ゆりが神の国からブラシを持ち帰った朝、ゆりと子供達は朝食後さっそく結界内にある厩舎に行った。
プリモはもう朝ごはんの草を食べた所だった。外に出してやりアナスターシャが翼にブラシをかけると、プリモは気持ちよさそうに
翼を大きく広げた。翼には茶色と白が混じっていたが、爽やかな朝日を受けて純白の羽の部分は輝いて見えた。
このプリモは、半分は神の国を駆けるあの美しいペガサスの血を引いているのだ。
「こうやってみると結構でかいよねえ。翼。」
ゆりがしげしげと翼を眺めて言った。
「おっきいね」
ナナミが声をあげた。
「わたしもやりたいよう」
ナナミがせがむのでアナスターシャはナナミをだっこしてブラシを持たせた。
「クーリーフンやラーズよりもだいぶでかいなあ」
「あたりまえだよ。体重が倍以上あるんだから」
ラギがちょっとばかにするように言った。
「でかくないと飛べないよ」
「はいはいそうですね」
「でも、立派な翼だよね。」
シスもにこにこして眺めている。シスの歯は前歯が上２本なかった。抜けてしまったのだ。
「見てみて、細かい汚れが取れてるよ。すごいよ。このブラシ」
アナスターシャがナナミをだっこしたまま言った。
「本当だ。毛並がよくなってるね」
ラギがプリモに近づいた。
「へーさすがペガサス用のブラシね。」
ゆりも感心している。
「気持ちいい？プリモ」
ナナミが聞くと、プリモは「ヒヒーン」といなないた。
「ねープリモに乗りたいよ！乗せて！」
ロイがせがむように言った。
「私も私も」
ナナミも同じように言っている。
「いいよー」
翼がぴかぴかになった後、アナスターシャはナナミとロイを乗せてプリモと一緒に飛んだ。飛んだ、といっても一メートルほどの
高さをあがったりさがったりしているくらいだ。城の周りを一周し、戻ってきた。
「なかなか高い所まで飛べないね」
シスが言った。
「そうだね、でも、あんまり飛び回ると大変だからこれくらいでいいかもよ」
とラギ。
「次私、私乗りたい」
ゆりも子供のように言い出して、プリモはゆりを乗せてもう一度城の周りをぐるりと回ったのだった。
第49話
蛇の国のお城の周りであんまり優美ではない天馬が回っていた頃、城の一階にある受付所では、一族の女性が20人ほど集まり
にぎやかな事になっておりました。ここは王の間からは少し離れた場所にあり、王妃であるゆりはめったにこない場所でもあります。
「発表しますよ。今日の面会可能人数は３人です。５日以内に面会した方はご遠慮ください。ではくじを配りますよー」
中年の男が女性達に告げると、女性達からはブーイングが起こっていた。
「えーたった３人なの？」
「そんなー」
「王は今日もお忙しいんですよ。ではくじ引いてください」
男は20センチほどの箱を左右に振り、女性達に棒をひかせた。先に赤い印がついていたらアタリだ。
「ヤッター」という声とため息がもれる。それからチェッという舌打ち。
「面会は10時ですよ。よろしいですね。それでは外れた皆様はお帰りください」
受付係の事務的な声に、女達はクジを返してぞろぞろと部屋を出て行った。ここは王であるラクシュミに面会したい一族の者達が集まる場所
だった。用件ごとに振り分けられて、ただ王のお顔が見たい、という面会は抽選になっている。ラクシュミの暇な時間が多ければ
面会できる人数も増えるというわけだ。
ちなみに、この受付所にはミカエルやヴィラ達は来ることはない。力のランクが中級の中から下級の者達だけだ。その上の者達は
王の間の番兵に伺って入る事になっている。
お待ちかねの時間になり３人は王の間に入っていった。それまで何度も鏡で顔をチェックし、化粧を直している。
そして椅子に座るラクシュミを見るなり、３人とも頬がぽっと赤くなった。
「おはようございます。」
３人はそれぞれラクシュミに挨拶した。
「パメラ、ルイーズ、ミラン、久しぶりだな。変わりないか？」
ラクシュミが微笑んで聞いた。３人とも80歳くらいの女性だった。
「はい、王もお元気そうで安心しました」
「私は元気だぞ。そういえばナイウスが寝込んでいたそうだが、どうなったのだ？」
ラクシュミはパメラの顔を見て聞いた。
