第10話

ガーベラに出会った後、大人になったものの移動もせずにもんもんとしていたドルイドだったが、そのうちにすっかり寝てしまっていた。

そして気づいたら、もや深い世界にやってきていたのである。

もやの向こうには塀に囲まれた緑の屋根の立派な屋敷があった。塀のレンガも緑がかっている。

その屋敷は上位の騎士が住むような立派なもので、ドルイドには見覚えがあった。

「えーと、ディランが住んでる屋敷がこんなだったような……あ、そうか、私は過去の世界を思い出しているんだな。

しかしどうして裸なんだろう。服が欲しい」

寒くはなかったが、ドルイドは身体に厚みがある布団を巻いていた。どうやら寝たままの格好で来てしまったらしい。

「せめて下着が欲しい。そうだ。屋敷の中に服があったらもらおう。しかしなぜディランの屋敷なんだろう？」

ドルイドは正面から屋敷の中に入ったが、なんとその屋敷の中には何もなかった。ただ屋敷の外側だけがあっただけのようだ。

「なんだ。何もない。それに誰もいないのか……」

ドルイドは屋敷の外に出て、屋敷の周りを回ってみた。すると、屋敷の裏の方に複数の人の気配を感じたのである。

耳を澄ますと声も聞こえてきた。

「ドルイド……ドルイド……」

「……ドルイド殿……」


私のことを話してる？



ドルイドは自分の名前が連呼されているのに気づいて、壁にひっついてそっとそちらをのぞいてみた。

するとどうしたことか。そこに４人の男達がいたのである。

その二人はディランとレイアスだった。


ああー！　ディランにレイアスだ！　それに……だれだろう？


ヴィラとジュノーは背中を向けていたので、ドルイドには誰だかわからなかった。


ディランもレイアスも全然変わらないなあ……夢だから当然か


と眺めていたらディランがこちらに気づいた。目があったドルイドは、とっさに逃げていた。

別に逃げる必要はないのかもしれないが、身体が勝手に動いてしまったのである。

そしてとうとう追い詰められて、ディラン達に顔を見られてしまったというわけだった。

ドルイドはなにやら気まずい気分だった。今の自分は顔が違うのだ。いろいろ説明する気分でもない。


ちょっと待て、これは単なる夢なんだ。明るく「ひさしぶり〜」って言えばいいんじゃないか？

それとも知らんぷりを決め込むか？


どちらを選択するべきか、ドルイドは迷った。

「お前、だれだ？」

ディランに聞かれた。

「その前にこれは、何の会合？」

ドルイドは観念して、布団を巻いたまま立ち上がった。ドルイドの背はディランと同じほどである。他の３人よりも高かった。

ヴィラとジュノーの二人は何が起ってるのかわからないような、ぽかんとした表情をしている。

レイアスは驚きのあまりか目も口も大きく見開き、ディランは冷静を保とうと必死の様子だった。

「別に会合ってわけじゃない。偶然集まったんだ」

ディランが戸惑ったまま言った。

「私の夢に？」

ドルイドが続けて聞いた。ドルイドはレイアスとディラン、そしてヴィラとジュノーを見た。ヴィラの顔には見覚えがあった。だが、

ジュノーの顔はよくわからなかった。

「これは、私の夢だろう？」

「これは我々の夢でもある。つまり、みんなの夢がつながってるんだ。それで出会ってる」

「えー？　なんて迷惑な」

ドルイドはつい小声で言っていた。

「あのーあなたはドルイド様ですよね？」

レイアスが遠慮がちに聞くと、ドルイドはちょっと考え込むようにして、

「私は……私は一体だれなんでしょう」

と言っていた。

「だれなんでしょうって、お前はドルイドだろ。その気はドルイド以外ないじゃないか！　お前、我々のこともわかってるんだろ？」

ディランが激しく詰め寄っている。

「ばれたか」

「なんではぐらかすんだ！！」

ドルイドはディランの剣幕に押されて横を向いていた。やはり今更ドルイドが嘘をつくのは難しいようだ。

「ドルイド殿……」

「ドルイド殿……」

ヴィラとジュノーは目を丸くしたまま、ぼそぼそとドルイドの名前を連呼していた。

「なんだかすごい場面に出くわしたなあ」

「ドルイド殿って……こういうお顔でしたっけ？」

ドルイドの顔を見たことがあったヴィラが聞いた。以前ゆりといる時に、部屋にあった鏡にドルイドの姿が映ったことがあったからだ。

