「さー今日のクジを配りますよー」

城の一角では毎度おなじみの光景が繰り広げられていた。今日の王様との面会可能人数は５人である。３０人近くの女性達が集まっていた。

「やったあ！あたった！」

喜びの声をあげる女性の中には、ミカエルの元彼女クロエの姿もあった。クロエは肩にかかる黒髪は少しウエーブをかけていた。

首の周りが大きくあいた紫色の膝までのドレスに、紫の小さな花の飾りの耳飾りをつけている。右の足首には紫の小さな蛇の飾りがついていた。

本人は紫で統一しただけだったが、ミカエルが見れば、「私への未練があるのか」と誤解するかもしれない。

細い華奢な身体つきながら、胸はそれなりに大きく、小顔であどけない顔立ちなのに、時々妙に色っぽく見える所があるのは相変わらずだった。

大人になり何度も赤い月を経験し、色気度も前よりも増しているかもしれない。


「それでは面会時間は１０時からですよー」

クジに外れた女性達はぞろぞろと帰って行き、５人の女性が残された。その横では王に面会したい男性のクジも行われている。こちらは

女性よりも人数は少なく当たる率は高そうだ。


クロエと他の４人は名前を書くと、部屋にある隅っこの椅子に座り込んで他の女性達と念入りに化粧を始めたのだった。


第50話

暦は11の月に入っていた。11の月は蛇の一族の者達にとっては、かなり心躍る月でもある。なぜなら、新酒ができる季節だからだ。

古いお酒の方が味わい深いのだが、新しいお酒というのもいいものだ。今年は葡萄も豊作の年で、お酒も去年よりは量も多く作れそうだった。


空は晴れていたが、気温は少し低く、ひんやりした風が吹いていた。蛇の国も南の方では木々の葉も紅葉しているかのように赤くなっている

場所があり、山々も綺麗な色彩を帯びているのだが、城の周りはたいして変化はない。ゆりは上の子供ら３人に連れられて紅葉が見える

南の砦に遊びに連れて行ってもらっていた。砦の高い塔からは山々の紅葉が見渡せるのだ。ゆりは「紅葉狩りだ！やったー！」と大喜びだった。



城では10時になり、綺麗に着飾った女達がラクシュミの前に現れた。５人とも偶然なのか大人になって10年以内の女性達だったので、

ラクシュミは皆の顔を見て、「皆すっかり女らしくなったな」と言ったのだった。100歳前後の女性達は丈の長いドレスを着るのが普通だが、

若い女性達では短いのがはやっているのか、皆短いドレスだった。



王も何年たっても素敵・・・・


５人とも同じことを思っていた。

クロエも目一杯かわいらしく微笑んでいたのだが、ラクシュミが５人の中でクロエを一番見つめている、と言うような事はなかった。

時折色っぽい視線を送ってみたりもしたのだが、微笑み返してくれただけだ。


くそー。色っぽくなった私を見れば、王もちょっとは心を動かすかもと思ったのに・・・・


クロエが思っていたことは、他の４人も同じ様に思っていたことで、他の一族の女達だって思っていたことだった。誰だって自分には心を動かして

下さるかもしれない、という淡い希望は持っている。王の侍女だってそういう希望を持っているのだが、実際にはラクシュミはゆり以外の女性に

何かする事もない。王の侍女達は、「王妃が嫉妬深いせいよ」と思っていたが、一族の女性達は「王妃を心底愛してらっしゃるのね」と思っていた。

王妃は王の子供を産みまくってこの国に平和をもたらしているので女達に文句はないのだが、たまにはその気にならないかしら、と思うのも

女心というものだ。


ラクシュミは５人とたわいもない会話をしていたのだが、不意にクロエがくらっと身体をよろけさせた。

「クロエ、大丈夫か？」

ラクシュミは当然のことながらクロエにあわてて近づき、身を支えた。

「ああ、王の麗しいお顔を見ていたらついくらっときてしまいました」

そういいつつクロエは今がチャンスとばかりにラクシュミの胸にぎゅっと抱きついた。

「あっ！」

４人の女たちが同時に声をあげた。

「ずるい・・・」

「私も」

「私も」

他の４人もわれ先にと駆け寄りラクシュミに引っ付いた。


離れた所では番兵達が「おいおいおいおい」と小さな声で言っていた。


「ん？どうしたんだ。抱きしめてほしいのか？そのくらいいいぞ」

ラクシュミはそんな女達に怒ることもなく、父親のような微笑を向けて一人ずつぎゅっと抱きしめてやったのだった。

５人ともうれしそうに抱きしめられている。

そして今日の５人の面会は終わったのだった。



ああ、幸せ〜まあ抱きしめてもらったし今日の所はいいか。


クロエはるんるんで城を出て行った。


