第27話
昼食を食べ終わり、ゆりはアナスターシャをだっこして寝室にいた。二人でじーっとベッドで眠る黒髪の男を見下ろしていた。15日の夜に男が現れて、今日は20日。男は昼ごろに起きては出かけていき、ゆりが起きる時刻くらいに部屋に戻ってきてはゆりの
ベッドで寝る毎日だった。ゆりも、未来の息子とは息子が起きて食事をする時に少しだけ会話をするだけだったし、アナスターシャ
は毎日ちょっと挨拶して頭をなでられる程度だった。アナスターシャはちょっとつまんなそうにじーと男を見下ろしている。
ゆりは寝室を離れて、自分の部屋でアナスターシャを下ろした。「つまんないなー」
アナスターシャは口を尖らせていた。自分と同じ血が流れてるってことはなんとなくわかるのか、突然現れたお兄様に遊んでもらい
たくて仕方ないようだった。
「しょうがないね。お兄様はお仕事できたんだから」
「んー」
アナスターシャはべたっとゆりのおなかに抱きついた。
「シスも遊んでもらいたいよね」
「だめよ。シスにそんな事教えちゃ。母様が遊んであげるから」
「だって。母様飛べないんだもん」
「・・・そっか、そういう遊びがしたいわけね」
「うん。」
アナスターシャは時々、瞬間移動で戦士らと追いかけっこをして遊んでいる。まだ結界の中だけだが、しばらく忙しかったので、
アナスターシャもしばらく部屋でおとなしくしていたのだ。
「お父様が元気になったら、また誰か遊んでくれるからね」「ぶー」
ゆりはアナスターシャの頭をなでた。
そうしていたら寝室の方から大きなあくびをしながらロイがやってきた。
「おはよう」
ゆりがロイの顔を見て言った。
「おはよ〜あーよく寝た」
ロイの頭の後ろにはまた寝癖がついていた。部屋にいた侍女が食事の用意のために出て行った。
「ねーねーお兄様、アーと遊んでほしいなー」アナスターシャがロイの腕を引っ張って言った。
「んー？」
ロイはひょいとアナスターシャを抱き上げた。
「だめよ。アナスターシャわがまま言ったら」
ゆりがたしなめるように言う。
「だってえ・・・・」
アナスターシャがしょんぼりした顔でロイを見た。ロイが微笑んだ。
「いいよ。外はだいぶ落ち着いたから、今日は遊んであげるよ」
「本当？」
アナスターシャの顔がぱっと輝いた。
「本当だよ。外に連れて行ってあげるよ。母様も」
「え？」
「お外？お外？わーい！」
アナスターシャはロイの腕から飛び降りて、うれしそうに飛び跳ねた。アナスターシャは幼いころは自分で勝手に結界の外に出て
しまったことはあったが、今では、外に出てはいない。
「でも・・・王様の許可得ないと・・・」
「大丈夫大丈夫。じゃあご飯食べて仕度するまでまっててね」
「うん。アーもお仕度する！」
アナスターシャはうれしそうに出て行った。やがて食事が運ばれてきた。ロイは座ってそれを食べている。
鳥肉を焼いたものとスープ、パンがお盆にのっていた。
ゆりはロイの前に座った。
「本当に大丈夫？王様いいって言うかな」
ゆりはちょっと不安そうに聞いた。あんなに喜んでいるのだ。ぬか喜びに終わったらかわいそうだ。
「大丈夫だよ。僕は最強戦士なんだよ。僕が一緒で危ないことなんてあるわけないんだよ？」
「はあ・・・」
ゆりには、ロイの強さ、などよくわかっていない。戦士たちが戦う所をみたこともないし、どのように戦っているのかも知らない。二回の大きな戦いにロイが現れて、みんなと一緒に戦った、ゆりはその事は聞かされていたが、実際に戦う所を見てもいない。
「あなたって、どうやって戦うの？あの剣？」「どのようにも戦えるよ。剣でも戦うし、魔法みたいなものも使えるし」
「魔法？すごい。みたいな」
「後で面白いもの見せてあげるよ」
ロイはにこっと笑って言った。
「でも・・・王様だめって言ったら・・・」「今聞いたよ。好きにしろってさ」
「本当？」
「本当だよ。」
ロイは食事を全て平らげて大きく伸びをした。
「眠いからちょっと水かぶってくるよ。母様はここで待っててね」
「はーい」
ロイは顔を左右に動かして消えた。
本当に王様いいって言ったのかな・・・・嘘はつかないだろうけど・・・
