第11話
神の国にて、ある日の昼間、ハロルドの神殿の前でジェイクが一人剣を振っていると、パティウスが飛んできた。
知恵の神パティウスはグレンのように空を飛ぶ神器を持っている。額にはめている翼がついたわっかがそうである。
一応知恵の神なのだが、いたずらばかりしでかすので神々からも人間からも「知恵の神」だということは結構忘れられている。
いまやジェイクの方が外見上は上に見えるが、生まれたのはパティウスの方がずっと前のことである。
「キュリアはいる？」
パティウスが近づいてきたので、ジェイクは剣を腰の鞘にしまった。
「神殿にいるよ。どうしたの？」
「カエルとってきた」
パティウスが布袋を見せた。袋はわさわさ動いている。ジェイクが固まっていると、
「いたずらじゃないよ。キュリアに頼まれてとってきたんだよ」
とパティウスが先回りをして言った。
「え？ そうなの？ てっきりいたずらかと思ったよ」
やはりジェイクは誤解しているようだ。
「ばかだな。僕はヒルデリアにいたずらをしてもキュリアにはしないよ」
パティウスは大いばりで言っていた。
「それは威張るところじゃないよ。一番ヒルデリア様にいたずらしちゃいけないと思うよ」
「全くジェイクは真面目だね。ハロルドと性格は全然似てないね」
パティウスは笑っている。どんなに罰を受けてもいたずらを繰り返すのだから、ジェイクにすればパティウスは不思議な存在である。
パティウスが神殿の入り口の方に歩いて行ったのでジェイクもついて行った。
「君はまだヒルデリア様のことを嫌ってるの？ だからいたずらをするの？」
ジェイクが真面目に聞いた。
パティウスはアシュランが浮気をして作った神である。ヒルデリアはパティウスの母にかなり意地悪をしたということはジェイクも聞いたことがあった。
そのためパティウスがヒルデリアを嫌うのは仕方がないが、それもかなり昔の話である。そろそろ水に流してもいいのではないかと、
ジェイクは思ったのだった。
「僕？ 別に嫌ってないよ。昔は嫌ってたけどね。今はヒルデリアのこと理解してるし、嫌いじゃないよ」
パティウスは意外な答えを返してきた。
「ならどうしていたずらをするわけ？」
「アシュランにほっておかれてかわいそうだから、僕が時々かまってやってるんだよーん」
パティウスはにっと意地悪げに笑って言ったのだった。
「え？ どういうこと？」
ジェイクはさっぱりわからないようである。
「あ、いた、キュリア、カエルをとってきたよー」
部屋の中にキュリアを見つけ、パティウスは布袋を見せた。
「わーい、ありがとう！」
キュリアは喜んでいる。本当に自分で頼んだようだ。
「へびっち、えさがきたよー」
キュリアは膝の上に乗せているカゴをのぞきこんでいた。
「ああ、へびっちのえさかあ」
ようやくジェイクも気づいていた。
パティウスが近づいてキュリアが持っている籠をのぞきこんだ。青い布の上に、白い蛇がとぐろをまいていた。１５センチほどの細い蛇である。
「へびっちって、この蛇のこと？」
パティウスが聞いた。
「そうよ。アシュラン様に蛇のお世話を頼まれたの。最初は弱くて動かなかったけど、最近じゃ動くようになったの。だからためしにえさをあげてみようかと思って」
キュリアはうれしそうだった。
「うーん、こんな小さい蛇だとは思わなくて、でかいカエルをとってきちゃった」
パティウスが袋から出したカエルは、キュリアの手の平くらいはありそうな緑のカエルだった。
「わっ。うーん、これじゃ逆にカエルに食べられちゃわない？」
「そうだね。カエルの口の方がでかいもんね」
ジェイクもぎょろっとした目のカエルを見て同意した。蛇がいくら大きいものを食べるといっても、これを食べるのは無理だろう。
「小さいカエルをとってくるー」
パティウスはカエルを握りしめて神殿を出て行った。
「小さいカエルなら食べるかな？」
「姉さんって……カエルが食べられるのは平気？」
ジェイクはおずおずと聞いてみた。
「だって、へびっちのためだしー、カエルのお世話を頼まれたらカエルに愛情がわいちゃうかもしれないけどね、今はへびっちのお世話をしてるからいいの」
「ふうん」
キュリアがカゴに手を入れると、白い蛇はキュリアの手に頭をのせてきた。
「早く大きくおなりー」
白い蛇は返事をするかのようにちろりと舌を出していた。
人間界蛇の国では、ヴィラとジュノーが不思議な体験をした次の夜、ヴィラの屋敷にゆりの恋人達が集まっていた。ヴィラの屋敷に皆が集まるというのは
珍しいことである。ただの宴会のためと思う者はなく、それぞれ一体何の話かとどきどきしていた。
男達は客間のソファにそれぞれ腰を下ろしている。ミルキダスだけがまだ来ていなかった。
話をかぎつけた息子のヴィンセントが興奮ぎみに客間にやってきた。
「王妃の恋人の会合ですか？ すごい！ 僕も後学のために参加させてください！」
