第2話
大雨から一月ほど経ち、ようやく国の中は水害の被害から立ち直っていた。今度は夏の太陽が大地を照りつけている。
イシュタールは暑いのもなんのその、闘技場で若手の剣の稽古に励んでいた。
若い戦士達はちょっとばて気味である。
「どうしたんだ？ みんなそんなに疲れ果てて」
イシュタールは戦士達に聞いていた。
「まだ一時間ほどしか稽古をしてないぞ」
「イシュタール様、今日は暑いですから、仕方がないですよ」
勇気ある若者が言っていた。
「暑い？ そうか？」
イシュタールは一人涼しげな表情をしている。闘技場は屋根もない。当然太陽の光は降り注いでいる。
イシュタールは相手をする者がいなかったので一人で剣を振るっていた。
―イシュタール様ってタフすぎるよな……
―こんなに暑いのに……
―火の妖精だから暑さにも強いんじゃないのかな？
―そうかな？
―絶対そうだろう
影でへたり込んでいた戦士達はぐったりしてそう思念で会話をし合っていた。
大雨の間元気がなかったイシュタールは元気で動ける今、楽しくて仕方がなかった。
火の妖精はやはり夏の暑さにも強いのか、軽快に剣を振りまくっている。
「くすくす」と女の笑い声が聞こえてきて、イシュタールは動きを止めて上を向いた。
闘技場の客席の方からふわりと降りてきたのは一人の女の妖精だった。するとそよそよと風がふいた。
「半妖精さん、こんにちは〜」
水色の長い髪の、涼しげな妖精だった。腕も胸元も開いていて身体のラインにフィットしたふくらはぎまでの白い服を着ていた。
「こんにちは」
イシュタールは普通に挨拶を返した。女性は宙を浮いていたので、風の妖精だろうとイシュタールは思った。
一方この妖精の姿はぐったりした戦士達にも見えていた。戦士達は目を皿のように開けて密かに二人に近づいている。
「ねえ、私あなたに結構興味があるの。私と仲良くしませんこと？」
「え？」
「普通火と風の精ってあんまり引っ付かないんだけど、あなたとなら面白そう」
イシュタールは目をぱちくりさせていた。こんな真っ昼間っから女性に誘われるとは思わなかったのである。
妖精はあくまで涼しげな顔つきだった。結構な美人である。
「はあ、私は妖精とどうなる気はないです。すいません」
イシュタールは申し訳なさげに断っていた。
「どうして？」
「相手の女性を燃やしかねないので……」
「えー？」
「まだ自分の力を上手く制御できないんです」
「そうなの？ 残念〜」
妖精はふわふわと飛んでいってしまった。妖精でも、火で燃やされるのは困るようである。
イシュタールが頭をかいて横をむくと、戦士達がダンゴになって集まってしゃがんでいた。
「何をしてるんだ？」
「今の誰ですか？ 妖精ですか？ 紹介してほしかったです！」
「妖精にくどかれるなんてすごい！」
「美人だったなあ」
戦士達が口々に言い出して、イシュタールの顔が引きつっていた。
「そんなんじゃない。ただ挨拶してくれただけだ」
「いえ、くどかれてました！」
「絶対くどかれてました！」
「うらやましい！」
「くどかれてないない。そんな話広めないでくれよ」
戦士達に妖精の言葉は理解できないはずだが、鋭く察してしまったらしい。
イシュタールはたじたじで言っていたが、一時間もしない内にミカエルから
―闘技場で妖精に迫られたってほんとか？
と思念がやってきて、イシュタールはがくりとうなだれていた。
「違う。違う違う。デマだ。そんな話城にまで持っていかないでくれよ」
これ以上妖精と仲良くしているなどとゆりの耳に入れば、それこそ恋人から抜かされてしまうと、イシュタールもあせっていた。
―私も素敵な妖精とつきあってみたいなあ
―だから違うんだ！！！
イシュタールは力を込めて否定していた。
城の庭園ではセミが騒がしく鳴いている昼下がり、ハザークの部屋にカーライルがやってきた。
