第２６話
素敵な王子様ね・・・自分の息子がこんなになるなんてうれしすぎる。
朝方蛇の目の方のゆりはしばらく未来の息子をじっと眺めていた。
髪に触れてみるとさらさらしていた。
何人目なのかな、将来がほーんと楽しみ♪
ゆりは息子に抱きついた。素敵な息子を目の前にしてこんなに未来が待ち遠しいことはない。
ついでにチューもしちゃえ、とゆりはちゅっと息子の頬にキスした。
黒目のゆりが目覚めた時、体はしっかりだっこされていたのでゆりはぎょっと驚いた。顔をあげると黒髪の男がいた。
未来の息子がやってきた。ゆりは夢のような気がしていたが、それは夢ではない。現実に、目の前に自分のまだ産んでもいない息子がいる。奇妙な感じはするが、なんだか妙に感動もする。
ゆりはじーと男の顔を見つめた。
やっぱりいい男だなあ。まつげ長いし・・・・眼球が金色の瞳ってのが不思議だな・・・
でも自分と同じ髪の色ってのはうれしいなあ・・・
しばらく自分の息子にみとれていたら、息子が目を開けた。そしてにっと笑って「おはよう」と言い、ゆりの額にちゅっとキスして体を起こした。
「・・・・」
ゆりは頬を染めて自分のおでこをなでた。
「あー、腹減った。」
ロイは頭をかきながら寝室を出て行き、ミラを見て言った。
「ミラ、おなかすいたよ。ご飯ちょうだい」
「はーい、ただいま」
ミラは上ずった声で言って部屋を出て行った。ゆりが部屋にやってくると、ロイは座ってあくびをしていた。ロイの頭の後ろの方に
は寝癖ができていた。
「かわいい」ゆりは近づいて思わずその寝癖をなでた。
「ねえ、王様を助けに来てくれたんでしょ？」
「一番の目的はそうだよ」
「他にも何かあるの？」
「まあいろいろとね。」
「私・・・あなたのことなんて呼んだらいいの？」
ゆりは、息子の名前を聞かされてはいない。
「まあ、可愛い坊やとでも呼んでくれたらいいですよ」
ロイはにこにこして言った。
「坊やって・・・もう大人じゃない」
「母様にしたら、可愛い息子はいくつになっても坊やじゃないですか」
「そりゃそうかもしれないけど・・・・」
でも坊やって呼ぶのはちょっと・・・
「おールーおいでおいで」ロイが呼んでかがむと、テーブルの下にいたルーが出てきてロイの腕に巻きついた。
そうこうしていたら、食事が運ばれてきた。「今何時ごろ？」
ゆりはミラに聞いた。
「もう２時ですよ」
「結構寝たんだね」
昨晩は一睡もできなかった。ラクシュミに王の間に呼ばれて、ゆりはずっと息子が来るのを待っていたのだ。ラクシュミはいつものように、ロイがすぐ帰ってしまうと思っていたので、ゆりに一目合わせてやろうと呼んだのだった。
パンと豆のスープをむしゃむしゃ食べながらも、ゆりは時折ちらちらと向かいに座っている息子に目を向けていた。少し離れた所にいたミラも、じっと見ている。
「顔みたかったらもっと近くで見てもいいよ」
ロイがミラに言った。蛇のルーはロイの首にぶらさがっている。
「え・・・でも・・・」
「別に減るもんじゃないし、なんならチューでもしてあげようか？」
「え・・・そんな・・・」
ミラの顔は真っ赤になっていた。
「僕は結構猫ちゃん族好きなんですよね。尻尾がかわいいし、」
「おいでよ。ミラ」
ゆりが呼ぶと、ミラは、お言葉に甘えて、とテーブルのほうのいすに座り、じっとロイを見つめた。
「なんだか、黒髪に金色の瞳って、不思議な感じですけど、いいですねえ・・・」
ミラがうっとりして言った。
「うん。なんだか不思議な感じねー」
ゆりも言う。
女二人がじろじろ見ても、ロイは気に留める様子もない。どうも見られることに慣れてるらしい。
