第71話
蛇の国内はそう変わらず、春のうららかな日々が続いている。
変わったことがあるとすれば、６の月に入り、再び結界の外で清めの砂といわれる砂が発見されていた。
前回とは場所がちがっていたし、今回は、結構広範囲にまかれていた。
砂の粒は小さなものなので、よくよく探さないとわからないほどだった。今回見つけたのはロイである。
「またみつけた！」
と砂を拾って兄弟達に見せていた。
「私もきれいな砂が欲しい！」
とナナミはアナスターシャをつれて結界の外で砂を見つけていた。子供達にとっては宝物を探すような感覚で気楽なものだったが、
大人達にとっては不思議なことである。フリットも再び不思議がったが、理由は今回もわからなかった。
結界の外でしゃがみ込んでいるナナミとアナスターシャをイシュタールが見つけていた。
「何をしているんですか？」
「きれいな砂を探してるの」
ナナミは杯に入れた砂をイシュタールに見せた。
「ああ、フリットが前に見つけたのがまたあったようですね」
イシュタールは杯をのぞき込み、言った。
「教会にあるやつより大きいよね。これ、だれがまいたのかな？」
アナスターシャが砂を拾いながら首をかしげていた。
「本当に、不思議ですねえ」
イシュタールは足下に散らばっていた砂の粒を拾い上げた。突起がある砂である。中は空洞になっているのかちょっとぷっくりと膨らんでいる。
子供にとってはかわいらしい形に見えるのだろう。
イシュタールは神の国で同じような砂を見たことを思い出していた。
火の神殿の外にあった。その砂は、白くはなく、赤かった。赤い砂だったのだ。
「今は休憩時間なんですか？」
イシュタールがそう聞くと、アナスターシャが「あっ！」と声をあげた。
「つい熱中しちゃった。もう戻らなきゃ。ナナミ、戻りましょ」
「うん」
二人はあわてて城に戻っていった。
「清めの砂か……」
イシュタールが指に力を込めると、砂の粒は壊れて、キラキラと光る粉になって消えてしまった。
その頃城では、ゆりはシャナーンと長いすに座っていたのだが、ゆりがちらちらと姿見の鏡を見ていたので、シャナーンが
「鏡がどうかしたんですか？」と聞いていた。長いすは部屋の中央を向くように置かれている。
「あ、言ってなかったっけ？ この前不思議なことがおこってね」
ゆりが以前見た大きくなったミシェイラの話をすると、シャナーンが「その話はシス様に聞きましたよ」と言った。
「もう一人の姫君は今王妃のお腹にいる方なのでしょうか」
「どうだろうねえ。あれ以来鏡が気になって。また来るのんじゃないかなって」
「そうでしょうね。私も一緒に見たかったですよ」
二人は一緒に鏡を見ていた。だが、鏡に変化が起きることはなかった。
「私と同じ耳の女の子だったのよ」
「そうなんですか」
「いろいろな子供ができておもしろいよね」
「どのお子様も、本当にかわいらしいですよ」
ゆりはシャナーンの右手を見て、ちらりと袖口をめくっていた。
「あれ？ 蛇がいない」
シャナーンの右手の甲には蛇の頭があったのだが、それがない。
「腕にいますよ。ちょっと移動したんですよ」
シャナーンが上着を脱いでシャツのボタンを外して腕をまくると、確かに子蛇はいた。手の甲から移動しているようだ。
「活発なのは赤蛇だけじゃないんだ」
「どうしたんでしょうね。最近よく動くんです。シス様に子蛇の話をしていいのかどうか迷ってまして……」
「シスは何も言ってないけどね。今朝もちゃんと手にいたわよ」
「じゃあ私の蛇だけなのかな？」
「まあ、蛇にも個性があるからね」
ゆりは大して気にしなかった。
「シス様は最近では落ち着かれているようですね」
「そうね。まあお年頃だからね。感情の浮き沈みがあるみたいよ」
外ではナナミとアナスターシャに代わり、今度はラギとシスが結界の外で清めの砂を探していた。ロイのように集めてはいなかったが、手の平に乗せて眺めている。
「かわいい砂だよね」
シスが指でつまんで眺めていた。
「そうだね。だれがまいたんだろうなあ」
ラギも手の平に集めた砂を眺めている。
「日の光が当たるとキラキラ輝いてみえるね」
「本当だね」
砂の粒を見ていたラギだったが、やがてシスを見て、
「何か僕に秘密があるんじゃない？」
と言い出した。
「え？ 秘密？」
「うん。最近変だよ」
「うーん……実はあるけど、今は言えないんだ。男と男の約束だから」
「男と男の約束？」
（ということは誰か男がからんでいるのかな？ お父さんと何か？）とラギは思った。ますます謎である。
ドルイドはあれっきりシスの元には来ていない。次の来訪はいつになるのか、シスにも予想はつかなかった。
シスだってラギに隠し事はしたくはなかったが、こればかりは言うわけにはいかないのだ。
「そのうち言うからね」
「うん」
ラギは深く追求せずに、口元を触っていた。ラギは最近歯が抜けまくっていた。歯が変わる時期なのだ。
新しい歯が出ようとしているため口元がむずがゆくてしょうがない。シスもアナスターシャも所々歯が抜けている。ラクシュミは「大人の歯になったら
歯磨きを丁寧にやるように」と歯磨きの大切さを子供達に語っていた。
「まだいっぱい落ちてる？」
ロイがやってきた。
「どうかな。まあ僕らは別に集めてないけど」
ラギが答えた。
「それ集めるのは飽きちゃったよ。なんかして遊ぼうよう」
「闘技場で遊んでもらったら？」
シスが言うと、「そうしよう！ 一人で行ったら怒られるからシスにーも行こうよ」と目を輝かせた。
