神の国にて、ある神殿から低い笛の音が響いていた。それを聞いた風の妖精がつい歌を口ずさみ、ふわふわと飛んでいく。
笛の音は途中で止まり、今度は少し高い笛の音が響き渡った。
神々の神殿の中でも大きめのこの神殿の表には、柱の上に乗っている屋根部分に剣のレリーフが刻まれていた。ここは軍神ハロルドの神殿
なのだ。神々の神殿には入り口に扉はなく、いつも入り口も開かれたままだ。大理石のような滑々した石で囲まれた四角い建物に
装飾のついた少し上にとがった屋根がつき、建物の中はいくつかの部屋で区切られている。それが大体の神殿の構造だった。
建物にはいくつか光を入れる窓が開けられているので、昼間は神殿の中でも明るいのだ。
ハロルドの神殿の中の一室にて、笛の音を響かせていたのはクーリーフンだった。その横ではキュリアが座っている。
木でできたテーブルの上には10本ほどの笛がおかれていた。クーリーフンは笛のためし吹きをしていたのだ。
この部屋のテーブル一つにしても、人間界では、まずお目にかかることができないほど優美な芸術品だった。テーブルの分厚い台の側面
には、動物達の模様が彫られていた。どれも今にも動き出しそうなほど素晴らしい出来だ。ハロルドの神殿には、技の神ジェラルド自身が作った
装飾品や調度品が数多く置かれている。しかしその部屋にいた二人は、それらの調度品にまったく引けを取らないほど美しい存在だった。
「私この笛がいいなあ。これにしようかな」
キュリアが一つの笛を手に持った。
「そう、いいんじゃない？綺麗な音色だし、じゃあ一緒に吹いてみよう」
「はーい」
２人はそれぞれ笛を持ち、一緒に吹いた。少し低い笛の音とそれよりも高い音が合わさり、綺麗な曲が生み出された。神々の調べに
楽譜はない。全て即興だった。キュリアの笛にクーリーフンが合わせて吹いている。気持ちが良い風が吹き抜ける草原をイメージするような
なんとも爽やかな曲だった。
しばらくして、部屋の入り口の布をよけて男が一人顔を出した。クーリーフンの笛の音が「プピィ」と変な音を出した。
部屋に入ってきたのはジェイクだった。
「あーびっくりした。ハロルドが来たかと思ったよ」
クーリーフンはどきどきしながら言った。二人は年齢に開きはあるものの、外見上はちょっと似ている。ハロルドの目つきを穏やかにして
少年にしたらジェイクの顔になる。
「お父さんと何かあったの？」
ジェイクが笑って聞いた。
「いやー別にないけど・・・」
横で同じように笛をやめたキュリアはきょとしてクーリーフンを見ていた。
「実はクーリーフンに聞きたい事があるんだ。ちょっといいかな？」
「僕？いいけど」
「じゃあこっちへ、姉さんごめんね」
ジェイクは明らかに外見は妹に見えるキュリアに謝り、クーリーフンを連れて行った。
「私だけのけもの？つまんなーい」
一人残されたキュリアは頬を膨らませていた。
第52話
空に浮かぶ雲の上の神殿にて、アシュランの間に相変わらず派手な髪の虹の神ラーズとその娘サーラがやってきていた。
サーラは生まれた時とたいして変わらない。ふわふわした金髪のかわいい女の子だ。
人間にあわせると、生まれて半年程度の大きさである。背中にはかわいらしい翼がついている。
サーラはラーズの右腕にひっついていた。
「サーラ全然しゃべらないんだけどさ、なんでしゃべらないんだ？」
ラーズはアシュランに聞いた。それを聞きにサーラを連れてきたのだ。サーラは生まれてから一言も口から発したことがないのだ。
「さあなあ。おいでおいで」
アシュランが手でちょいちょいとサーラを呼び、サーラはぱたぱたと飛んでいった。そしてアシュランの前まで来たとき、
「わっ！」
アシュランは両手をあげてサーラを驚かせたのだった。サーラは虹のような瞳を命一杯広げて、やがてぱたぱたと飛んで戻っていき、ラーズの
後ろに隠れてしまった。
「だめか。驚いたら声が出るかと思ったんだが・・・・」
「かわいそうじゃないか。なあサーラ」
サーラはラーズの後ろに引っ付いたまま、顔だけ出してじーとアシュランを見つめていた。
「だめだぞサーラ、そんな変質者を見るような目で見たら」
ラーズが微笑んで言った。
「誰が変質者だ。何さらっと失礼な事言ってるんだ」
