第6話
「おいしい酒を〜おいしい酒を〜おいしい酒をつくるぞ〜♪」
農園では陽気な歌があちこちから聞こえてくる秋である。
ブドウ農園では収穫間近のブドウがたわわに実り、側を通るだけで、ブドウの良い匂いがあたりに漂っている。
城の西にある広大な農園にやってきたシスとラギは、宝石のように輝く紫色のブドウを見てほほえんでいた。
ブドウ畑は遠くまで続いている。このすべてが、お酒に変わるのである。
「おいしそうだね」
「本当だね。今年はいいブドウができたって言ってたよ」
たわわに実るブドウを見るだけで二人もうきうきしてくる。
昨年は１０の月にイシュタールの事件が起こり、とてもじゃないが新酒を楽しむどころではなかった。
二人ともどんな酒を飲んだかも覚えていないほどである。
今年は無事、酒祭りを迎えたいものだ。
農園の横にはきれいに磨かれたジンラ像が置かれていた。
「ジンラ様、今年もいいお酒ができますように」
二人はジンラ像にそう祈って、農園を後にしたのだった。
すっかり夏の暑さは過ぎ去り、秋の涼しい風が吹き始めた。
この夜は、大きな満月が夜空に浮かんでいた。流れるような星空に、丸い月。
ゆりは王の寝室にあるベランダから夜空を見上げていた。
まるで宝石をちりばめたような星空だ。
何十年経っても、この世界の夜空の美しさには感嘆してしまう。
こんな夜は月の馬車を発見しやすいとかで、子供達もどこかで月を見ると言っていた。
「きれいねえ……」
「ここにいたのか」
ベランダにラクシュミがやってきた。
「王様、月がすごくきれいよ」
「ああ、ほら」
ラクシュミが持っていた花をゆりに渡した。黄色いゆりのような花が大きく開いている。
「月光花ね」
「ああ、ラギの花壇に植えたのが咲いたとかで持ってきた」
月光花は月夜の晩にしか咲かない花である。月の女神の花で、月の女神の馬車が通ると花が咲くという言い伝えがあるのだ。
「月の女神はもう行ったのかな」
「そうかもな」
ゆりは花を持ったままラクシュミに寄り添った。
「なんだかすっかりその気になっちゃった」
「月の女神にあやかって控えた方がいいんじゃないのか？」
ラクシュミはにやっと笑って意地悪なことを言っていた。
「だって、こんなきれいな夜は、やっぱり燃えなきゃ」
大きい満月のおかげか、その夜はそれなりに盛り上がり、ゆりは気がつくと神の国に来ていたのだった。
つんつんと何かにつつかれて、目を覚ますと目の前に狐の顔があってゆりは驚いた。
「わっ！」
すると狐の方も驚いて、走って逃げてしまった。目の前に胸の谷間がある。
「……ガーベラになってる。神の国だわ。きゃっほー♪」
ゆりは起き上がってくるりと回ってみた。すると木でできたベンチや丸い切り株に茶色いうさぎやりす、いたちなどの姿が見えた。
このあたりは円を描くようにきれいに草がかられているが、その周りには木がはえている。
こぢんまりとした空間だが、ここは妖精や神が集って宴会、もしくは演奏会でもする場所なのかもしれないとゆりは思った。
ここでガーベラが歌でも歌っていて小動物が集まっていたのかもしれない。
「ごめんね。歌は終わりなの」
そういうと、動物たちははねて行ってしまった。
「歌を歌ってもいいけど、やっぱりやめとこう」
ゆりはあたりに生えていたピンクの花を摘んで小道を行こうとした。
すると、「ひゃっほー」という子供の声が聞こえてきた。
「ん？ だれかな？」
まがりくねった小道の向こうに子供がでてきた。その姿がちらりと見えた。
黒い短髪の子供である。
「ん？ ゼッド？」
ゆりは黒いつんつん頭の子供を見てとっさにそう思ったが、子供はこちらを見ることはなく向こう側に走って行ってしまった。
「遊ぶぞー！」
というような声が聞こえた。
「あの声、ゼッド……かな？ ゼッドも神の国に来ることができたのかな？」
子供は知らない間に夢で神の国に紛れ込むことあるらしい。
「ゼッドじゃないかもしれないし、まあいいか」
ここではそう危険もないだろうと、ゆりは男の子を追うことはしなかった。