「あーごちそうさん」
ロイが食べ終わったころ、部屋の扉がノックされて、ミカエルがやってきた。
ミカエルはロイが持ってきた袋をもっていた。ゆりはミカエルに会うのは久しぶりだったがミカエルの顔は
いつもよりもやつれて見えた。
「ああ、ありがと」
ロイはそれを受け取った。
「うれしいですよ。若君にまたお目にかかれて」
ミカエルもロイを見てうれしそうに言った。
「大掃除までしていただいて」
「掃除？」
ゆりが聞いた。
「ちょっと城の中が汚かったんでね」
ロイが言うと、ゆりは「ん？」と首をかしげたが、それ以上聞かなかった。
「若君は、王妃を助けたという王子とは、また別なんですか？」
どうもその話はしてほしくなさそうだと、ミカエルが話題を変えて聞いた。
「そうだよ。そういえば、母様ってば、あの人が父様の子供産んでくれって説得に来た時に、ミカエルの子供産みたいって言ったらしいね。まじ参ったって言ってたよ。あの人」
「え・・・」
ゆりの顔が固まった。
「父様の子供じゃなくミカエルの子供産んだらどうしようって心配したんだよ。あーよかった。そうならなくて」
ロイがはははと笑った。
ゆりの顔はかなり引きつっていた。ミラの顔も同様である。ミカエルの目は点になっていたが、やがて微笑んだ。
「王妃ってば、そんなに私のことを愛してくださっていたなんて・・・」
「え・・・・っていいうか、もう10年くらいも昔の話じゃない！時効よ、時効！」
ゆりが真っ赤な顔で言った。
確かに昔、そのような事をいったかもしれない。
なんでいまさらそんなことを・・・しかもミカエルの前で！
「母様ってこうやってすぐ真っ赤になる所がかわいいな。ははは」「からかわないでよ！」
「だってかわいいんだもん」
ロイは布の袋の中を探って封筒を出した。
「これ、フレイさんに渡して作ってもらってくれないかな」
ロイはミカエルに封筒を渡した。
「なんですか？」
「疲労回復薬の配合が書いてあるから。これが一番よく効くようだよ」
「そうなんですか・・・それはありがたいですね」
「じゃあ僕は父様にあってこようかな。ミカエルは休んだ方がいいよ」
「はあ、みんなまだがんばってますから」
「僕二ヶ月ほどここにいるけど、父様の力が戻ったら特訓するからね」
ロイがミカエルを見つめて言った。並ぶと、二人ともそう背の高さは変わらなかった。だが、ミカエルの方が年上に見える。
「特訓ですか？それはみんな喜びます」
ミカエルがやつれた顔で微笑んだ。
「だから、ミカエル、今の内に体休めといてね」
ロイはポンとミカエルの肩に手を乗せた。
「え・・・特訓って・・・・私？」
ミカエルがぎょっとして言う。
「当たり前だろ。フリットもイシュタールも、上の方から特訓だよ。僕は王族だからこんなに強いんじゃない
んだよ。何度も死にかけるほど特訓したから強いの」
「死にかけ・・・」
「じゃあ後の二人にも言っといてね。もちろん中級のみんなにも特訓するから」
ロイはそう言って姿を消した。
ミカエルの顔は青ざめていた。
「死にかけ・・・」
「がんばれ〜ミカエル！」
ゆりは笑顔で声援を送った。
ロイは王の間の前まで移動して、中に客がいなかったのでそのままラクシュミの側に移動した。だいぶ楽になったのか、長椅子はなくなり、ラクシュミはいすに座っていた。
「大丈夫ですか？」
「ああ。おかげでかなり楽だ。王になって、これだけ力を抑えられたのは初めてだ」
昨日よりも、かなりラクシュミの表情も穏やかになっていた。
「父様は一人でえらいですよ。表彰状あげたいぐらいです」
「・・・お前はいつごろ産まれるんだ？」
