第21話
「ゆり、早く元に戻れ」ラクシュミがベッドの下にいるゆりに小声で言った。
「戻れって言われても・・・」
「寝てるうちにひっついてみろ」
ゆりはベッドの上にのぼり、ベッドで寝ているゆりにそろそろと近づいた。そして、ちょっと体をひっつけてみた。
すると、
ゆりが目をパッチリ開けてしまい、こちらのゆりはあわてて瞬間移動して消えた。
「あれ？今誰かいた？」両方黒い瞳のゆりが聞いた。
「誰か？いや、だれもいないぞ」
ラクシュミは引きつった顔で言った。
「そう？」
ゆりは首をかしげた。
「・・・お前、体調はどうだ？大丈夫か？」ラクシュミが心配するように聞く。
「大丈夫だよ」
ゆりが微笑んでいった。
そのころ、蛇の目をもったゆりは、裸で自分の部屋に現れて、掃除していた侍女たちに驚かれていた。「ごめん。ごめん。服くれる？」
「はい」
侍女があわてて服をもってきた。
ゆりは服を着て鏡で自分の顔を見た。左目は黄色と黒のままだ。
どうして別れたのかしら・・・わかんないなあ・・・これからどうしよう・・・
なぜこんなに完全に分かれてしまったのか、さっぱりわからない。
とにかくここにいて鉢合わせたら困るから、違う部屋にいこうっと！
ゆりは移動した。
掃除を終えた侍女たちは部屋に飾ってある花を変えていた。するとゆりがやってきた。「おはよう」
「おはようございます」
侍女たちはゆりを見て首をかしげた。先ほどゆりに水色の服を渡したのに、今のゆりは薄いピンク色の服を着ていたからだ。
二人は目を合わせたが、わけは聞かなかった。
「すぐ朝食をもってまいりますね」
「うん。お願いね」
ゆりは微笑んで言った。
一方、左目が黄色と黒のゆりは、顔を洗ったあと、ラクシュミがいつも朝食を食べている部屋で、一緒にいた。部屋の中は侍女はいない。ラクシュミが外に出していた。
「なんで分かれたんだ」
ラクシュミが聞いた。
「わからない」
ゆりはパンを食べながら言った。
「わからないって・・・何か理由があるはずだろ？」
「だと思うけど・・・」
ゆりはよっぽどおなかがすいていたのか、口をずっと動かしている。
「・・・今赤ん坊はどっちいる？」
ゆりは首をかしげた。
「こっちはいないみたい。あっちにいるんじゃない？」
「そうなのか？」
「まあそのうちにまた融合するんじゃない？私一度一人で自由にしてみたかったんだー」
ゆりがのんきに言った。
「お前はいつでも自由にしてるだろ」
ラクシュミが横目で見て言った。
「そんなことないよ。一応向こうに気遣ってるもん」
「取りあえず、分かれた理由を考えろ」
「はーい」
ゆりはのんきに返事をした。
分かれたいという願望はたいしてなかったのだが、この際楽しんでしまおう。そう思っている。
一方両方黒目のゆりは出された朝食に手をつけようとしたのだが、なんだか急におなかがいっぱいになってきて、手を引っ込めた。
あれ？おかしいなあ。なんだか、おなかぱんぱん・・・
ゆりは不思議そうに首をかしげる。「どうしましたか？」
侍女が声をかけた。
「うーん。なんだか食べたくなくなっちゃって」
「あら、どうしたんでしょう。」
「わからない。さっきはおなかすいてたんだけど・・・」
その時、扉がノックする音が聞こえて、アナスターシャが入ってきた。
「おはようございます。母様」
アナスターシャはかわいらしく言ってゆりのひざにのってきた。黄色いかわいいワンピースを着ていた。
「おはよう。アナスターシャ」
ゆりはアナスターシャの髪をなでていった。
「この子ってほんと天使みたいだよねー」
ゆりが思わず言った。目はきらきらしてるし、銀色の髪はさらさらしてて、顔だちもかわいい。背中に白い翼でもあれば、
天使だ。
「ほんとうにかわいらしいですわー」
「本当に」
侍女たちがにこにこして言った。アナスターシャはまだ3歳にはなってはいないが、もう何でもしゃべるし、言葉もたいてい理解
