第51話
目の前には色鮮やかな色彩が展開されていた。赤、オレンジ、黄色といった暖色系に山の一部が染まっている。この世界ではちょっと移動すれば
あふれるばかりの自然が広がっている。
ここは元自分がいた世界とは違う世界なのだが、ふいに元の世界の景色を思い出す事はよくある。
鮮やかな山を見て思い出したのは昔、家族で紅葉を見に山に行った記憶だった。観光名所なので人であふれていた。しんどい思いをしながら
山を登っていき、紅葉を満喫して帰ってきた。いつだったかぼんやり木々を眺めていて家族とはぐれたこともあった。
あれは何歳の時だっただろうか・・・
この世界でも、人々は紅葉を見に行ったりするのだろうか。
そういえばこの国の観光名所ってどこなんだろう？
「王妃」
美術館とか博物館とか他には・・・
「王妃、大丈夫ですか？ぼんやりして」
フリットの言葉にゆりははっと我に返った。
「ごめん。ちょっと頭がどっか行ってた」
ゆりは部屋に入り扉を閉めた。クロエに女蛇が降りたらしい、そんなとんでもない事実に、ついゆりの頭は現実逃避していたようだ。
儀式をするかしないか、一体どうするか、ゆりは今から男達と話し合わなければならない。
「あのー・・・皆聞いたと思うけど、なぜかわからないけどクロエに誰か降りたんだって」
ゆりが立ったまま説明すると、ヴィラが座っていた椅子を持ってきてくれたのでゆりは椅子に座った。
「実は彼女巫女向きだなーって思ってたんですよね」
椅子に座っているハインリヒが言った。
「普段でも興奮しやすいタチのようだし巫女としてはうってつけだ」
「お前黙ってろ」
と向かい側にいたミカエルが言った。
「なぜ？あなたが一番良く知ってるくせに」
「うるさいな」
「そこまで。それで、王妃はどうしたいんです？」
フリットが二人をさえぎり、ゆりを見た。フリットはゆりの横に立っている。ミルキダスとシャナーンがその後ろにいる。二人とも微妙な顔つきだった。
「どうって・・・いきなりだからさあ、どうもこうもないけど・・・昔は他に巫女がいればいいなあと思ってたけど、今更巫女候補が現れても
どうすればいいのやら・・・・」
ゆりは困惑気味だった。
その頃は、今なら清楚な王妃様に戻れるかもしれない、と思いそう望んでいたのだった。だがあれから男達とはもっと仲良くなり、ハザークも
恋人になり、清楚な王妃様からはかなり遠ざかってしまっている。今更男達との関係をなしにするってのもあまりに身勝手だ。
それにしても・・・なんでクロエに降りたんだ・・・気まぐれな女蛇ね。まったく・・・・
しかも彼女なぜか儀式やりたそうだし・・・内容分かってるのかな。
皆はどうなんだろう。あんなかわいい子が相手じゃ、喜んでやるっていうのかも？
「皆どう思ってるの？」
ゆりは７人の顔を見て聞いた。ミルキダスやシャナーンの思ってることは大体想像はつくが、ミカエルやハインリヒはどう思っているのか、
ゆりには分からなかった。なんといってもクロエはミカエルの元彼女でもある。
「我々の意見よりも王妃がどう思ってるかですよ」
フリットが言った。
「私の意見？彼女を巫女にするかどうか？私としては自分が何もしないで蛇が入るなら、そりゃありがたいけどなあ・・・・」
そういうと、男達の顔つきがもっと微妙になった。ヴィラはどうも睨んでいるようだ。シャナーンは視線を伏せていた。
「皆には悪いけどー」
その頃王の間では、クロエはつまんなそうな顔でジュノーを見ていた。今はだっこはされていない。
「いつまで待てばいいんですか？」
「さあねえ・・・」
とジュノー。
「クロエ、儀式の事本当に分かってるのか？男と仲良くするってのは、手つなぐとかいう事じゃないんだぞ？赤い月並に仲良くしてお互いに
盛り上がらなきゃならないんだぞ」
ラクシュミは不安げな表情で聞いた。
「はい、私普段でも大丈夫ですよ。シャナーン様とようやくそういう仲になれるんですねー」
クロエはうれしそうだった。
「シャナーン・・・・シャナーンは多分無理だろ」
とラクシュミ。
「え？どうしてですか？シャナーン様は儀式の男なんじゃないんですか？」
