第62話
今年も赤い月が夜空に浮かんだ。今年のラクシュミとゆりはどういう状況なのかというと、初日の夜は、真っ暗な寝室のベッドの上で並んで
寝転んでいたが、ラクシュミは変化もなく、しきりに「みんな盛り上がっていればいいが・・・」と国民の心配をしていた。
ゆりはその都度「そうだねえ」と返している。
やっぱり今年もさほど熱々にはなれないようだ。だが去年よりはましだった。今年はゆりはラクシュミに腕枕をされていた。
そして時々お腹をなでなでされている。(今年はまだましよ！）とゆりは自分で自分に言い聞かせていた。
「王様はどういう子が生まれると思う？」
ゆりは子供の話題を出してみた。
「そうだなあ。お前に似てかわいい子ができるんじゃないか？」
そうラクシュミが答えたので、（あれ？普段よりもちょっとはあの時の王様よりになってるわ）とゆりは感じた。
「私、王様の愛が欲しいわ」
ゆりはそう言ってみた。
「そうか。じゃあ子供に負担がかからない程度に軽くな」
「やった！」
ラクシュミはそっとゆりを抱きしめた。その晩は２人のゆりが一度づつ抱かれて終わったが、ラクシュミはゆりをそっと抱きしめて
寝てくれたりと、普段のラクシュミとは言動共にちょっと違っていたのでゆりはうれしかった。去年よりはやっぱりだいぶましだ。
今年は「熱々」にはならなかったようだが、「ちょっと熱っ」程度にはなれたようだ。
赤い月は世界中で恋人達に様々なドラマをもたらしているが、蛇の国では子作りのための１０日間なので妊娠した女性にはあまり関係がない
ものである。
そうセリアも思っていたが、なぜか目の前にはエルバートがいた。夜になり、屋敷にやってきたのである。
「セリアさんのことが心配で心配で・・・」
そうエルバートは言っていた。
「他の女性の所には行かないんですか？」
「セリアさんのことを考えながら他の女性となんてとても・・・・」
「はあ・・・・」
セリアとしては喜んでいいのか、困った顔をするべきか、どう反応していいやら困る所だった。
「それよりも気になってることがあるの。お母さんが出掛けちゃったのよ！きっとキース将軍の所よ。また子供ができたりして！」
セリアはそっちが気が気ではなかった。
「そうなんですか。ははは」
「笑い事じゃないわよ。私は一人しか孕めないからね」
「そうですね。所で質問があります。妊娠中って、交わってもいいんですか？」
エルバートが真面目な顔で聞いた。
「え？」
「してもいいんでしょうか？」
「さあ・・・別に止められてはいませんけど・・・」
「本当？じゃあしようよ。子猫ちゃん♪」
「は？」
エルバートはセリアの手を握りしめていた。
「君のお腹の子供が羨ましいよ。なんだか嫉妬も感じるなあ。だから僕もしたい」
「意味がわかりませんが・・・・」
セリアはぽかんとしていた。一体いつの間にエルバートが豹変したのか謎だ。
「そっとするからね♪」
相変わらず人の言葉も聞かずに、エルバートはセリアを抱き上げてさっさと寝室に連れて行ってしまったのだった。
今年の赤い月は、予想通り、全体的にそんなに盛り上がらなかった。愛の妖精の効果で大盛り上がりとはやはりならなかったようだ。
その上、「王妃への愛の歌を競う大会」に出席した男達は、今年は女性を抱くことができなかった。
王妃への愛が勝るせい、というわけではなかったが、どうもだめだったようだ。
「今年は参った参った・・・・」
「私もだめだったなあ・・・」
赤い月が終わった後、フリットはイシュタールの屋敷にやってきて二人で酒を飲んでいた。赤い月の様子を伺ってみると、二人とも似た
