「うーどきどきする！」

「ばくばくするー！」

「緊張するわー・・・・」

「さっきからうるさいわよ」

一人が顔をしかめて言った。

「だってえ・・・・」

4人の女性がヴィクターの屋敷の前でうろうろしていた。あたりは真っ暗だ。今は夜である。皆シャナーンとは親密関係にある彼女らだった。

今晩はヴィクターに呼ばれて夕食会があるのだ。空はどんよりしていた。星も月も見えはしない。

今晩は戦が終わって2度目のお呼ばれだった。彼女らは気が重かった。もちろんシャナーンの様子が気がかりだったからだ。

シャナーンがエルバートに喧嘩を吹っかけたという話は当然彼女らの耳にも届いていた。今日のシャナーンの状態は一体どうなのだろう。

４人は恐る恐る屋敷の中に入って行き、召使に促されて客間に入った。するとすぐに、笑い声が聞こえてきた。

「きゃははははは」

「ははは面白いかい？」

「うん。面白い〜！」

部屋の中では、シャナーンが笑顔で幼い妹の両手を握り、ぐるぐる回っていた。


４人は扉を開いた所で突っ立って部屋の中を見ていた。やがてシャナーンが４人に気づいて回るのをやめた。

そして極上の笑顔を向けたのだった。

「こんばんは」

４人にはシャナーンの周りだけきらきら輝いて見えた。

「こ、こんばんは」

「こんばんは。シャナーン様」

４人はそれぞれ挨拶した。

「今日はいい夜ですね」

とシャナーン。空はどんよりしていたが、シャナーンにとってはいい夜らしい。

「本当ですわね」

「気持ちのいい夜ですね」

「本当に」

「いい夜ですわー」

４人は微笑んだ。どっからどう見てもシャナーンはご機嫌だ。

「どうしたんです？突っ立ったままで。座ったらどうですか？」

シャナーンが立ち止まったままの４人に言った。

「は、はい」

４人はシャナーンに釘付けになったまま身体だけ移動していた。


ーきっと良いことがあったんだわ。

ーエルバート様の話はやっぱりデマだったに違いない。

ーエルバート様よりシャナーン様のほうが10倍は素敵だもん。

ー王妃様だってそう思ってらっしゃるわよね。


シャナーンの極上の笑顔などたまにしかおめにかかれないため、４人はうれしかった。思わずうっとりして眺めている。



「おにいちゃま今日はごきげんですね」

シャナーンの妹ミーシャまで言っていた。

「そうかい？はははは」

シャナーンは白い歯を見せて笑っている。



それにしても・・・・シャナーン様ってほんとわかりやすい！


シャナーンの笑顔を見ながら、４人は同じことを思ったのだった。



第47話

９の月も半ばにさしかかっていた。７の月に戦が起こり早２ヶ月以上が経過していた。あの緊迫した戦が今では夢であったかのように、

国の中は穏やかだ。龍の国もしばらくは国境を侵すまい、との安堵感が漂っていた。戦いの様子などは商人や旅人を通して他国にも

伝わっている。蛇の一族は少ないながらもまだ一族の力を保っているようだ、という噂が伝わっていた。自信満々で国境を越えてきた

龍の一族を撃退したのだから、そういう噂が流れるのも当然であるだろう。城の方には他国からの祝いの使者が多数訪れているようだ。


少々肌寒い昼下がり、城の南の庭園では楽器の音色が響いていた。それにあわせて男性の歌声も。

東屋でハインリヒがリュートを奏でていたのだった。歌は古代叙事詩である。

過去の世界で何気なく歌っていた詩も、今ではかなりの情感が込められて歌われていた。

戦が終わって感じることもある。


子供達の笑顔が守れてよかった。

平和が保たれてよかった。


ヴィラルージュ様・・・・



ハインリヒの脳裏には、美しい女王の顔も浮かんでいた。

女王とかつての仲間達の助けもあり、この国は守られた。


皆の思いで、この国は成り立っている。そう思うと、木の一本一本でさえいとおしく感じる。



区切りのいいところで手を止めて顔をあげると、拍手をしながらシスとヴィラが近づいてきた。

「いらしてたんですか」

「うん。離れた所で聞いてたんだよ。綺麗だったからさ」

「いい声でしたよ」

シスとヴィラは穏やかな表情で東屋の椅子に腰を下ろした。