「儀式の男だが、シャナーンはゆりにべたぼれだから入ってるだけだぞ。他の女が相手じゃやらないだろ」
「えーそんなあ・・・・」
クロエは頬を膨らませていた。
いくらラクシュミとてそんな事まで男達に強制させたくはない。
ーお前はどうだ？もしそうなったら、参加するか？
ラクシュミは思念でジュノーに聞いた。
ー私ですか？王妃に嫌われそうなんで参加しません。
ー・・・・まあどうせゆりの結論なんて聞かなくてもわかってるんだが・・・・
ーではなぜ考えろと？
ーまあ一応な・・・・
ーはあ・・・
「皆には悪いけど、クロエが巫女になっても参加させないからね。だって皆は私のものだもん」
ゆりははっきりと言い張った。
「王妃・・・」
ぽつんと言ったのはフリットだった。
「皆私のだもん。だからだめ。ミカエルもだめだからね」
ゆりは念押しするようにミカエルを見た。
「私参加したいって言ってないじゃないですか・・・」
ミカエルが心外とばかりに言った。
「ミカエルとハインリヒは相手がクロエでも喜びそうだなーと思って・・・・」
「ひどい」
「違う時代に来てまで巫女に振り回されたくないですよ」
とハインリヒ。
「だってー・・・・皆儀式好きだからさ。赤い月は違っても儀式だけは譲れないよ」
そうでなければ、今までの皆との儀式での愛は一体なんだったんだ、って事になりかねない。
赤い月にはそれぞれ別の女性を愛していても、儀式だけは他の人としてほしくなんてない。
「儀式だけは皆私のだもん。だからだめ」
それはゆりが恋人達に言う初めての言葉だった。
男達の間には静かな感動が広がっていた。ゆりが今までそのように主張した事はなかったからだ。男達が儀式で愛していると言い続けた言葉は、
無駄ではなかったようだ。それが分かってうれしかったのだ。
「うれしいですよ。王妃」
さっきは睨んでいたヴィラが微笑んでいた。
「私もうれしいです。王妃」
シャナーンもゆりを見つめて言った。瞳がちょっとうるっとしている。
「イシュタールとミルキダスは？」
「私もほっとしました。他の女性相手はちょっと無理です」
「私は絶対無理です」
イシュタールに続いてミルキダスが言った。横にいるフリットを見あげると、フリットも微笑んでいた。
ゆりがテーブルの方にいるミカエルとハインリヒを見た。
「私は赤い月以外は王妃のものですよ」
「私だって儀式は王妃以外の女性とはしたくないですよ」
ハインリヒに続きミカエルが言った。
フリットの思念はすばやくラクシュミに届いていた。
やっぱりな、とラクシュミは内心思っていた。
「クロエ、ミカエルらは儀式に参加できないようだ」
「え？全員ですか？」
「ああ」
「どうしてですか？皆さん私が嫌いなんですか？」
クロエは悲しそうな顔をしていた。
「違うんだ。皆ゆりとの儀式に思い入れがありすぎるだけだ。」
「ミカエル様まで・・・ぐす・・・・」
ついにぽろぽろ泣き出してしまった。
「クロエ、その代わり、お前と儀式をやってみたいという男が一杯来たぞ」
ラクシュミはクロエの横に立ち、クロエの肩をぽんとたたいた。
「え？」
王の間の扉が開かれて、ぞろぞろ男が入ってきた。20人ほどいる。ほとんど中級戦士達だ。70から100歳前後の男達だ。
「皆儀式をやってみたいと思っていた連中だ。クロエ、好きな男を選んでいいぞ」
「え・・・・」
クロエが男達を見回すと、皆興奮気味に頬を紅潮させ、熱い瞳で自分を見ていた。美男子ぞろいだったのでクロエの目から
すっかり涙は消えていた。
「お前が選んでいいんだぞ。クロエ」
ラクシュミが耳元でささやくように言った。
「私が選んでいいんですか？何人でも？」
クロエの目が輝いてきた。
「何人でもいいが、最初だから無理しない方がいいぞ。２人か３人くらいにしといたらどうだ？」
「えーとじゃあ、ラシュさんにグスタフさんに、パウエルさんに決めます」
クロエは自分の好みで３人選んだ。すっかりうきうきになっている。立ち直りの速さにラクシュミはほっとした。
「クロエ、俺は？俺！」