「あ、そうだ。男の子といえば、イシュタールの子供に会いに行こうかなあ」
女の妖精が二人飛んでくるのが見えた。宙に浮いているから風の妖精かもしれない。
二人は何か言いたげに側にやってきた。
「ガーベラ様、ハロルド様との仲はどうなるんですか？」
「私達気になって気になって」
「ハロルド？」
「別れるんですか？ それとも許すんですか？」
なぬ？ なんだなんだ？ どういうこと？
妖精の質問にゆりはびっくり仰天していた。自分がいない間に一体何が起ったというのだろうか。
「別れるだなんて、どうしてそう思うの？」
ゆりは無理に笑みを浮かべて聞いてみた。
「ハロルド様、ルーシア様との間に妖精ができましたでしょ。ですから、ハロルド様はルーシア様と再びつきあうのか、それともガーベラ様の
恋人のままなのか、みんな気になってますわ」
「一体どうなさるんですか？」
「…………」
ゆりの笑いは引きつっていた。
ルーシア……だれだっけ、それよりも、ハロルドとルーシアに妖精ができたってどういうことー！？
再びってことは、元恋人！？ ガーン！
ゆりは激しいショックを受けて固まっていた。
ハロルドがガーベラと別れた？ そんな！！！
「わたし、そろそろ行かなきゃ、おほほほ」
ゆりは作り笑いをしたまま飛んだのだった。
「いきなりだわ。まさかこんなことになってるなんて……一体二人の仲はどうなってるのよ！」
誰か、誰かに事情を聞かねば……
ゆりはよろよろと歩いていてはっと立ち止まった。ハロルドのことを考えて飛んでしまったせいか、
ハロルドの神殿に来てしまっていた。
「げっ」
この中に今ハロルドがいるはずだ。そう思ったゆりは、回れ右していた。
今会う勇気はないわ。今度にしよう。ハロルドに会う前に事情を仕入れなきゃ！
「お母さん」
「え」
声をかけられて振り向くと、ジェイクが神殿から出てきた。
「お父さんに会いに来たんでしょ？ 中にいるよ」
ジェイクは近寄ってきて女神の手を握っていた。
「え？ いえ、違うのよ。ちょっと前を通りがかっただけで」
「お父さんと何があっても、僕はお母さんのことが大好きだよ」
「え……」
ジェイクに暖かい瞳でみつめられて、ゆりは返答に困った。
「だけど、元通り仲良くなってほしいな」
「はあ」
「来てよ」
「ええー」
ジェイクはぐいぐいゆりの手を引っ張っていき、ゆりはあれよあれよという間に神殿の中に入ってしまっていた。
子供でも男の子だ。結構な力がある。
「お父さーん。お母さんが来たよ」
ハロルドは一番広い部屋に立っていた。
「ガーベラ」
「それじゃ僕はこれで」
「ええ、ちょっとジェイク！」
ゆりが止めようとする間もなく、ジェイクはささっと行ってしまい、ゆりはハロルドと二人残されてしまったのだった。
ゆりが困った様子でハロルドを見ると、ハロルドは別段悪びれる様子もなく腰に手をあてて立っていた。
「ああ、私、記憶がちょっと曖昧だわ。なんだか突然わけがわからない状況だわ。あなたが他の女性に子供を産ませたとかなんとかいう
話、どういうこと？」
ゆりはこの際ガーベラになりきって、ハロルドを問い詰めることにした。
「久しぶりだな。ガーベラ」
ハロルドはのんきに返した。
「久しぶりだな、じゃないわよ。妖精が生まれたって聞いたわよ！」
「ああ、なんかうまれたようだ」
ハロルドは他人事のように言った。
「私達って別れたの？！」
「いや、私は別れる気は全然」
ハロルドの方は全くあわてていないようである。
「じゃあ何？ 単なる浮気？ 浮気したの？ ひどい！」
ゆりは被害者のように怒り出した。
「花の女神の一件で懲りたかと思ったのにーなによ！」
「お前だって他の恋人がいる上に他の男の子供も生んでるじゃないか。それなのに責められる言われはないだろう」
ハロルドは正論で攻めてきた。
「それとこれは話が違うわよ」
「いや、違わないだろ」
「じゃあ何？ そっちとつきあって、私ともつきあうっていうの？」
「いや、ルーシアとよりを戻す気は……」
「ひどい」
ゆりがぼろりと涙を流して、ハロルドは驚いていた。
