最近父と母の事をよく思う
父はあまりにも深く母を愛していた。母がいなくなるのに耐えられないほどに。私を産み、母が亡くなってしまった時、
父は心を病んでしまった。もし母が亡くならなければ、父もああなる事はなかったはずだ。
娘として生まれた子供を息子だと偽り続けていた。今思えば、完全な王に対する裏切り行為だ。
王に対する負い目はなかったのだろうか。
少なくとも私には、すまないという気持ちはあったのだろう。父は死ぬ間際思念を送ってきた。
すまない・・・・
ただ一言だけー
今は父を恨んではいない。ただかわいそうな人だとは思う。
父は心の弱い人だったのだ。母を亡くした悲しみを、子供にぶつけるべきではなかった。
あんな事になるのなら私が生まれない方がよかったと、そう思ったこともあったのだろう。
私も、父から母を奪ってしまって申しわけないと思ったことがあった。
今はそんな事は思ってはいない。母というものは、子供のためならば命さえかけれるものなのだ。
母は全く後悔などしていなかったに違いない。だから私も申し訳ないとは思ってはいない。
産んでくれてありがとうと今は素直にそう思える。
子供が出来た今は、素直にそう思える。
第61話
「私の辞書からエビという文字は消えたわ・・・」
王の間で悲しげにつぶやいていたのはゆりだった。
「あらら、残念だったわねー。あれで新料理を開発してもらおうと思ったのになあ」
あっけらかんとした女性の声が聞こえてくる。王の間の鏡でゆりは虎の国のアヤコと話をしていたのだった。王の間には今ラクシュミはいない。
エビアレルギーになってしまったというゆりにとってはこの上なく悲しい出来事から3日後のことである。
ゆりの横にはシスとラギもいる。アヤコは2人を見て「小さくてかわいい!」と言い、ラギにいつもありがとうとお礼を言っていた。
タロウに問題を送っていることに対するお礼のようだ。そのやり取りはいまだに続いているらしい。
「うーん、あれはあのまま食べてもおいしかったけどな。小さいエビだと向こうではお好み焼きやら焼きソバにいれてたかなあ」
「お好み焼き食べたいなあ・・・今夜はお好み焼きにしてもらおう」
鏡の向こうでアヤコは言っていた。お好み焼きらしきものはゆりが以前作ったが、ソースは向こうの世界のお好みソースってわけにはいかない。
あっさりしたちょっと違う味のものだ。似たような調味料で代用するしかない。
「向こうに買出しに行けたらなーインスタントラーメンが食べたい」
アヤコがいい、ゆりは「私も」と同意した。
「ああ、ラーメン屋の女の子とか落ちてこないかしら」
「ははは、いいねーこっちってあんまり麺って発達してないもんねー私は時々おいしいうどんが食べたくなるわ」
ゆりが言った。うどんはこっちで麺を打ったことはあるが、「うまい!」とうなるほどのものはなかなか作れない。
虎と蛇の国には麺料理というものはあまりない。ニョッキのスープのようなものは存在しているが、ラーメンほどの麺というとなかなか手に入らない。
乾燥パスタもない。生の太いパスタのようなものなら他の国にあるようだが、輸入するにも生は無理だろう。なにしろクール宅急便がないのだから。
「買出しに行けたらなあ・・・」
「本当だねー・・・」
向こうに戻りたいとは思っていない。ただ向こうの食べ物が食べたいだけの2人だった。
「あ、そーだ。またあれ見つけたんだー紫の実、魔法陣で送るわ」
「え?本当?」
「うん、ちょっと耳貸して」
アヤコがおいでおいでとしぐさをしたのでゆりは耳を近づけた。するとアヤコはぼそぼそっと周りに聞こえないように話したのだった。
同じ日、女戦士のジュメはユリウスの屋敷を訪れていた。ジュメの横には女の子がいた。ジュメとイシュタールの子供メリッサは早いもので7歳に
なろうとしていた。メリッサはイシュタールの屋敷で育てられているがジュメはしょっちゅう会いに行っている。顔を見るとにこっと微笑む所は
なんともかわいらしい。イシュタールもメリッサにはメロメロのようだ。ゆりといる時ももっぱら話題はメリッサのことだ。