している。向こうの子供よりも成長が早いのかも、とゆりは思った。
「この調子でどんどん成長したら、すぐ大人になっちゃいそうだけどなあ」
ゆりが言った。
「王妃様ったら、大人になるのは５０年も先のことですわ。姫様は、このくらいでしばらくは背丈も止まられると思いますよ」
「そうなの？面白いねえ」
アナスターシャはゆりを見て首をかしげた。
「あれ？」
「ん？」
ゆりが聞く。
「なんかおかしいな」
「何がおかしいの？」
「わかんない。じゃあ父様に会いにいこうっと」
アナスターシャはゆりのひざから下りて、部屋を出て行った。
アナスターシャは、その後王の間にぱっと移動した。ラクシュミはちょうど正装着を着て王の間に来た所だった。「父様！」
アナスターシャがぴょんと飛び上がるとラクシュミが腕にだっこした。
「おはようございます。父様」
「おはよう」
ラクシュミも、娘を腕に抱く時は、さすがに穏やかな表情になっていた。
「いいにお〜い」
アナスターシャはラクシュミの胸に顔を寄せて言った。アナスターシャはしばらくだっこされてラクシュミの匂いを
かいでいた。
「いいなあ。アーもこういうお花の匂いになりたいな」
「そのうち、こういう匂いを発するかもな。お前も」
「そうなの？」
「わからないがな」
ラクシュミはアナスターシャの銀色の髪をなでた。きらきら輝く髪は、自分と同じ色。輝く瞳も。
アナスターシャの潜在能力は、まだラクシュミにもよくわからない。ハザークはラクシュミほどの力はないと
断言していたが、それでも誰もいないよりはましだ。
王として一人一族を守り続けてきた。今は一人ではない。
その思いが、支えにもなっていた。
「ねえ、父様、母様なんか変だったよ」アナスターシャがふいに言い出した。
「変？」
「よくわからないけど、変だった」
「・・・・どっちに会った？」
ラクシュミが聞いた。アナスターシャは、ゆりが二人いることにはとっくに気づいてる。
「黒いお目目の母様。」
「そうか。もう行け」
「はーい」
ラクシュミはアナスターシャを下に下ろした。アナスターシャはそのまま瞬間移動して消えた。
ーフレイ、手が空いたら王の間に来てくれ
ラクシュミが医師のフレイに思念を送り、しばらくしてフレイが現れた。
「おはようございます。王」「ああ。おはよう、実はな」
ラクシュミは、ゆりが二人になってしまったことを話した。フレイはあまりの事にぼんやりした顔をしている。
「どうすれば元に戻る？」フレイは考えるように上を向いたが、やがて首をかしげた。
「そうおっしゃられましても・・・なぜ分かれたかわからないのでは・・・」
「今までこういう事例はあるのか？」
「さあ・・・もちろん御伽話や神話では、いろいろございますが、実際の話としては、わが国にはありませんし。第一、
王妃のように完全に人格が二つある方を見るのも初めてですから・・・とりあえず、王妃にあってみましょう」
「ああ、黒目のゆりは部屋にいると思うが、あっちのゆりは・・・二階の一番左の部屋にいるようだ。行ってくれ」
「かしこまりました」
フレイは消えた。ラクシュミは、思念をかわしてゆりの場所を確かめたのだった。
フレイは、左目が違うゆりにあって話を聞いたが、さっぱり理由がわからなかった。次にフレイは王妃の部屋を訪れて、黒目のゆりにあった。
「おはよう。フレイ」
ゆりは別に変わらない様子でフレイに微笑んだ。
「おはようございます。王妃、ちょっとよろしいですか？」
「いいよー」
フレイはじっくりゆりの様子を上から下まで見たが、別におかしいことはなかった。
「体調はいかがですか？」
「体調？ちょっと気がほしい気分かなあ」
「そうですか。誰かよこしますね。他に、ちょっとどこかおかしい所は」
「他・・別にないけど、頭の中は昨日よりすっきりしてるくらいだし」
