第３３話
ザクート王に魔法をかけてもらい、外に遊びに行くぞーと思っていたゆりだったが、雨はまだやまなかった。そんな時ミカエルが、「子供の学校に行ってみますか？」と言ってくれたので、結界の外にある学校に連れて行ってもらった。力がある子供たちの学校で、
年齢によってクラスが違い、戦い方を学んだり、勉学に励んだりするようだ。ちなみに外での戦闘はよっぽどの事がない限り子供は参加しない。
大きな戦いにも参加することはない。実践練習で大人と一緒に見回りに行くことはあるのだが、子供のうちは力も不安定なので
無理はさせないことにしている。もちろん、一族の者が皆戦うわけでもなく、力があまりない者や、戦いが嫌いな者は、国の内政に携わったり
他の事をしている。
「わー王妃様〜」「王妃様だ〜」
「王妃様ー！」
教室の方に行くと、あどけない子供たちがみんなやってきてうれしそうにゆりを見てくれた。
ゆりはにこやかにみんなに手を振っている。
ああ・・・これって・・・結構快感かも・・・・
外遊に出た天皇一家の気分だった。何よりみんな喜んでくれるのがうれしい。
「みんなかわいいねー」この教室では、２０歳から３０歳くらいの男の子や女の子がいた。２０歳といえば、ゆりの世界では立派な大人だが、こっちでは、
男の子でもゆりよりも背の低い子も多い。まだみんなあどけない顔立ちで、体つきも細い。やっぱり子供だ。大人になるまで
まだまだ間がある。性別がどっちかわからない子もいる。女の子も、まだ胸は全く膨らまない。
女が大人になる時は、胸がじょじょに大きくなり生殖機能が備わるのだが、男の場合は一年ほどかけて体が大きくなり、
顔つきも変わる。気の力もぐんとまして、声の質も変わる。たまにいつまでたっても大人になれない者は、ゆりが飲んでいたお茶を飲んで、成熟を促したりするようだ。そして周りの大人が
大人になったと認めれば、晴れて大人という事になる。
子供達は皆目がきらきら輝いていてとてもかわいかった。将来への希望に満ちている。
子供達を見ていると、王妃として皆を守ってあげたい。そんな気になってくる。
ゆりは次に、子供たちの訓練所に連れて行ってもらった。ここには40歳以上の男女がいた。
中では二人づつの組みになり、剣の打ちあいをしていた。２０人ほどいる。数人の大人が中にいて教えていた。ゆりが入っていくと
みんな手を止めてゆりを見た。「これは王妃様、いらっしゃいませ」
大人の戦士がにこやかに言ってくれた。
「イシュタールはいないの？先生してるんでしょ？」
ゆりはミカエルに聞いた。
「イシュタールは大人用の訓練所にいますよ。今日は」
「そうなんだ」
戦士が王妃様だよ、と子供達に声をかけていた。
子供たちがゆりを見ようと集まってきた。先ほどの子供たちよりは、みなちょっと背も高く、体つきもしっかりしている。「こんにちは。みんな、がんばってね」
ゆりはみんなの顔を見回して言った。そして、その中で、一際美しい顔立ちをした子を見たのだった。
青みがかった銀髪は少し長めで、瞳も青かった。他の子の中でも、一番目立っている。
「可愛い女の子がいるね」ゆりが思わずその子を見て言った。
「彼は男ですよ」
ミカエルが言った。
「そうなんだ。」
すると、その男の子がすっとゆりの前に出てきた。背はゆりとそう変わらなかった。
「始めまして王妃様、僕シャナーンです」
声は女の子みたいに高かった。
シャナーンはゆりの手をとって、ちゅっと手の甲にキスした。
「僕、あと１０数年で大人になりますから、待っててください。王妃様」
シャナーンはにこにこしながらゆりを見つめて言った。
「そうなんだ。がんばってね。シャナーン」
ゆりはきれいな子だったので、ちょっと頬を染めて言った。
それにしても男にしとくのがもったいないわねー可愛い子。
二人はにこにこと見つめあい、手を握り合っていた。
「こら、いつまで手握ってるんだ」横にいたミカエルがむっとして言った。
「そろそろいきましょう。王妃」
「もう？みんながんばってねー」
ゆりがみんなに手を振る。
「また来てくださいねー王妃様！」
「さようならー王妃様」
みんな手を振り返してくれた。
「もう、ミカエルったら子供に妬いちゃって」ゆりは部屋から出た所でミカエルをひじでこづいた。
「そうじゃないですよ。」
「またー」
「・・・」
全くあの小僧め・・・
ミカエルは心の中で舌打ちした。別にシャナーンがゆりの手を握っていたからむっとしていたわけではない。それにはちょっとした理由があった。
夜、ミカエルの屋敷にはフリットが来て一緒に酒を飲んでいた。昼間の話をすると、フリットは腹を抱えて笑い出した。「何がおかしい。ちっともおかしくないだろ」
ミカエルがむっとして言った。