メリッサの肩くらいまでの髪は軽くカールしていた。同じ年の女の子の中では一番大きいらしい。
赤ん坊の頃は緑色だったメリッサの髪だが、今は黒い色が混じっていた。ジュメの色は黒だし、イシュタールも黒が入っているのでその色がでて
きたようだ。
ユリウスに会うとメリッサは明るく「こんにちは」と挨拶した。
「ああ、メリッサ、いらっしゃい」
ユリウスはメリッサを見ると目を細めた。
客間に通されるとメリッサは一目散におもちゃに向かった。ユリウスが用意していてくれたようだ。
「体調はどうですか?」
「うーん、まあ普通だ」
ジュメが聞くとユリウスはそう答えた。ユリウスは妊娠して3年目である。今年産まれるか、来年になるか、どきどきといった所だ。
メリッサは丸い弾むボールを手でぽんぽん弾ませている。
何かを思い出してジュメはくすっと笑った。
「なんだ?」
「はあ・・・ジェナサイト様の方はなんだかしょげてましたけど・・・喧嘩しました?」
ジュメがちょっと笑いながら聞くとユリウスは口を尖らせていた。召使がお茶とお菓子を用意して客間を去っていった。
「あいつがうるさいからだ。顔を見るとどうもいらいらする」
「そうですか。まあしょうがないですよ。今は」
「ジュメはどうだった?イシュタール殿にいらいらしたか?」
「え?私は別に・・・お2人とは立場が違いますからね」
ユリウスとジェナサイトの立場は対等というよりもユリウスの方がかなり上になっているが、ジュメとイシュタールの場合はそういうわけにもいかない。
何かにつけ、イシュタールにはジュメもいろいろと遠慮してしまう。妊娠中のことは今思えば遠い昔のような気さえするジュメだったが、イシュタールが
うっとうしいと思ったことはなかった。恥ずかしいと思ったことは何度もあったが。
「女は損だ」
ユリウスはソファにもたれて言った。
「そうですか?」
「男は楽でいいな。がんばれと言われるだけでカチンとくるんだ.」
「ま、ユリウス様ったら」
ユリウスは現実に出産が迫ってきて、どうも内心いらいらしておちつかないようだった。妊娠中女性がいらいらするのはよくある事だ。
ユリウスが変というわけでもない。だが妊娠できない女達にとっては、そのいらいらさえうらやましいという事になるのだが。
「俺が変わりに産んでやりたいとか出来もしない事を言うんだ。どっちが産むか選べたらいいのになあ」
「産むのは確かに大変ですけど、おなかの中に別の命があるっていう感覚は、女じゃないとやはりわからないものですよ。産まれた赤ん坊を
見たら、きっと産んだ時の苦労なんて忘れてしまいますよ。私はそうでしたから」
ジュメは優しく微笑んで言った。
「そうか?」
「そうですよ」
「そうか・・・」
ユリウスはおもちゃで遊ぶメリッサをしばらく見つめていた。
「だからジェナサイト様のお尻蹴飛ばしちゃだめですよ」
「あいつそんな事まで言ったのか・・・」
忍び笑いするジュメに、ユリウスは苦い表情を浮かべていた。
城では魔法陣で送られてきた紫の実をゆりが受け取った所だった。本当ならばこんな事に魔法陣を使ってはいけないのだが、紫の実を見つけた時
には熟れごろだったので陸路で送るには余裕がなかったようだ。
「お母さんまた変わるの?」
シスが皿に乗っかっている紫の実を見て聞いた。実は10個あった。
「どうしようかなーふふふ」
「不思議だよねーなんでこっちの人間に変わるんだろうね。何の成分でそうなるんだろう」
一緒に歩いていたラギは難しい事を考えていた。
「ねえ、今ロイはどこにいるかな?」
ゆりは2人に聞いた。
「ロイ?珍しく部屋にいるようだよ」
とシス。シスが思念で聞いたようだ。
「そうなんだ。ふふふっロイにこれ食べさせてみようっと」
ラギとシスは顔を合わせて、何かあるに違いないとゆりの後を付いていった。
ゆりは紫の実を一階の調理場で綺麗に洗い、階段をあがって行った。
「ロイいる〜?」
双子の部屋に行くと2人ともおやつを食べている所だった。だから部屋にいたようだ。
