本当にごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
「王妃、もういいですから・・・」
家臣に必死で謝るゆりを見て、こういうところが王妃様らしくないんだよなーと思ったラギだった。
第44話
こうして二人の入れ替わりは、12日目の朝に終わったのだった。
よりによってあの晩に入れ替わるとは思ってもいなかったゆりだった。やはり女装した罰が当たったようだ。
エルバートは食堂に行き、アナスターシャやシスらに挨拶していた。
「よかったねー。元に戻って」
「本当だよ。僕らも安心したよ」
上の二人はにこにこしてエルバートに別れの挨拶をしているが、ロイとナナミはよくわかってなかった。
「もうエルマーじゃないの？」
ナナミが聞いた。
「そうですよ。ただのエルに戻ったんですよ」
エルバートは笑みを浮かべてナナミに言った。
「なんだあつまんない」
とロイ。
「・・・ロイ様・・・」
「なんだかエルがいなくなると寂しくなるなあ・・・」
シスがしんみり言った。
「いつでも会おうと思えば会えるじゃない」
とアナスターシャ。
「そうですよ。遠くに行くわけではないですからね」
「そうだね。」
皆にこにこしていた。ここにゆりはいない。ゆりはラクシュミに戻った事を報告しに行っていた。
「それでは私はこれで寮に戻りますから」
エルバートが皆を見回して言った。
「エル、お父さんには挨拶しないの？」
ラギが聞いた。
「・・・・そうしたいんですが・・・恥ずかしくて・・・」
エルの顔が赤くなっている。アナスターシャとシスが不思議そうな顔をしていた。
「お父さんは気にしてないと思うよ」
「私の方が気にしてるんです」
「あはは、そうだよね・・・・・」
その時エルバートの身体がびくっと跳ね上がった。
ラクシュミからの思念が来たのだった。
ーエルバート、食事してからでいいからちょっと来い。
エルバートは引きつった顔で硬直していた。５人は何があったんだろうとエルバートを見ている。
ーすいません。今日は王には会えません！
ーどうしてだ？
ーあんな姿をさらしてしまい・・・どんな顔でお会いすればよいのか・・・・
「エル顔が真っ赤だよ？どうしたの？」
ロイが聞いた。
「本当だね。」
とナナミ。ナナミはつんつんエルバートの足をつついていたが、エルバートは固まったままだった。
ーああ、あれについては私は何も気にしてないぞ。ゆりが着たんだし。
ラクシュミは普段とは変わらぬ口調で言った。
ーですが！
ーそれに似合ってたしな。全然違和感なかったぞ。
ガーン・・・・
今度はエルバートは口をあけたままうつろな目をしていた。
「エルー？」
ロイがエルバートの身体を横に押した。するとエルバートの身体は一メートルほど横に飛んで倒れた。
「あー！エル！」
ラギとシスがあわててエルバートに駆け寄った。
「大丈夫？」
「はい・・・」
「ばかっ！ロイ何すんの！あんたは怪力なんだから加減しなさい！」
「ごめんなさーい」
アナスターシャに怒られてロイは謝ったものの舌を出していた。
ゆりがそろそろっと食堂の扉を開けて中をのぞいた時には、子供達は座って食事中だった。エルバートはいない。
「エルバート帰ったの？」
「うん、帰ったよ」
ラギが答えた。
「そう・・・・」
ゆりは自分の席に座った。
「ねーなんでマーはエルと入れ替わったの？また入れ替わる？」
ナナミが聞いた。
「不吉な事言わないで。もう二度と入れ替わらないわよ」
ゆりが眉をひそめて言った。自分はともかく、エルバートの方は二度と入れ替わるのはごめんだろう。
「ねー母様、私もこれ欲しいよう！」
アナスターシャが持っている巻貝をゆりに見せて言った。
「なんでラギにだけあげるの。ずるい！」
「ずるいって言われても・・・たまたまよ。仲良く皆で回せばいいじゃない」
「ちぇー」
貸してーとシスが手を出したのでアナスターシャは巻貝をシスに渡した。シスが耳にあてると、「ヒヒーン」という馬のいななきが聞こえてきた。
「面白いねえ。今度は馬の鳴き声だ」
とシス。
「え？本当？貸して」
アナスターシャがもう一度巻貝をもらって耳にあててみる。すると、「スイーチョン、スイーチョン」と奇妙な音が聞こえてきた。
「あはは、変な虫の音が聞こえる」
「私も貸してー！」
ナナミが手を出した。巻貝は子供達の耳を回っていた。