「すっきり？」
「うん。昨日はぼんやりしてたけど、いろいろ変なことあって」
「なんですか？変なことって」
フレイに聞かれてゆりはちょっときまずそうな顔をした。まさか気づいたらいつの間にか男と裸でいてさーともいえない。
「ちょっとね。」
「はあ・・・まあ、何かおかしなことがあったら、すぐ呼んでくださいね」
「うん。わかった」
フレイは出て行った。
体はちょっと重いけど・・・頭の中はほんとすっきりしてるなあ。晴れって感じで・・・
侍女がお茶とお菓子を運んでくれて、それを食べていたらミルキダスがやってきた。「王妃、気がほしいって聞いたんですが」
「うん。ありがとう」
ゆりはミルキダスから気をもらうことにした。
一方、左目が黄色と黒のゆりは、部屋に一人いるのも暇なので、こっそり庭園に移動していた。もう一人の自分がこないようにきょろきょろ見回しながら大きな神の石像が並んでいる庭をぶらぶらしていた。女神の像のポーズをまねていたら、
ジュノーがぱっと現れた。
「王妃。おはようございます」
「おはよう。ジュノー」
ゆりはにこやかにいい、ジュノーも微笑んだ。
「私、お昼まで時間があるんです」
ジュノーが意味ありげに言った。
「そうなの？じゃあ、あっち行っちゃう？」
「はい♪」
まさかあっちの自分は朝から別室は使わないだろう、そう思い、こちらのゆりはジュノーと移動した。
ジュノーは普段のゆりは最近は誘ったりはしない。押しまくれば押せない事はないだろうと思うが、なにやら気がとがめるのでこちらのゆりと気楽に引っ付くのがいいのだ。普段は女を抱きたい衝動にそうかられることもないので、ゆりが抱けなくても別に
よかった。興奮しているゆりを見るのが楽しいのだ。
王妃の部屋では、ゆりはミルキダスにひっついていた。ミルキダスは本を開いていて、ゆりに何やら言っている。ゆりは真面目な顔で時々うなずきながら聞いていた。本はバラクの本だった。バラクの策略の本なのだが、ゆりは先を見ながら駒を進めるというのが
苦手で、なかなか策略を立てるということができないのだ。もっぱら大蛇だけがバラクで勝てる相手だ。
「私って頭悪いのかなあ。」
ゆりがぽつりと言った。
「そのようなことないですよ。王妃は素直なだけです」
ミルキダスはちょっと頬を染めて言った。
「ありがとう。」
二人は和やかなムードで話をしていたのだが、しだいに、ゆりの気にちょっとピンクの気が混じってきてミルキダスは驚いた。
その気が、だんだん広がってきている。
「・・・・」
ミルキダスの頬が赤くなった。ミルキダスはこちらのゆりには儀式以外では何もしない仲で、こうやってひっついてる
だけで満足だったのでそ知らぬ顔をしていた。
変化はゆり自身も感じていた。
なんか・・・変な気分になってきた・・・・
体が熱くなってきた。ちょっとむずむずする。
おかしいな。まさか儀式じゃないよね。だって、この前あったばかりだし・・・
ゆりは儀式の事を思い出し、なんだかミルキダスに引っ付いてるのが恥ずかしくなってきた。ミルキダスの顔を見ると、ミルキダスと目が合った。ミルキダスは真っ赤な顔で目をそらした。
その様子がちょっと普通ではない。
「もしかして・・・ピンク入ってる？」ゆりは恐る恐る聞いた。
「え？」
ミルキダスがびっくりしたような顔をした。その様子で、ゆりはやっぱりと悟った。
お・・・おかしいな・・・これって前兆なのかな。それともただミルキダスにときめいてるだけかな・・・ときめいてるっていうか欲情してるけど・・・
ゆりはそろそろと体を離して首をかしげた。「あの・・・私は別に、気にしてませんから・・・」
ミルキダスが真っ赤な顔で言った。
「前兆なのかなあ・・・おかしいな、この前やったばかりなのに・・・」
「はあ・・・」
ミルキダスは頭をかいた。ゆりの気は、先ほどよりピンクの部分が多くなっていた。