アシュランは眉をひそめている。
「冗談じゃないか。神々の長は冗談が分かる男じゃないとな。ははっ」
「何がははっだ。次に言ったら羽引っこ抜くからな」
アシュランは横目で睨んで言っていた。さすがはハロルドの父親、とクーリーフンが聞いたら思うかもしれない。
「わ」
小さい声が聞こえて、ラーズは「ん？」とサーラを見た。
「わ！」
「わっびっくりしたー」
サーラが耳元で言ったのでラーズは驚いてのけぞった。
「しゃべったじゃないか」
アシュランが言った。
「本当だ。もっとしゃべってみろ」
ラーズが喜んでサーラを腕に抱いた。
「わ！」
「お父さんと言ってみろ」
「わ！」
「お・と・う・さ・ん」
「わ」
「わしか言わないぞ？」
「うーん、よし、他の言葉を教えてやろう」
アシュランが椅子から立ち上がり二人に近づいた。そしてサーラに顔を寄せて言った。
「アシュラン様素敵」
その言葉にラーズが眉をひそめた。
「何教えてるんだ！」
「何って、全世界的常識じゃないか。ほら、サーラ言ってごらん、アシュラン様素敵って」
「あ！」
サーラは大きな声で言った。
「シュ」
「わ！」
「ラン」
「あ！」
「アシュラン様素敵。大きくなったらお嫁さんになりたいわ」
「もういい」
ラーズはサーラを抱いたままさっさと出て行った。これ以上ここにいたら変な言葉を教わりそうだ。
「とにかくしゃべれるようになってよかったなあ。サーラ」
「わ！」
まあいいか、そのうちもっと話せるようになるだろう・・・
「あ！」
「わかったわかった・・・」
「わ」
「もういいって」
ラーズはサーラを離して一緒に飛んで行った。
「話っていうのはお母さんの事なんだ」
ジェイクはクーリーフンと２人きりになり、こう切り出した。
「お母さんの事？」
「うん」
「人間の戦に、どうしてお母さんが肩入れしたのかずっと気になってるんだ。お母さんにはなんだか聞けなくてさ・・・」
「ああ、あの事」
ジェイクは力を貸した張本人なので、それは気になる所だろう。
「相手にはハロルドのすごい力が働いていたからねえ、それでつい違う方に味方したくなったんじゃないのかな」
ガーベラはジェイクとキュリアを巻き込んでしまった事に関しては、その後２人には何度も謝っていた。
「それだけ？」
「他に何かある？」
「・・・・」
ジェイクは考えるように上を向いている。アマンザはガーベラが時々違う事に鋭く気づいていたが、ジェイクとキュリアはまだ気づいていないはずだ、
とクーリーフンは思っていた。
「まあ、あれは僕から見ても、片方だけお父さんが力を貸すのは反則だと思ったけどね」
「そうだね。」
「お父さんがさあ」
「ハロルドがどうかした？」
「お父さん最近変なんだよ。妙にいらいらしたり、部屋の中をうろうろ歩き回ったり、そうかと思ったらにやにやしてたり。どうもあれ以降じゃない
かと思うんだけど」
「ふーん、まあハロルドも大人だし、いろいろあるんじゃない？」
クーリーフンは微笑みを崩さずに言った。
「そうかなあ」
「そうだよ」
ここで真相でも話そうものなら、それこそハロルドに羽を引っこ抜かれまくりそうだ。ジェイクは優しい性格なので、まさか
正直に言わないと羽をむしるとは言わないだろう。そう思っている。
「ガーベラ母さんとお父さん、あれから仲悪くなってないよね？」
ジェイクは確認するように聞いた。
「普通に恋人みたいだよ」
「ならいいんだけど。それがちょっと心配だったんだ。僕がつい白状しちゃった時、お父さん苦い顔してたから」
「あれについてはお咎めがなくてよかったよ。ほんと」
「そうだね」
アシュランが知っていたらガーベラもなんらかの罰を受けたかもしれない。そう思うと二人はほっとしていた。
クーリーフンは部屋の中に飾ってある鎧を見た。胸当てに兜、盾、すね当てがセットになっている。どれも銀でできていて装飾もされている
綺麗な防具だった。兜には赤い飾りがついていた。
「あれ？これ初めて見たなあ」
「新調したんだよ。前のは小さくなったから」
「へーかっこいいなあ。つけてみてよ」
「えー」
「いいじゃないか」
「うーん、いいけど」
ジェイクは了承して鎧セットを解体しはじめた。
