第３話
交わりの月からかなりの時が経過し、暦は11の月になっていた。
ゆりはすっかり明るくなっていて、アナスターシャも毎日笑っている。一歳にもならない内からもう普通の食事を食べていて
ゆりは驚いた。
その夜、ゆりは夜ベッドにきたラクシュミの腕に引っ付いた。月は満月である。今日は機嫌はいいはずだ。
「王様、そろそろどうかな」
「何がだ？」
「いちゃいちゃ」
「・・・まだ早いだろ？」
「もう体元に戻ったもん」
「・・・実はお前には悪いが、最近全然その気ないんだ」
ラクシュミがぼそっと言った。
「そうなの？」
「誤解するんじゃないぞ。お前の事はちゃんと愛してるんだぞ。私は。ただその気がないだけだ」
「・・・」
「もしかしたら来年の交わりの月もだめかもな」
「え？！」
「一緒には過ごすが、抱かないかもしれない」
「・・・」
「どの男だって毎年ちゃんと欲情するわけじゃないんだぞ。本当だ。別にお前を愛してないからじゃない」
「王様・・・別に愛してるとか無理に言ってくれなくていいから・・・」
ゆりは引きつった顔で言った。
この前の一件以来、ラクシュミはゆりが何か聞くと、そういう風に気を遣ってるのかなんのか、変に愛してるだの
わざとらしく言うのだが、ゆりとしては微妙だ。しかもえらく強調している。
「なんなら、ちょっと男でも呼んで過ごしてもいいんだぞ？」
ラクシュミがあっさり言った。
「え？」
「愛してるお前が欲求不満でいるのは、私としても悲しい」
「別に欲求不満ってわけでは・・・」
実は、もう一人のゆりは、元気になるとさっさと別室の方で男たちと適当に過ごしている。ラクシュミはそれを知っていた。
だが、こちらのゆりは真面目なので、そうはできないのだということもわかっている。
「それに、抱かれるよりは、男に適当にかわいがってもらう方がいいんじゃないのか？まだ体の方が不安だ」
「・・・」
「実は、お前に引っ付かれて気を奪われるのも少々辛いんだ。今は」
「じゃあ私、向こうで寝ようか？」
「誰か呼んでやろうか？」
「でも・・・」
「別にいいんだぞ。その気がない私が悪いんだからな。だからといって他の男と愛しあっちゃだめだぞ。適当に遊べと
言ってるだけで愛し合えとは言ってないからな」
「・・・」
王様って相変わらず変な人・・・
普通夫が妻に他の男と遊べなんていわないだろう。
そこまで言うってことは、よっぽどその気がなくて引け目を感じているのかな？
ちょっとだけ遊んじゃおうかな〜そこまで言うんなら。
「夜誰かに引っ付いちゃおうかな」
ゆりが伺うように言ってみた。
「誰がいい？」
「うーん・・・・ヴィラ」
「そうか。じゃあ明日呼んでやる」
「うん」
ゆりはラクシュミから離れて眠った。
その気がない時のラクシュミは極端である。そういう時はあまり女に触れたくもないらしい。
それでも優しい言葉使いなのは、ゆりに気を遣っているからなのだろう。
なんだか王様に気遣わせてかわいそうだから、しばらく違う所で寝ようかな。
ヴィラに王様の相談しようっと。
ゆりは気楽にそう思ったのだった。
次の日の夕方、王の間に呼ばれたヴィラは、ラクシュミに近づきこっそり話を聞いた。
「本当にいいんですか？」
「ああ。今夜行ってくれ。例によって、わかってるだろうが・・・」
「わかってます。なぜ私を、と聞いてもいいですか？」
「ゆりがお前がいいといったからだ」
「本当ですか？」
ヴィラの瞳に喜びの色が浮かぶ。
「ミカエルには言うなよ？」
「言うものですか」
その夜、ゆりは暗闇の中どきどきして待っていたら、ベランダに人影が見えて、ヴィラが中に入ってきた。
「ヴィラ・・・」
「王妃」
ヴィラは近づいてきてベッドに座った。
「うれしいですよ。誘っていただいて」
「ヴィラに王様のこと相談しようかと思って・・・」
「いいですよ」
ヴィラはゆりの横に引っ付いて座った。
なんだかこうしていたら、昔の事思い出すなあ・・・