「用があるからすぐ来い」と偉そうにハザークに呼ばれたからである。
ちなみに用件を持ってきたのはミルキダスだった。エルバートは今日は仕事だったのだが、ハザークから「すぐ来い」と言われた以上は
行くべきだということで、抜けてきたのだった。
カーライルが部屋に入ると、ハザークに侍女が二人、その上ゆりにナナミにミシェイラまでいた。
ミシェイラは侍女の膝の上に座っている。カーライルの顔を見るなり、ゆりとナナミの瞳が輝いていた。
カーライルは嫌な予感を抱きつつ、「用ってなんだ？」とハザークに聞いた。
「ああ、実は氷を作って欲しくて呼んだ」
「あー？」
「エルー！ 作ってー」
ナナミが言った。
「ミシェイラも食べたいよね？」
ゆりが聞くと、ミシェイラは「あい」とうなずいていた。
「はい、これお願いします」
テーブルにはグラスに入ったジュースが一杯置かれていた。
「…………」
カーライルはゆりを睨んでいた。
「そんなしょうもないことで呼び出すな」
「デートでもしてたんですか？」
ゆりが聞いた。
「まあいいじゃないか。さっと作ってデートとやらに戻れば」
ハザークも勝手なことを言っている。
カーライルはテーブルの上のグラスを数えていた。
「……なんで７個あるんだ？」
「私のもお願いします」
もちろんゆりが言った。
「全く……じゃあ凍らせる代わりに何かよこせ」
「城のお酒、勝手に持って行っていいですよ」
ゆりは適当なことを言っていた。王妃なのでそれくらいの権限はあるだろうと思っている。
「勝手にって……本当に勝手に持ってくぞ。年代物の酒がなくなっても知らんぞ」
「うーん、じゃあ私の侍女を連れて行ってください。ほどほどのお酒ならどれでもいいですよ」
ラクシュミの秘蔵のお酒を持って行かれたらまずいので、ゆりはそう言い直した。
「まあいいだろ」
カーライルはグラスに手をかざして呪文を言っていた。するとジュースがピキッと凍り出した。
「やったー！」
ゆりはグラスに頬ずりしていた。とても冷たくて気持ちがいい。
ナナミがまねして、ミシェイラは侍女が持ったグラスに触って「つべたい」と言っていた。
「これなに？」
「氷ですよ」
「コーリ？ コーリって？」
「水は凍るとかちこちになるの！」
ナナミがミシェイラに説明していた。
「なんで？ なんで？」
ミシェイラは初めて氷を見たのかグラスを握りしめて揺らしていた。
「ありがとうございます。うれしい」
ゆりも大喜びしていた。
「お前は妊婦でも夏も元気そうだな」
カーライルが目を細めて言っていた。
「実は夏バテしてまして……」
「嘘つけ」
アナスターシャやシス、ロイやラギまでやってきた。グラスを見て口々にすごいと喜んでいる。
子供達に混じって必死に氷を削るゆりをみて、カーライルはやれやれと両手を広げていたのだった。
ものすごく久しぶりにかき氷のようなものを食べたゆりは、休憩中のラクシュミを訪ねていた。部屋の中はちょっと涼しい。
「これ、魔法かかってる？」
「ああ、ハインリヒはこういうことが得意で本当に助かる」
ラクシュミは涼しい顔で座っていた。
「よかったね」
どうやらハインリヒが魔法で涼しくしてくれたようである。ゆりはラクシュミの真横に座り、ぴったりくっついた。
「さっきカーライル様がジュースを凍らせてくれてね、子供達と食べてきたのよ」
「そうか。あまり冷たい物を食べ過ぎないようにな」
「うん、王様、好き」
ゆりがラクシュミの手を握りしめて言っていた。ゆりは返答を期待しているかのように見詰めていたので、「私も好きだ」とラクシュミは答えた。
「じゃあべったりくっついていい？」
ゆりは言いながらもすでにくっついている。
「暑いんだが……」
「だってくっつきたいんだもん」
「全く……」
しばらくするとゆりががくりと頭を上に向けていた。