そんな頃、ハロルドの神殿に豪華な巻き毛の女神がひょいとやってきていた。女神ガーベラだったが中身はゆりだった。またもや儀式の後に
神の国に来てしまったようだ。いろいろ気になっていたが、神の国に悩みを持ち込んでもしょうがない。ここに来た以上は楽しまなければ損だ。
たまたまいた場所がハロルドの神殿の近くだった。神殿の外にいる召使らしき妖精に聞いたら、ハロルドは留守でジェイクとクーリーフンが
いるというので中まで入ってきたのだ。
出入り口近くの大きな部屋をのぞいたが、誰もいなかった。
「あれれ？奥の部屋なのかな？」
部屋を見回したゆりの目に、テーブルの上の笛が目に留まったのだった。
「笛が一杯ある。作ったのかな？」
笛は全部で９つあった。よく見ると大きさがちょっと違ったり、縦笛だったり横笛だったりで違う。木製のものと竹製のものがあった。
ゆりはつい吹いてみたくなり、椅子に座って竹の横笛を手に取った。小さい音で吹けばばれないだろう、と気楽に思っている。
ちょっと吹いてみた。がなかなか音が出ない。何度か吹いていると音が出た。穴をいろいろ押して吹き、ある音を出した。
「プ、プ、プヒィ、プププ〜ププ、ププププププ〜♪」
お、結構いい感じ。
その音は、屋台のラーメン屋の音だった。虎の国で吹けばアヤコが飛んできそうだ。
いい感じだったのでもう一度吹いてみた。
「あれ？笛の音が聞こえたね」
奥の部屋でジェイクが言った。胸当てをつけている最中だった。
「そうだね。キュリアじゃない？」
「そうかな」
ここまでは２人も大して気にしなかった。キュリアはもう神殿にいなかったが二人は知らなかった。
案外簡単に音が出たのでゆりはもっと吹きたくなった。
初心者なので音がうまくでなかったが、何度も吹いてコツをつかむと曲らしくなった。
「ピーピャラピーピャラピーピャララ〜プへ」
最後はすかしたような音が出てしまった。
竪琴じゃなくて横笛習えばすぐ上手になったかもなあ。私こっちの方が素質あるかも。それとも竪琴のおかげでセンスが身についたのかな
案外簡単に吹けたのでうれしかった。
「ピ、ピ、ピーヒャララ〜♪」
のってきたー！
そこで図に乗ったのがいけなかった。誰も止めなかったのでゆりはそのまま横笛を吹き続けていた。その時神殿の外にペガサスが
舞い降りていたとも知らずに。ペガサスには２人の神が乗っていた。一人はハロルド。ハロルドの前にはもう一人大人の神がいた。
名前はラメーンという。
「おや、なんだか奇怪な音が響いてますね」
ラメーンが言った。
「え？」
ハロルドは耳をすませた。確かに小さく何かが聞こえてくる。
「誰の笛だろう」
そういいつつラメーンはさっさと神殿の中に入って行った。
その時ハロルドは猛烈に嫌な予感を感じた。笛がものすごく下手だったからだ。
変な笛の音にさすがにクーリーフンとジェイクも鎧を着るのをやめて部屋に行ってみた。ハロルド同様にクーリーフンも嫌な予感を感じていた。
その予感はやっぱり的中していた。部屋の中では、立ったまま身体を揺らしつつ横笛を吹いている女神ガーベラの姿があった。しかしその笛
からは、軽快だが変な音が響いている。
「おかあさん・・・」
クーリーフンの顔が引きつった。どう見ても別のガーベラだ。ジェイクもぽかんとしている。
「あ！」
ゆりがはっと笛をやめた時にはもう遅かった。部屋に別の神が入ってきた。その神は今まで親しくしていない神なのでゆりはよくわからなかった。
「今笛を吹いていたのはガーベラなのか？」
その神が近づいてきて聞いた。肩までの長さの金色の髪は、ラーメンの麺のように細かく縮れていた。美男だが、なんだか品がありそうな
高貴な匂いが漂う神だ。額には金の帯をつけ、上半身は薄い水色の布で覆われていた。ちょっと裸体が透けて見えるところがセクシーだ。
腰には凝った模様の金の帯をはめていて、腰から下は厚めの水色っぽい布が垂れ下がっている。下はさすがに透けていなかった。
「え？いいえ、やだわー私があんな下手なわけないでしょう？」
ゆりはほほと笑ってごまかした。
「え？どうして？お母さんが吹いていたじゃない」
ジェイクが指摘した。クーリーフンもフォローのしようがなかった。
「え？そうだった？おほほほほほ」