顔も知らない男と、何度か過ごした夜。
でも今考えると・・・よく知らない男にあんなことされたなあ・・・
「なんだか昔の事を思い出しますね」
ヴィラが言った。
「うん。そうね」
ヴィラはゆりの髪をなでた。
「王妃、よくがんばりましたね。今まで」
ヴィラは優しく言った。
「ヴィラ・・・」
ヴィラはゆりの額に口付けた。
「あなたの肌に触れてもいいですか？」
「・・・うん・・・」
なんだか昔の事を思い出して、かなりその気になってしまったゆりだった。
ヴィラはゆりを横たわらせて、横から唇にキスした。
「体はもう大丈夫なんですか？」
「うん。多分」
「まあ、下にはあまり触れないでおきましょうかね」
ヴィラは優しくゆりの寝間着を脱がせて胸を優しくなでた。
「かわいいですよ。王妃」
ゆりはすっかりいい気分になってしまい、ヴィラと何度も口付けを交わしたのだった。
「今日はすごく優しいのね」
ゆりがいった。
「あなたがかわいらしいからですよ。とても素直で、」
「私、子供産んだってのにはしたない・・」
「仕方ないですよ。王は、随分その気がなさそうだったし」
「・・・」
「あなたに魅力がないせいではないですよ。私も今はあなたを可愛がりたい気はありますけど、抱きたいとまでは
思ってないですし・・交わりの月以外に女を抱かないなんてのは、我らには普通ですからね。どの男も、毎年交わりの月に
女を抱くわけでもないし、途中10年その気がないことだってあります。我らにすれば普通です。」
「そうなの・・・でも10年も相手されなかったら困るよ」
「大丈夫ですよ。そのうちに、その気になりますよ」
ゆりはくすっと笑った。
「やっぱりヴィラは顔が見えないほうがいいかも」
「ふふっ・・・どうしてですか？」
「その方が優しく感じるから」
優しく抱きしめられると安心する。
「王様もこうさせてくれればいいのに」
「王の変わりにずっとこうしていてあげますよ。」
「ありがと・・・」
ゆりはヴィラの胸に体を寄せてそのまま眠りについた。
朝起きるとヴィラはもういなかった。
なんだか、夢の中で男に会った気分だなあ・・・
これって向こうでは完璧浮気だけど、こっちではどうなんだろうなあ・・・
でもなんだか王様に抱きしめられてる気分がしてよかったな。
またヴィラ呼んじゃおうかな
ゆりは服を着替えてラクシュミの元に行ってみた。ラクシュミはすっかり王の服を着て軽く朝食を食べていた。
ラクシュミの側には、きれいな侍女たちが立っていて給仕していたが、ラクシュミはゆりを見ると手で合図して侍女たちは
部屋を出て行った。
「楽しかったか？」
ラクシュミが少し微笑んで聞いた。
「王様って悪趣味」
ゆりが口を尖らせた。
ラクシュミは立ち上がり、ゆりの頬をなでて出て行った。
・・・まあいいか。あの時の王様に嫉妬してもらおうっと
ゆりは自分の部屋に戻ってご飯を食べて、アナスターシャの顔を見に行った。
「マー・・・マー・・・」
アナスターシャはゆりを見て言っている。
「え？しゃべってる」
「マー・・・」
ゆりはアナスターシャを抱き上げた。
「マー・・・」
「よしよし」
「きゃはは」
「機嫌が良いですね。アナスターシャは」
それにしても・・・
ゆりはじっとアナスターシャを見つめる。
銀色の髪、金色の瞳、白い肌・・・かわいい目鼻立ち
本当に私の遺伝子入ってるのかしら
どっから見ても王様の遺伝子100パーセントじゃない
自分が産んだのは確かだが、自分の面影がまるでないために、王様似でよかった、と思いつつも、ちょっと寂しい
気がするゆりだった。
その後、ゆりは庭園の東屋にいた。ミラも一緒にいる。
「子供は産まれちゃったら、あの不思議な魔法はもうなくなったんだろうね」
ゆりが言った。子供がいる時は、危険な時は魔法陣がくるくる回って助けてくれたが、今はもうきっと無理だろう。
「もう結界の外には出れないのかな・・・」
「そうですねえ・・・」
とミラ。