「いやーシャナーン坊やも真面目に狙ってるんだなーお前の後」
「後って・・・私はまだまだ隠居しないぞ」
「ははは、面白い坊やだなー、この前私にも聞いてきたぞ。ミカエル様より強くなりたいんです。それにはどういう特訓したら
いいですかって。やたらお前を敵対視してるな。」
「・・・・」
ミカエルもシャナーン本人に言われた。「いつかあなたより強くなります」真面目な顔でそう言われたのだ。
いまだかつてミカエルは子供にも大人にもそんな事を言われたことはない。
普通の子供なら、何ふざけた事言ってるんだ、と思う所だが、シャナーンは普通の子供ではなかった。
「なんで私なんだ」「そりゃー、いつかお前から王妃のお気に入りの座を奪う気だからだ」
フリットの言葉にミカエルは唖然とした。
「今なんて言った？」
フリットは同じセリフを繰り返した。
「何考えてるんだ。あのガキは」
「どうせ将軍がけしかけたんじゃないのか？お前以上になりたいだなんて、たいした心がけじゃないか」
「何感心してるんだ・・・」
シャナーンは、北の将軍ヴィクターの秘蔵っ子だった。顔は全然似ていないから、母親に似たのだろう。しかも、力の潜在能力は
子供の中でもぴか一で、ラクシュミもシャナーンが大人になるのをかなり楽しみにしているほどだ。上級クラスが夢ではない子供は
今の所シャナーンだけだった。
「もしかしたらお前以上になるかもしれないもんな。本当に」「嫌な事言うんじゃない」
「将来が楽しみだな」
フリットは微笑んでいる。
「・・・・楽しみじゃない」
ミカエルの口はへの字に曲がっていた。
数日後、北の砦に用事で行ったミカエルは、将軍の私室でヴィクターに会い、横目でヴィクターを見た。「なんだ？酒でも欲しいのか？」
ヴィクターがミカエルの妙な視線に気づいた。
「将軍、シャナーンに変な事吹き込まないでくださいよ。」
「変な事？」
「なぜか私を敵対視してますよ。シャナーン」
「ははは。いつかミカエルを越えてやれ、と毎日言ってるからな」
ヴィクターが腰に手を当てて笑っていった。
「なんで私なんです。別にイシュタールとかでもいいでしょう」
「イシュタールが相手じゃ面白くないだろう。美男子同士で張り合わないと。フリットじゃ張り合いそうにないし。
シャナーンはお前と同じで魔力で戦うタイプだからな。この前王妃にあったらしいぞ。可愛い人だって言ってた。俄然やる気に
なってたぞ。私は王妃にはお父さんとしか思われなかったからな、シャナーンには是非、お前を蹴落として王妃のお気に入りに
なってもらいたいもんだ」
ヴィクターは大真面目で熱く語っていた。
何考えてるんだ。この人は・・・なんで私があんな小僧と張り合わなきゃならないんだ・・・
「冗談じゃないですよ。付き合ってられません」ミカエルはヴィクターに背中を向けてぎょっとした。目の前にシャナーンが立っていたからだった。
「こんにちは、ミカエル様」
シャナーンはにこやかに微笑んでミカエルを見上げた。
「シャナーン、ここは子供は立ち入り禁止だぞ！」
「私が呼んだんだ。こいつ、お前に指南してもらいたがってるんで、ちょっと遊んでやってくれないか？」
「え・・・」
「お願いします。いずれミカエル様を超えるためには、本人にまずは教えていただくのがいいと思うんです」
シャナーンはにこやかにぎょっとするような事を言ったのだった。
「よろしく」
ヴィクターがミカエルの背中をぽんとたたいた。
「お前何考えてるんだ。将軍も何考えてるんです！」
ミカエルが二人を見て言う。
「私は強くなりたいんです。誰よりも。可愛い王妃様を守るために」
「どうせ目指すなら姫の結婚相手とか目指せばいいだろうに・・・」
「私は、柔らかいお手手の王妃様がいいです」
シャナーンはミカエルをにらむように言った。
「このガキ・・・」
「将来が楽しみだな、はっはっは」
ヴィクターは楽しそうに笑っている。
「何喜んでるんですか。将軍」「楽しいじゃないか」
とヴィクターはあっさり。
「お願いします。ご指南を」
シャナーンは真剣な表情でミカエルを見上げた。
「ま、いいだろう」
こうなったらしごいてやる、そう思ったミカエルだったが、いざ、訓練所でやりあってみると、確かになかなか侮れない力の持ち主だった。顔立ちは可愛いのに力は全然可愛くない。顔は似てないが力だけはヴィクター譲りのようだ。
今でも、下級戦士相手ならば、勝てるかもしれない。
しかも子供のくせに必死の表情でミカエルに向かってくる。
もちろん、今現在、ミカエルがシャナーンに負ける事はありえないのだが、シャナーンが大人になり、２、３０年ほどすれば、どうなるかはわからない。ミカエルはシャナーンにそれほどの力を感じた。