その時、ミルキダスは隣の部屋に誰かがいるのに気づいた。気を探ると、ジュノーだった。
ージュノー？ミルキダスは思念を飛ばした。
ーん？なんだ？しばらくして、ジュノーから思念が返ってきた。
ー一体だれといるんだ？
ミルキダスが聞く。誰かといるとは思ったが、だれかはわからなかった。
ー誰かって王妃に決まってるじゃないか。王妃以外とここにいるわけないだろ？
ー・・・？
ミルキダスはゆりを見た。
ゆりは気まずそうに頬を赤く染めている。
ー王妃ならここにいる。ーん？
ーちゃんとここにいる
ー？
別室の方でゆりを抱きしめてジュノーは、ゆりを見て首をかしげた。「どうしたの？」
ゆりは裸になっていたが、ジュノーはズボンははいていた。
「ミルキダスが変なこというんですよ。王妃があっちにいるって」
「ああ、今日はなぜかわかれちゃって、二人いるんだー」
ゆりが気楽に言ってジュノーがぎょっとした。
「どういうことです？それ」
「朝起きたら分かれてたの。それで元に戻れないの」
「えー？大丈夫なんですか？」
「今の所は大丈夫だけど」
ジュノーはミルキダスに思念を飛ばした。ミルキダスは驚いていたが、やがて気になることを言ってきた。「あっちの王妃の気がピンクになってきたっていってますよ。」
「え？」
「向こうの王妃が戸惑ってるって」
「もしかして、私のせい？」
こちらのゆりの気は、結構ピンクになっていた。
ゆりがジュノーから離れて普通になると、向こうのゆりも普通に戻った。
ゆりはラクシュミが別室で昼の休憩を取っているとき、休憩室に行った。そこにはフレイもいた。
「理由わかったのか？」ラクシュミはパンとスープの簡単な食事を食べていた。
「わかんない・・・でももう戻りたいよ。つまんない」
ゆりはラクシュミの横のいすに座った。
一人になっても遊べもしないんじゃどうしようもない。
「昨日何かなかったんですか？変わったこと」フレイが聞いた。
「うーん・・・そういえば、お風呂から出て変わった香油つけてたっけ。あれが原因？」
「香油？」
フレイもラクシュミも首をかしげた。
「香油で分かれるって一体どういうことなんだ？」
「私に聞かれてもわからないよ。」
ゆりがむくれたように頬をふくらませた。
「他にないんですか？王妃」
フレイがさらに聞く。
他に・・・そういえばイシュタールのことがあったけど・・・まさかあれじゃないよね・・・
ゆりははっとラクシュミを見た。ラクシュミは鋭い瞳を向けていた。「・・・・」
「全部話せ。」
「全部って？」
「なにやら言いにくいことがあるんじゃないのか？」
「・・・」
ゆりの顔は微妙に引きつっていたので、すっかりばれていた。
「実は・・・」ゆりが仕方なく白状すると、ラクシュミの眉間にしわがよった。
「何してるんだ。お前そんなことばっかりしてるから、あっちのゆりに邪魔にされたんじゃないのか？」
「邪魔って・・・・そんなにおかしなことでもなかったと思うけど、一緒にいたのイシュタールだったし・・・突然
将軍とかが横にいたらそりゃびっくり仰天だけど」
ゆりが引きつった笑いを浮かべて言うと、さらにラクシュミの眉間のしわが深くなった。
「やだあ、冗談だよ。冗談」
あまりの事にフレイの顔も引きつっていたが、やがて、ゆりの言葉を思い出した。
「そういえば、頭の中がすっきりしたっておっしゃられてましたよ」「え？」
「ほら見ろ、やっぱり邪魔にされたんだ。だから出されたんだ」
ラクシュミがそれしかないとばかりに言った。
「そんなあ・・・私だって結構役に立ってるし・・・今までうまくやってたのに・・・」
「・・・とにかく、元に戻る方法を考えよう。」
ゆりはうなずいた。
その夜、黒目のゆりに眠り香をかがせて深く眠らせて、左目が違うゆりが寄り添ってみたりしたのだが、朝になっても離れたままで、元に戻れなかった。