それにしてもほんと王っていい匂いよねーうっとりしちゃう。王がだめならやっぱりシス様が大人になってから狙おう。


クロエはそんな事も考えていた。一時期は「一人の男に愛されたい」というのが若い者の間ではやっていたが、戦が近づくと

「取り合えず自分の子供を残したい！」という流れに変わり、戦が終わった今はたいした流行もない。

下級戦士の彼とも相変わらず続いていたが、やはりもっと力が強い男と仲良くなりたい、という願望は消え去ることはない。それはクロエだけ

が抱いている願望ではなかった。より力がある男との子供のほうが生き残る確立は高くなる。それはだれもが持つ本能というものだ。



シス様が大人になった時には、大人の魅力でなんとか一日だけでも過ごしていただけるようにがんばろう。


クロエは戦士ではないが、力のランクからいえば、中級の下だった。たとえシスとひっつけたとしても、シスの子供を産むのは無理かもしれない。

だが、一度でいいから王族の男と赤い月を過ごしてみたいのだ。一体どのように変化するのか、この目で確かめてみたいのだ。


シス様がだめでもロイ様もいるし、王族の男が一杯いるっていいわね♪


城を出て正門の方に向かっていたクロエだったが、ふと思いたち、瞬間移動して南の庭園に飛んだ。

もしかしたら王妃様がいらっしゃるかも、と思ったが、東屋にも花壇の方にも、誰もいなかった。

「ちぇ、王妃様にお会いしたかったのになーなぜか面会希望しても却下されるし・・・」

クロエはぶつぶついいながら王の花壇を眺めてぶらぶらしていた。面会希望はゆりが却下しているのではなく、その手前の受付で却下

されていた。理由は、「王妃様は妊娠中なのでわずらわしいことはだめです」という理由からだった。

「ひどい・・・私はただ、王妃様の侍女になりたいだけなのに・・・」


そうすれば、いい男にも会い放題〜


実際このように思いゆりの侍女希望の女性も大勢いるのだが、すべて却下されている。クロエが考えることは、他の女性達もすでに考えていた。

城の庭園で待っていればゆりにいつかは出会いそうなものなのだが、今いる南の庭園は、一族の者でもみだりに近づかないように、との

お達しが出ていた。別に立ち入り禁止というわけでもない。たまにいるくらいならお咎めもないだろう。


王妃様の研究をするには側にいるのが一番なのになあ。



そんなことを思い王の花壇の高貴な花を眺めていたら、近くに男がぱっと現れた。

銀がかった青い髪の男、ジュノーだった。ジュノーはクロエに気づいて微笑んだ。

穏やかな優しい笑みに思わずクロエは見惚れてしまった。その時クロエは恋に落ちたかのような衝撃を感じたのだった。


「こんにちは」

「こんにちは、ジュノー様、あの、あの、あの、抱っこしてください」

クロエは突然とんでもないことを言い出してジュノーの側に移動し、ぴょんと飛びついた。ジュノーはきょとんとしていたが、反射的に

クロエの背中と足の下を両手で支えている。クロエはジュノーの胸に頬を寄せていた。

「ジュノー様、好きです」

「はあ・・・・」

突然の展開にジュノーは戸惑っていた。そういえばこの子ってミカエル殿の元彼女だったっけ、と今更ながらに気づいていた。

「優しい笑顔が好きです」

「あのー突然そう言われましても・・・」

「また引っ付きたいんです」

クロエは熱い視線を向けていた。

「また？」

「はい。・・・あれ？」

うなずいた所でクロエはおかしいな？と首をかしげていた。次に自分の状況を見てはっとした。

「どうもすいません。なぜ突然こんな事をしてしまったのか・・・」

クロエはジュノーの腕から降りた。顔は真っ赤になっている。いくらなんでも突然抱っこしてくださいはないだろう。

「大丈夫ですか？」

「すいません」

ジュノーは首をかしげてクロエに背中を向けた。

「ジュノー様！」

クロエは今度はジュノーの背中に飛びついていた。

「ええ！あの・・・」

突然背中に荷物ができたジュノーはのけぞって足をふんばり、身体を元に戻した。

「また仲良くなりたいんです！」

クロエは衝動が抑えられなかった。なぜかジュノーにひっつきたくてしょうがないのだ。

「ジュノー様の蛇がみたいー！」

「あなた大丈夫ですか？」

クロエの足はジュノーのおなかに回っていた。

「すいません、なんだかよくわからないけど、押さえられません！私一体どうしちゃったんでしょう！？」

クロエは背中に抱きついたまま言っていた。

「それは私が聞きたいです」

「ジュノー様怒らないでください！」

「怒ってないけど戸惑ってます。かなり・・・・」

