年の終わりにはたいした事件もなく、新たな年が明けた。この国では年明けを祝う行事というのはあまりない。各街では毎年

13の月には大掃除が行われ、新たな気持ちで新しい年を迎えようという事があるくらいだ。大体この蛇の国は国を挙げての行事

というものが少なすぎるとゆりは思う。尤も行事があってものこのこと街に出かけていくことはできはしないのだが。


1の月の1日、肌寒い朝の事だった。王の寝室から自分の部屋に戻ったゆりは、そのまま寝室に向かった。

「あ！」

棚の上のかごの中にある二つの卵に小さな亀裂が入っているのをゆりは発見した。ルーを探すと、ゆりの代わりにベッドの上で

丸くなっていた。

「ルーもう少しで生まれるよ。楽しみねえ」

ゆりが笑顔を向けると、ルーは「ふーん、そう」ってな顔を向けた。元々蛇というものは犬とは違いあまり感情は顔には出ない。

まったくもって分かりにくい。

「ルーもおいで」

ゆりはかごを持ち、ルーを引き連れて食堂に向かった。食堂で子供達にもう少しで卵が孵るよ、と言うと子供達も「へーそうなの？」

と冷めた瞳を向けていた。

「あんたらは感動が薄い」

ゆりはむっとした顔で言った。

「いいですか。子供ってのはもっとはしゃいで驚いて喜ぶもんよ」

「蛇が孵るところなんてしょっちゅう見てるからねえ」

一番子供らしくないラギが言った。

「わたしも一杯見た。昨日も見た」

とナナミまで言っている。蛇の脱皮も卵が孵るのもたいして珍しい事ではない。子供らの主張も最もなことだ。

「ルーは２回目かあ、父親蛇は誰なんだろうねえ。毒蛇かな？」

シスがテーブルの上のかごをのぞきこんだ。卵には少しだけ割れ目が入っているだけだ。もう少しで出てくるだろう。

「もしかしたら、この前の珍しい蛇かもよ」

ゆりが言うとようやく子供達は興味を示しだした。

「５色の子供ができるとうれしいなあ」

「そうねえ。それだと楽しみかも」

ラギとアナスターシャもどれどれと席を立ち、かごの近くに移動した。

といっても今すぐ生まれそうもない。もちろん、卵の中にはすでに完璧な蛇がいて、いつ出てもいい状態にはなっているのだろう。

「楽しみ楽しみ」

ゆりはにこにこ微笑んだ。


第57話

結局朝食の時間中に蛇は孵らなかった。その後部屋に戻ると侍女達が全員そろっていた。侍女はいま６人いる。ミラ以外はちょこちょこ

変わっている。なんでも王妃様の侍女はこの国で今最も人気がある職業らしい。王様の侍女の上をいくとはすごい。

「王妃様、今年もよろしくお願いします」

代表してミラが挨拶した。昨日の年末にも侍女達は勢ぞろいしていた。

「こちらこそ。ちょっと待ってね」

ゆりは蛇の卵のかごを棚に置いて、机の引き出しから赤い布袋を6つ取り出した。そしてそれを一つずつ侍女に配っていった。

「はい、お年玉。今年もがんばって」

「ありがとうございます」

皆うれしそうに口元がにやけていた。ちなみにお年玉の金額は侍女の月々のお手当ての半額ほどが入っている。喜ぶはずだ。

お年玉という習慣はこの国にはない。臨時ボーナスは２の月あたりに出される習慣がある。それは３の月の赤い月のためだ。もちろん

他に使ってもよいのだが、とにかく年明けのお年玉というのはゆりが始めた事だった。10年ほど前から毎年お年玉を渡している。侍女らに

だけで子供達にはない。なぜなら王族である子供達はお金が必要ないからだ。ラギ一人は自分でいろんな物を売ったりして結構なお金持ち

のようだ。一体どれだけ貯めているのかゆりにもよく分からない。


侍女達はお年玉を手に部屋を出て行った。

「卵もう少しですね」

ミラがかごをのぞいて告げた。前回はベッドの下の卵に気づかなかったのでミラはちょっと責任を感じていたのだった。

「そうよ。ああ、殻とっちゃいたい！」

ついぺりっとめくりたくなってしまう。

「うう、でも我慢」

そうこうしていたらハインリヒがやってきた。

「今日気はどうですか？」

「あ、もらおうかな」

ゆりはかごを抱いたままハインリヒにくっつく事にした。ルーはゆりの横で丸くなった。



今ではすっかりこの世界になじんでいるが、ハインリヒははるか昔の世界からやってきた男だ。昔戦士は「騎士」と呼ばれていた。

確かにあのきらびやかさは騎士という言葉が良く似合う。ハインリヒは立ち居振る舞いも優雅だし、なんでも女性のあしらい方がうまいと

評判らしい。背も高く美男で品もいい。何より力も強い。最もゆりと２人っきりのハインリヒは品がいいとはあまり言えないのだが。

女性のみならず男性達からも憧れの眼差しを向けられているようだ。未成年の女の子達からは「ハー様」と呼ばれているらしい。

まるで映画スターのようだ。


「おや、もう少しですね」

ハインリヒがかごの卵をのぞいて言った。

「うん。あとちょいだよね。このちょいがもどかしい」

「ははは。ねえ王妃、朝王と口付けしました？」

「ううん。してない」

「では今年最初の口付けは私と」

ハインリヒはすっと顔を寄せてきた。ゆりは横に顔をそらせた。

「なんで逃げるんです？」

「実は予約が入ってて」

「予約？口付けに予約が？」

「いやーまあその・・・なんというか」

ゆりは言いにくそうに照れ笑いしていた。

「どうせミカエルでしょ？」

ハインリヒは横目で睨んでいる。

「いやー・・・」

ゆりの頬が微妙に赤くなっているのを見て「あ、シャナーンだ」とハインリヒは気づいた。