「それはどうも」

ハインリヒはリュートを横に立てかけた。


「アナスターシャ様は？」

ハインリヒが聞くと、シスが笑って「マナーの時間だよ」と言った。

「そうですか」

ハインリヒもぷっと笑った。10年後女王に失礼がないように、アナスターシャは優雅なしぐさを身に着ける訓練をさせられていた。

「ちょっとはおしとやかになってくださるといいんですがねえ・・・」

ヴィラも笑っている。

「10年あるから余裕だって本人言ってたけどね」

10年後過去からの扉が開き、アナスターシャは過去に飛んで修行するのだ。


「シス様も一緒に過去に行きたいでしょう」

ハインリヒが言った。

「それはね。だけど二人も行くわけにはいかないよ。僕は父様のお手伝いしたいしね」

「そうですか」

「あなたはどうなんです？10年後過去に帰ることもできるんじゃないんですか？」

ヴィラが聞いた。アナスターシャと一緒にそうする事もできるはずだ。

「ハインリヒ、過去に帰りたい？」

シスもちょっと神妙な面持ちで聞いた。

「私ですか？今更帰っても、もうあそこには私の場所はないですよ。ここではずっと私が一番騎士ですからね。」

ハインリヒはにっと笑って言った。

「これから先何が起こるかも興味があるし」

「そう。よかった」

シスはほっとしていた。


「過去の世界で面白い物みたんですよ。王妃に似た石像。チラッとしか見えなかったけれど」

ヴィラが思い出しつつ告げた。

「ほんと似てたんですよね」

「へえ、作ったんじゃないんですか？王妃の石像」

ハインリヒが面白そうに言った。

「えーそうなの？」

シスは驚いていた。

「きっと男達が寂しがって作ったんですよ」

「そうなんですかね。なんだかいろんな物が供えてあったなあ・・・・」

「母様の石像が・・・ふふ・・・・」

想像するとおかしかった。その石像も、今では残ってないのが残念だ。

「もはやあの時代では伝説の巫女として崇められているのかもしれませんよ」

「伝説の巫女か・・・本人に会える我々は幸運ですね」

ヴィラが苦笑交じりに言った。


その時二人にフリットから思念が届いた。儀式になりそうだというものだった。


「やった」

思わずハインリヒは喜んだ。

「どうしたの？」

シスが聞いた。

「儀式になりそうですよ。」

「過去で伝説になっている巫女と儀式ができるとは、我々はほんと幸せですね」

ヴィラもうれしそうに言った。なんといっても最大の憂いは消え去った後だ。心おきなく儀式を楽しめる。

「そうなんだ。がんばってねー」

儀式の内容を詳しく知らないはずのシスは二人にいい、二人はシスに「では」と言って消えた。



その頃ゆりはというと、フリットと一緒に自分のお風呂に入っていた。

フリットに気をもらっている最中に儀式の前兆のようなものがあったのだ。

「今日こそはしたいなあ儀式」

ゆりは悩ましげな視線を向けてフリットの胸をなでなでしていた。

「そうですねえ。前は流れましたもんね」

水面には泡が浮かび、シャボン玉が浮いていた。石鹸風呂のようだ。

「そう何度も邪魔してこないわよね。お父様も」

しゃべっているのはゆりだったが、どうやらゆりの中の女蛇が言っているようだった。すでに目はちょっとつりあがっている。

「ですが、久しぶりに会えたのだから、うれしかったのではないですか？」

フリットが聞いた。今日は雨は降っていなかったのだが、ゆりに降りていたのは珍しくも水蛇さんだった。

「まあうれしくない事はないけど・・・お父様ってばザクート様のこと嫌ってたからさ、私がこういうのしてるのも気に入らないのよね」

「どうしてザクート様のこと嫌っていたのですか？」

フリットが不思議そうに聞いた。

「だってザクート様ってばすごい方だったから、女は皆恋しちゃったでしょ、たいていの男はちぇって思ってたんじゃない？

それに女の名前はすぐ覚えるのに男の名前は覚えない方だったから、お父様も名前間違えられてむっとしてたみたい」

「そうなんですか・・・」

「そう」

ゆりは顔を寄せてフリットの唇にちゅっと口付けた。

フリットは優しくゆりの頭をなでている。


