第２８話
７の月の３日、ラクシュミは朝目覚めたころから、力がかなり元に戻ってきたのを感じた。
ああよかった。これで戻りそうだ。
ラクシュミはほっと胸をなでおろした。もし長引いたらどうしようと思っていたところだったが、すでに今の状態で半分以上の力は戻っているしこの分ならば戻りは早そうだ。そうラクシュミは確信した。
ベッドの横にはゆりはいない。ゆりはラクシュミに気を遣って自分の部屋で寝ていた。
ゆりにも教えてやろう。
力が戻ったことで気をよくしたラクシュミは、そのままゆりの寝室に移動した。そして、ベッドの上でロイにべったりひっついて寝ているゆりを見たのだった。ロイに肩枕までされて寝ている。
「・・・」
ラクシュミは思わず沈黙してしまった。
そういえば・・・ロイがどこで寝ていたか全く知らなかった。まさか一緒に寝てたとは・・・
えらく仲のいい恋人同士のようになっているが、親子だ、という事を考えると、こんな風に寝ていいものか、とラクシュミは疑問に思った。この国では、近親相姦はご法度である。ぼんやり見下ろしていたら奥側に寝ていたロイが目を開けてラクシュミを
見上げた。
「あ、だいぶ戻りましたね」
「ああ。お前達、毎日そうやって寝てたのか？」
「いいえ。僕はたいてい朝帰ってきたから、今日は３回目くらいですよ。妬いてるんですか？」
ロイがおかしそうに言った。
「そういうわけじゃない。あまり、母親と息子がべったりくっついて寝るのは・・・」
「心配しなくても、どうにかなんてならないですよ。母様っていい匂いだから好きなんですよねー。同じ匂いでもまさか父様を
だっこして寝るわけにいかないし」
「気持ち悪い」
話していたらゆりが目を覚ました。そして、ベッドの横に立っているラクシュミに気づいた。ゆりはさすがにスケスケの服は
着てない。
「王様ったら、朝からセクシー」
ゆりはちょっと頬を染めて言った。ラクシュミはまだ寝間着姿なので、上半身は結構はだけていた。
「・・・・お前、大丈夫か？」
ラクシュミはゆりにではなく、ロイに言った。ゆりの気が、かなりぴかぴか金色に輝いているのに気づいたからだ。相当
ロイから気を吸収したに違いない。
ゆりは首をかしげた。
「大丈夫ですよ。僕は若いから、このくらいすぐ回復しますし、父様の力が戻ってきたのなら、今日から特訓しようかな」
ロイは体を起こして伸びをしながら言った。
「特訓？」
ラクシュミが聞いた。
「ええ。そのために今回は２ヶ月もいるんですからね。とりあえず今日は、ミカエルとフリットとイシュタール借りますよ」
「ああ。よろしく頼む」
「見たいなー特訓」
ゆりが言った。
「ははは。みんなは見られたくないと思うよ。」
ロイは笑ってそう言った。
第２８話
その朝の朝食はゆりの希望で家族みんなでそろって食堂で食べることになった。部屋の真ん中には重厚な木でできた長いテーブルがどんと置かれている。壁にはこのお城の景色の絵が飾られていた。
「みんなで食事食べるのいいねー」
ゆりはニコニコしながら言った。普段はラクシュミと食べることもないし、アナスターシャも夜はゆりと一緒だが、朝はばらばらだ。
家族の団欒の基本は食事だとは思うのだが、中々みんな一緒には食べれてない。
「向こうでは朝と晩は一緒ですよ。みんな」ロイが言った。
「みんな？・・・この椅子で足りるくらい？」
ゆりはちょっと聞いてみた。食堂のでかいテーブルに４人ははじの方に座っているが、いすは全部で２０ほどある。
「母様ったら、一体どれだけ子供産むつもり？」
ロイがおかしそうにげらげら笑った。
「そんなに産まないんだ。びっくりした」
ゆりは頬を染めて言った。
「でも、まだがんばってるから、ひょっとしたら・・・ふふふ」
「え・・・」
「全部で何人の子供かなんて、まだまだわからないもんなあ・・・」
ロイは笑いながらスープを飲んだ。
「・・・」
ラクシュミもゆりも無言だった。アナスターシャも話についていけなかったので、無言で食べている。アナスターシャは
子供用の背が高いいすにちょこんと座っていた。
食事が終わった後、ロイがアナスターシャを見て言った。「ちょっと散歩に連れて行ってあげるよ」
