第８話
１１の月、酒祭りの行事が無事行われた。
イシュタールは、「今年は楽しめ」と言われて休みをもらったので、珍しく娘と一緒に祭りを楽しんだ。
メリッサはとても喜んでいた。
昼の間は子供が参加するイベントが多数あり、メリッサも他の子供達と一緒にゲームを楽しんでいる。
この日ばかりはタダで大量のお酒が振る舞われるため、多くの人々が街の中へと集まっていた。
子供達は土の山の中に埋まった紙を手で掘り出すゲームをしていた。紙には景品が書いてあるのだ。
男の子はやはり泥だらけになっているが、女の子達は控えめに探している。ものすごい速さで土を掘っている男の子がいた。
顔には仮面をつけていたが、イシュタールにはそれがロイだと分った。
その後ろの見物人の中にジュノーがいた。今日はロイのお守りのようである。子供達の中には結構知っている子達がいた。
大人達に混じって見物していたイシュタールは、背中を軽くたたかれて後ろを見た。黒髪のつんつん頭の男の子が立っていた。
ミルキダスの息子、ゼッドである。
「こんにちは」
「ゼッドじゃないか。参加しないのか？」
「僕はこういうお遊びはね〜もうやらないの」
ゼッドはえらそうにあごを上に向けていた。
「そうなのか？ クララとリリーはやってるぞ」
土山にいる子供達の中には、ミルキダスの娘達も混じっていた。
「え？ やばっ 僕に会ったことは秘密にしてね！」
ゼッドはそういうと人混みをよけつつ走って逃げてしまった。
カンカンカンと鐘の音が聞こえてきた。終了の合図らしい。メリッサが戻ってきた。
「なんだ、何もとれなかったのか？」
メリッサの泥だらけの手には何もなかった。
「うん。でも楽しかった」
「そうか」
クララとリリーがこちらに気づいてやってきた。この二人も何も持っていないようである。男の子達の中には数枚紙を持っている子もいるが、
やはり、女の子は分が悪いようだ。二人とも、顔がちょっと土で汚れていた。
「「こんにちは」」
二人が同時に挨拶してくれて、メリッサも「こんにちは」と返した。この二人、母親達も似ているが、やはり顔立ちもそっくりである。
髪に結んでいるリボンと服の色は違っていた。
「やあ、ゼッドは一緒じゃないのか？」
イシュタールは二人にそう聞いてみた。
「ゼッドは、昨日お父さんの机の上にあったインクをぶちまけちゃって、お父さんが怒ってお祭り禁止になっちゃったんです」
「でも絶対どこかにいると思いますけど。今日おとなしく家にいるはずないものね」
二人はのんびり口調で言った。やはり、ゼッドの脱走はばれているようである。
「ソフィアは一緒じゃないのか？」
フリットの娘ソフィアは、土山にはいなかった。
「ソフィアちゃんはこういうのは参加しないって」
「服が汚れるのがいやみたい」
「そうか」
「メリッサちゃん、手を洗いに行きましょう」
「はい。お父さん、ここにいてね」
「ああ」
メリッサは二人に手を引かれて行った。土山に登っていた子供達はまばらになった。子供達がイシュタールに近づいてきて挨拶してくれた。
「イシュタール様、火、出して！」
「出して出して！」
子供達にせがまれて、イシュタールは右手を上に向けてそこにぼっと火を出した。
「すごーい！」
「ありがとうございます！」
子供達は喜んで去って行った。最近は、子供達に会うといつもこうである。そして大人には時々拝まれていた。
祭りを楽しむ人々を眺めながら、イシュタールは、（あれから一年経ったとは……）と、月日の経過をしみじみと感じていた。
去年の出来事は、今では夢のようでもある。だが、自分のこの姿は、夢でなかった印なのだ。
昨年とは自分の身の上は一変したが、こうして元気でいられるのだからありがたいことである。
イシュタールは行き交う人々を眺めて、時々ほほえんでいた。