「却下、お母さんのところにでもいってろ」
ヴィラはすぐにヴィンセントを部屋から追い出した。
客間には酒と、軽食が準備されていたが、まだだれも手をつけようとしなかった。
「王妃に何かあったんですか？」
心配でたまらないのか、シャナーンが真っ先に聞いていた。
「王妃に関係がある話なんですよね？」
「ミルキダスがもうちょっとで来るから。待ってて」
ヴィラが言った。
「はあ……」
シャナーンがミカエルを見た。ミカエルは両手を広げて知らない仕草をした。
「フリット殿って、寝るときは何を着てます？」
ジュノーが横にいたフリットに聞いていた。
「寝るとき？ 最近はローブで寝てるかなあ」
「ですよね」
などと話していたらミルキダスがやってきた。
「遅れてすいません」
「いや、いいんだ。それじゃ席について、今日みんなに集まってもらったのは……」
ミルキダスが席についてから、ヴィラは昨晩の話を皆にしたのだった。ドルイドの話が出てくると、ハインリヒは目を見開いたり、口を開けたりして、
途中で口を挟みたそうだったが、それを制してヴィラは別れのところまで話したのだった。
「まさか、冗談だろ……」
ハインリヒは話が終わった後に小声でぶつぶつ言っていた。
「……ああ！」
ミルキダスが突然はねるように立ち上がり、一同がびっくりして視線を向けた。
「私、昨日夢を見ましたよ。なぜかジェナサイトと酒場で飲んでて……そしたら……そしたら、ルーク様がいらしたんです。それで３人で飲んだんです。
酔っ払ってて何を話したかあまり覚えていないですけど、てっきり夢だと思ってました！ 夢だけど、ただの夢じゃなかったのかも？？」
ミルキダスは感動しているのか手が震えていた。
「え？ 本当？」
「本当に？」
ジュノーもヴィラも驚いている。
「ただの夢だと思ってました。本当に出会ったのかな？ ジェナサイトに聞いてみます！」
ミルキダスはあわててジェナサイトに思念を送っていた。
「他にも夢を見た人います？」
二人が残りの皆を見た。
「あ、私はシス様に会いましたよ。それで以前はドルイド様と出会いましたねってそういうお話をしましたよ」
シャナーンが言い出した。
「シャナーンも？ おっすごい。他、他には？」
ヴィラが他の男達を見た。
「私は昨晩は夜勤だったんだ。寝たのは今朝だった」
フリットが言った。
「私は……どこかに行きたい気分だったが、道がいっぱいあって迷った夢を見た」
イシュタールが言った。
「私は全然」
「私も」
ミカエルとハインリヒは首を横に振っていた。
「つまり、昨晩は、かなりの確率で、未来と過去が夢でひっついてたってこと？ それでドルイドまでやってきたって？」
ハインリヒが半笑いしながら聞いた。
「我々４人になぜドルイド殿までやってきたのか、それがわからなかったんです。きっと、我々とシャナーンとシス様は、近い場所にいたんですよ。
ミルキダス達も、きっと歩き回れば出会えたくらいの距離にいたんですよ。ドルイド殿はシャナーンとシス様の子蛇にひかれて
やってきたんですよ！ それでそちらではなくこっちに来てしまった。こう考えれば、ドルイド殿がやってきた理由ができるじゃないですか！」
ヴィラが興奮して言うと、シャナーンが「えー！！」と声をあげて立ち上がっていた。
「本当なんですか？ 私もドルイド様や皆さんに会いたかったですよ！」
シャナーンは悔しそうに両手を握りしめていた。
「シャナーンはどこにいたの？」
ヴィラが聞いた。
「森かどこかでシス様に出会って、小道にベンチがあって、そこに座って話してました。しばらくして歩いて行くと小さな三角屋根の木造の建物を
発見したんですけど、そこで目が覚めたんです。思えば建物の前に酒樽があったような」
「それって、ミルキダスがいた酒場だったりして」
ジュノーが指摘した。
「えーもっと早くに建物の中に入ればよかったなあ……」
「こぢんまりとした酒場でしたよ。私とジェナサイトは最初から酒場の中にいました。ルーク様は外からやってきたんですが、ちょっとずれてれば
会えたかもしれないですね」
ミルキダスの言葉を聞いて、シャナーンは残念そうに頭に手をあてていた。そこにジェナサイトがやってきた。
「ミルキダス様！」
「ジェナサイト！」
二人は思念で話したのか、顔を見るなり涙ぐんでいた。
「なんかいいなあ……私もいきたかったなー」
ミカエルがぼそりと言っていた。皆と同じ感動を味わえないというのはつまらないものである。
ハインリヒはほぼ放心状態だった。
「えーと……１０人が同じ世界にいたってことなのか……すごいな。私も寝てたら行けたのかなあ……行きたかったなあ」
フリットも残念そうだった。
「まさか中にいたとは……」
「そんなに近くにいたなんて」
シャナーンとジェナサイト、ミルキダスは３人で盛り上がっていた。
一人イシュタールは、（やはり子蛇がいないから行けなかったのか……）と密かに落ち込んでいた。