よく見ると後ろの方によく知った顔がいた。クロエの彼氏の垂れ目の下級戦士だった。
「この３人で」
クロエは彼氏を無視してラクシュミを見た。
「俺は恋人じゃないかよー！！」
「クロエ、かわいそうじゃないか・・・アルヴィンも選んでやれ」
ラクシュミが哀れに思い言った。
「ですが・・・」
「４人選べばいいだろう。な、」
この際縁起が悪いとか言う事は言ってられなかった。
「分かりました」
「じゃあ残りは解散、男達とクロエは浴室で身体を清めて用意した部屋に入ってくれ」
ラクシュミの声で皆わらわらと散って行った。
「他の男達と儀式やらせてみるそうですよ」
ゆりの部屋でフリットが言った。
「えー？そうなの？」
横でゆりは驚いている。驚いたり緊張したりで疲れたゆりはフリットから気をもらっていた。
「男って誰だ？」
ミカエルが聞いた。
「ラシュにグスタフにパウエルだそうだ」
「ふーん」
「どうなるんだろうなあ・・・成功するのかな？」
ヴィラが言った。長椅子にはフリットゆり、シャナーンが座り、他の皆はテーブルの方で酒を飲みだしていた。
昼食時間だったのでテーブルにはサンドイッチなどの食べ物もあった。なんだか飲み会の雰囲気だ。
「みんな仕事はもういいの？」
ゆりはシャナーンからもらったサンドイッチを食べながら聞いた。
「仕事どころじゃないですよ。気になっちゃって」
とミカエル。
「そうですよ。儀式がどうなるか気になりますよ」
とヴィラ。
「巫女は作らない方がいいのになあ。万が一すごい巫女になっちゃったらどうするんです？」
ハインリヒが酒を飲みつつ聞いた。
「うーん。とにかく、昔と今は違うんだからさ、昔のようにはならないよ。」
王の側室なんて冗談じゃないし、ハザーク様とどうにかなってもやだし・・・
なんかもう面倒な事になったなあ。クロエには悪いけど失敗すればいいのになあ。
ゆりはつい思ってしまった。
その時ジュノーが部屋にやってきた。
「何だ、皆さんいたんですか」
ジュノーは酒を飲んでいる面々を見て言った。
「男達の様子はどうなんだ？」
ミカエルが聞いた。
「興味深々でしたよ。結局男は４人になったんですけど」
「後一人は？」
「クロエの彼氏のアルヴィンです」
「そうなのか」
「王妃、せっかく皆そろってるんだし、我々も儀式しましょうよ」
ジュノーがゆりに近づいて笑顔で言った。
「え？せっかくだからって、やーよ！」
ゆりはべーと舌を出した。
「せっかくそろってるのに。やりましょうよ。ねえ」
「賛成」
「賛成」
「賛成」
ミカエル、ハインリヒ、ヴィラの順で手が上がった。
「この前やったばかりじゃない。嫌よ」
「せっかく全員いるのに」
「やですー」
ゆりは気をもらっていたため右にいるフリットに引っ付いていたのだが、左にいるシャナーンの手をしっかり握った。
そしてシャナーンにウインクしだした。シャナーンはどう反応していいやら目をぱちぱちしている。
次にゆりはテーブルで酒を飲んでいる男達にウインクしていた。
皆の動きはすっかり止まっていた。
「王妃・・・本当に期待を裏切らない人ですね・・・そういうところが好きでたまりません」
ジュノーは感動していた。
「何の事？」
ゆりはさっぱり分からないとばかりに聞いた。
「ふふふ、今日もうっふんって言ってくれるかな」
ヴィラは笑っている。
「だから何の事？」
「王妃、目釣りあがってますよ」
ハインリヒがにやっとして指摘した。
「えっ！嘘！」
ゆりは男達から手を離して目尻を下げた。
「王妃、お風呂行きましょう！」
ミカエルが立ち上がった。
「えー！そんなー！！！」
ゆりは浴室に連行されてしまったのだった。
「え？ゆりにも女蛇が降りた？一体どうなってるんだ？」
王の間でラクシュミが首をかしげていた。
「クロエに対抗されたんじゃないんですか？」
横にいたザメハが言った。クロエの話を聞いてやってきたのだ。
「負けられないと思ったんじゃないんですか？」
「うーん、そうなのか？一度に２人も降りてくるなんてあるのか？」
ラクシュミはハザークに思念で聞いていた。