2人ともプリンをおいしそうに食べていた。
「皆どうしたの?」
とナナミが聞いた。
「へへーいいもの持ってきたの。ロイ、おいしいものあげる。あーん」
「あーん」
ロイが反射的に口をあけて、ゆりは紫の実を口に入れた。小さいが一口で食べるのはちょっと大きい。
ロイは実を手に取りしゃりしゃり食べた。
「私も私も!」
ナナミが口を開けた。
「ナナミは食べなくてもいいんだけどな、まあいいや。はい」
ゆりは実を一つナナミにあげた。ナナミはそれを受け取ると実をかじった。
「あんまりおいしくないなあ」
ロイは食べながらも愚痴を言っていた。
「そうだね。プリンの方がいいね」
ナナミも言っている。実を食べたロイはプリンを平らげていた。
「あ・・・あああ!」
ラギが驚きの声を上げた。
シスも「わっ!」と声を出した。「あら!」と侍女らも驚いている。ロイとナナミの瞳が、金から黒に変わっていた。
「何?どうしたの?」
本人らはわからないようだ。ロイもナナミもきょろきょろしている。
「ロイちょっと瞬間移動してみて」
ゆりが言った。
「ん?うん・・・・」
ロイは念じてみたがちっとも場所が変わらなかった。
「あれ?できない」
「この実は普通の人が食べてもなんともないんだけど、タロウ君が食べたら力なくなっちゃったんだって。つまり、中身は異界人になっちゃった
わけ」
「えー!!!」
ロイがようやく驚いた。
「さ、ロイ、今日はこれから勉強の時間だからね」
ゆりはロイの腕を捕まえた。
「えええー!!やだ!遊ぶ!」
「だめ」
ロイはじたばたしたがゆりの力から逃げることはできなかった。ハロルドの加護も無効になっているようだ。
「あんたいっつも逃げるんだから今日は強制的に勉強よ!」
「えーそんな!」
「わー本当だ!目黒くなってる!」
ナナミは手鏡で自分の顔を見ていた。
「へーすごいなー兄さん食べてみてよ」
ラギが実をシスに差し出した。
「ん?いいけど」
シスは実を口に入れた。しばらくすると、シスの瞳も金から黒くなった。
「瞳が変わるだけなんだー髪や耳は一緒だね」
ラギはシスを観察するように眺めた。一族の気もすっかりなくなっている。
「先生嫌いだからいやだ!」
「そう、なら今日は私が教えてあげる。さ、おいで!ナナミも来る?」
ゆりはじたばたしているロイの首ねっこをしっかり捕まえていた。ロイをおとなしくさせるために実を食べさせたのだった。
「パパに見せてくるー」
ナナミはそういって瞬間移動しようとしたができなかったので走って部屋を出て行った。
やがてアナスターシャもやってきて面白そうだといって実を食べた。こうしてラギ以外の子供達は皆瞳が黒になってしまい、すっかり力を
無くしてしまった。
「あ、そういえば、この後結界の修行だったっけ、すっかり忘れてた」
「まあいいんじゃない?どうせ一日くらいで元に戻るでしょ?」
シスの言葉にアナスターシャは気楽に返した。
ゆりは付きっ切りで飛べなくなったロイにお勉強を教えた。ロイはぶーぶー言っていたが、やがてあきらめてお勉強していた。たまには母親として
ロイを教育しなければと思ってのことだ。普段なら怒ろうとするとすぐ逃げられてしまうのだ。
「やればできるじゃない。いっつも先生困らせたらだめよ」
「だって遊ぶ方が面白いもん」
「あのリンゴもう一個食べる?」ゆりがにまっとして聞くと「二度と食べない」と断言されてしまった。
「別にいいよ。一年元に戻らないから」
「ええ!?嘘!?」
「嘘」
「まー!!」
「将来ステキな王子様になりたかったら、力が強いだけじゃだめなの。頭もよくならないとね」
「ぶー」
「それからいたずらばっかりしないこと。フリットなんて自分の息子のお尻たたいたこともないのよ。お尻たたかれるのあんただけなんだから。
あの温和なフリットが怒るなんて珍しいくらいなんだからね」
「そうかな。フリットは怒りっぽいと思うけど」
「そんな事ないってば。じゃあ次の文章読んで」
ゆりは本を指して言った。ロイは本を手に取った。