状況だったのでお互いにちょっとほっとしていた。この席には呼んでもいないのにミカエルもいた。
ミカエルのにこやかな顔を見て、二人は煙たそうな顔をしている。
「なんでいるんだ」
「いいじゃないか。別に」
「歌ったら殴るからな」
フリットが言うと、ミカエルは「わかったわかった」とちょっとにやにやしていた。
「嫌な顔だ。お前が歌えばよかったのに・・・」
「全くだ・・・」
それにはイシュタールも同意していた。
「私が参加してたらきっと一番だったぞ」
ミカエルは自信満々に言っていた。
「逆に参加したかったくらいだ。実は歌にも自信がある」
「はいはい・・・」
二人ともちびちびと酒を飲み出し、「しけた顔だなあ・・・」とミカエルに文句を言われていたのだった。
一方ヴィラは、「今年は満足だ」とジュノーに報告していた。
「おっ？今年はがんばったのか？」
「ああ。結構がんばったぞ」
「そうか。私はそこそこだった」
「というわけで酒がうまい・・・・」
ヴィラはしみじみ言いながら酒を飲んでいた。今年は彼女達の不満もなかったようである。
そろそろ二人目、といきたい所だが、こればかりは誰にも分からない。
ゆりにとってはまったりと過ぎた赤い月だったので、月が開けてもやせることもなかった。気分的にもまったりである。
「これくらいで満足するなんて私も大人になったわね・・・」
と自分でも感心するくらいである。
今回もメメントを食べることは食べたが、お腹の子供には効いたのかどうかはよくわからなかった。時々気は欲しくなるが、猛烈に欲しいと
まではならない。
紅茶を飲んでいたらハインリヒがやってきた。
「こんにちは、王妃。カレンがどうやら近々出産みたいです」
ハインリヒは部屋に入るなりそう報告した。
「え？もう？早かったわねえ」
ゆりは目をまん丸くした。
「そうですよ。こんなに早いとは！ああ、名前どうしよう。まだ考えてないんですよ」
ハインリヒは珍しくうろたえていた。
「そうなんだ。まあいいじゃない。近々っていってもまだ一月はあるんでしょ？」
「そうですけどねえ・・・子供の名前でこれほど悩むとは・・・」
一族で一番力があるハインリヒの子供、一体どのような子供が生まれるのか、男なのか女なのか、ゆりとハインリヒじゃなくても気になる所
だった。ラクシュミも子供が生まれるのをとても楽しみにしている。
カレンはすでに入院生活に入り、ゆりも子供達も時々お見舞いに行った。子供達は子供が男か女か賭けているようだ。
「ハインリヒ名前決まったか？なんなら私の『ミ』の字使ってもいいぞ」
ある日ミカエルがハインリヒの肩に手を置いてそう言い、ハインリヒは「いらん」とすぐに返していた。
「名前はもう決めた。ちなみに『ミ』では始まらない」
「どんな名前だ？」
「教えない」
ハインリヒは赤ん坊が生まれてから発表すると宣言し、誰にも教えなかった。
「ハインリヒの子供がもうすぐ産まれるわねえ。自分のことのようにどきどきしちゃうわね」
「そうですね」
ゆりはこの日シャナーンに気をもらっていたのだが、シャナーンはどうも部屋に来た時から元気がなかった。
「どうかしたの？」
ゆりが聞くと、シャナーンは「いえ・・・」と視線を落としていた。
「王妃、私はしばらく王妃の恋人から抜けます」
シャナーンがゆりを見つめて真剣な表情で言い出して、ゆりはびっくりした。
「どうしたの？急に！」
「わけは・・・聞かないでください。どうか・・・」
シャナーンが寂しげに言い出した。
「もしかして赤い月のこと？」
「え？」
「赤い月前に私に歌を歌った男達は赤い月だめな人が多かったみたい。シャナーンもだめだったとか？」
