「ガーベラ様、どうなさったんですか？」

「ガーベラ様」

その声でゆりははっと目を覚ました。目の前には心配げに顔を見つめている女の妖精達がいた。

「えっと・・・」

どうやら神の国のようだ。

頭をかきつつ身体を起こすと、陽の光できらきら輝く泉が見えた。３人ほどの妖精が水浴中だ。

自分の身体を見ると、衣服は着ていた。ちょっと髪が濡れているようなので、ガーベラも水浴をした後らしい。

「驚きましたわ。突然ぱたりと寝転ばれたので」

「ごめんごめん。ちょっとくらっときて・・・」

ゆりは笑ってごまかした。

「くらっ？」

「大丈夫だから。じゃあねー」

ゆりはそそくさと立ち上がり、妖精達に手を振って離れて行った。

「ガーベラ様、裸足ですわよー」

「あっ！」

足元を見ると確かに裸足だった。ゆりはあわてて妖精達の元に戻り、「ほほほ」と笑いながらサンダルを履いて再び離れたのだった。


第48話

ゆりが神の国に来たのは人間界では儀式が終わってその後の事だった。ゆりの身体は綺麗にされて王の寝室に運ばれていた。

ゆりもまさか自分が気絶した後に大爆笑が起こっていたとは知らない。


泉の周りにある林を抜けると木がまばらな草原が見えてきた。ふわふわと飛んでいる妖精がいる。きっと風の妖精だろう。

そう思い、ゆりは妖精に近づいていった。

「妖精さん、悪いんだけど、髪かわかしてくれる？」

「いいですよ」

水色の髪の男の妖精はあっさり了承すると右手をふっとあげた。すると風が起こり、ガーベラの長い巻き毛が斜めにゆれた。



おおー天然ドライヤー！


ゆりは髪が乾くまでじっと立っていた。


風の妖精って便利だなあ。


「き、綺麗な髪ですね」

風の妖精はちょっと頬を染めて言っていた。

「どうもありがとう」

ゆりが微笑むと、妖精はもっと真っ赤になった。


この神の国には妖精と神がいるのだが、その二つの存在の差がどの程度なのか、はゆりもよくは知らない。

ただ外見から区別はつく。神様はかなり金ぴかな感じで後光が差しているのだが、妖精はそれほどの光はない。

また、妖精にも美男美女はいるのだが、目が覚めるような絶世の美女やクーリーフン並の美男子というのは見た事はない。

今ゆりの髪を乾かしてくれている風の妖精も、普通のいい男、という感じの男だ。


圧倒的に違うのは存在感だろうな・・・・


神様はやはり一目見たら忘れられないほど印象深い。美男美女じゃなくてもそうだ。



神様って眼力が強いよねー。



髪に触ってみると結構乾いていた。

「どうもありがとう。もういいみたい」

「そうですか。それでは」

風の妖精はまたふわふわ飛んでいった。

妖精を見送っていると同じ方向からクーリーフンが飛んでくるのが見えた。

「あ、クーリーフン」

ゆりは小さく手を振った。クーリーフンはゆりの側まで来て地上に降りた。

「なんだか久しぶりー」

久々に超美男子が見れたのがうれしくて、ゆりはクーリーフンの腕に自分の腕をからめてくっついた。どんな画家でも、これほどの

美貌をキャンバスに描くことは難しいだろう。

「そうだっけ？いっつも会ってるじゃない。」

「いっつも会っててもうれしいの」

「・・・・そうそう、ハロルドが呼んでたよ」

クーリーフンがそう告げると、ゆりは身体を離した。

「・・・・ハロルド？」

「うん。よっぽど会いたいみたい。」

「私に？」

「そう」

「この私に？」

ゆりは念のためしつこく繰り返した。

「そうだよ」

「ふーん・・・・気が重いなあ・・・でもさ、行かなくっても、私が来たってばれなきゃいんじゃない？」

ゆりはこっそり言った。クーリーフンはどうやら自分が来ていることにすでに気づいているらしい。

「今日はラーズに会いたい気分なのに。かわいいサーラちゃんにも会いたいし・・・」

「ラーズはさっき人間界に降りたからいないよ。」

「そうなの」

「ハロルドと愛し合ってくればいいじゃない」

「えー・・・・」

ゆりは微妙な目をした。