「すー……すー……」
なんと寝ているようである。なんという早業だろうか。
妊娠中のゆりにはよくあることなので、ラクシュミはたいしてきにせずに、ここにゆりを寝かせておこうかと考えていた。
すると、ゆりのお腹からラクシュミの膝の上に白いもやっとしたものが出てきた。赤ん坊がはいはいするような感じで出てきたのである。
「あ」
そのもやっとしたものは、やはり人間の赤ん坊らしい形に見えた。頭に身体、手と足がちゃんとある。
「お前は男か女か、どちらだろうなあ……」
赤ん坊はふわりと飛んで行こうとしたので、ラクシュミがあわてて「待て待て」と止めていた。
「どこに行くんだ？」
―トートーアウ
「トーはここにいるだろう？」
ラクシュミはそう言ったが、赤ん坊はどこかに行こうとしている。
「こら、私がお前のトーだぞ」
ラクシュミは言い聞かせるように言っていた。
赤ん坊は何も返さずに行こうとしていたので、ラクシュミはゆりから離れて白いもやの手を引いていた。
「だれのところにいくんだ？ ハザークの所か？ 私の方がトーなんだぞ」
―……トーアウ
「いいか。マーにはトーが一杯いるかもしれないが、一番のトーは私なんだぞ。わかるか？ 私が、お前のトー」
赤ん坊に無視されるのがさすがに寂しかったのか、ラクシュミは珍しく赤ん坊に説明していた。実の父親としては、目の前の素通りはかなり寂しすぎる。
―トートー
「そうそう。私がトーだ」
―ベツトー アウ
「別トー？ せっかく出て来たんだから私と話をして欲しいんだが」
赤ん坊は首をかしげているようである。
最近ゆりと引っ付いていないせいか、トー度が薄れているのかもしれないな……
ラクシュミはそう感じていた。
アナスターシャが小さいころにもあったことである。
―トー ウタ
「歌？」
―ウタ
「……わかった。歌おうじゃないか。んー……よし、きみの〜目に映る〜景色は〜どんな色〜♪」
なんと、アナスターシャにも歌ったことのないラクシュミが歌を歌っていた。よっぽど赤ん坊にトーだと思われたかったようである。
「いつまでも〜かわらず〜見守っているよ〜♪」
―きゃは
赤ん坊はラクシュミの腕の中でどうやら喜んでいるようだ。ラクシュミの歌は、上手だといえるものでもなかった。たどたどしい歌なのだが、
それでも赤ん坊はうれしいようである。残念ながらゆりは眠りこけたままだ。
適当な歌詞を歌いきると、
―トーヘタネ
との言葉が聞こえてきて、ラクシュミのこめかみは引きつっていた。
「下手か。まあいいじゃないか。私は子供の頃以来、歌なんて歌ったことはないからな」
まさか神の歌と比較されているとも思わず、ラクシュミはちょっと恥ずかしげだった。
赤ん坊がじたばたと暴れ出した。
「そろそろ帰るか？」
ゆりのそばに連れて行くと、白い塊はゆりの中に消えて行った。
「やっぱり下手か……二度と歌うものか」
はっきり下手といわれたのがショックだったのか、ラクシュミは一人ぼそりとつぶやいていたのだった。
一方、アナスターシャとシスは、王の間にいた。ラクシュミはいないが、結界の練習中である。
シスは椅子に座って本を読んでいたが、アナスターシャはぶらぶらと足を揺らしていた。
「よく本を読みながらできるわねえ。はー前から思ってたんだけど、結界って絶対なきゃだめなのかな？」
アナスターシャは横で本を読んでいるシスに聞いた。
「なきゃだめなんじゃない？」
シスは本を読みながら答えた。
「絶対？ 一日一時間くらいなくても平気なんじゃない？ 休憩の時間は秘密にしてね、毎日時間をずらせばさー敵もそうわからないんじゃないのかな？」
アナスターシャは結界の練習が地味なので、ついそんなことを考えてしまうのだった。
「さあね、まあ無理じゃない？」
「無理かなあ。ナナミとロイはいいなあ。結界の修行しなくていいなんて」