「まあいいや。あんまり贅沢は言ってられないもんね」
ゆりが大きく伸びをしていたら、視線の先にミカエルが見えた。空を飛んでいて、ゆりの側に近づいてきた。
「王妃、体調はいかがですか？」
ミカエルはにこにこして聞いてきた。
「元気だよ。もうすっかり」
「そうですか」
「・・・」
昨夜ヴィラといたために、ちょっと後ろめたいような気持ちになったゆりだった。
「それではまた」
ミカエルは去って行った。
「いつ見ても素敵ですねえ。ミカエル様は」
ミラの頬も赤く染まっている。
「ミラのお気に入りって、ミカエルなの？」
ゆりは聞いてみた。
「私は皆様好きですよ。皆様それぞれ良い男ですからね〜目の保養です〜ですが、私たち侍女のお気に入りは、やはり
ミカエル様ですかね」
「そうなんだ」
ミラは微笑んだ。
「ミカエルの顔って、種族超えて人気あるんだね」
ゆりは単純に思っていたが、実はミカエルがゆりの侍女たちに結構な贈り物をしていたからだ、とは全然知らなかった。
あの夜がなかなかよかったので、ゆりは３度ほどヴィラを呼んでもらった。ヴィラも儀式ほど興奮することもなく、
ゆりにすれば、ほどほど気持ちいいくらいでちょうど良かった。
ヴィラがやってきた次の朝、ゆりが部屋で朝ご飯を食べていると、赤ん坊の声が聞こえてきた。
「マー・・・マー・・・」
侍女に抱かれてアナスターシャがやってきた。
「姫君がとても王妃様に会いたがって」
と侍女。
「アナスターシャ、おいで」
ゆりはアナスターシャを抱っこした。
「マー・・・マー・・・」
「よしよし」
頭をなでる。
「マーチャンポ・・・マー・・・チャンポ・・・」
「チャンポ？散歩のこと？もうそんな言葉知ってるの？」
「チャンポ・・・チャンポ・・」
「いいよ。どこいこうか」
アナスターシャはうれしそうに微笑む。その瞬間、ゆりの姿が消えて、侍女たちがぎょっとした。
ゆりがついたところは湖の上だった。しかも宙に浮いている。
ゆりは真っ青である。
「ひええええ！どうなってんの！？」
ここどこだっけ。えーと、えーと、って言うか確実に結界の外じゃんか！
「きゃはは」
アナスターシャは笑っている。その時、明らかに味方ではないような男が、ゆりの視界に入ってきた。
どうみても一族の男ではない不細工で、醜悪な顔をして、角まで生えている。
「・・・・」
ゆりはあまりのことに声も出ない。その男がゆりのほうに向かってきたとき、横から炎となった蛇が出てきて男に巻きついた。
「王妃！」
ゆりの前に飛んできたのはジュノーだった。
「ジュノー！」
ゆりはほっとしたように言った。
「なぜここに！」
「知らないよう。この子が勝手に・・」
その時、ゆりの姿が消えた。
―王！大変です！王妃と姫君が結界の外に！
ジュノーからの思念と、侍女たちが王の間に入ってきたのは同時だった。
―今どこだ？！
ラクシュミが思念を飛ばす。
―バカラ湖にいましたが、どこかに飛ばれました
「全く・・・」
―戦士全員聞いてくれ。ゆりとアナスターシャが結界の外に出た。見つけたらすぐに捕まえてくれ
ラクシュミは、思念を飛ばす。
そのころ、ゆりは、廃墟とも言える城の中にいた。天井は崩れ、いくつも穴が開いている。
「はあ・・・し、心臓に悪い・・・」
ゆりはぎゅっとアナスターシャを抱きしめている。
「アナスターシャ、もう帰ろう。お城帰ろう」
「や」
「やってさあ、危ないでしょ？」
そしてまた瞬間移動した。
―アナスターシャ、城に戻ってこい！
ラクシュミは思念を飛ばしていたが、アナスターシャはさっぱり言うことをきかない。
ゆりは今度は南の砦の中にいた。そこには一族の者たちがいてゆりはほっとした。
「王妃！」
「誰か助けてー」
ゆりが言った瞬間、ゆりの姿は消えた。
―王、南の砦に現れてすぐに消えました。
「また消えたのか」
ラクシュミは王の間でいらいらしている。
ゆりが気づいた時には、南東の砦にいたヴィラの前にいた。
