第62話


「早いものですね。あれからもう一年が経つんですか」

「あの時は本当にお世話になりました」

頭を下げていたのはヴィラだった。

「いえいえ・・・元気そうでよかったですよ」

相手の男は薄く微笑んでいた。男はヴィラよりも頭一つ分背が高かった。温和な顔立ち、鮮やかな緑色の長い髪の男だ。

ヴィラは裸足で白いガウンを着ていた。相手の男は緑色のガウンを着ている。同じように裸足だ。

「こんな格好で参ったな・・・」

ヴィラが恥ずかしげに頭をかくと、相手の男も「本当に」と苦笑していた。

ヴィラはついさっきまで寝ていたはずだった。だからこんな格好だったのだ。そして気づくと白い空間にいた。一人ではなかった。

そこにはもう一人男がいた。あの龍の一族との戦いのさなか出会った過去の時代の騎士、その名前はディランといった。

２人は顔を見合わせて「あ」と声を発した。まさかいきなりこんな出会いを果たすとはー

２人が出会っていたのは互いの夢の中だったのだ。夢がつながったという方が正しいかもしれない。


「裸で寝ていたら裸のまま来てしまったのかな？」

ヴィラは疑問に思った。

「裸で寝てなくてよかったですね」

ディランは笑っていた。この空間には２人しかいなかったが、他に２匹の蛇がいた。どちらも緑色をしていたが、１匹の方はかなり

大きく色鮮やかだった。２匹は何かを話しているように顔を寄せている。

「元気だったかい？息子よ」

「はい、父さんも元気そうですね」というような会話でもなされているのかもしれない。話の内容はわからないが、喜んでいることは

確かだろう。

そう、この２匹の蛇はお互いの肌の蛇だったのだ。ガウンをめくると、ヴィラの腕にいた蛇はいなくなっていた。

ディランの方も同様である。この不思議な出会いは肌の蛇のおかげらしい。



「生まれた時よりもだいぶ大きくなったんですよ」

「そうですか。ちゃんと成長しているんですね」

ディランは２匹の蛇を見つめていた。ディランの子蛇は３匹、ヴィラとフリット、ナナミがもらっている。

「ナナミ様とは何度か会いましたが、あなたとも出会えるなんて思いませんでした」

「私もですよ」

ヴィラはディランと面と向かって話すのは初めてだった。ゆりやハインリヒから噂を聞いていたがこの前の戦の時はてんやわんやで

そんな暇もなかった。

ディランは見た目も口調も穏やかで一見フリットを連想させるが、性格はフリットほど穏やかというわけでもない。これはハインリヒが

言った言葉だった。


「そちらは皆さんお元気ですか？」

ヴィラは腰を下ろして聞いた。

「ええ、元気ですよ」

ディランも同じように腰を下ろした。

「レイアスは子供が生まれました。かわいい女の子ですよ」

「そうですか。こちらでもハインリヒ殿が子供作ろうとがんばってますが今年もできなかったようですよ」

「そうなんですか。私もなかなか・・・・」

「子作りは時代を問わず難題のようですね。こちらほど出産率も悪くはないんでしょう？」

「人口が多いですからね」

「ディラン殿も大勢彼女がいるんですか？」

「いえ、そんな事ないですよ。赤い月には私は一人だけですよ。レイアスは２人いますけどね」

「そうなんですか。意外と少ないんですね」

ヴィラは意外そうに瞬いた。仮にも一番騎士ならば、それこそ５人や１０人彼女がいても不思議ではない。

「皆そんなものですよ。一時ルークはもててましたけどね。ゆり様が上位の騎士ではないのに儀式の男に指名したので、男性的魅力が

あるに違いないと周りに思われて本人が困ってましたよ」

ディランはその頃の事を思い出したのか、少し笑っていた。ルークというと赤ん坊を背負っていた男か、とヴィラも思い出していた。

「そうなんですか。そういえば、ディラン殿はどうやって王妃と親しくなったんですか？王妃に聞いてもいろいろあったと言うだけで

結局詳しくは知らないんですよ」

ヴィラはディランに妙な親近感を感じていたせいか、すごい騎士だというのに気安く聞いていた。

「ハインリヒ殿は王妃が言うにはガーベラが降りたら手の平を返したように迫ってきたと言ってましたがディラン殿はその前から

なんでしょう？」

「え・・・えーと・・・」