「本当？わーい」
「３人はどこに呼んだらいいんだ？」
ラクシュミがロイに聞いた。
「9時くらいに、闘技場にきてもらってください」
「わかった」
「それじゃいってきまーす」
ロイはアナスターシャと手をつないで消えた。
「ねえ、王様、これからみんなでずっとご飯食べない？」ゆりは右横にいるラクシュミを見て聞いた。
「起きる時間が違うだろ。アナスターシャはかなり早いし」
「夜だけでも・・・・」
「・・・私は時間がばらばらだからな。お前とアナスターシャで食べればいいだろ」
「そうだけど・・・」
ラクシュミはゆりのおなかをなでた。
「この子は本当に出てこないな」
「きっとはずかしがりやかも」
「そうだな・・・力が完全に戻ったら可愛がってやるぞ」
ラクシュミは次にゆりの頭をなでて言った。ゆりの頬がぼっと赤くなった。
「じゃあな」
ラクシュミはゆりからはなれて食堂を出て行った。
た・・・楽しみ・・・・
ゆりはしばらく妄想して頬を染めていた。
ロイはアナスターシャを城にもどしてから、また移動して行った。
闘技場の建物は城の南東に位置している。もちろん結界の外に位置しているが城からはそう遠くない距離にあり、城の上の方から丸い建物を眺めることができるほどだった。建物といっても円状に客席がぐるりとあるくらいで、天井は
ない。かなり昔に作られたもので、あちこち劣化して崩れている箇所もあった。昔はここで戦士たちが腕を競い、
様々なトーナメントのような物が行われていたようだが、今ではそんなことはされていない。ほとんど戦士たちの訓練場として
使用されていた。
ミカエルとイシュタール、フリットは闘技場の中にいた。中にいた下級戦士たちが話しを聞き、興味深々で客席に移って行った。
イシュタールはうれしそうな表情をしていたが、ミカエルは暗めだった。フリットは普通の表情をしている。３人共戦士の服装をしていたが、マントのようなものはつけていない。
「そういえば、この前お前達がここでやりあってたな」フリットが言った。今日は髪は後ろでくくっている。
「お前あの時どっちかけた？」
ミカエルが思い出して聞いた。
「さあ、どっちだったかな」
とフリット。
「その言い方じゃイシュタールだな」
ミカエルがにらんで言った。フリットが目をそらす。イシュタールは屈伸運動をしていた。
「楽しそうだな。イシュタールは」ミカエルが楽しそうに運動しているイシュタールに言った。
「楽しいじゃないか。強い方に相手してもらえるなんて、めったにない」
イシュタールの瞳は少年のように輝いていた。
確かに、イシュタールの剣技は戦士の中でもトップクラス。なかなか同レベルの相手とやりあうなんてことはない。
この前の決闘の時も、ミカエルはイシュタールの相手をしたのだが、剣だけでは勝てないとわかっているので、
ミカエルは剣を使いながらも、ほとんど魔力を使って戦ったのだった。
「お待たせ〜」ロイが瞬間移動でやってきた。ロイの後ろにいる二人の男を見て、３人はぎょっと目を見開いた。二人の肌には蛇の模様がびっしり
と描かれていた。瞳も両方蛇の瞳。瞳は異様に大きかった。肌の色と同じ色のズボンと半そでのシャツを着ていた。
ロイは腰に二本の短めの剣を差していたが、両手にも３本の剣を持っていた。
「もしかして、蛇戦士（じゃせんし）ですか？」
ミカエルが聞いた。蛇が変化した戦士。ミカエルは本で読んだことがあった。
「そうだよ。３人共見るの初めてだっけ。とりあえず、魔力だけで戦ってもらうから。ミカエルは青い蛇さんと、
フリットは緑の蛇さんと、イシュタールは僕とね」
ロイは移動してはしの方に剣を置いて、叉戻ってきた。
「蛇戦士って、魔力もあるんですか？」
ミカエルが驚いて聞いた。
「僕の魔力をわけたからそれなりに戦えるよ。それじゃあ、広がって。相手が蛇だからって油断しちゃだめだよ。」
３人は闘技場の中に広がっていった。
「キャー王子様がんばって！」客席から黄色い声援が飛んできた。見ると、客席のところに５人ほど戦士服の女の子がいた。ロイはにこっと笑って手を振った。
「きゃー！素敵！」
女の子たちは黄色い悲鳴をあげている。