「ガーベラ」
「ハロルドのことが好きだったのにひどい……」
女神の涙にハロルドはしばらく目を見開いていた。
なんだかんだ言ってもゆりにとって、ハロルドは神様の恋人の中では一番愛着がある神である。
それなのにあっさり浮気されたと知ったゆりは、かなりのショックを受けていた。
確かに、ガーベラだって何人もの恋人がいるのに、恋人たちにはガーベラだけを愛してほしいと思うのはわがままなのかもしれないが、
わがままでも、やはり、男たちにはガーベラだけを愛してほしいのだ。
人間世界ではそうはできないので、この世界ではそうなってほしいという、願望でもあるのかもしれない。
「ガーベラ、お前の気持ちはよくわかった。今から愛し合おう」
ハロルドはゆりに近づいて、さっと身体を抱き上げていた。
「な、何言ってるの？」
「私はルーシアとは抱き合ってない。口づけをされて、それで妖精ができた」
「はあ？ 何それ！ そんなことあるわけないでしょ！」
ゆりは両手でハロルドの首を絞めていた。
「こら、苦しい」
ハロルドは女神をだっこしたままよろめいている。
「白状しなさい。浮気者！」
「お前だってそうやって子供ができたことあるだろ？」
「そうだっけ、だけどなんで口づけをされたのよ」
ゆりは確かにそんなこともあったと思い出し、ハロルドの首から手を離して聞いた。
「夜、ルーシアがやってきてそれでされた」
「その後もっとしようと思ってたんでしょ」
「いや、あの時は眠くてそういう気まで起きなかった」
「眠くなかったら浮気してたじゃないのよ」
「してないんだからいいじゃないか」
「なんでそのことをみんな知らないのよ」
「いちいちそんなこと言ってられるか。ほら、愛し合おう」
ハロルドはゆりを抱えたまますたすた歩き出した。
「むー……なんかむしゃくしゃするわ。一発殴っていい？」
ゆりは右手を握りしめていた。
「だめに決まってるだろ！」
「だって私の気が収まらないじゃないのよ！」
「お前な」
「ええい！」
ゆりは両手で思いっきりハロルドの頬を引っ張っていた。ハロルドの精悍な顔は、哀れなほど崩れていた。
「お前にゃ」
ゆりはハロルドの腕から降りた。
「痛いじゃないか！」
「だって……なんか怪しいし、なんでルーシアが夜やってきたのよ。いっつもやってきてるわけ？」
「そんなことはない。大体、愛欲の女神なら身体で取り返すくらいの気にならなくてどうする」
ハロルドは自分の頬をなでながら言っていた。
「何言ってるのよ。それは男の願望でしょ。なによー眠くなきゃ浮気したくせに」
ゆりは頬を赤く染めてぶちぶち言っていた。
「恋人がいっぱいいるお前に言われたくない」
「…………」
ゆりはじろりとハロルドをにらんでいた。ガーベラ姿だと、どうしてこう強気になってしまうのか。
「そういえばお前、グレンとも怪しかっただろ。この際何をしたか白状しろ！」
「いやよ。あれは女神としての行為だから、邪な思いでしたんじゃないもん。だからいいの」
ゆりはつんと横を向いて言った。
「女神として何したんだ！」
「口づけよ」
ゆりはしれっと言った。
「あやしい」
「あやしくないわよ。そっちの方が怪しいじゃない」
「何もしてないって言ってるだろう」
二人はしばらくにらみ合っていたが、やがて、ゆりは視線を外して自分でベッドの上にあがっていた。
「気が変わったわ。やっぱり、ここは愛を深めて私への愛を思い出させてあげるわ」
「おっ」
急に話がそっちに変わったのでハロルドの目が輝いていた。
「ようやくそういう気になったのか。ガーベラ」
「だって、あなたが私に骨抜きになれば、他の女性を抱く元気もなくなるものね」
ゆりはベッドの上で色っぽく金髪をかきあげていた。
「そうだな。その通りだ」
ハロルドはベッドにあがり、抱きしめようとしてきたので、ゆりは逆にハロルドの身体をベッドの上に押し倒していた。
なんとも積極的である。
「ハロルド……私のことしか考えられなくしてあげる」
「ガーベラ……」
「私が脱がしてあげるわ」