「まーの部屋にミカエルがやってきました。ミカエルとぺたぺたしたまーは次にハインリヒとぺたぺたしました」
「ロイ!」
ぎょっとしたゆりは指でロイのこめかみをぐりぐり押した。
「いたたた。冗談じゃないかー」
「冗談でも言っていい冗談と悪い冗談があるの!」
「言っちゃだめなの?なんで?」
「なんでも」
「ねーまーは誰が一番好きなのー?」
今度はロイがにまにまして聞いていた。
このクソガキめ・・・・
ゆりの顔は引きつっていた。
「一番は王様よ。決まってるでしょ」
「それは当然じゃないか。二番目はハザーク様かな。三番目はだれ?」
「三番目は皆!はい終わり」
ゆりは強制的に話を終わらせた。
「じゃあ次は算数行きましょ」
「ぶー」
ロイは下唇を突き出してぶーぶー言っている。
「ねーもう一人のまー」
ロイが言うとゆりの左目が蛇の目に変わった。
「何?」
「あっちのまーが怖いんだよ。助けてよ」
ロイは甘えるように言った。
「いや」
蛇目のゆりは即効でいなくなった。
「ひどいっ!」
「何もひどくないわよ」
そんなこんなで一時間ほど勉強し、休憩にした。ロイに勉強を教えるのは確かに大変だ。すぐ脱線する。ゆりはもうくたくただった。
「遊びにー」といいつつ逃げようとしたロイの服をゆりはつかんでいた。
「休憩したら続きしましょ」
「えー?」
「嫌なら明日も実食べる?どっちかよ」
そういうとロイはしぶしぶ椅子に座りなおした。侍女がお茶を運んできてくれた。
やれやれ・・・
「全くあんたって誰に似たのかしらねー」
げんなりして言うと「まーに決まってるじゃん」とロイに言われてしまった。
「私が小さい頃はもっとおとなしかったわよ」
「あのー今よろしいですか?」
伺うようにミラが近づいてきた。
「いいよ」
「ジェナサイト様がいらしてますが」
「ジェナサイト?ユリウスに何かあったのかな?」
ゆりが席を立つとロイはうれしそうに「いってらっしゃい」と言った。
「全く・・・・たまにはちゃんと勉強するのよ」
「はーい」
「返事だけはいいんだから・・・」とぶつぶつ言いながらゆりは部屋を出た。
自分の部屋に戻ると、ジェナサイトは部屋の前に立っていた。
ゆりに気づくと頭を下げた。
「すいません。およびして」
「いいよいいよ。どうしたの?ユリウスはどう?最近来てくれないんだけど」
ゆりは部屋の中にジェナサイトを促した。
「そうですか。時々機嫌が悪いですが体調の方は普通のようです」
「そう。機嫌悪いの。仕事したくてしょうがないのかなー」
「はあ・・・実は・・・・王妃に子供の名前を決めてほしいんですが」
「え?」
「これはユリウスの意見でもあるんです」
「・・・」
ゆりはぽかんと口を開けた。ユリウスに何もなくてよかったが、まさかこんな事を言い出されるとは思わなかった。
「2人で考えたらいいのに」
「元はといえば、私達が引っ付いたのも王妃のおかげですし・・・・」
「だけど私が名前を考えるのもねー・・・」
テーブルの横に今年孵った5色の蛇がうろうろしていた。
「あ、この子ですか噂の蛇は。本当に5色ありますね」
ジェナサイトが蛇に気づいて言った。あまり綺麗な色ではないのだが、珍しいのでいろんな人がこの蛇の見学に来ていた。
「実はこの子の名前『ゴショク』って言うんだけど・・・・それでも私に名前考えてほしい?」
ゆりが伺うように聞いた。
「え?ゴショク?」
「子供らにはそのまんまじゃんってかなりばかにされたよ。私ってあんまりネーミングセンスないかも。だから自分らで考えた方がいいよ」
「ゴショク、かわいくていいじゃないですか」
ジェナサイトは微妙に顔を引きつらせて言っていたが考えを覆すことはなく、「お願いします」と言って部屋を出て行った。
「うーん、名前かあ・・・」
ゆりはテーブルに両手をついて手であごを支えてうなった。
自分の子供の名前を考えたこともないのに他人の子供の名前考えることになるとは・・・困ったな。ナーンにも浮かばない。
どっちが生まれるか分からないから一応どっちも考えた方がいいのかな?