「はい・・・実はそうなんです。一族の男としての努めを果たすこともできず、王妃の恋人でいるわけには・・・」
「努めって・・・そんな風に思わなくてもいいわよ。それにフリットやイシュタールもだめだったみたいだし、ミルキダスは聞いてないけど、
だめだったかも。４人も恋人が抜けたら困るわ」
「し・・・しかし・・・」
「今回のことには私にも責任があるし、シャナーンの彼女達にはなんだか悪いことしちゃったわね」
「いえ、王妃のせいなどではないですよ。私がふがいないせいです」
「じゃあお互いに今回のことはなしってことで。だからさっきの話もなし」
「しかし・・・」
「なしで」
ゆりが言い張ると、シャナーンはやがて「はあ・・・」と返事をした。納得していないようだ。
「シャナーンってほんと真面目なんだから。あの時はミルキダスとどつきあって面白かったなあ・・・」
ゆりがつい口を滑らすと、記憶がないシャナーンは真っ赤な顔をしていた。
「たまにはああいうシャナーンもいいかも」
「え？そんな！」
「冗談よ」
ゆりが笑って言うと、シャナーンはようやく少し笑みを見せてくれた。
５の月に入ってすぐ、朝早くにカレンの陣痛が始まった。
一族みんなが注目し、王の間では珍しくラクシュミも落ち着きなくうろうろ歩き回っていた。
「なんだか自分の子供のように緊張する」
「ほほほ、男か女か、楽しみですなあ・・・」
ザメハがそんなラクシュミを見て苦笑していた。
どうか無事に生まれてくれ・・・・
ラクシュミはそう何度も祈っていた。
この日はゆりも子供達もなんだかそわそわしてしまいどうにもじっとしていられなかったので、ゆりは上の子供３人と共に病院に行き、別室で
二人の無事を祈っていた。ハインリヒの他の二人の彼女達もいる。
どちらも無事でありますように・・・・
ゆりもラクシュミと同じように祈っていた。子供の力が強いほど、母体は大変だからだ。
昼が過ぎる頃、ようやく一族待望の赤ん坊はこの世に生を受けた。
―男ですよ！これからカレンを運びます！
子供達はハインリヒから思念を受け取り「やったー！」と声をあげた。
「男だよ！男の子だって」
「カレンは父様が治癒の魔法をかけるんだって！」
「そうなの？カレンも生きてるのね？やった！！」
ゆりも喜びと共に声をあげた。
一同は別室を飛び出した。
ゆりと子供達は医師が抱いた赤ん坊を見せてもらった。赤ん坊はとても小さく、頭にはうっすらと青い髪がついていた。
ハインリヒの二人の彼女達は、「カレン、よくがんばったわ・・・」とカレンをねぎらい、涙を流していた。
赤ん坊がちらりと両目を開けた。
「あ・・・」
「あれ？右目が・・・」
「どうやら蛇の瞳のようですよ」
医師が告げた。赤ん坊の左目は青かったが、右目は黄色と紫色の蛇の瞳だったのだ。
「・・・・・」
ゆりの目からぼろりと涙が流れていた。その瞳に、ゆりはドルイドを思い出したからだった。ドルイドも同じ色の瞳を持っていた。
「元気な赤ちゃんでよかったね」
「そうだね」
「かわいいね」
「うん・・・よかった・・・」
ゆりは涙を拭いた。
蛇の目の赤ちゃんが生まれるなんて・・・・なんだかうれしい。ドルイドの生まれ変わりだったらいいのに・・・・
ゆりの心を察したのか、シスがゆりの手を握りしめた。
「名前ドルイドにするんだって」
シスの言葉にゆりは驚いた。
「え？本当？」
「他の名前考えていたんだけど、赤ん坊の顔見たらそれしかないって」
シスの言葉にゆりはまたぽろりと涙を流した。ゆりの左目は蛇の目に変わっていた。
「ドルイド・・・ドルイドにしたんだ・・・」