変わっていると聞いたが確かに変わってるなと思ったジュノーだったが、ある言葉が引っかかっていた。また引っ付きたいという言葉だ。

ジュノーはクロエと引っ付いたことはない。

「優しいジュノー様が好き〜何言ってるの私。自分じゃ離れられない〜！」

クロエはまるで一人芝居でもしているかのようだ。


なんだか女蛇が降りた時の王妃に似てるかも？


ジュノーはその事に気づいた。

「もしかして・・・あなた女蛇さん？」

ジュノーは顔を横に向け、恐る恐る聞いた。

「あたり♪」

クロエはにこっと微笑んで言った。そしてきょとんと目を見開いた。

「・・・女蛇って？」



南の砦の塔に登り、しばらく紅葉を満喫したゆりと子供達は、砦の中にいた。王族として戦士達の慰労をしなければ・・・と

ゆりが思ったからだ。といっても戦士達はほとんど出払っていた。昼食前には休憩に帰ってくるというので、ゆりは将軍のナザニエルと

将軍の部屋で世間話をしていた。子供達は砦の中をぶらぶら探検している。

ゆりはナザニエルから孫の話をいろいろ聞いていたのだった。ナザニエルの孫はフリットの子供でもある。

「もう６歳になるのー早いねーかわいいんだろうなーフリットったら全然連れてきてくれないんだから」

「遠慮しているんでしょう。フリットは遠慮深いですからね。」

「将軍もがんばって、子供♪」

「はー私はもうなかなか・・・ヴィクターのようには・・・・」

ナザニエルは頭をかいている。

そんな話をしていたら、扉がノックされて子供達が入ってきた。

「母様、父様がすぐ戻ってこいってさ」

シスが言った。

「えーもう？今日は一日外に出てようと思ったのにい」

ゆりが口を尖らせた。

「なんだか急用みたいだよ。すぐ戻れって言ってるわよ」

とアナスターシャ。

「わかったわよ。それじゃ将軍、皆によろしく言っておいてね」

「はい、お気をつけて」

ゆりはシスとアナスターシャ、ラギと共に瞬間移動で城に戻ったのだった。


「一体何の用なのかな？」

「さあ、内容までは言わなかったよ。王の間には母様だけでいいってさ」

シスの言葉に、ゆりは一人王の間に入っていった。そしてラクシュミより先に、その横で女の子をだっこしているジュノーに目がいった。

「どうしたの？その子」

「ゆり、クロエに女蛇が降りてしまったようだぞ」

ラクシュミの言葉にゆりは目を見開いた。

「え？女蛇？あ、この子クロエ！？」

しばらくあっていなかったので分からなかったが、確かに良く見たらクロエだ。相変わらずかわいらしい顔をしている。

「王妃様こんにちはー」

「女蛇って・・・・え？女蛇降りたの？なんで？」

ゆりはラクシュミとクロエとジュノーの順で顔を見た。

「庭園で会ったら急に降りたようなんですよ。」

ジュノーが説明した。

「へー私以外にも降りることあるんだ・・・」

「あのー私一体どうしたらいいんでしょう・・・・」

抱っこされたままクロエが聞いた。


「ゆり、どうする？」

ラクシュミがゆりに聞いた。

「え？何が？」

「クロエだ。このままほっとくか、儀式やらせてみるか」

「え！？儀式！？」

「そうだ、早く決めないと」

「ええ！？」

「儀式って・・・蛇霊神入れるとかいう儀式ですか？それってどんなことするんですか？」

クロエは興味津々だった。

「男達と引っ付くんだ。いろいろ仲良くするんだ」

「私やってみたいです」

クロエは断言していた。

「だそうだが・・・どうする？」

ラクシュミはゆりを見た。

「どうするって言われても・・・どうすれば？」

あまりの急展開にゆりもどうしていいやらわからなかった。自分以外の女に蛇が降りる、なんて思ってもいなかったのだ。

「クロエが巫女になれるならしてもいいし、お前の部屋に男達を呼んでいるから早急に相談しろ」

「えー！！！」

「すぐ行け」

「は、はい・・・・」

「私がお連れしますよ」

王の間の番兵が近づいてきてゆりを瞬間移動で扉の外に連れて行ってくれた。

「ありがとう」

「いえ・・・」


なんなんだ。この展開は！心の準備する暇もない！


恐る恐る扉を開けると、部屋の中にはジュノー以外の男がいた。４人は椅子に座り、後の３人は立ったままだった。

７人が一斉にゆりを見た。


さあ、どうしよう・・・・・



ゆりはしばらくそのまま固まってしまい、何も考えられなかった。



その頃クロエは、「王様に抱きつきたいな」と言ってジュノーに「だめ」と言われていた。



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