ーばか
でかい声が飛んできた。ハロルドが部屋に入ってきた。その顔は言うまでもなく怒っていた。
げ、めちゃ怒ってる。どうしよう・・・・
ゆりはおろおろしていた。目がうろうろさまよっている。
「もう一度吹いてみてくれないか？」
縮れ髪の神が言った。
「え」
「ラメーン、もういいじゃないか、それよりもお前の笛の音が聞きたいんだが」
ハロルドがあわてて言った。
ラメーン？ラーメン髪のラメーン？
ゆりは笑いそうになるのを必死でこらえた。
「いや、是非ガーベラの笛が聞きたい、もう一度吹いてくれ」
「え、でも・・・・」
その時ハロルドがぎろりとクーリーフンを睨んだ。
「僕もラメーンの笛が聞きたいなあ」
クーリーフンはあわててラメーンに言った。
「ガーベラの笛が先だ」
ーどっか行け！
ハロルドからでかい思念が飛んできた。
そう言われても・・・
「さあ、ガーベラ」
ラメーンは促すように手を広げている。
こんなに聞きたがってるんだから吹いてもいいんじゃないかなあ。もしかして、そんなに下手じゃなかったのかも？
ゆりはついそう思ってしまった。
ー行けって言ってるだろう！
ハロルドはどうも必死のようだ。
「・・・・いいわ、じゃあさっきのようなの吹くわね」
ゆりはついハロルドに反抗してみたくなり、にっこり笑って笛を口元にあてがったのだった。こうなったらガーベラらしく自信満々に吹こう。
そう思いながら。ガーベラは変な笛は吹かないので、その思いは根本的に間違っていたがゆりは気づいていなかった。
ハロルドとクーリーフンが口をぽかんと開けたのは同時だった。
「ピ、ピ、ピーヒャララ〜プヘプヒウィ〜♪」
女神が吹く笛からは、なんとも奇怪な音が紡ぎ出されていた。それなのにゆりは気にせずに笛を続けている。しかも両足でリズムを
取りつつ笛を吹いていた。
「ピーヒャララ〜ピーヒャララ〜」
軽快な音楽だったが時々息が漏れるような音も混じっていた。
ハロルドは顔に手を当てていた。この女は一体どういうつもりで恥ずかしげもなくへたくそな笛を吹いているのか、とハロルドにはさっぱり
理解できない。しかも下手の域を超えている。ちらりとラメーンを見ると、目を閉じて聞いていた。
クーリーフンは、といえば、一刻も早くここから逃げたい、そんな表情をしている。ジェイクだけは普通の顔をしていたが、ちょっと首をかしげて
いた。
もうおしまいだ・・・・ガーベラが変だという事は、ラメーンの口から他に伝わってしまうだろう・・・・
ハロルドはそう思った。
ゆりはひとしきり笛を吹くと、満足したかのようにやめてラメーンを見た。
「今の曲、題名は「異国の祭り」よ。どうだった？」
ゆりはにっこり笑って聞いたのだった。ゆりとしては、日本の祭りをイメージしていたのだ。変におどおどしても怪しいだけだと逆に自信満々に
聞いてみせたのだった。あまりの図太さにハロルドもクーリーフンも呆れた。
「ラメーンあのな、今のガーベラはちょっと・・・・」
ハロルドが言いかけたとき、ラメーンは目を開いた。
「斬新だ」
ラメーンはそう言った。
「ざ・・・斬新？」
ハロルドの声は裏返っていた。
「ガーベラ、君がこんなにも斬新で先鋭的な感覚の持ち主だったとは・・・驚いたよ・・・」
ラメーンは不快に思うどころか、口元に笑みさえ浮かべていた。
「ありがとうラーメン」
ゆりはにっこり笑って言った。
ーラメーンだ！ばか！
「ありがとう、ラメーン」
ゆりは強調して言い直した。
「すごいや、ラメーン様が他人をほめるなんて・・・お母さんすごいよ！」
ジェイクは目を輝かせて言った。
「そう？」
そうか、私って笛の天才だったのね、今頃気づくとは・・・・
ゆりはすっかりその気になっていた。やはり自信満々に吹いたのがよかったようだ。
「おい、ラメーン・・・・さっきのはほめる所なんてどこもなかったような気がするが・・・しいて言えば、ひどい音だったぞ」
ハロルドが引きつって言った。
「ぼ、僕もそう思ったけど・・・・」
クーリーフンが遠慮がちに言った。しかもなかなか耳にする事ができないほどの下手っぷりだ。
「いや、実は私はここしばらく、自分の音に行き詰まりを感じていたのだ。私が紡ぐ調べは麗しいと誰もが賞賛するが・・・自分自身では