これはやっぱり香油のせいかも、と香油をぬって夜引っ付いてみたのだが、無理だった。
ラクシュミはため息をついて、ジュノーやミルキダスはゆりを心配して毎日会いに来た。ゆりはもう一人の自分と会わないように昼間は違う部屋にいて、ミラがこっちにきていた。
「もっとぎゅっと抱き合ったらどうなんです？」
とジュノー。
「ぎゅっと抱き合ったよ。前からも後ろからも、でもだめなの」
ゆりが言う。
「体はなんともないんですか？ゆり様」
ミラが聞いた。
「なんともないけど・・・でもつまんないよ。こそこそしなきゃいけないし、遊べないし・・・」
「向こうの王妃はどうなんですか？」
ジュノーがミラに聞いた。
「あちらは普通ですよ。時々おなかがいっぱいになっておかしいなって思うくらいで・・・他はいつもよりも
機嫌がいいくらいで」
「・・・・私そんなに邪魔だったのかな」
ゆりはちょっと悲しそうに言った。
「そんなことないですよ。王妃」
「がんばって戻ってください」
最後にミルキダスがぼそっと言った。
実際、両方黒目のゆりは、最近は記憶もはっきりしてるので、機嫌がよかった。
ああ、よかった。ぼけてなくて・・・朝食べた物も思い出せるし、昨日やったことも思い出せるし・・・イシュタールのことは、やっぱり興奮しすぎてわけわからなくなったのかな。
まあそういうこともあるかもね。
ゆりはそう結論づけた。
その次の日の昼下がり、ゆりが二人に分かれて5日目の事だったのだが、蛇の目のゆりの体に、異変が起きた。体が薄くなってきたのだ。
ゆりはあわてて王の間に移動した。
「王様！」
「ゆり・・・・」
ラクシュミは薄くなっているゆりを見て驚いていすから立ち上がった。ラクシュミの横にはミカエルもいた。
「王様！やだよう。消えたくない！」
ゆりは泣いてラクシュミにすがった。
ゆりの感触も、なんだかぼんやりしていた。
「王妃・・・」ミカエルも悲しげな顔をした。
「助けて王様」
「・・・」
毎晩いろんな方法を試してみたが、結局だめだった。
「私にも、どうすることもできない」
そんな力はラクシュミにはなかった。ゆりはぼろぼろ泣いてラクシュミを見上げた。
ゆりの姿はこの間にもどんどん薄くなってきた。
「王様、愛してる・・」
「ゆり・・・」
「・・・最後にみんなに会いたい」
ゆりが言った。
「アナスターシャをー」
「アナスターシャはいいよ。悲しませたくないから。あっちがいるから大丈夫よ」
「ミカエル、ゆりと親しい男を呼んでくれ」
ラクシュミが悲痛な表情でミカエルに言った。
「どこまで呼びますか？」
そうミカエルが聞いた。
「どこまで？」
「将軍らも？」
「将軍らまでくるのはまずいだろう・・・まあ適当に」
「わかりました。」
やがて40人もの男たちが王の間に集まってきてラクシュミは驚いた。だが、今はそんな事を言ってる場合ではなかった。男達の後ろにはゆりの侍女たちもいた。
「王妃・・・行かないでください・・・」
ミルキダスが泣きながら言った。
「王妃・・・」
ジュノーも泣いていた。フリットやミカエル、イシュタールも、男達は皆悲しみの涙にくれた。
「王妃・・・」
侍女達も泣いている。
「みんなありがとう。さようなら」最後にゆりは微笑んだ。そして、その姿は完全に消えてしまい、その場には服や靴と下着だけが残されていた。
その夜、ラクシュミが寝室に行くと、灯りがついていて、ゆりは起きていた。両方黒目のゆりだ。ラクシュミはベッドに上がり、ゆりを抱きしめた。
「王様。どうしたの？なんだか悲しそうだよ？」
ゆりがラクシュミを見上げて聞いた。
「お前はどこにも行くんじゃないぞ」
ラクシュミはゆりの髪をなでていった。
「どこにもいかないよ。ずっと側にいるよ」
ゆりはそう答えて、しばらく寄り添っていた。
