むかしむかしの物語。
大自然にあふれたこの世界に、神と呼ばれる不老不死の者が現れた。
最初に生まれたのが神々の長であるアシュランである。そして女神ヒルデリアが生まれた。
そして水や火、土、風など自然を司る神や妖精たちが生まれた。
大陸には多くの動物たちが暮らしていたが、彼らの登場により、自然はますます豊かになり、動物たちの種類は増えていった。
多くの神々が生まれ、彼らはアシュランを長として秩序を保った世界を作っていく。
アシュランは動物たちを元にして、自分達と姿が似た人間を作った。だがそこで、神々の間に意見のくい違いが生まれてくる。
『神が人間を支配すべきだ』という者が現れたのである。
アシュランの考えは違っていた。神は人間にあがめられるべきだが、神が直接人間を支配するべきではないと考えたのである。
だが、人間たちの間に争いが起こった。
「そらみたことか。神が人間を支配していれば、争いなど起こらないものを」
その神はせせら笑った。
「人間は未熟なのだ。神が正しく導いていくべきなのだ」
「それでは面白くもなんともない。自由にさせるべきだ。先が読めない方が面白いじゃないか」
アシュランとその神の意見は交わることはなかった。やがてその神は反乱を起こした。
一部の人間に自らの存在を植え付け始めたのである。人間たちに数々の奇跡を示して、自らをあがめるように仕向けたのである。
これがアシュランの怒りを買い、二人の神は戦うことになった。
アシュランの力が勝り、その神は、ある世界に封じ込められた。自分に従った神々と共に。
その神をすでにあがめていた人間たちも共にその世界に渡り、こうしてその地で一つの世界を形成したのである。
世界は光と闇でできている。
アシュランが光の力を持っているとすれば、その神は闇の力を持っていた。
夜の闇でこそ絶大な力を発揮する神であった。
「オルガ、お前も来い！」
その神は、夜の神オルガにも誘いをかけていた。
「ごめんだな」
オルガは誘いにはのらなかった。
「お前の力は私に属するものではないか。共に来い！」
「私はこの世界で見る星が好きだ。だから行かぬ」
こうして夜の神はこの世界へと留まった。
当時の神々の三分の一もの神がその世界へと去ってしまった。
こうして神々の間の争いはなくなった。だが、人間たちの間には争いは耐えなかった。
そんな時に生まれたのが慈愛の女神ダーナである。人間たちはダーナの影響で優しい感情を持つようになり、争いも減ったのだった。
だが、もう一つの世界へと渡った神々は、機会を窺い、密かに人間たちに語りかけていた。
誘いにのり、この世界を去る者も多数現れた。
闇の世界の影響力が増せば、この世界の秩序が崩れてしまう。
そこで、アシュランは彼らを忌む者と定めて、人間たちにもそう思わせたのだった。
「やはり人間には導く者が必要か。一族ごとに王を定めよう。王を中心に国を成すがよい」
人間たちの中に金色の瞳を持つ者が現れた。金色の瞳を持つ者には一族を統べる力を与えられた。
そしてその瞳には、決して闇の力が及ばないようにと、闇をはねのけるアシュランの加護の力も与えられたのである。
人間達の間に違う世界の神々の神話が語られることも、決してなかったのだった。
ダークファンタジア第９部 第1話
この年の７の月、大陸のあちこちで自然災害が起こっていた。
大きな竜巻が起こった国もあれば、大雨で河川が氾濫した国もあった。
蛇の国でも十日間もの間豪雨が続き、床が水浸しになってしまった家が多数あった。
自然災害ばかりはどうしようもないものである。
城の浸水はなんとか免れたものの、大雨の間、ゆりはどうも不調だった。
体調がだるくて、部屋でだらだらして過ごしていた。珍しく食欲もないほどである。
毎日医師のフレイがゆりの体調を診にやってきていた。やはり妊娠のせいだろうとのことである。
今日も外は雨だ。だが、大雨ではなく、しとしと降っているくらいだった。
大雨が続いたために庭園も池のようになってしまっている。いい加減太陽が恋しい。
「お母さん、明日はきっと雨があがるよ」
ラギがゆりの元にやってきて言った。