「そのうちに産まれますよ。父様が子作りがんばってくだされば」
「・・・最初にお前と一緒に現れた女はアナスターシャだろう？」
ラクシュミはロイの言葉は無視して聞いた。
「そうですよ。ですが、アー姉様も、結界作れる事は作れるんですが、そっちの力はあんまりないですからね。過度な期待は
しない方がいいですよ」
「そうなのか・・・だが、未来の私はかなり楽なんじゃないのか？お前達のおかげで」
「え？今から楽隠居考えてるんですか？気が早いなあ。」
ロイが笑っていった。
「だが楽なんだろ？」
そうと言えとばかりにラクシュミが聞いた。
「まあ、今よりは楽でしょうけど・・・楽しみにしててくださいよ。じゃあ僕また外出てきますね」
「ああ」
ロイは消えた。
奇妙な感じだ・・・自分の息子・・・なのだろうが・・・自分の息子と面と向かって話しているというのは不思議だ。まだ産まれてもいないのに・・・
結界は作れないにしても、強い息子がいるってのはうれしい気分だな・・・あれで結界が作れればいいのに・・・・
まあしょうがないか・・・
ラクシュミ自身は、大きな戦いの最中敵の攻撃魔法を食い止めたりといったことはできるのだが、剣を振るったりといったことはできない。一対一で戦う訓練は幼いころから全くしなかった。他に結界を作れるものがだれもいなかったせいだが、
ロイはそういう力がなかったからこそ、戦士として小さなころから鍛え上げられたのだろう。
一晩で60人も葬るとは・・・あの穏やかな笑顔からは全く想像できない。
だが、大きな戦いの時のロイの顔つきはまるっきり別人だったが・・・
ラクシュミがぼんやりしていたら、番兵がさっと寄ってきた。
「あの・・・一族の女性方がいらしてますが・・・・どうしましょうか」「ん？何の用でだ？」
「それは・・・・若君の噂はすっかり国中に流れてますから・・・なんだか号外まで出てますし・・」
「号外？いつの間に誰が書いたんだ。そんなもの」
「さあ・・・」
「・・・会いたくないな」
「ですが、かなり怖い状況なんですが・・・」
「しょうがないな・・・」
王の間の扉を開けると、どっと女達がなだれ込んできて、そのあまりの多さにラクシュミは驚いた。王の間はほとんど女達で埋まっていた。大人になっていない少女たちまでいた。
「王！王子様は！？」
「お、王子様はどこです！？」
女達の目が怖かった。なぜかみんなひらひらしたドレスを着ていた。顔はばっちり化粧している。
「どっか行った。戦士たちの応援に行ったんじゃないのか？」
ラクシュミが押されぎみに言った。
「お顔を見たいんですう」
「お願いです。王！私達に合わせてください！」
「お願いですう！」
「お前達、何考えてるんだ。あいつはこっちにはずっといないんだぞ。そのうち帰るんだ。当然交わりの月も関係ないんだぞ」
「そんな事わかってます！」
女達が声をそろえて言った。
「ただ、間に合うかどうか知りたいだけです」
「・・・・」
目が血走っている・・・
「皆様、王はお疲れなんですから・・・その辺で・・・」番兵がおずおずと言った。
だが女たちは番兵の言葉を無視して、ラクシュミをじっと見ている。普段はこんな事は絶対にないのだが、ラクシュミの力のある
息子が現れたとなれば、女達も会いたくてしょうがないのだ。
「わかった。そのうちにあわせてやるから、あんまり騒ぐんじゃないぞ」ラクシュミがそういうと、女たちは「はーい」と言って出て行った。中には10歳くらいの女の子たちもいた。
「私達は完璧間に合うわよねー」
「よかった。若くて。王子様の恋人って素敵♪」
女の子たちはそう言っていた。
「・・・・」ラクシュミはしばらくあっけに取られていた。