「うーむむむ」
ーきゃはきゃはきゃは
うなるゆりのおなかの中ではミシェイラがご機嫌で笑っていた。
その夜、ジェナサイトはユリウスに会いにきていた。ここのところユリウスの機嫌は悪く、時々蹴飛ばされるほどなのだが、それでもかまわず
会いに来ているのは、「愛の深さ」というよりもほっておくと落ち着かないからだった。
ジェナサイトの顔を見たユリウスは、案の定目を細めて睨んでいた。俺が一体何をした、と問いたいジェナサイトだった。
「ジュメに変な事言っただろ」
「変な事?いいや」
ジェナサイトはにこやかに笑って「酒をくれ」と言った。
「ふん」
「全く何怒ってるんだ。ジュメも妊娠中はイシュタール様の尻を蹴飛ばしたくなったのかどうか聞いただけだよ」
ジェナサイトは屋敷の中に入り、勝手に居間の棚から酒を取り出した。そして酒瓶を開けてぐびぐび酒を飲んでいる。
「そんな事聞くな。ばか」
ユリウスは酒を飲んでいるジェナサイトを睨んで言った。
「お前俺と会うたびに目がつりあがってるじゃないか。一体俺が何したって言うんだ」
言わずにおこうと思ったが、結局聞いていた。
妊娠中の女ってものは気難しいからな、その言葉は男皆に言われた事だった。ほっとくのが一番いいぞとも言われたが、ほっておくとどうも
心配だ。
「体調は悪くないんだろ?」
「・・・・」
「ならそんなにいらいらする事はないだろう」
「お前の顔を見るといらいらする」
「わかったよ。じゃあ早めに退散するさ。今日王妃にあの事頼んできたからな」
「あの事?ああ子供の名前の事か」
「ああ。その事だ」
「そうか・・・」
「王妃お前と話したそうにしてたぞ。今度話してうさでも晴らしてこいよ」
「ああ・・・」
「まあそういうことだ。じゃあ俺行くわ」
酒瓶も空になり、ジェナサイトはそう言った。行こうとしたジェナサイトにユリウスが声をかけた。
「なあ・・・」
「ん?」
「困った事に子供を産む自信がないんだ」
ユリウスは深刻な表情で言った。
「自信?」
「ああ。なんだか子供に悪いような気がする」
「・・・ばかだな。自信満々で子供を生む女性なんていないさ。そんな理由でいらいらしてたのか?」
「別にそれだけじゃない」
「何でも初めてなんだ。自信がないのは当然だよ。子供に悪いと思っているのなら、もっとニコニコして過ごしたらどうだ?その方が
子供も喜ぶと思うぞ」
「他人事だと思って」
ユリウスはまた睨んでいた。
「王妃なんていつ会っても楽しそうだ」
「知ってる・・・私は王妃のようにはどうにもなれない・・・」
「お前は一人じゃない。常に子供が一緒にいるじゃないか。お前が不安がってる時は、きっと子供も不安がってる。お前がニコニコしてる時は
きっと子供もにこにこしてる」
「・・・・」
「出産の時、お前はきっと大変だろうけど、子供だって同じようにがんばってるんだ。だから一人じゃないんだぞ」
「たまにいいこと言うな」
ユリウスがちょっと感心するように言った。
子供に悪いとは思っていたが、そのように考えたことはなかった。
「いや、この前父親教室というのがあってな、それに参加していろいろ教わってきたんだ」
ジェナサイトがあっけらかんとして言った。
「父親教室?そんなのあるのか?」
ユリウスの目は真ん丸くなった。
「ああ。妊娠中の女性は気難しいから怒鳴られても尻を蹴られても辛抱してくださいね、と言ってた」
「なんだそりゃ!」
ユリウスの左足が上がったがジェナサイトは一メートルほど前に飛んでよけた。
「そうそう何度も蹴られないぜ。じゃあまた来る」
そういってジェナサイトは消えた。
「ふん」
ユリウスは足を下げた。
王妃に会うのはどうも気後れしていたが・・・やっぱり近いうちに会いに行こう
力をもらえそうだ
そう思っていると次の日の朝、屋敷に訪問者があった。
「あれ?王妃?」
ヴィラの後ろで顔を出したのはゆりっぽい顔をしていたが、耳が大きくなっていた。
「へへー変身して遊びにきちゃった」
ゆりは手を振っていた。昨日の夜実を食べて変身したのだった。今回は体に蛇はいなかったが、ラクシュミとひっついたら蛇が2匹出てきた。
どちらもいろいろな色のうろこの蛇だった。ミカエルらに迫られる前に逃げ出してユリウスに会いに来たのだった。ちなみに子供らは朝には元に
戻っていた。ロイはさっそく遊びに出て行ってしまった。「まーの世界の人はつまらなくてかわいそうだね」と言われてしまった。
「びっくりしましたよ。王は許可したんですか?」
「うん」
「そうですか。まあどうぞ」
ユリウスは客間にゆりとヴィラを招きいれた。
「どう?最近体調は。ちゃんと食べれてる?」
「はい」
「もうちょっとかなーどっちが生まれるか楽しみだね。ユリウスどっちがいい?」
ゆり一人にこにこしている。