同じ王族だが、ナナミとロイに結界を作る力はあまりないようだったので、ラクシュミも二人に修行させる気はあまりないようだった。
髪の色が銀色ではないせいなのかどうかはわからない。ただ、王族だから王の力が全て引き継がれるというわけでもないようだ。
「その代わり他のことしてるよ。僕は父様を助けられてうれしいよ。姉様はうれしくないの？」
「そりゃ私だってうれしいわよ。ただこの地味な修行が時々やになるだけよ……」
王の間にぱっとミシェイラがやってきた。ミシェイラは布でできたクーリーフンのお人形を腕に抱いている。
「ネーあそぼ！」
ミシェイラはアナスターシャに言った。
「ネーは今忙しいのよ。ママ達に遊んでもらったら？」
ママ達とは、ハザークの侍女のことである。
「やだ。ネーあそぼ」
「じゃあナナミは？」
「ナナいないの！ ネーあそぼ！」
「じゃあ侍女に遊んでもらったら？」
アナスターシャが続けて言うと、ミシェイラはむっと口を結んでいた。
ミシェイラはかなり語彙が増えてきた。会話のやりとりもできるようになっている。自分の主張もするようになった。
「ミシェイラ、僕たちは今大事なことをしているんだよ。ごめんね」
シスが申し訳なさそうに謝っていた。
「なに？」
「結界っていうのを作ってるんだよ。このお城に敵が来ないように父様はいつも守っているんだよ。僕たちはそれを手伝ってるんだよ」
「ケッカ？」
「結界だよ。じっとしてると感じるだろう？ 王様の守りのちからだよ」
「ケッカ？」
ミシェイラはきょろきょろ周りを見ている。
「外にある水色の幕みたいなもののことだよ。結界を作るのは大事なことなんだよ。だから遊べないんだよ。ごめんね」
シスは丁寧にミシェイラに説明していた。
「ケッカ、ミーもする」
「もう少し大きくなってからね」
アナスターシャがそう言った時、ミシェイラの金色の瞳が光輝いた。
その瞬間、城の周りを取り囲んでいた結界が、一気に広がったのである。それはいつもの２倍の広さで、
アナスターシャもシスも、番兵も、とにかく城の中にいる皆が驚いていた。アナスターシャは椅子からおしりを滑らせて、シスは手から本を落としている。
「ミ、ミシェイラ……」
「うーん、ねむ……」
５秒ほどするとミシェイラは目を閉じて、結界の広さは元に戻っていた。アナスターシャとシスは驚いたせいで結界を作る力を止めてしまっていた。
「ミシェイラ大丈夫？」
シスはふらふらしているミシェイラの身体を抱き留めていた。
「ねむい」
「部屋に送ってあげるよ」
シスは瞬間移動でミシェイラを連れて行った。
口をぽかんと開けたままのアナスターシャの前に、ラクシュミが現れた。
「今のどっちがやった？」
「え？」
「結界を広げたのどっちだ？」
アナスターシャは「私です」と言いたかったが、すぐばれそうなので素直に「ミシェイラです」と言っていた。
「ミシェイラ？」
「ミシェイラが、私も結界やるって言っていきなりああなって、それですぐ疲れて部屋に行っちゃったの」
「…………」
ラクシュミがミシェイラの部屋に行くと、ミシェイラはすでにベッドで眠っていた。
急に大きな力を使ったので疲れたようである。見たところ、他に異常はないようだ。
「父様、ミシェイラはすごいですよ！」
シスは寝室から出ると感激していた。
「初めてであんなにすごい結界が作れるなんて、ちょっとだったけど、とにかくすごいや！」
シスは部屋の中で興奮し、その頃王の間にはラギが現れて「今の何？」と理由を聞きに来ていた。
そしてラギもアナスターシャに理由を聞いて、シス同様興奮していた。
「やっぱりザクート様の血のおかげだ。すごいや！」
「いいなあ。私もザクート様の血が欲しかったよう」
アナスターシャはうらやましげだった。
「はっ！ でも将来的にミシェイラが結界を作ってくれたら、私がさぼれる！」
