第20話
「かわいそうに、よしよし」ゆりは深い緑色のごわついた髪をなでていた。なでられていたのはイシュタールだった。ゆりはイシュタールのひざの上に乗って
髪をなでていたのだ。ちなみにゆりの左目は黄色と黒に変わっている。
暦は１０の月だった。ゆりがこの世界に来てもうすぐ８年になろうとしている。といっても外見にはたいした変化はない。
周りの皆も同様だった。儀式があって１０日ほど経過していた。
「本当に辛かったわね。でももう気にしちゃだめよ」「はい」
「王妃、私も辛かったんですよ。本当に」
部屋の真ん中の方のテーブルの方のいすに座っていたミカエルが言った。イシュタールは壁際においてある大きな長椅子の方に
座っている。
「ミカエルは別に傷つけられただけじゃん」
ゆりはミカエルを見てあっさり言った。
「しかも一番大事な顔に傷負うなんて・・・」
こちらのゆりにとっても、ミカエルの顔はかなり好きな方なので、傷があるのはやっぱりショックだった。
「イシュタールは顔に傷あっても素敵よ」
ゆりはイシュタールの頬にちゅっとキスした。イシュタールの目が瞬いた。
「その女って、変身してたの？それとも整形？」
ゆりが聞いた。
「顔の上にもうひとつ顔がありました。王妃の顔かぶってたみたいです」
「げ・・・」
イシュタールの顔がなんだかしょんぼりしてきた。
「元気だして。体で慰めてあげるから」
ゆりがイシュタールに寄り添っていった。
「・・・ちょっと待った、体でって・・・あなた他の男と最後までしてるってことはないですよね」
ミカエルが真面目な表情で聞いた。
「さあ」
「さあって・・・そうだったら怒りますよ？」
ミカエルの目がかなり鋭くなってきたので、ゆりは口を尖らせた。
「してないわよ。みんな同じよ」
「本当でしょうね？」
「本当よ。私はこれでも清純派なんだから」
ミカエルはどこが？と突っ込みたかったがやめた。
「こちらの王妃のお気に入りはだれなんですか？」
イシュタールが聞いた
「みんなそれぞれ好きだよ。若者は若者でいいし、おじ様はおじ様でいいし、」
「そうですか」
イシュタールは普通に微笑んだ。
「全く、将軍らを向こうに連れ込まないでくださいよ」
ミカエルはあきれたように言った。
「儀式が何回もあるんで、えらく興味示してましたよ。」
「へー元気でいいじゃん」
「いいじゃんって・・・」
「私は別に将軍らとはいちゃいちゃしてないよ。ただ、蛇なでさせてもらっただけで。ロナウド将軍の蛇、すごいんだもん。
背中一面にあって、イシュタール見たことある？」
「ありますよ。あれはすごいですよ。」
「でしょ？」
ミカエルはもう無言だった。
あっけらかんとしすぎて妬くのもばからしい。
「でも、色はミカエルの蛇の方がきれいだねー」「どうも」
私はやっぱり、普段の王妃を口説く方がいいな。口説く過程が楽しいし。
そう思いながらミカエルは部屋を去って行った。
しばらくたって目覚めたゆりは、自分が裸で、しかも、だれかにくっついていたのでぎょっとして目を開けた。上を見ると、イシュタールの顔があった。イシュタールは、ゆりの目が両方黒いのを見てあっと思った。
「・・・」
あれ？私、いつの間にイシュタールとこうなったっけ？
ゆりは必死に記憶を探ったが、全く思い出せなかった。
「どうしたんですか？王妃」イシュタールが平静を装って聞いた。
「え・・・あの・・・なんだか覚えてなくて・・・」
「記憶をなくすほど興奮したんですね」
「え・・・・」
私そんなに興奮した？
「とてもかわいかったですよ」
「はあ・・・」
「忘れてるならもう一度・・・」
「え」
イシュタールは顔を寄せてゆりに口付けた。ゆりはぼんやりしてしばらくキスされていたが、「ちょっと待った」と言って
体を離した。
「ねえ、今日はどうやってここきたっけ？」
ゆりがイシュタールを見て聞いた。
「確か・・・ミカエルもいたでしょ？」
午後イシュタールがやってきて、その後ミカエルが来て、ってとこまでは覚えていた。それからが思い出せない。
「ミカエルは急用ができてどこか行きましたよ」
「そうだっけ？」
「何か不安なことでも？」