「もしかして、この巻貝は神の国と通じてるのかもね」
ラギが言った。
「じゃあ何？私が耳にあてるとそのつど神の国でハロルドが怒鳴ってるわけ？そんなばかな」
ハロルドの魔法よりもそっちの方が受ける。ゆりは念のためもう一度巻貝を耳にあててみた。
すると、
「私のー」
とでかい声が聞こえたのでゆりはすぐに巻貝をテーブルに置いたのだった。
寮に帰ったエルバートは外に出かけて、東にある大きな川のほとりで座っていた。ぼんやり川の流れを眺めている。川の流れはゆるやかで、
時々魚が泳いでいるのが見えた。ここは休みの日などによく来る場所だった。川の流れる音を聞いていると心が休まる。
ここは川の中流で、周りには木々が茂っているが、街にも近い場所にあった。暑くなるとよく子供達が川に入って遊んでいる。
「エルバート様じゃないですか、久しぶりですね」
男の声が聞こえてエルバートが顔を向けた。見知った街の男だった。
「今日はこれじゃないんですかい？」
男は手に持っている釣竿を少し上に上げた。この男とは釣りをしていて時々顔を合わす仲だった。
「ええ、そのうちにやりたいですね」
「では」
男は軽く頭を下げて歩いて行き、離れた所で釣り糸を垂らした。
そうだ、明日は釣りをしよう。久しぶりだな。今年に入ってやってなかったものな・・・
エルバートは男の姿を見てそう思った。エルバートにとっては釣りが唯一趣味といえば趣味だった。
釣り糸をたらしてぼーっとしているのが好きなのだ。魚がかかる時もあればかからない時もある。
かかっても魚は逃がしてしまうので、釣りが好きというよりは、やはり川辺でぼーっとしているのが好きなのかもしれない。
３日間の休みをもらったのだった。明日の予定は釣りで決まりだ。
こうしていると朝の事も忘れそうだ。いや、もう忘れよう。忘れた。
まるで暗示でもかけるようにエルバートは自分に言い聞かせていた。結局ラクシュミに会いに行き、ラクシュミからは
「ゆりが迷惑をかけてすまなかったな」と直接言葉をかけられてしまった。
恥ずかしいことこの上ない。あんなに恥ずかしい思いをしたのは生まれて始めてだ。
ーあの女が王妃だった事がお前の運のつきだな・・・
久しぶりに懐かしい声が聞こえてきた。カーライルだ。
「運のつきってほどひどいことでもないような・・・恥ずかしかったですが、命の危機にあったわけではないですし・・・」
ーはっきり怒ればよかったのに。
「あの格好には参りましたが、怒ってはいないんですよねー。逆に楽しかったですしね」
それは本音だった。
ーお前ってやつは・・・優しすぎる。
呆れた声が聞こえてきた。
「そんな事ないですよ。今はほっとしてますが、逆に寂しい気もしますよ。おなかの中に赤ちゃんがもういないんだなーと思うと・・・・
ずっと一緒にいたら私の子どもみたいな気がして・・・あれは不思議な感覚でしたねえ」
エルバートは笑みを浮かべていた。赤ん坊の生命力を感じてかなり感動したのだった。赤ん坊がすごくかわいくて
たまらなくなってしまった。一緒の身体にいるあの感覚は、男には一生味わう事のできないものだろう。
ーそうか。お前もようやくその気になったか。どんどん孕ませろ。
カーライルの声は弾んでいた。
「どっちかというと、自分が孕んでみたいですね」
ーそりゃ無理だろ。
カーライルはすかさず突っ込んだ。
王妃はあのような思いを何度もしてらっしゃるんですね。
それを思うと、うらやましい気もしますね。
そう思ったエルバートだった。
エルバートは全く知らなかったが、城にいる間、戦士達の間ではおかしな噂が流れていた。それは、
「どうやらエルバートは王妃様に気に入られて城から出られないらしい」というものだった。エルバートが城から帰ってこないので、
そんな噂が流れていたのだった。ラギの研究を手伝ってるという話は伝わっていたのにもかかわらずだ。
戦が終わりひと段落ついていたので、その噂は面白おかしくすぐ広まった。それを聞いたミカエルはすぐ訂正していたのだが、
ミカエルが必死になればなるほど、なぜか噂はどうも本当らしいと逆に噂の信憑性が高まっていたのだった。
ミカエルが普段皆から信用されていないわけではない。ゆりの事になるとむきになるのでそう思われたのだ。
他の恋人達はその話を聞いてもだれもむきになって訂正してない。苦笑しただけだ。