「そうなの。そうだといいわねー」
ゆりはソファでだらりと寝転んで答えていた。王妃様らしからぬ格好だが、だるいのだから仕方がない。
「イシュタールもしばらく体調が悪いんだってさ。半分火の妖精だから雨が降ると不調になっちゃうみたいだよ」
「へーそうなんだ。もしかして私も火の加護がついているせいでだるかったりして」
「加護くらいでだるくならないんじゃない？」
「そうかしらねー。やっぱり妊娠のせいかしらねー」
扉をノックする音がした。
「シャナーンだ」
ラギの声でゆりはぱっと起き上がり、すまして座りだした。
「違ってた」
その声でまたゆりはだらりと寝転んだ。
「ミカエルだった」
ゆりはだらりとしたままだったので、ソファの後ろからミカエルが顔をのぞかせていた。
「王妃、なんでシャナーンだったらしゃきっとするんですか」
不服げな声にゆりはぎくりとした。
「え、いや、別に他意はないけど……」
自分を絶世の美女だと思っているシャナーンの前では、ゆりはだらだらしたくなかった。
ミカエルよりもシャナーンを好きだから、というわけではない。
ゆりは身体を起こした。
「ミカエルには、素の私をさらしてもいいかなあと思って」
「シャナーンにはさらせないの？」
ラギが聞いた。
「そういうわけじゃないわよ」
「まだ食欲ないんですか？ 果物を持ってきましたよ。メロンですよ。気が向いたら食べてくださいね」
ミカエルはゆりにバスケットを見せた。そこには緑の丸い物が３つも入っていた。
直径が十五センチほどの、そんなに大きくはないメロンである。
「メロン？ わあ、ありがとう。夕食の時間にいただくわね」
ゆりはメロンを手にとってしげしげと眺めていた。この世界にもメロンやスイカのような果物はある。
今年に入って初めてみたのでゆりはうれしそうだった。
「今回は雨で水蛇さんが降りてくることもなかったですね。我々も水害の対処で忙しかったですが」
「そうね。まあ、降りてきてもそういう元気はないけどね」
そういえば前回やってきた女蛇は今どこにいるのだろうか。とゆりは気になった。
もしかしてまだミカエルのそばにいたりして？
それとも今度はハインリヒにひっついてたりしてねえ
ゆりの体調が悪いので、ミカエルは早々に去って行った。
ラギはメロンを持って出ていき、一人になった所でゆりは再びごろんと横になった。
「夢の中じゃ元気なんだけどなあ……」
ゆりはぽつりとつぶやいた。
先日もゆりは元の世界の夢を見た。今回はなんと、もう一人のゆりも一緒で、もう一人のゆりは何かを見る度に驚きまくっていた。
車を見て「鉄の塊が走ってる！」と予想通りのセリフも聞かせてくれた。
その後気がつくと二人のゆりは、赤ちゃんっぽい白い塊と一緒に、なんと飛行機の中にいたのだった。
赤ちゃんが飛行機に乗ってみたかったのだろうか。
「わー、高ーい！ どういう魔法で飛んでるの？」
もう一人のゆりに聞かれたが、こちらのゆりにも「魔法じゃないけど、仕組みはよくわからないなあ」と曖昧な返答しかできなかった。
どこに行く飛行機かはわからなかったが、途中で目が覚めて夢は終わった。
自分たちは幻の姿で元の世界に行ったのか、それともそれすらもまるっきり夢なのか、ゆりには謎である。
「やっぱり赤ちゃんが飛行機に乗ってみたかったのかな？ あのまま乗ってたらどこにいったんだろうなあ……
彼女の驚きっぷりは面白かったけど」
もう一人のゆりは狭い飛行機の中でやたらうろうろしていた。他の乗客たちは誰も気にしていなかったので、
自分たちの姿は見えていなかったようである。
「ラギを連れて行きたいな。どれだけ驚いてくれるのかな」
きっと何にでも驚いてくれるに違いない。
「あー今の私は神の国に行って草の上に寝転びたい」
あまりに青い空を見ていないので、ゆりはついそう思っていた。
城の中のメイド達は、雨が続いたので洗濯物を外で干すことができず、仕方なく城の中の空いた部屋に干していた。
一階の廊下は何度もモップやぞうきんで床掃除をしている。ミカエルが一階に現れたときも、王の間の外の廊下を、数人のメイドが掃除中だった。