「王妃！」
「ヴィラ！助けて」
ヴィラはとっさにゆりの体を抱きしめた。
「さ、帰りましょう。」
―王、王妃を捕まえました。城に帰ります
―そうか。よかった
こうしてゆりとアナスターシャはヴィラに飛ばされて王の間に戻された。ゆりはもうぐったりしている。
アナスターシャはヴィラがだっこしていた。
「つ、つかれた・・・」
ゆりはよろよろと床に手をついた。
「王妃！」
ゆりの侍女たちがゆりに走りよっていく。
「アナスターシャだめだろう。勝手にでていっては」
ラクシュミが言うがアナスターシャはヴィラの腕の中で、すでに眠っていた。
「やれやれ・・・」
アナスターシャの侍女が、アナスターシャを受け取ろうとするが、アナスターシャは、ヴィラの服を
しっかりと握り締めて離さない。
「あら・・・どうしましょう・・・」
と侍女。
「なんならしばらく一緒にいますが」
ヴィラが言う。
「そうですか？」
ヴィラは、アナスターシャが離すまで、しばらく腕に抱いていた。
午後、ゆりはアナスターシャの様子を見に来た。アナスターシャは、ゆりかごの中でぐっすり眠っている。
そこに、ミカエルがやってきた。
「今日は災難でしたね」
「まったくだよ。もうびっくりした。心臓に悪いよ」
その時、アナスターシャがぱっと目を開けた。
「マー・・・マー・・・」
「はいはい、ここにいますよ」
「マー・・・チャンポ・・」
「散歩はもういけません」
ゆりが怒って言うと、アナスターシャはぷっと頬を膨らませた。
「トー・・トー・・・」
「父様に会いたいの？今会えるかな？」
ゆりがミカエルに聞く。
「多分大丈夫でしょう」
「・・怖いからミカエル抱っこしてくれる？」
「いいですよ」
ミカエルはアナスターシャをだっこして、ゆりと一緒に王の間に行った。ちょうど客が出た後だったので、
すぐに二人は王の間に入れた。
「アナスターシャ、父様に抱っこしてもらいなさい」
ゆりがいい、ミカエルがラクシュミに赤ん坊を渡そうとした。だが、アナスターシャはつんと横を向いて行かない。
いつもは喜んでラクシュミの腕の中にいくのだが。
「変な子ねえ。父様に会いたいっていったのに」
アナスターシャはラクシュミを見ようともしない。
「ごめんね王様。ミカエル、行こう」
「はい」
結局、二人はそのまま王の間を出た。
その日の三日後、ヴィラはまたゆりの元を訪れていた。
夜の逢瀬はいいものだ。理性は簡単に拭い去られてしまう。
何度もあっているうちに、今日は結構盛り上がっていた。
ゆりは口でヴィラに奉仕している。
「ん・・・・ああ・・・王妃は本当に上手ですね・・・」
ヴィラがあえぐように言う。やがて、ヴィラが果てた後、、ヴィラはゆりの体を寝かせて足を広げさせた。
足の付け根に触れると、すでにそこは潤っている。
「口でしただけでこんなになってしまったんですか？悪い子ですね」
「や・・・」
指が体の中に入ってきて、ゆりはからだをひねった。
「今日はいっぱいいかせてあげますからね。好きなだけ乱れていいですよ」
「ああ！」
随分長い間二人は肌を寄せていたのだが、その後に、もう一人のゆりが現れて、ヴィラは再びゆりに愛撫した。
「やっぱり夜っていいわね」
ゆりが言う。
「ええ。燃えますね」
「ふふ・・・あなただけいい思いできたわね」
ゆりが笑っていった。
「王がずっとああならいいんですが・・・」
「それも困るわよ。私他の人ともこうしたい。言ってみようかな」
「だめですよ。あなたは昼間好きにしてるじゃないですか。」
「夜の方がいいもん」
結局、その日ヴィラが部屋を出たのは、太陽が昇ろうとする時刻だった。
そのころ、ラクシュミには腑に落ちないことがおこっていた。
ラクシュミは一日二度は必ずアナスターシャとあっているのだが、最近全く言うことを
きかなくなってきたのだ。
自分のひざに乗ってこようともしない。相変わらず、ゆりのことは慕っているようだが。