「はあ、どっちがいいでしょうね。まあどっちでも」
「どっちかなー」
「どっちにしろ生意気な子供になりそうだなあ」とヴィラが小声で言ってゆりに小突かれていた。
「昨日ジェナサイトに子供の名前考えてって言われちゃった」
「はい、是非お願いします」
とユリウス。
「勇気があるな」とヴィラは言っていた。
「さっきからうるさいわねえ」とゆりは睨んでいる。ちなみに同じセリフをラクシュミとラギからも言われていた。
「是非奇抜な名前を考えてください。期待してます」
ユリウスではなくヴィラが言った。
「奇抜な名前なんて考えないわよ。ちゃんとかわいい名前考えるもん。なんならヴィラの二人目も考えてあげるよー?女の子だったらヴィラリン
ちゃんとかいいんじゃない?」
「ヴィラリン?いえ、いいです」
ヴィラは即座に辞退した。
ユリウスは2人のやり取りに思わずぷっと笑っている。
「そうそう、そうやって気楽に笑ってるのがいいよ。おいしいもの食べたり、買い物したり、女の子とくっちゃべったりして楽しく過ごすんだよ」
「はい、王妃」
「王妃、ユリウスの気晴らしはジェナサイトの尻蹴飛ばす事ですよ」
ヴィラが笑って言った。笑っていたユリウスの顔が瞬時に引きつった。
「ジェナサイトめみんなに言ってるな」
「まあいいじゃない。たまに尻蹴飛ばすくらい」
とゆり。
「そうですね。王妃は股間蹴飛ばしますもんね」
ヴィラはまたしても余計な事をいい、ゆりは思いっきりヴィラの耳を引っ張っていた。
「それじゃそろそろ行くね。じゃあねユリウス」
ゆりはヴィラの耳を引っ張ったまま部屋から出て行った。ヴィラは「いたたた、痛いですよ。王妃」といいながら引っ張られている。
ユリウスはそんな2人にまた笑ってしまった。
「王妃・・・ありがとうございます・・・」
どうやら楽しい気分にさせようとやってきたようだ、とユリウスはそう気づいたのだった。
ゆりはヴィラに部屋に送ってもらった。
「あ、王妃!もうどこ行ってたんです?」
部屋にはミカエルとハインリヒまでいた。
「あ、本当だ耳大きくなってる!すごい」
ハインリヒは変身したゆりを見るのは初めてだった。しげしげと眺めている。
「でも足は長くならないんですね」
ぼそっと余計な事を言い、ゆりをむっとさせていた。
「王妃の魅力は足の長さじゃないんだ。肌の蛇だ。蛇いるんですか?蛇?」
ミカエルは微妙なフォローを入れて目を輝かせていた。
「ざーんねんでした。蛇はいないよ。ところで皆仕事は?ちゃんと仕事しなきゃだめでしょ」
「だってー変身した王妃の蛇みたいんだもーん」
とミカエル。
「私も見たいです。見せてくださいよ。王妃」
ハインリヒがいい、「私も見たいなあ」とヴィラまで言い出していた。
「ここは手っ取りばやく儀式しましょう!」
ミカエルはゆりの両手を握り締めて言った。
「え?儀式?いや、この体ではあんまりしたくないなあ・・・・」
「いいなあ。しましょうよ。儀式」
「賛成賛成」
「いいってば」
「私今度こそは王妃の蛇に好きって言われたいんですよ。お願いしますよ。王妃」
ミカエルは拝むように言っている。
「昨日蛇でなかったよ。こっちの体じゃ出ないかもよ」
とゆりが言うと、「じゃあ出なくてもいいです」とミカエルはあっさり言っていた。
「あんたたちってば・・・・」
「儀式にしてシャナーンも呼んであげましょうよ」
ヴィラが言った。
「どっちかっというとあなた達はパスしてシャナーンだけ呼んであげたい」
ゆりはそう思ったが、3人の男達からは「ぶーぶー」ブーイングが起こっていた。
いい年した大人とは思えない・・・
「いちゃいちゃしてたらきっと誰かきますよ」とミカエルが言い出した。
ゆりは「べー」と舌を出してぱっと移動した。
「あ!」
男達の前の前からゆりは消えてしまった。
「ほほほー今の私は瞬間移動が使えるのよ〜ってここどこだ」
適当に移動したゆりがいたのは自分のお風呂だった。侍女が2人掃除中だった。
「あら王妃様」
「まさかこんな所にきちゃうなんて・・・」
「王妃ってば、すっかりその気なんですね」
「げっ」
浴室の外からミカエルがのぞいていた。
「違うわよ。たまたまよ!」
「ごごご、ごゆっくり」
といいつつあわてて侍女らは掃除道具を手に出て行った。
「えー!!違うよー」
「我々もここで体洗っちゃっていいです?」
とヴィラが言った。どうやら3人とも来ているようだ。
こいつらは・・・・
「王妃愛してます」
ミカエルがゆりを抱きしめた。ゆりの体はぞぞぞと鳥肌が立っていた。
「今年はなかなかこういう機会がなかったからうれしいなあ」
ハインリヒは喜んでいた。
「まだ儀式になるって決まってないわよー」
「なりますよ。きっと」
ミカエルはゆり好みの整った顔で微笑んだ。
ズギューン!