「しかし、なぜこんなことが起ったんだろうな。子蛇が生まれた記念日でもないし、なんだろう？」
フリットは頭をひねっていた。
「なぜでしょうね。でも、ヴィラはディラン殿に何度か会ってたし、我々が過去の人たちに出会ってもおかしくはないですよ。
昨晩はいろんな偶然が重なっただけなのかな」
ジュノーが考えながら言った。
「それで、この話を王妃にするかどうかなんですがね、どうします？」
ヴィラが改めて皆に聞いた。
「そりゃ、王妃も聞けば喜ぶだろう。話せばいいじゃないか」
ミカエルが言った。
皆うなずいている。
「じゃあドルイド殿のことも？」
「ドルイドのやつ、ちゃっかり転生してるとは……」
まさか自分の息子だとは夢にも思っていないハインリヒがつぶやいていた。
「ドルイド殿がどこかの時代で元気に生きていると知れば、王妃も喜ぶだろう」
フリットが言った。
「会いに行きたいとか言い出さないですかね？」
ジュノーはその心配をしているようだ。
「どの時代かもわからないんだろう？ そこまではおっしゃらないだろう」
「だといいんですが……」
「イシュタール、そう落ち込むな」
あまりに暗くなっているイシュタールにミカエルが声をかけた。
「レイアス様を悲しませてしまったなあ……」
イシュタールはレイアスに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「レイアス殿は、イシュタール殿が無事でよかったっていってましたよ」
ジュノーが慰めるように言った。
「……もしかしたら、子蛇は私の身代わりになってくれたのかもしれない……」
イシュタールはそう思えてならなかった。
ゆりとシスがその話をジュノーに聞いたのは次の日のことだった。そして驚くべきことに、アナスターシャとナナミが同じ晩、フークスに
出会っていたとゆりから聞き、ジュノーがまた驚いていた。アナスターシャはフークスにダンスを教えてもらったようである。
「すごい、３人追加ですね」
「あの夜は２匹の金蛇ちゃんに出会ったからかなあ。あの２匹がみんなを導いてくれたのかも。なんか感動するなあ。
私も歩き回ってたらみんなに会えたのかなあ」
ゆりは涙ぐんでいた。そしてゆりの横にいたシスは驚いた表情のまま固まっていた。もちろん、夢に現れたドルイドが大人になったドルイドだと分っている。
「私がいたのは外じゃなかったけど、やっぱりみんながいたところとつながってたのかな？ みんなと出会えたらすごかったのに！
すごいチャンスを見逃してしまったわ！」
ゆりは感動するやら悔しがるやらだった。そしていろいろなことに驚きすぎて、何を一番に驚いていいやらわからないほどだった。
「ドルイドが転生したの、いつの時代なんだろう？ 調べられないかなあ」
「さあ、シス様は驚きのあまり声もでないようですね」
ジュノーが言うと、シスは「ははっ」と引きつった顔で笑っていた。
「驚きすぎちゃってさ、まさかあの建物の中にミルキダス達がいたなんてねえ。僕らも歩き回ればみんなに会えたのかな。
残りの人たちは行けなくて残念だったね。それにイシュタールはかわいそうだな。やっぱり、子蛇はもういないのかな」
「そうねえ。そのうち出てくるんじゃないかって思ってたけど……レイアスが心配してたなんて……やっぱり親蛇と子蛇ってどこかつながってるのね。
ジュノーはレイアスに会えてどうだった？」
「うれしかったですよ。きっと私の子蛇もうれしかったと思いますよ」
ジュノーはほほえんでいた。
「そうよね。一度会えたらまた会えるかもね」
「あれから気楽な格好で眠れなくなりましたよ」
ジュノーは頭をかいていた。
「靴下を履いて寝るかどうかは、まだ悩んでるんですけどね」
「履いて寝ればいいじゃない」
シスが笑っていた。
「なんかやなんですよねー」
「過去のみんなもびっくりしただろうなあ。ドルイド、今度は長生きできたらいいなあ。どんな顔なんだろう。髪はどんな？」
「青系で長かったですよ。背もディラン殿と同じくらいありましたよ」
「そうなんだ〜シスはもしかしたら今度ドルイドに夢で会えるかもしれないね」
ゆりはドルイドの姿を妄想しながら言った。ジュノーはさすがにドルイドが布団をかぶっていた、などとは言わなかったので、ゆりの妄想の中では
ドルイドはちゃんとした服を着ている。
「そ、そうだね。僕用事があるからこれで」
シスは逃げるように部屋を出て行った。ドルイドの話題になるとどうにも話しずらいシスである。
あーびっくりしたー！ まさかこんなことになるなんて！ でもドルイドもさぞかし驚いただろうなあ
ハインリヒの子供だなんて、やっぱり言えないよね
その時のテンパったドルイドを想像し、つい笑ってしまったシスだった。
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