この日も、ゆりはアナスターシャを抱いて庭にいた。あれから瞬間移動はおこってない。
そのとき、ジュノーとヴィラがやってきた。
「こんにちは。王妃」
「こんにちは。ジュノー、ヴィラ」
「こんにちは。姫君」
ジュノーが言う。アナスターシャはジュノーの顔を見た。そしてヴィラの顔を見て、ヴィラに手を出した。
「おや？」
とジュノー。ヴィラが微笑んで手を出すと、アナスターシャはうれしそうに手を握って笑っている。
「私よりヴィラがいいんですか？おかしな趣味ですね」
ジュノーが言う。
「本当にね。顔だけ見たらジュノーの顔のほうが子供受けしそうなのに」
ゆりが言う。
「ひどいですね」
ヴィラが赤ん坊を腕に抱き上げると、アナスターシャはきゃははと笑った。
そして、次の日の夕方
アナスターシャが「とーとー」といったので、侍女がアナスターシャをラクシュミの元に連れて行った。
「アナスターシャ、こい」
ラクシュミが手を出すと、アナスターシャはとたんに横を向く。
「どうしたのだ？アナスターシャ」
「機嫌が悪いようですね」
その横にいたミカエルが言った。そのとき、ラクシュミの目の前でアナスターシャの姿がぱっと消えて、一同ぎょっとした。
「南の方角です、追います」
ミカエルも消える。
そのころ、南の砦で休憩をしていたヴィラは、突然おなかの上に何かがのって、ぎょっと目を開けた。
見るとおなかにべったり赤ん坊がくっついている。
「姫君！？」
ヴィラはしばらく呆然と赤ん坊をみつめていた。銀の髪、金の瞳、まさしくアナスターシャだ。
ヴィラがアナスターシャをだっこして起き上がったとき、ミカエルが現れた。
「・・・・」
二人が無言で目を合わせたとき、
「とーとー」
そうアナスターシャが言った。
「どういうことだ？」
ミカエルが聞く。
「何がです？」
「なぜ姫君がお前を父親だと思ってる」
「さあ、私にも何がなんやらさっぱり」
「とー・・・チャンポ。チャンポ」
アナスターシャはヴィラを見て言っている。
「姫君、散歩はもういけません。城に帰らないと」
そういうと、アナスターシャはしょんぼりした顔をした。
「帰りましょう。」
ヴィラとミカエルは何度か瞬間移動をして、王の間に移動した。
「なんでまたお前の所にいったんだ」
ラクシュミが不思議そうに聞く。
「私に聞かれましても・・・」
ヴィラがアナスターシャをラクシュミに渡して離れた。すると、アナスターシャは瞬間移動でヴィラのおなかに
べったりくっついた。
「・・・・」
一同沈黙している。
「とー・・・」
「姫君、父様はあっち」
ヴィラはラクシュミのほうに手を向ける。
「とー！」
アナスターシャは必死の顔をしている。
「？」
アナスターシャの中では、なぜかヴィラが父親になっている。
「お前なんかしたろ」
ミカエルが言った。
「私が一体姫君に何をしたというんです。人聞きが悪い」
ヴィラがむっとしていった。
しばらく考え込んでいたラクシュミだったが、やがて、思い当たる節にぶつかった。
「そういうことか・・・」
ため息をついて出た言葉を、ミカエルは聞き逃さなかった。
「どういうことです？」
とミカエル。
「いや・・別に・・・」
その時、意味ありげにラクシュミとヴィラの目があった。
「まあ、とりあえず、私は姫君を侍女に渡してきます」
ヴィラは瞬間移動で消えた。
「王・・・どういうことですか？」
勘のいいミカエルは、かなり不機嫌そうな顔をしていた。
「さあ・・しらん・・」
「王！」
「何を怒ってるんだ。ミカエル」
「王が私になにやら内緒にしてるからですよ」
「何を内緒にしてるというんだ。ばかな」
ますますあやしいとミカエルにかんぐられてしまい、とうとう白状させられた。
「王妃がヴィラの気を帯びていたから？」
「まあ、そうだ。それでヴィラを父だと思ったんだろう。私はここのところゆりとひっついてないし」
「勘違いするほどなぜ気を？」
「・・・さあ」
