暦は１３の月に変わっていた。今年ももう最後の月になったのだ。月日がたつのは早いものだ、そうゆりは思わずにはいられない。一月２０日ほどしかないからもあるだろうが、とにかく早く感じる。
その日はアヤコから手紙がきていた。アヤコの子供タロウはもうかなり大きくて、アヤコの腰くらいの身長があるそうだ。毎日元気に虎と走り回っているようだ。
お返事を書こうかな、と机に向かって紙にペンをもっていたら、アナスターシャがひょっこりやってきた。「母様、何かお話して」
「いいよー」
そういうと、アナスターシャはゆりのひざにのってきた。
「何がいいかなー」
「面白いの」
「面白いの？アナスターシャの部屋から本もってこようか」
「やだ。違う話がいい」
「じゃあねえ・・・」
ゆりはこっちの話はよく知らないので、向こうの話をすることにした。アナスターシャはきらきらした目をゆりに向けている。
「むかーしむかし、ある所に・・・」
「昔ってどれくらい昔？」
アナスターシャが首をかしげて聞いた。
「えーと・・・一万年くらい前かな」
ゆりは適当に言った。向こうではそんなに昔ではないが、こっちならばそれくらい昔だろう。
「ある所に、おじいさんとおばあさんがすんでいました。」
「何歳くらい？」
「え・・・えーと、ほら、フレイくらいよ。」
「ふーん・・・」
「おじいさんは山へ芝狩りに、おばあさんは川に洗濯にいきました。おばあさんが川で洗濯をしていると、どんぶらこーどんぶらこと
大きな桃が流れてきました。その桃を家に持って帰って割ってみると、あら不思議、中から男の子が産まれてきましたー」
「アーは？アーも桃から出たの？」
「え？違うよ。アナスターシャは母さんが産んだのよ」
「どうやって？」
「どうやってって・・・」
ゆりはちょっと戸惑った。まさかこんなに小さい内からそんな疑問をぶつけられるとは思わなかった。
「なんでその子桃から出たの？」
「さあねえ。とにかく続きね。」
ゆりは桃太郎を話していったのだが、全てにおいて質問責めで、とにかくやりにくい。桃太郎が犬、雉、猿を従えて、という所では、蛇がいないと怒り出し、この世界には猿がいないし、雉がよくわからないというので、桃太郎は犬、虎、蛇を従えて
鬼退治に行く事になってしまった。しかしアナスターシャは鬼がよくわからなかったので、桃太郎は犬、虎、蛇を従えて、
龍退治に行くことになってしまった。想像するだけで、すごい話である。
「こうして龍を退治して、桃太郎は金銀財宝を手におじいさんおばあさんの元に戻ってきましたとさ。めでたしめでたし」かなり長いやりとりの末、ようやく話は終わった。
「アー面白かった」
アナスターシャは満足したように言って、部屋を出て行った。
やれやれ・・・知恵がついてくると子供ってやりにくいわねえ・・・まだ３歳になってないのに・・・
今からこうじゃ先が思いやられるわね。
ゆりは今あったことをアヤコに手紙で書くことにした。
第２２話
午後、アヤコへの手紙を出して城の横手から外に出ると、どこからか楽器の音が聞こえてきた。ゆりはきょろきょろと辺りを見回した。すると、どうもハザークの塔の方から音色が聞こえてきているようだった。塔の
上の方を見上げると、窓が開かれていて、そこから聞こえてくるようだ。
誰が弾いてるのかな？ゆりは興味を引かれてハザークの塔に入って行った。ハザークがいつもいる部屋の階まで階段を上って
行くと、扉の前に黄色いでかい蛇がとぐろを巻いていた。
「こんにちは、ハザーク様」ゆりはしゃがんで蛇に話しかけた。
「今日はめずらしですねえ。こんな所にいるなんて。何してるんですか？」
蛇はちろっと舌を出した。
「今日は輝いてないですねえ。体調悪いんじゃないですか？」
体を見回して言う。
「王妃様、何をしてらっしゃるのですか？」
話しかけられて振り向くと、ハザークの侍女が階段をのぼってきていた。手にはお盆を持っていて、ティーセットのようなものが
乗っていた。