「いや、顔は違う。だが、ドルイドだ。一体どういうことなのか話してくれ。この世界は長い間は維持できないはずだ。

わかりやすいように、簡潔に話せ」

ディランは早口で興奮気味に言った。無理もないだろう。死んだと思った友人が、夢にひょっこりと現れたのだから。

「ちょっと座らせて……それから、どこかに服はない？」

対するドルイドは、ちょっと困ったように頬をかきながら言った。

「ない。こっちに来い」

ドルイドは庭園の方につれて行かれて、イスに座らされた。

その前にはディランが腕を組んで立ち、他の３人も立っていた。ドルイドはなんだか尋問されている気分である。

居づらそうな顔つきだった。

「パンツが欲しい」

「僕の貸してあげてもいいですけど」

レイアスが言ったが、ドルイドは「いや、いい」と断った。さすがに他人のパンツをはく気はないようだ。

「ドルイド殿は裸で寝ていたんですか？　布団まできてよかったですね」

ジュノーが言った。

「私はジュノーです。こっちはヴィラ。私達は未来の人間ですよ」

ジュノーはにこやかに挨拶している。

「どうも、こんにちは、いや、夜だからこんばんは、かな」

ドルイドは顔を向けて言った。ジュノーもヴィラもにこやかに笑みで返している。

「どうやって夢がつながったんだ？」

ドルイドがディランに顔を向けた。

「さあな。こちらの二人は我らの肌の蛇の子蛇をもっているから会えたのはわかるが、お前はどうしてだろう？

まあ、そんなことはもういい。あの時死んだ後どうしたんだ？　なんでそんな姿をしているんだ？」

「死んだ後……うーん、私は……なんというか……魂の神秘に触れた」

ドルイドは目を閉じていた。

「は？」

「つまり……この夢っていつ終わるのかな？」

ドルイドはヴィラに顔を向けて聞いた。

「さあ……もしかしてドルイド殿は転生されたんですか？」

ヴィラがもしやと思って聞いた。姿が違うのならば、そういうことしか考えられない。

「えーと、簡単に言えばそういうことになるかな」

ドルイドはあっさり認めた。

「「えー！！」」

レイアスとジュノーが同時に声をあげていた。

「転生されたんですか。すごい！　なんか感動するなあ！」

「生まれ変わってもいい男なんていいなあ」

ジュノーとレイアスはそれぞれ感動するやら、うらやましがるやらだった。

「声は前と似てるかな？　転生しても気って一緒なんですねえ」

レイアスはドルイドをまじまじと見つめながら言った。

「転生したんなら、どうしてドルイドの記憶があるんだ？」

ディランはさすがにレイアスのようにはいかないようである。冷静に質問していた。

「なんか、おかしいだろ？　」

「あ、そうだ。お母さんは元気？」

ドルイドが突然思い出したように聞いた。

「元気だ。転生は君の母君の願いだったから、かなってよかった。それで、どうしてドルイドだった記憶があるんだ？」

「それは、偶然ガーベラ様に出会ったら、過去で、ほら、ゆり様にガーベラ様が乗り移った時の記憶がよみがえって、

それでドルイドだった時の記憶がよみがえったというわけだ」

「ガーベラ様？　本当のことなのか？」

「本当だ。それをきっかけにいろいろ思い出したんだ」

「ガーベラ様……」

「ガーベラ様……」

「そんなことが……」

男たちは一様に驚いていた。どうやら信じたようである。

「では、前世の記憶を持ったまま、今を生きているというわけなんですね？」

レイアスが確認するように聞いた。

「えーと、まあ、そういうことかな。ディラン、いっぱい泣いた？　ごめんね。泣かせて」

ドルイドがディランを見上げて言い出した。

「ばか。全く……」

ディランがその時のことを思い出したのか、目頭を押えていた。

「戦が終わったらもう亡くなってるんですもん。皆びっくりですよ」

レイアスも涙ぐんでいた。

「お前の遺言がそっけなさすぎて陛下は怒ってたぞ」

ディランの言葉にドルイドはぎくりとしていた。

「すごく怒ってた？」

「すごく怒ってた」

「あらら……まあしょうがないなあ……」

ドルイドは頬をかいていた。

ジュノーは片手を横にして何かやっていた。

「どうしたんだ？」

ヴィラが聞いた。

「いや、ドルイド殿の顔って、なんかどことなくハインリヒ殿に似てないか？　それでどこが似てるのかなあと思って。口元かな？　鼻かな」

「え？　そうかな？」