皆若い女性達だったが、その中の一人にミカエルは目をとめた。初めて見る顔だったからである。
一族の女性ではなく、日に焼けた肌で、黒い瞳をしていた。金髪は綺麗に後ろに束ねられている。
化粧っ気がなかったせいか、顔立ちはそう派手には見えないが、体つきは結構よさそうである。
というのもそのメイドは胸もなかなか出ていて、しなやかな体つきをしていそうだった。三人いたメイドの中でも一番年上に見える。
メイドは床掃除に必死だった。
ミカエルは何も言わずに王の間の中に入っていった。
ラクシュミの横にはシスが違う椅子に座っていた。
「そろそろ雨はやみそうですよ」
ミカエルが言うと、ラクシュミもシスもほっとした表情をしていた。
「ようやくか。そろそろ止んでくれなきゃ困る。イシュタールの具合はどうなんだ？」
「イシュタールは雨に弱いだけのようですからね。晴れれば元に戻るでしょう」
「そうか」
「所で、新しいメイドがいましたね。ちょっと日に焼けた肌の娘ですが、王はご存じですか？」
「ああ、知ってる。マリカだろう。昨日やってきた子だ」
「どの町からやってきたんですか？」
「虎の国から来たんだ」
「虎？」
「なかなかかわいい子だろう？」
ラクシュミはたいして気にしない様子で言っていたので、ミカエルは首をかしげていた。
他国で働いていた娘をいきなり城で働かせるなんて、考えられない話である。
しかもラクシュミの口から「かわいい子だな」などというセリフを聞くのも珍しい。
「さっきハインリヒも同じことを聞いてたよ。気になる人なんだ？」
シスはにこにこ顔で言っていた。
「マリカは虎の国でも働いていたんだ。虎の王の紹介状もあるから大丈夫だ」
「そうなんですか。金髪で黒い瞳なんて珍しいですね」
ミカエルもメイドの顔よりもそっちに視線が行ったほどである。
「そうだな」
マリカは虎の一族ではない。猫でもない。どの一族かの混血児であろうが、特定することはミカエルにはできなかった。
「マリカにちょっかいを出すなよ」
「出しませんよ。出すわけないでしょう」
話が終わりミカエルが王の間の外に出ると、メイドの姿は消えていた。
ミカエルはどうにも気になったので、メイドを束ねているミーナに会いに行った。
ミーナは中年の女性で長年城で働いている女性である。マリカのことを聞くと、
「マリカは王様が大変気に入られまして、城で働くことになったんですわ。でも、このことは王妃様にはおっしゃらないでくださいね」
と言われた。
「王がそんなに気に入ったのか？ まあ体つきはかなりよかったが。メイドよりも他のことが合いそうな感じだが」
変な意味で言ったのではない。マリカは結構鍛えている体つきだったので、そう言ったまでのことだった。
「虎の国ではメイドも身体を鍛えるそうですよ。彼女、こういう仕事が好きなようですよ」
ミーナは不安などないように言っていた。
「どうも気になるんだがなあ……どうしてわざわざこの国に来たんだ？」
「虎の国で大失恋したそうですよ。それで、虎にいたくなくなったとか」
「へー」
マリカに対するそれ以上の情報は出てこなかった。同じように気になったというハインリヒと話したりもしたが、お互いによく分からず終わっていた。
次の日、ようやく空に晴れ間が見えて、空を見た皆がほっとしていた。12日ぶりの青い空である。
町の人々は水害の後始末に追われていた。戦士達もしばらくはそれにかかりっきりだろう。
城の外もあちらこちらがぬかるんでいる。蛇達もどろだらけで城の中に入ってきたりするので、城の中の床もどうしても汚れてしまうのだった。
今日もメイド達は掃除に大忙しである。そして久々の晴れ間なので大洗濯に追われていた。
王の間にイシュタールがやってきた。
「ようやく調子が戻りました。ご心配をおかけしました」
しばらく不調だったイシュタールは今日はすっきりした表情をしていた。晴れたおかげのようだ。
「そうか。よかったな」
ラクシュミが答えた。
「まさか雨にこんなにも弱くなってしまうとは思いませんでした」
半分妖精になって初めての大雨だった。イシュタールとしても予想しなかったことである。