ん?ズギューンってなんだ???
「この顔好きー!」
ゆりはミカエルの頬に手を当ててちゅっとキスした。
「ん?あれ??」
ゆりは自分が何をしたかわからなかった。
「こういうところがほんと好きですよ。王妃。さ、儀式の準備しましょう」
ミカエルはゆりの服を脱がしだした。
「えー!嘘ー!!!」
「シャナーンは王妃命令で呼んでおきますね」
ヴィラは微笑んでいっていた。
なんでこうなるんだ・・・・
こうして男達の期待通り誰か降りてきてしまい、やっぱり儀式になってしまったのだった。
ゆりの寝室で、後から来た男達は一様にゆりの姿を見て驚いていた。
「かわいいですね。王妃」
ミルキダスもイシュタールもそう言ってくれた。
「ほんと?かわいい?シャナーンもそう思う?」
ゆりは後ろの方にいるシャナーンに聞いた。
「はい、かわいいです。とっても」
シャナーンは小さな声で言っていた。
シャナーン前と同じみたい。よかった・・・
ちょっとの間ゆりはシャナーンと見詰め合っていた。
「はい、そこまで」
ミカエルが2人の視線をさえぎった。
「それじゃはじめましょう。私で蛇降りたから私から」
ミカエルはゆりを抱きしめた。
男達といちゃいちゃしている内にゆりの肌には2匹の蛇紋が現れた。2匹の胴体は綺麗に交差していて美しかった。さらに、ゆりの瞳は両方
蛇の瞳に変わっていた。
「王妃かわいい。すっごいかわいい」
まだ陽が高いうちから男達との愛は高まり、ゆりは5匹の白っぽい蛇を呼んで意識を失ったのだった。
ゆりが気づいたのは夜だった。部屋の中は真っ暗だった。
「あれれ?今何時?」
「もう夜中だぞ」
と横から声が聞こえた。ラクシュミだった。
「あ、そうか。儀式になったんだっけ・・・」
ゆりは長い髪に気づいて思い出した。
「そこにパンがあるぞ」
「ほんと?やった」
ベッドの横にはワゴンが置かれていた。いつおきてもいいように用意しておいてくれたようだ。
ゆりは皿のふたを開けてパンをとって食べた。
「変身したのにお前が来ないといってハザークが愚痴ってたぞ」
ラクシュミの言葉にゆりはパンをのどにつまらせた。
「ぐ・・・・ごほ・・・」
杯に水差しの水を注いでそれを飲み干した。
「はーびっくりした。そういえば儀式になっちゃったからハザーク様にはあってないなあ・・・」
「会わないまま元に戻ったらいじけるぞ。きっと」
「明日会いに行こう。明日まで大丈夫だから。多分」
「そうか」
「どうしたの?にやにやして」
ラクシュミはなんだかうれしい事でもあったようだった。
「別に。じゃあおやすみ」
ラクシュミはそのまま寝てしまった。
「?」
ーへびいっぱい、へびいっぱい
そういいながらさっきまでぴょんぴょん赤ん坊が飛び跳ねていたのだった。蛇が入ってうれしかったようだ。
「よかったな、ミシェイラ」
そういうと赤ん坊はにこーと微笑んでいたのだった。
変な王様、いや変なのは私だ。なんでああ男達の期待通りになってしまうんだか・・・
まあシャナーンとは元通りになったからよかったけど。チューもしたし・・・
次の日の朝、最後の2個の実を食べて、ゆりはハザークの元に行った。
「お前はつれない女だ」
ハザークはすっかりいじけていた。
「ハザーク様のこと忘れたわけじゃないんですよ。昨日見せようと思ったら儀式になっちゃって」
「それで我が一番最後なのか?お前の娘はすぐ見せに来たのに。ひょっとしたら娘の方が我の事想ってるんじゃないのか?」
「そんな事ないですよ。あの時はまだ変身してなかったんですよ。変身したの夜ですから」