二人がじろじろとドルイドの顔を眺めだして、ドルイドは顔を横にしてそれとなく長い髪でかくしていた。

「私は、あんな自信ありげな顔ではないと思いますが……」

ドルイドはどぎまぎしながら言った。

「確かに眉がにてるかも？　でも、ハインリヒ様は顔からして強気って感じですからね。ドルイド殿はちょっと優しげな感じですよね」

レイアスが言った。

「まあそうだな。あいつは強気顔だからな」

ディランも同意している。

「ハインリヒ様も来られたらよかったのに、喜んだでしょうにねえ」

レイアスが残念そうに言っていた。

「全くだ。ドルイドもハインリヒに会いたかっただろう」

「まあ…………」

と言いながらも、ドルイドは（ハインリヒにだけは会いたくない）と心の中で思っていた。


景色がぼんやりしてきた。そろそろ現実世界では朝らしい。

「ドルイド、一体いつの時代に転生したんだ？」

ディランがあわてて聞いた。

「そろそろお別れだな。さようなら」

ドルイドはそれには答えずに、ようやく帰れると、むしろうれしげに手を振っていた。

「ドルイド！」

世界は真っ白になり、それぞれがそれぞれの場所へと戻っていた。



ディランが目を覚ますと、部屋の中はすっかり明るくなっていた。

ディランは、ベッドの横で腰を抜かしている母親に気づいた。

「どうしたんですか？」

「あ、あなたたち、どうして一緒に寝てるの！？　私の……私の自慢の息子たちがおかしなことになってるー！！！」

母親はきゃーきゃー悲鳴を上げだして、事情を納得させるのにかなりの時間を費やしたのだった。



一方未来の時代では、起きるとそうそうに、ヴィラの元にジュノーから思念が来ていた。

―なんかすごい夢を見た。お前は何か夢を見た？

―ディラン殿達に会った夢だろう？　私も見た

―すごっ！　やった！　私も父親蛇の男に会えたのか！　なんかかわいい男だったなあ。私よりも年下かも？　でもすごいな。

なんかドルイド殿に会った気がするんだが……

ジュノーの思念も興奮口調だった。

―ドルイド殿が確かにいた。どういう風に夢がつながったんだろう。謎だ……

なぜひょっこり転生したドルイドがやってきたのか、ヴィラには謎だった。


―実際に体験するとすごく感動するなあ。過去とこの時代が夢でつながるなんて！　

―そうだなあ……

―本当にびっくりだ！

興奮しているジュノーに比べ、何度か体験しているヴィラは冷静なものだった。考えていることは他のことだった。

この話をゆりにするかどうかである。

「どうしたものかなあ……」

不思議な夢を振り返り、ヴィラは頭をひねっていたのだった。



その頃ゆりも目を覚ましていた。

「懐かしかったなあ……」

そうつぶやくゆりが見た夢は、ロイとナナミが妊娠中に肌に現れた二匹の金色の蛇に出会った夢だった。

夢の中では二人のゆりがいた。気がつくと、目の前に金色の蛇が二匹いたのである。

蛇の目のゆりが「あの時の蛇紋の二匹だわ！」と言ったので、間違いないだろう。

双子を出産し、二匹の金色の蛇はすっかり消えてしまったとどちらのゆりも思っていたが、

その二匹は心の中にずっと残っていたのかもしれない。そう思い、どちらのゆりも感動したのだった。

そして、久しぶりに出会えてどちらのゆりも泣いて感激していた。なにせこの二匹は、蛇の国の歴史に残るほど偉大なことをやりとげた

二匹なのである。二人にとっても忘れることは決してできない二匹である。

「子蛇たちに会えなくて残念だったねえ。みんな大きくなったのよ」

「立派に育ったよ。イシュタールの肌にいた蛇はまだでてこないけどね」

「そのうちに出てくるよ」

「そうよね」

二匹の蛇は、ゆりの言葉に耳を傾けているようではなかったが、二人のゆりはしばらく懐かしく、

子蛇を生んだ時のことなどを話していたのだった。

「この子達、どうして当然現れたのかしら？」

「さあね、私達の蛇紋の中では、やっぱりこの二匹が強いからじゃない？　出産もしちゃったし、いろいろと

蛇なりに思うことがあるのかもよ」

「そうかもね」

まさかその頃、５人の男達が不思議な出会いをしているとは知るよしもない。


ゆりは子供達にこの話をしてやろうと、上機嫌でベッドから降りたのだった。


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