ゆりはなんだか城の中の様子がおかしいな、と思った。ゆりの侍女たちも、なんだか暗かったし、城の中で会う人たちも、どこか悲しげにゆりを見た。番兵たちもだ。ラクシュミの様子もなんだかおかしい。ただアナスターシャだけは明るく元気だった。
庭園を歩いていたゆりは、ぼんやり花壇の所にたたずんでいるミルキダスを発見して近づいた。ミルキダスはゆりの顔を見るなりぼろぼろ泣き出して、ゆりは驚いた。
「どうしたの？」
「すいません。大事な人がいなくなったんです・・・」
「ああ、かわいそうに・・・」
ゆりはミルキダスの背中をさすった。ミルキダスは両手で顔を覆って泣いていた。
一体誰が死んだんだろう・・・
ミルキダスがあまりに悲しそうだったので、だれか亡くなったに違いないとゆりは思った。
その日、北の砦の将軍ヴィクターが王の間で、ため息交じりにラクシュミに聞いた。「本当にもう一人の王妃はいなくなってしまったのですか？」
「ああ」
「ああ・・・もう二度とあの柔らかい唇に触れられないとは・・・」
ヴィクターは悲しそうに言った。
もう一人のゆりがいなくなり１０日ほどたったころ、ゆりの部屋をヴィラが訪れていた。「ねえ、本当に誰も死んでないの？」
ゆりはヴィラに聞いた。
「死んでないですよ」
ヴィラが答える。二人は長椅子で並んで座っていた。ゆりは侍女に聞いたり、ラクシュミに聞いたりしたのだが、だれもいなくなって
いないし、死んでもいないという。
「おかしいなあ。みんななんだか暗いのに」
「気のせいですよ」
そう言ったもののヴィラもちょっと悲しげにゆりを見た。ジュノーはまだ毎晩泣いているようだし、みんな悲しみから抜けていなかった。
困った人だと思ったが、いなくなるとなんて悲しいんだろう・・・今でも、ひょいと現れそうな気がするのに・・・
そうヴィラが思ったとき、ひょいとゆりの左目が黄色と黒に変わってヴィラは驚いた。「王妃・・・」
「あは・・お久しぶり、ヴィラ」
ゆりはちょっと気まずそうに言った。
「な、なんで？死んだんじゃなかったんですか？」
「死んだと思ったんだけど、気づいたら中戻ってた」
「ええ？」
「なんだかあんまり記憶のつじつまが合わなかったんで、ちょっと追い出されただけみたい。防衛本能が働いたのかなあ。
もう大丈夫になったから戻ったみたいだよ。えへ」
「えへって・・・生きていたんならなんですぐ言わないんです！みんな泣いたんですよ？」
ヴィラが引きつった顔で言った。
「だから出ずらくて困ったんじゃない。あんなに男が来たんじゃ絶対王様に怒られるし・・・なんとか怒られずにすむ方法ないかな」
ゆりは頭をかきながら言った。
「そんなもんないですよ！」
ヴィラが大きな声で言った。
「大体なんであんなに一杯男きたんです。あなたみんなとあっち行ったんですか？」
「１０人くらいは手つないだだけだよ。後の２０人は頬にちゅっとキスしたくらいだし、みんな蛇は見せてもらったけど・・・
ああ、蛇はさすったかな」
「・・・・我々の涙を返してください」
ヴィラが震える声で言った。
「ヴィラも泣いた？」
「王にすぐ言います」
「え・・・」
ーゆり・・・すぐこっちに来い！
「うひゃ！」
怒りに満ちたラクシュミからの思念が飛んできて、ゆりは腰を浮かせた。
「せっかく生きていたんだから抱きしめてキスくらいしてくれてもいいのに・・」ゆりがぶつぶつ言うと、ラクシュミがぎろりとにらんだ。
「大体お前はそういう性格だから邪魔にされるんだ！だれかれかまわず手出すんじゃない！」
「だってえ・・・」
「何がだってだ！大体お前は・・・・」
「本当は王様も悲しかったくせに」
「うるさい！しばらく別室の方は使うんじゃないぞ！」
「えー！」
「何がえーだ。えーもあーもあるか！」
「じゃあその分王様が可愛がってくれる？」
「ふざけた事言ってるんじゃない！」
なぜかその日は客が少なくて、ゆりはかなりの長時間ラクシュミにしぼられたのだった。
おしまい