「父ならもう全快していますわ。ただ風邪で寝込んでいただけですから」
「そうか。それはよかった」
「王までご存知とは・・・・」
３人の女性はラクシュミとしばし世間話をして王の間をうれしそうな顔で出て行った。愛する一族の者との語らいも王としての務め
でもあるし、ちょっとした息抜きでもある。
女性達と入れ違いにミカエルが入ってきた。
「みんなうれしそうでしたよ」
「ああ」
女性達に優しく微笑んでいたその顔は、すっかり普通に戻っている。
「今日の午後こちらにやってくる子供達のリストですよ。全部で33人です」
ミカエルが書類を渡し、ラクシュミはそれを受け取りざっと目を通した。今日の午後、学校の課外授業で子供達が王の間に来るのだった。
40歳から50歳くらいまでの力がある大人まじかの子供達である。
「お、セリアもいるのか、今何歳だ？」
「48です。もうすぐ大人ですよ」
「そうなのか・・・もうそんな年になるのか・・・」
ラクシュミの顔がほころんでいた。セリアは結構力がある女の子だった。ミカエルのいとこでもある。ミカエルの父親の妹の娘なのだ。
力がある女はかなり貴重なため、ラクシュミもセリアのことは前から気にかけていたのだった。
「それでどうなんだ？本人は誰かあこがれている男でもいるのか？」
ラクシュミは輝いている目をさらに輝かせて聞いた。
「それが、聞いても教えてくれないんですよ。会うと王妃の事ばっかり聞かれるんですよね」
「ばかだな、食事会にさりげなくハインリヒを連れて行くとかしなきゃだめじゃないか」
ラクシュミは真面目な顔で言った。ハインリヒとくっつけたいようだ。
「それはもうしました。過去の話をうれしそうに聞いてましたが、ハインリヒ様素敵、とは言いませんでしたね」
「そうなのか・・・・」
「まあおいおいですよ」
「そうだな。まだ大人になってもいないしな」
なんとも気が早い、と自分でも思うがこればかりはしょうがない。それほど力がある女は貴重なのだから。
「今日は王妃も顔を見せるんですか？」
「ああ、朝言ったら喜んでたぞ」
「そうなんですか。」
ミカエルは微妙に端整な顔をゆがめていた。
「なんだ、嫌なのか？」
「シャナーン２世のようなのが数人いるんですよ。王妃はすでに巷では女神様のように崇められてますからね」
ミカエルがそういうとラクシュミは他人事のようにはははと笑っていた。
「困ったもんだ・・」と言いつつミカエルが王の間を出て行った後、ラクシュミは名前のリストを見つめていた。
この３３人の中で、上級候補はいなかったが中級候補は7人いる。その一人がセリアだ。
今若い女性の中級ランクでは、上がユリウス、中がジュメの他４人、後は中の下ランクが25人ほどだ。
強くなりそうな女はなかなかでてこない。一族の質が落ちていくに連れて、力がある者も生まれなくなっている。それは仕方のない事
なのだが。
いつからこうなったのだろう、とラクシュミは記憶を探ってみた。自分の父親の世代には上級の女も10人以上はいたはずだ。
ゆりがこの世界に来て初めての戦いの時に現れた大人のアナスターシャとロイは、戦いの後に一人の敵を殺した。
「100年の間強い女が生まれないようにと呪をかけていた」そうその時アナスターシャは言ったのをラクシュミは聞いていた。
呪いの魔法をかけられていた。そのような事があったとは、ラクシュミはまったく気づかぬ事だった。
敵は次元の狭間に身を隠して、延々と魔法を唱え続けていたのだろうか。そのせいで強い女が生まれなかったのだろうか。
今はどうなのだろう。今も敵はどこかで魔法を唱え続けていたとしたら恐ろしい。違う次元など、いくらなんでも探ることはできないのだから。
そんなどうしようもない事でいくら悩んでも仕方がないがな・・・
ゆりがこの国に来てからめまぐるしく好転している。今後もそうだと思っておこう。
ラクシュミは悪い考えを頭の中から追っ払った。
その頃、ゆりはというと朝っぱらからハザークの塔でハザークと引っ付いていた。今ゆりの左目は蛇の目になっている。
まだ朝なので燃えて何度も、というわけでもなく、一度してからベッドの上でまったりしていた。するとハザークがちょっと残念そうに
言った。