「え・・・」
「たとえば、私が王妃に眠り香でも嗅がせてここに連れ込んだとか思ってます？」
「まさかあ。イシュタールはそんなことしないよ。」
ゆりははははと笑った。
「ならいいですが。私が誘ったら王妃がいいよっていって、こっちきたんですよ」
「そうだっけ・・・」
覚えてないなあ。前から時々記憶がないようなことが時々あったけど・・・・ぼけたらどうしよう・・・
ゆりは真面目に心配していた。
その夜、お風呂に行こうとしたゆりに侍女が小さなかごに入った小瓶を見せた。青や赤、緑のガラスでできた小さな瓶がかごの中5個ほど入っている。
「商人が王妃様にと昼間もってきたんですよ。異国の香油です。湯上りに肌にすりこむといいようですよ」
「へー」
ゆりは緑の小瓶をとってふたをあけてみた。そして匂いをかぐ。
「なんだかエキゾチックな匂いだねえ。使ってみようかな」
今まで使っていた香油と、ちょっと違っていた。この国にはない花から作られたものかもしれない。
爽やかな匂いというよりは、ちょっと大人の女を思わせる匂いだ。
よし、今日はこれで王様に迫ろう。
ゆりはそう決意して浴室に向かったのだった。交わりの月の時のラクシュミに抱かれるのが最高にいいに決まってるのだが、普段のラクシュミに抱かれるのも、それはそれでうれしいのだ。
そして夜中、どきどきして待っているとラクシュミがやってきた。「王様お疲れ様です」
ゆりがそういうと、ラクシュミはゆりの横に寝転んだ。
「ん？今日は変わった匂いがするな」
「この匂い好き？」
「ああ」
ゆりが体を寄せると、ラクシュミはゆりを抱き寄せて抱いた。今日は満月だった。ラクシュミも少しはそういう気があるらしい。
終わった後、ゆりの左目が黄色と黒に変わった。
「王様、私も」
ゆりはラクシュミに抱きついた。
「前から疑問だったんだが、あっちのゆりの時は、お前起きてるんだろ？」
「おきてるよ。全部記憶あるし」
「じゃあ、あっち抱いてる時は、お前どうしてるんだ？」
「一緒に感じてるよ」
「なら、別に抱かなくてもいいんじゃないのか？」
ラクシュミがそういうと、ゆりはじっとラクシュミをにらんだ。
「ひどい、差別だ」
「なんでだ」
「私のこと愛してないんだ」
悲しげな目で見つめられて、ラクシュミはため息をついた。
「そんなことない。わかったわかった」
ラクシュミはゆりを抱き寄せた。
今日はちょっと失敗しちゃったなあ。完全に眠りこけちゃって、あっちに変わっちゃって・・気をつけないとなあ・・・
ゆりは満足して眠りについた。
そして、朝気づいた時、ゆりは背中に何かがあたっていたので、おかしいなと思って目を開けた。今のゆりの意識は蛇の目のほうのゆりだった。
ゆりは体を起こしてぎょっとした。背中合わせで自分が寝ていたのだ。
あれ？
ゆりは目をこすってもう一度見た。確かに自分自身が寝ている。顔も、髪も、体も自分だ。
あれれ？
ゆりは自分自身の体を見た。そして髪に触れたり顔に触れたりしてみた。確かに自分はここにいる。
ならこれは？
ゆりは自分の体を飛び越えて、その横で寝ていたラクシュミを揺り動かした。「王様、王様、起きて」
「ん？」
ラクシュミが目を開けてゆりを見た。
「見てあれ」
ゆりはベッドで寝ている自分を指指した。ラクシュミは横を見て、こちらのゆりを見て、眉をひそめた。そしてまた
横を見て、こちらのゆりを見る。
「？」
ラクシュミは体を起こした。
「どうやった？」
「知らないよ。起きたら別れてー」
「んー・・・」
その時ベッドで寝ていたゆりが体のむきを変えて上を向いた。
二人は驚き、ゆりは思わずベッドから降りてしゃがみこんだ。
ベッドのゆりはそのまま眠っている。
「どうなってるんだ」ラクシュミは床にしゃがんでいるゆりに小声で聞いた。
「知らないよう。私」
ゆりが戸惑った顔で言った。
ラクシュミはもう一度二人を見比べた。体も髪も、顔も全く同じだ。
ただ、左目だけはどうなのか、それはベッドのゆりが起きるまで、わからなかった。
つづく
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