第３５話
３の月10日の昼間シスが産まれて、ゆりは３、４日はうつらうつらとした日々を過ごした。５日目になり、ようやく頭がはっきりしてきて少し起き上がれるようになった。だが、体はひどくだるい。あまり食事もしていないので、少しやせていた。枕元には
蛇のルーがとぐろを巻いて、心配げにゆりを見ていた。
あー産まれたんだなー・・・
体のだるさと共に実感できる。ゆりはシスと何度か会っていたが、かなりだるい時に会っていたので、なんだか思い出せなかった。
「お食事どうですか？」ミラが食事が乗ったお盆をもってきてくれた。
「んー食べるー」
ゆりはパンをミルクで煮たようなものを食べさせてもらった。
「がんばられましたね。王妃。街ではまだお祝いしてますよ」「そうなんだー」
「そうそう」
ミラはお盆を持って行き、何かぺらっとした紙をゆりに見せた。
「これ、号外ですよー。昨日ヴィラ様がもってきてくださったんですよ。」
「へー」
大きな紙に大きく、「祝！王子誕生」の文字が書かれていた。あちこちに、めでたいめでたいと書かれている。
「読みますね」ミラが声を出して呼んでくれた。
ほとんど赤ちゃんの情報で、たいそう立派な産声をあげていた、とかそのお顔はラクシュミ様が産まれた時と瓜二つなどとかかれ、
あちこちで赤ん坊を褒め称える言葉が書かれていた。そして、産婆の感動のインタビューまであってゆりは驚いた。
誰が書いたんだろう・・・
ゆりは面白がって聞いていたが、その内に、、なんとゆり自身の言葉まで入っていてゆりはびっくりした。「愛する王と一族の将来のためにがんばりました」とゆりがコメントしたことになっている。
ゆりは思わず噴出した。もちろん、あんなぐったりした状態で、そんなことを言うはずはない。
「このくだりには皆涙を流したそうですよ」ミラが言った。
「ははは、なんだそりゃ。見せて」
「お元気になってからじっくり読んでくださいね」
「そうねー」
「でも、今回は、王がしばらく側にいてくだって、よかったですね」
「うん。すごくうれしかったな。交わりの月に産むのっていいねー」
ゆりは意識は朦朧としていたが、それでも、ラクシュミが側にいるのがわかって、とっても安心できたのだった。
ずっと甘い声でいろいろ言ってくれたのも覚えている。
やっぱりあの時の王様って最高ねー
ゆりはしばらく幸せ気分に浸っていた。
「シスにあいたいなあ・・」「お連れしますね」
ミラは出て行った。
しばらくすると、赤ん坊を抱いたミカエルとミラがやってきた。「ミカエル・・・」
ゆりは久しぶりに、ミカエルのいい顔を見た気がした。
「王妃、元気になられました？」
ミカエルはゆりの横にシスを下ろした。赤ん坊はむちむちした手足で、きらきらした目でじっとゆりを見ていた。
髪はちょんと頭にある程度だ。
「かわいいねー」
「かわいいですよー」
「・・・・」
ゆりはミカエルの視線を感じた。
「あのー・・・あんまり見ないでほしいんだけど」
「どうしてですか？」
「だって・・・しばらくお風呂はいってないからさ・・・」
顔は拭いてもらったりしているが、髪はしばらく洗ってない。
「そんなこと気にしませんよ。ね、若君」
ミカエルはシスを見ながら言った。
ゆりは小さいシスの指に触れた。
「あー・・・あー・・・」
「シスちゃん、ママですよー」
「あー・・・」
「かわいいなー。大きくなったら、王様そっくりになったりして、それで女の子メロメロ」
「楽しみですねー」
ミラが胸の前で両手を合わせて言った。
「王妃、しばらく安静にしてるんですよ。元気になったらかわいがってあげますからね」
ミカエルはにこにこして言った。
「え・・・いや・・可愛がってくれなくても・・・」
「さートーといきましょう」
ミカエルはシスを抱き上げた。
「トー？」
「面白いんですよ。王子はまだしゃべれないんですが、思念でトートー言ってくださるんですよ」
「え・・・」
「それでは王妃、また」
ミカエルはシスを連れて出て行った。
「・・・王子はミカエル様のこと、お父様だと思ってらっしゃるんでしょうか」ミラが不思議そうに聞いた。
「儀式の男はみんなトーだと思ってたから、まだ思ってるみたいね」
「そうなんですか」
まだトー一杯なんだ・・・
いつになったら気づくんだろう・・・父様が一人ってことに。
まさか、おなかの中にいる時私がいろんな男とぺたぺたした記憶とか・・・・ないよね。あったらまずいじゃん。
ゆりはその事を思うと、ちょっと青くなった。
一方王の間では、ラクシュミは交わりの月直後では珍しいほど穏やかな表情をしていた。自分の息子が産まれてすぐなのだから、無理はない。一族の者たちや、街の重要人物などがひっきりなしにお祝いに訪れていた。国中がまだまだお祝いムードのようだ。
客が途切れた時、ミカエルが入ってきた。「王妃が起きられてましたよ。結構元気そうでした」
「そうか」
「王子もかわいいですね。もう思念が使えるなんて・・・すごいですね。王も何か話しかけられました？」
「ああ。トートー言ってた」
「そうですか。私もトートー言われたんです」
ミカエルはうれしそうに言っていた。
「よかったな」
ラクシュミはえらくミカエルがうれしそうなのでそう言った。
「王子はすでに、私が王妃の一番の恋人だって気づいてるんですねえ。すごいです」
「・・・・」