シャナーンもそうだったのだが、事の真相を知っていたとしても、心にもやもやとしたものが沸き起こっていた。エルバートが
城にいる間、シャナーンはどこか不機嫌だったので、シャナーンの彼女らは、「やはり王妃はエルバート様の方がよくなってしまったのか」
と思ってしまったくらいだ。
「かわいそうなシャナーン様、あんなに王妃様をお慕いしてらっしゃるのに」
「シャナーン様のほうがずっとずっと素敵なのに」
「もしそれが本当なら、王妃様・・・お恨みしますわ」
「ぐす・・・」
シャナーンの彼女達からは、なぜか恨まれていたゆりだった。
「ええー！！！嘘！何それ！」
その噂を城で聞いたゆりはびっくり仰天だった。噂を教えてくれたのは、この日の午後やってきたジュノーとヴィラだった。
二人もゆりの様子を伺いに来たのだが、元に戻ったと城でラクシュミから聞かされたのだった。
「そんな噂ちゃんと訂正しておいてよ。二人とも」
「ミカエル殿が訂正して回っていましたが、逆に皆信じてしまったようで」
ジュノーがはははと笑いながら言った。
「エルバートに迷惑かかるでしょ。ただでさえ散々迷惑かけてるのに」
ゆりは口を尖らせている。これだけ迷惑をかけたら嫌われてしまうかもしれない、そう思っていた。
すでに嫌われてるかも・・・
「それよりもハロルド様が許してくださってよかったですね」
ヴィラが微笑んで言った。
「ちゃんと股間蹴ったこと謝ったんですか？」
とジュノー。顔が笑っている。ゆりはヴィラを睨んだ。
「言うなって言ったのに」
「いやーあまりに面白すぎたのでつい・・・ミルキダスとシャナーンとイシュタール殿は知らないようですよ」
とヴィラが悪びれない様子で言った。
３人が一生知らないままでいますように。
ゆりはそう願った。
「あーあ、ねえエルバートに何かお詫びがてら贈り物したいんだけど、何がいいかなあ？」
ゆりは向いに座っている二人を見て聞いた。
「男の子って何が喜ぶの？」
「そうですねえ・・・」
「あまり目立つ事するとますます周りが怪しみますよ」
とヴィラ。
「入れ替わったくらいたいしたことないですよ。醜い老婆にでも変えられたのならともかく、かわいい王妃に変わったんですから。
私だったら、逆に喜んで王妃の姿でいろいろしちゃうかも」
「いろいろって？」
ゆりはジュノーに聞いた。
「いろいろと言えないようなことを・・・」
ジュノーはさわやかな顔で言った。
「あのね・・・」
結局、エルバートへの贈り物は何も思いつかなかった。確かに、目立つ贈り物をするとやはり噂は本当だったのかと思われ
かねない。かといってこのまま何もしないというのも気がとがめる。
「とにかく元に戻ってよかったですよ。王妃」
「本当に、元気そうだし安心しました」
二人は元気なゆりの姿に満足げに去って行った。
とりあえず手紙でも書こうかなあ・・・・
ゆりはペンと便箋を持ってきて、ああでもないこうでもないと頭を悩ませつつお詫びの手紙を書き始めたのだった。
夕方になり、エルバートは自分の寮に戻った。寮の一階には入ってすぐの所に戦士達の休憩室兼食堂がある。
エルバートはそちらに行き、そこにいた仲間に挨拶した。10人ほどがくつろいで酒を飲んでいる。
「皆さんお久しぶりです」
「エルバートじゃないか！」
「元気そうだな。」
エルバートの声に仲間達は笑顔で集まってきた。
「はい。城での仕事も終わりまして、また帰ってきました」
「そうか。城での仕事終わったのか」
「はい」
皆妙な笑みを浮かべていたのだが、エルバートは気づかなかった。
一人がエルバートの肩にぽんと手をかけた。
「どうだった？王妃様とのめくるめく愛のひと時は」
「はい？」
エルバートは瞬いた。
「め、めくるめく？？」
「愛のひと時」
「って何ですか？」
エルバートはぽかんとして聞いた。
「いいんだ。みなまで言うな。」
「大人になったな。エルバート」
「はい？」
「ミカエル様にいじめられるかもな。覚悟しとけよ」
背中をばんとたたかれた。
またなにやら誤解されている・・・
エルバートは思った。どうも誤解されやすい性分のようだ。
「皆さん、私は王妃とどうこうなんてなってないですよ？ほとんどラギ様といましたしね。」
「いいんだ。いいんだ。俺達は応援するぞ。ただシャナーンは内心穏やかじゃないかもなあ」
「誤解だって言ってるのに」
「いいっていいって今日は久しぶりに飲もう！お祝いに！」