アナスターシャが部屋に入ってきた。かわいいピンクのドレスを着ている。胸元にピンクのリボンがついている。「あらら、かわいいね」
「母様はこういうの着ないの？」
「私はいいよ。このままで」
「お外久しぶり、楽しみだなー」
アナスターシャはうきうきだった。しばらくしてロイが帰ってきた。寝癖もなおっている。服も違っていた。まるで普通の街の男
のようにズボンと白いシャツに茶色い上着だけのくだけた格好をしていた。あんまり王子様らしくない。
「じゃあ行こうか」ロイは剣だけはおいてベルトを締めた。
「どこに行くの？」
ゆりが聞いた。
「そうだね。まずは、街行こうよ。母様好きだろ？」
「・・・好きだけど・・・」
「夕方には帰るからね」
ロイは部屋にいた侍女にいい、ロイはアナスターシャをダッコしてゆりの腰に左腕を回した。
「行ってきま〜す」
着いたところはもう街の中だったので、ゆりは驚いた。前に瞬間移動で連れてきてもらった時は、何度か移動を繰り返して来た気がする。
石畳の大通り、周りにいた街の人たちがぎょっと3人を見た。というかゆりは抜かしてロイとアナスターシャを見ていた。完全な銀色の髪も、金色の輝く瞳も、王族だけのものだと皆知っている。
「おもちゃ、おもちゃ！」
アナスターシャは目を輝かせていった。
「おもちゃね。ほら、あそこおもちゃありそうだよ」
ロイはゆりの手を握り締めて歩いていった。アナスターシャはぴょんと飛び降りて店先に大きな木でできた女の子の人形がある
店に入って行った。大きなガラスの向こうに、木でできた積み木や、木馬、蛇のおもちゃなどがおいてあった。この店は木製おもちゃ
のお店らしい。
アナスターシャはうれしそうにいろんなおもちゃを見ていたが、店の周りはえらい人だかりができていて、ゆりはそっちが気になって
しょうがない。
「あーこれ、アーの部屋にあるのと一緒だ」
アナスターシャはいろんな色の積み木を見て言った。店の主人はアナスターシャを見て目を白黒させている。
「でももう、アーは積み木では遊ばないけど」
「木でできたパズルがあるよ」
ロイが横にあるパズルを見て言った。並べられた木には大きな絵が描かれていて、木を並べて絵を作るようになっているようだ。
立体的な組み立て式パズルのようなものもあった。
「ひ、姫君！わっ王妃まで！」人ごみに驚いて店に入ってきたのはジュノーだった。
ゆりは木でできた蛇をもったままジュノーを見た。
「あら、ジュノー」
そしてのんきに言った。
「遊びにきたのー」
アナスターシャがうれしそうに言った。
「遊びにって・・・」
そんな通達は全く出ていなかったのでジュノーは驚いていた。
ージュノー。通りの向こうに敵がいるよ
ジュノーはロイからの思念にはっと移動した。店の周りには人だかりができているので向こうは見えない。通りの向こうには、黒いフードを頭にかぶり、青ざめた顔で突っ立っている男がいた。ロイが足止めしていたのだった。
ジュノーはその男の腕に触れて移動した。
「どれにするか決めた？」ロイはそ知らぬ顔でアナスターシャに笑顔で話しかけていた。
「これかわいいよ」
ゆりは木でできた大きな蛇が気に入って、それをアナスターシャに見せた。いくつもの節があって、回るようになっている。
「エー、蛇は本物一杯いるもん」「そうだけど・・・かわいいのに」
アナスターシャに全然うけなかったので、ゆりはちょっとしょんぼりして言った。
「母様自分に買えばいいじゃない」
ロイが笑っていった。
「んじゃそうしよっと」
「アーはパズル。」
「そう。じゃあそこの全部買おうよ。すいません、後で城に届けてください」
ロイは店の主人に言っていた。
「全部買うの？」
棚の上には20個くらいのいろんなパズルがある。
「王女様なんだからいいんだよねー」
「ねー」
とアナスターシャ。
「パズルと、この蛇ね」
ロイはゆりの手から木でできた蛇をもらって主人に渡した。
「わ、わかりました」
「それじゃ何か食べに行こう」
ロイは二人に触れて移動し、店の主人は蛇をもったまま、しばらくぼんやりしていた。
ゆりはかわいい喫茶店のようなところに連れて行ってもらって、アナスターシャと一緒にクリームが一杯のったケーキを食べた。ロイは飲み物だけ飲んでいる。アナスターシャがとてもうれしそうで、ゆりもうれしかった。こんな風にアナスターシャとおでかけ