「怒らないんですか？」イシュタールが聞いた。
「怒らないよ。別に。イシュタールは３人の中で一番魔力は下だけど、まだまだ若いし、鍛えればもっと力あがるからね」
「本当ですか？私はつい剣技の方に頼ってしまうんですが・・・」
「後で死ぬほど剣の相手してあげるから、とりあえず魔力で戦ってみて」
「はい」
イシュタールはうれしそうにほほえんだ。
「それじゃ、はじめよう」ロイは二人の蛇戦士に向かって言った。二人の蛇戦士はそれぞれの相手に向かっていった。ミカエルの相手をしている
蛇戦士の両腕は銀色に輝いた。フリットの相手をしている蛇戦士の両手には、光る玉がいくつも浮いていた。
二人はぎょっとした。それは自分たちの得意な魔力での戦い方だった。
「じゃあ僕も行くよ！」ロイは胸の前で両手でワッカを作るような仕草をした。光るわっかがいくつもできて、ロイはそれを指でひっかけて、
イシュタールの方に飛ばした。それも、普段はあまり使わないが、イシュタールが一番得意な魔力での戦い方だった。
イシュタールはシールドを目の前に貼り、それをふせいだが、ロイは瞬時に間合いをつめてイシュタールのすぐ目の前に
きていた。イシュタールはロイの形相が先ほどとはがらりと変わっているのを見た。表情から笑みは消え、殺気すら漂っている。
イシュタールは瞬間移動でいったん後ろに逃げた。体は恐怖を感じていた。目の前にいる男がとてつもなく怖かった。
ああ、これだ。あの時の、龍に向かっていった時の顔だ。
イシュタールはあの戦いで、男の顔を見ていた。
ロイは、追いかけずにイシュタールをじっと見ていた。
「お願いします」今度はイシュタールが向かっていった。
一時間ほど魔力だけで戦い続け、３人はさすがにへばってきていた。ロイは最後に光の輪でイシュタールの体を捕らえて言った。「そろそろ休憩にしよう」
ミカエルとフリットはがっくりその場にひざをついた。
「ありがと。蛇さんたち。あそこ酒があるから」
闘技場の入り口近くに酒の箱が２箱おかれていた。ロイが頼んであったのだ。二人はそちらに行き、酒瓶を出して酒を飲んだ。
足元はちょっとよろよろしていたが、無表情なので疲れているのかどうかわからなかった。
「どうだい？おもしろかっただろ？自分の技の欠点がわかって」ロイはフリットとミカエルの中間地点に行き、言った。
「はあ・・・参りました」
フリットが答えて、ミカエルは無言だった。長い間魔力で戦い続けるというのはかなりしんどいことだった。
大きな戦いでもないと、こんなに魔力を消費することはない。
「あのー王子・・・」光の輪で捉えられたままのイシュタールが声をあげて、ロイは「ごめんごめん」と言ってそれをといた。
ロイの表情は、すっかり人懐っこい笑み交じりの顔に戻っている。魔力で戦い続けてまだ平気そうな顔をしていた。
「若君は一体どれほど魔力があるんですか？」フリットが座り込んで聞いた。
「いやーこれでも半分くらいは使ったよ？昨日は母様に結構気奪われたし。かなりしんどいなあ。ははは」
とてもしんどそうには見えない。
「すごいですね・・・」
ミカエルが感心するように言った。
「二人だってがんばればもっと魔力あがるよ。がんばれ」
「はあ・・・」
イシュタールがロイにちかづいてきて言った。
「王子、もう待ちきれません」
「もう？大丈夫？」
ロイがぎょっとして聞いた。イシュタールもかなりしんどそうだったが、目は輝いている。
「早く王子の剣技が見たくて・・・」
「まあまあ、そんなにあせらなくても、僕明日もあさってもいるから」
ロイはイシュタールの背中をぽんぽんとたたいた。
「せっかくだから女の子たちと遊ぼうっと。君らはちょっとはじで休んでて」ロイは客席にいた女の子達の方を向いておいでおいでと手を振った。
「きゃー」
と歓声があがって女の子たちが瞬間移動で中に降りてきた。全部で６人いた。全員結構若い女戦士だ。
ミカエルたちははじの方に移動した。蛇戦士たちは地面に座り、無表情でずっと酒を飲んでいた。
「これどうぞ」下級戦士が３人のところにやってきた。陶器の水いれとガラスのコップをもっていた。戦士は３人にコップを配って