「僕はこの後いろいろあるからだめだよ」
「じゃあラギにーと行こう」
「僕は……」
とラギは言いかけたが、強引にロイにつれて行かれてしまった。その素早さにシスは驚いた。ラギが驚く間もなかったのである。
「……一人で闘技場に行けるよね。まあいいか」
シスは一人城に戻ったのだった。
ゆりの部屋にはシャナーンと入れ替わりにエルバートとセリアがやってきていた。
最近食欲がありすぎていらいらしているセリアをみかねて、エルバートが連れてきたようだ。
「王妃様〜食欲が抑えられません。どうしたらいいんでしょう〜」
セリアはまじめに悩んでいるのか、目がうるっとしていた。確かに、セリアは全体的にちょっと太っているようである。だがこれもゆりにすればかなり許容範囲だ。
自分が太った時に比べると、かわいいものである。
「かわいそうにね。糖分が高い物は控えるようにしたほうがいいかもね」
ゆりはセリアの手をなでていた。
「どうしてもケーキとかドーナツとか、プリンが食べたいんです！」
生前、キースの息子はかなりの甘党だったようだ。そのせいなのか、セリアは甘い物の誘惑に再び悩まされていたのだった。
「こっそり食べているのがばれて、このままだともう入院だって、先生には脅されているんです」
「私もいけないんです。セリアさんが不憫で、ついいろいろ買ってしまうんです」
エルバートもしんみりして言っていた。
「エルったら。ゼリーとか寒天とかならまだいいかも。もう少しだからがんばって」
「はい」
そこに再び訪問者があった。今度はユリウスとジュメだった。
「王妃の顔がみたくなって」
と言ってゆりに笑みを向けた二人は、中にいた面々を見た。
「セリア、ちょっと太ったな」
言いにくいことをずばり言ったのはやはりユリウスだった。セリアはガーンとのけぞっている。
「やっぱりわかります？」
「見るからに健康的な妊婦でいいなあ」
ユリウスは悪気はなく言っていたのだが、横にいたジュメの顔もちょっと引きつっていた。
「セリアは食欲がありすぎて悩んでるの。でもそんなに太ってないわよ。私が太った時に比べたら全然」
ゆりがフォローしていた。
「健康的な証拠ですよ」
ジュメも笑みを浮かべていった。
女性が増えたのでエルバートは「それじゃ私はこれで」と去って行った。
女性４人でティーパーティーが始まった。ジュメとユリウスはセリアが健康的な妊婦生活を送っているので、うらやましがり、
セリアは「先生に脅されてるんですよ」と言いながら、ユリウス達が持ってきたケーキをとてもうれしそうに食べていた。
確かにこんなにうれしそうな顔を見たら、エルバートじゃなくても差し入れをしたくなってしまうだろう。
「まあ、子供が産まれたら全部笑い話になるわよ」
７人目を妊娠中のゆりは、余裕の表情でこんなことを言っていたのだった。
王の間では、アナスターシャがラクシュミからちょっと離れたところに座り、結界を作る練習中だった。シスはおとなしいのだが、アナスターシャは
客がいなくなると鼻歌を歌ったりしている。どうにもじっと黙っていられないようだ。
「フフ〜ン♪ ダレル・ラオル・イ〜♪ フ〜フフ〜ン〜イー・ミ・ラヴィデス〜フフ〜ン♪」
ラクシュミが顔を向けると、アナスターシャはあっと口を閉じた。
「今の歌はなんだ？」
「え？」
「何か歌ってたろ？」
「えーと、ああ、ハインリヒが教えてくれたの。『ダレル・ラオル・イー・ミ・ラヴィデス』とかいう歌なの」
アナスターシャが答えた。
「ダレル・ラオル・イー・ミ・ラヴィデス」
「父様も知ってる？」
「その言葉は聞いたことがある」
「有名な言葉みたい」
「そうか……」
そのとき、ラクシュミの脳裏に大人になったロイの顔が浮かんでいた。
その時のロイがやってきたのは２５年も前のことである。
そのロイがラクシュミに言った言葉であったと、ラクシュミは懐かしく思い出していた。
「もう２５年になるとは……」
「え？」
「こちらのことだ。それ、どんな歌なんだ？」
「歌ってほしい？ いいよ！」
アナスターシャは喜んで歌い出した。
あの時のロイも、未来ではもう100歳を超えているんだな……
私もさすがにその頃にはのんびりできてるといいんだが……
ラクシュミはそんなことを思いつつ、アナスターシャの歌を聴いていた。
その頃今の時代のロイは、闘技場で訓練を受けていた若者の中に入り込み、「僕が敵になるから訓練をしようよ！」などと言って闘技場の中で
暴れまくっていた。教官達は「まあ、これも訓練のうちか……」とロイを止めず静観している。
ロイは「ちゃんとガードするんだぞー」といいながら力で攻撃しまくっていた。ロイは最近力で攻撃するのが楽しくてしょうがないのである。
「わー！」
と女性のような悲鳴があがっていた。
一緒につれてこられたラギはさっさと闘技場のはしっこに逃げて、せっかくなので、だれが一番有望か、と若者達の力の分析を始めたのだった。
今のロイがあの未来のロイになるまでには、70から80年はかかるだろう。
大きなロイがやってきてから、25年はあっという間に過ぎ去った。
その間様々なことが起ったが、この先も、泣いたり笑ったりと、いろいろなことが起きるに違いない。
この道は、あの未来へと続いている。
しっかりと一日一日を生きていこう。
未来は明るいとそう信じて――
終わり
そして9部に続く
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