アナスターシャの目が輝いていた。
「何言ってるの。今からそんなこと考えちゃだめだよ」
喜んだアナスターシャはラギにちくりと言われいた。
「そういう希望を持ってもいいじゃないよー。ただでさえずっと結界作れるかなーって将来を心配してるんだから」
「そうだね。僕も心配してたからこれでほっとしたよ」
ラギが素直に言い出して、アナスターシャに頬をつねられていた。
その頃、王の休憩室で寝ていたゆりはようやく起き出していた。部屋には一人きりである。涼しい魔法はもうなくなっていた。背中に汗がにじんでいる。
「いつの間に寝ちゃったんだろう」
廊下を歩いていたら目の前に急にラクシュミが現れて、ゆりは「あわわ」と後ずさっていた。
「ゆり、起きたのか」
「びっくりした」
ラクシュミはかなりご機嫌な様子でゆりの両手を握りしめにきたので、ゆりはさらに驚いていた。先ほど会ったラクシュミと、まるで別人のようである。
「喜べゆり、今夜は、今夜はラブラブデーだ♪」
「は？」
「久々のラブラブデーだぞ〜♪」
ラクシュミはゆりを抱きしめたと思ったらゆりの髪をぐしゃぐしゃとなでて身体を離した。今度はゆりのお腹をなでている。
「トーは今夜はがんばるぞ。じゃあな〜♪」
ラクシュミはぱっと消えた。髪がぐしゃぐしゃになったゆりはその場にへたりこみ、
「王様が……王様が暑さのせいでおかしくなったー！」
と誤解していた。
その後ゆりは子供達から事情を聞いて、ラクシュミがご機嫌すぎる理由をしり、ほっと胸をなでおろしていた。
「よかった。王様が変じゃなくて。ミシェイラってそんなにすごいんだ。王様も将来が楽しみになって珍しくハイになったのね」
あの喜びようは、今までの夫婦生活でもかなりレアである。ゆりはもう一度思い出して笑っていた。アナスターシャを妊娠したときでさえ、あんなにも
喜ばなかったというのに。
「ミシェイラ、産まれてきてくれてありがとう。やったー！ 今夜は〜（ラブラブデーだ！）」
子供達の前では最後まで言わず、ゆりはようやくうきうき気分になっていた。
夕方、部屋ではゆりがうきうきしている頃、王の間の前にイシュタールがやってきていた。自分の噂が来てないか番兵に探りを入れに来たのである。
城の中はそれどころではなく、ミシェイラが結界を作った噂で持ちきりだったので、イシュタールも喜ぶやらほっとするやらだった。
去ろうかと思っているとエルバートがやってきた。その目つきからしてカーライルだと気づいたイシュタールは、「カーライル様こんにちは」と挨拶していた。
「ああ、王妃の侍女に会いたいんだがどこにいる？」
カーライルはイシュタールに聞いていた。
「王妃の侍女に用なんですか？」
「王妃に酒をもらう約束をしたんだ。それで酒蔵に案内してもらおうと思って」
「そうですか。私が一緒にいきますよ」
「そうか」
イシュタールはカーライルをつれて城の地下にある酒蔵に行った。
カーライルは酒蔵の中の酒を3本ほど選んでいたが、年代物のお酒ではなかったのでイシュタールは意外に思った。
「最近のお酒の方がお好きなんですか？」
「古い酒はハザークのところで飲めるからな。女性相手ならこういう軽い口当たりの酒がいいのだ」
「女性と飲まれるんですか」
「ああ、私が見たところ……お前は女性に贈り物なんてしないやつだろう」
カーライルに突然指摘されて、イシュタールは瞬いていた。
「え、ええ、まあ、しないですね」
「やはりな。これも縁だ。私がみたててやろう。黒髪の彼女にはこれ。緑の髪の彼女はこれ、青い髪の彼女はこれ」
カーライルは次々と酒を選んでイシュタールに渡していた。イシュタールは渡されるままに受け取っている。
3本とも最近のお酒で、女性が好みそうなきれいなラベルが貼られていた。
「え、いえ、私は別にお酒は……」