できたのもうれしい。
「よかったねえ。アナスターシャ」ゆりが言うと、アナスターシャがうんとうなずいた。その後、いろいろ店を眺めて、ゆりは屋台で串に刺さった鶏肉を食べた
りした。その間にも人ごみにまぎれて怪しい者がいれば、ロイが指示を出し、戦士が連れ去っている。
「じゃあ景色のきれいな所いこうか」適当に通りを歩いた後、ロイは二人を連れて移動した。そこはお花畑が広がっていた。ピンク色や黄色の、背が低い花が一杯
咲いている。
「わーきれいねー」
「ここどこ？」
ゆりは回りを見回して聞いた。崖のくぼみのようなところだった。周りは茶色い土の高い崖に囲まれていて、上には木々が見える。
崖の谷間のお花畑といった感じだ。そんなに広くはないが、子供が走り回るのにちょうどいい大きさだった。
「さっきの街の南にある森の中だよ。ここちょっと穴場なんだよ」
「へー」
「蛇ちゃん、あそぼー」
アナスターシャはお花畑に大きな蛇を見つけて近づいて行った。それは５メートルほどの緑の大蛇だった。
「あ、そうだ。面白いもの今から見せてあげるよ」
ロイはその蛇に近づいていった。
「アナスターシャ姉様ちょっとどいてて」
ロイは、大蛇からアナスターシャをどかせて、蛇を見下ろした。
ゆりも近づいて行った。ロイは蛇を見下ろしてなにやら言っていた。言っている言葉は、ゆりにも、アナスターシャにも
理解できなかった。ロイはひょいと右手を上にあげた。すると、蛇は顔をひょいと上にあげ、顔を後ろにそらせた。
そして、ゆりが気づいた時には、そこには人がいた。
「え・・・ええー！？」
ゆりは驚いて目を見開いた。アナスターシャもびっくりして体を後ろにそらせている。その人はひざをついていたのだが、やがて
立ち上がった。そこには先ほどの大蛇はいない。
細身でかなり背の高い男だった。ロイよりも高い。緑の簡素な服を着ていたが、その肌には、薄く、びっしりと緑の蛇の模様が
あった。瞳は黄色で、黒い縦線があった。髪は緑色の短い髪だ。姿は人の形をしているが、目は異様に大きいし、顔にあまり
表情らしきものがなく、奇妙この上ない。
「すごーい。蛇が人になった！」
ゆりよりも先に、アナスターシャが声をあげた。
「すごいだろー蛇ちゃんに遊んでもらいな」
「うん」
蛇ちゃんと呼ばれた男はアナスターシャをひょいと持ち上げて、自分の肩に乗せた。アナスターシャは奇妙な男に恐れることもない。
ゆりはまだぽかんとしている。
「変身？変身させたの？」「そうだよ。魔法だよ。魔法」
「魔法・・・」
ゆりはほえーと男を見た。男は今度はアナスターシャの両手をひっぱってぐるぐる回っている。
アナスターシャはきゃははと笑いながら回されていた。
「すごい・・・みんな変えれるの？ルーも？」
「大蛇だけだよ。変えれるのは。一時だけだけどね。子供の遊び相手にちょうどいいんだよ」
ロイはその場に腰を下ろした。ゆりも横に座った。
「王様もそういうことできるの？」「父様ならやろうと思えばできるだろうけど、気の力も使うからやらないだろうね。父様は大変だからね」
「そうなんだ・・・すごいね。あなたって」
「そんなことないよ。父様の方がすごいよ」
「うん・・・王様もすごい・・・」
未来の王様・・・子供らに囲まれて幸せにしてるのかな・・・
ゆりは未来に思いをはせた。
大きくなったアナスターシャにシス、そしてこの子・・・今よりはかなり楽になってるのかな。
「あなたの時代の王様元気？」「元気だよ」
「私も？もうおばさんになってる？」
「母様はいつでも若いよ。あっちでももてもてだよ」
「えー？」
ゆりはおかしくなって笑った。
「私、王様と仲良くやってる？」
「・・・さあ、どうかな」
ロイはちょっと意地悪げに言った。ゆりが唇を尖らせた。
「意地悪・・・」
「ふふふ・・・」
その時、ゆりの左目がぱっと黄色と黒に変わった。ゆりが微笑むと、ロイも微笑んだ。
蛇目のゆりはロイの髪をなでた。
「良い男、交わりの月、大変でしょ？」
ゆりはにっと笑って聞いた。