ーまあ、女蛇ってのは気まぐれだからなあ
ハザークはそういって返してきた。
「王、所でなぜクロエに儀式をやらせてみる事になったんですか？」
ザメハが聞いた。
「まあせっかく降りてきたんだからと思ってな。本当に巫女になれそうなら、将来的に子供らが大人になって子供ができた際に儀式ができるかも
しれないじゃないか」
「はあ、まあだいぶ先ですが・・・」
「それに他の男達も儀式をやってみたがってたから、まあいいかなあと」
「はあ・・・・」
「さあどうなるかな？」
クロエは身体を綺麗にし、男達と一緒に用意された部屋にやってきていた。
女一人に男が４人、こんな状況は初めてだったために内心どきどきのクロエだったのだが、いざ裸になろうかと思った時、
「もう限界！これ以上は無理ー！」
そう言ってクロエはぱたりと倒れてしまった。
「クロエ？」
「クロエ、どうしたの？」
男達がクロエの頬を軽くたたくとクロエははっと目を覚ました。
「誰かいなくなったみたいです」
「え？」
「いなくなっちゃいました」
「いなくなった？」
男達は目が点になった。クロエの中にいた誰かは消えていた。クロエは自分でもはっきりわかったのだ。
「いなくなったってどういうことなんだ？儀式はできないってことか？」
恋人のアルヴィンが聞いた。
「まあそういうこと。どうもすいません」
なんだか男達の期待をそいでしまったようで、クロエは申し訳なく思ってしまった。
男達はそれぞれ視線を交し合った。
「せっかくだから儀式の真似事でもしない？」
一人が言った。
「え？」
「もちろんクロエがよければだけど。俺達すっかり儀式に参加できると思って興奮しちゃったし・・・・」
「あ、そういうことならお願いします」
クロエはあっさり言って一人に抱きついた。
「おい、クロエ！お前って女は・・・」
アルヴィンは呆れている。
「だって、私だってどきどきして興奮してたんだから。もう何かしないと身体が収まらない！」
「んじゃ、まあ、これが俺達なりの儀式って事で」
「そうだな。そうしようそうしよう」
こうしてクロエは女蛇が抜けてしまったものの男達とそれなりに甘美なひと時を過ごしたようだ。
一方ゆりもやっぱり儀式に入り、まだ陽が明るい内なのに寝室で盛り上がってしまった。そして西の方角が赤く染まるころ、緑っぽい
蛇霊神が５匹、ゆりの身体に入ったのだった。ゆりがぱたりと倒れて男達の様子も普通に戻った。フリットがそっとゆりの身体にタオルを
かけた。男達は何かを待っているかのようにゆりを見つめていた。すると、タオルの間からいろいろな色の蛇がにょろっと出てきたのだった。
男達の目が輝いた。
蛇は顔をあげて男達を見回した。
男達の胸が極限まで高まった。
か・わ・い・い・ひ・と
蛇はくねっと胴体を曲げてそう言った。しゃべったわけではない。男達の心に思念のようなものとして届いたのだ。
蛇はそれだけ言うと再びタオルの中に入ってしまった。
男達はぽかんとしていた。
「か、かわいい人？」
ミカエルがぶっと噴出して言った。
「かわいい人？やっぱりかわいい人って言った？！」
ジュノーもげらげら笑い出した。
「王妃の蛇、かわいすぎるー！！」
ヴィラも腹をかかえて笑っていた。
「やっぱり巫女は王妃以外に考えられない！」
ハインリヒもげらげら笑っている。
「ああ、なんてかわいいんでしょう。」
シャナーンは涙を流しつつ笑っていた。ミルキダスとイシュタールとフリットは、王妃に悪いと思いつつ、声をかみ殺して忍び笑いしていた。
こうして王妃の寝室ではまたしても大爆笑が起こってしまったのだった。
その後、ミカエルは王の間に行き、ラクシュミにクロエの儀式の事をたずねた。
「それが女蛇は途中でいなくなってしまったようだぞ」
「え？そうなんですか？」
「まあ降りてから間が空いてしまったからなあ。最初だし、よくわからんが」
「まあ失敗してよかった気もしますよ。」
「そうか？」
「はい。どうやったって、彼女は王妃以上の巫女にはなれませんからね。だから巫女にならない方がいいですよ」
「そうか」
「そうですよ」