「まあ火の妖精なのだから仕方がないさ」
「王妃はどうですか？ 体調が悪いようだとうかがいましたが」
「ああ、今朝は結構元気になってたぞ」
「そうですか。よかった。では私は今日から仕事にはいりますので」
「ああ、これからも雨の日は無理せず休めよ」
「ありがとうございます」
イシュタールは王の間を去って行った。
この日は王の間にやってくる者は水害の報告ばかりだった。道がぬかるんで馬車が通りにくいので、戦士達が物資を瞬間移動で
運んだりもしていた。しばらくは戦士達も町の復旧に忙しいだろう。
ラクシュミは休憩中にバルコニーから青い空を眺めていた。
「青い空ってやっぱりいいものだな……」
「そうねえ。王様」
いつの間にか後ろにゆりがやってきていた。左目が変わっている。
「王様、私すっかり元気になったの」
ゆりはラクシュミに横から引っ付いて言った。
「そうか。よかったな」
「今晩は早めに寝室に来てくれる？」
「え？」
ラクシュミの頬がちょっと引きつっていた。
「そこまで元気にならなくていいんじゃないか？」
「なんでよ」
「だって病み上がりだろう。しばらく夜もおとなしくしてた方がいいぞ」
「だって赤い月が終わってから全然だしー」
「世の中それが普通だぞ？」
ラクシュミはやんわりと言っていた。
「せめてもっと体力が戻ってからの方がいいぞ」
「もー」
「お、虹だ。ほら」
ラクシュミが遠くの山を指していた。見ると、うっすらと確かに虹がかかっている。
「本当。虹だわ」
「じゃあ私はそろそろ」
ゆりはラクシュミの腕をひっつかんでいた。
「王様、たまにはもっとゆっくり二人っきりですごそうよう」
ゆりは不服そうに言っていた。
「お前がすぐ夜に話を持って行くからだぞ」
「え？ それが嫌なの？ 王様私の身体に飽きたの？」
ゆりは大げさにショックを受けた顔をしていた。
「そんなことはちらりとも言ってだろう。私はお前の身体を心配しているだけだぞ」
「本当？」
「本当だ」
ラクシュミはたじたじになっていた。ラクシュミは夜の生活は正直赤い月だけでもいいくらいになっているのだが、
ゆりの方は未だに元気いっぱいなので困ったものである。
「ハザーク様の所に行っちゃうから」
「そうしろそうしろ」
「王様ったら、ぷんだ」
ゆりは瞬間移動で消えてしまった。
「全く、なんでいきなりそこまで元気になるんだ」
昨日までぐたっとしていたとは思えない元気さなので、（やはりゆりはすごい）と感心してラクシュミも去ったのだった。
蛇の目のゆりはハザークの部屋にやってきたのだが、部屋の中ではハザークがミシェイラと布でできた大きなボールを投げ合って遊んでいた。
うわっすごい光景だわ！
珍しかったのでゆりは突っ立ったままその光景を眺めてしまった。
しかも「パパーじょうず？」と聞かれて「上手だ」などと返している。
ずっと立っていたら侍女に「王妃様、座ってくださいな」と椅子を促された。
「あ、うん、なんかすごく微笑ましい光景だったから……」
「ミシェイラ様もようやくああして遊べるようになったんですわ。この前生まれたばかりだというのに、早いですわねー」
侍女はうれしそうに言っていた。
「そうだね。早いね」
ミシェイラは他の子に比べればかなり成長は遅いのだが、ゆりはそう答えた。
「本当に毎日毎日かわいらしくて」
「王妃、元気になったのか？」
ハザークがゆりに顔を向けた。
「はい、元気になりました」
「そうか」
「くるりんして」
ミシェイラにせがまれて、ハザークは布のボールを浮かせてくるくるまわしていた。ミシェイラはきゃははと喜んでいる。
ハザークは笑顔でもないが、かなり楽しそうな感じでミシェイラと遊んでいたので、ゆりも邪魔する気もなく、
座って侍女が入れてくれたお茶を飲んでいた。
「ようやく晴れましたわね」
「そうね。ようやくよねー塔に浸水しなくてよかったね」
「本当ですわ」
蛇の目のゆりは、結局この日はさわやかに世間話だけをして帰って行ったのだった。
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