中のものを注いだ。なんだか妙な匂いがする、緑色の液体だった。
「若君が教えてくださった疲労回復の薬ですよ」
「ああ、あれか・・・なんだかすごい匂いだが・・・」
ミカエルはコップを顔に近づけた。草の匂いがした。
「・・・苦い・・」
フリットが少し飲んで言った。
イシュタールはかまわずに一気に飲み干していた。
中央では、ロイは女の子たちににこやかに笑っていた。「僕と追いかけっこしようよ。闘技場の中だけで瞬間移動するから、捕まえてごらん。僕に触れた人にはご褒美あげるよ。何が
いいかな。褒美」
「あの・・・だ、抱きついてもいいですか？」
一人がおずおずと言った。
「いいよ。そんなんでいいの？なんなら交わりの月の練習でもいいよ」
「え・・・」
「れ・・・練習を王子様がしてくださる？」
女の子たちの顔色が変わった。
「じゃあ逃げるよ。がんばって」
ロイは移動した。女の子たちも移動を開始した。ロイはあちこちに小刻みに移動して、女の子たちもあちこちきょろきょろしながら
必死に移動している。
「あの王子は女に優しいな」イシュタールがぼそりと言った。
「普通、王族の者が、あんなふうに女の子と遊んでやったりしないだろ？」
女の子たちは、下級戦士で、そう力があるほうでもない。
「あまり王族っぽくないところが面白い人だな」
フリットの眉間にしわがよっていた。この前散々からかわれたのを思い出したのだった。
「性格は、あんまりラクシュミ様には似てないな・・・」ミカエルが言った。
「王と王子じゃ立場が違うだろう。それに、あの王子は、数人の兄弟と一緒に育ってきたんだ。だから人懐っこい性格してるの
かもな」
イシュタールが分析するように言った。
「ラクシュミ様は、ずっと一人だったからな・・・でももう一人ではないんだな・・・」
フリットはぼそりと言った。
いくらフリットやミカエルが気を紛らわせようと王の間に話をしにいっても、王であるラクシュミの心を完全に
ときほぐすことはできはしなかった。
アナスターシャが生まれてから、ラクシュミの表情も、時折穏やかなものになっていた。それは、ずっとラクシュミを側で見てきたフリットにはよくわかる。
「全て可愛い王妃のおかげだな」フリットが言った。
闘技場では、女たちはみんなへばっていた。「残念だったね」
ロイがふっと現れて、側にいた女がぱっと抱きつこうとしたら、ロイはぱっと上に逃れた。
「悔しいですー」
女たちはみんな口を尖らせていた。
「ははは、残念でした」
ロイは笑っていた。
「もっと感覚を鍛えないとだめだねー神経を集中させて、相手がどこに移動するか、瞬時に見極めないと」
「難しいです・・・」
「訓練すればできるようになるよ」
ロイは優しく言った。
優しい王子様に６人とも興味深々だった。何より相手をしてもらったのがうれしかったのだ。
「王子様は、何番目にお生まれになるのですか？」一人が聞いた。
「三番目ですか？」
「違うよ。四番目以降だよ」
ロイが答えた。
「すぐですよね。きっと」
一人が微笑んで言った。
「私達、王子様にまた会えますね？」
「会えるよ。だからみんな死ぬんじゃないよ？」
「はい」
ロイは一人一人の手を握り、女たちは闘技場のすみに移動した。ロイは３人のところに移動して言った。「そろそろ次行くよ」
かなり瞬間移動していたわりには、まだまだ元気そうなロイだった。
その日は夕方まで、３人の特訓は続けられた。夕方になるころには３人共、へとへとだった。魔力も体力もかなり減っていた。もう瞬間移動もできないほど。イシュタールは、念願の剣の相手をロイにしてもらったので、へたっていたがうれしそうだった。
日は暮れかけていたが、闘技場には噂を聞いた戦士たちが集まってきていて、ロイは戦士たちの相手をいろいろしていた。
闘技場のすみには変化のとけた二匹の大蛇がいて眠っている。
「タフな人だ・・・」ミカエルはあきれるように言った。
「だが、素敵な王子だ。立派だ」
イシュタールは感心するように言った。
そのころ、ラクシュミは完全に力が戻り、ラクシュミの前ではフレイとザメハがよかったよかったと何度も言っていた。「案外戻りは早かったですな。」