ディランは視線をさまよわせて頬を指でぽりぽりかいている。

「あの短期間であれだけ深い心の結びつきができたというのは、我等にしたら驚くべき事ですよ。多分裏でもう一人の王妃もがんばった

のかなーとは思いますが」

「はあ・・・まあそういえば、最初に仲良くなったのは蛇の目のゆり様の方でしたよ。いい匂いについふらーといってしまいました」

ディランは恥ずかしげに言った。

「そうなんですか」

「それでゆり様が蛇が降りてしまったと言い出して、あれよあれよという間につい流されて、気づいたらあんな事になってました」

「それがあの蛇ってわけですね」

「ええ・・・まあ・・・儀式だけの関係になろうとしても無理でしたね。なにせ私の蛇が参ってしまったんですから」

「面白いですね。王妃がいなければ、私があなたと出会う事なんて永遠になかったでしょうに。今は王妃抜きでこうして話を

しているなんて」

「本当にそうですね。ところであなたはどうやってゆり様と仲良くなったんですか？」

今度はディランの方が聞いていた。

「え・・・・」

「教えてください」

「はあ・・・」

今度はヴィラの方が恥ずかしげに話をする番だった。ディランはちょっとにやにやして聞いている。


こうしていろいろな話をして、不思議な邂逅は終わったのだった。



あくる朝、ヴィラがゆりの部屋を訪ねると、ゆりは竪琴を奏でていた。ヴィラに気づくとゆりは手を止めた。

「おはよう〜さっきねーフランツに会ってきたんだよー」

ゆりはご機嫌だった。

「もうめっちゃくちゃかわゆい！」

フランツはユリウスとジェナサイトの息子である。今日で生まれて５日目だ。まだ病院にいて、朝食後ゆりはシスに連れて行ってもらった

のだった。黒髪だが瞳は青かった。体に蛇はいなかったが、将来何色の蛇が出てくるのか楽しみだ。

「なんだか孫が生まれた気分」

「孫ですか。それじゃ王妃はおばあちゃんってことですね」

とヴィラが言ってゆりの向いに腰を下ろした。

「まあそういう気分なんだー」

ヴィラの嫌味っぽい言葉も今は聞き流せるほど、ゆりはご機嫌で幸せだった。

「結局普通の名前でしたね。もっとすごい名前を期待していたのに」

「へへ。フランツって知的な感じでいいでしょ。実は王様に相談してしまったのでした。それで王様が３つばかり言った名前から選んだの。

子供らには内緒よ」

ゆりは口元に指を一本立てた。

「なんだ、そうだったんですか」

「そう。女の子の名前もいろいろあったんだけど・・・・」

「レイアス殿の娘はユーリっていうそうですよ」

ヴィラが突然さらりと言って、ゆりは瞬いた。

「え？レイアス？」

「実は夢の中でディラン殿に会ったんですよ」

「えー！？ほんと？」

ゆりは思わず身を乗り出していた。

「それでいろいろ話したんですよ。王妃の名前にあやかってユーリってつけたそうですよ」

「ユーリかあ・・・そうかーあのレイアスがディランよりも先にパパになったんだ・・・ディランは？ディランはまだ子供いないの？」

「まだって言ってましたよ」

「そうなんだ・・・皆元気かな」

「過去の世界には王妃の石像があるんですよ。女神像と一緒に並んでるんですよ」

「え、何それ・・・」

その話は初耳だった。

「ドルイド殿が毎日王妃の石像の周り掃除してるようですよ」

「え・・・そ・・・そうなの？」


ドルイドが・・・私の石像を・・・・


ゆりはその場面を想像してしまった。そして石像にほお擦りしているドルイドも想像してしまっていた。



10倍増しくらいに綺麗な石像だといいなあ・・・・



ゆりはそう思った。

「皆さん元気だっておっしゃってましたよ」

「そうなんだ。会いたいなあ・・・」

「また皆で寝てみたらどうですか？いけるかもしれないですよ」

「かもしれないけど・・・あんまり過去に出没するのもねーほら、私って魅力的すぎるから、私のことばっかり想ったら悪いでしょ？」

ゆりは微笑んで言った。

「そうですね」

ヴィラは表情も変えずに受け流した。

「そこは突っ込んでくれないと・・・」

「王妃ほど面白い女性はなかなかいないといってましたよ」

「あそ」

その時ゆりの左目が変わった。

「それで王妃の蛇が恋しいって言ってましたよ」