「ずるい。王妃ってばほんとシャナーンに弱いんだから」

「違うの。シャナーンの前では私は絶世の美女でいられるから弱いの」

「絶世の美女？」

「そう。って何その嫌そうな顔」

「いえ別に・・・」

ハインリヒはすーとゆりから目をそらせた。不服そうな顔をしている。

シャナーンはかわいいが、自分に対して本気で美女だと思っているから弱いんだろうなあ。ということに最近気づいたゆりだった。

「あんなふうに思ってくれるのってシャナーンくらいだもん。他の皆はかわいいとは言ってくれるけど。あ、この前ハザーク様には

美人だって言われたけど」

「私だって王妃のことは美人だと思ってますよ」

「え？本当？」

かなり意外なことだったのかゆりの目は大きく見開いていた。

「本当に美人だと思ってる？」

今度は顔がにやけている。

「美人ってのは美しい人ってことです。王妃は心が美しいからガーベラにもなれてるんだと思いますよ」

「ああ。心がね」

「外見が絶世の美女で心も美しかったら、恋人が大勢いるのも当然だし、王が王妃を愛するのも当然でつまらないですよ。

王妃は外見との意外性があるから面白いんじゃないですか」

「はあ・・・」

「あんまり美しすぎると気軽に胸触ったりもできないし・・・」

「これこれ」

結局はそこにいきつくようだ。

「美女だと褒め称えられたいなら褒め称えてもいいですよ」

ハインリヒがにんまり笑って言った。そういう顔でほめられても嫌味にしか聞こえない。

「別にそういうわけじゃないよ。ただシャナーンは貴重な存在だから弱いって事なの」

「そうですか。まあ王妃が絶世の美女で守ってあげたくなるようなかわいらしい女性だったらこっちには来てないかもなあ・・・」

ハインリヒが宙を見つめてぽつりと言った。

「そうかな。守ってあげたいと思ってくるんじゃないの？」

「そういう女性には他に守ってやりたいと思う男がたくさんいるし、王妃が目的ではないといってもあまり楽しそうじゃないなあ。

まあ最初から優しくしたかもしれないですがね。その場合こっちにはディランあたりがくっついてきたかもしれないですね」

「それでもよかったけど」

ゆりはつい言ってしまった。すると青い瞳が睨んでいた。

「ディランの方がよかったんですか？」

「冗談よう。ハー様」

ゆりはハインリヒの肩をぽんとたたいた。まだ睨んでいる。

「あ、見て見て、出るよ。出るよ！」

かごに目を落とすと、まさに殻から子蛇が出てくる所だった。頭が出てくると２匹とも簡単にすっと出てきた。一匹は青っぽい。

もう一匹は・・・

「あ！やった！ルーみて！父親は５色の蛇だ。ねえねえ、子供達呼んで」

ゆりは大興奮していた。もう一匹の蛇はぼんやりだったが頭から尻尾まで５色の色に分かれていたのだった。

ハインリヒの思念に呼ばれてロイ以外の子供達がやってきた。

「あ！すごい！ルーやったね！」

「５色だ！」

「やったあ！」

子供達は大喜びだった。子蛇は２匹ともかごから抜け出てルーの横にいる。20センチほどの細い蛇だ。

「５色の蛇は願い事かなえてくれるんだっけ？願いごとしたら？」

ゆりがにこにこして言うと、子供達はしーんとした。

「どうしたの？」

「うーん・・・」

ラギはうなっている。ハインリヒは横でくすっと笑っていた。

「王妃、この蛇が願い事を叶えてくれると思うほど、皆様おめでたくないですよ」

「悪かったわね。おめでたくて」

ゆりが低い声で言った。

「そうよねえ。どう見ても願い事叶えてくれそうにないよね」

とアナスターシャ。

「わたしする！えーと早く大きくなれますように！」

ナナミが笑顔で言った。

「この蛇ならハザーク様の方がご利益ありそうだよね」

とシス。確かに・・・とゆりも思ってしまった。５色に分かれているといっても、全部くすんだ色をしている。古代叙事詩に出てくるような

５色の蛇はきっととても綺麗で大きな蛇なのだろう。

「せっかく生まれたのに・・・」

「まあいいじゃない。珍しい蛇が見れてさ。お母さん、だめだよ部屋に閉じ込めたら」

ラギに先に言われてしまった。蛇の自由意志に任せて部屋から出たいなら出してあげねばならない。

「わかってますよーだ。でもまあ、年明けにこの子生まれるなんて、今年はいいことありそうじゃない。ね」

ゆりがそういうと、子供達も「そうだね」と同意してくれた。「いい子いい子」とナナミは２匹の子蛇の頭をなでている。

「珍しいからお城においておきたいけどなあ」

アナスターシャも名残惜しそうに言ったがラギに「だめ」と言われてしまっていた。


正月早々縁起がいいわ。そう喜んでいたゆりだったのが、午後子蛇と遊びながらシャナーンが来るのを待っていたら、代わりに父親で

あるヴィクターが部屋にやってきたのだった。あれ？という顔をしたゆりにヴィクターは困ったような顔でこう告げたのだった。

「王妃シャナーンですが・・・実は記憶喪失になってしまいまして・・・」

「え？記憶喪失？」

ゆりはぽかんと口を開けた。

「記憶喪失って記憶をなくしちゃったってこと？」

「はい、全部ではないんですが・・・王妃とのことはすっかり」

「え・・・・・・」


それってどういうこと？


ゆりの脳裏にシャナーンの笑顔が浮かんだ。

めでたいことがあったと思ったら、どうやら波乱に満ちた展開になりそうな、そんな年の明けだった。



すすむ


戻る