「えーって・・・・あなたが行かないのがばれたらまた僕の羽引っこ抜かれるかもしれないよ。やだよ。翼にはげができたら」

「翼にハゲ？」

「最近よく引っこ抜かれるんだよ・・・」

クーリーフンは口を尖らせていた。

「わかった。じゃあ行ってきます」

クーリーフンの豪華な翼が所所ハゲている所を想像し、ゆりは即座に言った。クーリーフンの翼にハゲができた日にゃ、ゆりでさえ

悲鳴をあげてしまうかもしれない。

「行ってらっしゃい」

ゆりはぱっと消えた。

「ハロルドって一体何考えてるのかなあ・・・」

クーリーフンは頭をかしげつつ飛んで行った。



ゆりが現れた所はペガサスの牧場だった。牧場の中ではハロルドとジェイク、キュリアがそろっていた。子供達二人は一頭のペガサス

に乗り、低い所を飛んでいる。ハロルドは腰に手を当ててそれを眺めていた。ペガサスは大人よりはちょっと小さめのようだ。


ゆりはハロルドによって行った。

「何してるの？」

「ん？ペガサスの調教だ」

ハロルドはちらりとゆりを見て答えた。

「そうなんだ」

「あ、母様ー」

キュリアが手を振ってきた。やがて二人が降りてきて近づいてきた。

「二人とも元気？」

ゆりはぎゅっとキュリアを抱きしめた。

「こんにちは、お母さん」

ジェイクが言った。二人を一緒に見ると、明らかにジェイクの方が年齢は上に見えた。

「ジェイクはすっかりたくましくなって・・・・」

顔はまだあどけないが自分と目線はそう変わらない。まだ子供なのだろうがハンサムでかわいらしい。

「そうかな」

「私も大きくなりたいのにー父様がだめって言うのよ」

キュリアが悔しそうに言っていた。キュリアの方はジェイクが生まれて大きくしてもらってからは、さほど変わっていないようだ。

ウエーブのかかった髪のかわいい女の子だ。

「急いで大きくならなくてもいいんだ。ジェイクは戦い向きだから成長が早いだけだ」

ハロルドが言った。

「ちぇっ」

「まあいいじゃない。子供時代を楽しみなさいよ。ジェイクもだっこしてあげる」

ゆりがそういうとジェイクの頬はちょっとピンクになった。

「僕はいいよ」

「まあそういわずに」

手を伸ばすと逃げられてしまった。そういうのが恥ずかしいお年頃のようだ。

「恥ずかしがっちゃってかわゆい」

「それで、ガーベラはどうしたんだ？」

ハロルドが聞いた。

「あなたが会いたがってるって聞いたから来たのよ」

「ああそうか、お前達は神殿に帰ってろ」

「はーい」

二人は大人のペガサスに乗って飛翔した。

ゆりは二人を見送った。

「ジェイクってかわいいなあ・・・誰かさんみたいに目つき悪くないし」

「息子に手出すんじゃないぞ」

「出さないわよ。出すわけないでしょ。それで話って何？」

気軽に聞いたらハロルドにじろりと睨まれた。


う・・・・


「この前ごめんね。大事な所蹴飛ばしちゃって。男になってよくわかった。それからその後助けてくれてありがとう。ハロルドって

とっても優しい神様ね。男前の上に優しいから人間にも人気あるんだね。」

ゆりはよいしょしまくった。

「なんでも龍の国では抱かれたい神様ナンバー1らしいじゃん。アシュランの上を行くなんてすごいよ」

ゆりは適当な事を言った。龍の国ではかなり崇拝されているらしいので、それくらいは思われているだろう。

「ところで、あの巻貝って何なの？他の人が耳にあてたらいろんな音が聞こえるみたいだね」

ハロルドが置いていった大きな巻貝のことだ。自分が耳にあてるとハロルドのどなり声が聞こえるだけだが、他の者が耳にあてると

波の音や鳥のさえずりなどが聞こえるようだ。

ハロルドは自分を睨んだままだったので、ゆりはかわいらしく微笑んでみた。

ハロルドははあとため息をついた。

「あれは伝言貝だ。特定の相手に伝言を伝える」

「へーそうなんだ。私も伝言したいな」

ゆりは両手を合わせて言った。

「誰に？」

「えーと・・・・」

ゆりは考えてみたが、別に伝言したい相手はいなかった。


ペガサスが近づいてきてハロルドに顔を寄せていた。