「わずかな時間でそんなに気は奪えないはずです。ヴィラは倒れた様子もないし」
「さあ、それは・・あれだ。私がやってくれと頼んだ。私も最近ゆりに気を奪われるのも辛いほど疲れていたのでな」
「・・・最近、ヴィラは昼間王妃と一緒に過ごした様子はないですがね。ずっと外にいましたし・・・」
ラクシュミもさすがに困り果てた。
「お前な、ゆりのこととなると、なぜそう突っ込んで聞いてくる」
「愛しているからです」
「・・・・」
面と向かってそう断言されても・・・
「番兵、次の客はいないのか？」
ラクシュミは、話をそらすように番兵に話しかける。
「いえ・・・今は別に・・」
―ばか者！気を利かせて誰か連れて来い！
ラクシュミが思わず思念を飛ばす。
―は？はいっ
突然そういわれても、誰を連れてくればいいやらの番兵である。
「お、王、ミルキダス様が謁見を！」
門の外にいた番兵たちは、近くを通っただけのミルキダスを捕まえて王の間に入れた。
「お、そうか。じゃあミカエル、これで・・・」
「・・・失礼します」
ミカエルは、不機嫌なまま去って行った。
ミルキダスはわけもわからず戸惑った表情をしている。
まずいな・・・あいつめゆりに問い詰める気だ。
「ミルキダス、ゆりをすぐここにつれて来い」
「は？はい！」
しかし、ミルキダスがゆりの部屋に行ったときには、ゆりはすでにいなかった。
ミカエルが塔に連れ去った後だったからだ。
「・・・」
ラクシュミは王の間で顔に手をあてた。
「あの・・・ミカエル？」
突然現れて塔につれてこられたゆりは、あっけにとられている。
「どどうしたの？」
異様なミカエルの様子に、ゆりはちょっと恐怖を感じた。
「王妃、あなたは、私よりもヴィラのほうが好きなんですか？」
「え？」
「どうなんです？」
ミカエルの手が、ゆりの頬に触れる。
「一体何言ってるの？私は王様が一番、それだけよ？」
「ではなぜ、ヴィラとだけ夜を？」
「え・・・」
ゆりの顔が引きつった。
「なんのこと？誰がそんな馬鹿なこと言ったの？」
「王です」
「嘘・・・」
まじめな顔のミカエルに、ゆりはまともに答えてしまった。
「嘘です」
「ミカエル！」
「でも、やはりそういうことあったんですね？」
「う・・・・」
「私よりも、そんなにヴィラがいいんですか？」
甘いマスクが、今日は怖い。
「そんな、どっちがいいとか悪いとかはないよ。ただ、なんとなくヴィラにしただけで」
「私もあなたに触れたかった。でもずっと我慢していたのに・・・」
「・・・」
ミカエルの表情が、せつないものにかわってくる。
「今夜は私と過ごしてください」
「え・・あの・・・今日は王様と」
「じゃあ明日」
「明日も王様と」
「ではあさって」
「ミカエル・・・」
「キライなら、そういってください。そうすれば、私はもうあなたにこんなことは・・・」
「嫌いじゃないよ。わかってて聞いてるんでしょ？ミカエルと夜一緒にいたら・・・その・・
何かすごく好きになりそうで怖かったんだよ。だからヴィラにしただけよ」
「・・・・」
「だから、別にミカエルをないがしろにしたわけじゃないよ」
ミカエルはじっとゆりを見つめている。
「私のことを好きだといってくれたのに」
う・・・
「だからそのう・・・」
ゆりが困ったように頭をかく。涼しい風が吹いていたのだが、背中には汗が流れていた。
「それにヴィラとはそんな甘い夜を過ごしたわけじゃないよ。ただ、夜ひっついて気もらってただけで」
「じゃあ、私もそうしてください」
「・・それはちょっと・・・」
「どうしてです？」
「だって、なんか今日のミカエル怖いもん。最後までやられそうな気がする」
「そんなことしませんよ。」
「だって目の色が違うし」
「そこまでしたら、さすがに王にしかられます」
「・・・」
困った・・・このミカエルと一緒に過ごすのは怖すぎる・・・
「確かにあなたのこと好きだけど・・・でもあなたにだって恋人いるし、私はあなたの妻じゃないんだから、