「何って・・・ハザーク様にお話を」
侍女はきょとんとした顔をして、首をかしげた。
「それはただの蛇ですが」
「え？」
ゆりは気まずそうに立ち上がった。
「ほほほ、王妃様ったら面白いお方」
ゆりは真っ赤な顔で頭をかいた。
「どうりで輝いてないと思った・・・」
「ハザーク様に御用ですか？」
「きれいな音色が聞こえてきたから、何かと思って・・・」
「竪琴ですよ。どうぞ」
侍女は扉を開けてゆりをうながした。中に入ると、長椅子に寝そべっているハザークと、椅子に座って竪琴を奏でている
ハザークの侍女がいた。ゆりはいすに座って竪琴を聞いた。とてもきれいな音色だ。竪琴は、ひざに乗せられるくらいの
大きさで弓状に曲がっていた。演奏が終わると、ゆりはぱちぱちと手をたたいた。
「素敵ねー」
「恐れ入ります」
侍女が微笑んだ。もう一人の侍女はお茶を入れている。ゆりは二人を見比べた。どっちも同じ位の白い長い髪で、目も赤く、
顔も一緒だった。胸の谷間が見える白い服も一緒だし、腰の赤い飾りも一緒だった。双子のようにそっくりだ。ゆりには全く違いがわからない。
「こんにちは、ハザーク様」
ゆりがそういうと、ようやくハザークは視線をむけた。
「何か用か？」
「別に用はないですが、まあいいじゃないですか」
「・・・・」
もう何度もハザークにあっていたので、少々にらまれたくらいではひるまなくなっていた。
「それにしても素敵ね。竪琴。もってもいい？」
「どうぞ」
侍女はゆりに竪琴を渡してくれた。持ってみると結構重かった。弓型の木で囲まれていて、２０本ほどの弦がついていた。弦をつまびくと、
ポロンと音がした。
「いいなあ。私もあんなふうに弾いてみたいな」
「王妃様も習われたらいかがですか？」
お茶を入れていた侍女が言った。
「習う・・・私にも弾けるかな？」
「弾けますわよ。練習すれば」
「そうかなあ・・・」
「あんまり似合わないな」
ハザークが何気に突っ込んできたが、ゆりは無視した。
「ラクシュミ様は竪琴がお好きではなかったですか？」
「そうみたいだけどね。時々楽師の人が来るし」
侍女がハザークの元にお茶を持っていくと、ハザークは体を起こしてお茶を受け取った。
「竪琴は王の唯一の趣味だぞ」
ハザークが言った。
「え？趣味？趣味ってほど好きなの？」
「ああ。自分では弾かないが。侍女にもうまいのがいるだろ？数人」
「それは知ってるけど・・・」
ラクシュミは休憩時間、時々侍女に竪琴を弾かせているようだった。
それはゆりも知っている。
「王の侍女に習ったらどうですか？」
ハザークの侍女に言われて、ゆりの顔が引きつった。王の侍女たちに教えを乞うなんて絶対にいやだ。
「それはちょっと、やだな。ハザーク様の優しい侍女さんに教えてもらいたいな・・・」
ゆりは訴えるように侍女の顔を見た。侍女二人は目を合わせて、ゆりを見た。
「ハザーク様のお言葉しだいですわ」
「お願いします。ハザーク様、侍女さんちょっと貸してくださいな」
ハザークに言ってみたが、ハザークは無視してお茶を飲んでいた。
「・・・いけず・・・」
ハザークはちらりとゆりのおなかを見た。
「儀式できたのか？」
「できましたよ。二回。」
「・・・・そうか・・・」
「降りてくる人って・・・だれなんですか？」
女ということはわかるが、正体はよくわからない。
「大昔の力のある女蛇だ。人に変化して男と交わるのが好きだった」
「それがなんで蛇霊神と関係あるんですか？」
「蛇霊神というのは、古の魔力を秘めた蛇が死んで霊となったものだ。蛇霊神は女の淫気が好きなのだ。だから、呼ばれたら
来る。いい巫女になればなるほどいい女蛇が降りるし、一杯蛇が呼べる。」
「儀式の事だとわりと親切なんですね。ハザーク様って」
ゆりはちょっと不思議に思って聞いた。
「お前が巫女として聞いてくるのなら、話さねばならんだろう。昔は我が巫女を選んでた」
「え？そうなんですか？」