ゆりは耳元でささやきながら、ハロルドのチュニックに手をかけて、上に引き上げた。そして上半身を裸にさせて、腰に乗ったまま、
ハロルドのズボンについていた腰紐をするする抜いていた。
「うつぶせになって」
「ん？ ああ」
ゆりはハロルドの身体を回転させて、背中に口づけていた。
「ガーベラ……」
女神に触れようとしたハロルドの手を、ゆりは握りしめてさりげなく背中の方に回していた。
「おい、何してるんだ？」
ハロルドは鋭く気づいて聞いた。
「何も？」
といいながら、ゆりはハロルドの両手を腰紐でくるりと二回回してぎゅっとしばっている。
「おい！」
「もうちょっと」
「もうちょっとじゃない。何やってるんだ！」
暴れようとしたハロルドの両手を、ゆりは強引に縛り上げた。
「できた！」
「おい……」
ゆりはハロルドの上からどいた。
ハロルドは上半身裸のまま後ろで手を縛られていた。
「あなたのことは好きだけど、なにかしないと気がおさまらないの！ じゃあね〜ばーい！」
そういうと、ゆりは陽気に去って行ったのだった。
「ガーベラ！」
ハロルドは両手を動かそうとしたが、腰紐はかなり頑丈なのか、それともうまい具合に縛ったのか、力を込めてもすぐには外れなかった。
「くっ……はあ……あほらしい」
ハロルドはベッドの上に横たわったまま、怒りを通り越し、深いため息を吐いたのだった。
その頃神の国に来ていた子供は、あちこち通ってジンラの神殿の近くの酒蔵に来ていた。
ゆりが思った通り、子供はやはりゼッドだった。
ゼッドはお酒の匂いをかいでここまでやってきたのである。
ゼッドは酒蔵の近くにいたアマンザに「お酒を飲ませてほしい」と頼み込み、お酒をもらって飲んでいた。
アマンザはゼッドの子供とは思えない酒の飲みっぷりに感心している。
「君、小さいのにすごいね」
「僕らの一族では普通だよ」
「へー」
酒蔵の中はお酒の匂いが充満している。普通の子供ならばとてもいられないが、やはり蛇の一族の子供は違うようだ。
「おいしいなあ。こんなにおいしいお酒がいっぱい飲めるなんていい夢だなあ」
ゼッドはすっかりこれは夢だと思いこんでいるようだ。お酒の瓶をもう３本も飲み干してしまっている。大人も顔負けである。
だが頬は真っ赤になっていた。
「夢か、よかったね」
「うん。うにゃにゃ」
お酒をたらふく飲んでいい気分になっていたゼッドは、木のベンチに座ったまま、お酒の瓶を握りしめてぐーと眠りだした。
「夢の中で寝てる」
アマンザはくすりと笑って、子供を抱き上げて酒蔵から出したのだった。
ゼッドが目覚めると、まだ夢の中だった。酒蔵ではない別の場所で横になっていたのだった。
草の上で目覚めると、横に黒髪の女性が座っていた。夢の中で何度か会った女性である。
以前、女性はゼッドの骨折を治したこともあった。
自分の母親たちよりはちょっと年齢が上だが、わりと綺麗な女性である。軽くウエーブかかった腰までの黒髪で、
深い緑の地味なドレスを着ていた。
「あ、おばさん。久しぶりだね」
「ずいぶん飲んだんだね。夢の中で眠るとは器用なこと」
「へへへ、だってお酒、おいしかったんだもん。ってことは、これってあれの続きなんだねえ」
ゼッドは頭をかいて身体をあげた。頬は真っ赤のままである。
「やっぱりいつものところなんだ。今日は遅かったね」
「ゼッドが来たのに気づくのが遅かったからね。また怪我をしたの？」
女性はゼッドが右手に包帯を巻いているのを見た。
「うん。ちょっと木に引っかかって傷ができたんだけど、大丈夫だよ。泣かなかった」
「そう。よく怪我をするね。気をつけなさいよ」
「うん」
女性はゼッドの右手に触れて眺めていたが、たいしたことはないと思ったのか、そのまま手を離していた。
「そういえば、僕おばさんの名前も知らなかったよ。名前を教えて」
「名前は……教えられないね」
「どうしてさ。ずっとおばさんって呼んでもいいの？」
「いいよ」
「そう」
ゼッドは深く考えずに答えていた。
ここが一体どこなのか、ゼッドにとってはどうでもいいことだった。ただ楽しい場所にやってきた、それだけである。