ザメハが言った。
「そうだな。力がなくなるときはじわじわとだったが・・・じわじわ戻るのかと思っていたから、よかった」
「本当にようございました」
フレイもにこやかに言った。
王の間の番兵たちも、ほっと胸をなでおろしている。
「さっき闘技場をのぞいてきたのですが・・・あの若君は、かなり強い力をお持ちですね。さすが王族の血が入ると、すごいですな・・・」
ザメハは感心するように言った。
王族の戦士というのは、ザメハもフレイも見たことはない。
「それだけではないでしょう。ご本人が努力されたからこそです。」
フレイが言った。
「まあ、たいした息子には違いない・・・」
ラクシュミは、ちょっと誇らしげに言ったのだった。
その夜、すっかり力が戻ったラクシュミはゆりを寝室に呼び寄せて、ゆりを可愛がったのだった。ゆりはこんなに早くにこうなると思わなかったので、かなり喜んだ。
ロイはアナスターシャと一緒のベッドにいた。アナスターシャが一緒に寝たいと言ったからだ。「シスもくればいいのにな」
アナスターシャが言った。
「シス兄？たまにくるの？」
「うん。たまにくるの。お話してあげるのよ」
「えらいねー。」
ロイはアナスターシャの頭をなでた。
ーシスー、おいでよー
アナスターシャはゆりのおなかにいるシスに思念を飛ばしてみた。
ーまたお話してあげるよ
しばらくすると、ぱっとふんわりとした白い赤ん坊らしきものがベッドの横にきた。「おーシス兄〜」
ロイが喜んで赤ん坊を見た。
「おいでおいで」
アナスターシャが呼ぶと、シスは二人の真ん中に入ってきた。
ートーはマーとペタペタ
シスが二人に言った。「ははは、ぺたぺたしてるのか。いいことだね。それは」
ロイがおかしそうに言った。
「ちゅーしてた？」
アナスターシャが聞いた。
ーうん・・・ネーおはなし・・・
「せっかくだから僕がしてあげるよ。お話」ロイが手で顔を支えて言い、アナスターシャとシスはロイを見つめた。
「これはほんの少しだけ昔の物語。こことは違う世界に、黒髪のかわいい女の子がいました。その女の子は、なんとこの世界の王様のお風呂にじゃぼんと落ちてきたのでした。王様は驚きましたが、女の子があまりにかわいかったので、そのままお城に
おいておきました。女の子も素敵な王様にうっとりです。やがて、二人は恋に落ちて、結婚しました。途中いろいろ喧嘩もしました
が、結局二人は仲良しこよしで、やがて可愛い女の子が生まれました。そして次には可愛い男の子も産まれたのでした。
それから・・・・」
ロイはゆっくりした口調で話を続けた。そして最後には、「こうして女の子は王様と子供たちに囲まれて幸せにくらしましたとさ
おしまい」でくくられていた。
「結局子供何人なの？」アナスターシャが聞いた。
「さあねえ、何人かな。まだ産まれるかもしれないから、わからないね」
ロイが言った。シスはなんだか眠そうに目を閉じていた。
「もう戻らなきゃ」
アナスターシャが言った。
「ペタペタ終わったかな？」
ロイが言う。
「シス、自分で戻れる？」
アナスターシャが聞くと、シスはうんと言って消えた。
「賢いね。シス兄は」「アーの弟だもん」
「そうだね」
二人はそのまま眠った。
そのころゆりはラブラブの後、まったりした気分でいたのだが、なんだか変だという事に気づいた。いつも感じられていた、不思議な生命力のようなものが感じられない。
「子供がいない」
「ん？」
「おなかに子供がいないよ。王様」
「何？」
ラクシュミは驚いてゆりのおなかに手をあてた。
確かにゆりが言うとおり、おなかに子供の気配が感じられない。
「どうして？」
ゆりが泣きそうな顔をした時、ぱっと布団の上に白いぼんやりした赤ん坊が現れて、二人はぎょっとした。赤ん坊はすぐに
消えてしまった。
ゆりは自分のおなかに手をあてた。再び、生命力が感じられる。
「戻ったみたい・・・」「・・・」
「どこ行ってたのかな？」
「さあ・・・」
二人はしばらく呆然と固まっていたのだった。
おしまい
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