「今日は蛇出てこないんだな」
「蛇って、肌の蛇？」
「ああ・・・」
ゆりの蛇紋は時々肌から出てくる事がある。ゆり本人でさえぎょっとする。一体私の身体はどうなっているのだろうと自分でも思ってしまうほどだ。
「またその内に会えますよ」
「うーん・・・そうか・・・・」
「どうして私達の蛇って出てくるのかなあ？」
ゆりは寝転んだまま首をかしげていた。
「お前が心の底ではもっと男の気をひきたいと思ってるからじゃないのか？」
「え・・・そうかな」
「そうだろ」
「うーん・・・」
確かに肌の蛇が自分の分身だとしたら、わざわざ男の気をひきに出てくるのは自分が望んでいるから、ということになる。
過去では男の肌に移り、男の蛇を誘惑していたが、この時代の男の蛇は薄く、誘惑に答える力もないのだろうか。
まあ、また肌の蛇と何かあって子供うじゃうじゃ産むのもさすがになあ・・・・
あれはあれで感動的な出来事だったが、今の男達の蛇の子供を産みたいというところまでは考えられなかった。産んだら産んだでいいが
産んでみたい、というほどの熱意はない。
ゆりはハザークの頬に唇を押し付けて抱きついた。
「ハザーク様、すき♪今日はもう行くね」
「そうか」
ゆりは服を着て手を振って去って行った。
「すき」そう言われて以前ゆりの肌から出てきた蛇にそう言われたのを思い出したハザークだった。
身体を起こしたハザークの身体には服が現れていた。
ハザークは部屋に移動して、そこにいた侍女に言った。
「その内また赤い蛇の男を呼んでおいてくれ」
「ミルキダス様ですか、わかりました」
侍女は微笑んで了承した。
「ゆり様〜昼食の時間ですよ〜」
侍女に揺り動かされ、ゆりははっと目を覚ました。長椅子で眠ってしまっていたようだ。
「昼？」
「そうですよ」
「ありがとう」
ゆりはびゅっと部屋を飛び出して子供達と昼食を食べて、また部屋に戻ってきた。今日は午後一族の子供達と会うという予定があるのだ。
念入りに化粧して王妃様らしくしなければ、とゆりにも気合が入っていた。
部屋では侍女は３人いて、ドレスも５組ほど用意されていた。
「どの色になさいますか？」
「うーん、この淡い緑にしようかなー」
「はい」
今日はいつもよりもさらに念入りに化粧してもらい、ドレスを着た。すその長いドレスには銀色の大きな花の模様がほどこされている。
首の周りが大きく開いていて胸の谷間はばっちり見えていた。長袖で袖の部分には半透明な布がひらひらついている。
「そうだ、せっかくだから過去でもらった宝石つけようっと」
ゆりは首に緑の宝石がついたネックレスをつけた。過去でディランとレイアスがくれたものだ。
「そうだ、サークレットもしてみよう」
ゆりは額にレイアスにもらったサークレットをはめた。水色の宝石の左右には赤い小さい宝石がついていた。輪は銀でできている。
「どう？ちょっとは神秘的に見える？」
ゆりは侍女達に聞いた。
「素敵ですよ」
「綺麗ですよ」
「うーん、他の皆にも見せたかったなあ。普段からこういう格好してりゃいいんだけど、さすがに邪魔くさいしやだな」
侍女らは王妃様らしくない言葉に苦笑していた。なにせこのドレス、ウエストがぎゅっと締まっていて窮屈なのだ。これを着て食事は
ごめんだ。だがこういう格好をすると、王妃様らしい。この格好のままミカエルらに会えば、王妃らしい貫禄も感じるかもしれない。
２時前に王の間に行くと、子供らは皆集まっていた。王の間の番兵は４人とも「綺麗ですよ」と言ってくれたので、ちょっとご機嫌だ。
「どう？どう？」
ゆりは皆の前でくるりと回ってみせた。
「わー綺麗だよ。母様！」
シスが一番に言ってくれた。
「お母さんじゃないみたいだよ」
「素敵よ」
ラギとアナスターシャが言い、ナナミとロイは、「だれ？」というような顔をしていた。ゆりはラクシュミの顔を見た。
「なかなかかわいいぞ」
じっと見つめられていたのでラクシュミもゆりをほめた。みんなにほめられたゆりはにっこり微笑んでラクシュミの横に並んだ。
「いつもそうしてりゃいいのに」
ラクシュミがついでにぼそっと言っていた。
時間になり、フリットに連れられて子供達がぞろぞろやってきた。皆緊張の面持ちだが瞳はきらきら輝いていた。