人間に混じってちらほら妖精の姿が見えるのである。人間の振りをしているが、ちょっと人間とは違うような者達がちらほら見える。
妖精にも人間に混じって祭りを楽しんでみたいという思いがあるのだろうか。
今まで気づかなかったが、毎年妖精達も祭りに参加していたのかもしれない。
メリッサが返ってきた。クララとリリーはもういないようだ。
「お父さん、あのね、お酒飲み大会、すごく盛り上がっているんだって、行こうよ！」
「ああ」
二人は祭りのメイン会場へと移動した。壇上では１０人くらいの男達による酒飲み大会が開かれていた。この国で催される酒飲み大会だけあって、
それぞれが飲む酒の量も半端ない。男達の中でひときわ大きい茶色い髪の男がいた。その男がまたすごく酒を飲みまくっている。
テーブルの下には大量の空き瓶がケースに入れられて積まれている。係の者がひっきりなしに瓶を下げていた。
見物人達は酒瓶を手に男達を応援していた。
「あの人すごいね」
メリッサは、イシュタールに抱き上げてもらって大会の様子をみていた。
「そうだな……確かにすごい」
男が酒を飲む速さが尋常ではない。一瓶を１０秒ほどで飲み干しているのだ。あれだけの強者は一族にもなかなかいない。
「すごいぞー！」
「兄さんがんばれー！」
見物人達は盛り上がり、その男を応援しだした。
「あの人にはお父さんも負けちゃうね」
「ああ、負けるな」
イシュタールは大男に目が釘付けになっていた。確かに酒の飲みっぷりはすごいが、それだけではない。
その男からは神の気を感じるのである。だが、見かけは完全に人間のようで、見たこともない男だった。
あれ？ もしかして、ライオネル様じゃないのかな？ 神様も人間界の酒を飲むのかな？
その神気はライオネルのものであった。今のイシュタールにはわかるのだ。だが、神の国で出会った人間姿のライオネルほど、ごつくはなかった。
やはり、化けているらしい。
やがて、次々と男達が酒を飲むのをやめて、ついにはその大男が優勝してしまった。見物人からは拍手が起った。
「おめでとうございます！ 優勝者はレオさんです。すごい量を飲まれましたね。感想をどうぞ」
司会者が男を祝福すると、「おおー、まだいけるぜー」と大男はガッツポーズを取っていた。
「おめでとうございます。賞金は……」
男は賞金をもらい、新聞社のインタビューもうけていた。
観客達に拍手されて、男は壇上から降りた。だが、その足下はふらついている。やはり、酒のせいだろう。
壇上から降りると、男はふらふらとした足取りでどこかに行ってしまった。
「お父さん、次あっち」
「あ、ああ」
イシュタールはライオネルが気になったが、せっかく人間に化けているのだし、と娘と一緒に別の場所へと移動した。
この日は城の子供達もミシェイラ以外はそれぞれ変装して祭りにつれて行ってもらい、夕方にはみな、無事城に戻ってきた。
子供達はゆりの部屋にやってきて祭りの報告をしてくれた。ロイは泥だらけになったとかで着替えにいっている。
それぞれいろいろな遊びを楽しんだようだ。そういう顔をしていた。
ゆりはさすがに祭りに行きたいと駄々をこねることはなく、今日は城でおとなしくしていた。
「酒飲み大会さ、旅人の大男が優勝しちゃったんだよ。びっくりしたよ」
ラギが言った。
「一族以外の人が優勝しちゃうなんて珍しいんだよ」
「へーそうなの。世の中にはもっと飲む人がいるのねえ」
ゆりは感心しながら言った。
「すごい速さで１００本くらい飲んじゃったんだよ」
「ひえー１００本？」
ゆりはのけぞっていた。それだけ飲んでも死なないのだから、こちらの人間はすごい。それだけのお酒が体のどこにはいるのか、
謎である。
「母様は何をしてたの？」
ナナミが聞いた。
「私はミシェイラとハザーク様の部屋で遊んでたの」