雨でもないのに降りてくるとは・・・・えらい張り切りようね・・・


ゆりは内心ちょっと呆れていた。どうやら今回は是が非でも儀式がしたいようだ。なぜそんなにしたがっているのか、ゆりにはよく

わからない。まさかさすがに浴室にカーライル様も現れないでしょうね、とゆりはちょっとどきどきしていた。



二人でいちゃいちゃしていたらヴィラとハインリヒが浴室にやってきた。


「私も入っちゃってもいいですか？」

ハインリヒが聞いた。

「いいよー」

とゆり。

「今日は戦が終わったお祝い儀式ですね」

ヴィラが笑って言った。



戦が終わったお祝い儀式かあ・・・・

ヴィラは死にかかったけど、皆の元気な顔が見れてよかったな。

犠牲者が出た以上大喜びってわけにはいかないけど・・・・

皆で平和にいちゃいちゃできてよかったな。


ゆりはなんだかしんみりしてしまった。


「王妃、どうしたんですか？」

裸になって横に入ったハインリヒが聞いた。ゆりの頬にぽろりと涙がこぼれたのだ。

「皆無事でよかったなーって思って」

ゆりは指で涙を拭いた。

「あの時は、王妃とお子様も大活躍でしたね」

横でフリットが優しく言った。

「私なんて何も・・・」

ゆりはフリットから離れてハインリヒに抱きついていた。

「王妃には一杯勇気をもらいましたよ。」

フリットが言った。

「王妃がいらっしゃるだけで、我々は勇気づけられます」

「フリットったら・・・・」

男達は皆優しく微笑んでいた。

なんだか今日は皆とゆっくりいちゃいちゃしたい気分だ。ゆりも盛り上がってきた。

「よし、邪魔が来ないうちにベッド行こう！」

ゆりがはりきって言い出した。

「もう行くんですか？」

とフリット。

「うん」

ゆりは湯船から出てた。

ゆりはフリットと消えて、ハインリヒとヴィラは身体を洗ってから寝室に向かったのだった。


ゆりがフリットと寝室でいちゃいちゃしていると、他の男達も集まってきた。

ゆりは８人の顔を見回して言った。

「それじゃはじめましょ。皆無事でよかったな儀式」

「王妃ってば・・・・」

「本当に優しいですね・・・・」

ミカエルに続いてジュノーがうれしそうに言った。

こうして今回はたいしてお風呂で遊ぶこともなく儀式は始まったのだった。



その頃エルバートは、大きな川のほとりで釣り糸を垂れていた。ゆりから釣竿をもらったので、せっかくなので休日に釣りをしていた

のだった。少し離れた所では町の人たちも釣り糸を垂れている。

のどかな気分でいると、カーライルが何かぶつぶつ言っていた。

「どうしたんですか？」


ー別に・・・娘ってのは、ほんとつまらんもんだ・・・


「はあ・・・」


ーまったく困った娘だ・・・


カーライルは独り言のように言っていたのであえてエルバートも聞かなかった。

どうやら娘が降りてきたのには気づいたようだが、さすがにそう何度も邪魔する気にはなれなかったようだ。

「そうだ、ハインリヒ様がカーライル様に話を伺いたいとおっしゃられていたんですが・・・」

ハインリヒは戦の時に呪文を教えてくれた相手はだれか、あれから探していたのだった。もしやエルバートにいる水蛇では、

といったのはフリットだった。



ー面倒だからいい


カーライルはそっけなく言った。

「そうですか。残念がられると思いますが・・・」


ー男と長々と話などしたくないな


「そうですか」


釣竿が引っ張られる感覚があった。エルバートがしっかりと釣竿を握り、上に引き上げると、釣り糸の先に

10センチほどの小さな魚がついていた。青みがかかった灰色の魚だ。

「やった」

エルバートは釣り糸から魚をはずして、そのままぽいと川にほおった。魚はそのまま何もなかったかのように泳いで行った。

エルバートは再び座って釣り糸をたらした。



ーお前、本当に暗いな。もっと明るい趣味を持ったらどうだ？


カーライルの呆れた声が聞こえてきた。




城の中にあるゆりの寝室では、ゆりは一人一人と何度も口づけをしながら抱き合っていた。

「ああ、この顔が無事でよかった」

ゆりはミカエルの顔を両手で挟んで言っている。男達も興奮というよりは、ほのぼのムードだった。