「王妃とは何もー」
「そうしよう！飲もう飲もう！」
「王妃様の話をしてくれ！」
エルバートがいくら訂正しても、誰も耳を貸さなかったのだった。きっと王妃とどうこうあった方が面白いからだろう。
まあ今回はシャナーンに恨まれる事はないだろう。それだけは救いだ。そのうち誤解も解けるだろうとエルバートは気楽に思っていた。
だが、
ーエル、元に戻ったんだってね、これからうちに来ない？
シャナーンから突然思念が来た。ちょうどシャナーンのことを考えていただけにエルバートは驚いた。
ーシャナーン、ごめん、今日は皆と飲む約束しちゃって。
ーそう、じゃあ明日泊まりにおいでよ。
ー泊まりに？
ーいろいろ聞きたい事もあるしさ・・・
ー・・・・
ちょっと冷たげな口調に嫌な予感を感じたエルバートだった。
ーシャナーン、君は真相を知ってるんだから、私が王妃とどうもなってないの分かってるよね？
ー知ってるよ。でも、長い間入れ替わってると、王妃に情がわいたんじゃないのかい？王妃だって・・・
ーそれは君の妄想だろ？
そういうとシャナーンはちょっとむっとしたようだった。
ーただの妄想だって言い切れるのかい？あんなかわいらしい王妃にこれっぽっちの感情もないと？
ーいや、それは私だって王妃のことは尊敬しているし、大好きだよ。王妃になってますます親しみもわいたし、だけど君が
心配しているような事は何もないよ。王妃だって私よりも君の方が好きさ。
ー王妃に聞いたんじゃないだろうね？
ー聞かなくたってわかるよ。
ーじゃあなんで分かるんだ！
なんでと言われても・・・・
エルバートはだんだん面倒になってきた。
ーとにかく明日おいでよ。
ー王妃とは本当に何もないのに・・・そりゃ身体洗う時は王妃の身体をなでまわしたりもしちゃったけど、それで肌の柔らかさに
うっとり、ああこれが女の肌かあなんて思っちゃったりもしたけど・・・だからといって胸を念入りに洗ったりはしてないよ。
ーエルバート！！！
ーそれだけだよ。じゃあね。
エルバートは一方的に思念を閉じた。その寸前、「このやろー！」という怒鳴り声が聞こえてきた。
あの育ちのいいシャナーンの口からそんな言葉が出るとは・・・・エルバートは逆に驚いていた。
またからかってしまった・・・・シャナーンがあんまりしつこいからつい・・・
シャナーンって王妃の事になるとどうしてああ変わるのかなあ・・・・
それが愛というものなのだろうか？
自分が熱烈に誰かを愛したことはないのでエルバートにはちょっと分からない。
だが一つ分かったことがある。
どうやら愛という感情は素晴らしいものではあるが、その一方で、他人にとっては時に迷惑なものでもあるようだ。
「エルバート食べないのか？」
仲間達は夕食をもらってきていた。エルバートももらいに行こうとした時、目の前に怒りの形相のシャナーンが現れてエルバートは
ぎょっと立ち止まった。
「シャ、シャナーン・・・」
「エルさっきのはどういうことなんだ！？」
「え？さっきって・・・」
食堂の中がざわついてきた。
「君ってやつは興味がないとか言いながらも実は興味が大有りなんじゃないのか！？王妃の清らかな胸をなんだと！」
「シャナーン！」
王妃の胸！？
戦士達は皆その言葉を繰り返していた。
「お、落ち着いてシャナーン！」
エルバートはびっくりしてあわててシャナーンの口に手をあてた。
「君って男は君って男はもごもご」
シャナーンはすっかり頭に血がのぼっている。
エルバートは周りを見てまずいと思い、シャナーンと共に移動した。
食堂にいた戦士たちは皆唖然としていた。
「おい、もしかして今のが修羅場ってやつか？」
一人が聞いた。
「俺初めてみた。しかもあのシャナーンがあんなふうになるなんて・・・」
「すごいな。さすが王妃」
「もっと見たかったなあ・・・」
普段、女を取り合って男同士が喧嘩する場面など見たことはない戦士達は皆感動していた。赤い月が絡まない男の喧嘩など
めったにないのだ。しかも、いつも冷静なシャナーンが怒っていたのだからなおさらだ。
「どこかで果し合いとかしてるんじゃないか？」
「探しに行こう！」
「そうしよう！」
皆食堂から消えてしまった。
こうしてエルバートの噂には、嫉妬に狂ったシャナーンが因縁をつけて二人が喧嘩をして王妃を取り合ったという尾ひれまで
ついてしまったのだった。
すすむ