ゼッドは自分の家族のことなどを女性に話して聞かせた。おもにいたずらをして怒られた話だったが、
女性は時々ほほえんで話を聞いている。
女性はどうやらゼッドのそういう話を聞くのが嫌ではないようだ。
しばらくするとゼッドの姿は消えてしまった。
「今は母親に恵まれてよかったね」
女性はそう言って、金髪の美しい女神へと姿を変えて、その場を去ったのだった。
アマンザはその頃神殿にて、ジンラに先ほど酒蔵に来た子供のことを話していた。子供がお酒をいっぱい飲むのは
単なるおもしろい話だったが、その子供を酒蔵の外に寝かせておいたら、なんとヒルデリアが迎えに来たので
アマンザは仰天したのだった。ヒルデリアをこの近くで見るのも珍しいことなのだ。
「一体どういうことなんでしょうね？」
話を聞いたジンラは、たいして驚かなかったのか、あまり表情を変えなかった。
「さあな、まあ、その子供がヒルデリアの気になる子供だったんじゃないか？」
「あの子がですか？ ただのお酒が好きな子供でしたよ」
「ヒルデリアは『アシュランと他の女の子供』、以外の子供には結構親切だぞ」
ジンラはあっさり言った。
「はあ」
「別におかしなことでもないさ」
「そうですかねえ？」
ジンラが大して気にとめないので、アマンザも（たいしたことではないのかも）、と思い始めていた。
「私の場合は酒造りに情熱を傾けている人間を見るとつい気にかけてしまうが、ヒルデリアは母性が強いから、子供を
気にかけるんだろう」
「なるほど、じゃあおかしなことでも、ないのかな？」
アマンザは一人で納得しようとしたが、やはり、ちょっと腑に落ちないのか首をかしげていたのだった。
神の国ではその夜、ハロルドがガーベラの寝室にやってきていた。もうすでにゆりは人間界に戻っている。
「ガーベラ」
身体を揺すられてガーベラが目を覚ました。
「あら、どうしたの？」
「どうしたのじゃない。事情は伝えただろう。なんでこないんだ！」
あの後、ばからしくなったハロルドはクーリーフンに事情を話してガーベラに伝えさせたのだった。
腰紐は結局力でばらばらにしている。
「なんでっていわれても……ルーシアがやってきて鼻の下を伸ばしてる間に子供ができたんでしょ？」
「違うだろ！ 何聞いてるんだ」
「うふふ、それよりも両手を縛られたって本当？」
ガーベラはそっちに喜んで身体を起こしていた。
「裸だったの？」
「ズボンは履いてた」
「よかったわね」
「よくない。全く、あっちのお前の行動はおかしい」
「そうかしら？ 私は話を聞いて胸がすっとしちゃったけど」
ガーベラはにやにや笑っていた。
「今回は殴られなくてよかったわね」
「にやにやして言うんじゃない。殴られるようなことはしてないだろ。全く」
ハロルドは苦虫でもつぶしたような顔をしていた。
「うふふ、あっちの私の大胆さには感心するわ。でもそこが好きなんでしょ？」
「ふん」
そこには異論はないのかハロルドは否定はしなかった。
「結局ルーシアとはよりを戻さないの？」
「戻さない。私はしばらくはお前と別れないからな」
「しばらくは？」
「しばらくは」
「あっちの私も長生きすればいいわねえ」
ガーベラはくすりと笑っていた。
「やっぱり新鮮さでは負けるわ」
「何言ってるんだ？」
「こっちのことよ。じゃあおやすみなさい」
ガーベラは再び寝転んで目を閉じた。
「寝るな！」
結局ハロルドとガーベラの仲は元に戻ってしまい、もめることを期待していた周りは少しがっかりした。
中でもアシュランは、「今回も女神の対決とかあると思ったのになあ……何もないのかあ」などと残念がっていた。
困った最高神である。
そして、人間に戻ったゆりは、（なんであんなことをしたんだろう。また何かに変えられたらどうしよう……）
とやはりハロルドを縛ったことを後悔し、しばらくどきどきして暮らしていたのだった。
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