「僕はそうでもないよ。女の子好きだし、シス兄様は毎年女たちから逃げまくってるけどね」
「あらら」
ゆりはおかしそうに笑った。
「楽しそうね」
「まあ、母さんたちががんばった結果だよ。まだまだいろいろ頑張ってもらわなきゃならないけど」
「いろいろ？子作り以外に？」
「いろいろと。」
「意味深ねー」
ゆりがアナスターシャを見ると、アナスターシャはしゃがみこんで、花で何か作っていた。蛇が変化した男が、花を摘んで
アナスターシャに渡している。男の姿は奇妙だったが和やかな光景だった。
「ダレル・ラオル・イー・ミ・ラヴィデス」ロイがぼそっと何か言った。
「なんて言ったの？」
ゆりが聞いた。
「愛しき者のために強くなろう。僕らの合言葉ですよ」
ロイは微笑んで言った。ゆりは微笑んでロイの手を握り締めた。
その後、ゆりの左目は黒目に戻り、アナスターシャはお花で作った輪っかを頭に乗せた。「じゃあそろそろ帰ろうか」
ロイが立ち上がり言った。
「蛇ちゃんも行く」
アナスターシャは男の手を握り締めていった。
「蛇ちゃんはずっとこのままじゃいられないんだよ？夕方には元の蛇に戻るんだよ」
ロイが言うと、アナスターシャはそれでもいいと言って聞かなかった。
「どうする？来るかい？」
ロイが男に聞くと、男が無表情のままうなずいた。
「じゃあ行こう」
ロイはみんなに触れて、移動した。
突然部屋の中に4人現れたので、ゆりの侍女たちはぎょっと驚き、背が高い男を見て不思議そうに首をひねった。「蛇ちゃん、アーの部屋いこ」
アナスターシャは男の手を握り締めたまま、部屋を出て行った。
「ありがとう。とても楽しかったわ」
ゆりはロイにお礼を言った。
「いえいえ。どういたしまして。上の二人がある程度大きくなったら、母様も、外に連れていってもらえるようになるからね」
「楽しみね」
ゆりは自分のおなかをなでた。
アナスターシャと一緒に部屋に入ってきた男に、アナスターシャの侍女たちもぎょっとした。肌にびっしりと蛇の模様がある男なんて、見たことがなかったのだ。アナスターシャは男のひざに乗り、楽しそうに今日あったことを侍女に話して聞かせた。
そのうちに男は大蛇の姿に戻ってしまったが、アナスターシャに気をつかったのかしばらくその部屋にとどまっていた。
空が闇に覆われたころ、ロイはハザークの塔を訪れていた。白い髪の侍女は、ロイを部屋に入れた。
「こんばんは。ハザーク様、一緒に酒でも飲みませんか？」ロイは長椅子に寝そべっていたハザークに言った。部屋の中は灯りが灯されている。
侍女たちが酒瓶をテーブルに並べていった。ハザークはテーブルの方の椅子に座ったものの、微笑んでいるロイとは対照的に、冷たい瞳でロイを見ていた。
「どうもありがと。お姉さん」
ロイは侍女から陶器の杯を受け取り、酒瓶のコルクをはずして酒をついでハザークの前においた。そして自分の分を注いだ。
「それでは乾杯」
ロイは置かれたままのハザークの杯に軽く杯を合わせて酒を飲んだ。
「・・・お前、相当蛇入れただろ」
ハザークがぼそりとつぶやくように言った。
「蛇？蛇霊神のことですか？一杯入ったみたいですね。僕はおなかにいたからよく知らないけど」
「お前の気は奇妙だ。王の血以上の力が入っているな。いろいろと」
「いろいろと？それは自分の力も含まれてるんですか？」
ロイがにっと笑っていうと、ハザークは眉をひそめた。
「お父様、僕欲しい物があるんですよ」ロイはハザークを見つめて言った。
「・・・・」
「前回脱皮した時の皮、ください」
ハザークは無言だった。
「お願いしますよ。パパ」
「・・・・なんだそれは」
「パパって言うのは、お父様のくだけた言い方ですよ。向こうでは、僕とハザーク様は、『パパ、おお可愛い息子よ♪』と呼び合う仲です」
「・・・・」
ハザークはしらけた顔をしていた。
「それは嘘だ」
「なぜです？僕は可愛いじゃないですか」
「・・・」
ハザークは、ロイのテンションに全くついていけなかった。
「・・・というわけで、皮くださいよ」
「いやだ」
「なぜです。自分で持ってても使い道ないでしょう」
「・・・お前の言葉が本当ならば、皮は未来の我からもらえばいいだろう？」
ハザークは最もな事を言った。