「たまには彼女に贈り物でもしないとだめだ。男女の関係は赤い月のみではない。いいからそれを渡せ。じゃあな」
カーライルはぱっと消えてしまい、イシュタールは酒を抱えたまま戸惑っていた。
「どうしよう……」
ちなみに上級戦士はここのお酒を勝手に持って行っても別にかまわないのだが、だからといって勝手に持って行く者もそうはいない。
皆身銭を切って買っているのである。
イシュタールはお酒を抱えたまま酒蔵の中をうろうろしていたが、これをこのまま戻すというのもカーライルに悪いような気がした。
イシュタールはカーライルのことを尊敬しているのである。
「しかし、私の彼女が誰かもご存じとは……驚いた。そうだ。このお酒と同じ酒を酒屋で買おう！」
真面目なイシュタールはそう思いついて、違う部屋で酒のラベルをメモして、そのお酒を酒蔵に返したのだった。
酒屋で酒を買って彼女達に渡すと、彼女達は驚いていた。カーライルが思った通り、イシュタールが何かを持ってくることはそうなかったからだ。
しかも、こんなにしゃれたお酒を選ぶとは。
別にイシュタールがケチだというわけではない。「何か欲しい物があったら言ってくれ」とは言ってあるのだが、彼女達は一族の女性達なので、他人に買ってほしい
ものもそうはなく、何も言わなかったのだった。イシュタールはミカエルやヴィクターのようにかいがいしく女性に贈り物をするタイプではなかった。
「今女性達の間でこのお酒はやっているんですよ。イシュタール様、よくご存じでしたねえ」
彼女達に感心されて「実は……」と白状しそうになったイシュタールだったが、それは無粋すぎるので言わなかった。
「ありがとうございます。私の好きなお酒なんですよ。大事に飲みますね」
ジュメも喜んでいた。思えば彼女達には心配をかけ通しだ、とイシュタールは内心思っていた。しかも赤い月で抱くこともできなかったので、
申し訳ないとも思っている。
「カーライル様ってすごいな……なぜ女性の好きなお酒がわかるんだろう？ 今日はびっくりすることが多かったな」
彼女達が皆喜んでくれたので、イシュタールはなんだかほっとした気分で自分の屋敷に帰っていた。
その夜、久々のラブラブデーを待ち構えていたゆりの前に、ラクシュミがやってきた。ラクシュミはハイなままかと思ったら、すっかり落ち着いていた。
「昼間はちょっと変になっていたようだ。私があんなことを言うとは……」
ラクシュミは冷静な表情で頬をかいていた。
「私はてっきり、暑さのせいかと思ったわ」
ゆりはきわどい下着でベッドの上に座っていた。今更昼間のはなし、などと言えるわけもない。
「まあいい。やるか」
といいつつ、ラクシュミはガウンを脱いでベッドにあがった。
「王様〜！」
ゆりは裸のラクシュミに抱きついていた。
「あ、そうだ。すっかり言い忘れていたが、昼間お前の赤ん坊が出てきたぞ」
ラクシュミは今思い出していた。
「そうなの？ 子供達も会えたの？」
「いや、私だけだ。私と話して、お前に戻った」
「そうなんだ。どうだったの？ 性別はわかった？」
「いや、まだだな。今一番ひっついている男はだれだ？」
ゆりの気を見てもよくわからなかったので、ラクシュミはゆりに聞いていた。
「え？ さあ……別にそんなひっついてないけど……」
ゆりは急に質問されてどぎまぎしていた。
赤ん坊は別のトーに会いに行く気だったので、それがだれなのか、ラクシュミは気になったのだった。
「やっぱりハザークかな？」
「ハザーク様から気はもらってるけど、それよりも王様〜二人っきりで盛り上がりましょ〜」
「ああ」
ラクシュミはゆりを寝かせて上に覆い被さった。
この夜はラブラブデーにふさわしく、どちらのゆりもラクシュミと仲良くすることができたのだった。
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