ロイは北の砦に再び移動していた。四方に大きな砦があるが、やはり龍の国に一番近い北の方に敵は大勢現れる。
街に潜んでいる者もいれば、森の中に潜んでいるものもいる。力がある程度強い者は見つけやすいのだが、力が弱い雑魚の方が見つけにくいのだ。力が弱くても、吹き矢を使うこともできるし、井戸に毒をまくことだってできる。
砦の中に移動すると、中にヴィクターのほかにナザニエル将軍もいた。ナザニエルはロイを見るなり目を輝かせてロイに抱きついた。「王子！会いたかったです！」
「僕も会いたかったよ。でも、どうせなら女の子に抱きついてもらう方がいいんだけど・・・」
「そうですか。すいません」
ナザニエルは目に浮かんだ涙をふいた。
「南の方はどうですか？」
「いつもよりは忙しいですが、北ほどではないですよ。南の方はイシュタールに任せました。ヴィクターの代わりに私が今からこっち
いますから」
「お二人とも休まれてくださいよ。僕、明日の朝まで北の方いますから」
「ですが・・・王子にそのような・・・」
「いいからいいから。お二人ともだいぶ気力が減ってますよ。ちゃんと屋敷のベッドで休んで回復させてください。お願いしますよ」
「王子・・・」
二人とも泣き出したのでロイの顔がちょっと引きつった。
「さあ、早く行ってください。ちゃんと休んでくださいよ？」
「わかりました。」
「ではありがたく休ませてもらいます」
二人は去って行った。
さて、どうしようかな。僕が全部片付けるんじゃ面白くないし・・・
ロイはいすに座って足を組み、北の地方全体に意識を飛ばした。結界を作る力はあまりないものの、ラクシュミのように意識を飛ばして敵の位置を探るという力はあった。遠くの映像を見ることもできる。
昨日結構片付けたからそんなにはいないな・・・
お・・・フリットがだれか追ってるな・・・だが見失った・・・
フリットは森から北西の街に入った所で敵を見失っていた。通りはいつもよりは人通りが少なかったが、それでも馬車は走り、市場は開かれていて、人々は行きかっていた。フリットは石畳の大通りを伺いながら歩いている。だが、街の中で完全に敵を
見失っていた。
ーフリット・・・近くに宿屋があるだろう。ロイが思念を送るとフリットがはっとした顔をした。
ー若君？
ーフリットが立っている場所から左の宿屋は普通だけど、右の宿屋はちょっとおかしいな。そこ調べてごらん。
ーはい
フリットは宿屋をちらりと見た。石造りの2階建ての建物。看板には宿屋の文字があった。木でできた扉の所に
満室の札がかけてあった。左の宿屋には、その札はない。フリットはもう一度右の宿屋を見た。あやしい気配は
感じられなかった。だが確かに疑問はある。今はあちこちで敵との争いがおこっている。こんな噂を聞いたら、
商人も旅人も、国には入ってこないはずだ。実際北の国境では、入る旅人さえ制限しているくらいだった。
といっても、街から街を移動している商人だっていることはいる。
まあそれだけではなんともいえないが・・・
フリットは宿屋の扉を開けた。中では若い女が床にモップをかけて掃除していた。「これは、フリット様」
女がフリットを見て驚いた顔をした。
「やあ」
フリットは言った瞬間、宿屋の外に誰かが現れたのを感じてすぐさま瞬間移動した。
宿屋の屋根の上に、しわくちゃの顔の背の低い男が浮いていた。男の顔はひどく青ざめている。フリットはすぐに剣を抜いて男の首を
落とした。男の首も体も、地面にどさりと落ちて、通りを歩いていた者たちから悲鳴があがった。