「昔は祭事も盛んだった。神官の家系に生まれた娘で、一番いいのを巫女にした。神官の家系も死に絶えて、今はそんなことは
してないが」
「・・・選ぶって、どうやって選んだんですか？」
ゆりはもしやと思って聞いてみた。
「抱いて選んだ。」
はっきり言われてゆりの顔が引きつった。
やっぱり・・・
「我が抱いて、王が抱いて、それで巫女は儀式をしたんだ。」「そんなにしたんじゃ大変ですね。昔の巫女は」
ゆりは思わず同情するように言ってしまった。
「次の日には体は元に戻るはずだが。お前は違うのか？」
「え・・・ああ。そういえば・・・」
儀式の次の日は、髪がのびて肌もきれいになっていることをゆりは思い出した。
「最も儀式はいつでも成功したわけではなかったがな。女蛇ってのはきまぐれだ」
「そうなんですか・・・もういいですよね。儀式やらなくても」
ハザークはもう一度ゆりのおなかを見た。
「やれるのならやった方がいいぞ。その子供は王ほどの力はないからな」
「そうですか・・・」
ゆりはちょっとしょんぼりして部屋を出て行った。
王ほどの力はない。
ちょっとショックだな。強い子供産んであげたいのになあ・・・もしかして、力がそんなにないから出てこないのかな。アナスターシャの時は何度か出てきたのに。
夜、ベッドの上でしょんぼりしていると、ラクシュミがやってきた。「どうしたんだ？暗いぞ？」
「・・・うん、この子なんでアナスターシャみたいに出てこないのかなって思って」
「さあ、アナスターシャは出たがりだっただけじゃないのか？」
「そうなのかな・・」
「出たってどうせお前は見れないじゃないか」
「そうだけどさ・・・」
「確実に男かどうかはわからんが・・・アナスターシャに名前を考えろといわれて、決めたぞ。名前」
「なんて名前？」
ゆりの目が輝いた。
「この子の名前は・・・」
夜中、一人でベッドで寝ていたアナスターシャは、何かの気配を感じて目をぱっと開けた。横を見ると、ぼんやりした白い塊があった。その塊は、小さな赤ん坊のようだった。アナスターシャはにっこり微笑んで、布団をあげた。
「おいでおいで」
そういうと、白い赤ん坊は布団の中に入って顔を出した。
「今日ね、あなたの名前決まったのよ。シスって言うのよ。シスよ」
ー・・・・・ネー・・・おはなし・・・
赤ん坊はじっとアナスターシャを見ていた。「いいよ。今日はね、面白い話してあげるよ。桃太郎っていう男の子が龍退治に行くお話よ」
ーモモ？
「桃っていうのは、果物よ。大きな果物から男の子が産まれたのよ。でもシスは母様から産まれるからね」
ー・・・・？
「むかーしむかし、あるところに・・・」アナスターシャはゆりに聞いた話を、白い赤ん坊にして聞かせた。だが最後は違っていた。龍は桃太郎が退治したのではなく
巨大な蛇が丸呑みしたことになっていた。
「面白かった？」
ーうん・・・
「じゃあもうかえろね。」アナスターシャは赤ん坊をだっこして瞬間移動した。ラクシュミとゆりが眠っているベッドの近くに行くと、赤ん坊は
ぱっと腕の中から消えた。
ラクシュミがアナスターシャの気配に目を覚ました。「どうしたんだ？アナスターシャ」
「なんでもないよ。わたしもここでねようっと」
アナスターシャはラクシュミの横にもぞもぞ入り、そこでぐーぐー眠った。
ーどんぶらこどんぶらこ・・・
「ん？」ゆりは何か聞こえたような気がして目を開けた。
気のせいかな？
そう思って目を閉じた。
子供が夜中に勝手に抜け出ていた事など、ゆりも、ラクシュミも全く気づいていなかった。
次の日、竪琴をどうしても習ってみたかったゆりは、ハザークのところにもう一度頼みに行ったが、すげなく断られた。それでもあきらめきれずに、しつこく１０日ほど通いつめたら、とうとううるさがったハザークが了承して、
１０日に一度ほど、侍女をよこしてくれるようになったのだった。
おしまい
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