「それが、ないって言うんですよ。3回分くらい置いておいたけど、大掃除の時捨てたって」
「・・・」
「お願いしますよ。パパ」
ロイは酒を飲んで言った。
「もう出てけ」
「いやです」
「・・・・」
ー王、お前の変な息子を連れて行け！
ハザークはラクシュミに思念を飛ばしていた。
ラクシュミはそのころ浴室にいて湯につかっていた。
ーん？どうしたんだ？ーお前の息子が変な事ばかり言うんだ。
ーそうなのか？
ー連れて行け
ーそう言われても、今私は湯浴み中だ。
ーお前の息子が我のことをパパって言うんだ。なんだパパってのは。
ーパパってのは、お父さんってことだろ。
ラクシュミが冷静に思念で返した。
ーそれは聞いた。なんで我の事をそう呼ぶんだ。
ーそれはお前・・・そいつがゆりの腹にいる時に、お前がゆりに手を出したからじゃないのか？
ハザークの表情は引きつっていた。ロイは二本目の瓶を開けながら、侍女に「何かおつまみちょうだい」と言っていた。
ーその意味では・・・私もお前をパパと呼んでもいいかもなーお前まで何言ってるんだ！？
ラクシュミまで変な事を言い出し、ハザークの瞳は動揺したようにきょろきょろさまよっていた。
ロイは奇妙に表情を変えているハザークを楽しそうに見ていた。
「ちなみに、僕から下は、みんなハザーク様のこと、パパって呼んでますよ」
ーお前が王妃をこさせたんだな。そうに決まってるー私はそんなことしないぞ。
ー未来のお前はどうかわからないだろうが！
ーお前が自分で手出したんじゃないのか？あれだけゆりの外見にいちゃもんをつけておいて、結局手出すのか・・・全く
もうゆりの外見で文句を言うんじゃないぞ
ラクシュミはぶつぶつ言っていた。
ー・・・・・
侍女が木の実をテーブルにおいて、ロイはそれをつまんでいた。「父様と何話してるんですか？」
「我が王妃に手を出したってのは嘘だろ？」
ハザークはとうとうロイに直接聞いていた。
「僕としては答えづらいですけど、そうですよ」
「・・・」
「むこうでは、ハザーク様は、母様にはもうめろめろですよ」
ーめろめろってなんだ
聞き慣れない言葉に、ハザークは戸惑いっぱなしだった。
ーもう少しでそっちいくから待ってろそう、ラクシュミからの思念が返ってきた。
「ハザーク様、お酒飲まないんですか？」ロイが聞く。ハザークは一口も酒を飲んでいなかった。
「お前の母親は、あの王妃じゃないんじゃないのか？」
「同じですよ。」
「・・・・」
ロイは次々と酒瓶を空にしている。侍女が空き瓶をもっていき、代わりに新しいお酒を置いていった。
しばらくして、ラクシュミが塔にやってきた。ラクシュミは眉間にしわを寄せているハザークに目を向けた。「お前が変な事ばかり言うとハザークが戸惑ってるぞ」
ラクシュミはロイを見て言った。
「変な事なんていってないですよ。僕はただ、脱皮した時の皮をくださいって言ってるだけです」
「何に使うんだ？」
ラクシュミがいすに座り、侍女が杯をもうひとつもってきた。ロイはその杯に酒をついだ。
「ハザーク様の皮には魔力が残ってそうだから、抜け皮使って何か作りたいみたいですよ」
「ほーお」
「我は自分の皮は他人にやったことはない」
「いいじゃないか。皮くらい」
ラクシュミがハザークを見て言った。
「そうですよ。かわいい息子たちのためにくださいよ」
ロイが言う。
「なんなんだ。お前たちは・・・」
ハザークはいやそうに顔をしかめていた。
やがて、ついに根負けしたハザークは皮をやるとロイに約束し、ロイとラクシュミは塔を出た。
「飲みなおしませんか。父様」「ああ」
二人はラクシュミの休憩室に移動して、侍女に酒をもってこさせた。
「そのことはゆりに言うんじゃないぞ」ラクシュミは真面目な顔で言った。
「言いませんよ。まあ、そうなるのはまだだいぶ先ですけどね」
「そうか・・・」
「・・・すいませんね。父様」
「何がだ？」
「気づかなかったんですか？ハザーク様をちょっとその気にさせたんですよ」
ロイはちょっと申し訳なさそうに言った。
「そうなのか？」
「そうでないと自分から行かないでしょう。父様と同じで」
「・・・」
「でもまあ、何も言わなくてもその気になったような気もしますけどね。母様はかわいいし」