ゆりは引きつった笑いを浮かべて言った。
「ふーん」
「もう、そんなにいじけないでくださいよー。ね、ハザーク様」
ゆりはかわいらしげにウインクした。
「私の蛇ちゃん見せてあげちゃうからー」
「そうか、ならいい」
ようやくハザークも機嫌を直して、ゆりは寝室でハザークと引っ付いたのだった。
変化したゆりにはハザークも喜んでいた。両方のゆりと仲良くなった後にはハザークもかなりご機嫌になっていたのだった。
その後、ユリウスのおなかに変化があった。大きく膨らんできたのだ。
そして7の月の7日、とうとうその時がやってきた。ゆりはラクシュミに頼み込んで病院に行かせてもらい、上の3人の子供らと一緒にユリウスが
子供を産むのを病室の外で待っていた。皆が祈る中、その日の夕方とうとうユリウスは男の子を出産したのだった。
「大丈夫ですよ。ユリウス様も元気ですよ」
医師に言われて皆の顔が輝いた。
「ユリウス、おめでとう」
ゆりは出産後で疲れていたがそれでもうれしそうな顔のユリウスを見てつい泣いてしまった。横にはしわくちゃの顔の赤ん坊がいた。
髪の色は黒かった。ジェナサイトの色だ。
「王妃・・・ありがとうございます・・・」
「おめでとう!かわいい赤ちゃんだよ!」
「かわいいよ!」
子供達が言っていた。
「よくやったな。ユリウス、俺に似て男前だ」
ジェナサイトは赤ん坊を見つめてうれしそうに言った。感極まって泣いている。
「いや、お前に似たら男前じゃないだろ」
ユリウスは冷静に突っ込んでいた。
「なんでだ。どっからみても俺そっくりじゃないか。ね、王妃」
「え?まあどっちにも似てるよ」
「ユリウス様!おめでとうございます!」
ジュメがやってきた。
「ありがとうみんな・・・それで、王妃、名前をー」
「あ、ああ、フランツでどう?」
「フランツ、いい名前ですね」
「ステキな名前ですよ。王妃」
ジェナサイトも喜んでいた。
「さ、それじゃ私らはいきましょう。ユリウス、ゆっくり休むのよ。じゃあね」
ゆりは子供達を連れて出て行った。
「私もこれで」と子供の顔を見たジュメもさっさと出て行った。
「ユリウス元気そうでよかった」
「そうだね。元気そうだったね。でもフランツって案外普通の名前だったね。もっとすごい名前考えるかと思ってた」
アナスターシャが言うと、ラギが「僕も」といった。ジュメは笑っている。
「あのね・・・・私を何だと思ってるのよ。さあ、城に帰ってユリウスの出産をお祝いして宴会だー!」
「おー!」
ゆりが片手を上げると子供達も片手をあげた。
「さ、ジュメも来て」
「私もいいんですか?」
「もちろんよ!皆でお祝いしましょ」
「はい!」
あのユリウスがとうとうお母さんになったんだね・・・よかったね。ユリウス。本当におめでとう・・・・
どちらのゆりも同じ気持ちだった。ゆりは幸せな気分で子供達と城に戻って行った。
赤ん坊は処置室に連れて行かれて、しばらくしてまた戻ってきた。しわくちゃの顔で眠っている。
「フランツか。賢そうな名前だ。よかったな、フランツ」
ジェナサイトは目を細めていた。
「ジュメが言ったとおりだ」
ユリウスが言った。
「ん?」
「いや・・・別に・・・」
子供を産む時はあんなに大変だったのに、子供の顔を見たらもう・・・どうでもよくなっている
子供ってすごいんだな
産まれてきてくれてありがとう・・・
ユリウスは隣で眠る我が子の小さな手をそっと握り締めたのだった。
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