ロイは一時的に宿屋の周りだけ結界を張っていた。だから、一族の者でもないその男は、瞬間移動ですぐに遠くに逃げることができなかったのだ。ロイは大きな結界を長時間はることはできないのだが、ほんの一時小さな建物の周りに結界をはる、
くらいの力はあった。
ーフリット、宿屋にいる者は全員殺すんだ。ーわかりました。
フリットは、宿屋の中に入り、一階で掃除をしていた若い女も、泊まっていた客も、全て殺した。部屋は全部で６つあったが、４つの部屋に一人づつ男がいた。旅人風の男が二人、商人風の男が二人だった。
全員一族の男ではなかった。
男たちは助けてくれ、という間もなく、フリットの剣で殺されていた。剣を振るうフリットに全く躊躇はなかった。
王族の命令には絶対という意識があった。
やがて、街にいた警備の戦士が宿屋に入ってきた。「フリット様！一体どうしたんですか？」
戦士は一階でまず女の死体を見てぎょっとして2階にあがってきた。宿屋の周りには人だかりができていた。
「これはもしや・・・」
フリットは窓にかけてあるカーテンを手にとった。「？」
戦士も近づいてカーテンを見る。それは紺色のカーテンで、かなり分厚い生地でできていた。
見たところ、普通のカーテンのようだったが窓の大きさよりはかなりカーテンはでかかった。不自然なほどに。
フリットはカーテンをひっぺがして戦士の上にすっぽりかけた。
「？」
戦士はわけもわからずにされるがままだった。
「ち・・・やはりそうか。これは気の気配を遮断する布だ。部屋ですっぽりこれをかぶっていれば、気配も察知されない。」
「え？といいますと？」
「ここは敵が経営していたわけだ。自分達が隠れるために」
「えー！？そうなんですか？」
「こんな通りに面した所に堂々と・・・」
そういえば・・・この街で敵の姿を見失った事が、何度かあったな。
フリットはそのことを思い出していた。
人ごみにまぎれてわかりにくくなっていたせいだと思っていたが・・・ここに隠れていただけだったのか。全く気づかないとは・・・
フリットは宿屋の横の雑貨屋の親父に、あのカーテンはいつごろからかかっているのか聞いてみた。「10年も前からかかってましたよ。宿屋の娘が来た時からありましたよ。多分」
「そんなに前からか・・・」
フリットはため息をついた。
「フリット様、あのカーテン、南の街の方でも見たことあるような気がするんですが・・・」戦士が思い出すように言い、フリットはすぐに国中に散らばっている中級戦士たちに思念を飛ばしたのだった。
次はっと・・・ロイは別の方向に意識を飛ばしていた。
ージュメ、３歩後ろくらいに敵がくるよ。５秒でくるよ、１，２，３，４，５！
北東の森にいたジュメは振り向くと同時に攻撃していた。敵の首にぐっさりと短刀が刺さっていた。
ーお見事♪ー若君・・・？
ーなかなか反応がいいね。さすがだよ。
ジュメの頬がちょっとピンクに染まった。
ロイはこんな調子でいろいろ戦士たちに指示を与えて行った。
夕方、ロイの元に女戦士が夕食を運んでくれた。「ありがとう」
ロイが女戦士の顔を見て言うと、女戦士の頬は紅色に染まっていた。普段男に心ときめく事は少ないのだが、相手は
王族となると話はまるっきり別だ。
ーみんなも適当に休みなよ。敵はもうそんなにいないからね
ロイは思念を飛ばした。
「あの、お酒はどのくらい用意しましょうか？」「5本くらい置いておいてくれる？」
「はい」
女戦士は部屋を出て行った。そしてお酒を置いて、叉出て行った。
ロイは食事を平らげて、酒を２本もって移動した。そこは戦士たちの休憩場で、食堂もかねていた。戦士たちは
現れたロイに目を向けた。
「やあ、お疲れ様」