「まあかわいい」
ゆりは思わず声を出していた。もうすぐ大人になる子供達、女の子は10人ほどいた。ずらりと並んだ子供達にラクシュミは
王としての言葉をかけていた。皆じっと聞いていた。やがてゆりが自己紹介し、子供達が続いた。皆に注目されて、シスとラギは
恥ずかしそうにしている。
かわいい子一杯いるなあ・・・大人になれば、美男子になりそうなのも・・・
ゆりはつい男の子に目がいっていた。こうやってみても不細工な顔の子はいない。蛇の一族の美男子率はすごいとゆりは感心
してしまう。
ラクシュミはセリアに目を留めていた。理知的な瞳の、長いストレートの黒髪の女の子だった。子供達の中でもやはり力は目立って見える。
若い力が育っていくというものはいいものだ・・・
今はまだ磨かれている途中の原石のようだが、いずれは個々の輝きを発するようになるのだ。
ゆりがちらりとラクシュミを見ると、ラクシュミは我が子の成長を喜ぶ父親のような目で、子供達を見つめていたのだった。
神の国にて、ハロルドがアシュランの間に行くと、アシュランは酒を片手に椅子に座ったまま床を見つめていた。他には誰もいない。
ハロルドが近づいて行き、同じように床を見ると、そこには３メートル四方ほどに人間界の光景が映し出されていた。
「またのぞきか？」
ハロルドが聞くとアシュランは顔をあげて少し眉をひそめた。
「人聞きが悪い事を言うな。」
「のぞきじゃないか」
ハロルドは床に映し出されている光景を見て、あっと覗き込むようにした。そこはどこかの部屋の中で、輝く瞳をした銀色の髪の男が
座り、左右に子供と女が一人立っていた。ハロルドが注目したのはその女だった。着飾ってはいるが、その魂の輝きを見ると、
ガーベラに時々入っている女だった。
「・・・ここどこだ？」
「蛇の国だ」
「何で見てる」
「ちょっと気になったんでな」
「何が気になったんだ」
アシュランがハロルドを見ると、ハロルドは鋭い瞳で自分を睨んでいた。
「何怒ってるんだ」
「別に怒ってない。なんでここを見てるのか聞いてるだけだ」
「この女なんだが・・・」
アシュランがいいつつ女を指したので、ハロルドはどきりとした。
もしや、神の国に時々来ていたのがばれたのか？
「何か気づかないか？」
「何？ああ、本当だ！丸っこい耳してる。」
ハロルドは大げさに驚いてみせた。
「あ、本当だな。珍しい耳だ。耳の事じゃなくてだなー」
「何だ？何もおかしくないだろ？のぞきなんて趣味が悪いぞ、やめろ」
ハロルドは早口で言った。
「どうしたんだ？お前変だぞ」
「変？そうか？別に変じゃないぞ」
ハロルドはどきどきしながら横を向いていた。
その時「失礼します」と言ってアシュランの後ろの布をめくり、グレンが入ってきた。
「アシュラン様、御用がなければしばらく失礼しますが」
入ってきたグレンはアシュランの少し後ろから床を眺めた。
「それはどちらですか？」
「蛇の国の城だ。ここにいるのが今の王だ。ちょっとジンラに似てるな。横にいるのが王妃で周りにいるのが子供らだ」
「ああ、例の」
グレンが納得したように言ったのでハロルドの胸はどきりと跳ね上がった。
例の？例のってどういうことだ。
「５人生まれたんですね」
「６人目が腹にいる。」
「そうですか。すごいですね・・・・」
「短期間で６人もなあ。この一族では稀だな」
「おい、私に分かるように話せ、例のってなんだ」
ハロルドがせかすように聞いた。
「この女性にはヒルデリアが加護を与えたんだ。今はうっすらとしかないからお前が気づかないのも無理はないが」
「え？」
ハロルドはぽかーんとしていた。
「なんでヒルデリアが？」
「いろいろ事情があったんでな」
「事情って何だ？何なんだ」
またもやハロルドはしつこく聞いていた。なぜヒルデリアがからんでいるのかさっぱり分からない。
「昔、蛇の一族に女神にも匹敵するほど美しい女王がいた。つい蛇の姿で寝所に忍んでいったのだ。事が終わった後、
何か恩恵を与えようと言った私に、女王はこういった。「いずれ、一族に危機が及んだ時には、どうかお助けください」と。