「そうなの。これもらったの。あげるね」
ナナミは小さな花束を渡してくれた。ピンクのひらひらした花が咲いていた。
「ありがとう」
「あとこれね、お菓子」
アナスターシャが、紙袋を渡してくれた。中を見るとドーナツと揚げパンが入っていた。
「ありがとう」
「いつか母様も一緒に行こうね」
シスが言った。
「うん。そうね。一度でいいから、王様も一緒にみんなでお出かけできたらいいのにね」
ゆりがたまに夢みる光景である。
家族のお出かけ。今は無理だが、子供達が大きくなってたくましくなる頃には、かなっている夢かもしれない。
「そうだね」
「父様と一緒は怒られそうだからやだな」
言ったのはやはりアナスターシャだった。
その後ジュノーとヴィラがやってきて、ゆりはお土産にリンゴ飴をもらって食べていた。
小さなりんごに飴を絡めたお菓子である。どこの世界にも似たようなお菓子があるものだと、ゆりはリンゴ飴をかじりながら郷愁にかられたりもした。
「子供たちのお守り、大変じゃなかった？」
「私はラギ様でしたからね。楽でしたよ」
ヴィラがにやっとして言った。お守り役はくじ引きで決められたようである。一番はずれを引いたのがジュノーというわけだ。
「まあ、ロイ様は今日はわりと、ましでしたよ」
ジュノーはちょっとひきつった笑いを浮かべて言っていた。
「わりとね」
その大変さが目に浮かぶようだ。
「それでは今日はこれで」
「夜の祭りを楽しんでね」
「「はい」」
二人は部屋から出て行った。
リンゴ飴は棒とリンゴの芯だけになっていた。
「祭りではしゃいじゃうのは仕方ないよね。私だってはしゃぎたいくらいだもんね」
今日は国の中のたいていのジンラ像にはお酒が備えられている。庭園のジンラ像もきれいに磨かれてお酒が備えられていた。
「いつか本物のジンラ様がお祭りに顔を出してくれればいいのになあ」
そんなことを思いつつ、ゆりは子供たちからもらったドーナツまで口に入れていたのだった。
日が暮れても、街ではランプの火が灯り、賑やかに祭りは続行されている。食べ物の屋台も並び、人々は屋台の食べ物を買い、
酒を飲んでいた。
野外の酒飲み会場の隅っこで大男が寝転び、子供達がその男を囲んで「でかいでかい」と口々に言っていた。
「このおじさん、すごくでかいね」
「いっぱいお酒飲んだから、おなかがふくれてるんじゃない？」
男のお腹をつんつんつついている子供もいたが、男は豪快にいびきをかいたまま起きなかった。
「あ、ゼッド、こんなところにいたのか！」
そこにやってきたのはミルキダスだった。
「しい、おじさんが起きちゃうでしょ」
ゼッドは小声で口に指をあてていた。ミルキダスがはっと下を見ると、子供たちに囲まれて大男が寝転んでいびきをかいている。
「この人酒飲み大会で優勝した人なんだよ」
「そうなのか。すごいなあ。それはそうと、君たちもそろそろ帰りなさい。子供の時間はもう終わりだよ」
ミルキダスは子供達を促して、子供達は「はーい」と返事をしてその場を去って行った。
「お前も帰れよ」
「はーい」
ゼッドはあまり怒られなかったせいか、ちょっとほっとした顔で行こうとした。
「今日外出した代わりの罰は考えておくからな」
ミルキダスにびしゃっと言われて、ゼッドは肩をすくめて去って行ったのだった。
「やれやれ……うーん、この人、このまま寝かせておいていいのかな？」
ミルキダスはしゃがんで男を見ていた。
かなり軽装の男である。上は半そでのシャツで茶色いズボン姿。筋肉隆々で腕はかなり太い。
男を酔っ払い用の休憩所に運んだ方がいいのかどうかミルキダスが迷っていると、子供が一人近づいてきた。
紫色の髪をした30歳くらいの利発そうな男の子である。男の子は寝転んでいる大男を揺すり、やがて大男が目を覚ますと