ロイは下級戦士たちの横に座った。みんな不思議そうにじーとロイを見ている。
ロイがにっと笑った。
「まあまあ、恐縮しないで。気楽にいこうよ。気楽に」
ロイは酒のコルクを抜いてそのまま口に瓶を持っていった。
しばらくしてフリットがその場に来た時には、なにやら和気藹々とした楽しそうな雰囲気が漂っていた。「やあ、お疲れ様」
ロイはフリットの顔を見て言った。
「若君・・・」
フリットは楽しそうな戦士達の顔を見た。普段、下級戦士たちは、ラクシュミの姿を気軽に見ることさえできはしない。ミカエルやフリットは頻繁に王の間を訪れていたが、誰しもそうできるわけではなかった。
王族なのにあんなに気軽にみんなに溶け込んで・・・
なんだか不思議な人だ・・・・力が強いだけではなく不思議な魅力を持っている。
フリットはそう感じた。
「今ちょうどフリットのこと話してたんだよ。あっちではフリットがハゲに悩んでるってこと」「え・・・」
フリットの顔が引きつった。
「ははは、冗談だよ。冗談。」
「わ・・・若君・・・」
「冗談だよう。向こうでもフリットの髪はきれいだよ。ただカツラの疑いが・・・」
フリットの右手に何気に青白い蛇が巻きついて、ロイはぎょっとした。
「うわ、まじ怒ってる？お茶目な冗談なのに！」
「どこがお茶目なんですか！」
ロイは部屋のすみに逃げていた。
「待ちなさい！」
フリットの右手の蛇が飛んでロイはひょいとそれを受け止めた。それは冷たい冷気の蛇だった。
「あーひゃっこい」
「おしりぺんぺんしてやる！」
「この年でおしりぺんぺんは勘弁・・・それじゃお仕事に戻ろうっと」
ロイはぱっと消えた。
「全く・・・」
戦士たちが顔をあわせて何かぼそりとつぶやいたので、フリットがぎろりとにらんだ。
前言撤回。ただのお調子者王子だ。あの人は・・・
フリットは渋い顔で食事を食べたのだった。
ロイはその夜は城には帰ってこなかった。ゆりは王の寝室に行ってみた。ラクシュミは寝室にいた。「王様、少しいてもいい？」
「ああいいぞ」
ラクシュミが快く言ってくれたので、ゆりはベッドに上がった。
「体大丈夫？」
「ああ。」
ラクシュミは先ほど二つ目の結界石を使ったのだった。
「あの子どこにいるの？」
「北の砦で楽しくやってるそうだぞ」
「そうなんだ・・・・」
「さびしいんだろ」
「そうだけど・・・アナスターシャもお兄様に遊んでもらいたいっていってた」
「お兄様か・・・」
ラクシュミがおかしそうに言った。
「あの子いつ産まれるのかな」
「さあな」
「楽しみだなあ。シスも楽しみだよ。もちろん」
ゆりは自分のおなかをなでた。しばらく男にくっついてはないが、ペタペタ要求はなかった。周りが大変だと気づいているの
だろうか。ラクシュミはゆりに近づいて、ゆりのおなかをなでた。
「シスがあの子じゃないよね。」
「違う。シスのことを兄だといってたろ」
「うん」
ラクシュミはゆりの体を抱き寄せた。
「今日はここで寝てもいいぞ」
「でも・・・」
「べったり朝までひっつかないのならいい」
「うん・・」
ゆりは久しぶりに王の寝室で眠った。
夜中、北の砦にまだロイはいたのだが、
ーフリット、もう屋敷に寝に帰っていいよ。寝不足は髪に悪いから
ー・・・・生まれてから覚えてらっしゃい・・・
ーそういえば・・・僕一番フリットにおしりたたかれたなあ。あれってこういう恨みだったのかな？今始めて気づいたよ。全くフリットってば執念深いんだから
ー王子！！
ー冗談なのに・・・僕の冗談はこっちじゃあまりうけないなあ
ーうけるわけないでしょ！
などと思念を飛ばしてまたフリットの怒りをかっていた。
つづく