ハロルドはペガサスのたてがみをなでている。

「まあいいや、それであなたの話って？」

「別に、お前がどんな顔で会いに来るのか興味があっただけだ」

ハロルドはそっけなく言った。

「そうなの？」

ゆりはにこにこして同じようにペガサスの顔をなでた。つぶらな青い瞳は本当にかわいらしい。



うーん、この女、私を恐れ敬う、とかいう感情はちっともないな・・・・


ハロルドはそう感じていた。


普通の人間ではありえない。ありえないから平気で神の国に来てのんきに風呂に入ってるんだな。


ハロルドは納得した。

一握りの人間にとっては神とは自分の望みをかなえてもらう存在として見られている。永遠の若さ、予知能力、魔力、神の寵愛が

得られれば、それを得るのも夢ではないのだ。神の恩恵を受けたがらない人間などいない。


「ねえ、所で、私のこと今は全然怒ってないの？蹴ったことじゃなくて、ガーベラになってる事。今は騙した事怒ってない？」

「最初は腹が立ったが、今は別に。だが、他の男には気をつけろよ。」

「うん。大丈夫。誰にもばれてないから」

ゆりは自信満々だ。

「怪しいもんだ・・・・」

ハロルドはぼそっとつぶやいた。

「まあ、どうせお前が来れるのも一時の事だしな・・」

「え？」

「死ねば来れないだろ。人間には寿命がある。だからまあ、いいかと思ったんだ。どんな絶世の美女も、100年後にはしわができて

老いていくもんだ」

「嫌な事言うわね」

ゆりはすぐに反応してむっとした。老いた自分なんて想像したくない。

「言っとくが絶世の美女はお前をさして言ったんじゃないからな。」

「わかってますよー」

「とにかく神と人間の違いは、人間には寿命があるという事だ。我等の長い生の中で、ガーベラがちょっと違っても、たいしたことじゃない。

そう思ったんだ」

「そうなんだ・・・・」


長い生か・・・・考えてみれば、ハロルドってハザーク様よりさらに長生きしてるんだ・・・・

あれ？ハロルドは呼び捨てでハザーク様ってのはおかしいな。神様の方が上だし。


ゆりが首をかしげいていると、ハロルドはちょっと来いといってあごをしゃくった。

そちらには四角いミニ神殿のような建物がある。

ゆりはじろりと横目でハロルドを眺めた。

「何だその目は」

「だってえハロルドったら昼間っからエッチ」

「あん？」

「今日はそういう気分じゃないわん」

ゆりは適当にごまかして逃げようとしていた。

「いいから来い。お前にいい物やる」

ハロルドはそういって背中を向けて歩いて行った。


いい物？そういわれると気になってしょうがない。

まあいいか。


ゆりはハロルドの後ろを付いていった。そして建物の中に入った。この奥には、ゆりがジェイクとキュリアを産んじゃった寝室

がある。ハロルドは真っ白で優美な棚の上においてあった物をゆりに渡した。

「これやる」

「・・・」

ゆりはそれを受け取りまじまじと眺めた。それは大きなブラシだった。３０センチほどの木の板に３分の２ほど５センチほどの

長さの茶色い毛がみっしりとついている。毛に触るととってもやわらかかった。

ゆりにはハロルドの意図がさっぱりわからなかった。だがせっかくくれたのだから喜んでおこう、そう思った。

「わっありがとう！ほしかったんだーこんな大きなブラシ！これで身体洗うと気持ちよさそう！」

ゆりはきゃっと跳ねて喜んだ。

「ばか、お前が使うんじゃない。それはペガサスの翼を整えるブラシだ。この前みたらちょっと羽が汚れていたからな」

「え？そうなの？てっきりこれで背中こするのかと思っちゃった。どうもありがとう。ハロルドってほんと優しいね。あの子のこと

気にしてくれるなんて・・・・」

「ふん」

「それじゃ私はこのへんで」

ゆりはさりげなく言って部屋を出て行こうとし、その腕をハロルドがつかんだ。

「ガーベラ、せっかくだから奥で愛し合おう」

ハロルドがにやっとして言った。

「えー？」

「何がえーだお前は私の恋人だろ？」

「そうだけど、見詰め合うだけで〜せいいっぱい〜愛しいあなた〜♪」