フリットやイシュタールにもトートー言ってたぞ、とラクシュミは言おうとしたが、やめた。
「そういえば、赤い月の後半はどうだったんだ？みんな気が散ってそれどころじゃなかったんじゃないのか？」ラクシュミは話題を変えた。ミカエルも、ゆりに気を与えに城に来ていた。
あの月の間、王妃は王以外の男に顔は見せてはならないのだが、場合が場合なので、そういうわけにもいかなかった。
前回は５人がぎりぎりまでゆりに気を与えたのだが、今回は１０人にラクシュミもいたので、そこまでしなくてすんだ。
「はい。あの後は、ずっと宴会してました」「ずっと？」
「はい。あの後から月が終わるまでぶっとおしで。闘技場に酒運んだんです。一杯集まって楽しかったです」
「・・・」
４晩も宴会してたのか・・・・
一族の者が酒に強いといっても、さすがにあきれるラクシュミだった。
「途中から女たちも混じってたんで二人でどっか行く連中もいましたけど、みんな王子の誕生を祝う気持ちの方が強かったので、今回はお祝いの月になりました」
「そうか・・・・まあしょうがないな・・・」
「さすがに今回は酔っ払う者も結構いましたよ。将軍らは泣いてました。あれって泣き上戸ってやつですかね」
「ただうれしかっただけだろ。」
「でも私は酔わなかったんですよ。やっぱりあの儀式じゃないと無理なのかな。次が楽しみだな・・・」
ミカエルは宙を見て言った。
「産まれたばかりで次を考えるんじゃない」
「はーい」
「全く・・・」
ラクシュミはやれやれという顔をした。
ゆりの所にはアナスターシャが来て、ずっとゆりの頭をなでていた。「母様いい子ね。よしよし」
「ありがと・・・アナスターシャ」
「いい子いい子」
誰に教わったのか、ずっといい子といって頭をなでてくれる。アナスターシャの横には水色の玉が浮いていた。サッカーボールくら
いの大きさである。
「結界の練習してるの？」
「うん」
「いい子ね」
「母様の方がいい子よ。えらいえらい」
知らない内に、この子も成長してるんだなあ。すごいなあ・・・
わが子ながら感心してしまう。
「次は妹がいいなあ」「え・・・」
「母様がんばって妹産んでね」
「・・・」
妹かあ・・・・
そういえば・・・この子って同じ年の女の子と遊ぶことないのよね。城の中は子どもはあまり来ないし・・・ちょっとかわいそう。
王女様というのはそういうものらしい。だけど毎日侍女に囲まれてるんじゃかわいそうだな。
夜、ラクシュミが顔を見せにきたので、ゆりはちょっと言ってみた。「お友達？今はそんなのいらないだろう」
ラクシュミはあっさりそういった。
「えーでも・・・」
「一緒に遊ぶ子供がかわいそうだろ。恐縮して」
「そういうものかなあ・・でも天皇一家だって学校とか通うのに・・」
「？」
「協調性がない子になったら困るよ」
「私だって、３０歳までは周りは大人ばかりだった」
ラクシュミはベッドのはしに座って言った。
「そうなの？さびしくなかった？」
「大人はわんさかいたから別に」
「王族は大変だね」
「シスも産まれたし、遊び相手はできたからいいんじゃないのか？」
ラクシュミはふいにちょっとおかしそうに笑った。「どうしたの？」
「昔のことを思い出したんだ。初めて会った子供が、ミカエルとフリットだった。３人で湖に泳ぎに行ったことがある」
「へー」
「ミカエルのやつは私を見て、「なんで王子は王女に産まれてこなかったんです？」って残念そうに何度も言ってたな」
「ぶっ・・・」
ゆりは思わず噴出した。
「でも私も、大人になってからフリットの顔を見るたびに言ってたな。「なんでお前、女に産まれてこなかったんだって」
フリットは「どうもすいません」って律儀に謝ってたが」
「どうして？フリットが好きだったから？」
「力がある女がいなかったからな。フリットがあの力で女だったら申し分はないのにと思ったんだ」
「なんでミカエルじゃないの？」
「ミカエルは女になっても生意気そうだからやだったんだ。」
ゆりはおかしそうに笑った。
確かに・・・ミカエルが女になったら、ちょっとくせがある性格になりそう。王妃にしたら王様もたじたじかも。
女装したミカエルを想像して、ゆりはかなりおかしかった。
「今は全然そんなことは思っていないぞ」ラクシュミは付け足して言った。
「素敵な王妃様がいるもんねー」
ゆりがにんまり笑って言うと、ラクシュミは「ああ、そうだな」と言ってくれた。
家族は４人に増えた。後どれくらい増えるんだろう。
どうもシスはあの時自分を助けてくれた男とは違うようだ。ゆりはそう感じていた。あの時の男は、目がきらきらしていなかったからだ。
あの時の男も産まなきゃならないし、黒髪の未来の息子も産まなきゃならない。
アナスターシャの望みの妹も産んであげたいけれど、どうなるかな。
「王様は次どっちほしい？」「え？」
「男か女」
「随分気が早いな。」
「だって、早く会いたいんだもの」
ラクシュミもロイの顔を思い出していた。頼りになる息子、ラクシュミだって早く会いたくてたまらない。
「それはそうだが・・・あまりあせってもだめだぞ」
「うん」
「しばらくちゃんと休め」ラクシュミはゆりの頭をなでた。
家族は４人に増えた。これから子供たちとどんな生活が始まるのか、ちょっとわくわくしているゆりだった。
おしまい。
第２部終わり
次は誰が産まれるのかな〜