やがてゆりの淫気が放たれると、部屋の中はなんともいえないいい匂いが立ち込めた。

「ああ・・・・いい匂いだ・・・」

それぞれがつぶやき、ベッドの上では熱烈な愛撫が始まった。ゆりの肌にはいろいろな色の綺麗な蛇が一匹浮かび、

男達の瞳も変わっていた。

「愛してます。王妃」

「愛してます」

再びこうして触れ合えたことに男達は喜んだ。

「皆大好きよ・・・」

今日はゆりも熱烈に男達にサービスしまくっていた。やがてゆりの口から謎の言葉が飛び出ると、部屋の中に白っぽい幻の蛇が

５匹入り込んできた。その蛇のすべてがゆりの中に入り、「じゃあまたね」ゆりはそう言ってぱたりと布団に倒れた。


男達は夢から覚めたような顔をしていた。

「生き返ってよかった・・・」

そうつぶやいたのはヴィラだった。

部屋の中はすっかり暗くなっていた。かなり長い間儀式をやっていたらしい。気づくと皆空腹だった。

ミルキダスがそっとゆりの身体の上にタオルを巻いて抱き上げようとした時、胸の間から一匹の蛇がにょろっと出てきて

ミルキダスは驚いてゆりの身体を離した。

「あ」

「あ」

「あ」

皆その蛇に気づいた。30センチほどの蛇はゆりの身体に乗せられたタオルの上に乗った。その蛇はいろいろな色が混じった

綺麗な蛇だった。蛇は頭を持ち上げて、くねっと胴体をくねらせた。



うっふん


うっふん？？？？


一同ぎょっとした。


蛇は気はすんだのか再びするすると移動してタオルの中に入っていってしまった。

「・・・・」

男達は裸のまま一点を見つめてぼんやりしていた。


「あの・・・うっふんって聞こえました？」

ヴィラが聞いた。

「聞こえた」

とミカエル。

「私も聞こえました」

ミルキダスが言った。

「空耳かと思ったんだが・・・・」

とイシュタール。

「さっきの思念なんでしょうか？」

とジュノー。


「・・・・王妃の蛇、かわいすぎる・・・・くくく」

シャナーンは聞いたのは二度目だったので思わず笑ってしまっていた。

「くくくく・・・」

「ぷっ・・・」

「うっふんって・・・」

「蛇に誘惑された・・・・はははは」

「なんてかわいいんでしょう。ふふふ」

やがて触発されたように全員笑い出し、気を失っているゆりの周りでは大爆笑となってしまったのだった。



その後、身体を洗い、身支度を整えたミカエルがラクシュミに報告に行った。

ラクシュミは食後でくつろいで酒を飲んでいる所だった。ミカエルが来るとラクシュミは部屋から侍女を出し二人きりになった。

「今日もとても楽しい儀式でした」

ミカエルは笑みを浮かべて言った。

「よかったな。蛇何匹来たんだ？」

「えーっと、白っぽいのが５匹ほどきましたよ。」

「そうか」

色によって蛇霊神に階級があるのかは謎だが、黒っぽいのよりはよさそうだ。



「王、王妃の蛇にうっふんって言われた事あります？」

「うっふん？」

「今日蛇が出てきてうっふんって言われたんです」

「ふーん、お前達も見たのか」

ラクシュミはさほど驚いていなかった。

「うっふんとは言われなかったが好きを連発された事はあるぞ。ハザークに聞いたらハザークも好きって言われたそうだぞ」

「なんだー」

ミカエルは面白くなさそうな顔をした。ラクシュミがその蛇に遭遇したのは今年の赤い月の時だった。あまりに驚いたので覚えていたのだ。

「いいなあ。私も好きと言われたいな」

ミカエルはうらやましそうだった。

「まあいいじゃないか。楽しい儀式ができて」

「そうですけど・・・まあいいか。良い儀式だったし。それじゃこれで失礼します」

ミカエルは頭を下げて消えた。



「本人が面白すぎると肌の蛇まで面白くなるのか？？？」

ラクシュミは首をかしげたが、どうもわからなかった。あれじゃあ何十回儀式をしても男達が飽きることはなさそうだ。



さすがガーベラが降りるだけあるな。理由はどうあれ男達の心を捕らえて離さないんだからな。



ラクシュミは変な事に感心して再び酒を飲んだのだった。



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