文句言われる筋合いは・・・ないよね」
「・・・・私はあなたの一番の恋人になりたいんです。そうしてはくれないんですか？」
「ごめんなさい」
「私はあなたのお気に入りじゃなかったんですか？」
「お気に入りだけど・・・それとこれはまた別なの。」
ミカエルは怖い目でゆりを見て、姿を消した。
するとミルキダスがやってきた。
「大丈夫ですか？王妃」
「もっと早く来てくれればいのに」
「すいません。シールドがはられていて近寄れなかったんです」
あーもう、困ったなあ・・・
ゆりはミルキダスに王の間に連れて行ってもらった。
「大丈夫だったか、ゆり」
ゆりはラクシュミの顔をにらんだ。
「王様ミカエルに何か言ったでしょ」
「言ってない。あいつが感づいたのだ。実は、アナスターシャはすっかりヴィラを父親だと思ってる」
「え？なんで？」
「お前がずっとヴィラの気を受けていたからだ。」
「嘘・・・」
「それでミカエルが嫉妬してるんだ」
「私は別にミカエルの妻じゃないもん」
「お前はミカエルよりヴィラのほうが好きなのか？」
「ヴィラのことは信頼してるし、安心できるから・・・それだけよ」
「ミカエルじゃ安心できないのか？」
「・・・まあ・・そう」
ラクシュミは首をかしげた。
「まあ、とにかく、しばらくは私のところにこい」
「うん」
ゆりはしばらくラクシュミの寝室ですごし、時々ひっついて気をもらった。
そうこうしていると、アナスターシャもようやくラクシュミの言うことを聞くようになっていた。
そんなころ、蛇の目のゆりはジュノーと別室で肌を寄せてキスをしていた。すると突然ミカエルが現れて、
ジュノーもゆりもぎょっとした。
「一体どういうつもりです」
ジュノーが怒って聞いた。
「ヴィラかと思った。悪かったな」
ミカエルがそっけなく言った。
「ヴィラ？」
ゆりは無言でいる。
ミカエルはゆりを見た。
「あなたにちょっと聞きたいことがあるんですが」
「面倒な話はいやよ」
「ジュノーの前で言ってもいいんですか？」
そういうと、ゆりは顔をしかめた。
「・・・どうかしたんですか？王妃」
ジュノーがゆりの顔を見て聞く。
「あっちの私がちょっとヴィラと仲良くなったものだから、ミカエルがかんかんなの」
ゆりがジュノーに言った。
「ちょっとじゃないでしょう。夜に寝室であっていたんだから。しかも何度も」
「・・・本当ですか？王妃」
「人の肌が恋しい時期なの。王様最近全然その気なかったし。あっちはヴィラのこと信頼してるし。でもそんなやましい
ことはなかったわよ」
「・・・」
ミカエルは冷めた目でゆりを見ていた。
「じゃナンなんですか。あなたたちは両方とも、ただ私の容姿が気に入ってただけだったんですか？」
「そういうわけじゃないけど・・・」
「あなたがヴィラに嫌がらせしたんですか？突然夜の仕事が増えてひーひーいってましたよ」
ジュノーがあきれていった。
「どっちみち、もう王様のところで寝てるわよ」
「私はあなたたちのことを愛しているのに、あまりにひどいじゃないですか。」
「・・・そうかしら」
ゆりはジュノーに聞いた。
「私も複雑ですが・・・でもまあ、しょうがないじゃないですか。あっちの王妃はみんなとこんな
風にはなれないんだから。責めるのはかわいそうですよ」
ジュノーがかばうようにいった。
「私は自分が一番気に入られてると思っていたのに」
「一番気に入ってるわよ。だから誘わなかったんじゃない。あんまり盛り上がりすぎて困ることになりそうだから。」
「そんな理由じゃ納得できません」
「とりあえず私の時間を邪魔しないでほしいんですけど」
ジュノーが言うと、ミカエルは消えた。
その夜、ゆりが王の寝室のベッドで寝ていると、頬をなでられてキスされた。ゆりは何も疑わずに
相手の男の背中に腕を回して、あれ？と思った。背中をなでても長い髪がない。男はゆりの体の上に乗った。
「・・・・え？だれ？」
部屋は真っ暗だったので顔は見えなかった。