ゆりはブラシを握り締めたまま歌いだした。

「へたくそ！お前は歌うな！」

ハロルドは眉をひそめていた。

「ひどい！じゃあハロルド歌って」

ゆりはブラシをマイク代わりにハロルドの口元にあてた。

「歌うか！」

「つれないわねーあっ！大変！誰かが呼んでる。それじゃあね。ダーリンまたね〜」

ゆりは小走りで部屋を出て行ってしまった。


「・・・・変な女だ」

ハロルドはしばらく疲れたように椅子に座っていた。


ガーベラがちょっと違ったくらいたいしたことはないのだが、その違う間に子供が二人生まれてしまったのだから、

ハロルドにとってはたいしたことだ。

だからといってさっきのガーベラの方をより愛しているというわけでもない。中身が人間だと思うと対等に話しているのが

奇妙に感じる。人間とは、自分を敬う者だからだ。

人間だと思うからおかしくなるのであって、ガーベラがたまにもう一人いる、と考える方がしっくり来る。


だが逆に普通の人間らしかったらとっくに気づいていただろう。

ああいう女だからガーベラも平気で身体貸してるんだろうがな・・・・



しばらくしてガーベラが部屋に戻ってきた。

「ねえ、私あなたと何してたっけ？」

ガーベラの瞳は好奇心に満ちていた。

手には何ももっていない。どうやらいつものガーベラのようだ。

「さあな」

ハロルドはつれなく言って横を向いた。

「もーハロルドったら、そんな顔しないで〜愛しいあなた〜♪教えてくれても〜いいじゃない〜♪」

ガーベラはハロルドに寄り添って歌いだした。今度は上手だった。

「お前達って・・・ほんと嫌な所が似てるな」

ハロルドは嫌そうに目を細めて言ったのだった。



人間界に戻ったゆりの手には、ちゃんと大きなブラシが握られていた。

「やった」

ゆりはブラシの毛を手の平にあてた。とてもやわらかいが何の毛なのか、ゆりには分からなかった。

儀式の後なので、ゆりの髪は毎度の事ながら伸びまくっている。その髪を見て、そういえば儀式したっけ、とゆりは思い出していた。

あれだけ激しく男達といちゃついたというのに、今ではそれも夢のような感じだ。乙女の恥じらいはどこにいったのか。

儀式に慣れすぎるのも困ったものだ。


横で寝ていたラクシュミが目を覚ました。

「なんだ？それ」

ラクシュミはゆりが手に持っているブラシを見ていた。

「ブラシよ。プリモの翼整えるんだって。もらっちゃった」

「神の国に行ったのか」

「うん。これすごい手触りいいよ。」

「ガーベラに会ったか？」

ラクシュミは思わず聞いた。

「会ったっていうか、私がガーベラだったから」

「そうだったな」

ラクシュミは身体を起こした。



戦の手助けをしてくれたのはガーベラなのか？ラクシュミはそうガーベラに聞いてみたかった。

「そうよ」といわれた所で「ありがとう」と礼を言うくらいのものだが。

神の国ではガーベラが罰を受けたようでもないのでラクシュミはほっとしている。

龍の一族の方に浮かんでいたのがハロルドの魔法ではないか、という情報は最近分かった事だった。だがラクシュミは

その事はゆりの耳に入れないようにと皆に言ってあった。変な感情を持って神の国に行くのは危険だからだ。

ハロルドはゆりの事をなんとも思わなかったようだが、他の神がどうかは分からない。


「そういえば、お前の肌の蛇がまた抜け出たようだぞ」

ラクシュミが思い出したように言った。

「え？いつ？」

「さあ、皆誘惑されたって言ってたぞ」

「え？誘惑？」

ゆりは首をかしげていた。蛇がどうやって誘惑したのだろう。

「さすがお前の肌の蛇もガーベラ級だな」

ラクシュミは笑って言い、ベッドから降りて寝室を出て行ってしまった。


何したんだろう・・・・皆にウインクでもしたのかな？でも蛇ってウインクできるのかなあ？


ゆりはブラシで自分の頬をなでながら、しばらく考えこんでいたのだった。



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