すっかり忘れていたんだが国の危ない状況を見て女王との約束を思い出した。それで王妃が孕みやすくなるようにと
ヒルデリアに術をかけてもらった。この一族は子供が生まれにくそうだったからな。そのおかげか一人目はすぐ生まれたようだ」
「よくヒルデリアが手を貸したな・・・」
「女王の事は言ってない。蛇の一族の者は人間界にあるヒルデリアの神殿でもよく祈りを捧げていた。それでまあヒルデリアも
力を貸してくれたんだ。」
「じゃあ子供が産まれたのはヒルデリアが力を与えたせいなのか？」
「もちろん様々な要因が重なっての事だ。ヒルデリアはちょっと力を貸したに過ぎない。元より夫婦仲がよくなければ子供なんて
生まれないしな」
「・・・・」
ハロルドは蛇の国の王妃に目を向けていた。
まさか王妃だとは知らなかった。
あの時はどっから見てもそうは見えなかったぞ。
もしや私の子供を二人も生んだのはヒルデリアの力のせいだったりして・・・
「なあ、どうしてこの女こんな耳してるんだ？」
ハロルドはついでに聞いてみた。
「異種族じゃないのか？同じ耳の女が他にも何人かいるようだぞ。どこから来たのかは知らないが」
「アシュランにも分からないことがあるのか？」
「そりゃあある。私は全能の神ってわけではないからな。」
「そうなのか・・・」
「ん？この子供・・・」
アシュランが黒髪の男の子に目を留めた時、やばいと思ったハロルドはその映像の上をづかづか歩いて行き
アシュランに近寄った。
「忘れてた。西の森の事なんだが・・・」
「ん？」
「さっき行ったらちょっと気になることがあって・・・」
ハロルドは強引に話を始め、いつの間にやら床の上の映像は消えていた。
話が終わり、ハロルドはほっとした面持ちで神殿を出口に向かって歩いて行った。どうやら自分の加護のことはばれなかったようだ。
うーん、しかし驚いたな。まさかそんな事があったとは・・・あの女、神に縁があるな・・・・
ぱっと見ただけではヒルデリアの加護がある、などまったく気づかなかった。神の加護は他の神が見てもよっぽど探ったり指摘されない限り
あまり気づかないものだ。身からにじみでるほどすごい加護を与えられていれば別だが。
そういえば５人子供がいるって言ってたな・・・
ヒルデリアが手を貸しても普通は一人か二人産むくらいのもの、それを６人なのだから、本人が元々そういう体質なのかもしれない。
それとも男との相性がすこぶる良いのだろう。
変な女だと思ったが・・・王妃としても変だな。全然王妃らしくもない。
いろいろ考えながら歩いていたら、「ハロルド様」と声をかけられた。振り向くとグレンが近づいてきた。グレンは話の最中、いつの間にか
部屋からいなくなっていた。
「なんだ？」
「先ほどの子供、ハロルド様の加護がありましたね」
グレンは近づいてひそひそ声で言った。
「何の事だ？」
ハロルドはそ知らぬ顔をした。
「ハロルド様の様子がおかしかったので、つい探ってしまいました。それで気づいたんです。どうして加護を与えられたのですか？」
「・・・・」
ハロルドは横目で睨んでいる。グレンはそんなハロルドに恐れる様子もない。いつもの冷静な瞳で見返していた。
「アシュラン様には言いませんから」
「・・・実は、さっきの王妃があまりに美しかったので、つい寝所に行ってしまった」
「・・・・え？」
グレンはぽかんとしていた。ハロルドはこんなグレンの顔を見たのは初めてだった。
「あの王妃の元に・・・ですか？」
「ああ」
「そうですか」
「そういうことだ。じゃあな」
ハロルドは去っていった。
グレンは黒髪の王妃の事を思い出していた。美しくない事はないが、はっと目を引くほど美しいというわけでもなかった。
人間界にも美しい女性はたくさんいる。その中であの王妃をあえて選んだというのがどうもよくわからない。
だがハロルドは大真面目な顔で言ったのだし、他に理由は考えられない。
そういえばあの女性、ガーベラ様の魂に似ていたかもな。だから惹かれたのかもしれない。
そういうことなのだろう。きっと・・・
グレンは首をかしげつつ、神殿を出て空を飛んでいったのだった。
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