王妃以上の巫女になれるはずもない。そう思いつつ、先ほどの事を思い出しまたしてもぷっと笑ってしまったミカエルだった。
今日はなんだか変な一日だった・・・・
夜になり、ラクシュミは報告がてらハザークの部屋に行き、一緒に酒を飲んだ。
「結局はなんだったんだろうな」
「さあなあ」
とハザーク。ハザークはさほど興味があるわけでもないようだ。
「それでその女、どうするんだ？巫女にするのか？」
「うーん、また蛇が降りるかどうかは謎だが・・・」
「王妃と巫女は時々対立してたからな。いい巫女の王妃がいるからもういいんじゃないか？」
「そうだな・・・」
２人がお酒を飲んでいると、コンコンと扉がノックされた。白い髪の侍女が扉を開けると、大きめの蛇が中にするすると入ってきた。
緑と青のまだらの蛇で、蛇はメスだった。全長8メートルほどだろうか。蛇はハザークの椅子の方までやってきてハザークを見上げていた。
何か言いたそうだったのでハザークの方から聞いてやった。
ーどうしたんだ？
ーハザーク様、こんばんは。お話してもいい？
ーいいぞ
ハザークは半分蛇の身なので蛇と話をする事ができる。ある程度の大きさの蛇ならば可能なのだ。
ラクシュミは何か考えながらもくもくと酒を飲んでいた。ハザークが蛇と話していることには気づいてない。
ー今日ね、女の子に入ったの。前は楽しかったのに今日はつまんなかったの。
ーん？女の子に入った？
ー前に入れたからまた入ってみたの。前は男の子と仲良くなって楽しかったけど、今日はつまんなかったなあ。
ハザークはラクシュミを見た。
「なんだ？」
ラクシュミが視線に気づいて聞いた。
「・・・・」
ーどうやって女の子に入ったんだ？前は誰に入ったんだ？
ハザークは蛇に視線を戻して聞いた。
ーお庭で入ったの。前は王妃様に入ったの。今日は別の人。
「ぷっ・・・」
ハザークは思わず噴出してしまった。
「なんだ？」
とラクシュミ。
「いや・・・別に・・・・」
ということは、今日降りてきたもう一人はこのメス蛇だったということになる。
確かに女の蛇には違いないが・・・・
ーだめじゃないかそんな事したら。戻れなくなったらどうするんだ？
ー遊びたかったのー
ーオスの蛇と遊んだらどうだ？
ー飽きたの
ー人間に入るのは危険だぞ。蛇で我慢しろ
ーはーい・・・・
ちょっと不服そうな返事が返ってきた。ハザークが侍女に合図し、侍女は深めの皿にお酒をついで蛇の側に置いてやった。
「さっきから何笑ってるんだ？」
ラクシュミが眉をひそめてきいた。
「うーん・・・・」
ハザークはついにやけてしまっている。
前に王妃に入って楽しかったってことは、王妃は誤解して儀式をしてしまったんだな。
それもおかしいが・・・・さてこの事王に言おうかどうしようか・・・
面白いから黙っておこうかなと思ったハザークだったが、それも意地が悪いかな、と思い直しラクシュミに告げたのだった。
ラクシュミは目を真ん丸くしていた。
「え？冗談だろ？」
「蛇は嘘はつかないぞ。この蛇、前には王妃に入ったそうだぞ」
「・・・・そんな事あるのか？」
「人にあこがれる蛇がそういうことをするのはたまにあることだが・・・儀式をしてしまったってのは初めて聞いたな」
ラクシュミは床にいる蛇を見た。蛇は舌をちろちろ出してお酒をなめている。
「入ったのはこの蛇だって？」
ラクシュミはよっぽど信じられなかったようだ。
「まあそういうことだ。怒るな怒るな。この蛇だって悪気があったわけじゃない。ちょっと男と遊びたかっただけだ」
「別に怒ってないが・・・この蛇が・・・」
「王妃には言わない方がいいぞ。この蛇のために儀式をしてしまったと知ったら、ショックを受けるぞ」
ハザークは言いながらも顔は笑っていた。
「それはそうだな。この事は２人の内緒にしておこう。それにしてもこの蛇だとは・・・」
ラクシュミはテーブルに肘をついてあごを手で支え、しばらく口をぽかんと開けて蛇を眺めていたのだった。
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