ヴィラはかまわず話を続けた。

「そうなんだ。あの時の金蛇ちゃんはもういないからなあ・・・・ねえ、ディランっていい男でしょー？」

ゆりはヴィラの様子を伺うように聞いた。

「いい男ですね。強いし。蛇綺麗だし」

「でしょ？でしょー？妬ける？」

「別に」

「本当？つまんないわねー」

ゆりは口を尖らせていた。

「たまにはミカエル並に妬いてくれてもいいじゃない」

ヴィラは舌を出していた。

「それにしてもドルイドってば、ほんとかわゆいんだから・・・」

ゆりはしみじみ言っていた。



「ハインリヒ殿の代わりに未来に行きたいと思ったことはないんですか？」ヴィラは昨晩ディランにそう聞いてみた。

「自分の力を未来の世界で発揮してみたいとは思いますが、ゆり様と共にありたいと思ってませんよ」

ディランはそう答えた。未来に来てもゆりを自分の物にできるわけではない。まあそれが正常な返答なのだろうとヴィラは思ったのだがー

「女王から離れると、私はゆり様を愛しすぎてしまいますからね。あなた方と上手くやることはきっとできません。ゆり様の蛇が

私の蛇の子供を生んでくださっただけで満足ですよ」

ディランは笑ってそう言ったのだった。


愛しすぎてしまうから・・・・か。ひょっとしたらハインリヒ殿よりもディラン殿の方が王妃の事想っていたのかもな・・・




「まあ、あんなにすごい男に想われた王妃と共にいれる我々は幸せですよ」

ヴィラは素直にそう言った。ゆりの両方の目は黒くなっている。蛇目のゆりはもう引っ込んでいた。

「本当にそう思う？」

「思います。だから今度また蛇見せてくださいね」

ヴィラはにっと笑って言った。

「えー？」

「ミカエル殿じゃないけど、私も蛇に好きって言われたいんですよ。ヴィンセントがいっつもラリーにしてやられてるんでミカエル殿に勝った

証が欲しいってうるさいんです。だからミカエル殿より先に言われたいなあ」

「子供にそんな事言わないでよ。子供らにも面白い王妃だと思われるでしょ」

ゆりはぎょっとした。

「もう思われてますよ」

「えーヴィラが言うからそう思ってるだけでしょ？」

「そんな事ないですよ」

「嘘よー」



ーへびいっぱい、へびいっぱい


「い？ミシェイラなんか言ってる。蛇一杯だって」

ゆりは驚いておなかに手をあてた。

「きっとまた儀式して欲しいんですよ」

「えー！あんなにしたのに！？」


ーへびいっぱい、へびいっぱい



驚愕しているゆりを見てヴィラはぷっと笑った。



ディランとはこんな話もしていた。

「皆でたまに言うんですよ。未来の皆さんと一緒に酒を飲みたいって」

「楽しそうですね。今酒がないのがほんと残念ですね」

「本当ですね」



過去の男達と未来の男達、皆で宴会という事になったら・・・

ミカエル殿がやきもきして、フリット殿がそれを止めて・・・他の連中はすんなり仲良くなってそうだ

話題の中心はやっぱり王妃の事なんだろうなあ・・・・



「あ、誰か降りた」とゆりが言い出してヴィラはぎょっとした。

「本当ですか？」

「嘘」

ゆりは舌を出した。

「なんだ・・・・そういえばディラン殿が皆で儀式してみたいって言ってましたよ」

「え！嘘！？」

今度はゆりが驚いた。

「嘘です」

「男13人で儀式はちょっと・・・・」

「あごが疲れますね」

ゆりが竪琴を振り上げて、ヴィラは「それじゃあ」といってさっさと消えた。

「お下品な・・・昔のあのときめきを返せ・・・・」

顔も知らない男にどきどきしていた時のことを思い出し、口惜しくなったゆりだった。



廊下に出たヴィラはシスに出くわした。

「おはよう。ヴィラ」

「おはようございます。昨晩ディラン殿に会ったんですよ」

ヴィラがそういうとシスはゆり同様驚いていた。

「ほんと？皆元気だった？」

「ええ、王妃には話してきたんですよ」

「僕にも教えて！」

「もちろん、あ、ハインリヒ殿も呼びますか」

「うん、呼ぼう！」

ヴィラはシスの部屋に入って行き、ディランから聞いた話をシスとハインリヒにも聞かせたのだった。



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