ミルキダスには理解できない言葉で会話を始めた。
二人は知り合いのようである。大丈夫のようだ、とミルキダスはその場を後にした。
『ライオネル様ったらこんなに飲んじゃって、だめじゃないですかー』
やってきたのは人間に化けたアマンザだった。
『いやーつい飲み過ぎちまってよーははは、足にきちまったわ』
ライオネルはぼりぼり頭をかいている。
『帰ってから怒られますよ』
『酒が抜けるまでしばらくいるか。ん？ お前もちょっと飲んでないか？』
『えへへ。実は少し飲んでしまいました。そろそろ帰りましょう』
アマンザは照れるように言った。
『そりゃまずいぜ。酒が抜けないと。俺はしばらくこっちにいるぜ』
『えー一緒に帰らないんですか？』
『だって、酒が抜けねえとなあ』
『人間界の物を食べたら帰って清めないとだめですよ』
『俺は慣れてるからいいんだ。てなわけで、さいなら』
ライオネルはひらひらと手を振ると、再び寝転んでいびきをかいてしまった。
『もーライオネル様ったら！ 僕はまだ一人じゃ帰れないですよう』
アマンザがライオネルを揺すったが、ゆすってもたたいても、ライオネルは起きなかった。
『クーリーフンはきてないし、困ったなあ』
『おーい、アマンザ、連れてかえってやろうかあ？』
そこにふわりとやってきたのはウィルだった。
『本当ですかあ？ よかったあ』
『まったく無防備に寝てるなあ。そうだ。落書きをしてやろう。アマンザ、何か書く物を借りてこい』
『え？ はい』
アマンザはうろうろ探して、やがて屋台の横で紙に筆で文字を書いている人を発見し、なんとかジェチャーで筆を借りてきてウィルに渡した。
『よし、ちょいちょいっと』
ウィルは寝ているライオネルのまぶたに黒で目をかき、鼻の下にくるりと丸まったひげもかいていた。
『ぷっ……くくくく、あはははは、おかしい、おかしすぎる』
アマンザはその顔を見てかなり笑いまくっていた。
『これでよしっと、じゃあいこうか』
『ぷっ……はい……』
筆を返して、アマンザはウィルに連れられて帰って行ったのだった。
軽快な音楽が鳴り、街の人々も踊ったり歌ったりしていた。
眠る大男は、通りすぎる人みなに笑われていた。そこにヴィクターがやってきた。
ヴィクターも男の顔を見下ろしてぷっと笑っている。
「まったく子供がいたずらしたんだな……もしもし、そんな格好で寝てると風邪をひきますよ」
男は上は薄手のシャツしか着ていなかった。夜は冷える。酔っ払って外で寝るのは危険なのだ。
「ぐがーぐがーぐがー」
ヴィクターは軽くつついて起こそうとしたが、男は頑として起きなかった。
「うーん、しょうがないなあ」
ヴィクターは力で男を浮かせようとしたが、男の身体はぴくりともしない。
「あれ？ おかしいなあ」
ヴィクターはその場にシャナーンを呼んでやらせてみたが、やはりだめだった。
「よかった。私の力が衰えたのかと思った」
ヴィクターはかなりほっとしていた。
「ご冗談を。しかし、どうして動かないんでしょうか」
シャナーンも不思議そうだ。そして、男の顔を見て、つい笑ってしまっていた。
「子供がいたずらしたんですね。まったく」
「どうして動かないのか不思議だなあ。どうしようか。運ぶのは大変そうだし」
男はかなりの巨体なので、運ぶには男が４、５人はいりそうだ。
ヴィクターは結局布団を持ってきて男の首から下にかけて、去って行ったのだった。
イシュタールは夜から北の街の祭りの警備の仕事に入っていた。交代で、昼間働いた戦士達が今度はお酒を楽しむのである。
「楽しめたか？」
仕事が終わったフリットに聞かれて、イシュタールは「ああ、楽しかった」と答えた。
「それはよかった」
「今度はそっちが楽しんでくれ」
「ああ。じゃあな」