「ドルイドも同じ色の瞳だったもんね。なんだかうれしいな」
シスも涙ぐんでいた。
「ようこそドルイド。元気に育ってね」
ゆりは赤ん坊の手をそっと握りしめた。
こうして蛇の国に新たな命が誕生した。普通なら産まれることはなかった赤ん坊である。無事赤ん坊が産まれて皆うれしかった。
城に運ばれたカレンもなんとか話ができるほどにまで回復していた。かなり身体は辛そうだが、長い間の重荷から解放されたせいか
表情はほっとしていたようだ。
その夜のラクシュミは、かなりご機嫌だった。
「ゆり、ありがとう」
ラクシュミはゆりを抱きしめて御礼まで言っていた。
「お前がハインリヒを連れてきてくれたおかげで強くなりそうな子供が産まれた。私はうれしい。とってもうれしい」
「王様・・・・」
「私は今日はご機嫌だぞ。これからお前を喜ばしてもいいくらいだ」
「王様ってば・・・」
あまりのご機嫌さにゆりは笑っていた。
「せっかくだからお言葉に甘えて〜」
ゆりはラクシュミに抱きついた。
数日後、ゆりはハインリヒと一緒に病院にいた。赤ん坊は母親のカレンが元気になるまでは病院で世話をされることになったのだった。
赤ん坊は産まれてばかりの時よりも、顔がしっかりしてみえた。やはり右目は蛇の目のままである。ゆりの前にはセリアがやってきていた。
セリアは赤ん坊を見ると感動して泣いていた。そして「私もがんばります！」と自分に活を入れて去って行った。
「実は息子が産まれたら『ドルイド』って名前にしたいって思ってたの」
蛇の目のゆりがハインリヒに告げた。
「そうですか。先にもらっちゃいましたね」
「そうね。ふふふ」
「格好いい名前考えていたんですが、この目を見たら他の名前が消えてしまいましたよ」
「そうね。これで紺色の蛇がいたら完璧ドルイドの生まれ変わりね！」
「ははは、残念ながら蛇はいませんでしたよ。そのうち黒蛇が出てくるといいんですが・・・」
「そうね」
ベッドの上のドルイドは眠っていた。
二人はしばらくかわいい寝顔を見つめていた。その寝顔に、様々な思いを感じながら―
『ディラン、子供が生まれたぞ。男の子だ。ドルイドと名付けてしまったと言ったら、お前は何と言うだろうなあ・・・』
過去の世界に生きる友に、ハインリヒは話し掛けていた。
『お前はまだドルイドのことで落ち込んでいるのか？しっかりしろよ。生きる時代は違っても、私はお前の友であることには変わりない。
いつか、また会おう！いつか・・・』
その時には友だったドルイドはいないのだと思うと、寂しさがこみあげてきた。
『生は巡る。ドルイドは再び生まれ変わり、違う生を生きているに違いない』
ゆりはハインリヒと手を繋いでいた。
「いつか女王様にも報告したいわね」
「ええ」
『ヴィラルージュ様、子供が生まれました。私はこの時代の人たちと共に一族を守ります』
ハインリヒは心の中でそっとつぶやいたのだった。
第７部終わり
戻る
そして第８部予告
フリット これにて７部終わりです。皆様最後までおつきあいくださりありがとうございます。王からのお言葉があります。
「当然ながらまだ続く。これからも頼む」だそうです。
ミルキダス ８部は・・・どうなるのか私にはわかりませんが、ガーベラ様が何かをおやりになったせいでいろいろと大変なことになるとか
なんとか・・・
ジュノー 何が起こるんだろう。わくわくしますね
ヴィラ 王妃は妊娠中ですし、これからも目が離せませんね♪
シャナーン 私は王妃の恋人を続けていいんだろうか・・・・（まだ言ってる）
ミカエル 私は８部でもいい男ですよ。皆さん
イシュタール ではまたお会いしましょう！