「・・・それほどハザークの力がほしいのか？ハザークは赤子に力を与えることができるといっても、そんなにすごい力では
ないだろう？」
「そうですけど、僕はハザーク様に結構古代語教えてもらったんですよ。遊んでもらったし、父様よりもだっこしてもらった
くらいですよ。だからまたそうしてほしいんです。僕はハザーク様のこと、本当にもう一人の父様だと思ってるんです」
「そうなのか。私はそういう記憶はないな」
ラクシュミは記憶をめぐらせたが、小さいころハザークにだっこされたという記憶はなかった。
「僕らはみんなハザーク様のこと、好きなんですよ。だからまあ、母様の恋人達の筆頭になって貰おうと思って」
「ハザークまで本気にさせるとはたいしたもんだ。」
ラクシュミは本気で感心していた。
ハザークはラクシュミの母親とも、そういう仲だったわけだが、ただ一度交わっただけだとハザークは言っていた。母親の事を聞くと、「きれいな女だった」そう言った。母親に対して、さほどの情があるような感じではなかった。
ラクシュミに対しては、小さい頃はたまにふらっと部屋にきて、顔を見に来たくらいだ。抱き上げられた覚えもない。
ラクシュミが精神的に参っている時などは、側にやってきて変な慰めをしてはいたが、王になっていろいろ話をする
ようになったくらいだった。
「ハザーク様も、子供らに慕われて楽しそうですよ。時々部屋が託児所みたいになってるけど」「・・・」
ラクシュミは思わず、小さい子供に囲まれて喜んでいるハザークを想像してしまった。
「ちょっと怖いぞ。いや、かなり怖いぞ。それは。」
「いいんですよ。何か楽しみがあったほうがね」
ロイがウインクして言った。
「そうそう、話は変わりますけど、姉様らにも、古代語の教育をしてほしいって言ってましたよ。小さいころから教えた方が、覚えやすいですからね」
「古代語か・・・」
ラクシュミも古代語は知っている。古代語とは、およそ１万３千年くらい昔まで話されていた言葉だ。
学校にも古代語の授業があり、一応みんな習うのだが、それほど力を入れてやってるわけではない。
「お前、前に古代魔法のようなものを使っていたろう？あれはどうやって復活させた」ラクシュミが聞いた。
「それは秘密ですよ。まあ、そのうちに、なるようになりますよ。父様は今はそう心配しなくていいですから」
「そうなのか？今からできることはないのか？」
古代魔法の研究は、ラクシュミもさせてはいるのだが、あまり進んではいなかった。
「ありますよ。母様を愛してあげることですよ。」
「またそれか・・・」
ラクシュミがあきれるように言った。
「基本じゃないですか。母様が父様を愛した所から、全てが始まってるんですから。体だけじゃなくて、身も心もってことですよ」
「・・・」
「ダレル・ラオル・イー・ミ・ラヴィデス」
ロイがぽつりと言った。
「愛しい者のために強くなる？」
「愛しき者のために強くなろう。僕も姉様も、最初の戦いでは、かなり魔法を使ってましたが、普通は、あんなに古代魔法を
使うことはできないんですよ。あの場にはいない他の兄弟の助けがあったからできたんです。一族の行く末のためだけではなく、
父様や母様を愛していたから、みんな必死に力をあげて、そこまでしたんですよ。」
「・・・でかい息子にそういうことを言われると、なんだかこそばゆいな」
「だから可愛い母様をちゃんと愛してあげてください。基本はそこですから」「愛してる。それなりに、その気の時は」
「実は精力剤を作る薬草の配合表、もらってきましたけど、いります？」
「いらん」
ラクシュミは即答した。
と再び背筋を寒くしたのだった。
ロイはからかうように笑っている。
まさか生まれてもいない息子とこんな会話をする羽目になるとは。
やれやれ・・・未来の世界は一体どうなってるのか・・・なんだか想像するのが怖くなってきた。
ラクシュミはもう一度、ハザークが数人の子供に囲まれて喜んでる図を想像して、「それはいくらなんでも怖すぎる」
つづく
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