納得がいっていなかった。100年前と今の音を比べて、今の方がさらに良いとは到底思えなかった。神といえども、進歩しなければ今
存在している意味はない。新たな音を探したがどうも分からなかった。君のへんてこりんな笛の音は、私にあることを気づかせてくれた」
「何を気づいたって言うんだ？」
ハロルドが聞いた。へんてこりんと言った事に内心ほっとしていた。本気でほめていたらラメーンの耳を疑ってしまう。
「遊び心だ。私には遊び心ってものが足りなかった。自分が楽しんで楽器を奏でるって事が重要な事なのに、それをすっかり忘れていたとは・・・
ガーベラの笛は斬新でありながら遊び心にあふれていた。わざとあんな風に吹くなんて誰も思いも付かなかったことじゃないか。
ありがとう、ガーベラ。おかげで楽器を演奏する意欲がわいてきた。ちょっと今日はこれで失礼するよ。じゃあハロルド、また！」
ラメーンはそういってさっさと部屋を出て行ってしまった。
「お母さんすごい！姉さんに教えてあげなきゃ！」
ジェイクも出て行った。
「すごい、私って笛の天才よね！」
ゆりは気をよくして言った。
「何言ってるんだ！へんてこりんって言ってただろ！あんなへたくそな笛を堂々と吹くなんて、お前非常識にもほどがあるぞ！」
ハロルドは目を吊りあげていた。ラメーンはガーベラがわざとああ吹いたと誤解したようだ。
「でも結果的にはあの人喜んでよかったじゃない。所でさっきのラメーンは何の神？」
ゆりは今頃聞いていた。
「・・・・知らずに披露したのかお前は・・・・」
ハロルドは肩の力が抜けていた。
「音楽の神様だよ」
クーリーフンが言った。
「音楽の神様？音楽の神様にほめられたんだ。すごい！」
「・・・お母さんはある意味すごいよ・・・・」
クーリーフンは呆れるを通り越して感心していた。楽の女神というのが数人いるが、音楽の神ラメーンは音楽関係では一番偉い神だった。
ガーベラやダーナの竪琴で感動したラクシュミも、ラメーンの竪琴を聞いたなら、一生分の涙を使い果たしてしまうかもしれない。それほど
楽器の演奏にかけてはすごい腕前の持ち主なのだ。ラメーンにはクーリーフンだって楽器の演奏を聞かせるのは嫌なくらいだった。
その上なかなか他の神の演奏をほめる事はないので有名だった。それを斬新だとほめられたのだから、ジェイクがすごいと思うのも無理はない。
「所でなんでラメーン来てたの？」
クーリーフンがハロルドに聞いた。
「キュリアが一度でいいからラメーンの笛を聞きたいというので連れてきたんだ。あいつはなかなか宴会でも顔出さないからな」
「そうだったんだ・・・・」
「ガーベラ・・・お前は楽器は二度と演奏するんじゃないぞ。今度何か弾いたら蛇に変えるからな」
ハロルドはじろりと睨んで言い、疲れたように部屋を出て行った。
「はーい。でも結果的にはよかったよね。ね、」
ゆりはニコニコ笑ってクーリーフンに言っている。
「まあね・・・・お母さんって図太さはアシュラン様級だね」
クーリーフンは妙に感心していた。普通の演奏家ならどんなプロでも、ラメーンに自分の曲を披露するなど到底恐ろしくてできはしないだろう。
それをまったく物怖じせずに笛を吹いて見せたのだからすごい。下手すぎたからよかったのかもしれないとクーリーフンは思った。
適当な腕前では逆に怪しまれたかもしれない。
「私本格的に笛習おうかな。ラーメンにほめられたし」
「ラーメンじゃないよ。ラメーンだよ」
「つい間違えちゃって」
「神様の名前間違えたらだめだよ」
「ラメーンラメーン、ラメーン」
「神殿に帰ろうよ。キュリアが来たら面倒だから」
「そう？」
クーリーフンはゆりを連れて神殿を出て行った。
それから後に、ラメーンの神殿からは、時々遊び心にあふれた楽しげな音が聞こえるようになり、それを聞いた妖精達は、
つい踊りだしてしまったという。
一方言葉を発するようになったサーラだったが、ラーズがどんなに教えても「あ」と「わ」しか言わず、語彙を増やすために再びアシュランの元に
行くかどうか、ラーズはかなり迷っていたのだった。
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