終わったあと、シャナーンはかなりの力を使ったのでぜいぜい言っていた。ミカエルはさほど表情も変わらない。「さすがミカエル様はお強いですね。僕もっとがんばらなくっちゃ。」
「・・・お前、なんでそう王妃を気に入ってるんだ？」
ミカエルは気になって聞いた。
「だって、王妃様はこの国を救ってくださった女神様みたいな存在ですからね。それに、かわいいし・・・無邪気な黒い瞳がかわいかったな」
「はあ・・・・」
「だから、大人になったら恋人になりたいんです。どうせならお気に入りがいいし」
そういうと、シャナーンは少女のような顔で微笑んだ。
「そのためには強くならないと。口先だけじゃ認められませんからね。今日はありがとうございました」
シャナーンは立ち上がってぺこりと頭を下げて、出て行った。
ミカエルはしばらくたたずんでいた。
あれだけ断言しているが、その裏には相当の苦労もしているようだ。確かに見上げた根性といえるかもしれない。「侮れないやつ・・・」
確かに・・・シャナーンが大人になって、２０年もたったころには、やばいかも。力だけでなく、あの容姿には王妃もころっといくかもしれない。そのころには、まだまだ王妃だって若いし・・・
ミカエルはその考えにぶるっと体を奮わせた。
私も精進しなければ・・・
むしゃくしゃするから戦士らでもしごいてやろう。
ミカエルは大人の戦士の訓練所の方に移動した。
夕方、国で一番大きな図書館に、フリットはいた。３階建ての、見た目大きな屋敷のような古びた建物だが、中にはぎっしり本が詰められている。ここは一般人は許可がないと入ることはできない場所だった。
フリットは一階で本を読んでいる連中の中に、シャナーンがいたので寄って行った。
「どうしたんだ？かなり気が減ってるじゃないか」シャナーンはフリットを見上げて頭を下げた。
「はい、さっきミカエル様に魔力の戦い方の指南をしていただいたので、」
「そうなのか・・・だめだぞ。あまり一気に魔力を使いすぎたら」
「はい」
シャナーンはにこやかに微笑んだ。こうしていると、まだまだあどけない子供に見える。フリットにすれば、シャナーンは
かわい後輩と言った所だった。フリットはシャナーンが読んでいる分厚い本に目を留めた。
その文字は古代語だった。
「シャナーンは古代語マスターしたのか？」
「読むのは得意ですが、話すまでは・・・」
「そうか。たいしたものだな」
確かに侮れないやつ・・・そうフリットは思った。こんな古代語の本を読める者は、大人でもそうはいない。
「王妃様ってかわいいですね」シャナーンがフリットを見て言った。
「ああ、そうだな」
「僕、この前初めて王妃様にお会いした時、王妃様の背中に白い翼が見えたんです。」
「え・・・・白い翼？」
「はい、まるで翼のある女神様のような方ですねえ」
シャナーンは頬を染めていた。
「・・・・」
フリットはゆりの事は好きだし、愛してるかと聞かれたら愛してると答えるほど想ってもいるが、今までゆりの背中に
白い翼が見えたことなんてない。
どっちかというと、ゆりよりもシャナーンのほうが白い翼が似合いそうだった。
これは重症だな・・・
フリットは頬をかいた。
「シャナーンは子供なのに異性に恋愛感情を抱いたりするんだな」「王妃様は別ですよ。ずっとあこがれてましたし・・・早く大人になりたいな・・・」
シャナーンの目は輝いていた。
なんだか・・・王妃にえらく幻想を抱いている気がするが・・・大丈夫かな・・・
フリットはちょっと不安になった。「でも、こう思ってるのは僕だけじゃないんですよ。結構王妃様にあこがれてる男いるんですよ」
「そうなのか？」
「だって、王妃様が素敵な方だから、王様だってずっと王妃様一筋で側室ももたずにいらっしゃるんじゃないですか。
そうでしょう？」
「そうだな」
他にいろいろ事情はあったが、説明する気はなかったのでそう同意しておいた。
「ですから、美しい王様がめちゃくちゃ愛している王妃様に、みんなあこがれてるんです」
「・・・そうか。そういうとりかたなのか・・・」
確かに・・・王は王妃を愛しているし、交わりの月も、王妃だけだし、王が王妃にべた惚れ、王がべた惚れするくらいだから王妃はとっても素敵な人に違いない。周りがそうとってもおかしくない。
「ミ・ラヴィデス・・・・カデュラ・・・ラヴィエルラ・・・」シャナーンは宙を見て古代語でつぶやいた。
フリットはやれやれとその場を去った。
愛しい人よ。いつの日か、お側に。
シャナーンはそう言ったのだった。
まあいいか。強い戦士は大歓迎だし、本当にミカエルより強くなればたいしたものだ。
ミカエルは面白くないだろうがな・・・
フリットは将来大人になったシャナーンがミカエルと張り合う所を想像し、思わずぷっと噴出してしまったのだった。
おしまい
進む