城の広間でもいろいろなお酒が並べられて、休憩中の戦士達も酒を飲みに来ていた。仕事の合間に酒を飲んでも許される、それがこの一族なのである。
床ではたくさんの蛇たちも酒を飲んでくねくねしていた。
広間にフリットがやってきた。侍女が料理をいそいそと運んできた。今夜はここで、ラクシュミと飲む予定なのだ。
やがてラクシュミがやってきた。今日ばかりは仕事が終わるのも早い。
「ミカエルはまだなのか？」
「ミカエルは王妃にちょっかいを出しに行きました」
「そうか」
ラクシュミは大して驚きもせずに、テーブルにずらりと並んだ酒を飲み比べていた。
「祭りはたいした事件も起きなくてよかったな」
「はい、酒飲み大会で優勝したのは旅人でしたよ。かなりの大男でした。しかも賞金は寄付してくれと言ったそうで」
「ほーそりゃできた男だなあ」
ラクシュミは男の話に感心していた。
まさかその男がライオネルだとは、二人は夢にも思わない。
「私も交じっていいですか？」
ハインリヒがやってきた。
「もちろん」
酒を飲みながら、３人は祭りの話題で盛り上がったのだった。
あちこちで話題になっていたライオネルは、酔っ払った男達に強引に起こされていた。
「あんた、酒飲み大会で優勝した男だ！ 一緒にのもう！」
「飲もう！ 飲もう！」
「わかった。飲むか」
ライオネルはのそりと起き上がり、誘われるまま席について酒を飲み出した。みな酔っぱらっていたので、ライオネルの顔の落書きをたいして
気にしていないようである。ライオネル自身も気づいてはいない。
「いいのみっぷりだ。ほれぼれするねえ」
「ありがとうよ」
ライオネルは食べ物には手を付けずに、ただひたすら酒を飲んでいた。
本当は神は人間界で飲食をしてはいけないことになっている。なぜなら人間界で飲食をすると神気が下がってしまうからである。
そして具合が悪くなってしまう。今具合が悪いのはそのせいなのか、飲みすぎたせいなのか、ライオネルにもわかりかねた。
こういうことにも慣れているので、たいして気にしていないようである。
その場に警備中のイシュタールが通りかかった。イシュタールは野外で飲んでいる連中のなかにライオネルを発見した。
「あ？」
ライオネルの口の下に黒いひげがある。そして目の上は黒くなっていた。
「？？？」
なぜかはわからなかったが、陽気に飲んでいたのでまあいいか、とイシュタールはその場を通り過ぎた。
その夜は、大量の酔っ払いの保護や、酔っ払い同士の喧嘩くらいで、たいした事件は起きなかった。
２時間ほどしてイシュタールが再びその場へと行ってみると、ライオネルは机に顔を乗せて寝ていた。
へんだと思ったらまぶたに落書きをされているようである。
寝ているのに目が開いているようにも見える。イシュタールはついに、「ぷっ」と笑ってしまい、はっと口を手を閉じていた。
同じテーブルにいた男たちも寝てしまっていたので、その者たちは他の者に運ばせた。
「ライオネル様、起きてください。こんなところで寝てはだめですよ」
「グーガー」
近くで見れば見るほどおかしな顔である。イシュタールは笑いを我慢するのに必死だった。
「ライオネル様、お顔に落書きが」
「グー……」
ライオネルはまったく起きそうにない。
「まったく、だれが書いたんだろう。まさかご自分で？ まさかな。子供がいたずらしたのかな？ 罰当たりだなあ」
神が風邪をひくことはなさそうだが、この顔のままほっておくのは問題なので、
イシュタールは濡れたタオルでライオネルの顔を拭いてきれいにし、その場を去ったのだった。
早朝になると、ライオネルはいなくなっていた。
イシュタールは時々ライオネルの落書きされた寝顔を思い出し、つい、にやっとしてしまうのだった。
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