「私ですよ」
その声にぎょっとする。ミカエルだった。
「なんで？」
「あなたが恋しくて・・・」
「ここは王様の寝室よ。王様がきたらどうするの？」
「まずいですね。だから、あなたの部屋のほうに移動しましょう」
「え？いやよ」
「ならここで、しちゃってもいいんですか？」
その怖い声にゆりはぞっとした。
「ミカエル、冗談はやめて」
「冗談でこんなことしませんよ。私はあなたを愛してる。だからきたんです。私はただ、あなたの一番の恋人でいたいだけなんです。
だから、素直に言うこと聞いてください」
「・・・いやっていったら？」
「体の動きを奪って、ここで抱いてしまいますよ。」
「・・・そんなことしたら王様に・・・」
「二度とあなたに会えなくなるかもしれませんが、このまま引き下がるのはいやなんですよ」
ミカエルは、ゆりの体の上に乗ったまま、言った。
「・・・」
「向こうにいってくださるのなら、そこまではしませんよ」
「約束できる？」
「ええ」
ゆりは自分の寝室につれていかれた。
「かわいいですね。肌が透けて」
ミカエルは、ゆりの寝巻き姿を見下ろして言った。ゆりはからだを横に向けた。
「ひどいわ。こんな強引なことして」
「ひどいのはあなたですよ。私の気持ちを知ってるくせに、無視して」
「あなたには、恋人がいっぱいいるくせに」
「ヴィラにだっていますよ？」
ミカエルはゆりの上に覆いかぶさった。そして、口付けしながら肌をまさぐった。
「ちょっと待った！そこまでだったら！」
ゆりがあわてて言う。
「今日はもう何もしないで。お願いだから」
「・・・いいですよ。じゃああなたを抱きしめて寝るだけで」
ミカエルはゆりを寝転んだまま抱きしめた。
怖い・・・・何もされなくても怖い・・・
「ヴィラは何度来たんですか？」
ミカエルは抱きしめたまま聞いた。
「２回」
ゆりが言うと、ミカエルはふっと笑った。
「正直に言わない気ですか？なら、10回ってことで、後9回ここにきます」
「５回よ。そんなにきてない」
「じゃあ、後４回ですね」
ゆりは口を尖らせている。
心臓がものすごい音をたてていた。
これも浮気した報い？
あれ？でも浮気ってのもおかしいなあ・・・別にミカエルは私の夫じゃないし・・・
王様に責められずになんでミカエルから責められるわけ・・・
「すごい音ですね。あなたの心臓。そんなに緊張してるんですか？」
ミカエルが抱きしめたまま聞く。
「・・・だって・・・」
「なんでヴィラを夜呼んだんですか？」
「え・・・」
「その気になったからじゃないんですか？」
「違うよ。まさかあ」
ゆりの背中は汗でもうびっしょりだった。
「子供もいるし、私はもう、他の人とそんなことは・・・」
「してないんですか？じゃあヴィラから気をもらっただけだって、言い切れます？」
「・・・もう勘弁してよ。私が悪かったわよ」
ゆりは泣きそうな声で言った。
「ミカエルは刺激的すぎるから、理性がなくなりそうなのが怖かったんだよ。もうそんなに怒らないで」
「・・・別に怒ってないですよ」
めちゃくちゃ怒ってるじゃん
「ただ悲しいだけです。あなたは私の顔しか好きになってくれないから」
「そんなことないよ。声も好きだよ」
「・・・他には？」
「すごく優しいところが好きだよ。だから怖いことしないでね」
「・・・」
ミカエルは近くでじっとゆりを見ている。
「・・・」
ゆりの顔は引きつっている。
「いいですよ。安心して寝ていただいても」
安心できません
「また明日の夜も来ますから、ここいてくださいね」
「明日？うん。わかった」
ゆりがそういうと、ミカエルはようやく普通に微笑んだ。
ミカエルは朝前に出て行ったが、ゆりは一睡もできなかった。
何か作戦を考えなければ・・・やばいかも・・・
ゆりはベッドの上でしばらく脱力していた。
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